はてなキーワード: 江戸幕府とは
それ以上に蒸気船と帆船の戦いにおいて、蒸気船の高い操舵力による
黒海での圧倒的有利が、難攻不落であるはずのセバストポリ要塞を孤立させ、
→次は蒸気船の中でも外輪船VSスクリュー船、で争う。
対日本、対中国程度であれば外輪船でもスクリュー船でも大差なく勝つが
同じ蒸気船同志なら、圧倒的にスクリュー船が勝つ
日本だって戦国時代はそうだったのだが、スケール感が違うので少し戸惑うね。
「井伊直弼は信念を持って粛清を始めている。本人の胸中に入ってんのやましさもないのだ。それがどれほど恐ろしいことかお前にわかるか?ただの悪意や傲慢なら少し恫喝をかければおとなしくなる。我が身が可愛いだろうからな。覚悟を決めた男にそれはきかない。これからの井伊は果てしなくエスカレートするだろう。権力を持った人間はやりたいことがどこまでもかなってしまうからな。しかし権力を掴んだ男は気づかぬうちに権力の奴隷に成り果てるのだ。私はな、自分で言うのも何だが権力の奴隷にならずにすんだ。正義と権力に酔ってお由良派を粛清するために血刀を振るっていたならば、今頃薩摩全土は死屍累々、私自身どこかで非業の死に倒れ、島津は滅亡し今の近代化など微塵もなかったであろう。だからこそわかる井伊家は日本を血で染め、日本そのものを滅ぼしかねん。使いたくもない権力であったが、ひと暴れせざるを得まい」(島津斉彬)
戦をせぬ戦というものがある。今回の騒ぎは糸をほぐせば簡単にとけるものだ。京の天子様をあまりにも現実から遠ざけてきたことが間違いなのだ。西洋人は禽獣ではないこと、我が国は国際社会と堂々渡り合える力を秘めていること、それを伝えて孝明帝の心が休んじられれば日本は平和に開国できるのだ。その自信を持てず西洋に一番怯えておるのが250年惰眠を貪り続けてきた江戸幕府である!どれほど格好をつけ、居丈高に振舞おうとも、いや水戸様のように居丈高になればなるほどその怯えは日本全土、全国民に伝わってしまう。幕府の自信のなさを朝廷は見ぬいておられる。意味不明な西欧の脅威とこの国の責任を押し付けられる帝は溜まったものではない。砲一つない御所にお住まいの帝が開国不承知を叫ばれるのは当然ではないか。帝に安堵していただければ御所の空気は一変する。京の攘夷派も納得し一滴の血も流さず開国への道がひらけるはずだ。(この真意を知るのは西郷、橋本左内など側近のみ)
どこの国の役人だって、出歩いたこっちが悪いと言いはるでしょうに
#坂本龍馬#
特別な人間などだれもおりゃせんが、一人ひとりは自分がかけがえのない人間じゃ
いつも前へ前へと突き進んでいくものには、
目の前に何が待ち受けていようと恐れることはない。
そうやって生きるには、身分制度ちゅうおかしなもんが邪魔じゃあ。
なんで人間をそんなにわけるんじゃ。
わしゃあこの国を全部変えちゃる。謀反人の血を持ってすりゃあできんことはない
#吉田寅次郎の思想#
・「ことは長州藩内の問題ではない。寅次郎個人の問題でもない。一藩の軍学師範が約束を違えることは、長州が満天下に恥をさらすことです。最大の不忠なのです!私人としての寅次郎がどうなろうとも、私は公人として立派な行動を取らねばなりませぬ」
・「僕は気が狂っているかもしれません。しかし狂うぐらいに行動して初めて道は開けるのです。家族にも私の突き進む道を見ていただきたい。きっと褒めていただけるはずだ」
・愚かな人間とは自分の信念を曲げてしまう男のことです 自分で一旦決めたことなら生涯をかけて貫かねばなりません
・金子くん、使命を見失ってはいけません 私達が守ろうとしているのはあの人々の平和な笑顔です
私も一瞬君と同じ気持ちになりました 我々が命がけで苦労をしているのに、と
のうのうと遊ぶあの庶民に怒りが込み上げそうになりました。
しかしだからといって、彼らも苦しまねばならんと思うのはトンデモない誤りです 驕りです!
