はてなキーワード: 自家中毒とは
性欲を肯定されるようなメッセージを受けた印象はあまりない。
逆の印象なら一杯思い浮かぶ。
軽いとこでは「みっともないもの」「ダサいもの」「頭悪いもの」。
重いとこでは
「そのせいでプライドなく女に尽くしたり貢いだりしなきゃならなくなるもの」もしくは
「そのせいで女性を抑圧・攻撃し続けるもの無神経で邪悪なもの」とかそんな感じ。
バブルが弾けた世相だか
フェミニズムの高まりだか
原因がなんだかは知らないがとにかく性欲については
否定的・嘲笑的・懲罰的な刷り込みを受けた。
気がする。
それが大人になった頃には
やれ経済に活気がないだの、非婚化だの、女が面白くないだのと、
それらの不満が全部2~30代の男に「元気がない(下品ないいかた!)」せいだと言われ始めた。
ウシだかヤギだか牟田口廉也だかみたいなふざけた蔑称までいただいた。
しまいにゃ風俗に行く若い男が減った!なんてことまで数字出して記事にしてるの。
若い女もおばさんもオッサンもメディアもみんな平気でそんなことやって喜んでる。
物凄く不愉快だし下品だ。いい加減にしてくれ。
なんで「自分達の売り物の買い手が少ない」程度の理由で
当たり前みたいに人の股間に手を伸ばしてきて鷲掴みにして論評できるんだ。しかも非難がましく。
性欲が薄かろうが無かろうが我々の個人的で自由で最もナイーブな部分の筈だ。
しかも強いてその「病因」を探るなら、そうしろって言われてきたからだよ!
この性欲が薄い良い子でかつそれを理由に責められてる可哀相な僕等を
せめてフェミのおばさんお姉さんは顕彰して仲間として認めてくれるかと見れば
そんなことなく「男の性欲の構造的抑圧でウンタラカンタラ…」ってなんか被害者面で説教顔。
しらねーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーよ!
こちとら彼女いない歴=年齢だし女の子にそういう意味でのアプローチしたことすらねえ。
性的な意味・男性的な意味で女性に迷惑かけた心当たりはほぼない。
そりゃほじくればなんかあるかもね、なんとなく見てたのが「卑猥なこと考えてそうでキモかった」とか!
そういうキチフェミお姉さんのはてなやブログ見ると大抵「これまで男から受けた恨み」が書いてあんの。
10代や幼少期から痴漢とか変質者とかに遭遇した被害歴マジ多い。可哀相。
でもそれを「男」という超デッカイ二人称で括られて「男の加害者性」とかブツブツ言われてもな、
しらねーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーよ!!!!!!
痴漢とかレイプとかしたことないもん。変な性的なニュアンスのジョークとかいったことないもん。
性的にアグレッシブな何かをしたことないもん。こっちは自信持って言い切れる。
と、憤慨してると今度は兄貴・アネキ風にキャラをキメた人が寄ってきて
「彼女の一つも作ろうとしないなんて逃げてる、嘘をついてる」
「やり方を教えてあげるからビビらずちゃんとやれ」
と親切顔の・訳知り顔の・頼れるトシウエ顔。
でも要は性欲が弱いだけのことで人格否定した上での「修正してやる」って話。
…まだまだいるけどお前等な、
チンコなんかがそんなに気になるなら
そのへんの犬のチンコでもキャッチして揉むなり去勢するなりしとけ。
人間のチンコのつかまえ手は間に合ってんだよ。
クラスの女の子たちと会話をしていると皆恋人がいるからか結構な割合で恋愛やら下ネタやら結婚なんかの話になる。
いつもそこでなんか違和感を感じていて何だろうなぁと思っていたのが、さっき何となくわかったような気がするので書いてみる。
