はてなキーワード: B型肝炎とは
1歳児の母親です。実家が客商売だったので地域性を除いた感覚を。
耳にしたことはあるけど、実際にやる人がいるとは知らなかった、というのが実際のところ。
実は、「昔の人の言うこと」だという認識しか持っていませんでした…だから今ものすごく驚いています。
幼い頃、私の母は内科医にこれについて直接質問しました。
「強い抗体が得られるかもしれないが、むしろ発病した際(高熱などでの)後遺症、つまり障害が残る可能性が高い」
「ワクチンは完璧安全じゃないけど、よい影響と悪い影響を比べて、よい影響の方が大きい時に接種するもんだ」
と教えてもらったんでまあそれが私の結論です。
子供を既に持っている自分の友人には外国人ばかりですが、ワクチンを否定する人はいません…
今は気軽に海外旅行も可能ですから、子にワクチンを接種させなかったことを知らせないまま
その子が海外旅行に行ったりすることもあるんだろうな、と思います。
今回の件、まず個人の立場を述べておきたい。
この3点
1. 看護師の業務で、ミスも含め、看護師→患者への感染が起こるようなことはきわめて考えにくい
「針刺し事故」というのはありますが、これは患者に刺した針を誤って医療従事者に刺すことです。何百回、何千回も採血をやっていれば、稀にはそういうこともあります。しかし、医療従事者→患者へ感染させるには、一度、医療従事者に針を刺すという事故があった後に、さらにその針を患者に刺すという、稀なミスが二度続けて起きなければなりません。そのような事故が起きたことなんて、聞いたことがありません。
2. これまでの報告で、医療従事者から患者へのHIVの感染はきわめて稀で、しかも看護師の業務よりも感染リスクの高い医療行為によるものだった
医療従事者から患者への感染事故の報告をまとめた論文があるのですが、HIVについては、2003年の段階で、全世界で3例のみです。こんにゃくゼリーのほうがずっと危ないです。しかも、その3例は、看護師業務だけではなく、心臓外科手術などを行う医師も含めての話です。執刀医がHIVキャリアだったら、執刀中に誤ってメスを自分の指に刺しただけで感染の可能性がありますから、「HIVキャリアの医師は外科手術はダメ」というのは合理的で差別ではないでしょう。この場合、稀なミスが二度ではなく、一度で感染の可能性が生じます。
3. HIVより感染力の強いB型肝炎ウイルスも、看護師の業務によって感染していないという事実がある
B型肝炎ウイルスはHIVより感染力が強く、しかもキャリアの数も多いです。日本人集団の1~2%がキャリアです。B型肝炎ウイルスキャリアの看護師は多くいます。もしHIVが看護師業務でそれほどたやすく感染するとしたら、B型肝炎ウイルスの感染がもっと多く観察されてもいいでしょう。しかし、看護師業務によるB型肝炎の感染は、私の知る限りではありません。
で間違いないんだろうと思います。
でもそれがわかっても「なんとなくやだ」というのは消えないだろうし、ほかに病院があるなら多分多くの人は多分そっちに行っちゃうだろうなぁと
さて?
