はてなキーワード: 既卒とは
公務員試験を受けるも、わりといいとこまで行って、落ちた。落ちてしまえば、いくらいいところまで行こうが、まるで意味をなさない。次の試験といっても、気力が減耗して、とても勉強する気にならない。形だけ、就職活動めいたことをしていないわけではないけど、既卒者は書類審査で門前払いというのが、定石らしい。
おりしも長く連れ添った彼女にはフられ、家の外も内もクソのような暑さ。アンラッキーというのは、こうもまとめてお徳用でやってくるものなのか。どんなバリューセットだ。
今日もひどい気分である。親はもっとひどい気分なのであろう。無理はない。私立に行かせた息子が、今、バイトすらしていないのだから。勉強するとなると、一点集中型にならざるを得ない人だから、大学を出て以来、ズルズルとここまで来てしまったのだ。申し訳ないという気持ちはある。
このモヤモヤを、いつ、どのように脱することができるのだろう。そう考えたとき、真っ先に思い浮かんだのが、彼女をつくるべきではないか、ということだ。身体的なふれあいも含め、励まされるようなことがあれば、どんなに良いだろう。友人の励ましがないわけではないし、彼らには感謝しているが、やはり根本的に交際相手のそれとは性質が異なるのだ。段違いにがんばれる気がする。
だがしかし、そこは職歴なしの既卒。周囲が働き始めている年齢だけに、今後の株価下落は必至である。何とまあ、世知辛いことであろう。
ああ、でも彼女ほしい。将来設計はこれまで何度となく揺らいできたが、ここだけはブレない。適度な罵りなんか交えつつ、何だかんだで応援してほしい。最近、会うようになったあの子に、救援要請してみようかしら。
分類が大雑把すぎるのかも。
彼は中卒で以降8年間土方をやってきた。
3年ぶりの電話で、「渋谷にいるから出てきてくれないか」という。
私は大学進学で東京にでてきていて現在はニート、既卒で就活中である。
彼が言う。
「土方を8年間やってきた、気が付いたら23歳になった
私「まあそうだな。東京出てくんの?ってか何したいの?」
突拍子もない、身も蓋もない。そう一蹴する類の話である。
だが、私はがんばってみればいいと思った。
土方の仕事は休みは少ないものの、月に30万以上稼げたりしていたらしい。
彼は人気者である。小学生のころから背が高く、運動も勉強もできた。
中学にあがったくらいから不良みたいになってタバコを吸ったり、
学校をさぼって遊ぶようになった。
それでも、先生たちは彼を目にかけていたし、友人からの信頼を厚かった。
高校には進学せず、土方をやりながら夜の街で遊んでいた。
やっぱりちやほやされてきたんだと思う。
「今はこんな感じだけど、俺はきっとビッグになるぜ」と8年間。
今日もふらっと東京に来れば、部屋探しができると思っていたようだ。
仕事は先週辞めたといった。
8年間続けてきた仕事を辞めるというのは、考えなしのように思えるが
彼なりの覚悟があってのことだと思う。
アルバイトはしたことがない。
どうすれば芸能人になれるかなんてもちろんわかっていない。
ぶっちゃけ、可能性なんてないかもしんないけど2,3年頑張ってみればいいじゃん」
彼「…」
地元の友人たちには、東京に行きたいという意思は伝えていたようだが、
芸能界に入りたいとは伝えていないようだ。かっこ悪いから言わないでくれと言われた。
ものの2時間程度話しただけだ、アルバイトの時給や家賃の相場の話をしただけ。
彼自身何がしたいとかわかっていないようだ。小学生のころ、中学生のころ、
地元でちやほやされいたことを引きづっているだけだ。
「成功って何だろうな」
私はいった。
「好きなことやるってことだろ」
彼は何とも言えない顔をした。
私は彼の力になりたいと思っている。
自分が何をやりたいのかなんて考えたこともない。
インターネットさえもままならない。
そんな彼が「成功」するには、どんなアドバイスが必要でしょうか。
教えてください。
『中途』に値する職務経験を持っていない。
ほとんどの企業は、翌年3月に卒業する者を『新卒者』としている。
人事の目は常に新卒者を向いている。
その次に「経験者優遇」が続く。
そこに自動的に入れられた彼らを、
思う、
悪いのは誰だったのだろう
「君のせいじゃないよ」とも言われる。
優しさと批判の繰り返しで心も身体も磨耗し、
気持ちの所在を見失う。
「頑張れ」というありきたりな言葉に押され、
進み続けなくてはいけない。
何も見えない闇の中を、
あるかどうかもわからない出口へと。
