はてなキーワード: いぬるとは
失敗したら自分の評価が下がるし、相手は完全にうつむいて時間切れになるのを粘ってきてるのに?
どうする?
「揺るがない証拠があるんだからそれを突きつければいいだろ」なんてのは中身のない空論だよ。
証拠突きつけた相手が逆転裁判みたいに勝手に発狂してくれると思ってるならそれは他人とまともに裁判起こしたことがないぬるま湯人生から出た戯言にしか感じない。
世の中の人間、とりわけ悪事に手を染めることが出来る人間ってのは「黙ってさえいれば事実はどうあれ自分の刑が軽くなる」と考えたらいくらでも黙り込むんだよ。
それが人間として正しいか間違ってるかなんて本人には関係ない。
そういう人間に事実を突きつけたって「知らん顔すればいいだけでしょ?」でノーダメなの。
でもね、プライドを傷つけてやれば「なんか言い返してやるー!」となってようやくボロを出し始めるわけ。
喋らせないことにはなんともならないけど、相手の善意を期待したりまともに話が通じることを期待しちゃ駄目なの。
相手がクズであればあるほど、その口を割るための最後の細い糸が「相手のプライドを如何にして逆撫でして、不利と分かっていても喋るように仕向けられるか」になってくるわけ。
黙秘権を過剰に講師する相手に対してプライドの方面から攻め手を打つ検察ってのは凄く仕事熱心だと思うな。
それこそ腐りきった検察だったら壊れたスピーカーみたいに「あなたはこの日これをしましたね。はいと言ってください。いいえならいいえと言ってください。黙秘ならはいと言う事にしますよ?」をひたすら繰り返すぐらいしかやらなくなるから。
自分の頭を必死に捻って、今手元にある証拠をただ突きつける以上のナニカを探ろうとするってのは、責任感があってこその仕事だと思うな。
税金泥棒として割り切ってるなら相手が黙ったままでいるのをいいことに自分も黙りこくって適当に時間が過ぎるのを待って、そのあと上司から怒られても「だってだって相手が黙ってるんだもん」で済ませようとするだろうさ。
今の司法のシステムの中でちゃんと仕事をしようとしたらね、いつかは相手のプライドをくすぐってやる必要が出てくるんだって。
どうせはてなーは「自分が同じ状況になったらどうするだろう?」なんて考えずに批判してるんでしょ?
正義感からAEDをやった人に対して「おっぱいを見たいからAEDを使ったんだろ!うらやまけしからん!」と安全圏から罵倒するようなもんだよ。
今は昔、ネットで知り合った19歳の女の子が、あとから最初に会ったときは17歳だったと言われた。
「17歳って言うと引かれると思って」
19歳も17歳もあんまり変わらないし(14歳とかもいたから)、
えっちなことやりまくって、ワイのアナルを開発されて(指を3本挿れられた)、
色んな体位して、ラブホに48時間閉じこもったり、アナルセックスもしたし、
19歳でも変わらないか。あ、顔はすんごく地味。ブスじゃないけど地味。
「やりまくってるの?」「相手がいるからですよ。増田さんが高校生の時、30歳の私がいたら?
