2024年07月09日の日記

2024-07-09

anond:20240708145343

東京人スタバ文化だなんて思ってるわけないだろいい加減にしろ

どうせ釣りなんだろと思ったら長々と追記までしててマジっぽいのに戦慄したわ。

anond:20240709074608

蓮舫がいなければ石丸が勝ってた可能性はあるが、その逆はありえないよな

なんで選挙終わった途端石丸叩きが乱立してるの???

石丸Youtubeを昔見てたらSNSとかで石丸誹謗中傷する仕事があるって

言ってたけど、まさにそれじゃん

金もらって増田書いてるんだ

俺のこの増田、タダだぜ?

また1人の若者絶望してしまったぞ!

どうしてくれるんだお前達!

https://x.com/myushir/status/1810286072406151192

芦屋サブランの日傘買おうか悩んでるんだけど実際どう?

anond:20240709215015

アドラー選択には責任が伴う。その人が否定を許さないのは自身不安の表れかもしれない。だが、他者意見を抑えつけることで、自分が何を守りたがっているのかを考えなければならない。」

anond:20240708212657

幸い私のマンション査定の段階で 1500万円近くも値上がりしていました。

 

結果売却益はプラスで儲かったんですが、クソめんどくさいです!!!

 

はい解散

 

 

1500万がほんとかはともかく、

プラスで儲かるレベル物件が買える財力か、最低限でもプラマイゼロにできる目利きが出来る人は、別にマンション買ってもいいでしょうよ

買っちゃいけないのは、その逆ですよね

そもそも与信デカい人は不動産投資が出来るから別枠やろ

まぁそれでも目利きがいらないとは言わないけど

ある程度の額出せるなら負ける確率は極端に下がるよね

(特定条件の立地と施設資産価値が下がりにくい)

anond:20240709214832

あんた、なんかすごい真面目に考えちゃってんの?クソ雑魚ナメクジみたいに悩んでるんじゃないわよ♡

みんながなんで生きてるかって言えば、人それぞれなんだからうちらギャルだって別に「こうだから生きてる」とかハッキリ言えないし♡

普通の人が何に価値感じるかなんて、あんたに何がわかるのよ?♡

あたしらにとっては、楽しいことが何よりも大事なわけ♡

美味しいもの食べたり、オシャレしたり、友達バカやったり♡それだけで十分価値あるじゃん

太宰の人間失格なんて読んで悩んでるのもいいけど、それで生きる意味失うなんて、あたしには理解できないわー

から、もうちょっと気楽にいきなよ♡人生は楽しむためにあるんだから、変に重く考えないでさ♡

自分の父が毒親だとわかった日

「30年近く同居している祖母精神疾患があると知った日」

https://anond.hatelabo.jp/20240706023024

数日前に↑を投稿した。

思ってた以上にたくさんの方に反応してもらえて、本当にありがたかった。私は自分の家のことを誰かにしたことほとんどなかったから。

前回の投稿追記にも書いたが、父と言い争いをした次の日、私はカウンセリング相談に行った。

そして、カウンセラーに「あなたのお父さんは残念ながら世間一般で言う毒親です」と言われて衝撃を受けた。

コメントでも、父に対し「毒親だ」「まともじゃない」「そんな親からは逃げろ」という意見が見られた。

正直、私は今も自分の父を毒親という言葉表現していいのかはわからない。

でも、私にとっていい父親ではなかったと、ようやく思えるようになった。

長い間、父がおかしいのか、自分が求めすぎているのか本当にわからなかったのだ。

私と同じように、父から、あるいは母から離れるべきか悩んでいるひとも多いはずだ。

悩んでいる方の参考になるかわからないが、私が生まれるまでの父の人生と、私から見た父と祖母の話をそれぞれ書き出していく。

私には父方の祖父がいない。幼い父と叔母(父の妹)、そして専業主婦だった祖母を置いて、祖父は突然出ていったからだ。そこから祖母は女手ひとりで父と叔母を育てた。私が想像もできないくらい壮絶な生活だったのは確実だと思う。

それでも父は猛勉強して、希望していた大学合格し、それなりに知名度のある有名な会社に入った。そして実家を出た。数年後、叔母も実家を出て、祖母一人暮らしになり、このタイミング精神疾患発症し、精神科に3回入院していたようだ。

