はてなキーワード: ペルソナとは
http://anond.hatelabo.jp/20120120122926
誤解があったようだ、済まない。
私はあの話全体は男の夢だと思ってない。
というかあの話みたいな女がリアルにいたらむしろ引く。病弱な設定とかイラね。
あくまで私がロマンを感じるのは「ゲーセンで不思議な少女と知り合う」というシチュエーション。
ゲーセンに彼女をつれていったことはあるけれど、まぁそこそこ楽しむか、下手するとあんまり興味ないって感じなんだよな。
自分がはまってるゲーセンという空間を、同じようなテンションで共有できる女の子ってのは憧れる。
まぁ「女の子との友情」に憧れるってことだと思ってもらえればいい。
ペルソナ4とかやってると時々壁殴りたくなってくるわー
人間力が欠如している。
具体的に書く。
まず、逃避癖がある。
過度にプレッシャーに弱い。
たとえば、準備が足りない発表があったら逃げたくなる。
朝寝坊して、絶望して、発表者が複数いるから何とかなるかなと思ってそのまま
動かない。
主観的にいうと、動けない。
重い体を押して発表ぎりぎりに行く。
結果信頼を失う。
辛い。
まあでもまあ仕方がないと思う。
よくないことに気付いている。
何かと言い訳をつけて全部無視する。都合の悪い現実を直視しない。
自力で何とかするから、放っておいてほしいと思う。
人間として終わっていると思う。
継続力がない。
2年間の活動はなんとか終わったような終わらなかったような。
最初はガンガン発言していたが、前述したようなことが何度かあり、竜頭蛇尾に
終わる。
4年間の活動は4年目になってドロップアウトしそうだ。
私は私の方針があって生きている。
しかし、コミュニティーの一員として活動している以上、その構成員としての
役割を務めたいと思っていた。しかし、(運営をするほど)馴染んでいながらも、
同時に、自分に合わない活動内容であることも自覚できた。だったらそれを自覚
した時点できっぱりとやめるべきだったところをダラダラと活動し続けてしまっ
た。
人が好きだったから。
でも活動がつらかった。
充実していた。
しかし、毎週毎週追われていた。
やってる間はなんとかかんとかこなせていた。
しかし、少し離れて冷静になってみるとその環境に再度戻るのがつらかった。
戻れない言い分もあった。
しかし、どんな状況でも、その立場なりに関わっていく余地はあった。
関わるべきであった。
投げ出したくないという強い感情はありながらも、捨てて、自分のことに専念し
たいと思った。真摯に話せば理解はされるだろう。しかしどちらにせよ自己中心
的な行動であると思う。
私は自己愛が強いだけで、知性も、精神力も足りない、未熟な人間であると思う。
簡単な話だ。きちんと努力すればよい。
今は、方向性も定まって安定している。大丈夫。
しかし、過去関わったコミュニティーにおいて、自分がもっと努力すれば、もっ
と能力があれば、よりよい環境を作ることができたのにと実感できることがある。
自意識過剰と思われるだろうが。
いつも考えて、できたり、できなかったり。
人生における全てにおいて、120パーセントを目指して70パーセントで終わる。
進路や容姿においても。
日常の活動においても。
人と関わるのがつらい。
基本的にポジティブで社交的、遊んだり飲みに行くのは本当に好きな人間なんだ。
盛り上げるのも好きだし、気配りも人以上にする。
でも、弱みをさらけ出す強さがない。
自分がつまずくと、それまで気づいてきたものを全て捨ててしまいたくなる。
しかし、いつも余裕を持ちたいという気持ちが、一歩引いた、自己管理のできた、
デキた人間を装うクセがついている。余裕を持った人間として、悩みを聞いたり
助言をしたりする。自分のことをダメなところもあるが、十分に理性的な人間だと
信じているから。
もしかしたらパーソナリティー障害なのかもしれないが、状況は変わらないから
あまり関心がない。
思えば勉強に集中できなくなったのも、いろんなことが自制し辛くなったのも病気
になったことが原因のひとつかもしれない。そわそわして集中できる時間が短くな
ったし、胃に物が入っていると不快でもはや寝ることしかできない。とはいっても
意識的に改善できる範囲まで状態は回復しているので病気というより、悪癖という
ほうが正しいと思う。自分のためにも他の人のためにも禁煙するように意識的に悪
癖を改善していきたいと思っている。
まあ、勉強に関しては単に勉強する習慣がなくなったというのが最大の原因だと思
うが。
アウトオブコントロールの状態は、手綱のない暴れ馬にまたがっているような感覚だ。
自分の欲望を御すことができない。
自分の行動を御すことができない。
今は、自立したオトナになりたいと、強く、思って生活している。
そのイメージが、生きる糧になる。
最後に。
恥さらしな文章に付き合ってくださってありがとうございました。
http://d.hatena.ne.jp/highcampus/20111112/p1
今私がはまってる、そして上の記事を書いたhighcampusさんも読んでる化物語シリーズ的に言えば
瑠利子さんは忍野メメを女にしたような感じかもしれない。
ただ、単純に化物語で忍野メメが女だったとしてもこういう雰囲気は出せないだろう。あの人しゃべり過ぎるしなぁ。
でも、瑠利子さんに感じる「攻略不可能な部分」は、やはり忍野メメに通じるものがある。
ヒロインというのは全部を差し出してくれるような、底が浅いというか痴呆みたいな女のことではないのだぜ。
昔はこういうヒロインがいたのだよな、と懐かしい気分。や、そう言いながら、私が化物語で一番好きなのは戦場ヶ原さんなのですけどね。
ヒロイン勢では最強の羽川(解体前)が最強なのだろうけれど、彼女だけではこういう圧倒的な存在感を出すことはできなかったとも思う。
あるいはあれはアララギ君視点だったからこそ、あるいは深いところまで関わらなかったからこそあの程度の描写で済んだのであって、
一緒に暮らしていた家族は、カミーユ先輩のように、瑠利子さんと同程度のプレッシャーを受けていたのやも。
私が羽川親だったら絶対に1年持たないよ。
そういや、化物語のアニメも背景の色が独特だったな。でも16色時代の雫と比べると、インパクトの面ではさすがに分が悪いか?
