JJUG CCCというイベントで、「会場が狭い」という感想があった
それに対し、イベント関係者から感想に対する不満や、参加者を見下すような発言があった
なので、思うことを書いてみる。
1年の半分以上がデスマーチ。
仕事以外にプログラミングをしたり、技術についての情報収集する人が少ない。
(PCを家に持たない人もかなりいるのでは?)
セミナーで話す講師は報酬(お金)をもらっていて、技術力がない人でも理解できる説明をする。
結論を最初に言え。細かい説明とかはいらない。「今一番売れてるフレームワーク」を教えろ)
そもそも、JJUG=Java=Oracle関係者と思い込んでる人も少なくない。
特にナイトセミナーの会場でOracleが使われることが多いので、Oracleから金をもらって運営しているという信じている人もいるだろう。
そういう人たちにとって、企業が行うイベントで会場に不満が出ることは落ち度でしかない。
コミュニティ主催のイベントというみんなで作り上げるものなのに、ベンダーに招待された「お客様」として参加してしまっているわけである。
日本でJavaユーザーが一番多い層(SIer関係者)と乖離してきているのでは?
今までは最新のJava SEとか「辛うじて」自分たちでも手の届きそうな話だったのが、マイクロサービス・クラウドとか無縁な話が多くなってきている気もする。
「きちんとしたエンタープライズ的なセミナー」を期待している人に対して、コミュニティ活動を理解してもらうのは難しい。
Javaのエンタープライズ色が強いところも、コミュニティ活動と結びつきにくいのかもしれない。
ただ、それでもコミュニティを理解してない人たちに対して、敵愾心を煽るような発言は必要だったのか?
この規模のイベントを無料で参加できるようにするための、運営の労力が大変なのは理解できる。
ただ、運営側がだれでも見れるSNSでつぶやくとかはどうなのか?
JJUGのイベントでは聞きたいセッションについて悩むというぜいたくはない。
人気あるセッションは埋まるのとにかく早い。
前日までに部屋を決めて置き、目的の部屋の席にさっさと荷物おいてからトイレや買い出しに行くのだ。
初めてJJUG CCCに参加した後輩が「聞きたいセッションがいっぱいで残念だった、もうちょっと広い会場でできればいいのに」と言っていたところに、「運営側の苦労も知らないで文句言うな」という意見が流れてきてむしゃくしゃして書いた。
なので、あまりまとまってない。
Javaはユーザーも多く、エンプラな人の比率も高めで、コミュニティを理解せず心無いことを言う人や理解すらしようとしない人も多いと思う。
ただ、彼らをディスってもなんの見返りもないし、そもそも彼らの耳には入らない。
花好きの母がガーデンカーネーションの鉢植えを買ってきた。花びらはピンクと濃いピンクのグラデーションのような模様で、花の形は若干ナデシコ寄りのものだ。
プランターに植えかえて玄関先に置いているが、購入から1週間ほどで害虫に悩まされるようになった。
朝見てみると、花びらが無残にも食い荒らされている。
ネットで調べたところ、クロウリハムシという厄介な虫がついている可能性が大とのこと。その上ガーデニング用殺虫剤をスプレーしても根本解決にはならないそうだ。そこで、クロウリハムシが嫌うというアルミホイルをプランターを縁取るように巻いてみた。
翌日。これまでより花びらの被害が少ないような気がする。母にも教えて、夕飯後に一緒にプランターを見に行くことになった。
すると、なんとも悲しいことに花びらをムシャムシャ食べている数匹のナメクジさんがいるではないか…。幸い被害はまだ少ないようだ。とりあえずナメクジさんは1匹ずつ取り除く形でサヨナラした。
今度はナメクジさんとの戦いになりそうだ。
これに関しては寄せ付けない系グッズが色々あるそうなので、早く買ってきて早期決着を目指したい。
全四十巻(仮)の大作だった。読了感も良く、久しぶりにいい漫画を読んだ、と実感できた。
とくに感銘を受けたのは終盤における「××というキャラクターの覚醒シーン」であった。
俺はネットの海で検索を始めた。きっと自分と同じような感覚をだれかが抱き、そのだれかが感想を書いているに違いないからだ。
果たして、その××の覚醒シーンに対する感想は一件もなかった!!!
いや、ウッソだろ、嘘だろ。おい。
「いやー○○の激闘はよかったよね。痛みに耐えてよくがんばった!感動した!」だとか
「いやいや□□のカーチェイス(仮)シーンもかなりのものでしょう。あの緊迫感はたまらなくよかったね」とか、
そんなんばっかりだ。
いやいやいやいや。
××の覚醒シーンに至るまで、ラスト十巻ぐらいずーっと××の生い立ちとか、どうしてここまでひねくれた性格になったのかだとか、
とにかく××メインでやっていたじゃないか!