父はその事実を伏せたまま母と結婚し、その数年後に私が生まれた。その2年後に妹が生まれ、同時に祖母との同居が始まった。

父は定年まで同じ会社で勤め続けた。おかげで私は金銭的に苦労をしたことがない。

父も叔母も祖母も、祖父が出ていったときの話を一度もしたことがない。なぜ私が祖父が出ていったことを知っているかと言うと、父方の祖父がいないことを不思議に思った私が、子どもの頃に母に理由を聞いたからだ。母は言いにくそうにだったが教えてくれた。加えて、「お父さんがいるって本当に幸せことなんだよ」と私に言った。この言葉が、わたしの中で、ひとつ価値観になってしまった。

ここからは私から見た家庭内の話になる。父のことから書いていく。

父が仕事から帰ってきたとき、母は「おかえり」と必ず声をかけていた。でも、「ただいま」を父が返すところは見たことがない。

父は母が作ってくれた食事を美味しいということは一度もなかった。眉を顰め、あまり噛まずに飲み込む。うまく切れていない野菜を箸でつまみあげ、「見てこれ。ひどいね」と笑いながら言うこともあった。母の前で、私や妹に向かって言うのだ。

仕事が忙しくなり、私が寝た後に父が帰ってくるのが当たり前になった時期があった。母が父の分の食事ラップをして、箸を置いて、すぐ食べられるように準備しているところを私は見ていた。私が朝起きても、食事はそのままだった。母はそれを流し台に捨てていた。

家族食事をしているとき、私が箸を落としたり味噌汁をこぼすたび、父はうんざりした顔をして、なにも話さなくなった。母に「なにやってんの!」と怒られることより、自分のせいで父の機嫌が悪くなることのほうがなぜかずっと怖かった。

私は母のことが大好きだった。同じくらい父のことも大好きだった。でもなにより、父に嫌われることが怖かった。

から母はかわいそうじゃない。父は母をそういうふうに扱っていいひとなんだから。母の失敗は笑っていいんだ。そう思っていた。私は切れてない野菜を見つけるたび、父と笑った。母は何も言わなかった。

気づけば、元から会話が少なかった父と母はほとんど話さなくなった。相手用事があるときは、私か妹に伝言を頼むのだ。

喧嘩しちゃったのかなあ」と私は思っていた。それでも、すぐ仲直りするだろうと気にしないようにしていた。

いつしか父と母が話さないことが当たり前になっていた。そしてそれに触れること自体タブーなんだとわかっていた。

学校休みの日、「〇〇(近くの遊園地)に行くぞ!」と突然私と妹に行った。父の行動はいつも突然だった。どれだけ気乗りしなくても、私も妹も何も言わず父について行った。それが一番正しい行動だと思っていたからだ。

でも、その日はどうしても行きたくなかった。家で友達から借りた漫画を読むのを楽しみにしていたからだ。

行きたくない。家にいる」と返すと父は「行ったら楽しいぞ。行こう」と眉を顰めつつ言った。少し怖かったが「読みたい漫画があるから」と返した。「そんなんいつでも読める。行くぞ」うんざりした口調で父は言った。どれだけ駄々をこねても、私が泣き出しても、父は全く引かなかった。私は諦めて遊園地に行った。

父は私を楽しませようとしているんじゃなくて、"休日に娘を遊園地に連れていった"という事実がほしかったんだと気づいたのはもっと後のことだった。

中学生になると流石に父との会話は減ったが、それでも父が好きだった。正直、父の振る舞いに違和感を感じていた。信頼はできなかった。父の行動を真似るのはやめた。でも父に勉強を教えてもらうのも好きだった。そして、まだ父が怖かった。

そんな家で育った私が友達の家に初めて泊まった日、衝撃の連続だった。たぶん、私が中3か高1の時だったと思う。

その日、友達のお父さんは先に夕食を済ませ、夜勤に行く準備をしていた。夜にお仕事するひともいるんだなあと思っていたら、お父さんがお母さんに「たぶんいつもより遅くなる」と話しかけた。お母さんが「ならお腹空くやろうから朝ごはん多く用意しとくわ」と答えていた(多分こんな感じの会話だった)。

え?お父さんとお母さんってこんなに普通に話すもの

友達のお母さんが私と友達に準備してくれた食事を食べていると、友達が「このおかずめっちゃ好きやねん!」と私に言った。友達のお母さんは「いつもそれ言うから今日は多めに作ったよ」と笑いながら言った。