なんか上の記事を読んでて、「アララギ君以外から見た=平凡なエロゲレベルの主人公から見た化物語ヒロイン」ってのを想像して楽しい気分を味わえた。
まぁ最初の戦場ヶ原さんの時点で速攻積むと思うけどw ペルソナ4の主人公が番長じゃなくて花村だったときくらい無理ゲーだと思うけどww
準備&メモ用。
RPGを遊ぶのはFF6以来だから10年以上空いてますが、面白いです。(基本的にはFPSばっかりやってます)
いや、正確に言うと、雪子が仲間になる辺りまでいまいちだったんですが、徐々に面白くなって来ました。
(アニメでダンジョン部分以外が駆け足になっているのも、このあたりはあまり細かくやらないのが吉だと判断したからでしょうか)
今後もだんだん面白くなっていくだろうという感覺があり、今からワクワクしてます。
なんでこんなに面白いんだろう、ってのをプレイしながら考えていきたいと思います。
今の時点だと、部活のメンバー、特に長瀬君と一条くんのエピソードはアニメでも見たいですね。
※あ、ちなみにこの「じ」っていうのは「準備用」のじ、です。
5/23
ただ、そのおかげでえっち出来た。雨降って地固まる。
5/27
眠気がキツイらしくいちゃいちゃさせてもらえず、明日からいなくなるのになぁ〜と残念に思う。
途中仕事が無かった時代の話をされたが、正直イミフな理由できれていた
ってかなんの話なのかも論点見えず
帰りがけに早く起きろと頭はたかれてムカついた
なんの理由でもはたかれるのはムカつく
5/28
説明不足のメールに、説明を求めるメールして、メール帰ってこないと正直だるい
ってか全体的に、話のポイントが伝わってこない
聞き方の問題だけじゃないと思う。
5/29
これは俺だからなのか、今までもそうだったのか。
そうなら彼氏達かわいそうだなぁ
今週は浮き沈み激しかった。
結局、彼女が伝えたい事を分かってあげられないのがなんだかなぁの原因
正直、伝える方の問題が大きいと感じる
優しいけど、思いやりが無い。
それが彼女を表してる。
ただ、きっと僕向けのペルソナなんだろうな
素直に喜びたいのだが、とってもモヤモヤするのだ。
不幸になれ、とまでは思わないけど、幸せになってほしくない、そんな漠然とした気持ち。
我ながら、人として最低だと思う。が、モヤモヤしてしまっているのは紛れもない事実。
いたたまれないので、この場を借りてそっと告白させていただきたい。
友人、とするからいけないのかもしれない。
中学時代から大学卒業まで、濃密に付き合っていた相手、というべきか。
同性なのだが、あまりに好きすぎて、多感でデタラメな中学時代などはそれを恋愛感情とまで自分で誤解してしまったくらいだ。
大学卒業間際、あることをきっかけに喧嘩になり、それっきり、会わなくなってしまった。
そもそも、友達、だったのかどうか。
絵がうまいし小説もうまい、と当時の私は思っていた。事実、中学生としては上手だったと思う。
「見せてほしい」とお願いすると、同じものを同じ枚数かいてもってこい、と言う。
だから私は小説なんか書き始めたのだし、当時は下手なイラストも必死で描いた。ほんとうに下手だった。
友人複数と交換でリレー小説をやったりもした。いつも私がキャラを殺すと怒られた。
楽しかったのは間違いない。けれど私は、メンバーの中では、いじられキャラを微妙に超越したいじめられキャラだった。
ボケと突っ込み、の体裁をとりながら、私が何か言えばいきなり手が飛んでくる。
はじめのうちはちょっと突く程度だったものがエスカレート。
こちらが笑っているうちはいじめにならないから、と、私も痛いのを我慢していたけど、
ついに、脳味噌ずれるのが分かるほどの平手打ちをもらったときは、意志に関係なく涙が出てしまった。
さすがにどうかと、ヤツに手紙を書いて渡した。
なんて返ってきたと思う?
