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2011-02-13

鯖田 豊之 ヨーロッパ中世世界歴史9) 河出書房

ヨーロッパ中世とはどんな時代だったのかを、独自性と一般性を交えて、絶妙なバランスでまとめている。

本書の主要な記述の中で、特に気になったところだけ簡単にメモ


封建制度が成立するまで

ローマ帝国崩壊後、ゲルマンによるヨーロッパ治世は次々に短命に終わった。(東ゴート、フランク、西ゴート、ヴァンダル王国)。背景にはゲルマン信仰するアリウス派ローマ人が信仰するカトリックという宗教面の対立があった。上手く国がまとまらいままに、9世紀頃からノルマン人の侵入が始まる→略奪による領土の荒廃→国防は機能せず、地場権力者が城壁を作ってごく小さなテリトリーの防衛を行う→そこを中心に農民があつまり、商人があつまり、騎士が集まる。自治の中心が地場の領主にシフト国王形骸化)。


日本封建制欧米封建制と、一口に言っても違う。

ヨーロッパ騎士ドライ権力関係で主君とつながる。日本武士は忠義で主君に仕える。従って「二君に仕えず」が絶対だった日本とちがって、ヨーロッパは一人の騎士が複数の主君と契約を交わすのはざらだった。戦争の時でも、ヨーロッパ騎士は「●日間まで出陣する」と契約書に書いていれば、たとえ戦闘継続していても、途中で帰ってしまった。



ローマ貨幣制度ラテン語は残った。

地中海商業破壊されずに維持された。一方で、話し言葉としてのラテン語は、人々にリテラシーを身につけるボトルネックとなった。




国王」と「皇帝」の違い。

皇帝の方が一段上。皇帝キリスト教の神に認められた支配者。




騎士道」の盛衰

封建制の発達とともに、先頭の仕事が少なくなった兵士たちの間に生まれた。騎士時代遅れになるのは、1400年頃の100年戦争期あたりから弓矢や大砲技術が発達しすぎて、鎧の防御では間に合わなくなったためだ。彼らはぜいたくを美徳とした点において日本の「武士」とは違う。また、騎士は無学だった。文字が読める人間ほとんどいなかった。



十字軍」の疑問。なんで、400年以上も前から取られてたエルサレムをとつぜん取り返そうとしたのか。

→背景にはヨーロッパ全土へのキリスト今日のて。土着の神々をキリスト教の「聖者」として吸収(例えば、サンタクロース)。



十字軍の帰結。

→封建領主に対する王権の強化。代わりに法王権力は結局十字軍が失敗したことから凋落。



なぜその後イギリスフランスがまとまってきたのに、ドイツはままらなかったのか。

ドイツ皇帝海外侵略に熱心で、内政をおろそかにしていたから(特に地中海遠征。たとえばフリードリヒ一世(1152-90)のシチリア遠征)

2010-12-18

宗教観がにじみ出ているね!

http://blog.livedoor.jp/insidears/archives/52410978.html

米国人がこのオブジェクトを見ても気持ち悪いとは思わないだろう。

プロテスタントの立場からすれば神が作り出した人間以外の生き物は所詮ただのモノ扱いだから

からケルトゲルマン自然宗教意識が残っている欧州神道自然宗教意識が残っている日本と違って

アメリカ人遺伝子組み換え作物遺伝子工学を駆使した合成生物を創りだすのに何の躊躇も抱かない。

フィギュアに命が宿ってるかのような汎神論的宗教意識神道に由来する。

気持ち悪い・マジキチという感想を述べているのは紛れもなく日本人である



国際化社会において必要な教養とは、己が何者であるのかを外国人に説明できる知識である

日本外国人と融和できず移民政策を実行したらかなりの確率国家解体に向かうであろう理由は、

日本人は自らが何者か知らず、何者か語れないから。日本とはどんな国なのかを外国人に説明できない。

自分が何者か明確でないから、おそらく外人価値観に”染められる”。

今のまま移民政策を実行したら、外国人自治区を作られて、排除できなくなる。

日本とはこれこれこんな国だから、郷に入れば郷に従え!と外国人に言えるほど自国について理解しないと国際社会を生きていけない。

古くは中国朝鮮明治以降は欧米に学んできた日本が、かつての日本自身を学んで日本に帰還する時代がやってきた。



日本宗教観は自然宗教としての神道があり、そこに大乗仏教が入ってきて神道の影響とともに戒律外しが行われ、土着化し、日本仏教しか説明できない独自の仏教を形成した

キリスト教欧州ケルトゲルマン自然宗教の影響を受けてカトリックになったのに似ている。



長い歴史をかけて神道日本仏教を土台として儒教道教キリスト教などありとあらゆる宗教を取り込んだ。

黒船がやってくるまで、数える程度しか国家の存亡をかけた外国との戦争というものを経験しなかった。

たえず異民族に攻めこまれ安定した国家を築くことができなかった中国とは違い、海に囲まれて異民族の侵入を受けなかったため、

シルクロードを通って日本にやってきたあらゆる文化宗教が、日本から出ていくこともなく、壊されることもなく、日本列島の中で密閉されてぐつぐつと煮込まれて、融合した



日本人宗教については、世界でもっとも先進的なはず。

拒絶反応を起こして十字軍を結成した聖戦を始めたりしない。

外国宗教を排除しないで、かつ、外国宗教に染まらない。

神道の最高司祭天皇存在日本人が特定の宗教に支配される事態を防いでいる。

天皇がある限り、日本に入ってくる宗教は全て相対化されて平等化される。

天皇権威を否定したカルト宗教流行る。天皇になりたがる奴が後を絶たなくなる。

第二次大戦後、日本でどれだけの新興宗教権力を増し、あるいは事件を起こしたか考えてみればいい。



皇室政治利用させず、皇室を守り続けることが日本宗教先進国たらしめる。

天皇がかつての聖武天皇のように仏教徒になろうが、キリスト教徒になろうが、イスラム教徒になろうが大勢に影響はない。

神道は教義がなく異宗教との二股三股が可能だから。軸を神道に置いてさえいれば、いくらでも世界中宗教つまみ食いしてOK。



イスラム教キリスト教など、経典のある宗教は”意識である

神道は教義を持たないからいくらでも変わりうる。神道は”無意識であるESである。ゆえに無敵である

宗教がまったくなければ人間動物になる。宗教に染まりすぎれば人間機械のように柔軟性を失う。

アメリカ人は今も精神的危機に追い込まれると聖書にすがりつくのに、

日本人はどうして宗教経典なくして理性的でいられるのか、この答えが出たとき日本人は真の国際人になるだろう。

2010-12-08

個人的日本

ユニクロ柳井氏 「日本国民自分に不都合な情報には耳をふさぎ、過去の栄光自己満足している滑稽な国民」「驚くほど能天気

http://raicho.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1291803726/



政治



経済

 日本労働者人件費新興国労働者並みに下げる策(非正規社員の拡大)が格差社会というスローガンと共に批判されて頓挫、他国に企業拠点を移転する方向に変更されつつあるのが現在


