今すげーだるい充実感があるんだけど、
大学生のときに初めてセックスして一日中セックスしまくった後もこんな感じなんだろうなと思った
一発目のオカズを探す時のエロ同人誌を見る目がすっげーギラギラしてたからね
マジ抜きまくったよ
運勢がツイてないなーと思うときほど、周りに八つ当たり気味になるか引きこもりがちになってしまうワタクシ。
なのでツイてないなーと思うときは、以下のことを実践するようにしてみた。
1)掃除をする
→なんとなく心もお部屋もスッキリする気がする
2)人が喜びそうなことをしてみる
→八つ当たりをしがちになってくると四面楚歌に陥ってしまうからね
→自分にとっていいことだから、後々いいことがあるかもしれない
4)パワースポットに行く
うーんと。自分も、そうなんです。
私も、似たようなことで、悩んでいます。
今まで、生まれて40年間近くも、自分が変だってことで、済ませてきました。
一応、社会人経験も16年程度あります。転職は5回ぐらいしています。
しかし、突き詰めて考えると、全く性格の違う人間同士でなぜに意思疎通が出来るのかが分かりません。
心療内科で診断を受けた結果。
わたしは、軽度の自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)とADHDの併発だそうです。
どうして、対面での対話が可能なのか?
不思議ですよね。
TEDとかを見ても、口下手やADHDや自閉症を克服してきて社会的に成功している人の話が視聴できます。
心療内科の(臨床心理士という)カウンセラーの人との会話も、なかなか、思っていることを話すのが難しかったです。
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追記。
私の場合は、
リアルタイムで会話できているかのフィードバックが、その場で出来ませんでした。
(理由は、ワーキングメモリが足りなかったり、心理的に困難が伴っていました。)
『会話が出来ている感』が全くつかめませんでした。
元増田さんのケースとは、違うかもしれません。
会話をした後で1日後に、または、数ヶ月後に、言葉の意味を理解することもあります。
話をした後で、自分の気がつかなかった感情にも気がつくものだし。
(喩えると、自転車乗りや、ブラインドタッチ(タッチタイピング)みたいなもので、無意識に行う作業のようです。)
慣れなのでしょうが、会話の後で、どんな会話をして話が進むのかを、ノートを取ってみるのも、いいかもしれません。
あるいは、第三者同士の会話の流れを追ってみるのも、良いのかと思います。
このご時世に1万以上メガネに金を掛けるのは馬鹿じゃないかとは自分も思ってた
でもあのお高い5万近くするフレームをつけた瞬間予算なんて吹っ飛んでいたんだ
本当にびっくりする程かけ心地が良い、
なんていうか、掛けていることが苦痛じゃなくて逆に快感すら覚えるフィット感
どうせ安物のメガネでもブルーライトカットを付ければ7、8千円ぐらいにはなるし
それに大体一年も経てばレンズが傷ついているのか目が疲れやすくなる
フレームもがたがたで少し下を見ただけでずり落ちてくる
一年で掛け捨てるか、長年を見越してお高いのを買うか、
裸眼視力が年々下がってパソコンですらメガネしないと見えない自分には
前者の選択肢を捨てるのは簡単だった
このご時世だけれども一度お高いメガネ(フレーム)を店頭だけでも掛けてみることをおすすめしたい
本当に世界が変わった
ズレないし、疲れないメガネ、最高
「記事書くなとは言いませんが、事実に基づいた冷静な報道をお願いします」とでも?
内容もフォルクスワーゲンは謝罪の文面だが、アウディとポルシェは排ガス不正に一切触れておらず。
アウディとポルシェは日本で該当のディーゼルを正規輸入してなかったからと言うなら、それはVWも同じ。
VWグループとしての謝罪のつもりなら、VWブランド単独でなく日本で展開しているVWとアウディとポルシェの
「これからもずっと安心してお乗り頂くために。オーナー様には無料点検、新規ご購入のお客様には5年間メンテナンスフリー 」
http://anond.hatelabo.jp/20151107214034
「本人そのものじゃなく問題と向き合っている」とか「共同作業」って言葉はしっくり来ました。
たしかに、老倉育そのものを攻撃する意図は全く無いわけですよね。
(サル!)