「自分には、対等な付き合い方というのが分からない。見下すか、敬うかしかできない」だと。
要は、ペルソナが強すぎるのだ。
「自分のキャラ」みたいなものから一切逸脱できず、ただそれを演じることに徹している。
そこを理解してくれと言うのだ。
事実、二人でいるときは手をあげることはない。
それでもやっぱり、好きだったのかねぇ。
強くたたきすぎるのはナシ、みたいな密約のもと、謝られるわけでもなく同じ関係は続き。
オタク仲間、というのが少なかったからかもしれない。
別の高校に行っても、長電話したり遊びに行ったり来たり。
でも、この頃になると、学校が違うから明確な学力の差が見えにくくなってくる。
視野も広がるし、友人も増える。
私も小説を書くのが好きになって、素人ながら作品と呼べそうなものも作れるようになってきた。
そうなってくると、力関係は変化し始める。
コテコテのドオタクでいるより、好きなものを適度に取り入れたい私と、
なりふり構わぬ服装や態度を、こちらがやんわり諭すような場面も出てきた。
そして受験。
お互い一浪し、ヤツは有名大学の文学部二部、私は芸術系学部の文章創作コース。
こっちは大学の課題で小説を課され、プロの小説家に添削を受けているんだから上達は早い。
ヤツの書いた、あいかわらず中学クオリティの作品の粗もよく分かるようになった。
でも、こき下ろすようなことはしなかった。
こっちはプロを目指そうとしているのであって、趣味で書き続けている人の楽しみを奪ってはいけない、と。
この頃になると、家族に次いで親しい大親友と言っていいくらいには気心を許していたと思う。
・・・少なくとも、こちらからは。
あくまで「自分のキャラ」のなかでしか行動しないヤツに、私はだんだんいらだってきていた。
とにかく、成長がない。他者から学ぼうとしない。影響されない。
だから、迫ったのだ。本音で付き合え、と。
ヤツのペルソナをすべて論破して、丸裸にしてやった。
そうやって逃げるのは怖いからだろう? ほらまた自己弁護に走った、
それは本心じゃないだろう、なぜそう言いきれる?
思えば私も若かったし、性急だったと思う。
自分はこんなにお前のことを知っているぞ、とひけらかしたかっただけなのかもしれない。
10年付き合っていてはじめて、ヤツは涙をみせた。
初めて本音に触れた、と思った。漠然と、勝ったと思った。
そんな風に思う時点で、私も薄っぺらだったわけだ。
それっきり、会っていない。
ただ、私はそのとき予言した。
「そんな風に自分の殻に閉じこもった付き合い方をしていると、幸せになんかなれないぜ」と。
それから、約10年。ヤツをネット上で見つけたのは、ほんの数年前だ。
精神安定剤をオーバードーズしていることが自慢げに書かれていた。
複雑な気持ちになった。不幸自慢は気持ちのいいものではない。
でもどこかで、ほら言ったとおりだ、という思いもあった。
一方私は、小説家とはいかないまでもライターとして仕事で文章を書くようになっていた。
信頼も得ていたし、役職をもらって後輩を育てるまでになっていた。
大した成功ではないが、ヤツと比べてしまえば雲泥の差。
HPに設置された掲示板に声をかけるか迷ったが、やめておくことにした。
何を書いても、自慢になってしまう気がした。
それからさらに数年。
一定の自己実現欲も満たせたし、第二の人生といった感覚の引退。悔いはひとつもない。
ふと、ヤツを思い出した。
正直、自殺しているかも、とさえ思った。なぜか、それだけはやめてほしいと思った。
安否確認のつもりで昔見つけたHPを開くと、ブログが変わっていて、
ヤツが何を思い、どう変化していったかは知る由もない。
真に心を開ける相手を見つけたのか、
心を開かないことを許してくれる相手を見つけたのか、それすらわからない。
ただ、相変わらず昔の小説の続きを掲載し続けているヤツと、
今の私が社会的に同じところにいるということが、妙にモヤっとするのだ。
もしかすると、私こそがヤツに対して、一定の強い思いを抱えたままなのかもしれない。
海外のblogで初音ミクについて熱い(長い)文章を書き込んでいるのを見かけたので試しに翻訳してみた。無断翻訳なので匿名で。urlは以下の通り。
