はてなキーワード: 味の素とは
ん??
「「味」塩胡椒つけて「味の素」かけて「醤油」で炒めるだけじゃあ不味いもんしか」
おまえはもともとコクがあるものにコクばかりをさらにのせてたんだね
後半二つはグルタミン酸グループだし味塩胡椒の味部分もたぶんそうだ 脂とあうとくどくなるやつだ
そりゃくどいわな
バラは脂出過ぎて絡みにくいから豆腐もやしネギとフライパンしゃぶしゃぶしてつまり水ゆで豚肉にしてもいいし、
片栗粉をまぶして揚げ焼きでもいい
けど最後の味付けに酸をたせ
野菜はああみえて酸が少しずつ入ってるからキャベツといためて塩胡椒でもいい
ああ、そういえば豚肉のしゃぶしゃぶの作り方は「しゃぶ葉」とかに通ってる女子高生ならみんな知ってるぞ
一番安いコース1100円くらいで肉(豚バラ、チキン)も野菜も食べほうだい
おまえは寂しい青春だったんだな
「化学調味料」として発売した当時は「化学」という言葉が一種のブームで、イケてる言葉だったんだそうな。
最先端のイケてる調味料ですよということで名付けられたのに、いつのまにか意味が逆転してしまった。
本家が製法を変えて化学調味料と名乗るのをやめても、自然派にとっては排斥するのに便利な用語だから化学調味料という言葉を使うのをやめない。
旨味調味料の話になるといちいち湧いてくるこういう主張、なんでわざわざ発言するんだろう?
味の素がなくちゃ料理ができないなんて誰ひとり言ってないのに、「俺は昆布やいりこを使ってるけどね」となぜか少しマウント気味に自己主張する。
いや、みんなも使ってますよ。味の素肯定派だって味の素以外の選択肢を持っていないわけではない。味の素は昆布やいりこや鰹節やほんだしやめんつゆやヒガシマルと同列の選択肢のひとつに過ぎない。
「材木を使わなくても鉄骨鉄筋とコンクリートで家は建てられます!」って言ってるのと同じ。知ってますよと。あえて材木を使わない理由の方を言ってよと。
肯定派と否定派の違いは〈調味料の選択肢に味の素があるかないか〉でしかなく、ほかの条件はイーブンなのだから、否定派は「味の素を選択肢から排除した理由」だけを主張すれば十分なのだが、なぜかあえてそこは避ける。
親からの言い伝えとか、ネットの噂とか、自然食品信仰とか、あるいはもっとぼんやりしたマイナスイメージとか、言語化するのが微妙な根拠でなんとなく雰囲気的に遠ざけているだけだからだ。あるいは、無意識に避けてしまっていることに気づいていないかだ。「舌が痺れるから」「後味が悪いから」なんて主張もあるが、それは入れ過ぎです。
デマを書くな
うま味調味料や「味の素®」や「うま味だし・ハイミー®」は、ときどき「化学調味料」と呼ばれることがあります。これは昭和30年代にNHKの料理番組で、公共放送の立場上「味の素®」と製品名で呼べないため、一般名称として「化学調味料」が使われていた名残りです。
そもそも味の素は昆布や鰹とまったく用途が違うんだよね。比較対象と考えるのがまず間違ってる。
・洋食や中華など昆布や鰹の風味がかえって邪魔になる用途でうまみ成分をたせる
・粉末なので煮物や汁物ではなく炒めたり焼いたりする料理でも水っぽくならずにうまみ成分をたせる
これが味の素の主戦場。昆布や鰹の代用品はほんだしなどの調味料であって、味の素などのうまみ調味料ではない。ほんだしを批判するならわからんでもないけど、味の素に関しては適材適所だよね、でおしまいになる話。サツマイモがすげー甘いからといって砂糖の代わりに使ったりせず、またサツマイモの味が欲しいときに砂糖で代用しないのと同じこと。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/news.yahoo.co.jp/articles/45027695e530e051763275a72d54d44c1509526a
昆布(自然?)と味の素(化学?)が対立概念である、という図式をスンナリ受け入れている人々が多いようだけれど、そういう人々はいまだに味の素を石油化学合成食品だと考えているのだろうか。