少しでも立ち止まったら、きっと罵詈雑言の嵐だ。
夢や希望を語ることを禁じられ、
考える暇も与えられぬまま、
吐き出すことも許されぬまま、
絶望と閉塞感を抱えて、生きていく。
ようこそ、これが未来だ。
まあ、企業によって様々な訳だが、最近の流行りはやはり間接的に社会人基礎力なるものを求めるもの。特にコミュニケーション能力なんか多くの企業が求めているであろう。
なぜ、そんな人を企業が欲しがるかといえば、仕事する上で必要なスキルだからであると思うが、これを学生に求める点において私は大きな疑問を感じる。
大学に入る多くの人が社会人基礎力なるものを身につける為に大学に入学したわけでもないし、"一応"大学で高度な専門知識を身につける為に入学した人が多いと思う。
※就職のためというアカデミック匂ゼロの悲しい輩も最近大学で見かけることもあるが。
そういった、大学生を新卒として採用するにあたり社会人基礎力を求めるなんていうのはおかしくはないだろうか。
少し前は、即戦力と名売って様々なスキル、資格を手にした学生を積極的に採用する傾向があったが、現在の求める人物像のメインとなる社会人基礎力なるものもスキルと同じようなカテゴライズであり、同様に大学新卒採用の現場では、衰退してほしいと私は思っている。
また、今の新卒採用システムは新卒だからこその強み、例えば大学の専門知識をそのまま仕事に活かせることなどを重視したものが特に文系職種には少ないことから、新卒にこだわる必要性など全くないだろうと思ってしまう。なにも身につけてない真っ白な人材という意味では、就職出来ずに既卒になった人材も同様の人材であり、新卒と差別化する意味がないのではないかと思う。
まあ、言いたいことを簡潔に言うと新卒に求めること、こだわる理由が間違ってないかということである。
ある会社の面接を受験した際に私は採用担当者から中途採用者に関しての不満を採用担当者から耳にした。
その内容は
「何社も転々と転職している人は私らの会社に入社してもすぐに辞めてしまうのではないかと感じるでしょ?」
と言った内容である。
私はこの発言に失望した。
転職をされる方にはそれぞれの事情があり、中には首を切られたというような人も少なからずいるだろうが、自らのスキルアップの為や現状の仕事に不満を感じたためといった人も多くいるだろう。
そういった人たちは、たしかドラッカーの著書によると知識ワーカー(ナレッジワーカー)というらしい。
そういった人たちに対して、満足度を提供し続けられないのは決して当人だけの問題だけではなく、組織の問題、管理する側の問題であると私は考えており、上記の発言から感じられることは、『私たちが与える満足度は有限ですよ』といっているようなもんである。
なるほど、ということはやはり既卒になった時点で詰み、ということだな。
詰みは罪に通ずるということでとっとと死んだほうが良い。
僕は今の労働環境にうんざりしている。糞っ垂れな残業に、糞っ垂れな英語公用化、糞っ垂れな上司に糞っ垂れな慣習。
僕は今の雇用環境にうんざりしている。糞っ垂れな新卒優遇に、糞っ垂れな既卒差別、糞っ垂れな非正規雇用待遇に、糞っ垂れな収入。
僕は今の社会環境にうんざりしている。糞っ垂れな満員電車に、糞っ垂れな価格の食べ物、糞っ垂れな宣伝カーに、糞っ垂れなDQN共。
僕は今の国際情勢にうんざりしている。糞っ垂れな中国に、糞っ垂れなリビア、糞っ垂れな世界不況に糞っ垂れな国連。
僕は今の地球にうんざりしている。糞っ垂れな地震に、糞っ垂れな黄砂、糞っ垂れな花粉に糞っ垂れな津波。
僕は今の自分にうんざりしている。糞っ垂れな自分に、糞っ垂れな自分、糞っ垂れな自分に糞っ垂れな自分。
僕は今の人生にうんざりしている。糞っ垂れな学歴に、糞っ垂れな両親、糞っ垂れな仕事に糞っ垂れな環境。
ブログで政治的な意見を述べる時は(意見+複数の根拠)で1セットになるように文章を構築しよう。
なぜかというと,根拠が存在しない意見だけの記事は読み手にとっては何の意味もないゴミ記事だからだ。
根拠が書かれていないので
そこでは誰の反論もなく誰の提案もなく,
議論がひとつも進まない(というよりも,議論が発生しない)。
え?
そういう時は Because文 を使おう!
Because というのは以下のような言葉を使った1文の事です。
● 「なぜならば・・・」
● 「というのは・・・」
それじゃあ実践だ。
Because文が各段落に最低2つは含まれるように意識しながら文章を書こうね!
