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はてなキーワード: セルフイメージとは

2017-04-21

虚言癖のある男のこと

中学生のころ、やたらと話のデカイ友人がいた。でも、田舎町だったし、その男の家はいたって平凡だったから、単に厨二病背伸びがしたいだけなのだと思っていた。

仲も良かったし、彼のことを本当に良い友人だと思っていた。

高校進学で、その男は別の高校に行ったかだんだん疎遠になったのだけど、たまに合うと挨拶くらいはしていた。

大学進学のち、ほとんど音信不通になって社会人になったころ、クラス会があって再開した。

公認会計士免許を取って、アマチュアバンドを組んでいてときどきライブもやっていて、今はなぜか○○○(車メーカー)のディーラーに勤めているということだが、それは実際の企業会計を学ぶための仮初めであって、いずれ開業するし近い将来に結婚も予定しているとのことだった。

アマチュアバンドライブの案内は来なかった

○その後、医大に入り直すという話だったが、それはやめてシェフ修行を始めたとのことだ。どうもパリ修行に行くとのことだった。

本人の言または本人から聞いたという仄聞の経歴または目標けが立派で、本人が何をしているのか実態不明だった。

セルフイメージを、もっぱら「職業」にもとめてばかりいた彼は、いったいなにをやっているのか不明だ。

彼の勉強成績はかなり低いほうだったし、目標けが暴走していたのだろう。最近流行っている「自分らしさ」もこんな風にならないことを願いたい。

2017-04-20

やればできる子からという呪い

http://anond.hatelabo.jp/20170420024153

この手の人は子供のころに「あなたやればできる子から」的な文言を刷り込まれているれてることが多い。

これを言われた子は「やればできる子」のセルフイメージを守るために「本気でやって失敗すること」を極度に恐れるようになる。

そういう子は大人になっても深層意識に枷がはまったままになり、「自分の最善を尽くす」ことにストレスを感じる性質になってしまう。

理性でこうするべきだとわかっていても、いやわかっているからこそ全力で取り組むことができない。もし万全で挑戦して失敗したら「やればできる子」ではなくなってしまうからだ。

しか仕事はこなさなくてはならないという板挟みの結果、ギリギリまで取り掛からないなどの小細工によって呪い言葉を守り続ける本人含めて誰も得しない悲しい人間性が出来上がってしまうのである

2017-03-07

http://anond.hatelabo.jp/20170306043408

野党代表議員自民党だってことくらい知ってるんでしょ?

一党独裁のために多党に見せかけてイメージアップのためのセルフイメージダウンしてることくらいは

まさか本当に日本時代を替えられるとおもって野党とか本気で応援してるわけじゃないよね?

2017-03-05

(毒)親との距離感

親に育ててもらったことへの借りを返す必要はない

人間的に尊敬できない親のことを感謝する必要はない

これから自分のことは自分自身で引き受ける。親には投げない

自己効力感を奪う親の存在は、人生のかじとりをしていく上で大きな障害である

もしほんとうにヤバいときはこちらから連絡するし、逆の場合も親を受け入れる


もう親とはこれくらいの距離感でやっていこうと決めた

親のせいでも親のためでもない、自分人生自分のものである

人によっては、このような親離れ・子離れのステップはあたりまえで、無意識的に達成されることかもしれない

しかし、親が自分のことを無力化して自己存在価値を高めようとする以上、こちらから決別するしかない

一度開けてしまったくさいものに再びフタを閉じてしまうことは、もうできない


父親は母を拒絶して家庭に居場所を失い、ワーカホリックとなってうつ病で死んだ

母は勉強しかできない無愛想な自分に、そんな様子じゃ社会でやっていけるはずがないというレッテルを張り続けた

そんな自分社会参加や人との交流を恐れ、もれなくうつひきこもりを経た。うつはまだ寛解への途中である

ところが、いざ働きはじめてみたら意外となんとかなっていて、業務以外の雑談すらできるようになっていた

それと同時に、母に植え付けられたセルフイメージのせいでずっと苦しみ続けてきたことへの憎しみが抑えられなくなった


正直なところ、自分は軽度のASDかもしれない。いわゆる「愛着障害」というものにも該当すると思う

勉強ができることで親が喜んでいると思っていたら、じつはそんなにデキのいい子どもはいらなかったらしい

世間から見ればうらやまれるような大学に入ってしまったが、そもそも母は「学び」や「教育」価値見出していなかった

母は死に体自分に、生産工場検査をするような仕事ならいくらでもあるから早くうちに戻っておいで、と言い続けた

そんな自分も、なにかの間違いでいい大学に入ってしまったが、本当は大卒になることすらおこがましい存在であると思っていた


ところが就活社会参加への恐怖とあいまって、母の望まない学問研究の道に逃げ場を見出し博士号までとってしまった

ただし心の奥では、また身の丈に合わない経歴をつくりあげてしまった、典型的高学歴ワーキングプアの完成である、と自虐していた

重度のうつと復帰のサイクルを繰り返していたころ、幸か不幸か地元にある大学教員ポストの紹介がきた

そのときうつ症状がマシだったので、ここで逃げ出してはいけないと思い、紹介を受けた

しかし次第に、また自分能力とは見合うはずのないところへ踏み出そうとしていることを自問し、うつに舞いもどった


それでも、やっとこれで親を安心させられると思い、安堵している部分があった。面接でも、なんとか健常人のフリをして押し通した

しかし母にとって、社会参加ができない無力な自分実験の「お手伝いさんしかできない存在であり、大学教員になるなどとは想像だにしていなかった

不安に耐えきれなくなって母にほんとうの気持ちを打ち明けたとき、なんでもっと身の程を知って行動しなかったのか、と責められた

今度も「お手伝いさん」の仕事をするのだと思っていた、こんなことになるなら、もっとちゃんと話を聞いてわたしが食い止めるべきだった、と言われた

自分も同じように反省した。自らの無力さにもかかわらず、できるようなフリをしてしまったことへの欺瞞からくる罪悪感で、心がツブレた


ところが今どうなっているかというと、上司ボスとは円滑にやっているし、決してデキのいいとはいえない学生たちをいかモチベートさせるか試行錯誤している

ある日、自分主体的に考えたり行動する能力がなく、いわれたことすら満足にできない無力な存在であったはずなのに、何かがおかしいと気づいた

たまたま自分に合った仕事につけて運がよかっただけかもしれない。しかしこれまでのセルフイメージとは全くことな自己の振る舞いに、自分自身がおどろいていた

もちろんクスリ底上げされている要素はかなり大きい。ただそれ以上に、自己像が根本から書き換えられていくようなフローがあり、かつてない大きな地殻変動を感じていた

これまでに双極性の症状を示したことはないが、このある種の成功体験がまた新たなうつの引き金となる可能性は当然あり、注意しないといけないと思う


地元に戻り、母から物理的な縛りつけを受けることによって、これまでの精神的な抑圧やダブルバインド的な母のやり口に気づくようになった

それからカウンセラーメンター意見も聞き、たどり着いた自分なりの結論が冒頭のものである


これから親との距離感を調整していく過程は、かなり難航するだろう

でも、そのことの負担リスクを引き受けた上で、自分自分のために行動することを決めた

2017-02-16

ブルゾンちえみのネタは働く女性応援歌になり得るか

ブルゾンちえみが好きだ。

ようつべで何度も何度も繰り返し見ては大笑いしている。

そんなわたしを、旦那はいつも不思議そうに見ている。

「ごめん、俺にはちょっとよくわからん

と言っている。



自分記憶の中では柳原可奈子がまず思い浮かぶけど、女性からこそわかる「いるいる!こんな女」という笑いは結構いろんな女性芸人がやっているけど(男性バカリズムがやっていたネタも大好きです)、ブルゾンちえみも大枠ではその中に入るのかなと勝手に思っている。ただの印象で語っているだけなので詳しい人間違ってたらごめんね。



彼女が受けているのは「キャリアウーマン」という言葉から大衆が想起する漠然としたイメージに、彼女ネタがよく合致しているからだと解釈している。自分は少なくともそういう動機で笑っている。もちろん現実にあそこまで振り切れた人はそんなにいないけれど、一人の女として、自分自身の中にもあの「キャリアウーマン」さんと重なる部分がないとは言えない。「男は手玉に取ってなんぼ」「自分らしく生きる」「周囲に流されない強いアタシ」みたいな、なんかそんなセルフイメージを大切にしたがっている部分。そしてそれを体現した彼女を見てなぜこんなにも笑えてしまうのか、ちょっと考えた。ほんとはわたし、そういうのあんまりきじゃないんじゃないだろうか。



