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はてなキーワード: ピアニストとは

2011-11-10

親は自分の子供を使って、自身の遺伝子の優秀さを証明したいのか

子供の頃、私はたくさんの習い事をした。しかしそれらは、何一つモノにはならなかった。

やりたくないピアノ、やりたくない体操、やりたくない習字… 全て嫌々やっていたので、身につかなかったのも当然だろう。

頭の悪かった私は、塾やそろばんにも通わされた。しかしそこでも嫌々座っていただけの私は、何も習得する事は出来なかった。

あきらかに素養が無かった私に、なぜ母はあんなにも色々な習い事をさせていたのだろうか?

それは「娘のため」ではなかったと思う。

母は娘を何者かに育て上げ、それによって自身の遺伝子の優秀さを証明たかったのだと思う。

子供の頃の母は、貧しく、習い事など何もしていなかったらしい。貧しかった母は、平凡な学校卒業し、平凡な就職をし、平凡な家庭を持った。

しかし母は、チャンスさえ与えられれば自分が何者かになれる素養があると信じていた。自分は本当は特別な人間だという確信。それを証明するのが、自分の娘の存在だったのだ。

私の娘なら、ピアノを習えば世界的なピアニストになるかもれしれない

体操を習えば、素晴らしい体操選手になるかもしれない

学校以外でも勉強を習えば、優秀になるかもしれない

そんな期待が、娘に次から次へと習い後をさせる原動力になったのだろう。

そして期待が次から次に裏切られた母は、どうなったか

娘を憎むようになったのだ。期待が過剰だっただけに、その反動も大きかった。期待を裏切った私は、それはそれは母に辛く当られた。まさに、身内ならではの愛憎劇である

幸い私には出来の良い弟がいたので、それによって母の矜持は保たれていたようだ。

「娘は自分の優秀な遺伝子を受け継げなかったが、息子は自分の優秀な遺伝子を受け継いだ。不出来な娘は自分の分身ではない。優秀な息子こそが自分の分身だ。息子によって自分遺伝子の優秀さが証明された」これが母が子育てで得た結論である

私の母は極端だと思うが、親というものは多少なりとも自分の子供を自慢したいと考えているのではないだろうか。

優秀な子供や美しい子供を自慢したいという心理は、自身の遺伝子の優秀さを自慢したいというエゴに繋がっているのではないかと思う。

親達は口をそろえて「子供のため」と謳うのだが、私の考えは穿ちすぎなのだろうか。

2011-10-02

フジ子・ヘミング冷泉彰彦,そしてわたしの雑感

http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2011/09/post-346.php

フジ子・ヘミングについて冷泉彰彦が書いた文章を「いまさら」見たので,わたしの雑感を書く.

私が聞いた時,彼女調子が悪かったのかもしれないが,彼女の「音」にはまったく感慨を覚えなかった.個人的に感想としては,演奏が始まる前,調律師が調律していた音の方が,よっぽど「ブリリアント」であった.おまえはなぜヨーロッパオーケストラを聞くのか,と問われたら,こう答えるだろう.「音が違うから」と.それだけ,日本オーケストラヨーロッパオーケストラでは,音がちがう.ピアノ演奏はあまり聞いたことがないが,少なくとも一人立体的な音を出している人はしっている.アルゼンチン出身の女性が出していた音は,立体的でたいへん美しかった.

しかに,フジコ演奏を予断なく聴いて感動している人に水を差すようなことはしない.しかし,朝日新聞に出ているような広告をみたり,フジコがそういった過去を持っていることと彼女演奏を結びつけたりといったことが過剰であると見受けられるためにクラシックファンに批判されているのではないか

クラシック音楽解釈するために,人生観そして世界観に絡めて理解するというのは理解できる.しかし,それは立ち現われている音と「わたしの」人生観,「わたしの」世界観を絡めて解釈する行為であって,演奏者個人の来歴はさほど関係ない.演奏者個人の来歴が関係してくるのは,演奏に対しての価値判断が行われる場所においてであろう.つまりフジコ演奏を聴いて,「天涯孤独から演奏に感動するというのはあまりよろしい態度ではないとわたしは思う.よって,「ブレンデル引退コンサート巨匠人生が凝縮されている」とわたしは述べない.「ブレンデルはさすがに引退か」とは思うが,そことは離れた場所で演奏を聴き判断する.そして演奏を判断するためのものとして,「音」「技術」「技巧」というものがあるのである.どんない偉大な経歴であったとしても,その場で聞いてしっくりこなかったのであれば,しっくりこなかった感動したのであれば,感動したと思えばよい.その場所に,「フジコの半生はこんなで」とか「ブレンデルの引退コンサートから人生が云々」という話は関係ないのである.そういった話を引きはなして,演奏を聴かないがためにフジコファンは「耳がない」と馬鹿にされるのである.(フジコの弟が大声でブラボーと曲毎に叫ぶのも興ざめ)

物語を作って,物語の登場人物をステージにのせ,半生を聴衆に回顧させ,お涙頂戴芸をやっているから,フジコは批判される.それにわたしから言わせてもらうと,最初フジコなんぞの演奏を聴いてしまった方がかわいそうである(フジコ演奏をすべて私は否定したいのではない,最初に出したアルバムは良いと思う.その後は練習不足がたたってか,年なのかしらないが全然ダメだと思っている).

ピアノ演奏には,お涙頂戴芸以上に素晴らしい芸術がある.それの根幹となっているのが各人が出す音であるフジコは全くそこができていない(というよりも年で,もうまともな音が出ないのではないか.長年鍛錬してきた他の老ピアニストと違って彼女にはブランクがある).その点からフジコはさっさとお涙頂戴芸をやめるべきだし,フジコ演奏を非難しているのは,頭の固い日本馬鹿クラシックファンだという発言をするのもやめていただきたい.

あとCDだといくらでもごまかせるので,実演聞いて判断するべき.

わたしのおすすめピアニストは,ハンガリー出身でいまはイタリアに住んでるおじさんとか,ルーマニア出身で最近日本演奏に来たのにおなかが痛くなって残念ながら帰ってしまったおじさんとか,アルゼンチン出身で体調不良コンサートキャンセルしてしまったおばあさんとか,もっといろいろいるがこの辺で.