http://deliciouscakeproject.wordpress.com/2010/09/20/hatsune-miku-and-the-magic-of-make-believe/
=====以下翻訳=====
そこにはバルトロメオ・クリストフォリって名前のすげえヤツがいた。こいつの得意技は楽器を作ることだった。何でも作ったわけじゃない。当時はひどく弱々しいちっこいもので、しょぼい羽柄が並んだ弦を引っかいて金属的なチャリチャリした音を出すもの、つまり鍵盤楽器を作っていた。いわゆる「バロック・ミュージック」ってヤツだ。クリストフォリが音楽技師として、また機械技師としてやったのは、弦を異なる強さで叩くハンマーを使った仕組みづくりで、それによって演奏家は小さい音(ピアノ)や大きな音(フォルテ)で演奏できるようになった。だもんで皆それをイタリア語でピアノフォルテと呼んだ。もちろん、今ではお前も俺もそして誰もがクリストフォリの発明品をピアノと呼んでいる。
イタリアはピアノを発明することによって、日本が初音ミクを発明するための扉を開いた。
***
俺は今、ここサン・フランシスコの150席しかない小さな映画館で、秋のアイドル公演を待っている。チケットが完売した「39[ミク][[Sankyu!]] Giving Day」コンサートの上演を見るために、愚かな時間の無駄遣いをする連中が集まっている。コンサートじゃ電子的に創造されたポップアイドルつまり緑の髪をした女神が、ゼップ東京のコンサート会場で生演奏するバンドにあわせて踊り歌っている様子がスクリーンに映し出されている。それはまるで、一部はライブなんだが、本当はそうではなく、「本物」のボーカロイド・コンサートでお目にかかれるのに近いものだった。言ってみればゴリラズを見に行くのとそれほど違いはない。伴奏は本物のミュージシャンが作り出しているが、客が見ているのはいわば巧妙なごまかしの表層であり、音楽に命を持たせるために使われる動くペルソナだ。これがミクの魔法である。それは見せかけの魔法だ。
***
クリストフォリがピアノを発明した頃、J・S・バッハは平均律クラヴィーア曲集を書いた。そこでは要するに鍵盤楽器の各音程間で一通り数学的な調整をすれば、突然どのような調号でも十分演奏できるようになるということが言われている。言い換えれば、何か妙なことをしようとした際にいつも調子はずれの音を出すのではなく、初心者から中級までのピアノの生徒がやらかす糞を抑えるような5フラットとか7シャープとかそういったことが完全にできるようになる。これによって18世紀の鍵盤楽器は初めて、いちいちくそったれな調律をしなおすことなく新しい楽想を試すことができる原始的なワークステーションとなった。
数十年後、ようやくピアノの価格が下がり十分なほど生産できるようになったことで、それは非常識なほどの大金持ちだけの特別な楽器ではなくなった。代わりにそれは有名な王族たちのような常識的な程度の金持ちが購入できるものとなり、彼らは好んで地元の作曲家を雇い自分たち(とその客)を楽しませるために音楽を書かせた。こうした作曲家の一人があのヴォルフガング・A・モーツァルトであり、彼の特別な才能は主に下ネタと女性の音楽生徒に対する性欲の面で発揮された。もちろん鍵盤楽器からふざけた音を引き出す才能もあり、その短い人生の間にモーツァルトは最も好きな楽器をピアノに決定した。彼が書いた27のピアノ協奏曲(本当に素晴らしいのは最後の10曲ほど。アニメのシリーズのようにモーツァルトのレパートリーは後半になるほど良くなった)は、単に協奏曲の形態にとって画期的な礎石となっただけでなく、ピアノ音楽の基礎を築いた。モーツァルトの協奏曲はこう言っているようなものだ。「これこそピアノにできることだ! ピアノだけでなく、オーケストラと一緒でもいい! まさか今更ハープシコードに戻ろうってんじゃなかろうな?!」
モーツァルトより後の時代の人間は皆彼に同意した。ひとたび音量の大小を調整できる鍵盤楽器を手に入れてしまえば、弱々しいチャリチャリした機械になぞ戻れっこない。これが230年ほど前の出来事だ。ミクへの道は一日にして成らず。