私は幼稚園の頃は人並みにお嫁さんになりたいの、とか言ってるような子でした。
しかし、小学校に入って、高学年になるにつれ上手く人とコミュニケーションが取れなくなりました。
それもあって、なのか、表情や服装など外見や雰囲気、性格、生活の事なんかでからかわれるようになり、勝手に人間不信のようなものに。
そんな感じのことが高校卒業まで続きました。
そういった私が勝手に嫌がらせだと思い込んでいることをしてきたのは大半が男の人で、だから私は男性から見たら特に最低な人間なんだろうなと思ってました。
今も思ってます。女性から見てもきっと快くはない。
で、そのまま進学しても同世代の中にいたらきっと今のように苦しい状況が続くんだろうと訳の分からないことを思ったのと、
会社のように厳しいところで人間性を叩き直したいと思ったので就職をすることにしました。
しかし、集団面接の会場でもう本当に決定的に私は人様とレベルが違いすぎて選考の対象にもならないと今更ながら気がつきました。
ここまでうだうだしてきたのがいけないのは分かりきったことだし、せめてまとも、というかその場所にいても邪魔にならない人間になるために何とか頑張りたいと思って
故郷を離れて今の専門学校へ。習っているのは高校での専攻の延長にあって、頑張らないととれない、でも、凄く頑張ったら取れるかも、というようなこと。
それでこっちにきてからは、とりあえず変に相手を疑うのはやめようと思って何も考えずに体当たりな感じでとにかく人と話してみたり、
服装は今まではパンクとかゴシックよりだったんだけど一回封印。普通の町中に溶け込みそうな、悪く言うとその時は個性皆無な無難な服に変更。
表情もとにかく笑顔でいることを心がけて、人畜無害で無印象で、邪魔にならないで、でもちゃんとコミュニケーションはとれるようにならなきゃって
私なりにやれることは、全部じゃないんだろうけどやった。
最初はあんまり分からなかった服も今は落ち着いていて可愛らしいものが多いなって普通に思えるようにもなったし、そこまで無理しなくても表情もテンションも何とかできる様になった。
その結果、今は目立たないことで目立ったりもしてないし、得に嫌がらせも受けてないし、
飲み会とかも気軽に参加できるようにはなったし誘ってもらえるようにはなった。
去年の冬くらいに二人に告白されて、そのうちの一人と今も恋人関係は円満なのかはわからないけど続いていて
昔からの知人に会うと変ったね、成長したねって言ってもらえる。
でも、なんか、もう何書きたいのか良く分かんないけど、駄目なんです。
周りがそんなに私のことを気にしてるなんて思ってないけど
今もやっぱり皆私が嫌いで本当は邪魔でしょうがないと思ってるんだって勝手に考えてる。
でも、本当に自分が救いようもなくて本当は努力なんてしてなくて今までやってきたことも全部無意味で、そうとしか考えられなくなる。
自分がうまく肯定できない。
皆見えないところで凄く悩んで苦しんで頑張って今みたいに素敵な人になったんだろうな、なんてわかってるんだ。
そんなの「でも、みんな悩んでるかもしれないじゃん」なんて言われなくても分かってるんです。
良く分かりません。何考えてるの?
相手が自分のことを思ってくれて、
自分もその相手のことを思っていて、
それでいて自分はその相手に何かできるんだという
前提の前提のような信頼関係とでもいうのか
そういうのが築ける自信、でもないけど、なんか、そんな感じのが私にはない。
だから一人で生計を立てられるようになりたいなってずっと思ってきたし、そのために何とかしなきゃって今も頑張ってる?