2011-07-06

今回の震災で親戚を亡くした。

はいっても遠い親戚。

そのことに関して涙を流すようなことは結局無かった。

それでも何も無くなった土地を見たときは足が震えた。


あれからずっと胸の中でつっかえてることがあって、でも上手く口にできないことがある。

それはもうあれ以来ずっと増田でもどこでも散々言われてることなんだけど、この今の日本に漂う空を切る感じ。

みんな復興頑張ろうって言ってる。頑張れって言ってる。

当事者じゃない第三者もみんな口を揃えて頑張ろう頑張れって言ってて、その為に何ができるのか考えてる。

偽善でも愛でも義務でもいいんだけど、そうやって日本を一つにまとめようとするムーブメントを起こそうとしてる。

広告会社TVネットも、それぞれの価値観で風化させないように頑張ってくれてる。

ホントに素晴らしいことだと思うのだけれど、でもそこには何か血が通ってない感じがする。

なぜかどうしても心をうたれない。


私が今回の震災で一番心を打たれたメッセージCMでもキャッチコピーでもデモでもツイートでもない。

あの時、何も無くなった大地に転がった、辛うじて原型を留めているような車のボンネットに真っ赤なスプレーで書かれたメッセージ

「あけない夜はない」

こんなクサくて、ありふれてて、使い回された言葉を見たときに脳天からつま先までしびれて、その後しばらく呆然としてた。

気が付いたら私は泣いていた。


私はあれからずっと、ヒーローを待っている。

それは、どこかの社長でも、政治家の誰かでもなく、芸能人でもない。

ムーブメントは必ず、きっと必ずそのきっかけの中心から起こるはずなんだ。

どんなに周りが大きな風を送っても、中心が凪いでいれば、それは人の心を動かすような大きなムーブメントにはならないのではないかと思う。

あの地震の震源地に一番近い場所で、私はヒーローが産まれるのを待っている。

もう一度、今度はその声で、ものすごい震度日本中の心を震えさせるのを待っている。

芸術家でもいい、バンドでもいい、漫画家でもスポーツ選手でもいい。

私はそういう人が声をあげるのを待っている。


下世話な話だが、そこからは新しいビジネスが生まれたりもするのだろう。

しかしたらもう構想はあるのかもしれない。

被災地が生んだ天才ピアニスト」みたいなことがきっと起こるだろう。

こぞってメディアはとりあげるのだろう。

○○を経験した△△なんてありがちな手法だ。

すでに被災したお笑いコンビを周りがそうやって持ち上げようとしてるのを見かけたりもする。

それでも私はかまわない。

私はあの日、あの場所で見た、あのメッセージのように、その生の声が聞きたい。

そこに生きてる人間の力を感じたい。


いや、それ以外は見たくないのだろう。

私に関して言うなら、きっとそうだ。

それは自分もその血の通わない声と一緒だと思われてしまいそうだからだと思う。

そういうつまらないことを恐れているつまらない人間だ。

自分で考えて動くよりも、自分誰かのために何ができるか考えるよりも、ヒーローに喝采を送るほうがよっぽど楽だからだ。

私もウルトラマン拍手を送る小市民でいたいのだ。

戦闘機を飛ばして意味もない弾をばらまく存在になりたくないだけなんだ。


から広告代理店CM制作会社はつまんないキャッチコピーCM作るヒマがあったら

もっともっと現場の声を伝えてください。

それが、そういうことがあなたたちの仕事でしょう?

AKBプロデュースする暇があったら、もっとプロデュースする対象があるでしょう?

本物のヒーローを私に見せてください。

貴方たちが机の上でコーヒー飲みながら肩肘ついて搾り出したキャッチコピーなんてなんにも響かないんです

2011-05-14

駐車場の整理係を日本人がやっている素晴らしさがわかりますか?  のはてブコメント雑感

駐車場の整理係を日本人がやっている素晴らしさがわかりますか? 「120万人の移民」に脅えるドイツの実情 

| 川口マーン惠美「シュトゥットガルト通信」 | 現代ビジネス [講談社]

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/4642



これについて

人気ブックマークコメントがおかしいと思う。

ちょっと突っ込みたい。




1 ”一見いいこと言ってるんだけど意味不明”系

aozora21 労働, EU, ドイツ

移民駐車場の整理係をしていて悪いことはない、ダメなのは単純労働者を食えなくすることだ。

2011/05/13

人気1位のコメント

実に良識的で、一見正しい

パーツごとに読めば正しい

でも何の意味も無いコメントだ。

はてなで星を集めるコメントの見本である




移民がどんな職業に就いたって悪いことはない。

それは当然だ。

この良識性、「外国人差別しません」「職業選択の自由尊重」のタダシサは揺るがしがたいものがある。

が。

なんで単純労働職が移民だらけになるかといえば

移民ならば労働力の買い叩きに応えられるから」に他ならない。

生活保護受給者以下の生活に耐えても、

日本で稼いだお金の母国での価値を思えば辛抱できる移民達。




移民を増やし、

駐車場の整理係や単純労働枠が移民だらけになったら、

その時には必ず労働力ダンピングが進んでおり、

単純労働者は全体に確実に今よりずっと「食えなく」なっている。




この自明の繋がりを無視して

移民がどんな職についても悪くない」「差別反対」なんて断片的レベルに落とし込んで話を誤魔化す。

これは欺瞞としか言いようが無い。

aozora21さんも、この人に星をつけてる人も、欺瞞に気づかないような知性の人ではないと思うので、

これは意図的な不誠実だ。

単純労働者を保護したいなら、飽和している労働力をさらに輸入するような無計画なことを控えるのが一番良い。




hobbling

低機能とか移民差別する国に優秀な移民は絶対来ません。移民奴隷はなく共に生きる同朋として日本人と同じ権利を与えるのなら移民賛成。

2011/05/13

☆はひとつだが、

”一見いいこと言ってるけど意味不明コメントの良い例なので挙げる。

移民能力をチェックをする国というのは

「低機能」な移民にとっては面白くないが

「高機能」な移民にとっては良い職場で、むしろ能力を精査してくれないほうが困る筈だ。

つまり、この人の指摘は本件からずれている上に間違っている。

(ずれていようが間違っていようが「差別反対」調であれば星を受けるのははてなの悪い点)




移民奴隷にしてはいけないのは全くその通りだが、

日本人と同等に扱うなら移民を入れる理由は日本には無い。

少なくとも声高に移民大量受け入れを叫んでいる人達には無い。

彼等は「日本人以下の扱いで働く奴隷」が欲しいだけだ。

日本人と同じ扱い・同じ給与を与えるなら大量移民日本に必要ない。

何故って、日本は人余りの職不足なのだから




2 話にならない系

charliecgo 差別

この名前からしてドイツへの移民らしき筆者がトルコ移民差別する構図がたまらんですな。名誉白人

2011/05/13

相手の名前に目をつけながら「差別しか言わずに言い分を封殺しようとする。

複雑さに欠け、論ずるに及ばない。

私に言わせればこの人の物言いからも濃厚な差別の匂いがするが。

(「この苗字在日だろw」で済ませて言い分に取り合わないようなやり口と同一なのは誰の目にも明らかだ。)

hatoken

まぁピアニスト崩れだしね、しょうがない

2011/05/13

こういう同類も多数。

かにゴロゴロいる、職業や経歴や年齢女性であることに汚い侮蔑を剥き出しにしながら彼女の「差別」を非難する人達全員脳の病院にいけ。




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1と2を並べるのは人格の差がありすぎて1の人々に失礼だが、

