はてなキーワード: 補聴器とは
他の人も言ってたかもしれないけどさ
そもそも聴力が低ければ自転車に乗ってはいけないという決まりはないんだから、どちらかだけ特別扱いするんじゃなくて補聴器もイヤホンも両方許可するわけにはいかないの?
6月1日の道路交通法改正後、警察官の自転車運転者への取り締まりの話題を目にする事が多くなった。
その中で、補聴器を付けている聾唖者が自転車に乗っていたところ、イヤホンで音楽等を聴きながら運転してはいけないと止められたという話があった。
運転者は装着しているのはイヤホンではなく補聴器である事を説明したところ、警察官は、紛らわしいので補聴器は外して自転車に乗って欲しいと発言したらしい事について話題になっていた。
この警察官に対して憤慨したり、取り締まりへの否定的な意見がインターネットで多かったように思う。
聾唖者側も自分たちの権利ばかり主張しないで、ああ、こいつらは一応心配して言ってくれてるんだろうなあと、心に余裕を持って考えられるような、そんな素敵な世界にならないかなあと思った。
って言っておけば、また心象も変わるものだろうに。
昨日のことだ。
大学の夏休みも後半に差し掛かったものの、相変わらず暇を持て余していた俺は、夜の新宿で一人のおばあさんと出会った。
その時の出来事がずっと引っかかっているので、ここに吐き出してみようかと思う。
(※ 昨日実際にあった出来事を、短編小説風に書いてみました。
長文ですが、宜しければ暇潰しにでもどうぞ。 )
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大通りの横断歩道を渡りきったところで、歩き食いもみっともないからと、立ち止まって新作のマックシェイクを飲んでいた。
イヤホンからONE OK ROCKが聴こえる。もう片方の手でスマホからFacebookをチェック。
ふと気付くと、隣にある周辺地図を指して、おっさんが道案内をしている。
相手は、おっさんの倍近い年齢はありそうな、新宿には似ても似つかないおばあさん。
なんの気もなく目を向けながら引き続きマックシェイクを飲んでいると、突然おっさんに話しかけられた。
新宿にはいくつもの路線が集まっているが、西武新宿線の駅だけは孤立している。
ここから歩いたら10分近くかかるだろう。かくいう俺も西武新宿線沿いに住んでいる。
「そうですねー。そこそこ距離ありますね」
そう答えると、そうですかー…という少し暗い声がおばあさんから返ってきた。
「西武新宿線に、乗って帰られるんですか?」
今度は俺からおばあさんに声をかける。
「そうなの。昔はこの辺りに住んでたんだけどねぇ。40年も前だからすっかり変わっちゃって、迷っちゃったの。」
と、おばあさん。
正直に言うと、この時点で少し厄介なことに巻き込まれたかもなという予感がした。
ほっておいたらどう見てもこのおばあさんは駅にたどり着くのに時間がかかるし、危なっかしい。
おっさんは見るからに良い人だが、さすがに西武新宿駅前まで案内するのかどうかはわからなかった。
「杖をどこかに置いてきちゃってねぇ。傘を買ったのよ、ほら。」
聞いたわけではなかったが、嬉しそうに傘をあげるおばあさん。
足が悪いのだろう。今気づいたが補聴器も着けている。
「お元気ですねぇ! 今おいくつですか?」
「85歳!」
元気な返事が返ってきた。
「そのお歳で都会に一人で出てこられるなんて、ご立派ですね!」
おっさんが引き継ぐ。俺も同感だった。
しかしいくら元気とはいえ、やはり道に迷っている85歳のおばあさんを置き去りにするのは酷だろう。足も悪いみたいだし…。
「西武新宿線だったら、山手線で高田馬場まで行って乗り換えた方が、歩く距離は短いかもしれません。」
そう提案すると、
「あぁ、そうですね!! その方が、いいかもしれませんね!」
「そう。ありがとう。」
ニッコリと笑うおばあさん。
(面倒くさくないと言ったら嘘になるけど、"やらない善よりやる偽善"かもな。今日はもう予定もないし、俺も付き合うかぁ、、! )
おばあさんの笑顔を見た時、そう思った。