「エロ漫画のシチュエーション全部やりたい」「先生、万引きしたこと内緒にしてください」
「そ、その代わり、いいよね」「わかりました。。あんあんあんあん、いやん、先生」
「明日学校にノーパンで来なさい」「本当にやったことある。だれも気づかないから、
「僕は中学の時、同じクラスの女子に『私がトイレ入るから、隣の個室から覗いてて」って言われて、
下からその女の子がおしっこするところ見ましたよ」「エロい。それから?」
「見てた?って聞かれて」「見てた」って言って、「毛が生えてた」って言ったら、
「普通みんな生えてるから。増田のも見せなさいよ」「いま大きくなってるから」
「勃起したの?へんたーい。勃起みせてよ」「見たいの?」「増田が私の見たからじゃん」って、
部活の準備室で誰もいない時見せた。「おなにーするの?」「してる」「出るの?」「出ます」
「うわっ。何考えてするの?」「色々」「学校の女子は?」「どうしておしっこしてるの見てほしかったの?」
「増田が覗いたんじゃん。いまおなにーしてよ」「じゃあパンツ脱いで」「見てするの?」
「パンツ脱いで」。脱いだパンツを奪って、それでちんこを包んで、女の子のパンツに出したの。気持ちよかった」。
「えっちはしたんですか?」「中学生でえっちの考えは無くて」「私は多目的トイレで全裸でおなにーとか」
「夜遅いときに入ったら、女の人が便器にM字で座っておなにーしてて」「それでそれで」
「顔は知ってる人で、『ごめんねこんなことしてて』『いえいえ』『一緒にします?』
『します!』ってすぐジーンズとトランクス下ろしたけど大きくならなくて、
格好つかないから『舐めましょうか』『してくれる?ありがとう。ちょっと綺麗じゃないけど』
で舐め始めたんですけど1分で『声出したいからラブホ行こう。お金出すから』でラブホに行って、
ずっとクンニして、相手はずっと『私のまんこ見てる?エロい?こんなに股開いて丸見えでしょ。
いっぱいぬるぬるするの出てる。えっちなことしか考えてない』とか思ったこと全部喋るようなマシンガントークで」
「結局えっちは?」「ふぇらしてあげるよからの、なんだ勃つじゃん!はーい、今からせっくすするよー」って。
この女の子に「外の女子トイレ、盗撮できますよね」「そんなの見たいんですか?」で駅に行って、
「撮ってきましたよ」で見たら撮れてて、「最後おならでちゃった」「自撮りですか」
あとはその子がSNSで見つけた女の子と仲良くなって、脈絡なく裸とか外でノーパンとかの動画送ってたら、
相手もお繰り返してきて、深夜のネカフェでノーパンでトイレまで行くとか、
私のまんこの形は変ですか?とか。もちろんこっちも送ってたんだけど。半分パイパンとか。
ある時「いつも一人で撮ってるんですか」「男友達も見てます」「えっ。その人のちんこも送ってください」
手コキされて射精する瞬間を「本木雅弘」のタイトルで送りました。
テレビ電話したときは、こっちは二人羽織でおなにーして、相手は亀甲縛りでおまるに座ってて、
牛乳飲んで本当にお腹ゆるくして、おまるでするかどうか最後まで考えてました。
まあおまるにしたんですけどね。「私が増田さんの顔にうんちする?」「それはスカトロでは」。
2日間介護の練習も面白かったな。2日間食事や着替えやお風呂や下の世話をするの。
うんちするの我慢しようとおもってたら下剤飲まされて、おむつにうんちの世話をフルでされて、
「全然平気。臭いけど」って言われて、ワイが介護するときは、なんか大変だった。大変じゃないけど。
見られた感想は「おじいさんはいつもちんこ立ってますね。おばあさんは性処理させすぎ。
でも風呂とか寝ながらトイレしたり、お尻の穴が痒いときも書いてくれるのはやって欲しい。
硬いお肉を代わりに噛んであげるの、愛ですよね。アパートの1階に住んでる友達の外の洗濯物に、
私の洗ってないパンツを干しました(下着は室内干し)。盗まれるどころか、
知らない洗濯してないパンツが干されてて、悪質ないたずらで警察沙汰になるところでした。
シミからDNA鑑定されるのを「もってるのキモいから」と捨てさせ、
下着泥棒が間違えて手持ちの下着を残したのではないかとか、そんなんで落ち着きました。
全く私は疑われませんでした。あと、男性が行くファッションヘルスに行って、