学問


文化

 日本宗教観は神道多神教)と仏教無神論)が神仏習合して築き上げられただけではない。

2010-09-20

http://anond.hatelabo.jp/20100920140612

なんで、汎ゲルマン主義から、

人種民族国籍によって人権に差をつける思想は危険

が導き出されるんだよ。



人種民族によって人権に差をつける思想は危険。」

であって、国籍は関係ないだろうが。

ゲルマンスラヴ民族名であって、国家じゃない。

http://anond.hatelabo.jp/20100920140245

ゲルマン主義のせいじゃろ。

人種民族国籍によって人権に差をつける思想は危険

2010-09-08

大人向けアメコミとKIM625ら表現規制反対派の欺瞞的問いについて 

KIM625 マンガ, アニメ, 文化 アメリカにはなぜ大人向けコミックが無いのか、なぜ日本にはあるのか。 2010/09/08

http://b.hatena.ne.jp/KIM625/20100908#bookmark-24688694

はてな表現規制反対派の重鎮KIM625のこの問い、一見素朴なギモンに思えるが違うんだよね。

表現規制反対派の間では、出来合いの答えがある。

コミックスコードによる規制のため子供向けのものしか許されなかった」という答えがそれだ。

そして日本もそうならないように規制をしてはならないと続く。

KIM625の問いはこの答えを念頭においたものだろう。だが、この表現規制批判派史観はどこまで正しいのか?


田中秀臣氏がブログで調べ続けているようにアメリカン・コミックスの不人気の主犯がコミックスコードだという説は実証的に否定されつつあるという。

コミックスコード主犯説はもはや定説ではない。


それ以前の問題がある。大人向けコミックがないというのは果たして事実なのか?

実際には、MADアート・スピーゲルマン映画にもなったロバート・クラム作品やアメリカン・スプレンダーのような先鋭的な大人向け作品の流れが、ほそぼそとながら、六十年代から続いていた。

アンダーグラウンドコミックスと呼ばれるこれらの流れは、80年代頃からスピーゲルマンが自らの父の体験と緻密な調査を元にアウシュビッツの悲劇を描いた「マウス」などのヒットにより日のあたるところに現れ、スーパーヒーローなどの商業コミックスに対向するものとして「オルタナティヴコミックス」と呼ばれるジャンルが成立する。


一方の商業コミックスだんだんと大人向け路線になり八十年代には映画化したウォッチメンなどの大人向け作品がヒット、90年代には大手コミックス社からスーパーヒーローにとらわれないやや文芸路線のmature reader向作品レーベルVertigoが現れるなどの流れが起きる。

この流れとオルタナティヴコミックスの二つの流れ、そしてスーパーヒーローなどの旧来型の流れは、未だ別々に流れているが、だんだんと中間的作品も現れ、現在ではかなり曖昧な区別しかなくなっている。


では、"旧来型"のアメコミ子供向けというのは事実なのだろうか?成熟した真っ当な大人向けと見なされていないのはたしかに事実だろう。

だが、それと実際の年齢層は別の問題だ。

なんと”アメコミ”の主要な読者はずっと昔から「男の子」ではなく「キモオタ」なのだ。

むしろコミックス業界は将来の投資のため子供コミックスを手に取らせる方策を考えているくらいだ。

田中秀臣氏推薦の『戦争はいかにマンガを変えるか』から引用しよう。

この極度にマニア層に依存した構造市場から、書店での一般読者の獲得から、書店での一般読者の獲得と映画展開などによるライセンスビジネスによって突破口を開いたのが現在グラフィックノベルブームに沸くアメリカコミックス界であるわけだが、以上からわかるようにそれ以前からすでにコミックブックは子供向けのものなどではなくなっていた。

(ながいので中略)

つまり当のアメリカ人にとってすら「コミックブック=子供向け」という神話の影響が強すぎるために、実際に子供に読まれているマンガが「マンガ」としては見えなくなってしまっているのである。(p38-39)

なお、此処でいうマンガと見なされていないが「実際に子供に読まれているマンガ」は日本マンガをさしているのではなく、ディズニーニコロデオンなどのアニメや名作文学コミカライズなどを指している。小田切氏の意見によると、ジャンプなどのマンガアメリカ市場で競合しているのはスーパーヒーローなどではなくこちらだろうと述べている。

小田切氏に従うなら、「アメリカにはなぜ大人向けコミックが無いのか、なぜ日本にはあるのか。」ではなく「アメリカにはなぜ子供向けコミックが衰退したのか、なぜ日本にでは盛況なのか。」と問うべきだ。

なぜこうも転倒した問いになるか。

それは何でも規制反対に結び付けたいという心性があるんではあにか?