「じゃあ、行きましょ。」
おっさんが先陣を切る。俺も歩き出す。
「でも、二人に悪いじゃない。。」
申し訳無さそうな声を出すおばあさんに、
いえいえ僕らも同じ方向なので。 と各々答える。
おばあさんの足は、遅かった。とても。
おっさんはそこそこゆっくり歩いてくれていたのだが、どんどん距離が離れていく。
おばあさんが急がなくてもいいように と思い、俺も出来る限りゆっくり歩いてみたが、それよりもおばあさんは遅いのだ。
仕方ないので少し差が出来たところで止まって、追いついたらまたゆっくり歩く というのを繰り返すことにした。
住んでいる場所的に、新宿を経由して帰るのはどう考えても遠回りだったが、そのことは言わないでおいた。
普段なら3分くらいで歩く道を、10分近くかけて、新宿駅に着いた。
「すごいわぁ。」
コクーンタワーを見てか、高層ビル郡を見てか、おばあさんはそう漏らした。
「夜景綺麗ですねー。」 カメラが趣味だというおっさんは、そう言いながら写真を撮る。
新宿は、道端はさておき、たしかに夜景は綺麗だ と俺も思った。
40年の月日を、おばあさんは今この場にいる誰よりも感じていたに違いない。
「それじゃあ僕はあっちなんで、ここで。」
おっさんはここでお別れのようだ。
そう言って違う路線の方面へと去っていった。
良い人だったな と素直に思った。
「じゃ、行きましょうか。」
おばあさんの速度に合わせて歩いていると、都会の街は一層慌ただしく見えた。
帰宅する人々は皆、すごい速度で通り過ぎ、横切り、追い越していく。
一体、なにをそんなに急いでいるのだろう。
当然Suicaなど持っていないおばあさん。切符俺が買ってきますよ と言うと財布を取り出した。
「はい!これ、あげる!」
そう言って差し出されたのは、1万円札。
(小銭はないのかな。というか、あげる…?)
「え、いや、、いらないです…!」
突然の出来事に焦る俺。
「いいから。」
少し強引に差し出してくるおばあさん。
困った。お金が欲しくないと言ったら嘘になるが、なにもお金をもらうために付き添ったわけじゃないのだ。
ここで受け取るのは、なんだか違う気がした。
「いえいえ、本当に結構でs」
俺の発言を遮るようにして、おばあさんは今日一番力強い声で、そう言った。
「そう、ですか…。」
流石に受け取らざるを得なくなってしまい、ありがたいような、申し訳ないような複雑な気分で1万円札を引き取る。
「私ね、子供も孫もいなくて…。だから、今日は本当に楽しかったわ!」
おばあさんは、俺のことを孫のように思う気持ちでこの数十分を過ごしていたのだ。
さっき「面倒なことに巻き込まれた」などと思っていた自分が、恥ずかしくなった。
「そうでしたか…。…僕も西武線なので、途中まで同じ電車です。もう少しの間、お話しましょうね。」
それが偽善なのか善なのか自分でももうわからなかったが、そんなことは
「そう!嬉しい!」
というおばあさんの一言で、どうでもよくなった。
おばあさんと一緒に歩いていると、人が歩く速度以外にも色々な発見があった。
まず、多くの人が周りの人のことなんていちいち見ていない。
よく見ずに直進するので、ゆっくりしか歩けないおばあさんは怖かったと思う。特に歩きスマホは本当に怖い。
そしてJR新宿駅は、入る改札によってはホーム行きのエレベーターもエスカレーターもないことがある。
意識したこともなかったが、これにはとても困った。改めて他の改札に行くのも階段を上るのも、おばあさんからしたらどちらもシンドイことこの上ないのだ。
結局階段を上ることになったが、俺が普段何気なく一段飛ばしで15秒もかけずに上る階段も、足の悪い人にとっては小さな山のようなもの。
「よいしょ」という掛け声と共に、片足で一段一段登っていった。
本当に疲れるのだろう。 登り終わった後おばあさんを見てみると、汗をびっしょりとかいていた。
山手線は座れなかった。
ただ電車を立って乗るだけだけでも大変だったに違いない。
ホームに着くと、「ちょっとあそこに座らせてもらおうかな」と、乗り換え口までの道の途中の椅子に、俺らは腰を下ろした。