あの「キャリアウーマン」さんは、女性誌をはじめとする昨今のメディアガンガン押し出している「あるべき女性像」の権化だ。

正直ね、もうそういうの疲れてるのよね。突っ張って、気合い入れて、周囲の人との関係性を巧みにコントロールしながら生きていくのって、大変なのよ。もっとのんべんだらりと、ときには流されたり、理不尽と戦わずして負けたりしながら、それでもえっちらおっちら、なんとかかんとか生きていくぐらいでもね、もういいんじゃないかと思うのよ。要するにメディアがあの「キャリアウーマン」さんのような女性像をゴリ押しするのは高い服やら化粧品やらをたくさん買ってほしいからだし、それに踊らされることに疲れた女性彼女の姿に癒しを見いだしているのではなかろうか、と、自分がそうだからみんなそうだとは限らないけれど、そんなふうに思う。



一方で、突っ張って、気合い入れて、まだまだ強い逆風と戦いながら働いている本物のキャリアウーマンに、彼女はどのように映るのだろう、とも思う。

一時期そのような生き方に憧れて頑張ってみた時期もあるけれど、わたしには無理だった。心も体もついてこなかった。

今は家事の傍ら、週2日もしくは3日ぐらいのペースで細々と自営業をしている。

から男性と肩を並べて大きな仕事に取り組む女性はすごいと思うし、そういう女性もっと働きやすい世の中になってほしいと常々思っている。

しかし、あの「キャリアウーマン」さんがネタとして成立するということは、正直まだまだ、真の男女平等には遠い世の中なのかなあ、と思ったりもした。

考えすぎなのだろうか。

ブルゾンちえみのネタは働く女性応援歌になり得るか

ブルゾンちえみが好きだ。

ようつべで何度も何度も繰り返し見ては大笑いしている。

そんなわたしを、旦那はいつも不思議そうに見ている。

「ごめん、俺にはちょっとよくわからん

と言っている。

自分記憶の中では柳原可奈子がまず思い浮かぶけど、女性からこそわかる「いるいる!こんな女」という笑いは結構いろんな女性芸人がやっているけど(男性バカリズムがやっていたネタも大好きです)、ブルゾンちえみも大枠ではその中に入るのかなと勝手に思っている。ただの印象で語っているだけなので詳しい人間違ってたらごめんね。

彼女が受けているのは「キャリアウーマン」という言葉から大衆が想起する漠然としたイメージに、彼女ネタがよく合致しているからだと解釈している。自分は少なくともそういう動機で笑っている。もちろん現実にあそこまで振り切れた人はそんなにいないけれど、一人の女として、自分自身の中にもあの「キャリアウーマン」さんと重なる部分がないとは言えない。「男は手玉に取ってなんぼ」「自分らしく生きる」「周囲に流されない強いアタシ」みたいな、なんかそんなセルフイメージを大切にしたがっている部分。そしてそれを体現した彼女を見てなぜこんなにも笑えてしまうのか、ちょっと考えた。ほんとはわたし、そういうのあんまりきじゃないんじゃないだろうか。あの「キャリアウーマン」さんは、女性誌をはじめとする昨今のメディアガンガン押し出している「あるべき女性像」の権化だ。

正直ね、もうそういうの疲れてるのよね。突っ張って、気合い入れて、周囲の人との関係性を巧みにコントロールしながら生きていくのって、大変なのよ。もっとのんべんだらりと、ときには流されたり、理不尽と戦わずして負けたりしながら、それでもえっちらおっちら、なんとかかんとか生きていくぐらいでもね、もういいんじゃないかと思うのよ。要するにメディアがあの「キャリアウーマン」さんのような女性像をゴリ押しするのは高い服やら化粧品やらをたくさん買ってほしいからだし、それに踊らされることに疲れた女性彼女の姿に癒しを見いだしているのではなかろうか、と、自分がそうだからみんなそうだとは限らないけれど、そんなふうに思う。

一方で、突っ張って、気合い入れて、まだまだ強い逆風と戦いながら働いている本物のキャリアウーマンに、彼女はどのように映るのだろう、とも思う。

一時期そのような生き方に憧れて頑張ってみた時期もあるけれど、わたしには無理だった。心も体もついてこなかった。

今は家事の傍ら、週2日もしくは3日ぐらいのペースで細々と自営業をしている。

から男性と肩を並べて大きな仕事に取り組む女性はすごいと思うし、そういう女性もっと働きやすい世の中になってほしいと常々思っている。

しかし、あの「キャリアウーマン」さんがネタとして成立するということは、正直まだまだ、真の男女平等には遠い世の中なのかなあ、と思ったりもした。

考えすぎなのだろうか。

2016-12-20

http://anond.hatelabo.jp/20161219072939

自分遅刻魔で、他人を苦しめて自分も苦しめてきたから分かる。

長年の自己分析の結果、少しずつ改善している。

私の場合だけど…考え得る原因はいくつかみつけたので紹介する。

まず私の症状は、昔からギリギリだったけどとくに大学時代遅刻欠席常習犯だった。しかし遊びなどは間に合うことが多かった。

社会人の今は、ふたたびギリギリながらセーフを保っているタイプだ。

それから遅刻癖が顕著なのはから出るのだけで、出先から別の場所へ移動するときはとくに問題なかった。


慢性的な罪悪感

他のトラバにも挙がっていたが、自己肯定感が低く、無意識下で罪悪感を感じていたい欲求を抱えている。


愛情の試し行動

それから、低い自己肯定感ゆえに、「こんな自分でもほんとに付き合ってくれるかな?」と試し行動をしてしまう。これは何度も許してくれる友達に対してやりがち。


●怒りの試し行動

幼い頃のことをよーく思い出してみた結果、数年の長期間にわたり自分時間意図的に奪われ続けた経験があった。

それに対して無意識の怒りをずっと抱えて生きていて、持て余した結果、自ら遅刻をすることで他者の反応を見たがってしまっている。無意識に。


ADHD可能

診断していないのでわからないが、時間管理が異常にヘタクソ。

この気がある人は、最短時間計算してしまうらしい。たしかに…

私は効率を考えてるつもりで、最短でいけば家に何時までいられるという計算で考えてるし、支度が早くできないので結局おそくなる。


一種破滅願望

既に間に合わない時間を越えるときそれから今まさに待たせているとき、強烈な絶望感におそわれる。

こんなクズで私どうなっちゃうの?!しね!!みたいな考えを至って真面目に行ってしまう。負の感情におぼれ、自分の魂に自分で傷をつける感覚がある。

それはそれで、スリリングで、たしか自分は生きてるんだという感覚を伴う。


遅刻魔というセルフイメージ

ここから脱却できないのが一番の問題だった。

たまに普通に早く行くと周囲に驚かれるのも、普段自分の行いを攻められる気がしてしまいまたギリor遅刻に戻ってしまった。

遅刻をすれば、周囲の冷ややかな視線を浴びることになるが、そうして「やっぱり私はクズなのだ…」と再確認する作業自分必要ものであるきがして、もはや日課になってしまった。


とにかく、このセルフイメージを無理矢理にでもかえるしかない。

私による私のための分析に寄れば、アダルトチルドレン的な要素を持つ私は「不成功防衛」に囚われていて、遅刻癖もその一つなのだと思う。

なぜ遅刻をするのか。

遅刻をすることで、直接的間接的に何かしらのメリットが、ほんの少しでも生じているからだ。

遅刻癖は、「クズで欠陥のある私」のセルフイメージを保つのに役立つ。

たとえば親と共依存関係にあるばあい、自立しないことは大いなる貢献につながる。

そして周囲から過度な期待をかけられることもなくなり、後からがっかりさせて傷つくより先にわざと裏切っておけば、自分は傷つかないはずである


こんな感じな考えに、実は囚われていたことにきがついた。

対処法はよくわからないが、とにかくおもいつく限りの無意識をひっぱりだして、一つ一つのエピソードに泣いたり怒ったりして向き合って、自分世界でただ一人の生きた人間であることを自覚するということがいま一番効果があった。

何言ってるんだといわれそうだが、いままでどこか他人事で、自分はどこにもいなかったから傷つこうが傷つけようがかまわなかったのかもしれない。



長い時間をかけて断片的にスマホから書いて、支離滅裂になってるだろうが、なんとなくの意図が伝われば嬉しい。

私自身の頭の整理にもなったから。

増田さんも、あなた自身を大切に扱えるようになりますよう!