1と2は「話をそらして反撃したい」という、所作の共通点がある。

さらに言えば、そういう所作を選んだ動機も共通しているように見える。





つまりこの人達

社会で影響力のある悪辣な移民推進論者とは別の、もう一方の移民推進論者なのだ。

後者の彼等は、前者のように「移民奴隷扱いしたい」という邪悪な考えは持たない。

自分の儲けのための移民を入れようとしているのではない。



儲けの代わりの動機はイデオロギーであり、

差別反対」

外国人の多い共生社会進歩社会

という概念が彼らを突き動かしている。



イデオロギーは自由だが、

彼等がその実現のために大量移民推進を選ぶのは非常に無責任で短絡的と言わざるを得ない。

移民奴隷労働労働力の買い叩き、先住単純労働者の搾取激化、社会保障払底、

 悪辣な雇用者けが丸儲け」

という必ず起こる弱者直撃の悲惨に、気付いていながら知らん振りしているからだ。





この人達はだいたいリベラル傾向の人達だと思う。

そのあなた達が、自分の頭の中のイデオロギー(というより趣味だなこんなの)のために

移民社会的に弱い労働者奴隷労働地獄に叩き落す、社会を混乱させて市民に苦しみを味合わせる、一部の資本家だけ栄える、

なんて現実を招来してよいのか。

もっと責任を持って考えてから意見を述べて欲しい

2011-04-02

何かを始めるのに遅すぎると言うことはな

プロピアニストを目指したいなら話は別だが趣味で弾くくらいならさっさとやればいいのに。キーボードも音が出るから紙鍵盤よりはマシ。先生がいなければピアノサークルにでも入って自分より上手い人に教えを請えばいい。上手い人に使わなくなったバイエルとかハノンを貰って練習してもいい。

あれこれ言っている人ってたぶん10年後も同じことを言っていると思う。いま24歳らしいけど10年後にせめて20代だったら・・・とか言うのではないか。大抵のことは1年も真面目にやれば、やっていない人とは圧倒的な差になる。ピアノは小さい頃から10年以上やっている人もいるから上を見たらきりがないけど、やらなかった自分とやった自分を仮に比較できるなら大きな差になっているはずだ。


http://anond.hatelabo.jp/20110402140448

2011-01-26

http://sankei.jp.msn.com/world/news/110125/amr11012521500129-n1.htm

ホワイトハウス反米ソング 米政権が大恥

ワシントン佐々木類】中国胡錦濤国家主席を招いて19日夜、ホワイトハウスで行われた公式晩(ばん)餐(さん)会で、国際的な中国人男性ピアニストラン・ラン郎朗)氏(28)が演奏した曲が、反米宣伝映画の主題曲だったと分かり、米国内で波紋を広げている。

 ラン・ラン氏は、中国生まれでニューヨーク在住。演奏したのは、朝鮮戦争(1950~53年)を舞台した中国共産党反米映画「上甘嶺(じょうかんれい)」(56年)の主題曲「わが祖国」だ。

 「わが祖国」は中国人に広く知られており、共産党が数十年の間、反米宣伝曲として利用してきた。映画は、中国人民解放軍義勇軍」と米軍の激戦の様子を残虐に描いている。

 米CBSニュースによると、ラン・ラン氏は、この曲を選んだ理由について、晩餐会の前に収録した香港フェニックステレビに、「この曲をホワイトハウスの晩餐会で演奏することは、中国人にとって大変な誇りになると思った」と語っていた。

 だが演奏後に波紋が広がると子供のころから好きな曲の一つだった。メロディーが美しいという以外の選曲理由はない」とのコメントを出した

 演目などは通常、ホワイトハウス国家安全保障会議(NSC)のスタッフが事前にチェックするはずだが、ギブズ大統領報道官はコメントを避けている。

 一方、米メディアによると、中国ブログには「米国人は曲に酔っていた。本当に間抜けだ」といった書き込みがあふれている。

このピアニストをどう処遇するかで中国側は苦労しそうだな。

2011-01-10

http://anond.hatelabo.jp/20110110015136

それが偏差値教育の弊害だという人もいるよね。

一般には偏差値というのは差別の象徴みたいに思われているけど、実際はそうではなくて、あれこそ平等幻想)の象徴なんだっていう。

なぜかというと、高い偏差値も低い偏差値も同じ「数字」だから、「がんばればその数字は上げることが可能で、高い人はがんばったからだ」っていう。自分がいる地点と高い地点との地続き感。

これは本当は自分がいる地点と高い地点は断絶していて、到達不可能かもしれないという可能性を隠蔽している。その隠蔽装置偏差値なんだと。

これがピアニストなんかだと指の長さが足りないから無理、という決定的な断絶があったりする。

ところが偏差値はそうじゃないんだっていう。

2010-09-26

女子グループに限らず

http://anond.hatelabo.jp/20100926203806

同じ立場の人間がたくさんいて、1人だけ褒められたら、他の人は良い気分はしない。だから、褒められる人には条件がある。

1、褒められても驕らない。

2、他人に中傷されてもめげない。

3、孤立することを虞れない。

この条件をクリアしていない人を他人の前で褒めることはない。褒めるとしたら嫌がらせ

ただし、突出した「何か」がある場合は別。野球選手野球うまいのが当たり前だから、平気で褒められる。ピアニストピアノうまいの当たり前だから、平気で褒められる。

私だったら、誰か1人が人前で褒められてたら(スケープゴートご苦労さま)と思う。何に捧げられた犠牲なのかわからなくても。

2010-09-20

初音ミクと見せかけの魔法

 海外blog初音ミクについて熱い(長い)文章を書き込んでいるのを見かけたので試しに翻訳してみた。無断翻訳なので匿名で。urlは以下の通り。

http://deliciouscakeproject.wordpress.com/2010/09/20/hatsune-miku-and-the-magic-of-make-believe/

=====以下翻訳=====

 初音ミクと見せかけの魔法

 初音ミク歴史は18世紀のヘタリアイタリアに始まる。

 そこにはバルトロメオクリストフォリって名前のすげえヤツがいた。こいつの得意技は楽器を作ることだった。何でも作ったわけじゃない。当時はひどく弱々しいちっこいもので、しょぼい羽柄が並んだ弦を引っかいて金属的なチャリチャリした音を出すもの、つまり鍵盤楽器を作っていた。いわゆる「バロックミュージック」ってヤツだ。クリストフォリが音楽技師として、また機械技師としてやったのは、弦を異なる強さで叩くハンマーを使った仕組みづくりで、それによって演奏家は小さい音(ピアノ)や大きな音(フォルテ)で演奏できるようになった。だもんで皆それをイタリア語ピアノフォルテと呼んだ。もちろん、今ではお前も俺もそして誰もがクリストフォリの発明品をピアノと呼んでいる。

 イタリアピアノ発明することによって、日本初音ミク発明するための扉を開いた。

  ***

 俺は今、ここサン・フランシスコの150席しかない小さな映画館で、秋のアイドル公演を待っている。チケット完売した「39[ミク][[Sankyu!]] Giving Day」コンサートの上演を見るために、愚かな時間無駄遣いをする連中が集まっている。コンサートじゃ電子的に創造されたポップアイドルつまり緑の髪をした女神が、ゼップ東京コンサート会場で生演奏するバンドにあわせて踊り歌っている様子がスクリーンに映し出されている。それはまるで、一部はライブなんだが、本当はそうではなく、「本物」のボーカロイドコンサートでお目にかかれるのに近いものだった。言ってみればゴリラズを見に行くのとそれほど違いはない。伴奏は本物のミュージシャンが作り出しているが、客が見ているのはいわば巧妙なごまかしの表層であり、音楽に命を持たせるために使われる動くペルソナだ。これがミクの魔法である。それは見せかけの魔法だ。