こう思うのは邪推だろうか?

lisagasu 日本の名作少女漫画は繊細すぎてウケない予感…トワイライトが売れてるなら、乙女ゲームコミカライズとかのがいいんじゃ?なんにしても少年漫画以上の市場になるイメージがないんだけど 2010/09/08

24年組が受けてないというかそもそも今まで翻訳が出てなかった(出版予定)のは事実だが、従来のオルタナティヴコミックスのファン層には注目されてるようだ。



http://oharakay.com/archives/2189

2010-08-29

http://anond.hatelabo.jp/20100829114516

お互いに近い関係にあるゲルマン系・ラテン系言語だけで世界の1/3以上の人口・国を押さえちゃってるという偏った状況が出発点で、これに本来印欧語と無関係なドラビタ系語圏なんかも含んでるのにインドが与しちゃってる以上、広く印欧語圏での英語の優位は変わらない。

ラビダ系とか話してる庶民が近い将来英語が通じるようになるとも思えないのでいくら公用語だからと言ってインドの十数億を丸ごと英語圏扱いするのは無理があるのでは?現状だってごく一部のエリート観光地くらいしか通用しなかったはず。あとアフリカの旧植民地とかも英語圏ばかりでもない上に本国英語とは別物と言っていいほど変化したものになってるからアフリカも丸ごと英語圏扱いできるようなもんでもない。人口増加率から言えばアラブマレーとかイスラム圏だけで3分の一いくし、中国も加えれば過半数になるはず。インドアフリカも英語ばかりでないこと考えればむしろ英語圏が3分の一くらいのはず。

http://anond.hatelabo.jp/20100829102106

元増田現状認識について素人でないことは判ったが

となれば、たとえばアラブが(古典アラビア語東アジア漢文東南アジアマレー語あたりで固まったとしてもこれは「ガラパゴス」とは言えず、むしろ現在経済発展の流れが続くならばEUを上回る経済圏が出現することになる。これは「グローバル化」ではなく世界の「ブロック化」であり、つまり「英語」は「国際語」のうちの最大勢力ではあっても支配言語ではなくなってしまうわけです。要するに英語の影響力は弱まる。

ここの論理展開に無理がある。

『「英語」は「国際語」のうちの最大勢力ではあっても支配言語ではなくなってしまうわけです。』

そもそも現状英語は支配言語ではないのではないか?そして今後とも支配言語とはなりえない可能性は高いだろう。ならば「支配言語でなくなる」という言はおかしい。支配言語でないものが今後とも支配言語にならない、ということがなぜ「英語の影響力が弱まる」ことにつながるのか?

『これは「グローバル化」ではなく世界の「ブロック化」であり』

ここの見通しが自分とは違うな。世界が共通言語についてブロック化したとして、そしてそのブロックの中には十数億の人口を誇る言語圏があろうとも、分断された4割はやはりガラパゴスだろう。ガラパゴスが生き残れるとは思えない。

問題は「過半数を誇るような圧倒的な言語圏が出るかでないか」だと思う。本来、数億話者の言語圏なんていうのはブロックとして成立するに十分な規模だと思うが、それは同じような規模のブロックが並立している場合の話。圧倒的な言語圏が一つ成立すれば、他のブロックはいずれのみ込まれていくものだと思う。(もちろんその言語が支配言語となるところまではいかないだろうが)

そして英語圏はすでにこの「圧倒的言語圏」に王手をかけている、というのが自分認識ネイティブでいえば英語より人口の多いスペイン語圏あたりが各国連携して正面切って英語に背を向けることでもない限り、ヨーロッパ言語圏では英語共通語化が進むだろう。お互いに近い関係にあるゲルマン系・ラテン系言語だけで世界の1/3以上の人口・国を押さえちゃってるという偏った状況が出発点で、これに本来印欧語と無関係なドラビタ系語圏なんかも含んでるのにインドが与しちゃってる以上、広く印欧語圏での英語の優位は変わらない。今後は印欧語圏での英語共通語化がさらに進み、仏語圏やポルトガル語圏なんかは英語圏内部のサブブロック化していき、英語圏が過半数を押さえる圧倒的言語圏に成長していく、と考える方が自然だろう。この圧倒的言語圏に世界がなびき、英語の影響力は強まる、という予想。辛うじてブロック共通語としての地位を確保できるのはアラブ語圏、スペイン語圏くらいじゃないだろうか。(それも存続期間は長くないだろうけど・・・)

これを覆せるとしたら

あなたも言ったように、高度な英語力を身につけられるのはエリート層にとどまり、それに対する非エリート層の不満は経済発展につれて急激に高まることは容易に想像できる。

という状況だろうけど、これが起きるとは思えない。人は強制なくして支配言語として外来言語を受けいれることは無くても、交流するための商業言語としての共通言語は絶対に必要だからだ。その共通言語として何を選ぶか、という際に「英語じゃ厭だ」と非エリート層が実感できるのは、英語習得が厳しい東アジアアラブマレー語圏あたりしかない。この世界で少数派の1/3くらいにしか、非英語共通語志向が起きる余地がない。そしてこれらの地域が「非英語圏」の道を選択したとしても、先に待つのは孤立経済成長にハンデを負うか、競争に負けて英語圏に立ち戻るかのどちらかの道。

そもそも大多数の国では非英語圏への志向自体が生じない。今後一層英語の影響力は強まるはずだ。

英語の時代」とはそういう意味ではない

元増田です。ああ、そういう風に取られるかと思ったので補足。

私が「英語の時代」と言ったのはそういうことではなく、現在先進国人間が誰でもその国の公用語を「国語」として、日常会話から高度な話題に至るまで読み書きできるようなことが英語において起こりうるということはないということです。中国語圏での北京語アラブ圏での古典アラビア語スイスでのフランス語、そういったものの地位に英語が就くことは無理です。その外の世界では英語をしゃべる集団が社会の中に形成されていないし、テレビラジオで聞きかじっていれば身に付くなんてのはヨーロッパゲルマン語圏でもなければ無理。

そして、エリート英語の読み書きを寡占する状態なんてのは続きません。アンデルセン偉人たる所以の一つは、作品を「デンマーク語で」書いたこととされています。当時デンマークでは、上流階級フランス語中流階級ドイツ語を話していてデンマーク語は下層階級言葉のように扱われていたわけです(現代で敢えて近い例をこじつければ、台湾での北京語客家語・台湾語、その他少数民族語の状況ぐらいでしょうか)が、こうした努力によってデンマーク語が独仏語にも劣らない機能を獲得することができたわけです。

英語の支配」とは帝国主義まっさかりの19世紀に世界が逆転することです。そんなことを長く世界が許すはずはないでしょう。そして英語一極支配を肯定している「現地人」はそのうち必ずや顰蹙を買うことにも気づくべきです。