私達が守るべき庶民が愉しむ姿に怒りを覚えるのは本末転倒であります
何のために戦うのか それを忘れてはなりません それが武士なのです
自らの意思で死地に飛び込むのが武士なのです 我々は決して「戦ってやるのだ」などと思い上がりをいだいてはなりません
逆に、どれほど苦しかろうと事情があろうと、戦うべき時に戦わずのうのうとしている武士を許してはいけません
・我米国に渡らんと欲す!我米国に渡らんと欲す!我米国に渡らんと欲す!(投夷書)
・密航計画が幕府に知れるのは時間の問題。ならばその前に自ら名乗り出よう。
「逃げ隠れしたと思われては僕達の誠実さが伝わらない」死刑を覚悟で密航を企てたとわかってもらわねば役人の心を動かすことはできない。
私から何かを説くわけではない。私の姿を見せるだけでいい。
命をかけてこの国の前途を憂えている人間がいると知れば、その人がまた真剣にこの国を考えるようになる
そんな人を増やすのが、これからの私の使命だ、喜ばしいことではないか
私は無理だったが、その人達が私の夢を継いでくれる 絶望などないさ
僕は誓って悪いことはしておりません 命を捨てて貴国の船を訪ねたことはいまでも英雄的な行為であったとおもっております
まさかさらし者になるとは思わなかった
この状態では悲しい顔を見せればそれが他の理由でも人々は僕をダラしない、情けない罪人だと思うでしょう
といって怖い顔をしてもニコニコ笑ってもトンデモなくふてぶてしい悪漢だと思われてしまします
だから僕はどんな表情もできない… まだ英雄であることに慣れていないのであります・・・
「我が国の祖法」とおっしゃるが、
我が国の歴史を見るに、学問文字仏教儒学すべて海外より伝来したもの
そもそも聖徳太子はるばる波濤を越えて隋に試写を使わされ それが遣唐使となりて交流が栄えたところから始まっております
これは三代将軍の御代 寛永年間に起こった島原の乱に原因を持つ非常時の措置にほかなりません
二百余年を過ぎてなおこれに執着するのは弊害のみが多く国家発展の妨げとなり
神奈川条約が結ばれた今、鎖国は事実上死文となっているのではありませんか?
徳川幕府そのものがすでに町民中浜万次郎くんを直参に登用し重用されているのですよ
本年よりは急ぎ多くの優秀な若者を外国に送り、異国事情を学ばねばならぬ時ではありませぬか?
→幕府側の対応「自首してこなければこんな問題起きなかったのに」w
「以蔵、怒る!詳しく怒れ!何に、どういう訳で怒るのかをよくかんがえて怒らんか!」
「以蔵、お前の言うとおりだ、わけのわからん上の勝手なカラクリでわしらはすきにされてるんだ。お前のおかげで分かったぞ!」
「エライ人も偉くない人も同じだということを教えてくれる人が偉い人なんじゃ」
「以蔵、もうすぐ世の中は変わる。お前も何でもやれる時が来る。だから短気を起こすな」
→刀振りかぶってる相手に両手広げて真正面から抱きついてくる人間は斬れない。お前には負けた
#日本が勝てない理由#
それぞれの藩が自分の持ち場だけで戦う よそが買っても負けても知らぬ存ぜず それで勝てるわけ無いだろう!
藩が互いに連携を取らなければ作戦すらタテられないというのに 各藩が共同戦線を組むのは幕府が禁じている
各藩が仲良くなったら将軍家より強くなることを恐れている 幕府は馬鹿か!
目の前に巨大な敵が出現しても各藩は互いの顔色を伺い前の敵より後ろの将軍家に睨まれるのを恐れている
結局江戸湾防備にしても 形だけのことしかしない 幕府も各藩も、国が消えれば全部なくなってしまうのに自分のことしか考えられない
こんなことではこの国は他の国と戦争なんかできない この国を変えなきゃどこにも勝てない!
この国を何とか一つにまとめなければすべてが滅びる
#日の丸の旗の話#
海軍の創設に際して、薩摩が強く主張し、幕府が反対した日章旗であるが、
幕府が日の丸を掲げ、錦旗を掲げた薩摩は日の丸を賊軍として攻撃目標にした。
以来戊辰戦争のあいだじゅうは日の丸は皇室に背く悪の象徴として、官軍の手によって踏みにじられ引き裂かれ焼き捨てられたのであった
#大災害が起きても、大飢饉が起きても、幕府が地方を支援することはない#
安政東海地震 M8.4 五ヶ月前に安政伊賀地震、翌日に安政南海地震、一年後は江戸直下型地震
しかし幕府には蓄えがないし、そもそも幕府は他の班を助けるという発想自体を持たない。
たとえば天明の大飢饉の際には、白河藩は餓死者ゼロであるのにたいし、付近の岩手藩は最も餓死者が多い結果になった。
これをみても、徳川が日本代表や支配者などではなく、ただの一番強い藩でしかしかなかったことがわかる。
この不安定さのせいで、思想の取締や、政道への口出し禁止、参勤交代で外様藩の力を弱めるなどの措置が取られたわけで
どうせなら、徳川家が名実ともにもっと強大な支配者として君臨していれば、話は変わったかもなー。
#開明の志を持っている藩は多いが・・・#
薩摩藩を筆頭に
越前福井の松平春嶽、下総佐倉の堀田正睦、水戸の徳川斉昭など。
お互いに競争をするのはいいが、みんな自分の班のことしか考えていない。
私は攪拌の江戸湾警備をこの目で観てつくづく情けなくなった。
三百も藩があって、それが互いの垣根を取っ払って力を合わせ、西洋列強に立ち向かう方法はないのか?
