タイトル以外の部分の疑問の答えは、
それは君の脳が「乳首を触ったことがない俺」という概念にドリームを抱いて制的興奮をおぼえる遊びをしているからだよ。
実際は0歳のときにお母さんの乳首をチュウチュウ吸いまくって成長してるし、風呂のたび自分の乳首はこすってるし、別に乳首自体にたいした意味はない。
こう考えていけば当然「同世代の女の子がほかならぬ自分にさえいやーんとかの好ましい反応を返してくれそうなスイッチが存在するかもしれないと考えると興奮する」と書くべきだったとわかるだろう。
それをいきなり「乳首が云々」と書いているのでわけがわからない文になっている。
15歳男子の脳みそが短絡的に乳首概念だけでまで興奮するパワーすげーね。
たぶん辞書の乳首だのnippleだのに丸つけたりする古き良き遊びだけで解消できるんだろうけど、
そのパワーをなんか世の中のためになることにつかってほしいからまずちゃんと文章を書く訓練をしろ。
うむ。それもわかる。
俺だって仕様変更を元に戻す作業を見積もったら「金取んの?」とか言われてきたからw
自分のミスなのにまるでこっちが間違えてたみたいに送ってくるやつってのは
ほとんどの場合は悪意があるのではなく、どっちに原因があるかなどについて思いを
馳せることもできないし、ましてや責任分界点など言葉も知らぬバカなのだ。
そういう輩に腹立ててもしょうがない。増田のミスではないことは同業の我々なら皆わかってることだよ。
理由は沢山あるだろう
注射痕まみれの汚い腹は見たくない
俺ならこれだ
そしてそういう人もいるのだろうと理解して、
注射などどこでも打てるのだからトイレでクソしながら打つぐらいは
もしこれが認められるならば、
朝昼晩陰部に軟膏を塗る事になった俺も会社の昼休みに可愛いあの子の前で陰部に軟膏を塗ってもよいのだろうか?
よいのだろう。
病気なのだから配慮されるべきであり、不純な目的ではなく治療なのだから。
この汚い陰部を見るのが苦手な人もいるだろうなとトイレで塗ってる。
なんかマンコ自体は臭くなかったから生でやっちゃったんだけど失敗だったね。
自分が言いたいのは「嫌いなものを語ったところでそれは“好き”の根拠には成り得ないじゃん」ってことなんだけど
元増田の話で言うなら“女の方が好き”の理由に「(男のように)臭くない、汚くない、キモくない、暴力をふるわない」と書いてるわけだけど、それは“男が好きじゃない理由”であって“女が好きな理由”じゃないじゃん
つまり元増田は“女が好き”の理由になりえない、書く必要のない“男が嫌いな理由”を“女が好きな理由”として挙げてるわけ
これは当初の話の理由として不適切なうえ、書く必要がない。だから不毛だからやめろって話
そもそも限定されたある特定のものについてではなく、“男”っていう極めてでかい括りについて的を射ない中傷レベルの偏見を垂れ流してるのに「自他の区別がついてない」ってのは指摘として無理があるでしょ
日本のほうがよっぽど酷いだろ
無能人間が権力を握り続けることによる損失の方が一時の損失よりもずっとトータルでみればデカいだろ
なんでそこに気付かないんだ豚どもは
https://anond.hatelabo.jp/20160617143210
俺の卒業した小学校は、いわゆる「学校教材用ヨサコイソーラン」を産み出した小学校だ。
この曲である。
それは俺の3個上の先輩たちの声である。
もともと児童をすぐ殴って泣かせることで有名(20年前は何の問題にもならなかった)なサッカー部顧問の体育教師がヨサコイソーランをやりたいとか言い出して、
周りの反対を押しきって勝手に始めた。(97年くらい。)
その年から、うちの小学校の修学旅行は札幌のヨサコイソーラン祭りに参加するだけという、とてもつまらないものになってしまった。
修学旅行でもなんでもねえ。本当につまんねえ。
もちろん「そんなことしないで、ちゃんと観光させてほしい」と反対する保護者の方が多かったが、
「なあ、オメーラ!ヨサコイやりたいよなぁ?なぁ!」って言うので児童は黙って頷くしかないのである。