この病院を変えた人を、「バカ」だの「残念な人」だの言えるかどうか?今回ちょっと煽っちゃえ的に「行かないよ」なんつっちゃったので煽られちゃった人も出てきてちょっと困っちゃったりしてるわけですが、普通この場合(時期的にまあ想像がつくとしても)理由としてそれは挙げませんよね。だってこうなるから。多分理由なんて問われないだろうし。
そこを無理やり捕まえて「この差別野郎」といっても「うるせぇこのレッテル貼り」で終わる話で平行線。おそらくこの方がいる病院とほぼ条件が変わらなけば他の病院に行くひとが多いだろうと。これ考えすぎですかねぇ。
まあ上記の仮定のもとで経営に影響が出た場合。その怨嗟は当然その人個人に向かうわけで。廃院なんてことになって、特定されてなければなんだかんだ言ってその病院から採用しない→どこからか特定→病気以外の不採用条件を決定→その不採用条件に該当するものは全て不採用(もちろん当人も)→不当と訴えるも不当性の証明が困難みたいなコンボは軽く妄想出来るわけで。あ、妄想ですねすいません。
話が横にそれちゃったので戻すと、言いたいことって言うのは「その病院にはなんとなく行きたくないなあと思う人は多分多いだろうし(おいらもその一人だし)、たぶんそれは事実を知ってもあんま変わんないんじゃないかと思う」ってことです。たぶん個々の人に事実(実際の感染の可能性)を知らせた上で「行く」って聞いたら「行く」って言うと思いますよ。差別主義者だって思われるのやだし。でも実際の行動って違うんだろうなーって。
なんでここまで弄れてるのかっていう話だけど、昔の調査でエコに関するアンケートを取ったところ。殆どの人がエコに関する日常のことはすべきであると回答してた。でも、実際の行動を観察すると殆どしていなかったし、していたとしてもゴミを持っていってもらえないなどの不利益を被るものだったと言う。
人なんてそんなもんで口では正当性を口にするがなんだかんだでベネフィット/コストで動く。つーかほとんど正当性なんかじゃ動かない。で、ここでシャアの登場。つっても「逆シャア」の時のキレたシャア。多分当時の様相だと全ての人類が宇宙に出ることが地球を再生する一番いい方法だったのだろう。でも、動いてくれない。”人類の革新”が待ってるのに動いてくれない。たぶん、ジオニズムってものすごい崇高な理想だしかなり実践的な哲学でもると思うのだけど、多分、みんなそうだよねっていう思想なんだけど。皆乗らない。でシャアはどうするのか「だったら地球にいられなくシテヤンヨ」と言うふうになる。なんか、おいらを非難している人たちからこのシャアの苛立に似た「インテリの上から目線」と「焦燥」を感じるんだよね(妄想かな?)
で、何なんだろうなも思う。貴方達が頭良くて冷静なのは分かった。アクシズをぶつけてこないことも分かった。でもなんか、そうなんか「なんだかなぁ」っていう気分が消えなくてダラダラこんな文を書いてみました。
で言いたくなったわけさ「ならば、今すぐ愚民共すべてに叡智をさずけてみせろ」って。ただそれだけ。
ttp://blog.goo.ne.jp/adlum99v3t/e/80aec59e3f36624bda28532c8aaf7eee
2 :可愛い奥様:2009/09/02(水) 08:50:49 ID:yAxSyKXU0
800人程度の薬害、「一律救済を!」
↓
高裁の仲裁案で1000人分用意し、明らかな責任のある期間に線引きをしました。
↓
「高裁も拒否する!」「線引き禁止!いのちの切捨てをゆるすな!」
↓
とりあえず30億用意しました。線引き禁止とか言われても…
↓
「裏切られた!札束で頬を叩くような提案だ!大臣にもてあそばれた!」
↓
できるだけ一律救済を目指します
↓
「お金が欲しいのではない」「私達をなめるな!(福田衣里子)」
↓
↓
「少なくとも11万人の一律救済を!」
↓
「少なくとも350万人(35兆円)の一律救済を!」
↓
↓
↓
※福田のC型肝炎は当時どの医者も存在すら知らなかったウィルス
A型肝炎B型肝炎は知られてたし、大元の原告はココ(高裁も仲裁案出した)
でも、なぜか、いつの間にか、C型肝炎の福田も賠償を求めてたのは豆知識。