相対的少数派の東アジアアラブ東南アジアの大半なんかの人々だけが英語の支配する世界から取り残されていくと考えるべきです。

http://anond.hatelabo.jp/20100828124034

それだけの人間世界人口に占める比率は決して小さくないどころか非常に大きいわけですが。過半数になりこそしないかもしれないが、大雑把に見て3割は堅いでしょう。

となれば、たとえばアラブが(古典アラビア語東アジア漢文東南アジアマレー語あたりで固まったとしてもこれは「ガラパゴス」とは言えず、むしろ現在経済発展の流れが続くならばEUを上回る経済圏が出現することになる。これは「グローバル化」ではなく世界の「ブロック化」であり、つまり「英語」は「国際語」のうちの最大勢力ではあっても支配言語ではなくなってしまうわけです。要するに英語の影響力は弱まる。

ちなみに現在でもヨーロッパ人は「EU共通語英語よりもむしろフランス語」と意識している人は少なくないし(建前としては全言語共通語)、アラブ圏での古典アラビア語中国での北京語のようなもので、この地域経済発展に伴ってこれらの言語の力が強まりこそすれ弱まることはないはずです。また、ブラックアフリカでもスワヒリ語ズールー語、東南アジアでもマレー語インドネシア語の力が同様に強まるはずです。その方が自分たちの固有の文化(多くの場合言語も)に近いわけで、「近代語」をエリートに独占されずに誰でも学べる形になるわけですから(国民国家の出現と教育制度の整備に伴い、読み書き能力エリートが寡占していた状態の破壊が進んだことを思い出してください)。

日中韓なんかでは確かに「そのような流れは一般化しえない」かもしれないけど、そんな地域は少数派なんだよ。地図帳と統計資料見ようぜ。インドアフリカ人口なめんなよw

http://anond.hatelabo.jp/20100828155450

あなたに言われなくてもその程度の数字は知ってますけどね、日中韓人口もなめんなよということです。こういう物事というのは多数決で決まるものじゃないのでね。

スペイン語フランス語ロシア語ウルドゥー語etc.の「そこそこの努力英語力を得られるインド・ヨーロッパ語族言語を(少なくともエリート層は)日常的に使ってる地域」なんだよ。

残念ながら同じインド・ヨーロッパ語族であっても、ヒンドゥー語やウルドゥー語ペルシャ語英語文化が違いすぎて、もはや英語は「学びやすい言語」とは言えない。「難しいとは言えない言語」程度だ。トルコ語日本語と文法が類似しているというが、日本人トルコ語を理解するためには、イスラム教オスマン朝のことをかなり体で理解しなければ礼儀作法といった文化コードまで含めたレベルでの習得は極めて困難だろう。それと同じ壁が存在する。

あなたも言ったように、高度な英語力を身につけられるのはエリート層にとどまり、それに対する非エリート層の不満は経済発展につれて急激に高まることは容易に想像できる。

2010-06-20

http://anond.hatelabo.jp/20100620233836

中国語韓国語日本人にとっても難しい。

韓国語にいたってはハングルで文字も違う。

英語学習の方が敷居が低いと思う。

本気で言ってる?特に、韓国語の方が中国語より難しいと思っているあたり、それだけはあり得ない。

断言するけど、君、どちらの言語勉強したことないでしょ。

そもそもハングルというのは表音文字であって、音韻記号の組み合わせで表音節文字を作るという極めて合理的な構造になっており、ラテン文字よりもずっと合理的だ。こんなに簡単に覚えられる文字はないぞ。実際、俺は一度大韓航空を使ってヨーロッパに行ったとき、関空から仁川までの機内でハングルを覚えてしまい、トランジット中に有効に活用した。ましてここでは「韓国語世界共通語」と仮定しているから、その場合現実世界ラテン文字がありふれているのと同じ水準でハングル世界中にありふれているはずで、「文字が読めない」という敷居は問題にもならない。

中国語は確かに簡単ではない。しかし、中国人にとって日本語の方が、たとえばアラビア語よりずっと簡単なことは明らかであり、逆もまた真だ。そして、日本中国から見て、英語よりもアラビア語の方が学習に有利である点は全くない。

君は何か勘違いしていると思うが、英語という言語世界共通語としては非常に不利な特質を兼ね備えている。まず語彙体系が、ゲルマン祖語の他にギリシャ語ラテン語フランス語経由含む)・アラビア語など過去先進文化圏の影響を強く受けており、最低限のことを言い表すのに必要な語彙が非常に多い(このことは日本語でも同じ)。次に、発音体系が極めて特殊である(スペイン語イタリア語の発音体系が日本語と近いのは偶然ではない。日本語五十音+αで近似できる発音体系は世界に広くみられるものである)。正直なところ俺は無敵艦隊が敗れたことをかなり恨んでいる。世界共通語スペイン語であれば、英語よりも余程楽だったはずなのだ。文法こそ単純だが、ロマンス語と比べれば誤差の範囲である。日本人から見て、英語以上に難しい言語を探す方が難しいのではないか。ロマンス語を一つでも学んでみれば、英語より圧倒的に簡単なことに感激するはずだ。

いったい何を以て「英語学習の方が敷居が低いと思う」と言えるのか、さっぱりわからない。

英語という欧米優位固定装置

どうかな。カルロスゴーンはブラジル生まれでフランス教育を受けているが日産経営手腕を発揮している。

フランス語ポルトガル語を使わず英語を使って従業員とコミュニケーションしているはずだ。

英語重要なのは世界共通語で、英語ネイティブの人以外とコミュニケーションするにも大事だからだ。

だから、日本で問題なのは通じるレベル英語ができないことで、ネイティブのように使えないことではない。

http://anond.hatelabo.jp/20100620162106

まず、ポルトガル語圏・フランス語圏と英語圏文化的・言語学的距離を日本語とのそれと比べてみることだな。どちらも、日本語韓国語以上に近い殊はあっても逆はあり得ないよ。