2016-12-14

コカイン吸入ホモレイプ魔を擁護していた善人気取りのおリベラル様今どんな気持ち

やっぱポリコレリブンで思考してると本物のバカなっちゃうんだねw

したり顔でアウティングガー(笑)だの弱者にやさしいワタシに酔いまくった偽善ツイート垂れ流してたおリベラル(笑)

あれですか? イケメンホモなら未成年への性的虐待も許されちゃう感じですか?(笑)

コカイン吸って未成年物色するホモとか控えめにいっても鬼畜の部類に入ると思うけど(笑)

あー、今時はヤク中も病気から犯罪人扱いしないでくだちゃいねーかわいそかわいそでちゅねーとかいうのがトレンドなんだっけ(笑)

つうか普通に考えてコカインの件がクロだからセクシュアリティガーとか弱者ぶって逃げたんだって普通に考えたらわかるよね?

ポリコレ脳で普段から弱者(笑)にやさしいワタシというセルフイメージにしがみついてるから常識的な推論もできなくなっちゃうんだよ?

からお前らおリベラル様は軽蔑されるんだよ?わかる?

からこれからもお前らの居場所はこれからもどんどんなくなっていくんだよ?わかる?

今年はお前らおリベラル様にとって最低の一年だっただろうけど(笑) 来年からもっともっとお前らの生きづらい社会になるんだよ?

なぜならお前らは善人気取り低能から(笑) 低能のくせに自分のことを正義の人だと思ってる救いがたい蛆虫から爆笑

お前らは淘汰されるんだよ(爆笑) バカサヨクくんたちは自然の掟によって死ぬんだよ!!

2016-11-12

疲れるほどポリコレに向き合った奴なんていないよ

そもそも、誤った前提を頭に刷り込まれているわけだ、「俺らが社会の中心だ」というのを。

すると“発見”するのだ。「女が調子乗ってる」とか、「移民デカいツラしてる」とか、「同性愛者がのさばっている」とか。

自分らが最も調子乗ってデカいツラしてのさばっていることを棚に上げて“発見”してしまうのである

そして「なんか俺ワリくってねえか?」という不満を持つ。

こういう逆恨みしてるようなのが、選挙において、「女は家にいろ」「移民は出て行け」「同性愛自然に反する」とか言ってくる候補にコロっとなびく。

 

支持していることを明言して非難されると「インテリエリート様が何か言ってる。あー、迫害されてるわー。俺、リベラル迫害されてるわー」。

あるいは、支持していることを黙ってやり過ごす。

そしてセルフイメージは「本音を抑圧されたかわいそうな俺」。

加害してるのに被害者ぶるという、差別者によくあるパターン

 

増長しているのだ。自分らの属性人口比率多数派から「数でゴリ押しすればワンチャンある」って。

暴言を吐く政治家は、そういう増長した層を煽って取り込んでいるのであって、「ポリコレ疲れから、ああいうのに投票してしまう」のではない。

 

疲れてるのだとしたら、ポリコレ否認に疲れてるのだろう。

自分が思い上がった勘違い野郎だと認めることを拒んだら、そりゃ何度も同じ失敗して何度も同じ文句を言われて、疲れるだろうね。

信じていた前提が間違ってるって認めれば疲れはとれてくるだろうけど、そんな何十年もかけて刷り込まれてきた価値観を疑い変えていくなんて誰にでもできることではない。

内心の自由を盾に取って「これが俺の価値観から絶対から内心の自由からはい論破」ということにしておきたい人もいるだろう。

だが、価値観って、周りから刷り込まれ形成される部分も大きいわけで。

本当に自分だけで形成した価値観なんて、そんなに無いでしょ。生まれからずっと誰にも会わずに生きてきたのでもない限り。

しょうもない価値観を刷り込まれリスクは誰にでもある。

リスク自覚しておいた方がいい。

 

疲れるほどポリコレに向き合った奴なんていないよ。

因果が逆だ。

自分の浅ましさに向き合いたくないために「そうだポリコレ押し付けられていたんだ」という理由を“発見”するのだ。

加害してるのに被害者ぶっている。

よくあるパターンだよ。

2015-12-03

メンヘラ女は過度に他人に興味がない

料理が好きなメンヘラ女は、その行動の対価に優しくして欲しいだけ

こんなに尽くしたんだからもっと自分を見て、スキルを持ってる自分を褒め称えて、

知識のある自分を認めて

承認が欲しいだけだからだれでもいい。

欲を言えば、背が高くてかっこよくて金持ってて社会的地位のある自慢できる人。

そんなすごい人に認められた自分が好きなだけだから

多少暴言吐かれたり殴られたって構わない。

別れた後そのネタで他の人の同情を買えるしね。

同情されるともっと優しくてかっこいい人に大事にされるべき人間なんだって思えて気持ちがいいから

メンヘラ女は自分を修飾する

私は暗いから、重いから

これって私好み、こんなの好きなの私だけ。

自分の捉え方がオタクっぽい。自分の設定があるし、他人のもの自分のものみたいに語りたがる。

自己申請によるセルフイメージ

言うのは、そういう自分だって思いたいだけだから相手はもちろんだれでもいい。

メンヘラは見た目を気にする

自分よりブスは蔑んでいいし、

自分よりデブ絶対幸せなっちゃいけないし、

自分よりダサい人は生きている価値がない

自分よりモテない奴にはなに言ってもいい。

価値産廃

自分より知り合いがいない奴は成功するわけない。

自分より学歴が低い奴が想像力を持ってるなんていう発想もない。

ゴミカス共の笑顔より自分笑顔のほうがこの世にとって尊いと思ってる。

なのにすごく自信がない。

全部メンヘラ女にとって人は踏み台 自分気持ちよくなるための道具

2015-09-26

セルフイメージを語る人がいたら

自分は○○な人間から」みたいなことを語ってる人がいたら、実際はその反対の人間だと思っていたらだいたい当たってる。

2015-07-30

http://anond.hatelabo.jp/20150727140206

元増田です。

今まで、コミュ障だったイメージ自分セルフイメージ改善するためにも増田を利用させてもらっています

思っていたよりも、ブクマトラバがついて、驚いています

  

ツッコミが入るってことは、ある程度、主張を読んで貰っているということですよね。

まだ、コミュニケーションに自信を持てない、心理的な壁を持っている、というあたりが、正確な表現でしょうか。

(追記:反応があるということは、私の考えていることに対して理解があるということですよね。「何を言ってるの?」ということでしょう。

矛盾しているじゃないかということでしょう。こういう言葉リアルで聞かされることで、悲しい気持ちになってきました。人には個性があるんです。私は、あなたと同じ感じ方をする人間では、ないのです。)

  

2015-07-26

はてなでのミニマリスト叩きについて

あいつら(ミニマリスト)は基本的弱者だって観点を踏まえたブクマ

ほとんど見られなかったのがPC的に非常に残念だわ。



界隈を観察する限り、日本での「ミニマリスト」の広がり方って

どう考えても金銭的貧困問題リンクしているだろ。



「頑張って働けば、稼ぎを増やして好きなものに囲まれ生活を送れる」

という可能性が存在しない、見えてない、想像できない人たち。

そういう人たちが、自分生活設計セルフコントロール感を取り戻す事を通じ、

「みじめな貧困生活を送るわたし」とは異なる自己肯定感のあるセルフイメージ

持てるようにする、みたいな感じで。



例のビッグカメラの件とかは好きなだけ叩けばいいし、

多くのミニマリストブログから漂う自己啓発的なキモさには何の異論もない。

あいつら(の大半)には、確かに色々足りてない。



でもさ、おまえら「月に一度の回転寿司が唯一の楽しみの生活保護家庭」叩きみたいな、

「愚かな振る舞いをする弱者あざ笑う記事」とかには、それを諌めるような、

文化的資本とか環境要因に触れた、愚かな弱者によりそった視点からブクマとかつけてるわけじゃん。



今回のきっかけのビッグカメラの件とかはは確かに調子のりすぎだと思う。

思うんだけどさ、

上の例の「愚かな生活保護家庭」へのブクマの時のような、

優しさとか冷静さとかが、ちょっと、かなり、相当に足りないんじゃないの?と気になったよ。



とここまで書いて、ほぼ同じこと書いてるブログあった。

http://kutabirehateko.hateblo.jp/entry/2015/07/26/035930

のでそっちだけ読んでくれりゃいいや。

2015-03-09

http://anond.hatelabo.jp/20150309000316

(3) 健全で朗らかな「人に愛される自分」という自信はどこから湧いてくるんですか。

チャレンジして失敗して、立ち直った経験


(2)のような経験をしてどうやって立ち直ってるんですか。

人それぞれ。主に時間

あなたは自信がないといっているが、実は自信があるんじゃないの?