3 :可愛い奥様:2009/09/02(水) 08:51:39 ID:yAxSyKXU0
○棚ボタの保障認定
1980年生まれ。生まれた時に血液製剤を使い、C型肝炎に感染したらしい。
ちなみにC型肝炎ウイルスは1989年に発見され、それまでは原因不明であった。
彼女は実は補償ラインに入っておらず、一般人同様に自分のお金で肝炎を治すのが本来の道理である。しかし、自民の温情で補償認定された。
それだけでなく、他の重症患者同様に数千万円もの賠償金が支給された。
○薬害肝炎救済法案の経緯
民主は薬害肝炎救済法案を否決につぶしにかかっていた。(自民の足を引っ張るためと、田辺三菱製薬および前身の田辺製薬・三菱ウェルファーマから献金を受けているため。ちなみに彼女の親は三菱勤務)救済時には多くの患者を認定したため、自民党は「人気とりが目的」などと叩かれた。
上記の経緯にも関わらず、彼女は自民に後ろ足で砂をかけ、民主から立候補した。
4 :可愛い奥様:2009/09/02(水) 08:55:00 ID:yAxSyKXU0
○訴訟時代の仲間の反応
原告仲間は「肝炎救済法案は超党派で頑張って頂いた。特定の党ではなく無所属で出るべき」と発言。
にも関わらず、無所属だと惜敗した時の比例復活もなく選挙資金も自腹になるため民主から出馬した。
彼女は原告仲間から支援されていないようで、選挙期間中、誰も彼女の応援には来なかった。
当選時も原告仲間からの祝福のコメントは一切公表されていない。
○よくある誤解
→彼女はインターフェロンで完治しています。そもそもC型肝炎は感染力が弱く、結婚しても飲食業に従事しても周りにはうつりません。
血液製剤・輸血・針刺しなどで直接ウイルスを体内に入れないと感染しないのです。
政治家の激務には耐えられるそうですから、パン屋も務まるでしょう。
彼女は座談会で「ちゃんと本当に働けるの?」という県民の質問に対して「しっかり元気です」と答えています。
→B型肝炎は若年時に突如肝障害をおこすことがありますが、C型肝炎ではありません。
インターフェロン治療中は入院・副作用などで通えないでしょうが、治療は短くて数か月、長くても一年で終わるので、休学すればちゃんと卒業できます。
彼女は大学時代、休学してヨーロッパに単身で旅に出掛けたそうですよ。
肝炎やインターフェロンのせいで禿げてカツラになってかわいそう
→肝炎で禿げることはありません。インターフェロン治療で髪が抜ける人もいますが、治療が終われば完全に元に戻ります。あの髪は地毛。
肝炎って年取ってから大変なんでしょ
→若いうちに治療したため、他の原告仲間と違い肝硬変や肝臓癌の心配はありません。
一般の健康人と全く同じです。
○実は酒豪?
肝炎訴訟時の密着ドキュメントで携帯を出し、予測変換機能の一覧を見せ‘若い女の子なのに「不安」とか「フィブリノゲン」が出てくるってどうなんですかねー’と言っていたが、その後に続く言葉は「二日酔い」であった。
彼女が飲酒している写真は各サイトに多数、ブログでも「お酒がおいしい」と発言していたが、最近酒に関するものだけが削除されている模様。
そもそも彼女は完治しているので、飲酒も全く問題ないし、隠す必要もないのだが。
5 :可愛い奥様:2009/09/02(水) 08:56:08 ID:yAxSyKXU0
71 :長崎納税者:2008/11/26(水) 13:26:04 ID:RIX6ZWAt0
つーか、この人が感染した時期ってC型肝炎の存在を確認する前だったんだよな
C型肝炎の存在を把握したあとで感染した人については救済される事も分かるけど、どうしてこいつに2000万円も給付しないと行けないわけ?
そもそもこの人を救済した事自体が間違いなんだけど、マスコミはその事自体をスルーしている。
給付が可決された前後に高級住宅地の家を購入してやがるからな。
パート以外でろくに働いた事がない輩が戸建てを購入なんてふざけんな。
家一軒、車2台持っている奴より可哀想な人は日本にも何千万といるよ。
最近は酒を飲んだくっているらしいけど、肝硬変になってさらに2千万円
追加給付を狙ってんじゃないかな?