スペイン語で直訳すると「健康」という意味ですが、この場合は「お大事に」という感じになります。
煽りまくる描写、誇張された表現、キャラ重視で展開はキャラが決める、締め切りに追われてテキトウな原稿出したりする。
引きニートがベラベラと脳内で過激な妄想をツラツラとやるのがそっくり。
『NHKへようこそ』の場合は女の子がいたからまだ救いがあるかなーくらいか。
とにかく、煽り方、主張での見せ方が相当同じ。
正義のためなら悪をも辞さず!みたいな感じ。最後女を利用しきれないところもそっくり。
煽りで突き抜ける感じも同じ。
まんまカイジ。「ルーレットは、赤、赤、赤と着たら黒と張りたくなるが、ここでまた赤、それも大きくかける!コエエ!ギャンブルってこええ!」みたいな。
女のために全財産かけていい人ぶってみたり、悪人っぽい奴が正論いいまくるのもそっくり。
君が望む永遠とか、そういうのが似てる。
去年の夏、ヒキガエルのげっぷの様子をYouTubeにアップした。一年半付き合った彼女と別れた矢先のことだった。
あれから一年ちょっと経つ。再生数は49。その内、自分で再生したのがおそらく10回くらい。単純計算すれば39回は、俺以外の誰かが見ているということになる。
だからと言って39人の人間が、各々べつべつのタイミングで再生したとも限らない。リピーターだっているはずだ。一人で5回見た、なんて物好きもいるかもしれない。
純粋に、カエルのげっぷなぞに興味を持つ人間がいるとは思えないし、いたとしたらそいつはきっと生物学者かなんかだろう。いや、今更カエルのげっぷなんかを研究する学者がどこにいる。それはきっと、世界にとっては分かりきったことだし、それでもなお、カエルのげっぷについて研究したいという生物学者がいるとしたら、手近なYouTubeなんかで済ませようとせずに、自分の足で、野に分け入ってカエルを捕まえるべきだ。お前は研究をナメている。向いてない。
「この宇宙はカエルのげっぷによってあらかじめ記述された世界なのです!! 私たちはカエルのげっぷによって生み出されたオタマジャクシ。ほら私たち生物には、染色体の配列によって性を二分する基準がありますでしょう。XY、いわゆるオスと呼ばれる生き物たちは皆、ザーメンというものを持っています、ね、アレ、オタマジャクシに似てるでしょ、ほら、ちょろちょろ、ちょろちょろって」
さあさあ、手と手をとり合って、これより宇宙開闢のときへと立ち返るのです――君、YouTubeを開いてくれないか、そうあの動画だ――さあ、耳を澄ませて、オオガエル様のげっぷが私たちを因果の輪から解脱させるのです……、なんてこともあり得るかもしれない。でも、そうだとしたらそもそも49回しか再生されていないのはかなり深刻な問題だろう。信者何人いる。運営方針を見直せ。
もちろん、カエルに対して異常な愛情を示す博士も、目の付け所がいささかシャープなカルト宗教の教祖も、ぜんぶ俺の妄想だ。基本的に、こういうくだらない妄想だけをしてきた。そして気がついたら一年とちょっとの月日が経っていた。新しい恋人はいない。俺の彼女いない歴は、ヒキガエルのげっぷをYouTubeに載せた彼の日から、延々と引き伸ばされつづけている。付き合っている当時は、彼女との日々が優先順位のてっぺんに位置していたため、自ずと友達も減っていった。毎日がヒマだ。そして今、俺は、ちょうど50回目の再生をしようとしている。記念すべき今日、この瞬間だ。
ときおり俺は、妙な想念にかられる。俺以外の誰かによる39回の再生が、全てひとりの人間によって行われたことなのではないか、と。
「ヒキガエル げっぷ」などと律儀に検索をかける人間は、俺の妄想の外側、つまりはこの現実には存在しない。だとしたら、あの動画を投稿したのがこの俺であると知っている人間、が見ていると考えたほうが理にかなわないだろうか。そして、そのことを知っている人間は、おそらくこの世界にひとりしかない。昔の動画は全て消した。今や俺のチャンネルに登録された動画はヒキガエルのげっぷのみだ。楽しかった日々の思い出は、今や虚ろな宝石、石ころ、石ころ、石ころだ。でも、もし。もしも、彼女が、今も何処かでスクリーンに映るカエルのげっぷを見ているのだとしたら、それはきっと、終わりきったふたりに許された小さな逢瀬だ。
朝6時起床朝食づくり
7時、子供を起こしてご飯を食べさせて着替え
そのころ嫁は化粧とご飯
買い物して帰る
帰ってから夕飯の準備
5時嫁帰宅
6時から夕飯
嫁はつわりでそのまま寝室
洗い物をして
9時子供の寝かしつけ
疲れているときはそのまま就寝
忙しすぎて何もできん