「まんこのなやみを聞いて欲しい」と、女の子に身体洗ってもらって、
見せて見て、色がどーこーとか色んなちんことか、時間が余ったからローション塗ってもらって、
自分でおなにーしてひとりでイッて『横の部屋でおじさんとか、大きくなったちんこを気持ちよくして、
やりたかったのは、ワイが他の女の子とせっくすしてると思いきや、
下半身は女の子で女の子のまんこに挿れてるから浮気じゃないってのを、
目隠しして手コキしてるのはどっちでしょう。外れたら自分で出したの飲む。
化粧品の匂いからデリヘルのこなんだけど、入ってるのか素股なのか、
絶対デリヘルのこが本番したと思うんだけど、正解は女の子の手コキ。
たのしかったな。
タイトル通り。どうすればいいんだろう。
新婚さんいらっしゃいを見ながら恋人に「いつ結婚する?」と聞いたら「え、結婚する気ないよ」と言われた。
めちゃめちゃびっくりして、きょどりながら「なんで?」って聞いたら理由は自分の浮気だった。
頭が真っ白になった。
次に出た「なんで」は無意識だった。「なにが」と聞かれ、なにを聞きたいのか考えなければならなくなって、言葉がすぐには出てこなかった。
「なんで言わなかったの」
「なんで別れなかったの」
「付き合ってるの楽だし他に探すの面倒だから」
「ごめん」
「謝らなくていいよ、それより結婚する気あったんだ」
何も言えなかった。
そのあと「結婚したいなら他の人を探してね」と言われて会話は終わった。
1か月くらいしてから婚活のためにマッチングアプリに登録した。
数十人の人とメッセージを交わして、何人かの人とは会ってお茶もした。
けれど恋人と比べてしまって、ふとした瞬間に冷めてしまう自分がいる。
恋人は今でも優しい。
好きなものも嫌いなものもお互いに分かっていて、会話のテンポも心地よくて、同じテレビや映画を見て一緒に楽しめる。
自分はどうすればいいんだろう。
まず釣りスレに釣りだとコメントするやつも釣られていることを自覚しろ。
別に相談に乗ってほしくて書いたわけじゃない、自分が100%悪いのは分かってるよ、ただの日記で自問自答でチラ裏の落書きだよ。
恋人はもう3年させてくれない。ずっと誘ってたけど。
でもそれでも楽しかったから付き合ってたし結婚したいとも思ってた、自分は子供いらないから求められなくて楽だとも思ってたし。
>増田の不安はいつかあっさりと乗り換えられてなおかつあっさりと忘れ去られる恐怖なんだろうなあ
今は恋人が一緒にいてくれるからいいけど、歳取ってからふらっと消えられてしまいそうで怖い。
将来ずっと独身でいるなんて考えたらゾッとする。
>性別を書くと男だからダメとか女だから許さんとかそういう性別を前提としたコメントになるので増田では性別は書かない方がいいんだよ。
自分はフェミもアンフェも大嫌いでお前らのオナニーに使われるなんてまっぴらごめんなんだよ。まさかこんなにコメント付くとは思ってなかったけどさ。
>居心地のいいぬるま湯でゆるやかに縛り付けてると思うとなかなか狡い。それも報復の一つの形?
でも時間が経ったり他にいいひと現れたら捨てられるよね。
>素直に結婚する気ないと答えるなんて優しい。復讐しようと思えばもっと引き伸ばしたり婚約だけして浮気の証拠押さえて慰謝料請求とかもできたのでは。
岸田と言えば頼りないボンボン、ヘタレ外務大臣、経産省の犬と言ったイメージだったけど
憲法改正による、緊急事態条項と自衛隊の明記に踏み込んできたり、二階にほぼ名指しで引退を迫ったり
ここに来て覚醒した印象に代わって来た。
政策も攻めた内容になっていて納得感も高い、優れたものだった。菅の失敗から学んでプレゼン能力も向上させてきてもいた。政策発表会見は見事だったよ。
そう思うと顔つきすらも、ボンボンのような甘ったるいぬるま湯で育ったエリート顔から、挫折を乗り越えた男の顔に見えてくるもんだw
河野がいいと思っていたし、河野が立候補して政策を出すまでは保留するけども
俺の中では岸田もありになって来た。こういう思いは、俺以外の自民党員の中でも強くなってるだろうと思う。
女系天皇はないと言ってみたり、改憲の必要性を訴えたり、際どい主張を確信をもって言える様になった姿を見てると