給付金という公金を不適切に使用した疑いがあるか、公金を受け取らなくても余裕のある生活をしていたのに給付金を
巻き上げたかのどちらかなんだから。
小1の時。おじいちゃんが死んだ。
なぜ死んだのかは知らない。正直興味もない。
だっておじいちゃんの記憶は何にもない。
優しかったのか怖かったのかすら覚えてない。
小2の時。お父さんが死んだ。享年42才(くらい)。
B型肝炎。数十万人に一人の割合で発症するらしい。
助かる可能性はとても低かった。
お父さんの記憶はちょっとだけある。
まだ父が元気だったころ。
夜、布団に入ってからなかなか寝付かない私のところへ来て、目の上に手を載せて「もう寝ろ」と言われた。
蛍光灯の反射で暗くて顔はよく見えない。
大きな手だったのを覚えてる。
発症してから。
一時帰宅していた時祖母宅にて。
布団の上でぐったり顔を覆ったまま動かない父。
大人たちは皆忙しそうに険しい顔をしていた。
その一時帰宅の後、お父さんは遠く離れた都会の大きな病院に入院した。
お母さんは看護のためお父さんについていった。
なので私たち姉弟3人は父方の祖母のところにしばらく預けられていたらしい(覚えてない)。
ある日、私たちはお見舞いに行った。
病室に向う廊下で母に「爪を噛むのをやめなさい」と言われた。
当時のひどい癖だった。(今でもストレスがたまると噛んでしまう…)
ベッドの上で上体を起こしていた父はガリガリにやせ細っていて、体が異常に黄色かった。
そして「○○子か…」と言った。弱々しくかすれた、老人のような声だった。
自分がなんと答えたかは覚えていない。
今思うと、もう助からないから最後に会わせた的なお見舞いだった気がする。
それでも当時の私には父が死ぬとは予想できなかった。
ただただ、父の変貌ぶりにショックを受けていた。
父が死んだ時。これはけっこう覚えてる。
私は学校にいた。休み時間だったと思う。教室にいた私を先生が廊下から呼んだ。
「この前お見舞いに行った時、お父さんは元気だった?」
「…? いや、わからないです…」
「いいかい、すぐに帰りなさい」
「???? はい…」
当時私は父が死ぬとは全く想像してなかったので、その時は何を言われているのかわからなかったが、
とりあえず帰ることにした。
祖母宅までの徒歩10分を歩く途中でハッと気づいた。
「たぶん、お父さんが死んだのだ」と。
誰に聞いたわけでもなかったけど、妙な確信があった。
祖母宅には小1の弟がすでに帰っていた。
もう1人の一番下の弟はまだ2歳だった。
親戚の大人たちが集まり始め、騒々しい雰囲気になっている。
子供である私たちはほっとかれていた。
唯一ひいおばあちゃんが「○○(父)は死によったぞ、わかるか」みたいなことを言ってきた。
「死」というものがどういうことなのか、私は理解していた。
黙ってうつむきじっとしていたら、泣いてしまいそうだった。
私は弟にいった。
「外行こう」
弟は「うん」と返事をした。
手をつないであてもなく歩いていた。
6歳と7歳。
私たちは幼なすぎた。
「お父さん、死んだんだよ」私が言う。
涙が溢れてきた。弟も泣いていた。
もう何か言おうとしても涙しか出なかった。
ワンワン泣きながら、手をつないで歩くのは止めなかった。
そこで記憶は途切れる…。
小3の時、父方のおばあちゃんが死んだ。
優しくて好きだったので悲しかった。
小4の時、母方のばあちゃんが死んだ。
母が泣き崩れていたが、私はあまり会ったこともなかったので
いつも通りボーッとしていた。
とにかく小学校の時は葬式やら法事やらばかりでほとんど想い出がないし思い出せない。
母は資格もない、商売の才もない、ついでに免許もない何の変哲もない高卒だった。
私は母が実際何をしていたのかあまり知らない。