頑張り切れてないから悩んでるんだよねきっと。
だって折角会計士学科にいるのにでも取りたいのは日商一級だからって会計士の勉強ほぼ全くしてないもの。
結局人間関係だって周りの人がみんないい人だから成り立ってるだけで私の努力なんかじゃない。
当たり前だよそんなの。
私がしてきたことなんて努力なんて呼ばない。
ずるずるずるずるいつまでも同じとこで止まって悩んで考えているふりをして苦しんでるつもりか?最低だな。
それは彼も私より完璧な2次元方がいいだろうし、名前だって呼びたくなくなるだろうし、袖掴まれたり、電話されたりしたら迷惑この上ないだろうな。
それでも一緒にいてくれるのに、約束の前日に二回続けて連絡付かなくて当日に一回ドタキャンというか、どうするのって話してる途中で連絡途絶えたくらいでキレて。
彼にとって都合よくいたら良かったのに何してるんだろう。
二次元よりも私を見て欲しいとか馬鹿じゃないのか。彼女たちにどこも勝らないのに。
とにかく私は相手が自分のことを思ってくれてるとか、私が相手の為に何かできるとか、そういう風には思えないので
結婚の話が遠いところの話に聞こえるのかなと思っただけなんです。
自分勝手な自分最低と自己否定を入れたら弁解になるとでも思っているのかね。最悪だ。
長々と不快な文をごめんなさい。
誰か知らない人の前に吐き出したかったんです。
場所を貸して頂いてどうもありがとうございました。
マスコミは右左あんまり関係ないだろう。日本のマスコミは良くも悪くも世論に受けそうなものしか報道しないだけ。
たとえば、開戦を散々煽りまくった戦前の朝日新聞なんかも、記者一人一人は戦争には否定的な連中ばかりだった。
でも煽りまくった。「そっちの方が記事がよく売れるから」って理由で。
実際は「こう書けば売れるだろう」と、ほんの少しずつ表現が勇ましくなっていって、ピークに達する頃(敗戦の少し前)には自家中毒状態で自分でも何を書いてるのかすら把握してない状態だった。
今のメディアも基本的に同じ。現在の大衆は景気が悪い原因を探していて、大衆が理解出来る範疇でその犯人として最も適任なのが自民党なので、それをくみ上げて自民党を叩いているに過ぎない。だから、自民党を引きずり下ろして状況が改善されるかどうかは(少なくとも現場では)あんまり関心がない。「つーか世論が選んだ結果だしー」と、次のスケープゴート(多分民主党だろう)を叩くだけ。
はてサの主力メンバーのタグ一覧を浚って、うまくネタにまとめようと思ったんだけど、
こんだけ悪意によどんだネガタグの一覧を前にすると、正直ふつうの神経なら参っちゃうみたい。
3,000くらいから1/10までしぼりこんだところで心が折れますた。
オタキングとかいう元デブが王大人並にあてにならない死亡宣告かましちゃったのでこのフレーズを使うのは気恥ずかしいんだけども、ついにアニメオタクは死にました(マジで)。
オタクというのは(世間一般的な意味での)「普通」からの逃避を志す・志さざるをえない人間たちの総称でした。異常者の群れでした。逃避の手段は漫画だったりアニメだったりゲームだったり、中には創作という攻撃的な逃避を選ぶ人間もいたりしました。いずれにせよ彼らは世間一般から「普通」とみなされることはなく、そんな自分に愛憎ともいうべき感情を持っていたように―――異常者としての自分に後ろめたさを感じながら、その表情はどこか誇らしげだったように―――思えます。
翻って現在のアニメオタクを見てみましょう。近年話題になったアニメといえばハルヒに時かけにschool daysにとらドラ!であり、そのベクトルは年々ゆるいラブコメ―――ガジェットの質が違うだけでその本質は世間で人気のトレンディドラマと大差ないものであると断言して差し支えないでしょう―――へと傾いているように思われます。
今、私たちは世間の方々が月9ドラマを楽しむように―――安全で後ろめたさもなくまるで現実と地続きであるかのように―――アニメを楽しんでいます。これには当然喜ばしい面もありますが、そこにはかつて「オタク」と呼ばれた人種が抱えていた愛憎―――それのみで生きるのはつらすぎるがそれなくしては生きられない、といった感情―――はすでにありません。
ゆえに私は惜別を込めて「アニメオタクは死んだ」と断言せずにいられません。
近いうちに新海誠辺りが純愛トレンディー路線でアニメ史の記念碑的作品を作り現在のアニメを取り巻くこの状況は決定的なものとなるでしょう。
けどもういいんです。
全ては終わったのです。
技を以て演出と為すアニメーター達はみな50を超えました。
「なんでも演れる」演出家たちも粗方虫の息。
残されたのは演出を介さず自己顕示欲のまままに「ハイクオリティなアニメーション」とやらを書き散らす絵描きと、
何事も為さぬうちから「これが俺のスタイルだ」とばかりに芸の幅をせばめ自家中毒に陥った演出家もどきだけ。
私は旅に出ようと思います。
どこか遠くの島で静かに暮らそうと思います。
http://anond.hatelabo.jp/20081206022651の増田じゃねーけどさ、
目的も無く考えることで、ただただ僻みを鬱積させてるように見えるんだよ。
人間の頭は問題を解決するために使うもんだ。
お前の書いてることはお前の僻みつらみをうまいこと解決するために、
「世間の恋人同士が擬似的な恋愛ロールモデルに乗ってるだけで、真の恋愛に到達していない」とかって
見下したいだけにしかみえねーんだよ。
こんなこと考えててもお前の僻んでる根本原因は取り除かれないから、
余計に考えだけが加速して僻みスパイラルの自家中毒になってるんじゃないのか?