岸田が首相になったら、国際法違反の韓国に折れるんじゃ?とか、対中包囲網敷いてる中で中国からの圧でへし折れるんじゃ?と言う不安も小さくなった。
中韓は岸田歓迎してたけど、この覚醒岸田の力強さは俺の中では安倍政権のそれと変わらない印象になってる。
どっどど どどうど どどうど どどう
青いくるみも吹きとばせ
すっぱいかりんも吹きとばせ
どっどど どどうど どどうど どどう
教室はたった一つでしたが生徒は三年生がないだけで、あとは一年から六年までみんなありました。運動場もテニスコートのくらいでしたが、すぐうしろは栗くりの木のあるきれいな草の山でしたし、運動場のすみにはごぼごぼつめたい水を噴ふく岩穴もあったのです。
さわやかな九月一日の朝でした。青ぞらで風がどうと鳴り、日光は運動場いっぱいでした。黒い雪袴ゆきばかまをはいた二人の一年生の子がどてをまわって運動場にはいって来て、まだほかにだれも来ていないのを見て、「ほう、おら一等だぞ。一等だぞ。」とかわるがわる叫びながら大よろこびで門をはいって来たのでしたが、ちょっと教室の中を見ますと、二人ふたりともまるでびっくりして棒立ちになり、それから顔を見合わせてぶるぶるふるえましたが、ひとりはとうとう泣き出してしまいました。というわけは、そのしんとした朝の教室のなかにどこから来たのか、まるで顔も知らないおかしな赤い髪の子供がひとり、いちばん前の机にちゃんとすわっていたのです。そしてその机といったらまったくこの泣いた子の自分の机だったのです。
もひとりの子ももう半分泣きかけていましたが、それでもむりやり目をりんと張って、そっちのほうをにらめていましたら、ちょうどそのとき、川上から、
「ちょうはあ かぐり ちょうはあ かぐり。」と高く叫ぶ声がして、それからまるで大きなからすのように、嘉助かすけがかばんをかかえてわらって運動場へかけて来ました。と思ったらすぐそのあとから佐太郎さたろうだの耕助こうすけだのどやどややってきました。
「なして泣いでら、うなかもたのが。」嘉助が泣かないこどもの肩をつかまえて言いました。するとその子もわあと泣いてしまいました。おかしいとおもってみんながあたりを見ると、教室の中にあの赤毛のおかしな子がすまして、しゃんとすわっているのが目につきました。
みんなはしんとなってしまいました。だんだんみんな女の子たちも集まって来ましたが、だれもなんとも言えませんでした。
赤毛の子どもはいっこうこわがるふうもなくやっぱりちゃんとすわって、じっと黒板を見ています。すると六年生の一郎いちろうが来ました。一郎はまるでおとなのようにゆっくり大またにやってきて、みんなを見て、
「何なにした。」とききました。
みんなははじめてがやがや声をたててその教室の中の変な子を指さしました。一郎はしばらくそっちを見ていましたが、やがて鞄かばんをしっかりかかえて、さっさと窓の下へ行きました。
みんなもすっかり元気になってついて行きました。
「だれだ、時間にならないに教室へはいってるのは。」一郎は窓へはいのぼって教室の中へ顔をつき出して言いました。
「お天気のいい時教室さはいってるづど先生にうんとしからえるぞ。」窓の下の耕助が言いました。
「しからえでもおら知らないよ。」嘉助が言いました。
「早ぐ出はって来こ、出はって来。」一郎が言いました。けれどもそのこどもはきょろきょろ室へやの中やみんなのほうを見るばかりで、やっぱりちゃんとひざに手をおいて腰掛けにすわっていました。
ぜんたいその形からが実におかしいのでした。変てこなねずみいろのだぶだぶの上着を着て、白い半ずぼんをはいて、それに赤い革かわの半靴はんぐつをはいていたのです。
それに顔といったらまるで熟したりんごのよう、ことに目はまん丸でまっくろなのでした。いっこう言葉が通じないようなので一郎も全く困ってしまいました。
「学校さはいるのだな。」みんなはがやがやがやがや言いました。ところが五年生の嘉助がいきなり、
「ああそうだ。」と小さいこどもらは思いましたが、一郎はだまってくびをまげました。
変なこどもはやはりきょろきょろこっちを見るだけ、きちんと腰掛けています。
そのとき風がどうと吹いて来て教室のガラス戸はみんながたがた鳴り、学校のうしろの山の萱かやや栗くりの木はみんな変に青じろくなってゆれ、教室のなかのこどもはなんだかにやっとわらってすこしうごいたようでした。