そうして、「児童が自らやりたいと言った」というテイのもと強制的に付き合わされることになり、
そこから数年間は、保護者の反対を押しきってまで札幌のヨサコイソーラン祭りに参加するだけの修学旅行が続いた。
もちろん、俺の学年の修学旅行も札幌のヨサコイソーラン祭りで踊っただけで終わった。
もともとヨサコイソーランなんかに興味のない俺にとって、心底つまらなかった。
ヨサコイ用の衣装を高い金額で買わされ、学校に行けば毎日躍りの練習。
小学校高学年になってからは、体育の授業といえばヨサコイを踊った記憶しかない。
土日になれば、地域の祭りやら老人ホームに駆り出され、踊らされる。強制的に。
この体育教師の趣味に強制的に付き合わされているだけで、迷惑でしかなかった。
しかし、2002年か2003年頃に、保護者の猛反対に合い、修学旅行はもとの観光に戻り、ヨサコイも強制全員参加から、やりたい生徒だけの参加になり、次第に下火になったと聞いた。
そんな教師が作り出したのが上記の「学校教材用ヨサコイソーラン」であり、CD化され全国の小学校で使われていたわけである。
さすがに20年前の曲なので、今はこの曲は使われずに
猫のお寺のちおんさん、おもしろいんだけど 、猫がいる意味がほとんどない
背景のにぎやかし程度でしかない
しかしこの作者はカテキンでやらかしていこうは富士山とか無難なところだけを書くようにしてそこそこの成功おさめて自分の持ち味を知悉しましたーって感じだよなー
うーん富士山とかちおんさんでカテキンなみのエロがみたいと思う自分もいる・・
じらされるからいいってのはもちろんわかってんだけど
今の童貞高校生の君には難しいかもしれないが、性欲というのはどこまでも消化できない厄介なものなのだ。
童貞でない者なら、乳首ひとつ例にとっても、それを実際に見て触って、口に含んで転がして、念入りにもみほぐしてみたところで射精までのにぎやかし以外の何物でもないと断言できるはずだ。
無論、童貞高校生という性欲カーストの最後尾かつ最高消費者の植物プランクトンには想像もつかないことなのだろうが、乳房太ももケツ秘裂も、いざ自由にいじり倒してハメ殺してみれば、すべて同じものだと言い切れるものなのである。
それらは躍動しながら秘匿された存在であるがゆえ妄想をかきたて、君のあそこをビンビンにさせるわけだが、その射精欲はその指向性のみによって完結した存在なのだと君は知らなければならない。
性欲はどこにも君を導いてくれない。
人間の生理的欲求がすべて、その当事者を満足させるために存在するわけではない。射精欲は射精するまでの存在だ。
時間の無駄以外の何物でもないと誰もが分かりきっていながら、開かずにはいられない扇情的なエロサイトへのリンクを踏まないでいられたら、どんなにかいいだろう。
よしよし、という感じで対応するしこちらの価値が上がるからいいんだよ
普通はそういうお客様だからいいんだけどおかしい担当者がたまにいる
自分のミスなのにまるでこっちが間違えてたみたいに送ってくるやつは死ねばいい
一切同情しないから死んでほしい
工場での製造業の仕事は、誰でも出来る単純労働であるという話があるが実際にはどうでしょうか。
まず、歴史的に見ると、産業の発達により職業の専門分化が進み、技術者やホワイトカラー職を中心に高学歴者の雇用が増えました。
生産現場ではオートメーションの導入により、仕事の責任水準が上昇し、労働者に対しても高度の認知的能力が必要になっていると指摘されています。
この古典的議論はクラーク・カー著「インダストリアリズム」(翻訳…川田 寿 東洋経済新報社 1963)に見ることが出来るそうです(私はこの資料は未読)。
https://anond.hatelabo.jp/20170625162121
これを人生狂わされた者が書いたとすると異常
ここまで調べるのに私情をここまで排除できるのはアマでは有り得ない
単なるデータでこれに心はない
話を戻すけど続編は見ない
美しい思い出をこじ開けるのはやめて欲しい
見ない自由を選ぶ