母は言わないし、私も聞かなかった。だがとにかく、忙しそうにしていた。
その頃の私はとにかくぼへーーーっとした覇気の無い子供だった。
暗くおとなしい子だった。
とにかく読書が好きで、ヒマさえあれば本を読んでいた。
人と居ても本を読み、家にいても本を読み…本さえあればそれで良かった。
外で遊ぶのは大っきらいで運動神経は驚くほどなかった。
お金がなかったので何度も何度も同じ本を読んだ。
本を読む以外の事はすべてにおいてめんどくさかった。
なので"おかあさんは大変だから家事をしよう"とかは一切思わなかった。
ただ、"おかあさんは大変だから金と自分の事で迷惑をかけてはいけない"という気持ちだけは強かったが。
ある意味では何もせず、本をむさぼり読み、自由気ままな暮らしっぷりだった。
こういう子はたいていいじめられ体質だ。
とは言っても特に激しいいじめはなかったし数少ない友達もいたが、基本的には家にいた。
ある夏の日、母についに「あんた友達いないの?頭おかしいんじゃないの?」と言われた。
私「○○ちゃんと遊んだりしてるよ」
母「あぁ、あの子とあんまり仲良くしない事。あの子のお母さんはナンタラカンタラで評判が…」
私「…」
私は少しずつ違う友達を優先するようにした。
○○ちゃんはありえないくらい優しくていい子だ。(今では優しい旦那さんと結婚して2児の母。今でも大好き)
幼いころから優しく包容力のあるお母さんキャラという感じだった。
いつも「私、●子大好き!」と笑顔で言ってくれた。
私も当然○○ちゃんが大好きだった。
でも、母が言うことは絶対だったので、少しずつ離れていった。
母の言うことに疑問など持ち得なかった。
そして思春期。
いない父の代わりに1つ下の弟のことが無性に気持ち悪くなり、無視ばっかりしていた。
存在するだけでむちゃくちゃ腹が立った。
今思うと弟は「ねぇちゃん遊ぼうよぅ」といつもどおりだったのだが、私だけが近寄るなオーラを出していた。
こればっかりは今思い出しても胸が痛む。
その頃、我が家は少し険悪な雰囲気になっていた。
私は反抗期なりに何とかせねば、という思いが多少あった。
とりあえず、皿を洗ってみた。
ろくにやったことがないので、割ったり泡が残ったりひどいもんだった。
母に「余計なことをしてくれた」と罵倒されたので、もうやらないことにした。
次に、何かの本で読んだ知識であろう「家族で交換日記をする」事を提案した。
それを聞いた母は「おまえは家族をメチャクチャにする気か!!」と鬼の形相で罵倒してきた。
私は意見を言うのもやめた。
友達と服を買いに行けば「ナマイキだ。何考えてるんだ」と言われた。
部屋が散らかっていれば「おまえは頭が変だ」と散々溜息を吐かれた。
そういう風に言われても、別に母のことは好きでも嫌いでもなかった。
すでに私は何も感じていなかった。
一度罵倒タイムが始まるととにかく長いので、心を閉じて無にした。
ただひたすら終わるのをじっと待った。
母に言葉で逆らうことは無かったが、すぐに母をイラつかせる自分がダメなヤツだとも全く思っていなかった。
とにかく、黙っていればそのうち怒鳴り疲れてくれるのでそれを待っていただけだ。
本好きが高じて成績はよかった。答えがあるものは楽だった。
高校の進路相談で都会の進学校を進められたが、金がないので断った。
母は「行きたいなら行ってもいいんだよ」と言ったが、行くわけがないだろ、と思いながら黙っていた。
この頃から学校の先生や友達から「あんたは何を考えているかわからない」と現在も言われるようになる。
中学の時、相変わらず仲良くしてくれていた○○ちゃんが入院したことがあった。
住まいから離れたご実家の病院に入ることになり、そのことを母に告げると、
「妊娠でもしたんじゃないの?あの子は素行が悪いから」(嘲笑)と言った。
さすがに腹が立ったが、黙っていた。