すると嘉助がすぐ叫びました。
そうだっとみんなもおもったとき、にわかにうしろのほうで五郎が、
「わあ、痛いぢゃあ。」と叫びました。
みんなそっちへ振り向きますと、五郎が耕助に足のゆびをふまれて、まるでおこって耕助をなぐりつけていたのです。すると耕助もおこって、
「わあ、われ悪くてでひと撲はだいだなあ。」と言ってまた五郎をなぐろうとしました。
五郎はまるで顔じゅう涙だらけにして耕助に組み付こうとしました。そこで一郎が間へはいって嘉助が耕助を押えてしまいました。
「わあい、けんかするなったら、先生あちゃんと職員室に来てらぞ。」と一郎が言いながらまた教室のほうを見ましたら、一郎はにわかにまるでぽかんとしてしまいました。
たったいままで教室にいたあの変な子が影もかたちもないのです。みんなもまるでせっかく友だちになった子うまが遠くへやられたよう、せっかく捕とった山雀やまがらに逃げられたように思いました。
風がまたどうと吹いて来て窓ガラスをがたがた言わせ、うしろの山の萱かやをだんだん上流のほうへ青じろく波だてて行きました。
「わあ、うなだけんかしたんだがら又三郎いなぐなったな。」嘉助がおこって言いました。
みんなもほんとうにそう思いました。五郎はじつに申しわけないと思って、足の痛いのも忘れてしょんぼり肩をすぼめて立ったのです。
「二百十日で来たのだな。」
「靴くつはいでだたぞ。」
「服も着でだたぞ。」
「髪赤くておかしやづだったな。」
「ありゃありゃ、又三郎おれの机の上さ石かけ乗せでったぞ。」二年生の子が言いました。見るとその子の机の上にはきたない石かけが乗っていたのです。
「そうだ、ありゃ。あそごのガラスもぶっかしたぞ。」
「わあい。そだないであ。」と言っていたとき、これはまたなんというわけでしょう。先生が玄関から出て来たのです。先生はぴかぴか光る呼び子を右手にもって、もう集まれのしたくをしているのでしたが、そのすぐうしろから、さっきの赤い髪の子が、まるで権現ごんげんさまの尾おっぱ持ちのようにすまし込んで、白いシャッポをかぶって、先生についてすぱすぱとあるいて来たのです。
みんなはしいんとなってしまいました。やっと一郎が「先生お早うございます。」と言いましたのでみんなもついて、
「みなさん。お早う。どなたも元気ですね。では並んで。」先生は呼び子をビルルと吹きました。それはすぐ谷の向こうの山へひびいてまたビルルルと低く戻もどってきました。
すっかりやすみの前のとおりだとみんなが思いながら六年生は一人、五年生は七人、四年生は六人、一二年生は十二人、組ごとに一列に縦にならびました。
二年は八人、一年生は四人前へならえをしてならんだのです。
するとその間あのおかしな子は、何かおかしいのかおもしろいのか奥歯で横っちょに舌をかむようにして、じろじろみんなを見ながら先生のうしろに立っていたのです。すると先生は、高田たかださんこっちへおはいりなさいと言いながら五年生の列のところへ連れて行って、丈たけを嘉助とくらべてから嘉助とそのうしろのきよの間へ立たせました。
みんなはふりかえってじっとそれを見ていました。
「前へならえ。」と号令をかけました。
みんなはもう一ぺん前へならえをしてすっかり列をつくりましたが、じつはあの変な子がどういうふうにしているのか見たくて、かわるがわるそっちをふりむいたり横目でにらんだりしたのでした。するとその子はちゃんと前へならえでもなんでも知ってるらしく平気で両腕を前へ出して、指さきを嘉助のせなかへやっと届くくらいにしていたものですから、嘉助はなんだかせなかがかゆく、くすぐったいというふうにもじもじしていました。
「直れ。」先生がまた号令をかけました。
「一年から順に前へおい。」そこで一年生はあるき出し、まもなく二年生もあるき出してみんなの前をぐるっと通って、右手の下駄箱げたばこのある入り口にはいって行きました。四年生があるき出すとさっきの子も嘉助のあとへついて大威張りであるいて行きました。前へ行った子もときどきふりかえって見、あとの者もじっと見ていたのです。