え?お母さんの食事って、おいしいって感じるもの?そしてそれを伝えるもの

友達の家の全てが衝撃だった。

私の家のお父さんって、もしかしてひどいお父さんなんじゃないか

私って、ひどい娘なんじゃないか

ずっと感じていた違和感の正体がわかった気がした。

そしてモラハラ、という言葉を知ったとき、まさにお父さんじゃんと思った。

それから、父との関係は一気に悪くなった。勉強でわからないところがあっても父に聞かなくなった。あまり顔を合わせたくなくなった。

父が突然態度が変わった私に困惑するのを感じた。まあ反抗期なんだろうと納得しようとしていたのもわかった。

私が直接父に不満を言うことはなかった。

父にはお父さんがいないんだから。父の方が私より辛かったんだ。そして、"父"を知らないんだから父親が下手なのも当然だと思っていた。

父が友人とどこかに出かけることは見たことがなかった。会社の人と飲みに行くこともほとんどなかった。

父には友人がいないことにも気付いていた。だから私のように自分以外の家庭を知るきっかけもなかったんだろうと、私は自分を納得させて生きてきた。

自分父親大事にできない自分こそ、"娘"が下手なんだと思う気持ちが強かった。

それでも父への違和感は日に日に強くなっていった。

こうして私は父を避けて生きるようになる。

ここから祖母の話になる。

正直、祖母との思い出はほとんどない。私が幼稚園の頃、オセロ相手をしてくれたことくらいだ。

日中妄想独り言を呟き、自分で作った変な歌を大声で歌い、一人二役で会話をする。 部屋に監視カメラがついていると言ったり、テレビから電磁波が出てると大騒ぎしたり、好きな野球選手結婚することになったから出て行くと言い出したり。皇室手作り人形を送りつけ、返送されることもあった。そして母や親戚と揉め事を起こす。それが私が知っている祖母の全てだ。

様子がおかしくなっていく過程を見ていたら、病気になったのかと疑うこともできたかもしれない。

でもまともな祖母を見たことがなかった。だから祖母は生まれた時からこういうひとなんだと思っていた。

祖母普通じゃないかもしれないと思ったのは、私が高校生の頃だ。

クラス友達数人とお昼を食べていると、友達の1人が「最近おじいちゃんボケてきててさ、ご飯食べたばっかりなのに食べてない!って言うんよね。認知症の人ってほんまにそう言うんやってびっくりした」と笑いながら話していた。別の1人が、うちはひいおばあちゃんボケちゃって〜と笑っていた。

それを聞いた私は、点と点が繋がったように感じた。

みんなのおばあちゃんよりちょっと早いけど、私のおばあちゃんのあの行動は、認知症だったのか!と本気で思ったのだ。

祖母のことは、今まで誰にも話したことがなかった。でも、認知症だったんだ。それなら話せる!と私も笑いながら友達に言った。

「うちのおばあちゃんも、なんかテレビから電磁波が出てるとか、部屋に監視カメラがついてるとか、会ったこともない好きな野球選手結婚するから出て行くとか言うんだよね」と。

空気が変わるのを感じた。みんなが一気に警戒するのがわかった。「いや、それ、ボケとかじゃないんじゃない?病院に行ったほうがいいような…」と1人が遠慮がちに言った。周りも同意するように頷いた。そしてすぐに違う話になった。

今なら笑えるが、当時の私にとっては本当に恥ずかしい出来事だった。やっぱり祖母普通じゃないんだ。それがわからなかった自分普通じゃないんだ。死にたくなった。それから誰にも祖母の話はしなかった。

私が部屋で寝ていると、深夜にドンドンドンドン!と凄まじい勢いでノックする音で目が覚めた。

「〇〇ちゃん!〇〇ちゃん!」と部屋の外から祖母が私を呼ぶ声が聞こえた。

私が「もうなに!?」と声を荒げて扉を開けると、「なにかあったか?なあ、なにかあったか?」と、祖母は虚な目で縋るように私に聞いた。

祖母には何かが聞こえたんだろう。何かが見えたのかもしれない。でも私には何も聞こえてないし見えてない。私は「なにも起きてない!もうほんとにやめて!」と怒鳴って部屋を閉めた。部屋の外から祖母がなにかブツブツ呟く声が聞こえた。布団を被って目を瞑った。しばらくすると、祖母が諦めて自分の部屋に戻って行く音が聞こえた。