から高いセルフイメージを崩したくないし、失敗したくない、傷つきたくないだけの、真面目系クズじゃないか。

あなた必要な自信は「どうせ自分なんて大したことない」って開き直るタイプの自信だと思うよ。

2015-02-24

私的スキゾイド(シゾイド)論。

ネット上を徘徊していてスキゾイドという言葉を知った。

自分はこれに該当するのではないかと思った。

素人勝手自己判断なのでそうと決まったわけではないのだけれど

ネットでの記事をあれこれ読んでいると自分にも当てはまる箇所がある。

人との関わりを持たないという点に関しては

両親の教育方針も大きく影響しているのかもしれない。

教育方針というと両親に教育哲学がありそうな気がするが

今思い返してみるとただの毒親なのかもしれないと思う。

とにかく「他人邪魔をするな」とはよく言われていた。

勉強しろスポーツしろ、遊びにしろ、その邪魔をするなと。

要はそれが自分にとっては人と関わるなというメッセージになっていた。

誰かが何かに熱中している時は「何それ楽しそう、混ぜて」という子供ではなかった。

そういう時は邪魔をしないように一歩引いて見るだけだった。

病気になった時などは「お前のせいで行かなくてもいい病院にいく羽目になった」というようなことは言われていた。

不可抗力なことに対しても両親は容赦なかった。

小学生の頃に家にいたずら電話がかかってきたことがあった。

一人で留守番していた自分が取った。

その時のことはトラウマになっていて、今でも電話の音やインターホンが鳴ると心拍数があがる。

それに対する両親の対応も「お前が電話なんか取るからだ」というものだった。

子供の頃は子供なりに友達相談もしたことがあったと思うが

それでも両親は常に「お前が余計なことをするから問題が起こる」という態度で何も話が進展しなかった。

兄弟がいるが、中学くらいから無視されて以来会話がない。

無視される経験子供ながらに自分の言動が相手に何の変化も起こさないことを思い知らされた。

次第に自分の主張をすることはなくなっていった。

両親としては操り人形意志を持たせたくなかったのだと思う。

流石に両親も何も欲しがらなくなった自分を見てやばいと思ったのか

「お前の好きなもの何でも買ってやるから言ってみろ」と言われたことがあった。

しかし、自分意見全否定されるのだから、こういう場合何を言うべきか分からなかった。

「いや、ないよw」と笑うしかなかった。

当時は両親が何故困った顔をしているのか分からなかった。

両親の希望通りに何もしていないのに何がいけないのか。

普通の人には世の中は可塑性に満ちているのかもしれないが

自分にとって世の中は可塑性がない世界だ。

自分の行動で他人生活に変化が起こってはいけないし実際に何も変化しないという脅迫観念のようなものがある。

人に興味もないことはないが世の中のことに変化を起こしてはいけないのだから

相手に干渉しない範囲しか興味を満たさない。

テレビ芸能人を見て憧れるというニュアンスに近いと思う。

学生時代は好きな異性が他の人と付き合って別れてというのを眺めているだけしか出来なくて胸が引き裂かれる思いがした。

そういった感情もネジが切れるように、余りに過ぎると正常に機能しなくなるような気がする。

相手が変化しない程度の接触しかないので話すことは至って平凡だと思う。

気になる異性と二人っきりで話す機会があっても「今日は良い天気ですね」くらいしかさない。

学生時代は何かと「冷たい」とか「無関心」「いい加減」「見下してるんでしょ」などと言われていた。

こちらからは何も出来ないので言われるがままだった。

自分はこう思っている、こういう考え方というセルフイメージがあるが他人から見ると全然そう見えないらしい。

さなからからないものだろうなと思うし、それを訂正するつもりもない。

仕事についても自分意見を言うことはない。

大人になり、仕事も覚え、いい歳のオッサンになってしまったので干渉される機会もなくなった。

やっと自由になった反面、もう自分人生の可能性は何もかも無くなってしまった。

歳を重ねたので過去のことを俯瞰で見ることが出来るようになり

知識も多少は増えたので、振り返ってみると人生もっと楽しめたはずだったのになぁと思う。

あんな事したかったなぁ、こんな事したかったなぁとか、あの人と話してみたかったなぁとか。

残念だなぁと思う反面、何事も起きなくてホッとしている自分もいる。

後悔くらいなら許されるだろう。

過去は変化しないのだから

2015-02-18

ヤンキーセルフイメージって不明だけど

ヤンキー悪趣味さって、ああいうのが素直にカッコいいと思ってるのか露悪的に、ダサさが逆転してカッコイイみたいなセンスなのか不明なんだけど、ネット民センスの悪さはあれが素直にカッコいいと思ってるみたいだな。

昨日、語尾に(笑)とか w をつけるのカッコ悪いみたいなエントリを書いたら思いのほか反響があって面白かったんだけど「昔から使われてるだろ(だから正当な使い方だ)」とか「お前センス古いよ」みたいな反応が多くて、あれを普通だと思ってる人が多いと判明してしまった。

2chあたりの「うはwwww会社やめたったwwww」みたいのは、書いてる本人もバカみたいって思ってギャグで書いてるんだろうけど、ブログとかツイッター普通記事なのに使ってる人いるじゃん。あれどういうつもりだって疑問だったけど、ああいセンスなんだね。

2014-02-19

カップヌードル礼賛

コンビニのカップめんの棚のまえで立ちすくんでさんざん迷ってしまい、途方に暮れた末に、結局カップヌードルカレー味にしてしまうことがよくある。最近はそば系のやつとかもよく食べるけど、カップヌードルのたまに帰ってきたくなる感は異常だ。

その中でもカレー味が1番好き。昔カップヌードルに入っていたよくわからない立方体の肉の塊、ネット上での通称謎肉」はカレースープによく合った。いまは「コロチャー」という別の肉になってしまったけれど。いまのも別に嫌いではないんだけど、やっぱりあの肉がまた食べたいという気はする。(調べるとライトリフィルのほうにはまだ入ってるらしいのだが)





カップ麺世界競争が激しくていろいろな新商品が出ては消えていく。その中でよく見るのが「生麺そっくり」というような、本物のラーメンと比べて遜色ないことを喧伝する謳い文句だ。あと有名ラーメン店とのコラボ商品とかもよく見かける。ふつうに鍋でゆでるタイプの袋麺をめぐる状況もだいたい同じ感じで、マルちゃん正麺という商品がヒットしてから、より生麺っぽい乾麺を目指す技術競争が加熱してきたようにおもう。

しかし、これだけ各社が技と工夫を凝らして新しい麺を開発してるのにもかかわらず、(他のカップ麺と比べれば相対的に値段が安いとはいえ)カップヌードルはこんにちに至るまで淘汰されず、同じ味を守りつづけている。他のインスタント麺が「まるで生麺!」とか「行列のできる店の味!」とかばかりにこだわっている中で、カップヌードル姿勢のあの揺るがなさ。堂々たるものである





それは、カップヌードルが自らひとつの評価軸になってしまったということを意味するのだろう。チョコレートポテトチップスコーラ日本人記憶の中では比較最近登場した食べ物だけど、チョコレートポテトチップスコーラようかんおせんべいやほうじ茶比較しておいしいとかおいしくないとか言いだすひとはいない。チョコレートチョコレート自身なのであって、他の甘いお菓子とは別のジャンル確立しているからだ。それと同様に、カップヌードルラーメンではない。ラーメンや他の麺類とはまったく違う、異質の食品20世紀後半のある時期の日本に突然発明されてしまったということが重要なのであって、この一点においてカップヌードルの偉大さは他のカップ麺比較できるものではない。