まもなくみんなははきものを下駄箱げたばこに入れて教室へはいって、ちょうど外へならんだときのように組ごとに一列に机にすわりました。さっきの子もすまし込んで嘉助のうしろにすわりました。ところがもう大さわぎです。
「わあ、おらの机さ石かけはいってるぞ。」
「わあ、おらの机代わってるぞ。」
「キッコ、キッコ、うな通信簿持って来たが。おら忘れで来たぢゃあ。」
「わあがない。ひとの雑記帳とってって。」
そのとき先生がはいって来ましたのでみんなもさわぎながらとにかく立ちあがり、一郎がいちばんうしろで、
「礼。」と言いました。
みんなはおじぎをする間はちょっとしんとなりましたが、それからまたがやがやがやがや言いました。
「しずかに、みなさん。しずかにするのです。」先生が言いました。
「しっ、悦治えつじ、やがましったら、嘉助え、喜きっこう。わあい。」と一郎がいちばんうしろからあまりさわぐものを一人ずつしかりました。
みんなはしんとなりました。
先生が言いました。
「みなさん、長い夏のお休みはおもしろかったですね。みなさんは朝から水泳ぎもできたし、林の中で鷹たかにも負けないくらい高く叫んだり、またにいさんの草刈りについて上うえの野原へ行ったりしたでしょう。けれどももうきのうで休みは終わりました。これからは第二学期で秋です。むかしから秋はいちばんからだもこころもひきしまって、勉強のできる時だといってあるのです。ですから、みなさんもきょうからまたいっしょにしっかり勉強しましょう。それからこのお休みの間にみなさんのお友だちが一人ふえました。それはそこにいる高田さんです。そのかたのおとうさんはこんど会社のご用で上の野原の入り口へおいでになっていられるのです。高田さんはいままでは北海道の学校におられたのですが、きょうからみなさんのお友だちになるのですから、みなさんは学校で勉強のときも、また栗拾くりひろいや魚さかなとりに行くときも、高田さんをさそうようにしなければなりません。わかりましたか。わかった人は手をあげてごらんなさい。」
すぐみんなは手をあげました。その高田とよばれた子も勢いよく手をあげましたので、ちょっと先生はわらいましたが、すぐ、
「わかりましたね、ではよし。」と言いましたので、みんなは火の消えたように一ぺんに手をおろしました。
ところが嘉助がすぐ、
「先生。」といってまた手をあげました。
「高田さん名はなんて言うべな。」
「わあ、うまい、そりゃ、やっぱり又三郎だな。」嘉助はまるで手をたたいて机の中で踊るようにしましたので、大きなほうの子どもらはどっと笑いましたが、下の子どもらは何かこわいというふうにしいんとして三郎のほうを見ていたのです。
先生はまた言いました。
「きょうはみなさんは通信簿と宿題をもってくるのでしたね。持って来た人は机の上へ出してください。私がいま集めに行きますから。」
みんなはばたばた鞄かばんをあけたりふろしきをといたりして、通信簿と宿題を机の上に出しました。そして先生が一年生のほうから順にそれを集めはじめました。そのときみんなはぎょっとしました。というわけはみんなのうしろのところにいつか一人の大人おとなが立っていたのです。その人は白いだぶだぶの麻服を着て黒いてかてかしたはんけちをネクタイの代わりに首に巻いて、手には白い扇をもって軽くじぶんの顔を扇あおぎながら少し笑ってみんなを見おろしていたのです。さあみんなはだんだんしいんとなって、まるで堅くなってしまいました。
ところが先生は別にその人を気にかけるふうもなく、順々に通信簿を集めて三郎の席まで行きますと、三郎は通信簿も宿題帳もないかわりに両手をにぎりこぶしにして二つ机の上にのせていたのです。先生はだまってそこを通りすぎ、みんなのを集めてしまうとそれを両手でそろえながらまた教壇に戻りました。
「では宿題帳はこの次の土曜日に直して渡しますから、きょう持って来なかった人は、あしたきっと忘れないで持って来てください。それは悦治さんと勇治ゆうじさんと良作りょうさくさんとですね。ではきょうはここまでです。あしたからちゃんといつものとおりのしたくをしておいでなさい。それから四年生と六年生の人は、先生といっしょに教室のお掃除そうじをしましょう。ではここまで。」
一郎が気をつけ、と言いみんなは一ぺんに立ちました。うしろの大人おとなも扇を下にさげて立ちました。