追記:色々文章がおかしかったから直した。寝る。
人には向き不向きというものがあってだな…
多分元増田は人付き合いは向いてない。
マジョリティになりたい気持ちはわかる。
だが元増田がマジョリティになったと感じられるようになるのは難しいだろう。
20年生きてきてマジョリティになれなかったと感じているなら、
今後数年で劇的に変われると思わないほうがいい。
(でも、元増田の文読んだ限りじゃマイノリティには思えないんだよなあ。
上記、むっときたなら、十分マジョリティ。
腑に落ちてしまったなら下記の方法を気がむいたら試してみれば。
マジョリティになろうとするのじゃなくて、
普通の人がする行動がわからなければ観察してみ。
その際、人がどう思って、何をしているのかは考えない。
他人が、どういう行動をされたあとにどういう反応を返してきやすいのかだけ見てりゃいい。
繰り返すが、他人の心のことは考えるな。
今の元増田には多分理解するのが難しいから。
当面はそれでしのぎながら、ゆっくり自分が一番楽な方法を模索すればいいよ。
問1. どうしたら僕は、他人に興味がもてますか?
何か趣味を持っているなら、
ターゲットは絞るな。広く浅くつきあえ。
相手の心なんて考えなくていい。
繰り返すが、他人が、どういう行動をされたあとに
どういう反応を返してきやすいのかだけ見るんだ。
相手から好ましい反応が返ってきたとき、その前に自分が何をしたかを覚えることが重要だ。
相手から不快な反応が帰ってきたとき、その前に自分が何をしたかも覚えておくと尚いい。
そしてそこらへんにいるやつらに話しかけろ。
くれぐれもはまりすぎないようにな。
昔やったけど駄目だったんだよう増田えもん、って話なら
まずは何か趣味をつくれば。
人間に興味持てなくてもモノだったら興味持てるかもしれないだろ。
興味の対象がモノでも、何にも興味が持てない人間よりはましだ。
問2. どうしたら僕は、他人の気持ちを理解することができますか?
今の元増田には無理。
でも他人の心を理解できてる人間なんて、一般人の中にもそれほどいない。
そんな奴がもしいたらばけものなんだよ。
好きあった恋人が夫婦になった場合だって、離婚するケースは珍しくないだろ。
問3. どうしたら僕は、感受性の高い子になれますか?
ないものねだり。隣の芝生は青い。
っつーか自分のことでそんなにうだうだ悩むくらいなら十分感受性高いだろ。
あと、問いのなかにはなかったが補足。
→近い場所にいる人間に、「だからおまえは……」とか
「おまえは駄目なやつだ」系の言葉を四六時中言ってくるやつはいないか?
いたら離れろ。毒になっても薬になることはない。
→あまり運動してないようならビリーズブートキャンプはじめてみれば。
→その場合、ちょっと手のこんだ料理を作れ。クックパッドを眺めろ。レシピを開発したら投稿しろ。
→弾ける楽器がもしあるなら人気曲弾いてニコニコ動画に投稿すれば。
あれは、訓練されてない人間がやったら自家中毒を起こすだけだ。
それでも駄目ならカウンセリングに行けば。
どうしようもないときはプロの手にかかればいいよ。
http://www.youtube.com/watch?v=XL2od1AF_Cs
http://stage6.divx.com/user/Cryogenics/video/1045696/Heavenly-Star-Genki-Rockets
元気ロケッツって、正直オーソドックスすぎ、っていうか端的に言って古くね? そのくせハウスなのに1番2番があるんだぜ?