→薩摩の西洋化にした所で所詮一昔前を追いかけているに過ぎない。
イギリスやアメリカの最新兵器に比べればおもちゃのようなものよ。
攘夷も開国も、どちらも無理なんだ。このままじゃどっちにしろしてやられる。
しかし、やつらは数百年ずっと相互貿易で文明を発展させ富を蓄え、その力で東洋へ次々と乗り出していった
そんな連中を相手に 訳もわからず国を開いて交易を開始してもいいように食い物にされる。
だからまず船だ! 一隻でもいいから最新鋭の蒸気船を購入するんだ。
http://anond.hatelabo.jp/20110924124133
日本人って搾取構造を作るのに関しては世界一なんじゃないかとこれを読んで思いました。
古くは徳川家康公の江戸幕府の武士による搾取構造から、維新後に、進歩して官僚制度による搾取構造に変わりました。
東大の元は、昌平坂学問所ですが、ヨーロッパのように学問を研究教育する場というよりは、エリート官僚育成所でした。
エリート、つまり、搾取する側が都合のよいように国の制度を変えていきました。
しかし、大学の数が多すぎて、エリート官僚育成所にはなりえず、社畜養成所になっています。
新卒の一括採用も、あれは、官僚の一括採用を真似て生まれました。
SI業界の多重下請けもそうです。下請け業者を使って儲ける搾取構造をエリートが作ったわけです。
日本でベンチャーを経営するのが難しいのも、既得権益を持った人達に搾取される構造が出来上がっているからです
アメリカの場合は、問題が起きたときに、批判精神が起こり、是正されますが、日本の場合は、搾取構造が強すぎて是正できません。東電の例を見れば明らかでしょう。
オタクであれば大なり小なり日本史の戦国時代や幕末にはまったことがあり、
言わばオタの基礎教養としてその辺の知識はある程度備わっているもんだと信じて疑わなかったんだが、
先日、その辺の知識がほぼ皆無と言う同属さんに出会い衝撃を受けた。
幕末は坂本龍馬がいろいろやって江戸幕府をやっつけたってレベル。
オタをやってる以上その辺の知識がないと困ることもあるだろうに、
なんでそこまで触れずに来られたのか気になって聞いてみると、
「別にそんな常識でもないこと、知らなくて当然じゃないか」と怒られてしまった。
それでいてその人のはまっている作品は銀魂と戦国BASARAだというのだから訳がわからない。
確かに知らなくても生きていける類の知識ではあるけど、
どうも釈然としない。
追記
何件かツッコミを頂いて、自分が釈然としない部分が分かった気がする。
文中では戦国や幕末を例に挙げたけど、具体的にそのジャンルがどうこうではなくて、
自分が好きな作品の関連知識を仕入れようとしないことへの驚きだったんだと思う。
例えばエヴァの本放送当時、多くのオタが旧約聖書なんかの知識を仕入れようとしていた。
関連知識に興味を持たないってスタンスが自分の中ではかなり不可解だったんだ。
好きな作品の関連知識を自発的に仕入れるか否かが世代差なのかはさておき(今回の同族の方は同年代、アラサーだったけど)、
作品単体で満足できる人もいるんだという事を認識して、
戦後日本が何で経済大国になれたかというと、国防と外交をアメリカに丸投げして浮いた金を経済振興に充てたから。
ソ連中国が共産主義に走り東アジア経済における大きな競合相手がいなかったから。それ以上でもそれ以下でもない。
残業しまくり薄給激務なのに労働生産性がイタリアスペイン未満で http://www.spc-net.gr.jp/v-hikaku.html 民族としての実力はむしろ低脳なほうでしょ。
明治以前の歴史では国家間戦争を数えるくらいしかやってない日本で、特に元寇は気候条件に恵まれた、ただのタナボタ勝利だし。
それ以外の明治以前の歴史は鎌倉幕府江戸幕府いろいろあるけど世界的には「内戦」の二文字で片付く。
その間、中国もロシアも欧州諸国もアメリカもその他の国も国家存亡をかけて命がけの努力をしていたというのに。
明治維新以後、しばらく成功したのはアジア地域で一番早く欧米の技術を吸収したから。
economyをエコノミーと書けば日本語になる日本語の構造に恵まれていただけ。
中国インド他はこうはいかないから欧米技術の吸収スピードが遅れた。
(明治期は漢字で新語を考える事が行われていたけれど。イギリスを英国と書くのは英吉利という漢字訳を無理やり作っていたからであってザイールとか南アフリカには漢字訳がない。)
日本が発展してこれたのは実力ではない。他のアジア諸国が出遅れている間に椅子取りゲームで先に座っただけ。
実力自体は大したことがないから外交では中国どころか韓国北朝鮮にも勝てない。
源平合戦やら安土桃山時代やら極東の島国が内輪揉めしてる間も、国家存亡をかけて命がけの努力をしていた他の国が日本と対等な競争条件に置かれ始めた。
民族としての実力が地金レベルで晒される時代になった。これから中国朝鮮に日本は負け続けてどんどん落ちぶれていくでしょう。
横からだが、説明しろよ。
はあ、何をだい?
文脈を理解した質問である限りなんでも答えてやるから
「横からだが」なんてセコい手は弄さなくていいよ
昔の農民には、移動の自由がなかった。関所破りとか時代劇でやるでしょ?
関所通らなきゃいけないのは農民だけじゃねーよ
住むとこ自由に出来ないと言えば大名家が最たるもんだ
人権ねーのは農民だけにかぎらねーし
わかったかあ?