味の素が化学合成を中止して発酵製法に切り替えたのは1973年のことだ。
1973年5月14日にMSGの最終晶析、23日に最終分割を行い、試運転開始以来10年10カ月にわたり続けてきた合成法によるMSG生産に終止符を打った。
(※MSG = グルタミン酸ナトリウム)
60年代~70年代の日本では公害が大きな社会問題となっていて、石油化学工業全体に対する消費者からの風当たりは非常に強かった。四大公害病(水俣病、新潟水俣病、イタイイタイ病、四日市ぜんそく)を小学校で習った人も多いだろう。
味の素の基幹工場は、ほかならぬ四日市市にある。上の資料でも、石油化学製品を過剰に警戒する消費者の忌避感に逆らえなかった苦衷が(かなりあけすけに)綴られている。
1960年代前半には高い評価を得ていた技術が、わずか10年余りのうちに一転して受容されにくい技術になった。その背景には、化学に対する消費者の劇的な意識変化があった。化学合成技術を最先端技術としてもてはやす時代から、公害の元凶として排撃する時代に変わったのであれば、食品を化学合成で作るというコンセプトは受け入れられない。
「化学調味料は得体の知れない身体に悪いモノ」という風評やマイナスイメージは70年代にはすでに一般的だったのだ。時代はPCBや水銀やカドミウムが重大な食害事件を起こしている真っ最中である。化合物食品や食品添加物に対する不信感は、現代のオーガニック信仰などとはまったく次元の違う切実さがあったはずだ。
味の素の失敗は、せっかく製法を切り替えたのに商品名を変えなかったことに尽きると思う。すでにブランドを確立していて手放しがたかったのだろうが、味も成分も商品名も同じままだったら、誰も作り方が変わったなんて思わない。新・味の素とか味の素ネオとか、あるいは全然違う名前をつけた化学じゃない方の旨味調味料を売り出して、オリジナルの味の素は静かにフェードアウトさせるべきだったろう。令和の今に至っても味の素を「化学調味料」「化調」と呼ぶ人がたくさんいることが失敗をよく物語っている。
味の素系のブクマでコメントを見ていると「親が味の素を嫌いだったから自分にも使う習慣がない」という2世アンチも散見される。事実を知らないまま「味の素は悪者」というイメージだけが親から子へ、子から孫へと語り継がれてしまった結果である。
古いイメージをアップデートできていないだけならまだいい。それは無知なだけだ。
『美味しんぼ』には、露骨に旨味調味料を貶めるエピソードがある。山岡たちは(現在は味の素が発酵食品だと知りながら)わざと「化学調味料」という言葉を使い、味の素が化学合成していた時代のままの主張を展開する。まるで電気自動車の排気ガスが汚いと言っているようなものだ。
味の素の味が嫌いなら使わなければいいし、昆布の味が好きならば昆布を使えばいいし、「身体に悪いって言ってる人がちょいちょいいるから」くらいのよくわからん理由で使わないのもその人の自由だと思う。
私は基本的に増田に追記ってしないんだけど、スカタンなブコメひとつだけ晒し上げときます
安全とわかっているのだけど、遠慮したいのだね。味の素を愛好していた歌手・タレントの方が「がん」で亡くなった。生前に特製ソースと謳って、味の素を大量に投入していたのテレビで観ていた。
そろそろベビーの離乳食が始まるので西松屋でぼんやりとベビーフードを見ていたら、こんな商品を見つけた。
具体的な商品名は伏せさせてもらうが、簡単に言うとこんな感じの商品である。
昆布だし配合だし粉末、600円
そうだね。質のいい昆布は大切かもしれない。
しかし昆布から出る出汁の味の成分はつまりグルタミン酸である。
グルタミン酸、聞き覚えがあると思う。簡単に言うと「味の素」だ。
つまり赤ちゃんへの不安感を煽って600円の味の素を売っているのである。
なんというか………世の女性、科学できないんだなとバカにされすぎていないか??
いや、実際に自然由来の保湿剤〜とかいってアレルギー成分配合保湿剤とか使うバカ親は多いと思うから、他所のご家庭でこれを見ても「にっこり」と笑ってバカな買い物してるなあなんてツッコミは入れないと思うけど。