私は○○の母にそれをチクった。
「うちのオカンが妊娠じゃないの?なんて言うんすよーw愚かな母でサーセンwww」的な軽いノリで。
それからすぐに悲しい顔になり「お母さんは愚かなの?」と言った。
どうやら、○○の母は自分の娘がクソビッチ呼ばわりされたことにムカついたらしく、
(その場では何も言わなかった)私の母にクレームの電話を入れたようだった。
私は初めて父の死以外のことで母の前で泣いた。
泣きながら母の問いには首を振った。とんでもないことをしたぞ、と思った。
その頃の母は夜の外出(ママ友達と遊び)が激しくなってきたので
「でも家にもっといてほしい」ということだけをなんとか言った。
家にいる時間は多少増えたが、わたしへの風あたりは当然強くなった。
16歳になった頃、もう母に必要な要件以外言うことは何もなかった。
ただ、衣食住を供給してくれるので家にいるだけだった。
険悪でもなく、仲良くもなく、
母はもともとよくはしゃぐ明るい性格なので、それに適当に付き合っているだけの関係だった。
高校に入ってバイトを始めた。家に金を入れようとは微塵も思わなかった。
このころにはもう子供たちの手もかからなくなっていたので、割と毎日ご機嫌だった。
私も学校ではそれなりに明るくなっていた。
とにかく長いものに巻かれろ精神で適当に調子を合わせておけば、ハブられることもなかった。
部活をやったり好きな先輩がいたりと、とにかく普通の地味な高校生だった。
金のことだけは私はシビアだった。
だが自分で稼ごうとも思わなかった。思いつきもしなかった。
ただひたすら、現状を受け入れガマンしているのが、母との関係の上で自分なりの最善の策だった。
進路の時期、高校出たら働くと言ったら、鬼の形相で「大学は絶対に行け。ただし浪人・私立は行かせられない」と言った。
私は勉強だけは相変わらず得意だったので、けっきょく都心の国公立に入ることになった。
母の元から離れたかった。家が嫌いでも好きでもなかったが、とにかく息苦しかった。
まぁ結局母も私も自分のことしか考えていなかったのだ。
母は口では信用しているから好きにやらせているといいながら、本心では自分が解放されたかったのだと思う。
高2の時、先輩に連れられてバイトを休んでいじめに悩んで不登校になっていた後輩の家に行った。
その子は暗くて太めでメガネで、とにかくいじめられる要素満載だった。
でも私は別に好きでも嫌いでもなく、学校に来るきっかけになればいいなくらいの気持ちで遊びに行ったのだ。
良いことをした、とまでは思わなくても、悪い気持ちではなかった。
家に帰ると母が鬼の形相だった。
どうやらたまたま私のバイト先に行ったようだ。運が悪すぎて笑えた。
「バイト休んで何やってたの」
「友達の家にいってた」
「!!!!!!!!!!!!!!(激昂タイム)
母に説明する気はさらさらなかった。
要約すると、母は自分が恥ずかしい思いをしたこととわたしを信頼していたのに裏切られた、やっぱりあんたは最悪だ、ということを言っていた。
私はまた心を無にして時間が流れるのを待っていた。
そのころにはもう私は自分の意見や好きなこと、嫌いなことを人に言うという行為を失念していた。
ただモヤモヤしたものだけが心の中に渦巻いていたが、表面上はとにかく無気力だった。
大学で私は生まれて初めての何とも言えない開放感を味わった。
ネチネチ言う人は誰もいない、すべてが自分の自由である。
入学金と学費は家庭環境から免除、生活費と学生寮費は奨学金とバイトでまかなった。
最高の気分だった。
私は一気にヤリマンになった。
(見知らぬ人は怖くてデキないヘタレでした)
みんな優しくて明るかった。
私はうれしくて家事をしたり、尽くしまくった。
だがそのうち面倒くさくなったり浮気をされたりで悲しい思いをすることも多かった。