俺はポルトガル語など全く学んだことないし、ロマンス語全体まで拡げてもフランス語を少しかじっただけだが、ポルトガル語新聞記事をなんとか読めてしまうし、フランス語に至ってはほとんど抵抗ない。なぜかというと、英語からの類推でほとんどできてしまうし、新聞記事のような堅い調子のものに至っては語彙のほとんどが共有されているからだ。特にフランス語文と英文が並んでいたような場合、切り替わったことが気づかないことさえある。むしろ、言語学的によほど近いドイツ語の方が、ポルトガル語イタリア語と同じぐらい手こずる。

立場を逆にしてみるといい。韓国語世界共通語だったと想像してみればいい。色々な母語人間が大勢集まって韓国語を本気で勉強すれば、集団としては絶対日本人が圧倒的優位。礼儀作法のような文化コードも含めて、日本言語・習慣からのマイナーチェンジで全部できてしまう。漢語経由で高級語彙まで共有してるから、敬語やら助詞やら礼儀作法やらの基本的考え方すら身につけられずに苦労する欧米人などから見れば日本人は半ネイティブのようなものだ。

要するに、カルロス・ゴーン英語圏の標準にさしたる苦労なく適応できるのは当たり前なのだ。その辺のことを全く指摘せず、「オランダ人はほとんど誰でも英語ペラペラだ、オランダ英語教育に学べ」などと力説する馬鹿が後を絶たないのだから呆れかえる。オランダ語はおそらく地球上で英語に最も近い言語で、本土の人間琉球語を覚えるのとほとんど同じ程度の労力しかかからずに奴らは英語を学べるのだ。たとえば本土の人間は「めんそーれ」とか「てーげー」と聞いて「見え候え」とか「大概」だと簡単に類推して直観的にこれらの語彙を取り込めるが、それ以外の人間はにはこんなことは無理だ。

はっきり言って、日本という場所は世界一英語学習に向いていないと言っても過言ではない。そもそも文化的に外国語を話すことが必要とされたことがほとんどなく、漢文という名の訳読と作文だけで済んでしまっていた土地柄で、「外国語を学ぶ」という文化自体が極めて薄い。そして日本イギリスユーラシアの東と西の外れの島国で、言語学的にも文化的にも接点を見出す方が難しい。

つまるところ、「英語共通語」の流れに乗っかるというのは、

英国米国>加・豪・NZ>(越えられない壁)>その他ゲルマン語圏>その他ロマンス語圏>>その他スラブ語圏>その他ヨーロッパ>(越えられない壁)>その他旧英米植民地>(越えられない壁)>セム語圏>(越えられない壁)>その他

という序列の末席に日本を位置づけて、それでよいとすることになるわけだが、なんでそんなことがわからんのか?

2010-05-25

まおゆう勇者

詐欺にひっかからないよう気を付けた方がいいと思った。

 

「低金利なのは仕方ない、とあきらめていませんか?

 それは固定観念に囚われてるだけです!

 見てくださいこデータを、我々の提唱する新しい経済学に基づいた

 投資をすれば毎月30~40%の利益があるんですよ!」

 

たぶんそのデータは嘘だ。

 

 

中世ヨーロッパモデルと言っても、話の都合に合わせてやたらと実効性のある大同盟組んでるらしいから単純な比較はできないけれども。

あのレベル文明で軍需景気、それが無くなったら経済崩壊?

鉄鋼や造船業界だけ近代レベルだったんだろうか。

きっとドワーフが築いた文明だったに違いない。

 

男らしいゲルマン野郎どもなら、三圃式農業だけでも十分人口増やせるぜ!

ペスト百年戦争には負けるがな!

2009-12-12

http://anond.hatelabo.jp/20091212174349

英語語源に入り込んだラテン語とかギリシャ語ってそんなにないんじゃないですかね。

英語は基本的にはゲルマン系の言語だと思いますが。

だとすると、古語であると同時に、やっぱり外国語でもあると思うんですよね、アメリカ人にとっては。

いやそれは今の日本人英語とかフランス語とかを有り難がるのとは違うんじゃないか、とも思えるんですが、

しかし明治時代の書生がやたら難しい漢語を好んで使ったのを思い出すと、やっぱり同じようなもんじゃない

かと思うわけです。

2009-02-26

http://anond.hatelabo.jp/20090226222550

英語ドイツ語言語ルーツゲルマン系で、フランス語イタリア語スペイン語ポルトガル語ラテン系だそうで、それをまたぐのは難しいらしい。

例えばイタリア語母語に人はスペイン語は割と簡単にマスターできるけど、英語となるとちょっと難しいって具合に。

たしかに、日系ブラジル人は英語がさっぱり通じない。

2008-11-10

日本語は既にかなり滅びてますがなにか?

梅田もっちーダンコーガイ自己啓発(笑)の両巨頭が紹介した本には無批判に絶賛がつくといういつもの流れ。はてな村民がいかに自分の頭で考えない人間かよくわかるね。ちょっと前には、英語嫌いの益川先生が歴史に名を残す研究をしたという話が流れたばっかりなのに、すぐ忘れてしまってるんだから。

餅は餅屋という言葉を知らないか

ま、そんなことはともかくとして、言語学新書レベルに読みかじった経験があれば、この両氏の書評著者のインタビューを読んだだけで、モチヲや弾のお勧めを期待してこの本を読めば期待はずれに終わることがよくわかる。誤解なきよう、私は「日本語が亡びるとき」が面白くない本だとは思わない。何しろ相手は小説家、本当のことであろうが嘘のことであろうが面白く書いて読み手に深い印象を与えるプロなのだから、それは期待してもよい。ただし、著者に言語学バックグラウンドがない時点で、論としての面白さを期待するのは諦めるべきだ。SFとして面白いものが科学理論としてよくできているわけではないのと同様、純文学作家言語論に学術的レベルを期待するのは酷というものだ。もともとそういうものなのだから、モチヲや弾のようにあの本を絶賛する人というのは、アジテーターとしての自分を売り込みたいだけか、アフィリエイトで稼ぎたいだけか、あるいはまともな議論とトンデモの区別が付かない程度の知的素養しかないか、そのどれかだろうと思ってしまうのは私だけか(そういえば一部のはてな界隈で人気な「温暖化懐疑論」の論者に気象学者が一人もいないのはどういうことなんだろうね?)。