  ***

 クリストフォリがピアノ発明した頃、J・S・バッハ平均律クラヴィーア曲集を書いた。そこでは要するに鍵盤楽器の各音程間で一通り数学的な調整をすれば、突然どのような調号でも十分演奏できるようになるということが言われている。言い換えれば、何か妙なことをしようとした際にいつも調子はずれの音を出すのではなく、初心者から中級までのピアノの生徒がやらかす糞を抑えるような5フラットとか7シャープとかそういったことが完全にできるようになる。これによって18世紀の鍵盤楽器は初めて、いちいちくそったれな調律をしなおすことなく新しい楽想を試すことができる原始的なワークステーションとなった。

 数十年後、ようやくピアノ価格が下がり十分なほど生産できるようになったことで、それは非常識なほどの大金持ちだけの特別な楽器ではなくなった。代わりにそれは有名な王族たちのような常識的な程度の金持ちが購入できるものとなり、彼らは好んで地元作曲家を雇い自分たち(とその客)を楽しませるために音楽を書かせた。こうした作曲家の一人があのヴォルフガング・A・モーツァルトであり、彼の特別な才能は主に下ネタ女性音楽生徒に対する性欲の面で発揮された。もちろん鍵盤楽器からふざけた音を引き出す才能もあり、その短い人生の間にモーツァルトは最も好きな楽器ピアノに決定した。彼が書いた27のピアノ協奏曲(本当に素晴らしいのは最後の10曲ほど。アニメシリーズのようにモーツァルトレパートリーは後半になるほど良くなった)は、単に協奏曲形態にとって画期的な礎石となっただけでなく、ピアノ音楽の基礎を築いた。モーツァルト協奏曲はこう言っているようなものだ。「これこそピアノにできることだ! ピアノだけでなく、オーケストラと一緒でもいい! まさか今更ハープシコードに戻ろうってんじゃなかろうな?!」

 モーツァルトより後の時代の人間は皆彼に同意した。ひとたび音量の大小を調整できる鍵盤楽器を手に入れてしまえば、弱々しいチャリチャリした機械になぞ戻れっこない。これが230年ほど前の出来事だ。ミクへの道は一日にして成らず。

  ***

 ミクの公演にやって来たファンの男女はいろんな連中の寄せ集めだ。彼らの5分の1ほどは当然ながらボーカロイドコスプレをしている。何人かはケミカルライトまで持ち込んでいる。コンサート全長1080ピクセルの巨大なスクリーンで始まり、全劇場サウンド・システムが炸裂し、観衆は最初はためらいがちに見ていたが、最初のいくつかの歌の後は雰囲気が盛り上がってきた。彼らはスクリーンの中の群衆と一緒にリズムに合わせてケミカルライトを振り、曲が変わると歓声を上げ、各ナンバーが終わると拍手をした。単なる録音と録画じゃねえか、などというたわ言は知ったこっちゃない。理論的にはゼップ東京の群衆だって同じように録画を見ていたんだ。本当に「ライブ」で演奏される音楽など、現代においてはクラシックオーケストラ民族音楽演奏くらいしかないし、それにシンフォニーホールですら今日ではマイクが使われている。誰もが電子的な助けを借りて音楽を聴いている。ひとたび電子機器楽器として受け入れることを覚えてしまえば、ミクを愛するのは簡単だ。彼女モーツァルト魔笛アリアを歌っている動画を聞いてみよう。

http://www.youtube.com/watch?v=gr9fbQzNpqA

  ***

 19世紀欧州で、もしお前がピアノ演奏ができない作曲家だったとしたら、お前は存在していなかっただろう。それはもはや単に大小の音量で演奏できる楽器にとどまらず、巨大な和音構造物であり、多音パッセージワークであり、一人の演奏家の手で「あらゆる音符を見ることができる」ものとなっていた。もしピアノがなければきっと「2人のバイオリニストビオラ及びチェロ奏者各1人をかき集めて旋律が上手く行くかどうか調べにゃならん」てなことが起きていただろう。そしてもちろんチェリストは、ある音符について「どぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅん」と演奏するようお前が何度も何度も何度もお願いするのにうんざりして1時間後にはそこを立ち去ったことだろう。

 少なくともピアノがあれば、お前の小さな指以外に迷惑をかけることなく「どぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅん」とやることができる。

 かくして1800年代においてピアノは中心的な作曲道具となった。そして同時に社会中産階級が暇と屑な時間を持つところまで進化し、そしてもし彼らがスポーツゲーム発明しなければ、彼らは音楽その他を演奏したいと望み、そんでもって家に持ち込むためピアノを注文できるようになった。欧州だけでなく日本でも、少なくともウィリアムペリーが彼らを開国して西洋化が始まった後には、同じことが生じた。基本的にピアノ文明化の証と見なされ、そして有名な山葉寅楠ってヤツがイケてる連中のため日本製ピアノを作り始めた。

 19世紀末20世紀音楽制作にとって黄金時代だった。楽譜を買って他人の歌を演奏する方法で「音楽を作る」こともできたし、あるいは作曲理論について十分に学び自分の曲を創造するというやり方で「音楽を作る」こともできた。そうした取り組みの多くはピアノの周辺で起きた。ピアニストが力を得た。鍵盤があれば、お前はスターになることができた。

 そして、とんでもないことが起きた。

  ***

 ミクだけじゃない。巡音ルカとリンとレンも公演に出てきたぜ! 全ボーカロイドパーティだ。彼らの異なる声質と、ミクと組む様々なやり方は、見事な音の見本集になっている。他のキャラクターが登場するのを見た観客たちは熱狂している。異なるシンセサイザープログラムマスコットに過ぎないにもかかわらず、彼らはまるで我々の友であり家族であるかのようだ。ようつべニコ動を使って彼らを我が家へ招待しよう。彼らの声を我らの生活のサントラにしよう。電子的に作られたアニメキャラが本当のミュージシャンになれるのかって? おk、ならお前に聞いてみよう。魂のない箱がお前の周囲の空気を震わせているけど、それは本当の音楽なのかい?