***
ミクの公演にやって来たファンの男女はいろんな連中の寄せ集めだ。彼らの5分の1ほどは当然ながらボーカロイドのコスプレをしている。何人かはケミカルライトまで持ち込んでいる。コンサートは全長1080ピクセルの巨大なスクリーンで始まり、全劇場用サウンド・システムが炸裂し、観衆は最初はためらいがちに見ていたが、最初のいくつかの歌の後は雰囲気が盛り上がってきた。彼らはスクリーンの中の群衆と一緒にリズムに合わせてケミカルライトを振り、曲が変わると歓声を上げ、各ナンバーが終わると拍手をした。単なる録音と録画じゃねえか、などというたわ言は知ったこっちゃない。理論的にはゼップ東京の群衆だって同じように録画を見ていたんだ。本当に「ライブ」で演奏される音楽など、現代においてはクラシックのオーケストラと民族音楽の演奏くらいしかないし、それにシンフォニー・ホールですら今日ではマイクが使われている。誰もが電子的な助けを借りて音楽を聴いている。ひとたび電子機器を楽器として受け入れることを覚えてしまえば、ミクを愛するのは簡単だ。彼女がモーツァルトの魔笛のアリアを歌っている動画を聞いてみよう。
http://www.youtube.com/watch?v=gr9fbQzNpqA
***
19世紀欧州で、もしお前がピアノの演奏ができない作曲家だったとしたら、お前は存在していなかっただろう。それはもはや単に大小の音量で演奏できる楽器にとどまらず、巨大な和音構造物であり、多音パッセージワークであり、一人の演奏家の手で「あらゆる音符を見ることができる」ものとなっていた。もしピアノがなければきっと「2人のバイオリニストとビオラ及びチェロ奏者各1人をかき集めて旋律が上手く行くかどうか調べにゃならん」てなことが起きていただろう。そしてもちろんチェリストは、ある音符について「どぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅん」と演奏するようお前が何度も何度も何度もお願いするのにうんざりして1時間後にはそこを立ち去ったことだろう。
少なくともピアノがあれば、お前の小さな指以外に迷惑をかけることなく「どぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅん」とやることができる。
かくして1800年代においてピアノは中心的な作曲道具となった。そして同時に社会の中産階級が暇と屑な時間を持つところまで進化し、そしてもし彼らがスポーツやゲームを発明しなければ、彼らは音楽その他を演奏したいと望み、そんでもって家に持ち込むためピアノを注文できるようになった。欧州だけでなく日本でも、少なくともウィリアム・ペリーが彼らを開国して西洋化が始まった後には、同じことが生じた。基本的にピアノは文明化の証と見なされ、そして有名な山葉寅楠ってヤツがイケてる連中のため日本製ピアノを作り始めた。
19世紀末と20世紀は音楽制作にとって黄金時代だった。楽譜を買って他人の歌を演奏する方法で「音楽を作る」こともできたし、あるいは作曲と理論について十分に学び自分の曲を創造するというやり方で「音楽を作る」こともできた。そうした取り組みの多くはピアノの周辺で起きた。ピアニストが力を得た。鍵盤があれば、お前はスターになることができた。
そして、とんでもないことが起きた。
***
ミクだけじゃない。巡音ルカとリンとレンも公演に出てきたぜ! 全ボーカロイドのパーティだ。彼らの異なる声質と、ミクと組む様々なやり方は、見事な音の見本集になっている。他のキャラクターが登場するのを見た観客たちは熱狂している。異なるシンセサイザー・プログラムのマスコットに過ぎないにもかかわらず、彼らはまるで我々の友であり家族であるかのようだ。ようつべとニコ動を使って彼らを我が家へ招待しよう。彼らの声を我らの生活のサントラにしよう。電子的に作られたアニメキャラが本当のミュージシャンになれるのかって? おk、ならお前に聞いてみよう。魂のない箱がお前の周囲の空気を震わせているけど、それは本当の音楽なのかい?