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ちなみに旧帝卒TOEIC700です。
ぺこり。( '‘ω‘`)
此度の震災の折、いかがお過ごしでしょうか、御社におかれましても変わりはありませんでしょうか。私からも皆様のご無事をお祈り申し上げます。
さて、この大震災に際し、営業所の被害、業務の縮小、流通の遅れや機能不全、お得意先との関係の問題など様々な影響が御社にもおありかとは存じますが、今回お話したいのは、被災地域の就活生について。
此度の災害に巻き込まれた就活生は、大学生、専門学校生、短大生、高校生に限らず相当数に上っていると思われます。既に、企業から内定を取り消された今年度卒業生、そもそも内定先が無くなってしまった今年度卒業生、生活基盤とインフラが破壊されて就職活動がままならない来年度卒業生の叫びも聞こえ始めてきています。
そこで、私から以下5点の事柄について提案申し上げます。大変お忙しい時期ではあると存じますが、是非ともご検討の程よろしくお願いいたします。
現在、被災地域では、数万人の方が被災生活を余儀なくされています。もちろんその中には今年卒業だった就活生、震災まで就職活動を行っていた来年度卒業生も多数いるはずです。我々人事屋が被災地域のために貢献できるとすれば、そういった被災地域の就活生を何らかの形で雇用することで、ではないでしょうか。
お恥ずかしながら、御社が来年度何名の新卒生を採用予定であるか存じ上げないのですが、採用予定人数の何割かを被災地域の就活生のために確保してはいかがでしょうか? 選抜高等学校野球大会における「21世紀枠」のように予め枠を用意しておくことで、被災地域の就活生の雇用確保、ひいては被災地域の生活安定に寄与できるはずです。その他地域の就活生にはこの際我慢してもらいましょう。
現在、被災地域の就活生は生活することで精一杯のはずですが、生活が安定してきた暁には以前よりも積極的に職を探すはずです。御社人事部におかれましても、そういった就活生を受け容れていくことで企業のイメージ向上を行えるかと存じます。
既に「第二新卒」「卒業後数年以内既卒者採用」の制度を創設していたり、「3年以内既卒者トライアル雇用奨励金」「既卒者採用拡大奨励金」などの制度をご利用の企業様もおありかとは存じますが、被災地域の今年度卒業生に限り、制度に関係なく完全に来年度新卒生と同じ待遇で雇用を行ってみてはいかがでしょうか?
被災地域にて内定を取り消された本年度卒業生達は、何の落ち度も無いにもかかわらず大自然の力によって内定を奪われた人々です。そういった卒業生は、被災地域の企業様が「この子は優秀だ、採用したい」として採用し、この大災害によってやむを得ず手放してしまった人々でもあります。であれば、御社にとっても、被災地域の企業様が採用したいと思ったほどの優秀な人材を採用するチャンスかと思われます。
この不況の中にあっても、就活生に対し、試験や面接にかかる移動費用を支給している大企業様もあるかとは存じます。私が就活生の頃にも「就活成金」といって大企業様から支給された移動費でスーツや鞄やコンポを新調した者がいたものです。しかし、弊社のようにそういった予算を捻出することができない企業様も多々あるかとは思います。しかしこの未曾有の大災害に際し、被災地域の就活生は説明会参加、試験、面接のために移動を行うことが非常に困難になっているかと思われます。この際、被災地域への貢献と割り切って、そういった就活生のための移動費用の予算を創設してはいかがでしょうか? 全額負担とは行かずとも、交通費を一部支給するだけでも被災地域から御社への応募が殺到するかと思われます。
現在、被災地の就活生は就活どころではありません。生活基盤が破壊され、或いは身体的に問題を抱え、生きていくだけで精一杯と思われます。そういった就活生のために、選考時期を遅らせることはできませんでしょうか? 私も人事の端くれであり、皆様が可能な限り早めに就活生を採用してしまいたいお気持ちはよく存じ上げております。しかし、この非常事態に就職活動を行えない就活生への配慮を行うことはできませんでしょうか?