高校世界史を復習しろ

そもそも、著者が言うような意味日本語が亡びるというのが先走りにすぎるのは英語歴史自体が証明している。英語がどうして、同じゲルマン語のドイツ語よりも、ロマンス語フランス語に見た目が似ているかと気になったことはないだろうか。あれはノルマン・コンクエストの帰結である。英語は文化的外圧に曝されるどころか外敵に征服され、日本語と同じかそれ以上に外来語に「汚染」された言語なのだ。しかしその伝統からシェイクスピアをはじめとする華麗な英文学伝統が花開いた。

日本語も、実際に「地域語」であり、現代と比べものにならない外圧に曝された時代があった。飛鳥奈良時代や、明治維新期などはそれぞれ強大な帝国の圧倒的な文化力・軍事力の前に日本は存亡の危機に瀕していた。しかしそれらの時代に外の文化を大きく導入したことで、逆に日本語の文化は大きく栄えた。

単なる「国力」だけで、言語が「地域語」に堕し、その結果衰退するなどというのが俗論にすぎないことがよくわかるだろう。

日本語の最大の敵は「日本語

そもそも、「日本語が亡びる」という問題意識自体、日本列島言語を「日本語」という名で無自覚にひとくくりにしてしまうことの問題が現れている。アイヌ語琉球語を考えてみるがよい。これらを「方言」と呼ぶのは無理があるだろう。しかしながら「日本語」の隆盛のもと、これらの言語文化は危機に瀕している。

いや、言い直す。そもそも何を「方言」とよび何を「国語」「標準語」と呼ぶかは政治的な産物でしかない。ポルトガル語オランダ語は、かつてはスペイン語ドイツ語の一方言でしかなかった。デンマークでは読み書きができる知識人ドイツ語フランス語を使っていて、アンデルセンキルケゴールが現れる前の「デンマーク語」は「汚い方言」でしかなかった。

その意味で、日本の文化を見直してみるとよい。「遠野物語」のような地域の民話を語れるのは一部の語り部に過ぎないのではないか?いや、かつて日本の「中央」を荷った「上方文化」でさえ、衰退が甚だしい。関西弁ラジオテレビの成立以降、急速に流入した「標準語」の影響によって激しく変質し、江戸時代後期から明治時代にかけて成立した上方落語でさえ、若者子供のかなり多くはまともに聴き取りができない。上方落語日本言語文化の貴重な財産であることは誰も否定しまいが、これを日本人は自ら衰退に追い込んでいるのである。人間国宝米朝師匠事実上現役を退いた今、その前途ははなはだ暗い。

あるいは地域的な変化でなく時間的な変化を見てみるとよい。能は勿論、狂言歌舞伎でさえまともに聴き取れない日本人がどれほどいるか。源氏物語はおろか、明治期の擬古文でさえ現代語訳なしで読めない日本人がどれほどいるか。いやそればかりか、旧字体・旧仮名遣いの文章ですらろくに読めない人間とて決して珍しくあるまい。

このようなことになったのも、一つには近代化の推進のため我々が明治期と戦後に「国語」の成立と普及を強引に推進したせいだというと言い過ぎだろうか。世界に誇る日本文学などと言うが、我々が現代「日本語」を通じて享受できる文化遺産など、たかだか百年分ぐらいしかないのである。

守るべき「日本語」って何?

というか、元々これはそういうものなのである。「国語」という概念は「近代国家」が政治的に成立させるものだ。「江戸の歴史は大正時代にねじ曲げられた」という本があるが、これによると実際、江戸時代では各地の方言通訳する商売が成立していたという。あるいはフランスでは近代化以前、知識人はもっぱらラテン語で読み書きをしており、フランス語は単なる「俗ラテン語」のなれの果てでしかなかった。日本ではもっとひどく、仮名文字さえ実は統一されていなかった。変体仮名というのを聞いたことがあるだろうか。うなぎ屋の看板などで今もその名残を見ることができる。これらがきちんとした正書法と文法を揃えたのは疑いもなく時の権力政治的な措置なのだ。

それを思えば、「今の」日本語がどういう形であれ変容するのは当然であり、むしろ「近代国家」という枠組みが溶解しかかっている(EUを見ればそれは明らかだろう)現在、無理に「国語」を防衛しようとする思想はまさに時代遅れナショナリズム保守反動でしかないとさえ言えるのだ。


からかい半分で書き始めた文章につい力がこもってしまったが、いずれにせよ、「守るべき国語」というのはかくのごとく、大いなる虚構だ。関西人である私がこのように完璧な「標準語」で読み書きができるように、北欧あたりではテレビを通じて完璧英語を多くの人が身につけている。だがそれがいったいなんであろうか。言語の遣い手としては、一つの言語しか使えないよりも複数の言語が使えた方が楽しいに決まっている。考えてみれば、何の問題もないのではないか。

仮にそうした時代になろうとも、日本語でしか書けないような優れた文学作品があるのならば、日本語が読める人は必ずや読むであろう。日本語でなくても書けるものは、日本語で読む必要はない。そうなって困るのはいったい誰なのだろうか。「普遍語」を寡占してグローバリズム伝道を行うことで糧を得ていた人、昔日の栄光に浸る老人、それぐらいしか私には思いつかないのだが。

追記(ブコメ宛)

b:id:Nean えっと、だいたいの論旨に異議はないんだけれど、水村は「国語」が「虚構」ということを知った上で書いてるってのがいつの間にか飛んでるんでない? 「国力」の論点も変ですぜぃ。

水村は「国語」の虚構性を半分ぐらいしか理解していなかったと私は思います。たとえばここで挙げたような方言の視点はほとんどなかったのではないでしょうか。水村は東京生まれということなのでおそらく気づかなかったのでしょう。私のような方言話者にしてみれば「母語が『現地語』でしかない状況」なんて「なにをいまさら」でしかない、というのがこの記事を書いた大きな動機の一つでもあります。

「国力」についてはその辺の地方人バイアスが入っているかもしれませんが、正直あまり自覚はできていません。

2008-05-06

http://anond.hatelabo.jp/20080505150308

イタリア語スペイン語フランス語ドイツ語 +英語

は共通する語彙が多いから互いに学習するのは楽だよね??