あのさ、お前もそうだけど、中国が一体であるかのような言い方をしてるよな。
でも、実際はトップダウンで何でも動かせるような体制じゃないんだと思うよ。冷静に考えてみ。中国のトップは遥かに末端の役人が汚職をしたって嬉しくもなんともない。あるいは権力を握ってる地方の偉い奴が汚職をしたって嬉しくもなんともない。自分の収入になる訳でもないのに国民の反感が増して迷惑なだけだ。
だから、止められるなら止めたいんだと思うぜ。でも、あんな莫大な国土と人口の国で、それを自分達が隅々まで掌握できていない状況で、汚職してるような権力者連中を敵に回す勇気なんて、とてもないんじゃないのか。末期の江戸幕府だって各地の大名を押さえきれなくなってやられたように、将軍だとか国家主席だとかいうだけで従ってくれるなら苦労はない訳だし。
多分日本の江戸時代も同じような感覚だったんだと思うが、歴史を振り返ってみればその江戸幕府が続いた300年間っていうのは極めて安定していていて、かつ長く続いた政府だったわけで。
一方でニンジャ、ブシドー、ゲイシャ、スキヤキなんかの野蛮な文化もそりゃあったろうが、逆に言うならそれは歴史にとって必要な何かだったのであろう、とは思う。
局所的にそういう儀式やらがおこなわれているのは事実なんだろうけど、もうちょっと先の未来から考えると、それらは大したことのない文化に価値観自体が変わる可能性もある。
結局のところ、本人たちが望まない以上は外部がどうのこうのする必要はないと思うよ。
黒船で押し寄せない限りは、ね。
Perl 「Ruby信者の特徴…(中略)…Perlを選択する時点で、RubyよりもPerlを使いたいという前提があることを考えて欲しい。…(中略)…当然 too many ways だろ。その too many ways の中から more better なものを選ぶのがエンジニアとしての技量なんじゃねーの?あと the best way なんてものは存在しないよ。…(中略)… ruby 使わない人間から見ると異常。…(中略)…そうでもない。…(中略)…省略しすぎ…(中略)…JK…(中略)…越えられない壁…(中略)…尊敬します。…(中略)…geek…(中略)…言語がどうこうなんて小さいことじゃなくて、もっと大きな視点を持つべきなんじゃないですか?」
Ruby 「めんどくせえ……………」
Python 「めんどくせえ……………」
M$ 「マジどうでもいい……………」
こういうのは直球で行った方が分かり易いよね!
ほぼ記事タイトル通りの出来事があったので思わず匿名ダイアリー。
(厳密には、八木氏はかつてはつくる会の会長だったが、今はつくる会とは無関係)
書くの初めてなので、読み難ければ申し訳ない。
先に書いておきますと、私は公立校勤務です。
で、私が勤務する地域では、「新しい歴史教科書をつくる会」の歴史教科書を採択しています。
この教育講演会(教職員一斉研修会)は、教委が主催したもので、基本的に地区内の全職員(学校事務職員も含む)が参加しました。
恥ずかしながら、誰だか知らなかったんですが。
開会前、もらったレジュメを読んでいると、最初に出てきたトピックが
“「不当な支配」の主体の転換”
という内容。
旧教育基本法の、
「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである(旧第十条)」
という規定が、
「教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない(改正第十六条)」
と改められたことによって、服してはならない「不当な支配」の主体が、
before:政府の圧力
↓
after:日教組などの職員団体
と変化しており、政府首脳部からもそのような見解に立った発言が相次いでいる……という鋭い指摘。
私としては、
「なるほどそうか……。これは大変だな」
と思ったわけなのですが、その先を読んだら
「……なんか違う?」
なにしろ、いざ講演が始まったら、この
「政府=正当な支配」
「職員組合=不当な支配」
という立場を全面的に賞賛する論調でして。
日教組に参加してる職員が1%切ってる本地区でそんなこと言われてもな……。
(うちの地元には、「教職員協議会」という、日教組とは別の組織があり、これが97%の組織率を誇っています。
方針としては、行政との対話路線。
私もそっちに入っています。
新採の時、勧誘パンフが送られてきて。
「教え子を戦場に送るな!」
って書いてある。
言いたいことはわかるがちょっと引いた。)
内容は、なんというか、ツッコミどころ満載だったんですが、まず特に違和感を感じた点。
講演の中で、エルトゥルル号の遭難とか、有名な“美談”がいくつも紹介されるわけですが、その中に真岡郵便電信局事件の話も出てきました。
第二次大戦末期、樺太にソ連軍が攻め寄せてきた時、最後まで電話交換所に残った女性達が、青酸カリを飲んで自決した事件です。
事件名とか知らなくても、
「みなさん、これが最後です。さようなら……さようなら……」
とかいう台詞は聞いたことある人は多いのでは。
とか褒め称えるわけです。
このエピソードを教育にどう生かせと?
「彼女たちの行動こそ、日本人の鑑、責任に殉じる素晴らしい態度である。
お前達も、もし同じような状況に置かれたら……」
置かれたら?
自分の子どもになんと教えて欲しいかは、人によるかも知れませんが。
私としては、子どもたちには
「なんとしても生き残れ。命を大事にしろ」
……って、教えるべきなんじゃないかと思ったり。
ちなみに、八木氏は全然触れなかったことですけど、その時当直だった女性交換手は、全部で12人いたんです。
で、死ななかった3人は、最初は押し入れとかに隠れててですね。
そのままソ連統治下で職員として再雇用され、日本にも無事に帰ってくるんですけど。
彼女ら3人は、「責任に殉じ」て死ななかった駄目な日本人なんでしょうかね?