次の日、祖母が「昨日は悪かったなあ」と涙を浮かべて私に謝ってきた。勘弁して欲しかった。泣きたいのは私だと言ってやりたかった。私は祖母無視してその場を離れた。

部屋に戻った祖母が大声で歌ってるのが聞こえてきた。「〇〇さんお願いしまーす!〇〇さんと結婚しまーす!ひとりで〇〇さんのところに行きまーす!」と何度も何度も繰り返していた。

こんなことは日常茶飯事だった。

祖母がずっとずっと不気味だった。

でも病気なのか、もとからそういうひとなのか、私には本当に長い間わからなかった。

祖母が早く死んだらいいのに。

そしたらこの家ももう少しはまともだったかもしれないのに。

そう思うこともあった。

そんなことを考える自分が情けなかった。

気付けば、私は祖母のことを見えないもののように振る舞うようになっていた。それが一番楽だったからだ。

これが私から見た父と祖母だ。

もちろん書いたことが全てではない。

父や祖母から愛情を感じることもあったような気がする。

でもなぜか今は思い出せない。

父も祖母も、普通じゃなかった。

私は、気づくまで30年近くかかった。

大料理で許されないやつ

鶏肉を切ったまな板を洗わず生野菜切るやつ

ミンチをこねた手で調味料触るやつ

外国産レモンの皮を使うやつ


あと一つは?

気温操作する技術ないんか?

夏の熱を貯めて冬に使うとか、その逆とかさ。

部屋の中はいいが、外があかん

教えてほしいことがあります

皆さんはなんで生きてるんですか?

全てのことに価値はなく

ビジネスの力により

付加価値がつけられただけの

サービスや物を買い集めることに

全く興味がわきません

人間同士の関わりも含め

全てのものがハリボテに見えてしまって

騙し合って生きているようにみえます

事実、太宰の人間失格が

あれだけ読まれているのだからそうですよね?

普通の人は何に価値を感じるのですか?

生きる目標があるんですか?

みなさんなんのために生きてるんですか?

教えて欲しいです

ニコニコと違ってはてなのサービスサーバー攻撃されないのなんで

保有する個人情報が少ないから?ユーザ数はそれなりにいるでしょ

anond:20240709214609

何言うとるんじゃ、ワイにそんなこと言われても知るかいな。

腐女子が描いとるやつが嫌いじゃったら、見んかったらええじゃろうが。

そもそも、好みの問題いうたらそれで終いじゃろうが。

ワイもおどれも好き嫌いあるんじゃけぇ、他の人もそういう好みがあるって理解せえや。

でもな、世の中にはいろんな作品あるんじゃけ、合わんもんがあってもしゃあないんじゃ。

その腐女子が描くもの需要があるけぇ存在しとるんじゃ。

自分が気に入らん言うて、それを全部否定するのはおかしいことじゃろう。

それにしても、気に入らん作品見て文句たれるくらいなら、自分が好きなもん探した方がええじゃろうが。

BLだけ描いててほしい」とか言うとるが、おどれが求めとるもんは他にいっぱいあるんじゃけぇ、そっちを探せや。

結局、好みの問題じゃけぇ、自分の好きなもんを見つけて、それを楽しむ方が精神的にもええで。

腐女子が描いとるやつが嫌いじゃったら、そんなもん見んでええんじゃ。

テメェの好きなもん見つけて楽しみゃええんじゃ、わかったかい。

腐女子の描いた男女エロが嫌いすぎる

腐女子の描いた男女エロが嫌いすぎる

男性向け成人漫画でもTL(女性向け男女エロ)でもあるんだけど、男キャラ筋肉赤面顔にやたら力が入ってて逆に女キャラは馬面で体格もゴツかったり、手抜きだったりする

広告に出てくる「居酒屋ナンパお持ち帰り」とか「隙あらば彼氏性癖を歪めたい!」とかもまさにそれ

こういうの、作者が可愛いキャラには興味ないんだろうなぁってのが伝わってきてすごく萎え

ひどいのだとペニバンで逆アナルとかし出すから見てられない

M男向けにも逆アナルはあるだろうけど、腐女子の描いたのは明らかに掘られてる男にフォーカスしててそれとは違うんだよ

商業BL原稿料が安いからTLや男性向けに出張してきてるんだろうけど、大人しくBLだけ描いててほしい

anond:20240709214046

いかいボク、他の人がいいなと思わない限りブームはこないんだよ

anond:20240709213742

毎日鼻くそをほじっていますから今日抜けなかった毛も明日には抜けることでしょう。

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