  ***

 それこそが実際に起きたとんでもないことだ。録音された音楽。録音された音楽こそ、音楽史の中で起きた最悪の出来事だ。

 ひとたび蓄音機を、ラジオを、レコードプレイヤーを、カセットプレイヤーを、CDプレイヤーを持ってしまえば、音楽を楽しむのに「音楽を作る」必要はない。コンサートホールチケットを手に入れる必要もない。単に座って、電気を使った箱にお前を楽しませればいい。ピアノ専門家のための道具に成り下がった。それは淑女が結婚に必要な才能を覚えるためのものに、あるいは子供が(1)それを憎んでいることに気づく(2)両親が子供に才能があることに気づいてプレッシャーを積み上げ始める――まで稽古を受けるものとなった。もし(2)の現象が起きたなら、最後にはピアノを本当の演奏楽器あるいは作曲用の道具として使うようになるだろう。しかしそれはもはや「音楽制作」の中心にはない。

 さらに悪いことにロックギターをポピュラーにしてしまった。ギターが人気になり、ピアノは役立たずとなった。お前が鍵盤楽器を学ぶのは、ビートルズにしてくれるものを持てずバッハベートーベンにしがみつくしかないある種の意気地なしだからだ。誰が決めたルールか知らねえが最低だ。10代のころ、俺はピアノを使ってランキング上位40の曲を弾けたおかげで女の子たちに「いくらか」いい印象を与えられた。けど、結局はクラスの野郎どものうちその曲をギターで弾けるヤツがいつも勝ちやがった。くそったれ。

 だがここで思い出してくれ。俺は、イタリアピアノ発明したことが日本初音ミク発明への扉を開いたと言ってきただろ? ピアノ21世紀に飛び込むときに今一度変革に見舞われたんだ。

http://www.youtube.com/watch?v=-7EAQJStWso

  ***

 もし音楽を生み出す小さな電気の箱が「本物」であるなら、録音済みのコンサートに向かって「アンコール! アンコール! アンコール!」と叫ぶのは極めて正常だ。その音楽はお前を感動させたんじゃないのか? もっと聞きたいと思わないのか? というわけで映画館の観衆はもっともっとと叫び、そして彼らはアンコールを聞けることが分かっていた。なぜならそういう風に録音されていたから。ミクが公演を終わらせるため最後舞台に出てきた時、もう一度鑑賞力のある人々から歓声が上がった。それは人工的なものだが、とことん楽しむため我々はそれを本物だと見なした。まるでドン・コッブが[ネタバレ注意!!]インセプションラストで回転するコマから歩み去るかのように。ミクは夢のような存在だ。サウンド・エンジニアCGアーティスト音楽家が作り上げた美しい夢であり、決して卒業することも年を取ることもスキャンダルを起こすことも業界から追放されることも惑星上から姿を消すこともない完璧アイドルだ。彼女は実際、いくつもの「映像」を持っている。我々は皆、この音楽的見せかけの共犯者だ。過去の聴衆がモーツァルトオペラを、ガーシュウィンミュージカルを、あるいはかのすさまじいレ・ミゼラブルを本物であると信じたように。我々は十分深く信じられるようになるまで偽りの世界を本物だと信じるふりをする。その世界を感じるまで、見せかけの魔法を感じられるようになるまで。

  ***

 ピアノ最後の変革とは、もちろん電子化のことだ。

 真空管からトランジスタを経て迷宮のような電子回路まで。もしピアノの鍵盤が「あらゆる音符を見る」ことのできるインターフェイスだとしたら、それは作曲家に最も未来を感じさせるインターフェイスだ。そして我々にはシンセサイザーキーボードとMIDIコントローラーワークステーション世界が与えられており、そこでは遂にピアノが単なる「楽想を試す場所」から超越した。ちょっとした波形の調整によって、ハンマーと弦の機構に制限されることなくこれらの楽想を正確に響かせることができる。新しい音を作り上げることもできる。楽想の断片を記録し、他の楽想をその上に並べて電子キーボードを個人的な架空オーケストラに仕立てることもできる。ピアノピアノを超えた。それは作曲家の手の延長どころか、作曲家の心の延長となったのだ。

 一つだけ欠けているものがあった。声だ。

 そして、ご存知の通り、日本日本であり、彼らはやってのけた。彼らは人工物を誰よりも巧みに操った。彼らは本物の料理だと見栄えが悪くなるからという理由でプラスチック製の小さな食品サンプルを作った。本物の労働者は間違いを犯しがちだから製造ライン用のロボットを作った。本物の音楽家を家に入れるのは大変だから編曲家のために電子キーボードを作った。そして、人間の声を合成する技術が十分に発達した時、そしてそれが人工音声のためのペルソナ創造するというアイデアと衝突した時、ミクが見せかけの音楽における21世紀スーパースターになるのは当然のことだった。

 中にはボーカロイドというアイデア音楽家の全てを破壊するという人もいるだろう。全ての仕事ソフトウエアがやってくれるのに、誰が人間を必要とするんだ? 俺が思うに、ボーカロイドってのは偉大なる民主化の旗手であり、音楽家のために沢山の扉を開いてくれるカギなんだ。過去において、もしお前が作曲家編曲家あるいはプロデューサーなりたければ、まず自分の曲を書いてそれから演奏家を探し見つけ出すしかなかった。何しろお前の傑作に生命を吹き込みたければ、5人編成のバンド、20人編成のオーケストラ、そして3オクターブ半の音域を持つ歌い手がいないとどうしようもなかったのだから。マジ悲惨。だがミクがいれば誰もが作曲家になれる。誰もが自宅のスタジオで曲を作り、正しい機材があれば、電子機器を使った完全なポピュラーソングを生み出せる。ボーカロイド音楽家仕事を奪うわけじゃない。それまでミュージシャンには決してなれないと思っていた人々の中からミュージシャンを作り出すんだ。動画投稿サイトで毎日そうしたことが起こっているし、こうしたコンサートではそれまで決して聞いたことのないような人々が突然電子王国の宮廷音楽家になれる。非常識なほどの大金持ちだった王家の人々の手にあった手製の楽器から、平民たちの手に握られた緑の髪の女神へ。それがこの大きな3世紀の違いだ。