少なくとも、八木氏の言う
「ソ連軍は、刑務所から出てきたゴロツキみたいなのを最前線の兵士として送り込むわけですよ。だから、女性は陵辱されたり恐ろしい目に遭わされるわけです」
……というのは、この場合は事実に即してないと思います。
……まあ、ソ連軍がひどかったのはわりとかなり事実だと思うんですけど。
「沖縄というのは、長らく琉球王国という日本とは違う国で、その後は島津の統治下になり、近代化されたのが他の地域よりも遅れた土地なんです。
だからこそ、日本人的であろう、という責任感が逆に強くなって、それでああいう事件が起きたのではないかと思います」
という、目の覚めるような主張を展開します。
なんで目が覚めるかというと、すごいアクロバットだから。論理の。
危険なのでよい子はまねしないでください。
もし沖縄県民があの場にいたらかなり血圧が上がったんじゃないか、と思うんですが、あれはたぶん、戦わずして論敵を脳溢血で葬ろうという高度な戦術なんだと思います。
危険なのでよい子はまねしないでください。
ていうか、「集団自決」と「責任感」がどうつながるのかそもそも良くわからんのですが。
なんか、とにかく死ねば責任感がある、みたいな話で、日本文化の奥深さを感じました。
「命どぅ宝」のお婆さんは、やっぱり駄目な日本人なんじゃろうかね。
近代化が遅れた地域だからな。
あとまあ全般に言いたいことは山ほどあるんですが、重箱の隅つつきは後回しにします。
とにかく、こういう歴史観のリビジョンを促すような講演会に、公務として参加させられるのが、本地区の実態なわけですね。
開会が14:00でしたから、どの学校も特別日課で対応したと思います。
本校でも、当日は授業を午前中で切り上げて参加したわけですよ。
もちろん、講演聞いてる間にも給料が出てます。勤務時間内ですから。
内容に疑問を感じたのは何も私だけではなくて、翌日の職員室では批判大会。
「終わった後、あの先生と偉い人達とで飲み会があったらしいから、八木先生は急いでいたわけじゃないらしい。なのに質疑応答の時間を設けなかったのは、意図的なものに違いない」
……ええーっとですね。
つまり、「つくる会」の教科書を採用した地域の学校だからといって、教員が唯々諾々と「つくる会」史観に染まるわけではない、ということですよ。
このことは、左右どちらの論者にも覚えておいて欲しい、と思います。
我々はロボットではない。
その一存で採択が決まったようなもので。
しかし、「つくる会」教科書を採択した、というだけで、かなり外部からの批判にもさらされてるし、学校現場にも不満があるのが実態です。
なので、教育委員会の方針に疑問を持っている教員を「啓蒙」しよう、というのが、この講演会の趣旨だったんだと思います。
くらいのこと、10分もかけずにわかっちゃうわけですよ。
授業で、“公共心ある日本人”の美談を得々と語って聞かせたら、生徒から史実に基づいたツッコミが入る可能性くらい容易に予想されるじゃないですか?
そういう意味では、都合のいいことだけ書いた教科書というのは、発行する側は気分がいいかもしれないけど、現場の人間にとっては迷惑そのものなわけですよ。
……ああ、そうか、授業で質問の時間を設けなきゃいいわけですね。
率先垂範を地で行っておられる。
で、その他、「作る会」教科書を使ってると高校受験に対応できないとかいう現場の苦悩をよそに、首長とか教育長とか、講演会場の最前列に座っていてですね。
で、講演会が終わった時なんか、立ち上がって喝采してるわけです。
スタンディングオベーションかよ偉い人。
とりあえず絶望した。
現場がなんとかしないとならん。
以下、こまごまとしたこと。
八木氏は、聴衆に「日本の建国はいつか?」と問うて、「それは西暦600から700年前後である」とします。
なぜなら、「日本」という国号が成立し、「公」の意識が誕生したのがその時代だからだ、というのです。
ちなみに、ここで言う「公の意識」とは、天皇を中心とした中央集権体制の確立のことを指します。
天皇は独裁者ではなく、「国家の公的統治を究極において体現すべき地位」だというのですね。
八木氏は、「皇室はニッチ産業」だ、という、寛仁親王の言葉を引用します。
「政府や行政の足りないところを補う。それが、皇室の果たす役割なんです」
「このような皇室の在り方は、古代からずっとそうだったわけです」
いや……そうなの?
「平安時代、貴族は贅沢な生活をしていた一方、庶民は貧しく、奴婢は売買の対象だった」
……とかいう記述を「闘争的だ」と評します。
これらが、マルクスの階級闘争史観に子どもたちを導くものだ、というのです。
君の教科書もまっ赤っか! これはレッドベアーの陰謀だ! 愛國戦隊を呼べ!
……別に教科書の記述は、富裕層の打倒とかを呼びかけるものじゃないし、そもそも平安朝だって、階級闘争によって打倒されたわけじゃないんですが。
なんでマルクス?
明治維新を含めて、日本には「階級闘争」とか「市民革命」とかいうものはないんじゃないですかね。古い見解でしょうか?