【前提:元気ロケッツのプロデューサーの水口哲也氏は元セガで「スペースチャンネル5」とか「Rez」、「ルミネス」のディレクタやった人】
【今日のサマリ:ゲーム音楽側からのダンスミュージックへのアプローチは、かなりポテンシャルが高いんじゃないのか。90年代に音ゲーが蒔いた種が、需要と供給の両方で芽生えようとしている?】
えっと、最近思ったのは、こういう「ポップのジャンルに真っ正面からハウスで切り込んでいこうとする人」がゲーム方面から出てきたっていうのは実は重要なんじゃないのかな、という。だってLive Earthのメンツ見てみなよ! 大塚愛と倖田來未にはさまれてるってことは、もう弩ポップの戦場で殺りまくる気満々でしょ!
[参考:http://liveearth.jp.msn.com/event/default.aspx]
で、いまマクドとかで有線聴いてると分かるんだけど、けっこうJ-POPに四つ打ちのリズムは浸透してる。むしろ安室やんを筆頭にロック以外だとだいたいそう。
でも、J-POPの中で真っ正面からハウスをやる人はあんまりいない。今さら恥ずかしいってのもあるのかも。ダンス道を行く人たちはもっと先に行っちゃったし、J-POPの人はそっちに愛情とかないし。例外はパフュームくらいか。でもアレもライブ行くと分かるけど、8割方アイドル消費されちゃってるしな(それもひとつの方策だが)。
で、なぜゲーム畑から?
っていうのがあって、それは'90年代後半からリズムゲームが掘り起こした(細々とした)四つ打ちの鉱脈があるんじゃねえかなあ、と。
ここですこし脱線。
この話を逆からすると、8bit music(チップチューン)の隆盛、になる。つまり電子音楽からの、ゲームへの接近(ダンスからのロックへの接近がビッグビーツで、ロックからのダンスへの接近がニューレイヴみたいな)。ymckでもトンガリキッズでもなんでもいいんだけど、そこでは同じように原点回帰運動が起こってる。手法=音源ツールの原点回帰だね。ラップトップであらゆる音がエミュレートできるにもかかわらず、あえてFMPSG音源。あえて80年代。これの真逆のパターンが元気ロケッツで、ミニマルもノイズもあるのに、あえて直球ハウス。あえて80年代。みたいな。
[参考:http://micromusic.net/<(音でるよ)]
でもその関係が表裏一体なら、同時に起こってしかるべきだったのに、なぜ8bitに数年遅れて「今」なのか?
これは単純に作り手の帰属の問題だ。
んじゃゲームの四つ打ち鉱脈の話にもどろうか。たとえばBeat Maniaシリーズなんか(まあ後期は自家中毒で奇形化したけど)、すごく真っ正面からダンスミュージックをやってた。なんでかっていうと、ビートが強くないと指がつかない=機能性重視=ダンスミュージックの原点回帰ってのがあったんだと思う。ここでも原点回帰。ん、まあ初めてのトライをするときは初級から、というだけの話かもね。
ここでまた少し脱線。トニーティー先生こと七類氏に教わるまでもなく(『黒人リズム感の秘密』は希代の名著なので、すこしでも音楽とかダンスとか身体論に興味がある人は読んどいたほうがいいよ)、白人のダンスは下半身、黒人のダンスは体幹、アジア人のダンスは上半身を原点とする。それぞれ社交ダンスのステップ、レゲトンのムーブ、パラパラの手踊りを思い起こしてもらえればいい。その意味で音ゲーってのは日本人によるダンスの再獲得だったのかもなぁ、ってこれは妄想&本質主義にすぎるか。
[参考:http://www.netjoy.ne.jp/~skikuchi/intro/18/kokujin_rhythm.html]
そうそう。「作り手の帰属の問題」の話をも少し詳しくしとこう。なぜ今になって、ゲーム側からハウスミュージックが出てきたのか、という話。
これは単純に経済的、社会的な話で、ゲーム音楽というのは社員が作ってるからだ。「た」からだ、かな。社員である以上は、個人的に作った音楽作品を、商業流通にのせるなんて、もってのほかだ。またもし許されてたとしても、労力の配分として「お遊び」としてしかできなかっただろう。ところが00年代も半ばに入って、音屋として90年代音ゲーを支えてきた層が、年齢的な部分もあるだろう、数年間の業界不況も影響してるだろう、独立をはじめた。これはちょっとした鉱脈じゃないか?