 何であれ多くの人々が音楽を作ることは、単に大人しく聞いているだけよりもいいことだと俺は信じる。俺は魔法を、ボーカロイドを、ミクを信じている。

=====以上翻訳終了=====

 誤訳は当然あると思う。でも面倒なので修正はしない。

2009-12-30

http://anond.hatelabo.jp/20091230011300

「メン」も能力の一種なんだよ。バスケ選手は背が高い方がいいとかピアニストは指が長い方がいいとかと同様に、努力じゃどうにもならん部分も含めて能力なんだよ。

2009-11-24

http://anond.hatelabo.jp/20091124211039

ビジュアル系で留まる人は

最初から音が聞き分けられない音楽オンチ(変な言葉だな)なので

何を言ってもしょうがないよ

それを言ったらハンディキャップを乗り越えたピアニスト

そこそこだなと思うな




自分の好きな音楽家が残ってくれることを切に願うよ。

2009-10-19

不倫して消えた親父の話。

坂本教授の「Energy Flow」聞いてたら感傷に浸ってしまい、ふと不倫して消えた親父を思い出した。

あいつピアノが得意だったな。絵も上手かった。料理プロ級。趣味ヨットだった。車の運転も上手い。ユーモアもあった。今思えば、モテないはず無かった。

芸術家肌だった親父は音大を出た後は自分ピアノで当面は食っていけた。

アトリエにも長い事通っていたので、少し生活が苦しくなれば描いた絵を道で売れば収入の足しになった。

料理の腕を買われて高級レストランのコックを務めた時もあった。


ただプロとしてやっていくには、ピアノも絵も料理も実力は中途半端なものだった。


つまり、アマチュアだった。


芸術ってシビア世界だよな。


ピアニストとして食って行く人間なんて一握り。絵描きで食って行くのも同様。自分の店を持つのだって難しい。

結局親父は成り行きでどこかの社長ドライバーになった。

それがオレが生まれた時の話。

その社長病気で倒れると職を失い、今度は介護資格を取って老人ホームに勤めた。

口が上手いので老人達にはモテた。

ただ手取りは50歳の男性が貰うものとしてはあまりにも少なかった。

家ではよく愚痴をこぼし時には暴力を振るった。

過去の栄光も虚しいものかな。才能溢れる青年がそんな姿にまで成り果ててしまった。

家庭内の空気は最悪、親父は家に帰ってこなくなった。しまいには消えた。



今どうしてるのか知る由もないが、養育費が来ない以上死んだものとみなしてる。

言ってしまえば自分母子家庭遺児みたいなもんだ。

母親収入はまぁ底辺オブザ底辺だが、それでも祖父が残してくれた家と同居している祖母の潤沢な年金で何とか平凡な暮らしを送れている。

昔は親父の事を軽蔑してたが、今思うと哀れな一人の男としてオレには映ってならない。

2009-07-29

進化論のふしぎ 素人だけど。

別に学術書まであたったりしたことがあるわけではないんだけど、

自然科学系の番組は好きで、わりとよく見る。

おそらくはダーウィン進化論現在も大きく否定はされてないと思うんだけど、

なにか納得できない。

たとえば、キリンの首が長くなったのは他の動物は食べられない樹上の葉を食べるため、

と当たり前のように説明されてるけど、なんかおかしくないか?

職業や普段の生活が体に影響を及ぼすのは、実際に見てるから納得できる。

ピアニストの指は普通の人より長めであるとか、大工さんの指は太いとか。

でもこういうことは一代限りの変化であって、遺伝するような性質ではない。

次の世代は、また初めからより高いところにある葉を食べるために首を伸ばさなくてはならない。


自然淘汰は樹上の葉を食べることが出来たものだけが生き残っていくことが出来た為、

より首の長いもの同士での交配により、

種そのものが首の長い性質を持つことになったというように説明されていると思う。

一見理に叶っているように思えるが、

これだけ多くの生物が、この方法でこれだけ異なる性質を獲得することは可能なのか。

地球には大変多くの種類の生物がそれぞれ全く異なる特徴を持って生きている。


食物連鎖という単純なようでいて複雑なしくみも、

出来上がったものをみれば自然のなせる業と納得できるかもしれないが、私はそうは思わない。

いきなりオカルトめいてしまうけれど、

やっぱりこの世界の成り立ちにはなんらかの意志が介在したと思う。

それは生命誕生からしかり。

アミノ酸のある海に雷が落ちて生命が生まれたという説があったと思うが、

これに異をとなえる説もあったように思う。

うろ覚えであるが、ただアミノ酸がただよっている海に雷が落ちても、

確率的に生命誕生には繋がらないという。


すでにいろいろな人が注目しているけれど、世界各地に広がる、世界の成り立ちを描く創世神話

それらはなぜか多くの共通項を持ち、かつて地球全体が同様の思想を共有していたかのようだ。

そうであったかもしれないことを、多くの人たちが感じている。


オカルトは好きだけど、それなりに眉につばつけて見てしまってもいる。

でも、あらゆるトンデモ話の中に、きっと真実は含まれていると思う。

しばらく忘れていたけれど、子供の頃は世界は仕組まれ、プログラムされたものだと普通に信じていた。

こんなに複雑な世界のしくみが、なんの意図もなくできるわけがないと思っていた。

いわゆる中二病だったのかもしれないけれど、

それを口に出して理解を得ることが出来ないのは子供ながらにわかり、同意を求めたことはない。

今思うと、どこからそんな思想を吹き込まれたのかそれこそふしぎだ。

子供ながらの想像力で片付けますか?

2009-06-11

http://anond.hatelabo.jp/20090611004119

世の中は実力以外の部分も評価されるというか話題になるもんだろうに。

というか、「素晴らしいピアニスト」と言う割には凡百のピアニストとしか見なしてないじゃないか。

盲目は健常者に負けてしかるべき、だなんて思っていないだろ?さすがに。

2009-06-06

http://anond.hatelabo.jp/20090606012613

一応,学振も通ったけど,これも,オレの実力というよりは,指導教員の実力で,指導教員だって,もしここが東大だったら,オレなんかに目をかけるはずはなかっただろうと思う.

んなこたーない。

そういう要素がないとは言わないが、それだけの実力がある指導教員の下についている君は実力的にも東大京大と並んでも恥ずかしくない可能性が高いと思うよ。

入った大学の差は別に「越えられない壁」じゃない。高校受験でトップ校に入れなかった奴でも東大やら京大に平気で入ってくる。それと同じように、入った大学レベル東大京大に見劣りしたからって、院進学までに追いつけないなんてことはあり得ない。

そして、指導教員の差ってのはそういうときに致命的なまでに効いてくるよ。やっぱり、学ぶということには人を見て学ぶということがとても大きいんだ。前回ノーベル賞を受賞した小林先生や益川先生のいた研究室がどれだけ名門かというのもその一つの証拠みたいなもんだし、あるいは世界中素人を含めたほとんどのピアニスト師匠筋をたどっていくとかなりの確率ベートーヴェンまで行き着いてしまうという話も聞いたことがある。

逆に言えば、いい指導教員を選んだ君はそれだけで賞賛に値する実力があると思っていい。「運も実力のうち」という要素も含めてね。だから、もう学歴コンプなんか捨てちゃって、自分の道を歩んで欲しい。

今後のご活躍をお祈りするよ。

2009-05-04

http://anond.hatelabo.jp/20090504041205

“気分”は分かるが、“共感”は出来んなぁ。

高校時代の「青春の一ページ」は本物だったと思うよ。

ピアノ経験の女子生徒の努力も、それをバックアップしてクラス全員が一丸になった気持ちも…

多分、最初の内はクラスの気持ちもばらばらだったのだろう。

それが準備を進めるうちに、心が揺り起こされ、夫々が何か自分に出来ることを考え、探し始める。

ドラマにはありふれたストーリーだが、実際に起こることはそう無い。

ただ、後になってその輪に加わっていないと、はっきり分かる人が現れた。

彼がその輪に加わりたかったのか、加われない事情があったのか無かったのか、今となっては分からない。

ただ、彼がその輪に入っていなかった事は否定しようがない。

彼がプロピアニストだから言うわけじゃないだろう。

クラス全員じゃなかった…悔しい気持ちはよく分かる。

ひとつのことを皆でするとき、関わる人の間には温度差はある。

だんだん、気持ちが昂ぶってきても、やっぱりそこは人それぞれ…クールな奴も居れば暑苦しいのも居る。

それでも、最後に温度差を吹き飛ばすような、場の空気が出来ることがある。

繰り返すけど、それは本物だと思うよ。

元増田は、高校時代の「青春の一ページ」を、これまで通り大切にしたらいいと思うよ。

僕なら、彼には加われない事情があったのだろうと考える。

まぁ、あの時、加われない事情を読み取っていたら…とそこまで考えたら、もっとかっこいいだろうけど(僕にはできないな)。

http://anond.hatelabo.jp/20090501205227

「荒れまくった」の状況が想像できないんだが……。

そのピアニストの悪口大会になったってことなの? 同窓生が海外赴任するぐらいの年齢なんだから社会人になってある程度たってるわけだろうし、他の人もそんなに思い入れがあった文化祭なんだろうか。