「明治維新は、公のために働くことを自己の使命と考えていた武士たちによって実現した改革だった」(「新しい歴史教科書」。レジュメの孫引き)
そんなに昔から日本人の自覚とか公共の意識とかがあったなら、もう少し早く戦国時代が終わりそうなものですが。
武田信玄「こうして同じ日本人同士が争っていても仕方がないじゃないか!」
上杉謙信「そうだとも! 天皇陛下の元にはせ参じ、一つの国を作ろう!」
……みたいに。
八木氏によると、現在の学校教育では、歴史教育で闘争的姿勢を学び、公民教育で具体的な闘争目標を与えられている、というのです。
「公民教科書には、夫婦別姓など、まだ法的に定められてもいないトピックが取り上げられている」
とかいうのが「闘争目標の提示」だと。
……ずいぶんせこいマルクス主義ですね。
仮に、八木氏の言うとおり、飛鳥時代や平安時代がそんなに素晴らしい時代だったとしたら、逆に言って、日本社会は1400年の長きにわたって大して進歩していないことになるんですが、それでいいんでしょうか。
奴婢の話とかって、私は
「私たちの社会は、昔より良くなっているのです」
って趣旨の話だと理解していたんですが。
「人類の歴史は進歩と改良の歴史なのです。私たちも、もっともっと素晴らしい世の中を作っていきましょう。明日が今日より良い日であるように」
的な。
八木氏に言わせるとこれも「闘争的」なのかも知れませんが。
私としては、貴族と平民に大きな差があったとか、事実なんだから仕方ないんじゃないか、と思うんですがどうでしょう。
都合の悪い歴史的事実は教えない、という態度の方が、むしろ我が国を危機に追いやる気がします。
それこそ、遺伝学におけるソビエトのルイセンコ学説みたいに、学問をイデオロギーに従わせようとした挙げ句、研究開発で西側に後れを取るような。
まあ、「歴史は科学ではない」が、「つくる会」の立場なんだそうですが。
でも、望ましい思想を注入するために、歴史的事実の方を改変する、っていうのは、それこそ共産国の十八番なんじゃ。
基本的に「公共の意識」だけで日本の歴史・文化を語ろう、というのは、無理だと思うんです。
「恥の意識」とか「武士道」とかと同様、一言で語りきれるほど、日本人の精神というのは浅薄なものじゃないんじゃないでしょうか。
そもそも、「公共の意識」が飛鳥時代から日本にあった、という主張自体いかがなものか。
確かに「公」という漢字自体は大昔からありますが、古文に出てくる、「公家」とかいうときの「公」と、「public」の訳語としての「公」を同一視するのは誤りだと思うんですが。
八木氏は、「公共」の意識が近代になって成立した、というのは誤りで、日本人の日本人としての自覚はずっと以前から存在した、と言うんですが、それは逆に言って、国民国家建設のために尽力した明治の人々を愚弄するものではないでしょうか。
ちなみに八木氏は、中教審が、縄文時代の記述を重視するよう議論しているのに不満を表明しています。
から、というわけですが、これは循環論法ではないですかね。
逆に、明治憲法や現行憲法の発布、あるいは江戸幕府なり鎌倉幕府なりを「日本」の成立、と見なす立場だってあり得るわけで。
縄文人だって一生懸命に生きていたのだし、彼らが苦労して稲作技術を会得していったからこそ、現代の日本があるわけで。
「縄文人は日本人じゃない」という言いぐさは、縄文人に失礼だと思いますが。
八木氏は、チェスタトンの「伝統とは選挙権の時間的拡大」「死者には墓石で投票してもらわねばならない」なんかを引用して、伝統の大切さ、先祖の意思を尊ぶべきことを訴えるわけですが、縄文人は先祖じゃないらしいです。
……天孫降臨?
ちなみに、八木氏が引用した中には、相田みつをの「自分の番 いのちのバトン」とかまで含まれるんですが、相田さんってそういう主義の人だったのか。
ところで、八木氏は「死者の民主主義」(チェスタトン)がお気に入りのようですが、私はむしろ、「地球は子孫からの預かり物」(ケニアのことわざ)の方が好きです。
死んだ世代の意思よりも、次の世代の幸せの方が重要だ、と、私は信じます(これでも学校関係者のはしくれですから)。
……ケニアのことわざの割に「地球」とか、かなり超訳の気配ですが。
八木氏、「屋久島の灯台守り」という、これまた美談を紹介してくれたんですが。
「顔は土気色」を「どきいろ」ってあんた。
自分で持ち込んだ資料が正しく読めないって、早稲田大学法学部卒が泣くぞ。
日本の文化がどうとか言う前に、八木氏はまず日本語くらいちゃんと読めるようにすべきだと思います。
なんかあれこれコメントをもらってるようなのでここへ部分的に返信。
>教育委員会主催の講演会とかに行って何かを得たことがあるの?
ありますよ。
まあ、教育関係者の講演、というのは、聞いてすぐに教室で使える内容が多い一方、似たような話も多い……というか、教育界の通念を上手にまとめただけの、刺激に乏しい講演も多い、とは思います。
……ちょっと今回は刺激的すぎましたが。
>その場でぶつけてくれたら面白かったのに。
まあ、チキンなので。
偉い人が「つくる会」支持者で、しかも同席してるわけですから。
そこでこれだけのことを言ってしまうと、後々どんな処遇を受けることか。
それはもう、陵辱されたり恐ろしい目に遭わされるわけです。(流言)
それに、ここに書いた内容は、これでも推敲した内容です。
これをとっさに思いつける程度には賢くありたいのですが。
っていうか、偉そうなことを書いておいて恥ずかしいのですが、「女性交換手が12人いた」ということもその時は知らず、家に帰って調べてわかった次第。
でも、何か質問はしてやろう、とは思っていて、講演の間中必死で考えていたのも事実。
「古代以来、皇室はニッチ産業としての役割を果たしてきた、とのお話でしたが、私、不勉強でそういったことを存じませんでした。
そこで、例えば平安時代の朝廷が、そういった役割を果たしていた、という実例を2・3ご教示願えるとありがたいのですが……」
くらいのことを聞いてみよう、と思っていたのですが、本文で書いたとおり、質疑応答の時間がなかったので不発に終わりました。
>自分のはてなダイアリーで書いたら?
