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はてなキーワード: 武道家とは

2017-11-30

喧嘩稼業を途中から見ている者からの疑問・不満

十兵衛、工藤文学の3人に特別愛着が持てない

どうもあの3人が登場期間の長い主役級のキャラなのは理解したが

初期にデザインされた&作者オリジナルキャラありがちな魅力の乏しさを感じる。

ことな実在格闘家武道家モデルにした他の選手の方が魅力がある。

主役3人がプロテクトされて勝ち上がる展開を喜べない。

3人より魅力あるじゃん&強そうじゃんという相手選手が不可解な敗退を遂げていくのが残念。

金隆山などとうとう文学の勝ち上がりのために殺されてしまった。


トーナメント編はしばしばこの現象が起きるので喧嘩稼業だけの欠点ではないが、

バキで言えばうざい刃牙が3人いるようなもので、これはきつい。


金剛ってなんなの?

どうもこの漫画代表する必殺パンチらしいと言うのはわかった。

でもこの技はクソだ。

前述の工藤の1回戦の相手戦略を練りに練って戦う忍者みたいな奴で、

リングに仕掛けた毒まで駆使してほぼ完璧試合運びをしていたのに、

工藤の両腕を封じてから突然この金剛を連打してしまった。

金剛金剛金剛!と言いながらはげしいアクション工藤の胸を殴る忍者

これが全然効かず、無駄にスタミナと勝機を浪費したせいで逆転負けしてしまった。


そんな流れでも作中ではなぜか「工藤がすごい」ということになって、

忍者作戦ミスだ」とか「金剛弱すぎ」という声は皆無だった。

なんなんだよ金剛

毒が回ったうえに腕を封じられて殴られ放題状態相手に直撃しても効かず、連出しても倒せない。

これ普通に顔殴る以下じゃねーか?

というか工藤は両手が使えないんだから、眼を狙って攻撃してれば簡単に勝ってたはずだ。

何故突然あん馬鹿展開になったのか理解できない。

マジで金剛ってなんなの。

ほんとは眼突きよりつよい技なの?何が?


出場選手人生が暗すぎじゃない?

話に追いつこうかと思ってwikiを読んでみたが

登場人物トーナメント出場選手にろくな人生の奴がいない。

異様にハード人生の人が多いのは何故なんだろうか。

https://anond.hatelabo.jp/20171129144616

2017-05-12

http://anond.hatelabo.jp/20170512165445

あと古流派体験してたから分かるけど、剣術甲野善紀先生が見せたような「体術」としての側面はスポーツに応用されるべきでしょ。

レスポンスありがとうございます

私はNHKに出てきたの見た限り甲野善紀さんをインチキさんだと見ています

何故か?

・動きがヨタヨタしている

ちょっと動いてみせるとフウフウ息が切れている

からです。


武術の深奥や真価など全然知りませんしわかりません。

けれどもそれ以前の問題外はわかります

甲野さんの動きは何かについて毎日ハイレベル練習をしている人の動きでは有りません。

ちゃんと毎日’相当期間練習して何かが身についた上で

その技術体系の優劣が問われるのであって、

ヨタヨタフウフウは問題外です。


凄く大雑把にいって、

運動家としてちゃんとしている」という土台の上に、

舞踊家として芸術性がある」だとか

武道家として実践性がある」だとかが乗るわけでしょう。

上に乗るものの真価は専門家しかからないのだとしても、

土台が酷いのは私でもわかるんですよ。


逆に

ヨタヨタフウフウを批判できず評価する人と言うのは

ちゃんと運動したことすらないんじゃないの?と思っちゃいます

足をドシンドシンてればパンチ力がつく、って説明に疑問を持て無いのも

運動経験がないからじゃないかと。


いやまあ別にいいんだけど、合戦武術としての空手形骸化したことと一緒で、ほぼ失伝している状況で言うのはよくわからんな。

否定肯定もできない。

「今あるもの過去名人とされる李書文の現代に伝わる逸話説明など含め)は全部本物と違うインチキ

といわれたら

かめようのない過去のものについては知らないですけどね。

でも中国戦争重要技術ってカンフーじゃ無くて騎射技術とかだったんじゃないですか?

2016-12-15

天津飯(CV緑川光)から感じる違和感

ドラゴンボール改からだいぶ経つのに、未だに慣れない。

ストイック武道家である天津飯とあの美声が一致していないのではないだろうか?