でも、なんだか生きてる感じがした。
女としておしゃれをしたりメイクをしたり、何をしてもネチネチ言ってくる人はいない。
従わなければいけない人がいないというのはこんなに楽しいものかと思った。
この頃から他人と自分の家庭の違いに気付き始めた。
続き
脊椎動物:祖先はナメクジウオ ヒトと遺伝子6割共通 国際チーム、ゲノム解読 - 毎日jp(毎日新聞)
Amazon.co.jp: 98%チンパンジー―分子人類学から見た現代遺伝学: ジョナサン マークス, Jonathan Marks, 長野 敬, 赤松 真紀: 本
ナショナル ジオグラフィックチャンネル:番組探検 - 人間とチンパンジー:DNA2%の相違
DNAがまったく同じである。
相変わらず証拠は“DNA鑑定” (つづき) - JUNSKYblog2008
チンパンジーなら9割以上(99%以上?)DNAは一致するという。
人間ならなおさらのことだ。
人間に誰でも共通する部分を比較して見せて、『DNAは完全に一致した』と言えば、
それは見かけ上A・G・C・Tの配列は完全に一致して当たり前である。
チンパンジーでも・・・
Amazon.co.jp: 遺伝子万能神話をぶっとばせ: ルース ハッバード, イライジャ ウォールド, Ruth Hubbard, Elijah Wald, 佐藤 雅彦: 本
PCR増幅法の特徴は、僅かな資料からでもDNA鑑定ができるという点である。
血痕で2ミリメートル四方、精液斑で1ミリメートル四方、毛根鞘のついた毛髪なら1本から2本とのことである(清水1992、p.20)。
また、プロープを使わないため、それほど設備がなくても鑑定が可能であるという利点もある。
そのかわり、PCR法で増幅できるのはある程度短い部位だけなので、YNH24やCMM101などの部位はこの方法では鑑定できない。
また、少しでも別のDNAが混入すると混入したDNAまで増幅されて結果が狂ってしまう可能性もあるので、資料を慎重に扱う必要がある。
このDNA鑑定は極めて初期の方式に基づいて行われたものであり、
DNA型判定のものさしとなるマーカーに狂いがあったことが判明して
「科学の名による冤罪??足利事件」再審無罪を求める東京集会参加報告−JanJanニュース
SさんのDNAは「16??26」という型ではなく、「18??29」の型であることが判明しました。
弁護士によると、型の違いはB型とA型のちがいほどの違いであり、当時の技術水準は低かった、と語りました。
一審判決後、科警研はサイズマーカーの誤りを認め、犯人のDNAは「16??26」ではなく、「18??30」と訂正しています。
しかし、SさんのDNAはその型とも違います。
当時の(証拠である下着に付着した精液)のDNA型と
S受刑者の受刑者の髪の毛から採取したDNA型が違うという鑑定結果を出した。
O教授は言う。
「可能性は2つある。1つは当時のDNA鑑定が間違っていた。
もう1つは真犯人でない人を捕まえていた。
どちらも大問題なので書類にして裁判所に提出した」
オンライン書店ビーケーワン:幼稚園バス運転手は幼女を殺したか「冤罪を確定したDNA鑑定」
これが我が国におけるDNA鑑定の名誉ある第1号であると同時に、
それはまたDNA鑑定の足枷をはめられた被告の長くて苦しい冤罪の闘いの始まりであった。
「俺は、事件など起こしてはいません。DNA鑑定は間違っています。もう一度やってもらいたいものです」
被告の願いは2審結審後、弁護団独自の再鑑定という形で実現する。
果たして新たなDNA鑑定は別人であるとの結果を出したのであるが、
Aちゃんの死体は,本件の被害者Mちゃんの死体が発見された渡良瀬川の河川敷から
約200メ??トル離れた対岸で発見されていたため,