世間話をしてる途中、
「お兄ちゃん、やさしいのね。」
おばあさんはそう言ったが、さっきまで考えていたことを思い出すと、俺はなんて答えたら良いのかわからなかった。
西武新宿線も座れなかった。
おばあさんの杖代わりの傘に、力が籠もる。
一駅が、くそ長い。こんなに長く感じたのは初めてだった。
辛そうに立っているおばあさん。隣に立っている俺は、なにもしてやれない。
やはり西武新宿駅からの始発に乗るべきだったとか、優先席のある車両に乗るべきだったとか、色々な後悔が頭の中で渦巻いた。
電車内の人々は、皆が皆スマホをいじっていて、気持ち悪い光景だった。
もちろん誰もおばあさんの存在には気付かない。
それぞれが自分の世界に閉じ篭っている空間は、なんだか無性に寂しかった。
目の前に音楽を聴きながら、スマホをいじっている青年が座っている。
(そこの同い年くらいの青年!目の前に困ってる人がいるだろ!気づけよ…っ!!)
心の中でそう叫んだ時、何かひっかかった。
…そうだ。これは俺だ。
普段の、そしてさっきの俺。
スマホでネットを開いて、音楽を聴く。いつもやっていることじゃないか…。
きっとそれだって、見えていないだけだったんだ。俺も。
駅では我先に歩くし、歩きスマホもする。
そう思ったら、どんなツラして目の前の人に声をかけたらいいのか、わからなくなってしまった。
目の前の、気持ち悪い自己中な人々。
笑えた。そして、ゾッとした。
幸い、ようやく着いた次の駅で人が降りた。
座ろうとするサラリーマンに、
「すみません!そこ、座らせて頂いてもいいですか?」
と急いで声をかける。
一瞬「?」という顔をされたが、おばあさんを見て納得してくれた。
「そうやな。その通りや。」
その一言の暖かさは、今も俺の中に残っている。
周りの人は敵じゃないんだと、そう思えた。
「ありがと!」
おばあさんは、また笑った。
「俺、次の駅で降ります。あと4駅ほどですので、降りそびれる事のないようにお気をつけて下さい。」
屈託のない笑顔のおばあさんに、
「こちらこそ、ありがとうございました。」
そのやりとりが終わった辺りで、丁度電車が駅に着いた。
「では。」と俺。
「さようなら。」とおばあさん。
もう一生会うことはないんだろうな と思ったが、それは顔に出さずに電車を降りる。
ドアが閉まってもおばあさんは笑っていた。
でも電車が発車した際、不安そうな顔をしたその一瞬を、見送っていた俺は見逃さなかった。
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あれから一日経って、老人に優しくない街や社会についてだったり、
受け取った1万円の重みについてだったりを考えている。
大変そうな人の存在に気付くことくらいは、出来る社会でなきゃいけないよなと思う。スマホやめることは出来ないにしてもさ。
若いうちは老いた後のことなんて考えないし、出来れば考えたくない。
自分が高齢者になった時に生きやすい社会を作っていくことは重要な課題だし、
将来されたら嫌なことは、今他人にもしちゃいけないんだよね。
とはいったものの自分もそれらが出来ていない一員だと気づいたのが昨日なので、
社会にどうこう言える立場ではないことも痛いほどわかってて、だからまずは自分から変わっていこうと思います。
それを1時間程度の短い時間の中で手にしてしまったのだから、なんだか罪悪感に近い想いがある。
面倒くさいとか思ってたし。
初めから「1万円あげるから案内してください」って言われてたら、どうかな。
俺なんかよりもっと丁寧に親切に案内してくれる人が殺到したかもしれない。
でも結局は、おばあさんの言ってた「嬉しかった」って一言が、本質であり真実なんだと思う。
喜びとか感謝の気持ちが先にあって、言葉だけじゃなくて形でもその想いを伝えたくて、
今回はその想いの形に、お金という形式を選んだだけなんだと思う。
たしかに1万円を受け取る時、「あぁ、俺が思っていたよりもずっと喜ばれていたんだなぁ…」と思った。
お金って汚いイメージもあるけれど、気持ちを形に出来る大切な手段の一つでもあるのかもしれない。