ミスターサタンや界王様声優交代は許容できたのに、これだけは未だに受け付けられない。

これで野沢雅子堀川りょうが亡くなったらどうなるんだ俺。

2015-11-14

刃牙の迷走と高岡英夫

グラップラー刃牙から続く一連のシリーズは、原始人が出たかと思えば剣豪宮本武蔵現代に復活した。

何故ここで宮本武蔵なのかというと、作者の板垣恵介武道家高岡英夫に傾倒しているからに他ならない。

高岡英夫氏はゆる体操DSといった概念で身体研究分野で一躍有名になった人である

まだリラックスをすることが競技パフォーマンスの向上に繋がると考えられていなかった時代に、時代に先駆けてリラックス有用性を説き、リラックス法としてゆる体操を発案した。

その後はDSディレクトシステム)という難解な概念で、オカルトチックになったと批判されることもあった。

嘗ての刃牙というと、脱力という言葉殆ど出てこなかった。技と筋力こそが強さを決めるという考えがあったように思う。

しかし、シリーズ二作目のバキくらいから脱力による強さの向上という概念が出てきた。

郭海皇という登場人物や、愚地克己の脱力によるマッハ拳、さらにはバキのゴキブリなどから明確に路線の変化があったように思う。

この辺りから刃牙における高岡英夫の影響が強くなった。

そして現在宮本武蔵に関しては、高岡英夫の影響が色濃く出ている。

まず、高岡英夫氏は宮本武蔵という人物にひどく入れ込んでいる。宮本武蔵五輪書や人物画を見て、いかに彼が優れているかという事を一冊の本にした事もある。

刃牙の最新シリーズ刃牙道において、84話から85話にかけての宮本武蔵の動きはまさに高岡英夫提唱している理論である

脱力による加速、踵での踏み込み

板垣恵介氏は気持ちコロコロ変わるから、書いている内容も変わるという事がよく言われるが、長きにわたって高岡英夫の影響はは日増しに強くなっている。

今後、刃牙シリーズで強い登場人物が出てきたり、登場人物が強くなった時は、半分くらいが高岡英夫の影響だと思って問題ないと思う。

2014-12-28

ドラゴンボール世界おかし

亀仙人最初にやらされたあんな単純な筋力鍛錬だけでただの人間があそこまで強くなれる世界なら武道家の平均レベルがあそこまで低いのはおかし

2014-02-07

http://anond.hatelabo.jp/20140207203431

誰だったっけ?

武道「道」を悟るのはすげー回りくどいことだ。

悟りたいだけなら寺で坊さんになるほうが早い。

っていった武道家

2013-09-01

BookOffでタフ立ち読んだ武道家が思うこと

 当方プロフィール高校までアニオタ大学入って空手始める。とにかく強くなろうと努力する。5kgのパワーリスト付けて突き300回とか。腕立て伏せ拳立て伏せ、手首立て伏せとか。いろいろやった。というか、いろいろやれた。

 そんときモチベーションってのが、「自分は元オタだから死ぬほど努力しなきゃダメ自分の全時間を費やして、強くならないといけない」 彼女? 作ってる暇ないし(というより、ちょうどCLANNAD全盛期だったこともある、それと便座カバー

 とにかく、「武道に強くなる = 自分のすべての時間武道に捧げる(トレーニング、基礎体力の強化、などなど)だと思って、ひたすら練習やりーの、空いてる時間筋トレやりーの、ランニングやりーの。だったわけで。

 で、そうこうするうちに社会人になり。思うように練習に時間が取れなくなり。練習しなけりゃ弱くなるんじゃ、と心配になり。

 そんなときに手に取ったのがタフ(at Bookoff)死天王編。喜一が苦戦してた。しかも相手は、公務員。例え地の利があるにしろ、言ってみりゃ一般人。9時5時で市役所働いてる、一般人。それが、キー坊を、圧倒している。

 もちろんフィクションです。とはいっても、この平和なご時世。武道だけじゃ食っていけない。別の仕事やりつつ、武道も続けなくちゃ。むしろ、それでも強くなれる。

 読んでいて意外だったのは。自分の一生を武道に捧げなくても、強くなれるということ。タフではがその辺の市役所のオッサンが主人公追い詰め、軍鶏ではその辺のマイホームパパのくせに主人公が教えを乞うほどの武器術を身に着け。あるいは、一見関係ないように見えても、その実鍛錬になっているのかもしれない。