「礼。」先生もみんなも礼をしました。うしろの大人も軽く頭を下げました。それからずうっと下の組の子どもらは一目散に教室を飛び出しましたが、四年生の子どもらはまだもじもじしていました。
すると三郎はさっきのだぶだぶの白い服の人のところへ行きました。先生も教壇をおりてその人のところへ行きました。
「いやどうもご苦労さまでございます。」その大人はていねいに先生に礼をしました。
「じきみんなとお友だちになりますから。」先生も礼を返しながら言いました。
「何ぶんどうかよろしくおねがいいたします。それでは。」その人はまたていねいに礼をして目で三郎に合図すると、自分は玄関のほうへまわって外へ出て待っていますと、三郎はみんなの見ている中を目をりんとはってだまって昇降口から出て行って追いつき、二人は運動場を通って川下のほうへ歩いて行きました。
運動場を出るときその子はこっちをふりむいて、じっと学校やみんなのほうをにらむようにすると、またすたすた白服の大人おとなについて歩いて行きました。
「先生、あの人は高田さんのとうさんですか。」一郎が箒ほうきをもちながら先生にききました。
「そうです。」
「なんの用で来たべ。」
「上の野原の入り口にモリブデンという鉱石ができるので、それをだんだん掘るようにするためだそうです。」
「どこらあだりだべな。」
「私もまだよくわかりませんが、いつもみなさんが馬をつれて行くみちから、少し川下へ寄ったほうなようです。」
「モリブデン何にするべな。」
「それは鉄とまぜたり、薬をつくったりするのだそうです。」
「そだら又三郎も掘るべが。」嘉助が言いました。
「又三郎だ又三郎だ。」嘉助が顔をまっ赤かにしてがん張りました。
「嘉助、うなも残ってらば掃除そうじしてすけろ。」一郎が言いました。
風がまた吹いて来て窓ガラスはまたがたがた鳴り、ぞうきんを入れたバケツにも小さな黒い波をたてました。
次の日一郎はあのおかしな子供が、きょうからほんとうに学校へ来て本を読んだりするかどうか早く見たいような気がして、いつもより早く嘉助をさそいました。ところが嘉助のほうは一郎よりもっとそう考えていたと見えて、とうにごはんもたべ、ふろしきに包んだ本ももって家の前へ出て一郎を待っていたのでした。二人は途中もいろいろその子のことを話しながら学校へ来ました。すると運動場には小さな子供らがもう七八人集まっていて、棒かくしをしていましたが、その子はまだ来ていませんでした。またきのうのように教室の中にいるのかと思って中をのぞいて見ましたが、教室の中はしいんとしてだれもいず、黒板の上にはきのう掃除のときぞうきんでふいた跡がかわいてぼんやり白い縞しまになっていました。
「きのうのやつまだ来てないな。」一郎が言いました。
「うん。」嘉助も言ってそこらを見まわしました。
一郎はそこで鉄棒の下へ行って、じゃみ上がりというやり方で、無理やりに鉄棒の上にのぼり両腕をだんだん寄せて右の腕木に行くと、そこへ腰掛けてきのう三郎の行ったほうをじっと見おろして待っていました。谷川はそっちのほうへきらきら光ってながれて行き、その下の山の上のほうでは風も吹いているらしく、ときどき萱かやが白く波立っていました。
嘉助もやっぱりその柱の下でじっとそっちを見て待っていました。ところが二人はそんなに長く待つこともありませんでした。それは突然三郎がその下手のみちから灰いろの鞄かばんを右手にかかえて走るようにして出て来たのです。
「来たぞ。」と一郎が思わず下にいる嘉助へ叫ぼうとしていますと、早くも三郎はどてをぐるっとまわって、どんどん正門をはいって来ると、
「お早う。」とはっきり言いました。みんなはいっしょにそっちをふり向きましたが、一人も返事をしたものがありませんでした。
それは返事をしないのではなくて、みんなは先生にはいつでも「お早うございます。」というように習っていたのですが、お互いに「お早う。」なんて言ったことがなかったのに三郎にそう言われても、一郎や嘉助はあんまりにわかで、また勢いがいいのでとうとう臆おくしてしまって一郎も嘉助も口の中でお早うというかわりに、もにゃもにゃっと言ってしまったのでした。