出来ることなら世の中のビジネスが、今よりもっと"感謝の形"で回るようになるといいのかもなぁ。
書こうと思ったことは以上です。
Facebookなんかで書くと善人アピールっぽくて気持ち悪いと思ったので、
ここに書かせて頂きました。
(とはいえ増田でも同じなのかもしれないし、心のどこかにそういう動機が含まれているのは否定しないです)
なんで定義がオレオレなんだよ。インイヤー型のステレオヘッドホンの事をイヤホンって呼んでるのかもしれないが
古い世代からすると、つまり 元々の定義で イヤホンが意味するものって
コレだぞ
http://info.axis-f.com/?eid=16
メーカーが言っている
インイヤー型のステレオヘッドホン は 音質にこだわっているものという意味だ
補聴器を含め 周囲に音がもれず、個人的に音を楽しむものという意味なら イヤホンだ。
言い方を変えると、じゃぁ スピーカー部分が何センチまでならヘッドホンで 何センチ以下になったらイヤホンなんだよ
http://www.pro.logitec.co.jp/pro/g/gLBT-AVNB01ABK/
定義できないだろ
言葉は誰が決めるのか?というのは賛否両論があるが、少なくとも メーカーや業界団体がおおよそ意味を定めているものは、それに従えよ。
http://blog.tatsuru.com/2013/12/29_1149.php
内田樹が「コミュニケーション能力とは何か?」などと大層な大風呂敷をぶちあげているが、例示されている例を分析してみよう。ただ単に加齢により耳が不自由な事態が進行していて渦中の人間がそれに気がついていないだけだ。
「保冷剤をご入用ですか?」が聞き取れないほど耳が衰えていたらしい。
例1)レジに行ったら、女性店員に何か訊ねられた。なんとなく聞き覚えのある単語なのだが、意味がわからない。
郵便番号(code postal)という基本的な生活単語が聞き取れなほど(ry
年齢別でどれほど聴覚が衰えているかグラフで示す必要があるだろう。
http://h-amagan.com/abouthearing.html
http://www.widexjp.co.jp/deafness/what/decline.html
あとは各自で探されたし
お前が
とあるけど、そもそも「勘弁してくれ~」とまで思わないだろそんなの神経質なメンヘラくらいだろ、と言う話をしているんだけども。
よっぽど席が近いなら別だけど、そういう訳でもないならほぼ気にならんぞ?
・世の中の全員がお前と同じ感覚じゃねえんだよ(お前自身ですら一生その感覚じゃないが)
・いろんな事情・体調の人が乗り合わせてんだよ
・(具体例として)「俺、気になります。体調悪いとき騒音辛いです。」
とみんなが
袋叩きという名の教育をしてくださったんだろうがw
同じ音が全く違う聴こえ方する人はいるぞ?
出てきてない例では補聴器なんかつけてる人だと子供の甲高い叫び声は一声でもキツい。
そんな奴が「寛容になれ」サイドに立ってるつもりなのがもう
病院はお前が行け。
脳のな。
http://www.siemens-hi.co.jp/catalogue/digital.php
どっちもポピュラーだし、
綺麗だから子供が良く使ってる。
ただ、この手の補聴器だったら
「交通機関なんて生まれてから一度も使った事ないわ!」とかでもないかぎり
違うとは思うけどねー。
今日の学食はいつもより混んでいて、空いている席を探すのに少し時間がかかった。
やせているわけではないけれど、一目見て女性らしい体型だと分かるような体のラインだった。
一人だったからか、笑顔はなかったが、怖いという印象は受けなかった。
普段は笑顔なのかもしれないと思わせる程度にはきれいだった。
気になったのは、きれいだからというよりは、右耳に四角い機械をつけていたから。
USBメモリよりもさらに一回り大きな機械のLEDランプが点灯していた。
左耳は黄色と茶色の間くらいの色の髪の毛に隠れて見れない。
あの機械は何だろう?