 「練習できないから弱い」ってのはもちろん未熟。「練習できないから、時間を作る」まだまだ。「自分の行動すべてを、武道に結びつける」なんだろうな、と思う今日のこのごろ。

2013-07-29

メラゾーマ

あなたがもしメラゾーマを唱えたいなら、レベルを36まで上げなければならない。

しかし、そもそもあなた職業魔法使いではなく、戦士武道家などだとしたら、

たとえレベルが99になろうとも、絶対メラゾーマは唱えられない。

メラゾーマを唱えられるようになる方法は2つしかない。

魔法使いになるか遊び人になるかだ。

2013-02-25

ヘボヲチャー藤原正彦内田樹イケダハヤトを見て気づいた共通点

藤原正彦

内田樹

イケダハヤト

ここ数年くらい「とりあえず一躍脚光を浴びた」感のある人間を見てきたけど、

この3人だけは「なんだかなあ」という感じでいつも見ていた。

一躍脚光を浴びたけど、いつの間にかフェードアウトしてった藤原先生内田先生

そして、なんか読者の失笑を一身に浴びつつ、フェードアウトしつつあるイケハヤ師。

藤原正彦。かの有名な「国家の品格」の著者。

本についてはもう色んなところから突っ込みを受けた挙句、気付いたら保守論客みたいな感じで持ちあげられたのはいいけど、

あの人今どうしてんだろうみたいな感じの人。

品格本以降、全ての段落に突っ込みどころを搭載したクラスター爆弾を投下してくれていた。

たぶん割と高位の老害

内田樹。代表作はたぶん「ハシズムを許すな」だと思われる。自称思想家武道家本業翻訳家実業家。チラシの人や精神科医のお友達

橋下選挙ときにちょこっと出てきて喧嘩を売ってきたけど土俵に出てこないままフェードアウトした感がある元大学教授

やまもといちろう曰く、「専門から外れた物事でゴミすぎる論説をしては物笑いの種にされる

池田信夫曰く、「彼の頭が悪いのはしょうがないが、せめて知らないことには口を出さないほうがいい

深沢明人曰く、「現実に立脚した話ではなく、何か気の利いたこと、一風変わったことを口にして、商品にしてやろうというだけ

そして我等がイケハヤ師である

最早説明不要な感じになってきてるが、最近尊師エントリーがびっくりするほど酷い。

嫌われれば嫌われるほど、一流の人たちに囲まれるようになる - ihayato.書店 | ihayato.書店

アンチのみなさん、今日もせっせとありがとうございます - ihayato.書店 | ihayato.書店

どのくらい酷いかというと、顔を真っ赤にしながら自転車操業やってんだけど肝心の自転車は1ナノも進んでいない。

そんな感じである

とりあえずこの2つのエントリーの間のブクマ数を調べてみた。(2月25日時点)

アンチのみなさん、今日もせっせとありがとうございます - ihayato.書店 | ihayato.書店 182

安易な謝罪がモンスター消費者を助長させる - ihayato.書店 | ihayato.書店 5

(本)村上隆「芸術闘争論」 - ihayato.書店 | ihayato.書店 1

「一流の人は、みんな異常」—デザイナー・山本寛斎名言まとめ - ihayato.書店 | ihayato.書店 41

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もうめんどいので調べるのをやめますが、炎上エントリーを挟んだエントリーがあんまりブックマークを稼げていない。

というか、炎上エントリーと、それ以外のエントリーの落差が酷すぎる。

プロブロガー」なのに大丈夫なんだろうか。本来このあたりのエントリーPVなりアフィ収入なり稼がないといけない筈なのに。

これで月収なのか売上なのかよく分からないけど月間52万(以上)稼ごうというのだろうか。

やまもといちろうとのブログでのやりとりのほうが圧倒的に面白かったし、

現在進行形でイケハヤ師の株価がどんどん下落、というか暴落していっているので、

対談をやる頃にはもうイケハヤ師自身が賞味期限切れになってフェードアウトしている可能性大である

炎上マーケターサイクル

フェードアウトしていった2名と、これからフェードアウトしていくであろうイケハヤ師、

通称炎上マーケター」の仕事サイクルはこうである

  1. 専門知識もなく
  2. ろくに調べもしないまま
  3. 断言する
  4. そして言い訳を言っとく

この一連のサイクル、特に3において主張されるものが過激であればあるほど、炎上すればするほど、有名になる。

一部の人間に尻尾を振りまいている内容ならなおよい。(保守、反TPP脱原発、脱貨幣経済など)