そういう食べ物って他に考えられる? いまちょっと考えたけど、乳酸菌飲料とかはそうかもしれない。ヤクルトとかおいしいとおもうんですよね。

後発のインスタント麺はしょせんラーメンイデアの似像に過ぎないので、王道っぽいしょうゆ味やとんこつ味が多いし、カップの形からしてだいたいがどんぶりを模した横長だ。対してカップヌードルは非ラーメンなので、カレーとかチリトマトとかクリームシチューとか、かなりのゲテモノを投入しつづけ、しかもちゃんと受け容れられている。

そして、あの近未来的なデザインの縦長カップ。

そこでおもいだしてみると、カップヌードルCMふつうの家庭人が家で平和カップヌードルを食べてる風景というのはあんまり出てこないことに気づく。たいてい宇宙にいくとか南極に行くとかそういうSF

そう、カップヌードル近未来の食い物なのである

ここまで考えると、あーまんまと広告戦略に踊らされてただけだったなーという気にはなるんだけど。まあ、それにしたって「カップヌードルという食べ物」のセルフイメージ確立するまでの道のりというのはなかなか平坦なものではなかったろう。





21世紀世界にあってもなお、カップヌードル近未来食べ物でありつづけてほしい。

2013-11-21

finalventネガコメ

finalvent社説関係ってはてブfinalventブログ記事と完全に相似した関係であるのはともかくとして

今にして思えば、この人はむしろなぜ自分の記事にばかりネガコメ5が集まるのかというか、それを誘導しているのは誰なのか考えるべきだったのだが、実は、むしろそれこそが(つまり、誤解されている自分というセルフイメージを維持することが)この人の真の目的だったのだろう

finalventは一時期発狂系という言葉を使っていたが、ブログ発狂していたのは明らかに本人だし

2013-09-20

精神的にさえ「オタク」には成りきれない俺の話

物心がついたときから、俺はずっと絵や漫画を描き続けてきた。俺にとって絵や漫画を描くというのは、

何かにインスピレーションを得てストーリーを書いたり、遊びの一環としてやる程度のもので、

何か特別なことでもなく、ましてや高尚なわけではなかった。

ただ、自分がいわゆる「オタク」かと言われてみれば、オタクとみなされれば利益を害する状況であるかどうかは

関係のない状況だとしても、そうです、とは言い切れないだろう。なぜなら、俺はいわゆる「オタク」の行動が、

全く理解できないからだ。

描く絵柄もかわいい萌え絵を取り込んだ部分もあるから世間一般からすれば俺はオタクかもしれないけれど、俺は

オタクの行動、思想というのが全くといって理解できない。というかオタクに対しては忌み嫌っている側面さえある。

もちろん、俺のオタクセルフイメージ自体、マスメディア偏向報道によって事実とは違うものも多分に

含まれているという可能性も否定できないと思う。でも、それでも所詮二次元の、自分が描いたわけでもないような

美少女に(いい歳してるかとか容姿の良い悪いか別にしても)たくさんの愛情を注いで、愛でるようなことをする、

二次元美少女を「嫁」と称したりするような、そういう入れ込むような行為は、(口は悪いけど)はっきり言ってキモいと思う。

どうしてキモいのか?と聞かれても、俺ははっきりは答えられない。ただただ、キモい、と感じるだけだ。

ましてや(程度の差はあれども)グッズを買ったりアニメイベントに参加するために生活費を切り詰めたりするような連中となると

それこそ本当に理解ができない。アニメ漫画原作なら漫画BDDVDを買うために生活費を切り捨てる、というのなら

まだ理解できる。でもグッズを買ったりイベントに参加するためだけに生活費を切り詰めたりするという話になると、全くといって

その価値観が理解できないものとなる。たかだかそんな物、事のためにお金時間を消費するという事は、本当に理解できない。

から俺はそういうオタク価値観は持ち合わせてはいない。はっきり言ってそんな物より服の方が大事だ。

興味もないし理解もできない。

理解できないといえば面白いアニメを見終えれば、すぐに二期を作れ、続きを作れという作品性のもの

無視したような、おかわりをねだるような行為も理解できない。確かに面白ければ続きをずっと見ていたくなる気持ちも

わかる。だからといって(続きがあったり続かせる気があったなら別だろうけど)すぐにおかわりをねだるような行為

これも本当に理解できない。下品だ、作品を単なる消費物としかみていないんだ、とそういう意見は忌み嫌ってしまう。

というか書いてて思ったんだけど、食べ物を食べるだけのようにただ消費だけをする、という連中が本当に

理解できない。

というか、ただ消費をするだけと書いたのはおねだりをするように続きをねだったり絵や作品をかけといってくるような

消費者的な立場人間が本当に理解できない。

といっても全てが理解できないわけではないと思う。二次創作をやるのは俺がインスピレーションを得たか

何かを描くのと大して変わりはないし、今後の作品作りに活かすためにアニメ漫画を細分にわけて分析したり、なぜ

面白いのか、魅力的なのかだとかの考察を加えてみたりするような事もある。だからそういう行為は理解できる。

話はそれたかもしれないけど。だから、俺は上に書いたような理由で、(あくまでセルフイメージではあるけれど)

オタクは理解できないし、精神的にさえ「オタク」には成りきれないと思うし、成りきれない。

ものすごく大雑把に要約して書くと、俺はオタク的行動が理解できない、だから精神的にさえオタクには成りきれない。

成りきれないし、忌み嫌う節さえある。

から結局のところ俺のそういう感情を理解してくれる人は、俺と同じようなかく側、作る側の人間しかないわけだし、

オタク世界じゃ俺の居場所なんてない。一時期はサブカル芸術に身を置く側の人間のように振る舞おうともしたものの、

俺は自分の描く絵や漫画サブカル芸術志向したものでもないわけだし、あくまで漫画や絵は娯楽としかとらえていないし

そうとらえた物以外を作る事には興味すらないわけだから、だから俺は結局サブカル芸術に身を置く側の人間にも

なれなかった。

そんなんだから、絵は萌え絵を取り込んでいるような絵柄にも関わらず、精神的にさえ「オタク」にもなれない、

芸術サブカル志向するでもない娯楽作品を描くという、どっちつかずのめんどくさい俺みたいな人間

生まれるわけだ。多分描くのが好きなだけなんじゃないかと思う。駄文失礼。

2013-09-11

予備校の講座ガイダンスの文章がイケメンすぎて濡れるッ!

 ある受験生がいた。相談を受けたのは数年前の秋。関西大学合格したいという。いかんせん成績が追いつかない。周囲の誰もが関大受験に反対していた。誰もがである。受かるわけがない。真面目に受験をしたことすらないのに。今から間に合うわけがない。身の程を知れ……クラブ活動あおりもあって秋口まで本格的な受験対策は後手に回り、急ぎ努めるも今一つ成績の振るわない彼に模擬試験の判定は、追い打ちをかけるかのように残酷な結果を突きつける……。

 受かりたいというそシンプルな思いは誰が支えるのだろう。特定の大学を強く望むことを誰はばかる必要があるのだろう。彼の悲劇は、伸び悩む成績や、関大入試レベルの高さにあったのではない。学校の教師や予備校先生、友人や兄弟や両親(!)にまで合格するわけがないと、希望を否定される絶対の逆風にあったのだ。

 こと現役生にとって大学受験は特別な瞬間だ。将来の生き方を考え詰める、人生で初めての経験だ……偏差値に輪切りにされた自分の可能性。数値化された未来という名のセルフイメージ年収か、職業か、幸福な家庭か。大げさかもしれないけど、入試成功成功が、僕たちの人生のその後の軌道を決定する。本気で不安にもなるし、誠実に向き合おうとも思う。なんだそんな大事ものなら、もっと早くから受験勉強しておけばよかった……

 そういうとき、彼は相談に来た。おそらく来ること自体、勇気必要だったに違いない。今でも鮮明に思い出す。彼の眼はは真剣のものだった。受かりたいという真っ直ぐな重い。そのシンプルな思いは誰が支えるのだろう。

 結果は分からないな……私がその時に感じた素直な直観。五分か五分か、もうあと少しだけ合格に近い、何とかなるかもしれない……そう感じた理由はただ一つ。思いの真っ直ぐさ。こういうのを現代文では「愚直」というんだ。愚かとも思えるほど真っ直ぐであること。誰に否定されようとも、自分未来を真っ直ぐ信じる力。へこたれないタフな打たれ強さ。端的に彼は「ファイター」だった。