***
それこそが実際に起きたとんでもないことだ。録音された音楽。録音された音楽こそ、音楽史の中で起きた最悪の出来事だ。
ひとたび蓄音機を、ラジオを、レコードプレイヤーを、カセットプレイヤーを、CDプレイヤーを持ってしまえば、音楽を楽しむのに「音楽を作る」必要はない。コンサートホールのチケットを手に入れる必要もない。単に座って、電気を使った箱にお前を楽しませればいい。ピアノは専門家のための道具に成り下がった。それは淑女が結婚に必要な才能を覚えるためのものに、あるいは子供が(1)それを憎んでいることに気づく(2)両親が子供に才能があることに気づいてプレッシャーを積み上げ始める――まで稽古を受けるものとなった。もし(2)の現象が起きたなら、最後にはピアノを本当の演奏楽器あるいは作曲用の道具として使うようになるだろう。しかしそれはもはや「音楽制作」の中心にはない。
さらに悪いことにロックがギターをポピュラーにしてしまった。ギターが人気になり、ピアノは役立たずとなった。お前が鍵盤楽器を学ぶのは、ビートルズにしてくれるものを持てずバッハやベートーベンにしがみつくしかないある種の意気地なしだからだ。誰が決めたルールか知らねえが最低だ。10代のころ、俺はピアノを使ってランキング上位40の曲を弾けたおかげで女の子たちに「いくらか」いい印象を与えられた。けど、結局はクラスの野郎どものうちその曲をギターで弾けるヤツがいつも勝ちやがった。くそったれ。
だがここで思い出してくれ。俺は、イタリアがピアノを発明したことが日本の初音ミク発明への扉を開いたと言ってきただろ? ピアノは21世紀に飛び込むときに今一度変革に見舞われたんだ。
http://www.youtube.com/watch?v=-7EAQJStWso
***
もし音楽を生み出す小さな電気の箱が「本物」であるなら、録音済みのコンサートに向かって「アンコール! アンコール! アンコール!」と叫ぶのは極めて正常だ。その音楽はお前を感動させたんじゃないのか? もっと聞きたいと思わないのか? というわけで映画館の観衆はもっともっとと叫び、そして彼らはアンコールを聞けることが分かっていた。なぜならそういう風に録音されていたから。ミクが公演を終わらせるため最後の舞台に出てきた時、もう一度鑑賞力のある人々から歓声が上がった。それは人工的なものだが、とことん楽しむため我々はそれを本物だと見なした。まるでドン・コッブが[ネタバレ注意!!]インセプションのラストで回転するコマから歩み去るかのように。ミクは夢のような存在だ。サウンド・エンジニアとCGアーティストと音楽家が作り上げた美しい夢であり、決して卒業することも年を取ることもスキャンダルを起こすことも業界から追放されることも惑星上から姿を消すこともない完璧なアイドルだ。彼女は実際、いくつもの「映像」を持っている。我々は皆、この音楽的見せかけの共犯者だ。過去の聴衆がモーツァルトのオペラを、ガーシュウィンのミュージカルを、あるいはかのすさまじいレ・ミゼラブルを本物であると信じたように。我々は十分深く信じられるようになるまで偽りの世界を本物だと信じるふりをする。その世界を感じるまで、見せかけの魔法を感じられるようになるまで。
***
真空管からトランジスタを経て迷宮のような電子回路まで。もしピアノの鍵盤が「あらゆる音符を見る」ことのできるインターフェイスだとしたら、それは作曲家に最も未来を感じさせるインターフェイスだ。そして我々にはシンセサイザー・キーボードとMIDIコントローラーとワークステーションの世界が与えられており、そこでは遂にピアノが単なる「楽想を試す場所」から超越した。ちょっとした波形の調整によって、ハンマーと弦の機構に制限されることなくこれらの楽想を正確に響かせることができる。新しい音を作り上げることもできる。楽想の断片を記録し、他の楽想をその上に並べて電子キーボードを個人的な架空のオーケストラに仕立てることもできる。ピアノはピアノを超えた。それは作曲家の手の延長どころか、作曲家の心の延長となったのだ。
一つだけ欠けているものがあった。声だ。
そして、ご存知の通り、日本は日本であり、彼らはやってのけた。彼らは人工物を誰よりも巧みに操った。彼らは本物の料理だと見栄えが悪くなるからという理由でプラスチック製の小さな食品サンプルを作った。本物の労働者は間違いを犯しがちだから製造ライン用のロボットを作った。本物の音楽家を家に入れるのは大変だから編曲家のために電子キーボードを作った。そして、人間の声を合成する技術が十分に発達した時、そしてそれが人工音声のためのペルソナを創造するというアイデアと衝突した時、ミクが見せかけの音楽における21世紀のスーパースターになるのは当然のことだった。