そこにドイツ語を入れるか、あんた。ドイツ語フランス語の語彙って悲しいほど重ならないぞ。ドイツ語フランス語言語に対して純潔思想が強く、外来語はできるかぎり祖語の語彙から作る(日本語で言えば、漢語やカタカナ語を全部やまとことばで置き換えるということ)。だから、ドイツ語ゲルマン系の言葉だらけだしフランス語ラテン系言葉だらけ。英語日本語みたいに外来語を無節操に取り込んだりはしないんだよ。

ちょいとはみ出る北欧言葉トルコ語辺りになるとちょっと敷居が高くなってきて程度で

あのさあ、ノルウェー語とかデンマーク語とか眺めたことある?ドイツ語英語を知ってれば気合いで読めなくもないような言葉だよ、こいつら。

で、フィンランド語トルコ語は印欧語系じゃないから、ラテンゲルマンスラブ系の諸語とは似ても似つかないんだがそのことは理解してるか?

2008-05-05

http://anond.hatelabo.jp/20080504234230

まぁ、ただスペイン語にしたって否定文は同士の前じゃん。

語順ってのはあまり問題じゃないのよ。あなただって"te amo"と"I love you"の違いに違和感持たなかったのでしょ?ドイツ語だって否定詞が動詞の後に来ることもある。"Ich kenne des Menschen nicht."とか。そんなことをいえばスペイン語なんて形容詞は後置修飾で、"the blue sky"が"el cielo azul"になる(俺はスペイン語はほとんど知らん(フランス語ならちょっとはわかる)ので間違ってるかもしれんけど)。どっちにしても、それほどの違いにあなたは違和感持たなかったのでしょ。

ま、でもドイツ語の語順は日本語に近いとは思えないな。

Ich lerne Deutsch.であって、

Ich Deutsch lerneってやったら凄く違和感あるもの。

主文の動詞は例外ね。しかし他の場合、例えば"To learn German"は"Deutsch lernen"になる。違和感があるかもしれないけど、「ドイツ語を学ぶ」だと考えれば非常によくわかるでしょ。ほかにも、従属詞節では動詞が最後にくるけれど、これは日本語と同様に考えればよい。主語目的語が入れ替わるのも同様。

というかむしろゲルマン語は本来SVOではなくSOVなのであって、英語SVOになってしまったのはフランス語の影響なんだよね(記憶があやふやなので違ってたらすまん)。だって、"bodybuilding"とは言っても"buildingbody"とは言わないでしょ。

韓国語日本語はほとんど同じだし、トルコの人も日本語勉強しやすいっていってたので近いといわれても近い近い!っておもうけど、でも、やっぱり特殊だとおもうよ。

だから何が特殊なのさ。

2008-05-04

日本語の弱点とか言ってる奴

これとそのブクマね。

幸い「日本語論理的でない」というトンデモさんが出てこない(日本語論理的でなかったら学術書の和訳ができるはずがないだろう)ので少し安心しているが、それでも「日本語は情緒的」だとか「日本語曖昧」だとか「日本語は回りくどい」言ってる人が多いので溜息。

そういうこと言ってるお前ら、どれだけ日本語以外の言語知ってるのかと。

お前らが日本語の「欠点」が見えやすいのは、お前らが日本語をよく知っているからだけの話。実際は他言語でもそういう言い方はいくらでもある。

日本語以外の言語で情緒的だったり曖昧だったり回りくどかったりする表現が可能なことは、ラカンだのなんだのの訳のわからん衒学的なポモ文が、明晰と言われるフランス語発祥であることからもすぐにわかるはずだ。「ソーカル事件」でぐぐるといい。あれはフランス語英語における、言語曖昧さを駆使したハッタリの実体をよく暴露したものだと思うよ。


ついでにいうと、言語の機能の話をするとき、文法・記法と語彙の問題がゴッチャにされる傾向があるのはなんとかならんかね。プログラミング言語で言えば前者は構文や「機能」、後者ライブラリに相当するわけだが、大抵のプログラミング言語チューリング完全であるというのと似たような意味で、日本語と他言語能力等価であると考えて差し支えないだろう。

ただし日本語の語彙体系は和語と漢語(和製漢語含む)と西洋外来語がぐちゃぐちゃになってわかりづらいことは確かだ。文字体系も同様。このため、書き言葉において日本語は非常に学習が難しい言葉とされているのは確か。

とはいうものの、語彙体系の煩雑さは英語だってかなりひどい。ゲルマン系・ラテン系ギリシャ系がぐちゃぐちゃ。しかも、selectionとelectionみたいに、もともと同じ言葉が生のラテン語フランス訛りとで違う意味を持ったりする。また、書き言葉が難しいといっても中国語より簡単なのは明らかだし、日本語の書き言葉学習中国人から見れば困難ではないはず。そして日本語の発音体系は非常に単純かつ標準的なので、日本語は話し言葉として見ればかなり簡単。

そういう意味日本語はごく当たり前の言語。今まで挙げた要素すべてで日本語より明らかに効率的な言語はたぶんイタリア語スペイン語ぐらいじゃないか。


あと、「漢字情報圧縮」と言っている人へ。漢字という文字が仮名文字やアルファベットよりはるかに複雑であることは一目瞭然であり、一文字当たりの情報量が多いだけとも言える。文字数が減ったからと言って情報を圧縮したとは言えないぞ。

それから、敬語日本語独自のものではない。英語敬語だって難しいぞ。謙譲語も尊敬語も丁寧語もある。ある程度「話法の助動詞を使う」という原則はあるが、細かい表現はいちいち覚えていくしかない。

2008-04-21

http://anond.hatelabo.jp/20080421141701

やっと言いたいことがわかったのでまともに話ができるかもしれん。

俺はその反論1の質にしか興味がない、というか、その例1を引き出すための挑発として最初の質問を仕掛けてる、という側面があるんだよね。で、案の定真っ先に例1で応じてんだから世話がない。

だったら釣られた俺が馬鹿だったし、あんたも相手を間違えた。それだけのことだな。

あと、興味はないとはいえ一応指摘しておくと、その例1例2例3といくつも用意するやり方においては、例1と例2と例3が矛盾対立するようなものであってはならないはずだろう。でなければ、ためにする議論になってしまう。話者に一貫したスタンスというものがなくなってしまうからね。