しかし毎回違った燃料が投下され続けなければ周りからは飽きられてしまう。

なおかつ1(専門知識がないこと)が露見しないように注意しなければならない。簡単なように見えて実は結構難しい事なのだ

FUJIWARA先生と、内田先生は、専門知識がないことが露呈してしまったために、フェードアウトしてしまった。

今、イケハヤ尊師も、周りの失笑を買いながら、専門知識が皆無なことを露呈している。

彼らの言論に共通しているのは、「賛否両論ではなく、ただの間違い探しである」ことだ。

間違い探しになりはじめたら、もう終わりだと思う。

2013-01-10

政治家って無能だなぁ

いじめ防止に武道家先生を」 谷川文科副大臣が持論

http://www.asahi.com/politics/update/1228/TKY201212280295.html

教育の専門の大臣が、苛め防止に武道家教師を学校におけ特にボクシング経験者が良いと言っている

それでは解決しないだろうと大半の最近学生なら解る話だろう

実際大津苛めの担任体育教師柔道を受け持っていたがっしりした強面だが、目の前で苛めが起こっていても「やりすぎんなよー」と笑って見ていた

最近いじめ自殺した事件も、バスケ部顧問が原因だ

強面教師で苛めは解決すると主張するこの人は知らないのだろうか?

この人が言うように全国の学校に強面の武道経験者や警察OBを配置するのにかかる金額は膨大だろう

でも効果があるとはとても思えない

一事が万事無能政治家達がこんな感じで全くきき目のない、むしろ状況を悪化させそうな事に大金を注ぎ込んで、無駄にし続けているのだろうな。

2009-03-15

はてなアカウントしか持たない読者のための水伝案内

はじめに

ログのすなどりに嫌気がさし、大半の人は「水伝」との係わりを渋ります。折りしも「●かな●さん(他称?のため)」のコメ欄で騒動が再開されました。予備知識がなく二の足を踏むのはもっともですが、人物が整理され、構図も実相も鮮明となっています。臆することなくフリーハンドで結び目を解く新人が参入して良い頃、読者にとっても良い機会ではないでしょうか。

人物(A・B・C・D)

論理派(A・B)、共感派(C・D)に袂を分かつ

現在共感派」を構成するのは、二年前の不用意な記事がやり玉となったブロガー同盟ではなく、Cを起点にはじけた「連座制が嫌で黙っていたけど、心中は穏やかではなかったです」タイプの中間層の繰り上げ。

四人には「蜜月時代が嘘のような」という紋切り型は相応しません。不即不離、木箱(親和的ではないサークルに向けるあなたの呼びかけは、共感論理派以前の分岐点となります)に居心地良く収まった当時の様子はたやすく思い描くことができるでしょう。論理派(世間知を蔑ろにするトラブルメーカー!)が、数多のブログから応答が困難な共感派(反知性主義の擁護者!)の文章を今もこぞって俎上にのせるのは、私怨だけで説明がつくものではありません。

水伝には「的確な人物評は罵倒と見分けがつかない」という魔法言葉存在する。

  o A 「軽はずみな謝罪を行い、軽はずみに謝罪を求める」人物とされる。「怒りの表明と記事の削除、言明(反省)を促す行為は、謝罪要求にあたらない」といった理屈を受け止めることができるならば、あなたはこちらのグループ論理派)に入る。

  o B そのパートナー踊り子の軽快なステップ武道家の重厚なさばきを併せ持つ論客を自負する。まるで組み手上等の伊東富士子だが、場に響くのはきしみ、無理強いした関節の悲痛。

  o C その友人。職業スキルに信頼を置く千の衆望を担った元メルマガ行人。耳目をそばだてるフレーズを多用し、自身への火の粉を振り払うためでも、育成したスキルネット社会での応用を頑なに拒む。

  o D その崇拝者。コピペブロガーの上位にあたる引用ブロガー。三行を超えたコメント通読苦痛をもたらすのは、選択と長短が不適切だから。「違和感は読者を立ち止まらせるための文章術」という評判は拾えず。