 前を向かずに下ばかりみて話す人がいる。人間を見ずに、偏差値ばかりをみて話す受験指導って、いったいなんだろう。教育って誰のために何をすることなのだろう。

 


 ところで、キミたちは誰かに自分人生を決められたいだろうか。成績表はひとつの仮設である先生の助言も、親の訓告も、先輩の忠告も、「心ある」仮説にすぎない。そして、仮説は単なる可能性だ。カルロスカスタネグの主人公メキシコの老呪術師ドン・ファンがいうように、「世界がこれこれであったり、しかじかであったりするのは、要するにわれわれが自分自身にそれが世界の在り方なのだといいきかせているからにすぎん。」というわけだ。あるいはJ・P・サルトル小説嘔吐』の主人公カンタンの語るように、「人間はつねに物語の語り手であり、……すべての経験を、これらの物語を通してみる。」とも言えるだろう。大切なことは、強く願うことだ。その夢を語ることだ。もしもキミの隣の誰かが、偏差値という仮説で「心ある」物語を語るのなら、キミはもっと強烈に「希望」という物語を語ればよい。語ることでデータや仮説を粉砕してしまえばよい。村上春樹小説海辺のカフカ』の主人公は「仮説」を撃破するために「世界中で一番タフな十七歳になろう」と努める。腕力ではない、それは決して。心の力で届くのだろう。自分人生は、自分で描くように現実化していく。僕たちの人生原理的に言って、そのように「語られたもの」以外にはありえない。そして、もちろん、発言に見合っただけの努力は、実際に行われなければならない。しかし、それだけ。真実は常にシンプルだ。必ず思いは届く。不安ではあろう。過酷でもあろう。それでも何でも、強靱に継続する思いは届くものだ。


 受かりたいというそシンプルな思いは誰が支えるのだろう……。



 自分だよ。キミが自分をしっかり信じてやりさえすれば、必ず夢は現実化する。そして先生はそういうキミの努力を支える力になりたいと本気で願っている。



 ところで、「彼」は元気に頑張っているよ。関大生として大学生活を謳歌している。もちろん現役合格……その瞬間まで誰ひとりとして彼を信じなかったけどね。

2013-07-28

http://anond.hatelabo.jp/20130728114046#tb

家で作れないものが嫌いなので、家でインスタントで作れるラーメン外食する気にならない、といいつつ外でコーヒーは飲む。会社飲み会はみんなでしゃべるという付帯価値があるからOKといいつつ恋人とのおしゃべりがあっても外食は拒否とか、論理ねじれてgdgdな文章羅列。

この増田、「ラーメンが嫌い」なんじゃなくて「ラーメンが嫌いという自分セルフイメージが大好き」なんだろうな。

2013-07-21

http://anond.hatelabo.jp/20130719214429

非モテの代表格の俺としましては、

「すべてのモテ男リア充死ね、腹を切れ、又吉イエス地獄の火に投げ込まれて苦しめ」

と思いました。

と、とりあえず誤解のないように、恋愛に対するスタンスを明らかにしたところで、俺はそれでもやっぱり、自分が姉だったら全面的に弟君を擁護したい。

自分では一度も攻めたことのない、受け身だから悪いというのは、どうなんすかね?

たいがい、顔の造形に優れた女って、そんなスタンスじゃない?

告白してくる男を待って、なんとなく付き合ってみて、なんか違うと思ったら、適当に理由をつけて離れてを繰り返す女はザラにいる。

ざっと地球人口が50億、女性半分、男性半分だとして、自分世界の異性のなかで一番好きな、25億分の一の相手が、相手にとっても25億分の一の相手であることなんて、あるだろうか?

人は、好意を抱かれたら、自分も相手に好意を抱くという、馬鹿な生き物だから相思相愛なんて成り立つだけだ。

相思相愛が成り立ったとして、女性から男性への好きと、男性から女性への好きが、ちょうどバランスが取れたカップルなんかいるのか?

弟君、時折にじみ出る態度がカチンとくるだけで、夫としての、父としての務めはきっと完璧にこなしているんだろう。

きじゃない男と結婚した女は、家事育児も落ち度なくこなしていても、やっぱり叩かれないといけないのか?

今まで、見下した態度で女性を傷つけてきたツケ?

そんなもの関係あるか。

百歩譲って、受け止めるべきは弟君の妻の恨みまでだ。

今まで付き合った女性の恨みまで合わせてツケを払えなんて、まるで前局のドラを乗せてるようなもんじゃいか

払うのは手役の点数だけだよ。

俺は、弟君が好きになった。

想像だけど、彼は、好意を抱かれたから、自分も好意を抱くということがないだけでなくて、それ以外のことでも、しっかりと自分の気持ちと相手の気持ちを分けて考える力がある。

巷で流行っているから、自分もそれを好きになる、とか、みんなが嫌っているか自分もそれを嫌うとか、そういうことをよしとしない。

みんながどう思っているかじゃなくて、自分がどう思うかで行動する。

見栄っ張りだけど、決して軽くない。

自分が描く理想、あるべき姿があって、常にそれをスタンダードに、行動している。

物腰は柔らかだけど、セルフイメージ自分哲学から外れたことは絶対にしない。

自分を誤魔化すことが出来なくて、他人からは時に傲慢に思われる。

世の中は同調自分に嘘をつく人ばかりだから、クソみたいな慣習や、いじめがなくならないのに、俺たちは、彼みたいな人を攻撃する。

同調はしないだけで、他者を認めていないというわけじゃない。

弟君は、とても優しい。

どんなことをされても、彼は父として、夫としての役割をこなし続ける。

彼のセルフイメージが、子供と離れて暮らすことを許さない。

増田友人に好意を伝えはしても、彼は不倫なんかしない。

彼女結婚しても、ババアになっても、弟君のことを嫌っても、墓の中に入っても、弟君彼女を愛し続ける。

それでも、人の道に外れることはしないし、父と夫として完璧役割をこなし続ける。

大人になったら人間て賢くなると思ってた。全然違う。年取るほど実感する。

賢くなんかなれない。

空気を読んで、気持ちを誤魔化すことを覚えるだけだ。

同調圧力に屈しているだけなのに、「自分もそう思う」と、自分に嘘をつくようになるだけだ。

お願いだから世界中が彼の敵になっても、姉のあなただけは彼の味方をしてやってほしい。

最後に、ブルーハーツの「ひとにやさしく」から引用させてくれ

人は誰でも くじけそうになるもの

ああ 僕だってだって

叫ばなければ やり切れない思いを

ああ 大切に捨てないで

人にやさしく してもらえないんだね

僕が言ってやる でっかい声で言ってやる

ガンバレって言ってやる

聞こえるかい ガンバレ

やさしさだけじゃ 人は愛せないか

ああ なぐさめてあげられない

期待はずれの 言葉を言う時に

心の中では ガンバレって言っている

聞こえてほしい あなたにも

2013-07-19

弟の結婚生活おかしなことになっている。

たぶん結婚したのが間違いだったような、そういう二人ではある。だけど子供も生まれてるし、間違いだとしてもなんとかうまくやってほしい。

けどそれでうまくやれるなら家庭裁判所かいらないですよね・・・

ここ数日、頭が煮えている。とにかく吐き出す。


弟は十五年前に私の友人に一目惚れし、その恋はいまだ終わらずに続いてる。

弟は貧相な体格でぼそぼそうつむき加減に喋る少年だった。いじめられたりはしなかったようだが、クラスでは冷遇されがちで友人は少なかった。

そんな弟が一目惚れきっかけに体を鍛え始め、ファッション雑誌などを買ってくるようになった。

友人は成績優秀な明るい美少女だったので、少しでもふさわしい男になろうとしたんだと思う。弟の努力は凄かった。

弟は変わった。筋肉がついて体が大きくなったし、表情も変わってよく笑うようになった。他人の目をきちんと見て話が出来るようになって、別人のようになった。

この成長は私をちょっと感動させた。これで弟と友人が付き合い始めたらいい話ぽいのだが、そうはならなかった。

元々顔立ちが悪くなかったのもあって弟はわりとモテるようになった。可愛らしいクラスメート告白された弟は、あっさりとその子と付き合い始めた。

別にいいとは思う。身近な誰かに目を向けることが正解ってこともいっぱいある。

だけど弟の人格はこの頃から少しずつおかしな方向に変わり始めていった気がする。


他の女性と付き合っている間もずっと弟は友人のことが好きで、これは大問題だった。

女神のように神格化された脳内の友人と、短所もある現実の女を、弟は容赦なく比べた。

から歴代の彼女たちとの付き合いは長続きしなかった。オレほんとは他に好きな人がいるけど頼まれたから付き合ってあげてるんだよね、君のあらゆる欠点はオレをうんざりさせるけどそれでも我慢してあげるね、という思いを弟はありありと出していた。