それにしたって「なんだ一言ぐらいいってくれてもいいのになー」「誰かピアノが弾けること知ってた人いる?」「こんどコンサートみんなで行こうぜ」ぐらいの会話しか想像できない。


先生同窓会に来るぐらいだからある程度覚えてるんだろうけど、長い教員生活の中の1学年のことだから「おおあの生徒が世界的に有名になったのか」ぐらいなんじゃないか。

http://anond.hatelabo.jp/20090503223252

元増田の身勝手極まりないくだらない怒りを肯定して作り上げたオハナシがくだらねえって言ってんだよ。

ん?

元増田への妄想による反論だよ?

彼らがピアニスト君への怒りは否定はしない。

彼ら側からすれば、協力してくれなかったピアニスト君に対して「なんで?」と思うのは、十分理解できる。

ただ、元増田たちは他のトラバでも書かれてるように、一方的すぎるし、やもすれば全体主義的であまり気持ちのいいものではない。

ピアニスト君側の事情を一切考慮してないからね。

だから、ピアニスト君の「事情」を妄想してぐぁっと書いてみた。

「したこと」への釈明は出来るかもしれないが、

「しなかったこと」への釈明はなかなか機会がない。

一方的な怒りをぶつけられるだけじゃかわいそうだから、

こういう事情があって、ピアニスト君が参加できなかったのかもしれないよと言いたかっただけ。

2009-05-03

ピアノが僕らを引き裂いた話

http://anond.hatelabo.jp/20090501205227

先日、高校同窓会があったようだ。

密かに見ている当時のクラスメイトmixiで知った。

イタリアにいる僕は参加できないし、おそらく日本にいたとしても参加していないだろう。

今の地位を築くために失ってきたもの、それが僕の少年時代だった。




両親が音楽家だったせいもあり、当然のようにクラシックかかる家で、幼稚園に入る頃にはピアノを習わされた。

幼稚園の頃は、音が出るだけで楽しかった。

うまく弾ければ先生がほめてくれたし、発表会でステージにあがるのは、「大人」になった気分で、

ものすごく緊張したけど、そこで弾くピアノは最高に気持ちが良かった。

真っ暗なステージ

スポットライトを浴びて、ステージ中央のピアノへ向かう。

いつもよりもいいピアノで、当時の僕でも分かるくらい音が違った。

僕の原点はたぶん幼稚園時代の発表会だ。

あの時の快感が忘れられなくて、今でもピアノを弾いている。




ただ、小学校に入ってからはそうもいかなかった。

友達が遊んでいる中、僕はひたすらピアノの練習をしていた。

ファミコンなんてしたことがない。

ドラゴンクエスト、というのが流行っているというのは知っていた。

親に今度の発表会で金賞を取ったらドラクエ3を買ってとおねだりしたら、思いっきりぶたれたのを覚えている。

テレビゲームで遊んでるヒマがあったら、ピアノを弾きなさい。

頭の中が真っ白になった。

でも、ピアノを弾いて見返すしかないと、ひたすら練習に励んだ。

ピアノピアノピアノ

クラスメイトの話題について行けず、ピアノをやっていると言ったら、「男なのにピアノやってるの?」と思い切り笑われた。

それ以来、僕は人にピアノのことを話すのはやめた。

たぶん、僕はピアノを最も愛しながら、ピアノを最も憎んでいた。




今でも忘れられないのが、高校3年の時の文化祭だ。

出し物の都合でピアノを弾ける人が必要になった。

「誰かピアノを弾いてくれませんか?」

文化祭実行委員が立候補をを募る中、僕は手を挙げようか挙げまいか迷っていた。

当然のように、僕はピアノをやっていることを誰にも話していなかった。

相変わらずゲームのひとつもせずに、ピアノ一色の生活だった。

マンガドラマゲーム、みんなの会話に何一つついて行けず、かといって勉強運動が出来るわけでもなく、

いてもいなくてもわからないような存在

ピアノがなければ、僕は何も出来ない男だった。




ピアノさえなければ。

ずっとそう恨んできたが、その時、初めてピアノが役に立つと思った。

最後の文化祭

言い方は悪いが、普段の練習からすれば、たいした曲ではないだろう。

それでも僕がみんなの役に立てる唯一の機会。

ピアノが僕をクラスメイトから遠ざけてきたけど、今、初めてピアノが僕とクラスメイトを結びつけようとしている。



手を挙げかけた瞬間、小さな声がした。

もう名前も覚えていない、僕と同じように地味な女子だった。

意外な立候補に周囲がざわめいた。

「○○ってピアノやってたっけ?」

「あいつにできるの?」

それでも彼女は、震える手を下げようとしなかった。

僕の居場所は、なかった。




文化祭は大成功だった。

受験も控えた文化祭で、はじめはあまり乗る気ではなかった人も多かったが、ピアノをろくに弾いたことのない彼女のために、クラスが初めて一丸となった。

元々器用ではない彼女が、いきなりピアノを初めて、うまく弾けるわけがない。

練習中に彼女があまりに弾けなくて「ごめんなさい」と泣き出したこともある。

それでも演奏が出来るパートのみにうまく再編成して、文化祭を成功させた。

僕がピアノを弾かないことで、クラスはまとまったのだ。




その後、僕はとあるコンクールをきっかけに、欧州の楽団からスカウトを受け、

受かっていた大学を蹴って留学することになった。

当然、僕を見送ってくれる人はいなかった。



パソコンを閉じた後、

密かに練習していたものの、

結局一度もみんなの前で弾くことのなかった高校の校歌を、

一人、奏でた。



:::追記:::

当然だが、創作だからね。

題名もつけてみた。

元増田(とそのクラスメイト)があんまりにも一方的な怒りを感じていたので、勝手妄想して書いた。

だから、元増田の怒りを踏みにじるつもりはあるw

ピアニスト君は、本当はみんなと一緒にやりたかったかもしれないよ?ってのを、

ラストの練習はしたけど、一度もひかなかった校歌のくだりに託してみたw

当然ピアニスト君の事情はわからないけど、

彼への肯定的な想像力があってもいいんじゃないかと思う。

したことにせよ、しなかったことにせよ、相手の決断を尊重できる人でありたいもんだね。

http://anond.hatelabo.jp/20090501205227

怒るのは筋違いでしょ。

プロピアニストを目指して、卒業後にコンクールに出たんだとしたら、高校三年の時期なんてレッスン漬けですよ。

どこの高校か知らないけど、地方高校だとしたら、著名な先生のレッスンを受けるために東京に通わなくちゃいけないなんてこともある。

ピアニストの彼は、そういう事情を同級生に話してもおそらく理解してくれないだろうし、ただピアノが弾けるからというだけでレッスンの時間台無しにされることを考えて、ホームルームでもだんまりを決め込んでいたし、進路についても一切話すことはしなかったんだろう。これは仕方ないことだよ。