最初に思いついたのは耳が聞こえないのではないか、ということ。
あの機械は音の振動を増幅させ、骨を通じて聞こえるようにしているのではないか。
髪の毛をいじって、右耳が隠れるようにしていた。
もしかしたら髪を伸ばしているのもこのためなのかもしれない。
かといって、髪が極端に長いわけでもない。
耳が聞こえなくなってから日が浅いか、
もしくは本当は髪が短い方が好きだから、もしくは楽だから、
耳が髪に隠れるぎりぎりの長さ、まで伸ばしているのかもしれない。
予想はどこまで当たっていたのかはよく分からない。
声をかけて友達になりたいと思ったわけでもない。
結局、食事を済ませたらすぐに食堂を後にした。
(追記1)
そうなのかな?
ちょっと調べてみたけれど、ネットで見つけれたのよりは小さかったと思う。
耳にだけつけるウォークマンとか、耳に音声データを無線で飛ばして再生するウォークマンとかは、
あってもおかしくない気がする。
そうかあ、食事しながらでも、ウォークマンを聴く人っているんだね。
僕にはその発想がなかった。
(追記2)
そう。
記憶を思い返してみるに、たぶん、ひどい難聴の人にはあったことがない。
ちょっと耳が遠い友達はいるけれど。
閉鎖された空間と言われれば、たぶん、そうだろうね。
(追記3)
正直、ここまで調べることになるとは思わなかった。
まず、補聴器について調べてみたけれど、いわゆるイヤホン型や耳かけ形が多い。
僕がみたのはどちらも違った。
いろいろ調べたところ、
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%AF%E3%83%8E%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%83%BC-PTM-BEM5RD-Bluetooth%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%BA%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3-%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%89/dp/B00214NTP6/ref=sr_1_12?s=electronics&ie=UTF8&qid=1291035005&sr=1-12
とか
http://www.amazon.co.jp/SANWA-SUPPLY-MM-BTMH16R-Bluetooth%E3%83%98%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%BB%E3%83%83%E3%83%88-%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%89/dp/B002OOVBS0/ref=pd_sim_e_5
このへんが近い気がする。
でもまあ、可能性として一番高いのは「普通のヘッドセットで、音楽をbluetoothで飛ばしている」だろう。
ちなみに僕は普段ウォークマンもiPodも持ち歩かない人なので、このあたりの機械については全く疎かった。
そもそも補聴以外の目的で骨伝導が使われていることも知らなかったし、
bluetoothとかでデータを飛ばす機械がこんなに安くなっていることも知らなかった。
いい勉強になって良かった。
何より、食事をしながら音楽を聞く人っているんだなあ。
僕にとってはちょっと考えられないけれど、まあ、人それぞれだからね。
本格的に入院したり自殺未遂したりで病院のお世話になり始めたのは7年くらい前、家に泥棒が入って生活費を15~20万程盗まれて精神的ストレスと恐怖感が増大してからだが(しかも犯人は親戚だったもんだから以下あとで)、私が小さな頃から元増田の日記にあるような性格傾向があったから、多分その頃から少しずつ病を得ていたんだろうと思う。
ただ元増田の家と状況が違うのは、弟は一時期色々あって大学を中退しながらも今は仕事しながら一人暮らしをしていることと、母親が中途の盲聾者ということだ。私が中学校位まではまだ少しは見えて聞こえていたのだが、今は全く。(でも母親の部屋には双子の子供がいて、それが何かを言っているのが聞こえているそうだ)目は網膜色素変性症、耳は高熱を出したことで突発性難聴で、私と弟が生まれる間に二つの病にかかったらしい。亡き祖母の話だが)
こういう状況だったから小さい頃から母方の祖父母と同居し、祖母が母親がわりに私の面倒を見てくれた。
祖父は賃貸業をやっているから(まだまだ元気な昭和3年生まれだ)ずっと家にいて、私は幸い寂しい思いをした事がなかったが、コロコロ変わる母親の機嫌に合わせるのが苦痛で、祖父母と折り合いの悪くなった父母と弟が一時期近所にある祖父の借家に引っ越した時も、私だけは祖父母の家に残って祖父母と一緒に暮らしていた。母は祖父母よりも遠い人間だった。