弟は人当たりが柔らかい。"オレってフェミニストで女に優しい"と酔ってるところもある。だから普段は気づきづらいが、相手を恐ろしく見下していることが時々ばれて、修羅場になる。

弟が私の前で愚痴をこぼしたことがあって、その内容も酷かった。

性格は悪くないけど、顔が好きじゃない。メシを作らせるとまずくはないけどものすごく旨いわけでもない。これって付き合ってるメリットが乏しいよね?」

「我慢できるから別れてないだけ。結婚したくはない。期待させたらかわいそうだから『君と結婚とかありえないから』と言ったら泣かれた。うざい」

当時私は結婚を考えていた男性と別れたばかりだったので、弟の発言がむかついてしょうがなかった。

私は弟の発言がいかに失礼か指摘した。弟は私の言葉を「感情的で非合理的でわけわからん」と片づけた。"合理的で論理的で決して感情的にならないオレ"というセルフイメージを弟はとても大事にしている。

こんなやつもう知らんと私は思った。弟も私の発言が気に入らなかったらしく、その手の話をあまりしなくなった。


あれだけ執着しているくせに、弟は本命の友人に対して何もできなかった。電話だの食事だのお出かけだのは何度も繰り返したようだが、そこからさきには全然進まない。

振られるのが怖かったんだろうけど、きっとそれだけじゃない。

弟は歴代の恋人たちに、頼まれたから付き合ってあげると宣言した。相手が不満を言うと「なら別れようか」と笑った。

おかげで弟は圧倒的強者として色々思い通りに出来た。これが駄目だった。

昔の弟は逆だった。何でも周囲の言いなりだった。嫌な思いもいっぱいしたと思う。

相手に合わせることしか知らなかった子供が、相手だけが合わせてくれる関係を知っちゃった。その結果が、今の弟なんだと思う。こっちの方が楽だし上手くいくと思ってるんだろう。弟は話し合いが苦手だ。相手と自分の要求を突き合わせて妥協点を探るという考え方をしない。どっちかがどっちかに合わせる。これしか知らないみたいに見える。

から弟は大好きな友人が相手でも、自分から行けない。頭を下げるようなことをしたら終わりだと思っている。合わせるより合わせてもらう関係にしようと一生懸命だ。

私、姉としてひどくないか。こんな分析して何になるんだ。今更全部手遅れなのか。


弟は友人に対してちょくちょく恋愛相談を持ちかけた。弟の相談内容はいつも決まっていて、

「今の彼女とうまくいってない。別れそう」

「付き合ってくれと言われている。好きじゃないから迷ってる」

のどちらかだった。

要するにオレを口説くなら今だよ、というアピールを何度も繰り返していたわけだ。

受身恋愛しか知らない弟にとってはこれが唯一知っている必勝パターンだったんだろう。本当にバカな子だ。こんなの相手が自分に対して好意がある時しか有効じゃない。


弟の恋愛を終わらせるのはいつも女性の側だった。物腰柔らかな暴君に我慢できなくなった女性がある日爆発する。

浮気もしてない、暴力ギャンブルもなし、なのになんでオレは振られちゃうんだろうね? 女の人を信じるのが、どんどん難しくなる。みんなワガママ感情的

弟のアホなコメント本命の友人以外の女とは何回破局しても弟は平気で、どうして破局したのかその理由を学んで次に生かそうとか、そういうことも全然考えなかった。

弟の恋愛は始めることも続けることも終わらせることも、ぜんぶ相手任せ。自分で決めたことがない。

から弟の暴君ぶりを全部我慢できる女性が相手だと、その関係は終わらなくなる。

とても我慢強い女性が弟の暴君ぶりに耐えきった。絶対に自分から別れようとはしなかった。そうやって彼女結婚まで押し切った。

散々嫌がったけど弟は自分から別れを告げずに時間けが経って、とうとう結婚することになった。一年後には子供も生まれた。


披露宴を三ヶ月後に控えたある日、たまにはきょうだいゆっくり飲みたいからと私は弟に連れ出され、焼鳥屋に行った。

「どうしてこうなる。どうして、なんでだ」

弟は酔いが回るにつれブツブツ同じ言葉を繰り返した。

「どうしてだ、なんでだ。なあ」

弟が血走った眼をこちらに向けた。

「ねえさん教えて。なんであの人はオレを選ばないの? 放っておいたらオレもう他の女と結婚ちゃうのに。手遅れになってもいいのかな」

あの人というのはもちろん友人のことだ。

「あんたマジでアホでしょ。他の女はどうでもいいから、結婚する相手のことだけ考えろ」

「教えてくれよ、なんか聞いてないのか、なんであの人オレに来ないの?」

「我が弟ながらホント気持ち悪い。あんたって思わせぶりにするばっかりで、自分の気持ちを伝えたことないじゃん。今更そんなこと言うなら、自分からもっと動けばよかったのに」

「それはできない。ダメになったら気まずい」

「この話きいたせいで今後、私はあんたの奥さんと顔を合わせるたび気まずくなるんだが。ふざけんな」

だってあの人はねえさんの友達じゃないか。オレ、ねえさんのことだって大事なんだよ。オレのせいでねえさんとあの人が気まずくなったら嫌だから、慎重にしようと思って」

私はその瞬間、人前であることもわきまえず弟の横っ面をひっぱたきそうになって、がまんした。

「わたしたちの友情を尊重するためにあんたは自己犠牲精神でどうでもいい女と泣く泣く結婚してやるってことか?自分が何言ってんのか考えてみろ糞野郎。ゴミ野郎。クズ野郎」

弟は小さい頃と同じ怯えた表情を浮かべ、身を縮めた。

私はカウンター五千円札を叩きつけて店を出た。


弟が交通事故に遭ったのは、妻の妊娠が判明してすぐのことだった。

大した事故ではなかったのだが、これが原因で弟はある厄介な疾患を患った。

弟の場合、主な症状は頭痛と倦怠感。気圧の変化で症状が悪化するため、台風が近づいてきたりすると一日中寝たきりになってトイレにも一人で行けない。当然会社休みがちになる。弟は職場にいづらくなってしまった。

弟の妻は優しく笑ってこう言った。

大丈夫よ。私の稼ぎがあるし。夫婦は助け合って生きるものでしょう?」

その後夫婦は話し合い、弟は会社を辞めて在宅で仕事を始めることにした。妻は出産ちょっと休んで仕事に戻り、家事育児は弟の役割になった。


弟は妻に対して今までずっと強気できた。「なら別れよう」と簡単に言う弟に妻が縋りつく形で関係が成立していた。

その力関係が逆転した。弟は経済的に妻に縋りつく立場になった。

彼女があまりに我慢強かったので弟は気付かずにいたが、弟の妻は寛容な女性じゃなかった。

彼女はこれまでずっと耐え続けただけで、一度も弟を許したことがなかったんじゃないか。たぶんずっと恨みをためていた。

数か月に一度、弟は私に電話を寄こす。いつも深夜だ。妻に見つからないよう家の外に出て、小さな声でひそひそ話す。

弟の妻は変わったらしい。昔とちがう別人みたいだと、弟は怯えた声を出す。

弟の作った食事がまずいと言って捨てる。赤ちゃんの首筋のあせもを指差し育児放棄虐待だと怒鳴る。話しかけて弟の返事が遅れると、テーブルの表面をバンバン叩く。

普段は穏やかなのに何かの拍子にスイッチが入ったように荒れるので怖いと、弟は言う。

弟は涙声で「ワケがわからん」と繰り返すが、話を聞いていると根本原因はなんとなくわかる。妻は弟を信じていない。自分は愛されていないという疑いが常にあって、ちょっとしたことでその疑いがふくらみ、荒れるのだ。