やはり能力があるにも関わらず大自然の無慈悲により就職できなかった人々を採用するチャンスであるだけでなく、御社の企業イメージアップに繋がるとも存じ上げます。
被災地域の就活生は心に大きな傷を抱えたまま就活を行うことになると思われます。そういった就活生のために、本職の心理カウンセラーには及ばずとも、説明会あるいは面接において就活生の悩みを聞く時間を作れないでしょうか? あるいは、御社の心理カウンセリング担当医師様に説明会や面接会へ同道して頂くことはできないでしょうか? 採用する前の就活生の心の傷を癒すことで、就業拒否や就業後の突然の退職も未然に防げるかと存じます。
以上5点につきまして提案申し上げます。不況続く折、皆様におかれましても大変な時期かとは存じますが、被災地域の経済安定のためにも是非ご検討の程宜しくお願い申し上げます。
末筆ではございますが、御社の益々のご発展をお祈りいたします。
2008年卒の就職売り手市場だったときの大学学部卒業生(現在サラリーマン3年目)だけど、就職活動してた頃を思い返して書いてみたい。「50社受けて未だに内定が出ないことへの感想」http://anond.hatelabo.jp/20110304145631 への反応として。
自分は、売り手市場で内定複数持ちの大学生が当たり前みたいな状況下で、大中小企業いろいろ40社受けても内定をもらえずにいた。私も、「50社受けて〜」の方と同じように一次面接で落とされることが圧倒的に多かった。
地元の国立大学の文系学科に通い、ひととおりのことはやっていたが、コミュニケーション能力不足という致命的な欠点が響いたのかもしれない。あと経歴も少し。
では、なぜ自分は深く落ち込むことなく持ちこたえられたのか、6点に整理してみた。もちろん、個人的な経験なのでとてもとても一般化できることではないが、今就活に悩んでいる人の参考になればと思って書いたので、よかったら読んでほしい。
私は、何回も面接の練習を受け、悪い点を洗い出して少しでも良くすることによって「次こそは!」という思いを維持した。最初の頃はやはりボロボロだったが、回数を重ねるにつれて模擬面接をしていただいた相手から
「もう君が採用されない理由がわからない。悪い点を強いて言うならば、気持ちが強く出過ぎて相手を圧倒してしまうところかもしれない」
と言われるまで頑張ってみた。
少しでも良くなっているのだから次はちがう結果かもしれない、と、そう思うことで前向きな姿勢を保てたと思う。
ほめてくれたり、励ましてくれる仲間がいた。
とかいう言葉は慰めだとわかっててもうれしかった。内定無い同学年の連中と何時間も愚痴を言い合っていたら、いつの間にかそれぞれの夢を語っていたこともあった(←よく考えると気持ち悪いけど^^;)。月並みだが、へこたれそうになったときに仲間がいてくれてよかった。
就活はしていたものの、学生時代に3年勤めたバイト先に就職してもよいと思っていた。バイト先の上司に「ここに就職してもいいですか?」と聞いたら、「給料安いから入ってくるな」と言われはしたが、なぜか自分なら受ければ入れるだろうという自信があった。このおかげで、落ち続けても焦燥感を感じずにすんだのは大きいかもしれない。
大学3年の夏、短期インターンシップをさせてもらった会社で、魅力的ですごい社員の方々の働きに触れていたので、就活で内定をもらうことがゴールじゃなく、その先があるということを実感を持って知っていた。自分は、たとえ正社員になれなかったとしても、そのインターンシップ先の社員たちの働き方を真似して社会に貢献できるよう頑張りたいと思っていた。
早い時期から就活をしていたので、途中受ける会社がつきてしまったとき、就職活動のペースを少しゆるめて、大学のゼミの発表・レポートの方に全力を注いだ。特に、自分は卒業論文を履修していなかったので、レポートは自分の大学生活の集大成にしようと思って必死で取り組んだ。
今思えば現実逃避に近かったのかもしれないが、全然面接が通らなくて嫌になりそうな中で、自分が大学3年間ちょっとで身に付けたものに対する自信を取り戻すきっかけになったと思う。(余談だけど、レポートは大学院生合同のゼミなのに最優秀って言われたよ!)
実は、自分は大学に入ったのが24歳のとき。高卒後しばらくフリーターだった自分が高卒既卒という身分で就職活動をした時は、就職氷河期ということもあって面接にもたどりつけない惨敗だったので、就活で人に会って話ができるだけでうれしかった(OB訪問・説明会も含む)。名だたる有名大企業であってもとりあえず一次面接までは行けるので、落ちてるのに「なんかすげー!」とよくわからない感動があった。特に、最初の頃はそれがあって乗り切れたようなもの。
年齢制限でそもそも受け付けてもらえなかったところを除いて、エントリー43社目。今まで受けてきた中でも高い倍率の部類に入る企業の秋採用。選考のステップが少ないこともあって、あれよあれよと最終面接に来て、ついに内定をもらってしまった。面接中、変な受け答えをしてしまって役員に笑われてたのに。そして翌年入社。
「型破りで変な奴が来てこりゃ落とそうかと思ったが、話を聞いてみるとよく勉強しているし、強い気持ちを持っている。うちの会社は少し古いところがあるから、君にはそれを打ち破ってもらいたい」
とのこと。
就活では何がプラス/マイナスに作用するかわからないし、確かにそのフィードバックを返してくれる企業なんて滅多に無い(私だと、不採用理由をこっそり教えてくれたのはインターンシップ先くらい)。今の就活は悪いところだらけなのは社会人になった今も同意する。でも、今現実に就活と取っ組み合っている人のために何かヒントになればと思って、長々と書いてみた。自分も就活がうまくいかなかったとき、こういうウェブの文章を読みあさって糧にしようとしていた経験があるので。