てなわけで、顧客、人材双方に四つ打ち耳になってる人は一定数いても良いような気がする。だからこそ、いま元気ロケッツみたいなユニットが出てくる必然性があるんじゃないのかな。
80年代歌謡にバックボーンを持ったつんくが、そのルーツである70年代ディスコを復古させてモーニング娘。を世代のアイドルに仕立てたように(だからパフュームには期待してるんだが)、
90年代音ゲーを作って/消費してきた人たちが、80年代末〜90年代初頭のダンスミュージックをもう一度ポップのフィールドに持ち込んで成功するんじゃないかって。元気ロケッツはその嚆矢で。
みたいな。ハウス中毒患者の無調査の仮説です。しかも自分はそれほど音ゲーにはまったわけではないので屋上屋もいいところ。偽史偽史アンバランス! 略してギシアン!! みたいな。
ツッコミ募集中。
http://anond.hatelabo.jp/20070318175250
どなたか知らないが、感謝する。
人類の発展性において、全く現時点は立ち止まるような状態ではないと思う。そのレベルたるや、ゲームで例えるならば可能性がLv100くらいとしたら現在Lv3くらいではなかろうか。でも社会的な雰囲気はすでにLv70を超えて、そろそろ飽きてきたかなという倦怠的な雰囲気すら感じる。
そもそも欲望というものは、外界の環境に対して生きる方向に最適化された内的なエネルギーのベクトルなのだが、今の現状は、それを満たすだけのフィードバックが現実以外で簡単に手に入れることが出来る。それは、まだ欲望フィードバックシステムを作りきっていない子供にどういうように作用するかは明らかだ。
環境が全ての欲求を満たしてしまえば、欲望を持つ必要が無くなる。つまり、満たされたという偽りのフィードバックで満足してしまい、それ以上手を出そうとしなくなるはずだ。それが今の日本の現状。
衣食住とあらかた欲望は埋まってしまっている。飢えることに飢えている状態だ。「本当に欲しいもの」が欲しい、欲しいものを探しているなどの言を高校生??大学生などが言うが、あれは欲しいものが無いのではなく、飢えたことが無いのだ。渇望とかギラギラした欲望が無いのだ。それは、本当に飢えないと手に入らない。でも、安定は崩したくない。だから、何時までたっても手に入らない。
衣食住という基本的な欲求だと、もう満たしてしまった。なので、次の欲求にフォーカスする必要が有るのだろう。限界が無く、生産的なもの。自分の知りうる限り知識欲と創作欲くらいしか、思い浮かばない。知識欲を飢えさせるのはどうすればいいんだろう。創作欲を渇望させるにはどうすればいいんだろう。
日本は、偽快感レスポンスを作るのが一番うまい国だと思う。うまく利用すれば他国を骨抜きに出来るが(そんなことしてもというのは別として)、自家中毒になってる状態だ。うまく次のレベルのフィードバックシステムを作れればいいのだが・・・。
http://anond.hatelabo.jp/20070121043719
に関連して。
http://web.sfc.keio.ac.jp/~t05091yi/web/blog/2007/01/22/153436.php
ってのはたしかにそうで。少なくとも東京に住んでる限り、メジャーどころを購入するためならあの殺人的な環境に飛び込む必要性は少ない。電車に10数分乗って、ターミナル駅のまんだらけなり虎の穴なりに行けばいい。で、最近ではその話は東京に限らない。地方の書店でも「同人誌コーナー」を設けてるところがあるらしい。三島市のイトーヨーカドーにあったそうで、帰郷した友人が土産話として語ってくれた。女子中学生が制服のまま、嬉々としてやおい本に群がってるんだと。
で、元の話に対する反応として大きかったもののひとつは「しょせん買い専の意見だねプ」ってやつなんだけど。なんつーか。よく分からない。ネット依存症のみなさまにあるまじき、というか。それってつまり自家中毒を自認かつ奨励してる、ッてこと?
ここからインスパイア。