などと思っていると、××に対する感想が目に入ってきた。
「××ほんまクズ」
「死ね」
「なんでこいつが終盤の尺独占してんの?」
「いや…最後に覚醒されたからって今までの言動は帳消しにならないんだが…?」
仲間を仲間と思わぬ言動が目立ち、空気を読まず、ストイックさとわがままさをはき違えており、端的に言って性悪だった。
今までの言行を思い返して涙を流して反省し、
「神様、俺の願いはもう叶わなくていい、あいつらを救ってくれ!」(仮)とまで言ってくれたではないか!
覚醒シーンで感動したのは、どうやら世界で俺一人しか居ないようだ。
悲しい。
俺が読んだ漫画「A」と世間一般に流通している漫画「A」はもしかしたら別の漫画なのかもしれない。
きっとそうだ。
所属、志、技術力、評価、給与形態、勤務体系まで異なる者同士をかき集めて
一方的に「お前らワンチームとなってサービスつくれ!」って言われてもワークする訳ねーよ。
ワンチームなんて響きの良い言葉を繰り返し聞かされて胸糞悪い。
いやいや、
で同数で呼んだんだけど…(誤解があるような書き方ですまんかったが)
新郎も会社関係者を中心に呼びたいってんなら、元増田もそうすればいいのに
新郎側の友人を厳選すれば済む話では
何か不安に思う事があると、ついインターネットで検索してしまう
そして自分が安心できる結果が見つかるまでひたすら検索検索検索
他人からしたら、なんでこんな事に悩んでんの?ってレベルの事でも不安になって検索してしまう
これもネット中毒なんだろうか
このなんでも検索する癖を治したい
なにかしら、日本を褒めたとか人種差別をしたとかアベに反対しなかったとかのネトウヨ的発言でもしてれば一緒に戦おうって気になったんだけどなあ。。。
・これまで誰も見たことのない新種の包茎が発見される。治せるのはBJだけだと言われ呼び出される
人より能力があるからそこの椅子に座ってるわけじゃないんだろ?
たまたま親がその椅子に座ってて、親が死んで譲ってもらっただけなんだから、お前個人の人格とは関係ないじゃん。
いやさすがに祝宴の最中や、本人の耳に入るところでは言わんでしょ。
涙が流れすぎると、前が見えなくなるって体験を40過ぎのおっさんになってから、体験した。
その悔しいとかではなくて、人から大切に思って貰えていたということに気がついて。
悩みの相談をしても、なんやかんや、ダメ出しをされないっていう経験があったんだけど、
1年半以上すぎてみて、その有り難さを自覚した。
http://anond.hatelabo.jp/20170522214348
よく映画やドラマって言うけど、自分の場合はただの苦痛な時間でしかなかったなー。日本語でもドラマ見ないし。ニュースやTEDのテック系トピックなんかは面白く続けられた。ドラマとかで使うカジュアルな会話って、留学・海外就業経験者でも最後まで問題になるくらい、難易度が一番高い部分なんだよな。リスニングの難しさで言うと、こんな感じ。
元増田はすごい才能あると思うけど、普通の人には茨の道だと思う。わざわざ挫折するために選択してるとしか思えん。
リスニングなら、ニュースと並行して英語耳とか単語耳とかやって、引き続きレクチャー系を試して、カジュアルは最後にすべきだと思う。いきなり一番難しいとこに挑戦しても無力感が残るだけだ。
なんかよく意図が分かんないけど、beamerとか使ってるんじゃないの??
わかるほんとにわかるわかりすぎてつらい。
私は親の件はないけど、かわりに「いわゆる式典・儀式に一切意義を見出せない、宴会の類が嫌い」という苦痛があった。
周囲の希望で結局式はやったけど(私がやりたくなければやらなくていいと言ってくれたのは私の母と主人だけだった。悩んだけど結局私が折れた)、せめて身内だけにさせてもらった。
披露宴はしなかったけど友人知人向けの二次会的なパーティーをやった。
ウェディングドレスも別に楽しくも嬉しくもなかったし、写真も撮りたくなかった。袖があっても二の腕がたくましすぎた。
そして儀式全般がダルかった。二次会では自分を中心に据えられた乱痴気騒ぎ、居心地が悪くて死にそうだった。
なんでこんなことやらなきゃいけないんだろう、私がやりたくないことをやっているのを見て喜んでいる人がいるなら神経を疑いたかったし、別に喜んでいない人には付き合わせて心底申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。
主役になりたくない。注目されたくない。愛想を振りまきたくない。そういう心の叫びを押し込めて一日中笑っているのは本当に疲労困憊の一言だった。
花嫁だから結婚式は嬉しいはず、と思われているのが心底いやだった。親孝行と言うにはダメージがでかすぎた。
趣味でもないSMプレイを強要されて、痛いし辛いのに本当は気持ちいいんだろうとか言われるのってこんな感じの屈辱だろうかと思った。
「結婚式をやるのはいいことでめでたいこと」という風潮を一刻も早く木っ端微塵にしたい。