弟は見栄っ張りだ。全てがうまくいっているみたいに見せたがる。大学会社も、世間では一流といわれる場所に入れた。資格職についている賢明な妻を持ち、フリーランスで働きながら郊外の人気住宅地に住んでいる。"何もかも恵まれた幸せなオレ"というセルフイメージを弟は必死に守りたがっている。

から弟には愚痴をこぼせる相手がいない。感情的で非合理的なことを言う、四つ違いの姉しかいない。これまでそれほど密に連絡をとっていたわけでもないのに。いま私たちきょうだい子供時代に戻ったみたいに、たくさん話をしている。

弟は大人しくてまじめで素直なこどもだった。姉の後ろをちょこちょこと付いて回り、私が繰り出す理不尽な命令に従った。

家中駆け回って材料を集め、SFに出てくる宇宙基地みたいな人形の家を、二人で作ったりした。一緒にたくさん叱られた。

弟は私が何か言うと真剣な顔で耳を傾けた。何もかも弟より上手くできる姉に尊敬まなざしを向けた。四つも年が違うんだから当たり前なのに。

たぶん弟の心のどこかに、まだあの頃の感覚が残っているんだ。だから「ねえさんどうしよう」と途方に暮れた声を出すんだ。

そういえば弟がおねえちゃんじゃなくてねえさんと呼ぶようになったのも、私が頼んだからだ。何かの本を読んで影響された私が

「これからはねえさんて言って。おねえちゃんてなんか子供みたい」

と言ったんだ。子供だったくせに。弟はこくんと頷いて、あれからずっと私のことをねえさんと呼んでいる。


子供を連れて実家に帰りたい」

弟はそう言うが、離婚すればほぼ確実に親権は弟の妻のものになるはずだ。法律は元々母親が有利なようにできてるし、妻の方が経済的にも安定している。

弟の妻は子供のことは可愛がっていて、家にいる間はよく面倒をみている。家事の中心は弟だが、妻もかなりやっている。

この状況で弟が親権をとれるはずない。

子供と離れるのは絶対に嫌だから離婚しない、いつも弟の結論はそうなる。

弟は時々夢見るような口調で友人のことを話す。

あの人はどうしているかな、あの人に会いたい、あの人に似合いそうなピアスを見つけた。

「バカ野郎、そんなだからあんたの妻はいつまで経ってもあんたが信用できないんだよ」

「だけどあの人のことを考えている時が一番楽なんだ。その時間がなくなったらすごく辛い。支えなんだ」

弟が結婚する半年前に友人は仕事の都合で引っ越し、一緒に携帯も変えた。友人の新しい連絡先を弟は知らない。

友人と私で話し合い、知らせない方がいいと判断したのだ。


ところがバカ弟はあの焼鳥屋の夜、私がトイレに行っている隙に私の携帯を調べたそうなのだロックはかけていたが単純な暗証番号だったので、なんとかなったのだろう。

それでも弟は三年我慢した。時々携帯の画面に友人の連絡先を呼び出して、それを眺めることが心の支えだったという。

そして二週間前の夜、またしても妻に怒鳴られた弟は何かが切れてしまったらしい。家を飛び出し友人に電話して、

「どうしても話を聞いてほしい会って欲しい」

と頼んだ。

友人は弟のただならぬ様子に驚き、自宅のすぐ近くにある終夜営業のカフェで話を聞くことにした。

そんでもう、ほんとに今更、お前十五年間何やってたの、何で今なのと私は弟の肩を揺さぶってやりたいんだが、ずっと話し続けて空が明るくなってきた頃弟は「あなたがすきです」と友人に言ったらしい。


「そんなの言われても困る。奥さんに恨まれるの嫌だし、家庭のある人とどうにかなる気はない」

と友人から連絡を受けて頭がカーッとなったというのが、私がこの文章を書いた動機だ。

すごいよね、よくこんな長文書けたよ、自分で感心しちゃうよ。これ書くのに二日かかったバカみたいだ。

友人は弟に「このことはねえさんには話さないで」と頼み込まれて悩んだ末に、それでも黙っていられないと思ったらしい。本当に申し訳ない。うちの愚弟が。マジで愚弟が。ほんとに愚弟でどうしよう。

連絡先が流出してしまった件について、友人には謝罪した。今後弟が彼女を悩ませた場合についても話し合い対策も用意した。弟が予想を越えた暴走をしなければ、なんとかなりそう。

あと他に私ができることってなんだろう。

根本原因は弟夫婦の問題なので本人同士でしっかり話し合ってもらうしかない。お互いの主張と気持ちを突きつけあって、利害の調整をするということをしなかったから、あの夫婦な今みたいになってる。どれほど辛いとしてもまず話し合いだ。私が絡む余地はない。

ということを弟に言いたくて電話を掛けたのだが、繋がったのは最初の一回だけだ。弟が友人の連絡先をどうやって入手したか聞き出したところで妻が帰ってきたらしく、途中で切れてしまった。弟は妻の目の前では絶対に携帯を触らない。弟が携帯で誰かと連絡をとることを、妻が嫌がるからだ。だから弟は夜中隠れて電話するわけで、なんか書いててあらためて気付いたけどこれ結構異常なんじゃないのか。

何度か掛け直したが、全然繋がらない。メールにも返信がない。

だって結婚していて、一番大事なのは自分の家庭で、弟夫婦のゴタゴタなんか巻き込まれたくないので、もう放っておいていいのかな。

だけど甥っ子は可愛いんだよな。うちまだ子供いないからなおさら。両親がうまくいってないというのは、甥っ子のためにも悲しい。


夫婦関係は異常なんじゃないかと書いててあらためて思ったんだけど私の感覚が正しいのかどうかわからない。誰か教えて。

うちは子供がいないか共働きでも時間には結構余裕がある。だからからないことがいっぱいありそう。子供のいる家庭だと余裕がなくてギスギスするのは当たり前、と一度言われた。そんなことないだろうと思うんだが、確信持てない。

電話の終わりで弟はいつも「でも大丈夫。うちはうまくいってる。妻も優しい」と言うんだけど、うそ臭くてしょうがない。でも私が姉ばかで弟のことを心配しすぎてるだけかもしれない。本当は言葉通り幸せな家庭?

うちの両親に相談するのが一番いいのかもしれないけど、弟に激しく口止めされてるんだよなあ。もう喋った方がいい気がする。でも親巻き込むと大ごとになりそうだし、弟にも弟の妻にも恨まれそう。

ほんといくら書いてもまとまらないな。

大人になったら人間て賢くなると思ってた。全然違う。年取るほど実感する。

深夜電話で思ったんだけど、弟夫婦関係ってちょっとDVぽくないか。考えすぎな気はするけど、一番怖いのがそれ。二番目に怖いのが弟がストーカー化することなんだけど、弟がそこまで出歩く自由なさそうだから、こっちはあまり心配しなくていいだろう。とにかくDVだったらどうしよう。こんな長文書いてる場合じゃない。

だけど弟と連絡がとれないから、動けない。

とりあえず留守電きいた弟が今夜くらいに連絡くれるといいんだけど。明日休みから遅くても話せるし。

勉強出来る子だったんだよなあ弟。だから本人も含めてみんな弟をバカだと思ってないんだけど、私はバカだと思う。そんなことを思う姉はひどいよな。ごめん弟。とにかく、電話して来い。姉はけっこう心配してます

2012-10-23

http://anond.hatelabo.jp/20121023014843

ロリコンという語も割とライトに使われてきたワードで、参考→http://d.hatena.ne.jp/soorce/20061110/p1

流石に正面切ってペドフィリア犯罪予備軍よばわりされたわけでは無いんじゃなかろうか。

冗談めかして「つまり私が幼稚園とか襲いそうって意味ですかーそれアウトでしょー傷つくなー」ぐらいで流すのが無難じゃないですかね。

何となく (1)は空気読めない、気むずかしい、杓子定規、みたいに思われそうなので、常日頃の職場での自分キャラと応相談

キャラっつってもセルフイメージじゃなくて他人からどう見られているか、な点には留意

普通は悪口を笑って流す人がロリコンだけマジになって否定すると「ムキになるのが怪しい、本物臭い」とか言われそう。

人の言葉遣いにいちいち空気読まずに訂正入れるモヒカンスタイルでやっているなら(1)が最も正しいと思われる。

(

3)は上司マッチョ系な人だと「女々しい陰口野郎」と思われて査定に響くかも?よくわかんない。

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