あんな女性にだけはなりたくない、としか思えなかった。
ヒステリックな母親の性格がどうしても好きになれなかった。「お母さんはかわいそうだから大切にしておやり」と祖母に言われて育ったが、私には無理だ、としか思えなかった。私が小さな頃はまだ補聴器を使えば音が聞こえていたが、中学の頃には聴力がほとんどなくなったから筆談しか出来なくなり、高校時代になると、視力もほぼ無くなったから、手のひらに指で文字を書かないと意思を伝えることが出来なくなった。
何かを相談しようにも、その過程を踏むのが面倒で、自分の進路を決める時は大概、家族には事後承諾だった。
高校も大学も第一志望を決めてから話をした。
幸い大学は第一志望には落ちたものの県外に出る事が出来た。祖母が土地を一つ売って事業に失敗した父親の借金を精算し、かつ私の入学費と1年生の間の授業料にあててくれたということを後で知った。2年からは授業料免除と奨学金とバイトで、家からの仕送りがほとんどない状態で大学に通えた。18切符で東京に行ってコミケに参加も出来た。
家に母がいない、家族の事を考える必要がない、ということがどれだけ気楽か。本当に幸せな時期だった。
ただ、私は地元に帰らねばならなかった。母親の面倒を見なければならないから。
やがて就職活動の時期になる。地元で就職先を探さなければならない。その時期から37~8度の微熱が続き、一日起きられないこともしばしばだった。今にして思えば多分、逃避行動でしかなかったのだろうと思う。そして時は折しも就職氷河期。
結局仕事の見つからないまま地元に帰り、とりあえずアルバイトで食いつないで公務員試験を受けよう、と思っていた時に、祖母にガンが見つかった。余命1年。
呆然とした。祖父と伯母二人と一緒に、入院していた病院に通った。母はその頃、自分の部屋に引きこもって、食事と風呂の時以外は部屋から出ないようになっていた。私には母の相手をしている精神的な余裕はなかった。祖母は手術をしたが体力がものすごい勢いで落ちていくのが傍目にも良くわかった。私はまだ何も恩返しをしていないのに。私の誕生日から2週間後にあっけなく祖母は逝った。
「お母さんの面倒を見てあげてね」というのが祖母の願いだった。しかし母との距離感を埋める努力すら、私はしようとしなかった。
私にとって母親以上に母親である存在だった祖母を亡くして、何もかもがどうでも良くなった時期に、前述した泥棒騒ぎが起きた。
母はしょっちゅう出歩くことが出来ないから、手元に生活費を持っていた。それをごっそり持っていかれて、恐怖と悲しみに泣き喚く母と一緒に私も泣くしか出来なかった。続けて2回。父親が金銭を管理するようにし、部屋に鍵を二つつけたが、母親は昼夜を問わず「死にたい」と大声で叫ぶようになった。部屋の中にマジックで「死ね」という殴り書きがあちこちでされた。
私は母親の変化を受け入れることが出来なかった。そして家にいることが苦痛になった。事情を知っている友人の家に入り浸るようになって、家に帰るのは2週間に一度という有様だった。
ある日たまたま家に帰った時。2階から父親が大声で私を呼んだ。母親の部屋に入ってみると血だらけだった。母は手首を切ってわんわん泣いていた。
見舞いに行くことすら苦痛だった。しかし投薬を始めて、母親の精神状態は嘘のように落ち着いた。最初はリスパダール頼みだったのが、徐々にいらなくなった。私は相変わらず家に近づくことがしんどいから父親に任せっきりにしていた。
後日わかった事だが、盗んだのは従兄弟だった。従兄弟の母親である伯母は、母の頼みで買い物に出かけたりしてくれていた。
何もかもうんざりだった。
…とりとめがなくなった。そんなこんなで私もパニック持ちだ。今もストレスがかかることがあると寝入りばなに死にそうな気持ちになって飛び起きるし、コーヒーを飲むと発作が出やすくなるからあまり飲まないようにしている。
20代の頃は早く死にたいと思っていた。
でも30代になって厄年を超えて、「とりあえず生きててもいいんじゃね」とちょっとずつ思えるようになってきた。
ちょっと前にも母親が首吊って死にそうになって入院した。鬱血した顔を見て泣けてはきたが、「母が生きててよかった」と思えるようになった。
私には元増田さんのような情の深さはないし自分かわいいし懐も広くはないから、母親を受け入れることは一生出来ないだろうと思う。父親には任せっぱなしで済まないと思うけど、なかなか家に帰れない。ごめん。
網膜色素変性症は遺伝の可能性があるから、私も発症するかもしれないし、子供に遺伝するかもしれないと考えると結婚&出産はする気がないけれども、人生の伴侶を見つけた元増田さんが羨ましいな~と思ってしまう。私、心狭いなあ。私の分も幸せになれよこんちくしょう!