中にはボーカロイドというアイデアが音楽家の全てを破壊するという人もいるだろう。全ての仕事をソフトウエアがやってくれるのに、誰が人間を必要とするんだ? 俺が思うに、ボーカロイドってのは偉大なる民主化の旗手であり、音楽家のために沢山の扉を開いてくれるカギなんだ。過去において、もしお前が作曲家、編曲家あるいはプロデューサーになりたければ、まず自分の曲を書いてそれから演奏家を探し見つけ出すしかなかった。何しろお前の傑作に生命を吹き込みたければ、5人編成のバンド、20人編成のオーケストラ、そして3オクターブ半の音域を持つ歌い手がいないとどうしようもなかったのだから。マジ悲惨。だがミクがいれば誰もが作曲家になれる。誰もが自宅のスタジオで曲を作り、正しい機材があれば、電子機器を使った完全なポピュラーソングを生み出せる。ボーカロイドは音楽家の仕事を奪うわけじゃない。それまでミュージシャンには決してなれないと思っていた人々の中からミュージシャンを作り出すんだ。動画投稿サイトで毎日そうしたことが起こっているし、こうしたコンサートではそれまで決して聞いたことのないような人々が突然電子王国の宮廷音楽家になれる。非常識なほどの大金持ちだった王家の人々の手にあった手製の楽器から、平民たちの手に握られた緑の髪の女神へ。それがこの大きな3世紀の違いだ。
何であれ多くの人々が音楽を作ることは、単に大人しく聞いているだけよりもいいことだと俺は信じる。俺は魔法を、ボーカロイドを、ミクを信じている。
=====以上翻訳終了=====
誤訳は当然あると思う。でも面倒なので修正はしない。
20代後半、社会人♂、未婚。
学生の頃だったら、やり込み要素をやりたいたい思ってたし、実際にやってたけど、
社会人になってから、手っ取り早く遊びたいっていうのがある。
もう今更、伏線全回収的なことはしようとさえ思わない。
無理な条件での展開はYouTubeで探す。
おまけ的な最強敵キャラも、「へぇそうやって倒すんだ」で十分満足できる。
じゃあ、最初っから最後までYouTubeでいいじゃんってなるかもしれないけど、
それはちょっと違う。自分で動かしている感じは欲しい。
だから買っちゃう。映画とは違う。
世界に入り込んでる感がほしい。
要するにパッケージ感が大事。
ゲームを楽しんでいるというより、
慰み物?的なところがある。
だから、やっててストレスを感じるのは嫌だ。
考えて攻略とかあり得ない。
映画の作成手法として、
最低15分に1回セクシーシーンを挿入するというのがあるけど、
たらたらプレイしてイベントが15分に1回出てくる感じで十分。
そして、まっすぐクリア。
実はこの時が一番楽しい。
モチベーションが上がったら。
あまりに大変ならやらない。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm7233711
大分予想外れた。
予想:http://anond.hatelabo.jp/20090528064313
このうちどれかが入るだろう、とか言ってたやつは大体まとめて全部入ってしまった。
今回の選曲方針が今までと大きく変わった(未収録曲のみ、アニメ・ゲーム系を抑えて東方・アイマス・ボカロ系多め)ので、当然過去曲予想はひどいことに。
以下個別。
……が、まさか消失やダブラリ、さらにはcelluloidまで入るとは思わなかった。
Do-daiってそんなに人気だったのか……。
しかし亡き王女の為のセプテットやBad appleも入るとは……。
地霊殿曲が一曲も入らないのが残念。
プレパレードやギアス、00の曲が入らなかったのは意外とまでは言わないがちょっと残念。
一方でけいおんが入ってたりするし……。
思いっきり外した。
カービィから出てくるってとこに言及したぐらい。
幾三。まあこれはあるよね。
smooooch、ゲッダン、Hello windowsあたりは一応合ってた。
ゆっくりでいいさやコミュニケーション・ブレイクダンスが入らなかったのが今回一番の意外。
次のメドレーでは入りそうな気がするな。
HEROESという枠では一応入ってはいるが、本編で一曲も入っていないので大外し。
すごく気が早いが来年の予想でもしてみよう。
今回未収録曲オンリーという選曲して賛否両論だったので、次回は揺り戻しをするんじゃないかなーと予想。
とはいえ、「未収録曲だけでもすばらしい作品ができる」ことはわかったので、新鮮さを優先してこの手法(未収録曲オンリー)を続けるのかもしれない。
アニメ曲については難しいところ。
著作権的な問題を意識せざるを得ないわけだし、第一アニメの映像や音声を加工した動画が出回らない以上ボカロや東方・アイマスが上位を占めるランキングに食い込むことができないということを考えると、今後もアニメ曲少な目の傾向は続くのかもしれない。
ペルソナ使いすぎてる下手糞な奴いっぱいいるけどな
そもそもああいうのは分かりやすくするための仮説としての小道具でしかない
まあ、ぶっちゃけていうと、finalventには漱石は読めていない。まあ、そういうと失礼なんできちんと書くとぐちゃぐちゃしそうだが。
そして、私はfinalventに関心が持てない。転向知識人のブロガーという以前、何を言っているのかよくわからない。これは単純に私がアホなだけかもしれない。メディアに全く出てこないので知るわけもないのだが、ハテブキラーな知的な文体と社会派なネタ選びなんで、ぐふぇと思うだけ。私は中年男性のブロガーというのは受け付けない。断固害を受け付けるものではないが、でも彼の言っていることはわかる、同意しないし、浅薄だなと思うけど。
今回のはてブ2は、しかし、なにか奇妙な作り込みがあった。作り手のなかに微妙なfinalventへのクリティカルな構成意識があった。