言いたいことはわかる。ただし、俺のスタンスはいわばメタなもので、「この前提は絶対に正しいからまず認めろ」というのがまず嫌なんだよ。むしろ、「あんたが絶対と信奉している価値観は別に万人が無条件に認めるような絶対的なものではない。あんたと相対立する価値観にもそれなりの合理性があるはずだ、例1、例2、例3など。さて、どこを議論の出発点にしようか?」ということを誰に対してもまずやる。逆に言うと、俺が信奉している価値観を正しいと押し切る根拠なんてどこにもないと思っているから、価値判断の源泉については「見せろ」と言われなければ見せない。宗教論争になるのがいやだからね。

ちなみに、こんな話もある。細部は違ったかもしれん。

釈迦が人に「神はいるのか」と問われて、「いない」と答えた。ところが、次に人が来てまた同じことを問うたとき、「いる」と答えた。これを見ていた弟子が「どうして矛盾する答えをするのか」と問うと、釈迦は「あの二人が『神』という言葉のもとに思い描いていたものは違うではないか」と答えた。

別に自分を釈迦と並べているんじゃなくて、「神」の定義が違う人間が二人で言い争うのは嫌だということね。相手の土俵を推定して、相手の土俵でものを言わないといかんだろうと。

ディベート戦術としてでも、なんでよりにもよってこんな反論選ぶんだ、と俺は思ってしまうわけだ。

あんたに納得してもらいやすい話を選んだつもりが裏目に出たというだけだよ。正直、あんたのことを当初の言動から「学校勉強なんか役に立たん、英語コミュニケーション能力だけがあればよいのだ!」的な反知性主義者だと想定したもんでね。さすがにそれが釣りだとは想像できなかったが。

うーん? それ英語言語としての性能とは関係のない議論だよなあ。

俺が言いたいのは、あなたのように公平性を重んじる価値観からは、英語採用する理由は全く出てこないだろうということ。言語の性能(性能というより習得の容易さだな)はその中の例示の一つにすぎない。

別に俺は古典教育の廃止を唱えているわけではないんだよね。何度か言ったけど。

廃止と言わぬまでも、量を減らせとは言っただろう?なし崩し的にゼロになってしまう論法だから反対したわけだ。正直、「上を下に合わせさせる」というのは暴力的だと思う。

どこかの象牙の塔の一室ではそれで通用するのかもしれんが、企業社会ではちょっとダメだそれ。

情報工学」全般の話をしているのに企業社会だけを想定する必要などなかろう。大雑把な言い方をすれば、大規模情報システムだけがITの全てではないということだ。

だいたい、Cやアセンブラが使える人間JavaやらC++を覚えて標準的な書法で書くことは、好き嫌いはともかく本質的には難しいことではないわけで。道具の使い方を覚えるということに対して「必要があればやるけれど、必要がなければやらない」というのは非常に当たり前の立場だと思うがね。

で、どのC++クラスライブラリが重いというのか、とか、C++FORTRANについての議論については、君は全面撤退ってことでいいのかな? 具体的に質問に答えなくなっちゃったからなあ。

どっちでもいいよ。だいいち、数値解析の専門家C++で書いたコード普通の数値実験屋がCで書いたコードの性能の比較なんて問題は非常に枝葉末節じゃないか?そもそも、「普通の数値実験屋」がどういう奴かという範囲の取り方でいくらでも恣意的な結論が出てくる話だから、議論して実になるとも思えない。

そもそもそんなことを言えば、FizzBuzzすら書けない奴がCで書いたコードより速いコードPerlなんかで書くことさえできてしまうかもしれないが、そんなの別に自慢にもならないし、(たとえば)数値計算Perlを使っていい理由になんてならんだろ。俺も論旨を混乱させた責任はあるが、そもそも話がずれすぎている。俺が言っているのは、「速いコードを書くことが理論的に可能かどうか」ではなく、「速いコードを書くために本人が持っているべき素養」の話をしているわけで。

そしてそもそもこの話自体「素養」というものが必要か否かという点から分岐したものだから、その意味でもこの話は必要なかろう。


以下蛇足。

あと、ギリシャ民主主義については明確に誤解。ギリシャ伝統を引いてくるのは反王権主義者が持ち出した大義名分的なものであって、明治維新で倒幕派が天皇を担ぎ出したのと同じこと。

それ相当偏った歴史観じゃね? ためにする反論なのか、それとも本気なのか、どっち?

俺はむしろ君の方が相当偏ってると思うけどね。だって古代ギリシャ民主政が途絶えてから一体何年経ってたわけ?それに、市民革命の基盤になったのはむしろ封建議会の方なわけで(これもいちゃもんはつけられるけど)、これはむしろゲルマン文化のはずだよ。それをどうギリシャ文化の伝統と理解するのかかなり不思議明治維新だって王政復古を唱えていたが、どう考えてもあの政体は西洋からの輸入品でしょ。同じことだよ。あんな政体が歴史日本存在したことはなかった。なんで戦前、あんなに後醍醐天皇があんなに高く評価されたと思う?

いや、貴族階級は言いすぎだろ。市民階級でいいと思うんだが、そこは。元々民主制って始まりはそういうもんだろ。惣とか寄合から近代民主主義を導けるというならやってみてくれよとしか。

ちょっと調べてみたが、貴族階級は余り適切でなかったようだ。そこは撤回

導けるわけがないから聞いてるんだよ。ただし、始まりはそういうもんに決まっているが、それが本当に現代と連続性があるのか、と俺は聞いているわけなんだが。

そもそも、都市が自治を行うのはギリシャポリスじゃなくても歴史的に普遍的な話なわけで(英語Wikipediaを引いたら戦国時代の堺が挙げられていてびっくりした。さすがに思いつかなかった)、誤解してるかも知れないけど日本江戸時代でさえ町役人って町人階級だからね。つまり、民主主義にとってはギリシャ思想が必要不可欠なものであるという根拠はますます疑わしいと思うんだ。だいたい、それを言い出したらアメリカはなんなの?あれこそ、草の根民主主義たる植民地自治政府の発展じゃない?

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