少しでも匿名性の高いところで、と思ったのです。
何か使い方として問題がありましたら申し訳ない。
(ていうか、そもそもこの内容自体トラックバックで返すべきなのかも知れませんが、匿名ダイアリーに慣れてないので、返信があちこちにばらけるのが落ち着かないのです。なんでコメント欄がないんだろう)
こんなにブックマークをもらうとは思ってなかったのでちょっと動揺しています。
偉い人にばれたらどうしよう。
>「教職員協議会」つーのは要するに「全日教http://www.ntfj.net/tanidantai/」系団体だよね。共産党系の。
右寄りではないかも知れませんが共産党系とも思ってなかったのですが。「美しい日本人」がどうとかこうとか。どうなんでしょうか。
会員でありながら組織の背後関係とかは知らないのです、申し訳ないです。(でもたぶんみんなそう)
>教師という連中が本当に馬鹿ばっかりでイデオロギーの固まりだということが良くわかった。
ククク、その通り。だが、気付くのが遅すぎたようダな……(ロシア訛り)
今や日本の教育は、我がレッドベアーの(不当な)支配下にあル!
あと10年もすれば、この国はコミンテルンの軍門に降るだろウ……!(遅すぎる)
>大学になるまで歴史教えるのやめちゃえば?自分で判断して学ぶまで教師の馬鹿どもから余計なノイズを入れないで欲しい
難しいところですね。
おっしゃるとおり、批判精神の薄い子どもに、イデオロギー教育をするのは禁忌だと思います。
その一方で、基本的な歴史知識は、全国民が持っているべき教養だとも思うのです。
そして、大学は専門教育の場であるべきで、そういうことに時間を費やすべきではないと考えます。
だから、結局は義務教育に基礎的な歴史教育を盛り込まざるを得ないのではないかと。
その内容としては、重要な歴史的事実を教えるにとどめ、それをどう解釈するか、という思想的側面は、個々人に任されるべきだと思います。
……もっとも、「歴史的事実」というのは現実にはほとんど無限に存在するわけで、その中から何を「重要」として採り上げるかに、思想的問題が絡んで来ざるを得ないのも事実ですが。
エルトゥールル号を採り上げて奴婢は省くのか、その逆をやるのか。
でも、できる限り中立であろうとする姿勢は必要だと思います。
「国体が変わったという認識が必要では?」という主張には特に反論したいわけじゃないけど、徳川家康は「江戸幕府」の初代将軍だからその例自体は別と考えて問題ない。「鎌倉幕府」の初代将軍は源頼朝だ。そしてそれに対して「坂上田村麻呂の立場は!」とか誰も突っ込まない。
それから、戦後当時の政府人の感覚では「国体=政治体制」ではなく、「国体=天皇を中心とした国家であること」であって、だから「国体護持」とは天皇を戦争裁判にかけないことを意味した。降伏判断を遅らせて原爆を二発食らったのもソ連の参戦を招いたのもいわゆる「無条件降伏」したのも占領を受け入れ米兵駐留を受け入れ民主主義を受け入れ東京裁判を受け入れたのも、全ては「天皇制」護持のため。そしてそれは政府の人の単なる暴走じゃなくて、彼らが日本人全体の「空気を読んだ」からだというのがおおむね妥当だと思う。ホント日本人は天皇が大好きだよな。
http://japan.cnet.com/blog/kenn/2007/11/09/entry_25001425/
↑これについての考察です。
アメリカなら、ソフトウェアの世界で本来の意味でモノ作りに携われる仕事がたくさんある。グーグルとかマイクロソフトとか、メジャーどころを足し上げていくだけでも10万人以上の雇用吸収力があるから、ごく平凡なスキルのプログラマでも大企業でそういった仕事に就く機会がある。それなりにいい給料で、ステータスもあって、定時に帰るという満足な生活を営むことができる。そういう意味では、外国人労働者との競争とかレイオフみたいな要素もあるけど、アメリカ人にとってのソフトウェアエンジニアという職業は日本に比べたらずいぶん楽できているのは間違いない。
これは極端な例を挙げているに過ぎない、日本だけそうであるとは到底考えられない。更に下の引用のように(日本の)IT業界が忙しいのは競争が働いていないからではない。(詳しくは下に書く)
しかし、本来ならそんな生産性の低い企業は市場メカニズムによって退場させられるはずなのだけど、なぜか日本ではそういうことが起きない。情報大航海プロジェクトみたいなのに代表されるトンデモなバラマキ政策などで植物状態にもかかわらず酸素だけは供給されているから、もうそろそろ死なせてあげるべき企業が死ねてないのだ。みじめとしか言いようがない。
これも視野が狭い。今の社会では政府の役割として市場の原理から競争力の無い人を守る仕事が含まれる。なぜ今、格差社会がこれ程大きな問題となっているかという現状が少しも理解できていない。赤城智弘が『若者を見殺しにする国』で戦争するしかないとまで切実に訴えているようなワーキングプア、働いても働いても楽にならない人たちがいるということを今この時期に見落としているのは最早致命的だ。