ところが三郎のほうはべつだんそれを苦にするふうもなく、二三歩また前へ進むとじっと立って、そのまっ黒な目でぐるっと運動場じゅうを見まわしました。そしてしばらくだれか遊ぶ相手がないかさがしているようでした。けれどもみんなきょろきょろ三郎のほうはみていても、やはり忙しそうに棒かくしをしたり三郎のほうへ行くものがありませんでした。三郎はちょっと具合が悪いようにそこにつっ立っていましたが、また運動場をもう一度見まわしました。
それからぜんたいこの運動場は何間なんげんあるかというように、正門から玄関まで大またに歩数を数えながら歩きはじめました。一郎は急いで鉄棒をはねおりて嘉助とならんで、息をこらしてそれを見ていました。
そのうち三郎は向こうの玄関の前まで行ってしまうと、こっちへ向いてしばらく暗算をするように少し首をまげて立っていました。
みんなはやはりきろきろそっちを見ています。三郎は少し困ったように両手をうしろへ組むと向こう側の土手のほうへ職員室の前を通って歩きだしました。
その時風がざあっと吹いて来て土手の草はざわざわ波になり、運動場のまん中でさあっと塵ちりがあがり、それが玄関の前まで行くと、きりきりとまわって小さなつむじ風になって、黄いろな塵は瓶びんをさかさまにしたような形になって屋根より高くのぼりました。
すると嘉助が突然高く言いました。
「そうだ。やっぱりあいづ又三郎だぞ。あいづ何かするときっと風吹いてくるぞ。」
「うん。」一郎はどうだかわからないと思いながらもだまってそっちを見ていました。三郎はそんなことにはかまわず土手のほうへやはりすたすた歩いて行きます。
そのとき先生がいつものように呼び子をもって玄関を出て来たのです。
「お早う。」先生はちらっと運動場を見まわしてから、「ではならんで。」と言いながらビルルッと笛を吹きました。
みんなは集まってきてきのうのとおりきちんとならびました。三郎もきのう言われた所へちゃんと立っています。
先生はお日さまがまっ正面なのですこしまぶしそうにしながら号令をだんだんかけて、とうとうみんなは昇降口から教室へはいりました。そして礼がすむと先生は、
「ではみなさんきょうから勉強をはじめましょう。みなさんはちゃんとお道具をもってきましたね。では一年生(と二年生)の人はお習字のお手本と硯すずりと紙を出して、二年生と四年生の人は算術帳と雑記帳と鉛筆を出して、五年生と六年生の人は国語の本を出してください。」
さあするとあっちでもこっちでも大さわぎがはじまりました。中にも三郎のすぐ横の四年生の机の佐太郎が、いきなり手をのばして二年生のかよの鉛筆をひらりととってしまったのです。かよは佐太郎の妹でした。するとかよは、
「うわあ、兄あいな、木ペン取とてわかんないな。」と言いながら取り返そうとしますと佐太郎が、
「わあ、こいつおれのだなあ。」と言いながら鉛筆をふところの中へ入れて、あとはシナ人がおじぎするときのように両手を袖そでへ入れて、机へぴったり胸をくっつけました。するとかよは立って来て、
「兄あいな、兄なの木ペンはきのう小屋でなくしてしまったけなあ。よこせったら。」と言いながら一生けん命とり返そうとしましたが、どうしてももう佐太郎は机にくっついた大きな蟹かにの化石みたいになっているので、とうとうかよは立ったまま口を大きくまげて泣きだしそうになりました。
すると三郎は国語の本をちゃんと机にのせて困ったようにしてこれを見ていましたが、かよがとうとうぼろぼろ涙をこぼしたのを見ると、だまって右手に持っていた半分ばかりになった鉛筆を佐太郎の目の前の机に置きました。
すると佐太郎はにわかに元気になって、むっくり起き上がりました。そして、
「くれる?」と三郎にききました。三郎はちょっとまごついたようでしたが覚悟したように、「うん。」と言いました。すると佐太郎はいきなりわらい出してふところの鉛筆をかよの小さな赤い手に持たせました。
先生は向こうで一年生の子の硯すずりに水をついでやったりしていましたし、嘉助は三郎の前ですから知りませんでしたが、一郎はこれをいちばんうしろでちゃんと見ていました。そしてまるでなんと言ったらいいかわからない、変な気持ちがして歯をきりきり言わせました。
「では二年生のひとはお休みの前にならった引き算をもう一ぺん習ってみましょう。これを勘定してごらんなさい。」先生は黒板に25-12=の数式と書きました。二年生のこどもらはみんな一生