でも人をうらやんでても自分は自分だからしょーがない。私は事情を知って受け入れてくれている友人に心から感謝するしかない。
私に生きる場所をくれた人だ。ここがあるから、私はとりあえず生きていようと思える。公務員にはなれなかったけれど、正社員でもないけれど、とりあえず働いて生きてる。働ける体がある。仕事とは別に一生続けられる技術も身につけた。
そしてオタクバンザイ。漫画とアニメとゲームと小説がなければ、私はとうに死んでいただろう。
死んでも世間的には害がないんだろうけど、ここで死ぬのはシャクだからもっと生きてもっと働いてもっと本読んでWEB見てゲームして遊ぶよ。
私には支えてくれるものがたくさんある。けれども母にはない。今年は私にとっては正念場だ。後悔したくないからちょっとだけ頑張ってみる。
母の世界は、母の中にしかないのだ。目を閉じて耳を塞いでも、目も見え耳も聞こえる私では想像出来ない世界に母は住んでいるのだから。
それを肝に銘じておかないといけないなあと思う。
人格者にはなれない人間が、過去を整理するためにつぶやいてみた。
…こうやって並べてみてみると、自分本当にキャパ狭いな…。だから増田で書いたんだが。
ごめんねばあちゃん。頑張ってもう少しだけ母親に優しくしてみるよ…出来るといいなあ。
他所でも指摘されてた事だけど、高齢者特有の早合点や思い込みで、「落ち葉マーク」「枯れ葉マーク」と勘違いされてるんじゃないかなと思う。
高齢者わかってないよ…。「年寄り臭いから」という理由で老眼鏡や補聴器を使わず、下の年代に迷惑かけてるのと同じパターンだよ。
大体、中高年の7割以上が「自分は同年代の人間に比べて若い」と思い込んでるんだよ(ソースは…、確かヤフーニュースだったかと)。そんな人らが「運転能力には個人差があり、一律義務化はおかしい」と言ってる訳だよ。
明らかに加齢によって運転能力が衰えてるのに、「自分は年の割に若いんだからまだまだいけてるはず」と思い込んでるじーさんばーさんが大量にいるのは想像に難くない。
これまた他所で言われてたことだけど、常識を疑うようなマズい運転をしてたり、「寝てんじゃねーのか?or同乗者と喋くってんのか?or携帯しながら運転してんのか?」と疑われるようなトロい運転をしていた場合も、
紅葉マークをつけていれば、周りのドライバーの不審感や怒りにある程度ストップをかける事ができる。
要するに周りに許してもらったり譲ってもらったりするようになる訳だよ。
に、話しかけられて対応してたのだけど、
耳が聞こえないから喋れないんだよね?
話しかけられたので、喋り返しちゃったのだけど大丈夫だったのかな???
通じてたみたいだったけど、適切な対応だったのかしら。
補聴器みたいなものでフォローされているの??
聴覚障害者と話す時は
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%B4%E8%A6%9A%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E8%80%85
これかな??
最初何語で話しかけられたのかわからなくて、
あ、これ日本語だ!と思って、
でも何か違うなと・・・と。
こちらの言うことはわかっているようだから、舌ったらずとかで発音できないだけかなとも思ったのだけど、よくわかりません。