更に言うと見通しが浅すぎる。明石散人が『日本語千里眼』で書いているように、250年の平和を維持した江戸時代は敢えて「不便」を採用した。大きな川に橋を架けないことにより宿場町をつくり、参勤交代により街道を賑わした。それに日本には馬車がなかった。そして、この不便がバッファとなり明治維新の原動力となっていく。江戸幕府が先を見据えて「不便」を信条としていなかった可能性と、今の政府がバッファ(産業のパイの大きさ等々)を作り出すために非効率な施策を打っている可能性が同じくらいだったとしても、少なくとも市場による競争原理を至上とするネオリベラリズム全開の考え方は明らかに偏っている。
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先に書いた「IT業界が忙しいのは競争が働いていないからではない」これも当にこのことによる。1つ例を挙げると分り易いと思う。「米の品種改良が奇跡的に進み、苗作りから収穫までが1ヶ月で行えるようになった。」この時、稲作農家の仕事は楽になるだろうか?米の収穫が年10回になり、稲作農家が今の数倍多忙になることは想像に難くない。市場の競争原理とはそういう風に働くものだからだ。
IT業界の忙しさは上の例の歪(ひずみ)だ各産業は市場競争に勝利するために何をするか?宣伝と効率化、落ち着くのは大方そういうところだろう。各産業の各社が効率化、IT化を図る。スピード勝負だ。それも1回こっきりではない。繰り返し何度でも効率化する。当然、IT業界(SI)の開発納期は短くなる。新しい技術など導入している暇が無い(あるいはそれを突破するほどの技術革新は起こっていない)、技術者(管理者)は忙しい、労働時間は必然的に長くなる。そしてまた「宣伝」もITの分野となった。
上で引用したアメリカのメジャーどころが楽に仕事をしているとすれば、間違いなく競争しなくても勝てるところまで成長しているからだ。金持ち喧嘩せず。ある意味、市場競争というスゴロクでアガリになった企業だからだと言える。余暇にこそ文化的な創造が可能になるということの緩い体現なのだ。
ネオリベの支配は相当だ。外国に行ったくらいで逃げられるはずが無い。それがグローバリゼーションだ。IT業界はなかなか滅びないだろう。ネオリベという軍隊の尖兵だからだ。新兵がいなくなることは有り得ない。(不人気の煽りで金銭的な待遇は今より良くなる可能性はある。ただ、今は技術者の質を落とすことで凌いでいるようだが・・)
その結果、そもそも本質的には供給過剰だった多くのSI企業は倒産するか併合され、おそらく数社の大手ブランドと超小規模なブティックに収束することになるだろう。そして一時的には今以上に「見かけ上のサービス供給不足」が起きるが、ユーザ企業はむしろ「無きゃ無いで、割と平気だったのね」という真実に気付かされるだろう。
こんなハッピーエンドは無邪気すぎる。
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だからと言って全てを否定する分けではない。
こういうことを切実に考えるSIerがいることは、事実なのだろう。上の2つの問い、これは重要だ。これを憂うべき問題として表出させたことには大きな意義がある。そして、これを解決し「イノベーション」や「エキサイティングな革命の歴史」を実現すれば仕事の忙しさ、辛さに耐えていけるのだ!!・・・一時的に。
上に書いた米(こめ)の例を顧みるまでもなく「イノベーション」や「エキサイティングな革命の歴史」がIT業界を楽にすることは無い。ネオリベの新兵に休息は似合わない。ここまで読んできて大袈裟なと考える人もいるだろう。けどそれは、これらの自体を大袈裟だと感じてしまうほどネオリベに染まっているのだと言っておきたい。
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ただ、上の絶望は(SIerである)私の絶望ではない。IT業界の絶望でもない。ネオリベラリストの絶望だ。勿論、市場経済、資本主義の全てを否定する気はさらさら無い。今の社会でその生活は辛すぎる。しかしかくのごとく、ネオリベの果てには救いが無い。
私はもっと別のことを考え続けたい。(世界に)救いが無いわけでは無いと。1つ言えるのは、極端なところには答えが無いということだろう。
http://homepage3.nifty.com/54321/nihonbukkyoushi.html#edo
江戸幕府は、寺の軍事力を削ぐため寺院に関する厳しい統制をかけ(寺院諸法度)、キリシタン禁制を徹底するため、民衆に寺請を強制した。これにより、すべての国民は仏教徒となっていずれかの寺に所属(檀家)することとなり、仏教は国教となった。
檀家は寺院・僧侶にかかる費用を負担し、一方、寺は檀家の戸籍を管理する任務を担うこととなり、幕府は費用を負担することなく、すべての僧侶が幕府の官僧となるシステムが作られたのであった。
寺院諸法度では、他宗派の檀家への布教や新たな寺の建立が禁止されたりして、著しく布教活動が制限された。
この結果、僧侶たちは、信者を獲得する努力は不要となり、生活を保障される一方で、布教の余地がなくなり、骨抜きにされていった。
……というような起源を思うと、坊主に高い金払って仰々しい儀式をするのは馬鹿馬鹿しいと思ってしまう。祖父や祖母と違って地元に密着した人生を送っていないから、まったくご縁のない坊さんだしなあ、俺やら両親やらの葬式で経読むの。「葬式を開く」ということの諸々の意義はわかるんだけど、なんだかなあ、と。