最高裁の段階で,Sさんの髪の毛を使って,MCT118法の型判定をしたところ(日大のO先生による鑑定),
SさんのDNA型は,18??30ではなく,18??29だということがわかりました。
Sさんは18??29ですから,
真犯人が18??30だとすると,Sさんは,それだけで無実であることになります。
「F・Mちゃん事件」の捜査が難航したまま、半径2Km圏内で幼女の失踪・殺害事件が続発する。
’86年にH・Yちゃん(5)、’90年にはM・Mちゃん(4)が、ともに衣服を脱がされた状態で、遺体で発見されたのだ。
だがその内容は、矛盾だらけだった。
結局、起訴されたのは「M・Mちゃん事件」だけ。
教育に情熱をかける教師のために: 足利幼女殺人事件の再審棄却への疑問
棄却理由は、今回提出された鑑定に使用された毛髪のDNAが請求人の毛髪から採取したものであるとの証拠がないとのことであった。
だが、そういう疑いも考えられるかも知れないが、それなら、裁判所の職権において再鑑定すればよいと思うのだが、なぜそこで終わってしまうのだろうという疑問が残る。
Amazon.co.jp: 魔力DNA鑑定―足利市幼女誘拐殺人事件: 佐久間 哲: 本
Amazon.co.jp: 幼稚園バス運転手は幼女を殺したか: 小林 篤: 本
Amazon.co.jp: DNA鑑定―科学の名による冤罪: 天笠 啓祐, 三浦 英明: 本
第二審でDNA鑑定で逆転無罪になった大分短大生殺害事件 について知りたいです
はてなブックマーク - 5号館のつぶやき : 政治に翻弄される科学者 (横田めぐみさん遺骨事件)
Amazon.co.jp: 恐るべき証人―東大法医学教室の事件簿 (ホット・ノンフィクション): 佐久間 哲夫: 本
刑事裁判を考える:高野隆@ブログ:プッテン殺人事件 - livedoor Blog(ブログ)
DNA鑑定で無罪、全米で200人 - 弁護士 落合洋司 (東京弁護士会) の 「日々是好日」
【海外】強姦罪で服役19年、DNA鑑定で無罪判明 「誰も恨んでいない。自由に感謝している」
<かくも多き冤罪事件>米の死刑囚ら188人、DNA鑑定で続々、無実を証明(朝日新聞)
愚樵空論 無実の“死刑囚”124人の衝撃 〜冤罪に揺れるアメリカ〜
内科開業医のお勉強日記 : オリンピックレスリング選手では汗による感染対策すべき
ボンソワール書房日誌 Éditions Bonsoir Journal: B型肝炎ウイルスが汗から発見、感染の可能性も?
DNAに左右されないところはある。
指紋は自分だけのものだろうか。 双子でも? そもそも指紋ってなんだ。 - Orbium -そらのたま-
<遺伝子を操る>DNA鑑定、超微量でも 犯人像の再現も視野に
コピー用紙や感熱紙に残された指紋からDNAを解析する技術を確立した。
アルコール溶液に浸すなどして指紋の中にあった細胞からDNAを取り出す。
Do you think for the future?: 指紋から性別、嗜好、人種なども判別可能な新技術
任意提出を受けた「男子学生の試料」(自宅を訪ね部屋から髪の毛を採取した模様)と、
「ひもに含まれた汗」のDNAを照合したところ、これが一致。
今枝弁護士が受け取ったとされる脅迫状から指紋・DNAが検出されたというのは本当なのか - TERRAZINE
未解決事件捜査班、31年前の事件解決も - 社会ニュース : nikkansports.com
14年前の殺人とDNA一致 女性下着を投棄の男、再逮捕へ (2/3ページ) - MSN産経ニュース
ひったくり未遂の18歳少年、バッグの汗のDNA型で御用 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)