んで、元増田もその同級生たちも、そういった彼の苦労や心情を、現在もまるで理解してないんだよな。

だったら彼はそんな地元に帰らないほうがいい。傷つくだけだから。

高校同窓会なんて、所詮井の中じゃないか。

大海に乗り出した彼の活躍を素直に祝ってやれよ。

2009-05-01

http://anond.hatelabo.jp/20090501205227

1.高校3年の文化祭で、出し物の都合でピアノ奏者が必要に。

どんなんだろ?合唱ミュージカル演劇オペラ

2.重要な役割なのでプレッシャーが高く、また練習のために放課後時間拘束されるのを嫌がって誰もやりたがらなかったが、内向的だったピアノ経験の女子生徒が立候補

1のレベルにもよるけどここでいきなり難易度アップ?

3. 彼女バックアップするためにクラス一丸となって準備に奔走する。

あれ?2と矛盾してないか?長時間拘束されるのが嫌なやつばっかりだったんだろ?それが何ゆえクラス一丸となるのやら。

4.結局彼女は最後まで習得できなかったが、演奏可能なパートだけで曲を再編成するという力技でなんとか成功させる。

やっぱり合唱?寸劇?

それは、クラスではさほど社交的ではなかったとある男子生徒(同窓会には欠席)が、幼稚園時代からピアノの英才教育を受けて現在プロとして海外で活躍中だということが、海外赴任から一時帰国したクラスメートによって報告されたことに端を発する。高校卒業直後にどこかのコンクールに参加し、そのままやたらと長い名前欧州の楽団にスカウトされたとか何とか。彼女が持ってきたパンフレットや現地の雑誌には、彼の来歴は確かにそう記載されてあった。

ピアニストが楽団にスカウトされるって何それ?クラシックじゃないんだね、きっと。

しかも同級生の海外赴任先で発覚って、発見した同級生はよっぽど音楽好きだったんだね。

凄い偶然があるものだなあ。ちなみにお国はどちら?

当時あの高校の敷地内が全てだった俺達の価値観

今時こんなことを考えている集団が存在することが驚きだ。ルーキーズか?ゴクセンか?

今でもあるのか、その高校文化祭行ってみたいよ。

自分たちは高校文化祭の、しかも3年生の、しかもクラスの出し物にこんなエネルギーは使わなかったよ。

それぞれクラブとか、バンドとか、そっち優先だったなあ。

なので、帰宅部連中も含めてクラスの出し物は分担してさくさくとクールに済ましてたな。もちろんここぞと働く帰宅部もいたけどな。

なんで、そのピアにスティックな彼がクールにやり過ごしてたとしても、全然不思議に思わないなぁ。

ましてや高校同窓会ってなにそれ?群れない俺は一度も行ったことがないわ。会いたい奴もいないしなあ。

まあ、良い思い出が崩れて残念なことでした。これを機会に、青臭い話は終わりにして、大人になろうじゃないか。




蛇足だけど。

これ書いた人と同じ人なんじゃあるまいか。→http://anond.hatelabo.jp/20090408121545のキメ台詞

きらきらと目を輝かせて語る将来の希望をまるごと受け入れて道を示してやれないダメ教師の俺らには、美味い酒などなかった。

今回のキメ台詞

当時あの高校の敷地内が全てだった俺達の価値観を、なんだか最悪のタイミングで彼に否定されたようで、俺はその夜まんじりともしなかった。

なんだかメンタリティが同じだよな。

2009-04-01

http://anond.hatelabo.jp/20090331223752

この手の話がコミュ非コミュ二元論だけで片付けられないのは確か。

(というか、それは当の非コミュ自身にもわかっているだろう)


しかし、少なくとも、


幼稚園児・小学生のころから健全に他人に興味を持ち、会話のスキル空気を読むスキル、他人への気遣い方を覚え、大人になった今ではそれが意識せずとも身についている人間


と、


子供時代にほとんど他人とコミュニケーションを持つ機会がなく、会話の仕方を覚えないまま大人になり、今になって何とか改善しようと思っている人間


では、絶望的な壁があるのも確か。

幼少から鍵盤の音と感覚を体にしみこませねばピアニストにはなれず、バットを振り続けなければ野球選手にはなれないように。

後者人種前者に変貌するのは不可能に近い。

2008-11-17

http://anond.hatelabo.jp/20081117014138

そりゃアマよりは断然早いだろうよ。そうじゃなくて、プロの中でも結構差があるってこと。

確かブレンデルが言ってたけど、超一流のピアニストの中でも、どんな曲も初見で弾いてしまう人と、部分練習を繰り返さないと曲を身につけられない人の両方のパターンがいるんだってよ。

もちろん、その度合いはアマチュア(の平均)とは比較にならんだろうけど。

要するに俺が言いたいのは、読譜力と音楽性に決定的な因果関係はないってこと。

2008-08-26

http://anond.hatelabo.jp/20080825223420

いや、いいんだけどさ。私もテーマパーク行って遊ぶくらいなら山に行きたい。ショッピングは一人で行くのが好き。ショッピング彼氏をつき合わせるぐらいなら一緒に釣りに行きたい。


それは好みの問題。テーマパークより山が楽しいからって「どー考えてもダメ男」にはならん。つか、「世間」て誰よ。

何か一つに全力投球するのも全然かまわない。むしろその方が好ましい。


けどね、見た目に興味なし、音楽さっぱり、他の事には絶対にわき目もふらん、と決め付けてるのが、かなり、相当、痛い。


人と付き合う事の最大の喜びは、互いの世界が広がる事じゃないのか?

自分にはない感性、自分とは別の視点、自分がまだ見たことがないもの。

それを他の人が持ってるからこそ、他人との邂逅を尊ぶんじゃないの、人は?



人間、60になっても80になっても新しいことを学べるし成長できるんだぞ。


実際、私のばあちゃんは70過ぎてネットにはまった。

60になって初めて、「言葉」に無限の興味を見出しピアニストの知己もいる。

高卒の友人の振付家は、今大学で私の数学の授業を聴講している。


私は彼らを介して、音楽の奥の深さや、モダンバレエ世界を知った。今まで1ミリも興味がなかったのに、だ。


あなたいくつ?何でその歳で自分の境界を決め付ける?


付き合っても世界が広がらない人間なんて、一緒にいたって面白くもなんともない。それに、こんな短い文章の中に「世間的にはダメ」って、言葉、何回言ってんのw。超気にしてんじゃん。気にしてるくせに自己防衛っぽく「でも俺はひとつの事に打ち込んでるから」とか言い訳してる所がまたかっこ悪い。


君が彼女にふられたのは「世間的にはダメ」だからじゃないと思う。

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