かつて運営していたという全裸ニュースブログを発掘され、Gigazineと同じくクズニュース拾いのブロガー時代を出しているのだが、たぶんその露出はfinalventの意図的なものだろうし、はいはいとはてなダイアリーでは定番で流していたのだろうが、微妙に「ま、これは通じないだろうけど」という語りだしのなかで、finalventの幼い、あれねハテブからはたまらない中年厨房のキモさみたいな記事を写し取っていた。おお、このはてブの批評力はすごいと思った。
たぶん、finalventという人はこの文体で、ずっと身近な人と繋がってきた人なのだろう。それをブログで見せることもあるのか、私は知らない。そして、この奇妙な孤独さとネットへの信頼感への期待の熱情は、引きこもりの人によく見られるものだ。「真性引き篭もりブログ」のような。
finalventについては仔細は知らないが、ほっておかないタイプの男性で、ありがちな知的で暇で実際には保守的な信者さんがいるのではないかと思う。ちとぐぐったらそんな感じはあたっていそうでもあった。「finalvent先生、素敵な読者様がいて、私なんか」という引きの思いがまた信者のツボでもあるし、そのあたりのプロテクションでうまくブログをこなしてきたのではないか。なんか悪口書いてみるたいだな。
これも詳しくは知らないが、finalventははてなブックマークとの関係に微妙なアンビバレンツがあるのだろうし、このはてブキラー的なネットペルソナもその関係の産物なのではないか。そしてたぶん、ブログ教信仰という内面においてもはてブとのアンビバレンツな思いはあるのだろう。
実はそうした各種のアンビバレンツが、彼にとっての漱石の「こころ」なのではないかと思うが、まあ、ちょっと与太を書きすぎたか。
「こころ」については、山本七平著ということになっちゃったイザヤ・ベンダサンのこれがもっとも深いと思う、文学論としても。「こころ」との関連は上巻だけでよい。
inspired by
前回のレポート→http://anond.hatelabo.jp/20071030133534
10時開始、25分程度で監査報告と事業報告が終わり、その後質疑。議案を可決して10時55分に終了。
参加者は50人くらい、半数以上はスーツ(社員か?)、私服の人は10人強。
会場で事業報告書を貰えると思って持って行かなかったら、今回は貰えなかった。反省。
・剰余金処分(配当)
・定款の一部変更(事業内容の追加)
・取締役選任
・監査役選任
全部可決
一人目
Q. 配当金の方針について
A. ヒット作がでないことには配当も厳しいため、安定配当より利益を還元する方針である。
Q. 前期の会計を見ると特別損失が大きすぎるのではないか。中には期初に予想できた損失もあるのではないか。来期の予想にはあらかじめ損失は考慮してあるのか。
A. 現段階で、具体的に損失につながりそうなものがあり、ある程度は折り込んである。しかし、先行きが不透明なので特別損失が多くなることは勘弁してほしい。
Q. 株価対策について
A. 具体案は特にないが、ヒット作を出すことが株価上昇につながると考えている。
二人目
Q. 第2号議案について、映像・音楽関連事業についてはわかるが、労働者派遣事業とは何をするつもりなのか。
A. グループ会社(インデックス等)との人材交流や、アミューズメント施設への業務を予定している。
Q. アミューズメント事業について、今後店舗数はどう推移する予定か。また減損会計の可能性はあるか。
A. 店舗数は圧縮していく予定。減損会計は前期で3店舗あった。来期は大きな減損会計はない見込み。
Q. 来期の業績予想が低すぎるのではないか。
A. 前期で世界樹2とペルソナ4が大ヒットし、この2作が来期の業績を前倒ししてしまった感じになった。来期は特に大作を出す予定はないため、低めの予想となっている。
三人目(たぶん一人目と同じ人)
A. 招集通知にあるとおり、落合善美はインデックスホールディングスの取締役も務めており、人脈等含め有益な取締役です。
四人目
Q. ペルソナ4はニコニコ動画でプロモーションを行っていたが、どれくらいの効果があったのか。また今後も同様のプロモーションを行う予定か。
A. ニコニコ動画では初期からプロモーションを行い、それなりの効果はあった。今後もニコニコ動画やYouTube等は活用していく予定。
五人目
Q. ペルソナアニメ中にCMをしていた世界樹2とペルソナ4はヒットしたが、まだこれらの購入層はプレイ中だと思う。ライドウの発売はちょっと早かったのではないか。
A. 今後のソフトの発売スケジュールも考慮し、今月の発売が良いと判断した。
六人目
Q. 現在家庭用ではWii、DS、PS2でタイトルを出しているが、PS3、Xbox360での開発予定はあるか。
A. ユーザーの要望やマーケットの流れを見て判断する。ペルソナ4のユーザーアンケートでは50%がPS2での発売を希望していた。
Q. 家庭用タイトルでバグが出た場合最悪回収しないといけなくなるが、何か対策はあるか。
A. 社内外のデバッグスタッフを動員しバグつぶしをしている。
DSの救急救命カドゥケウス2(2008/8/7発売)
社長の猪狩氏よりも板垣氏の方が貫禄あるよなーと毎度毎度思う。
質疑は全体的に後ろ向きな印象を受けた、「来期はビッグタイトルを出す予定はない」とか「ヒット作出ないと配当無理」とか。
お前らやる気あるのかと問い詰めたい。