人物(E・F)

先の四人とは趣が異なり、リアルで交流を楽しむ情景(たとえばBとEのテーブルを挟んでの談笑)は、どれほど想像をたくましくしても浮かびません。

左翼的言論を活発に展開していた四人は異質を迂回できず、受容か拒絶の択一を自身に課しました。Eグループ騎士団と呼ばれ、Fグループカルト信者)に喩えられたのは、EとFがシンボル祭り上げられた(落とし込まれた)からです。二人への直接批判は無益と下部が了解している節があり、強い批判が引き受けた支持者らへ向きます(沈黙は肯定か逃亡とみなされます)。

E・Fにカリスマ性は露も認められませんが、サークルクラッシャー資質は備えます。隙が多いのも特徴的で、Eはそれを「観測気球」、Fは「無頼」とする演出が見え隠れしますが、今に至るまでその効能は明らかになっていません。

背景

水伝一幕は、科学リテラシーを感情で語る者と品格論理で語る者との争いでした。ネットの論争で前者に勝ち目はありません。その「論理」で科学を語り、ほころびが露になる前に敵失によりステージが一気に変動したのです(トラバ論争)。qed「水に脳はないから水伝はいんちき」は、外野の「理系」にも含みを招いたことでしょう(一人が対話を試みましたが、Eの「謝罪認定」で終了します。そのブロガーはようやく「事情」を悟り、取るに足りない汚名と引き換えに撤収できました)

前者が退いた後もネットリテラシー主観論、運動論を引きずり、メンバーの参入と離合が劇的に行われます。グループ分け終了後の大きな対立軸としては、Eの「邪推が成り立つ」、Fの「ハラスメント」問題があります。語りつくされた疲弊感も漂いますが、「謝罪論争」直前のBの失言など踊る余地も残されています。

渦中へ

G(A)のコメ欄に向かう前に、読者は論点に対する見解を用意します。

  o「双方論争」から引いた「卑怯者論争」は正当か?

  o Gの回答(ハラスメント)はなぜ無効とされるのか?

  o グループ内で発せられた嘲り、暴言に論理派が倫理の判定を「忌避」した理由は何か?(流れを読め、発言者本人に尋ねよ、罵倒芸だ、訴えればどうかと回答した人々の真意は何か?)

  o 過去ログから相手側への謝罪が提出された場合、論理派は詰みではないか?

  o 論理派の張った狭義(「双方」は頻度と深刻をデータ化し、等量である事を明示)、予防線性的言辞は最大値、蔑称は最小値をとる)は妥当か?

  o 一般認識、文脈大問題は「邪推が成り立つ」を問われた場合、詰みではないか?

  o 「嘲笑」目的以外の、コメント削除を行いながら投稿禁止の処置をとらない理由は何か?

過去

ひと続きの古い結び目から解きたいと希望する読者は、出典をみずから発掘し、不明な部分の詳細を確認することが条件になります。引用を避けたのは、騒動の教訓に「人は埋め込まれたリンク先すら読まない」とあるからです。

関連を訪ね、水伝以前までログを遡ることで「神の視点」を体感し、デッドエンドの憂鬱記録を「ハッピーな」団欒シーンで読み終えることができます。

「春樹受賞の弁」を踏み台にするのは良い考えではありません(デッドエンド)。会話はA・B・C・Dに限ること。他と応答する義務はなく、価値も認められません。四人は確かに傷を負い、自分に借りを作りました。伝言ゲームの応酬では勘定が合わないはずです。

おわりに 

嘲笑や恫喝は慣れっこだが、家族への言及には耐えられない、尽力する保護事業に累が及ぶのは不当だと考えるなら、goo


※劣勢の共感派への疑問を追加(しかしAE混成チームに痛み分け以上の戦績を残せる者が何人いることか)。

共感派は論理の不備を質されている訳ではなく、誰かのそれに乗じて済ました過去を見咎められている(みんなで笑ってやろう)。その「論理」が牙を向いたとき、なすすべもなく動転し、次に誰かの当てこすり、空騒ぎに乗った。以前の踊り場がどれだけ狭量なものであったかに目を背け、遥かに刺々しい場所を臨んだのではないか。

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