はてなキーワード: 冥福とは
近年、有名人などが亡くなった際に、亡くなった方の属する宗教・宗派が分からないのに、気軽に「ご冥福をお祈りいたします」というフレーズを掲示板やコメント欄などに書き込む人が多い。
ぶっちゃけ、よく怖くないな、と思う。「ご冥福」というのは、単純に考えれば「冥土での幸福」ということなのだから、「冥土」が定義されていない宗教では未定義になる。あるいは、「冥福」より広く解釈して「死後の幸福」という意味で使ったとしても、「死後は必ず幸せになれる」という教義の宗教の場合は、心配しなくてもいいことを祈っていることになる。空文と同じだ。
というわけで、未定義エラーまたは空文になる可能性の高い「ご冥福をお祈りいたします」という言葉は、慎重なプログラマなら避けるべき言葉である。「ご冥福」などという教義依存(環境依存)な言葉を持ちださなくとも、「謹んでお悔やみ申し上げます。」に言い換えれば良いだけの話だ。
476 :爆音で名前が聞こえません:2011/11/07(月) 11:06:52.32 ID:5mHYl3pZ0
こいつ本当に知らないなら黙ってればいいのにな
滋賀の渋滞のニュースとかさぁ
161号線はマジ地獄
477 :爆音で名前が聞こえません:2011/11/07(月) 14:54:27.82 ID:Lsoqb3qI0
今日のニュース記事で【「めざましテレビ」の大塚キャスター 急性リンパ性白血病で休養】
ってのにコメントで「事故当時、福島入りしてなかったっけ、この人…。」
とか書いてるんだけど、他県民からしてみれば何てことないコメントかも知れんが、俺含む福島県民にとってはすごい嫌なコメントなのね
これって明らかに原発のおかげで白血病になったんじゃねって言いたいワケでしょ?
何これ。しょうがなくいまだに県に残ってる人が沢山いるのに寧ろ避難してる人の方が断然少ないのに、福島に行ったからこうなったみたいな事書きやがって
そりゃ、危険度で言えば未知数だしこれからどうなるかわからんけど、まったくコメント配慮してないよね
まぁ今までも原発や放射能関連の記事に対して何回もイラッってくるコメントしてるけど福島はもう危ない近寄れないって言いたいんだろ? 全国的に見ればそう思ってる人も沢山いるだろうが個人サイト、仮にもそこそこアクセスされてるサイトの管理人がそういうニュアンス丸出しで言うことじゃないだろ
このコメントに対して「だから何?」って掲示板に書いてたら信者に「典型的ゆとりコメントwwww」とか書かれるし
こいつ隣県人だけどだったらもう福島に一生入ってくんなくそが
478 :爆音で名前が聞こえません:2011/11/07(月) 14:58:20.11 ID:yD72ObMs0
彼の住まいなんてほぼ福島に隣接してるような場所なのにな
479 :爆音で名前が聞こえません:2011/11/07(月) 15:51:03.72 ID:HRcywiIX0
今福島に安易に近づこうとするやつとか危機感も何もないバカだよ。
しかもメールすりゃ無駄に煽られなかった上に、
こんな所に「自分は被害者なんです!><」とかいちいち行間開けてバカさ加減を披露する。
そんなお前こそ邪魔だから福島県民を名乗るべきじゃないんだよ。消えろ
480 :爆音で名前が聞こえません:2011/11/07(月) 16:03:23.59 ID:vcaVe8ic0
被害者とか邪魔だとか一言も言ってないけどなwwww
481 :爆音で名前が聞こえません:2011/11/07(月) 16:20:22.67 ID:hVBEA49J0
放射能と大塚さんの白血病に因果関係があるとかないとかの問題でなく、
公に口にしちゃいけない事を言っちまったね信者も含めて、人の心の痛みがわからないんだな
Ta2はもう人間やめたほうがいい、日本の恥
482 :爆音で名前が聞こえません:2011/11/07(月) 16:29:55.39 ID:yD72ObMs0
人間は別にどーでもいいけど、自身のキャパに対してサイトが大きくなりすぎたね
いい加減潮時だとは思うけど、今のように「管理人が痛くて有名w」ってのをウリにでもしたいのかね
483 :爆音で名前が聞こえません:2011/11/07(月) 17:02:39.68 ID:9NIdyEW40
公の場で「白血病になったのって福島行ったせいじゃね?www」みたいなこと言ったのが問題って話でしょ?
話をすりかえようと必死ですね
484 :爆音で名前が聞こえません:2011/11/07(月) 17:39:34.04 ID:5l8SFnBqO
地震の時に他府県に逃げてたよな?
その後の被災者アピールが酷かった
485 :爆音で名前が聞こえません:2011/11/07(月) 17:53:10.20 ID:9g/6d+n80
Ta2は肉親の自殺をネタにするような下衆だからなー
486 :爆音で名前が聞こえません:2011/11/07(月) 18:05:35.29 ID:jELwrG8jO
所謂、不謹慎発言ってのがよくでるな
ちゃんと考えた上、一呼吸おいて書けばいいのに
まぁ気付いてすぐ消せるけどちゃんと魚拓なり取っとけば
後の為になるかもね
そんでもって、 Microsoft は持っている。僕同様、みんなも知ってると思うけど、なんと驚くべきことに、 Microsoft はそれをよく理解していない。実に。でも彼らは、純粋に、偶然、プラットフォームを提供するビジネスから始まって成長してきたから、プラットフォームを分かっているんだ。彼らはその領域で30数年やってきた。 msdn.com に行って、少しの間ブラウジングしてみればわかる。もし見たことが無ければ、驚く準備をしておいた方が良い。なぜならそれがとてつもなく巨大だからだ。何千の、何千の、何千もの API コールがある。彼らは巨大なプラットフォームを持っている。実際の処大きすぎて、全く統率が取れていないけれど、少なくとも彼らはやっている。
Amazon は自分のものにしている。 Amazon の AWS ( aws.amazon.com )は途方も無くすばらしい。行ってみてご覧よ。クリックして回ってみるんだ。全く恥ずかしくなる。僕らはこれらのひとかけらも持ち合わせていない。
Apple も、明確に、自分のものにしている。彼らは基本的にクローズな選択を、特にモバイルプラットフォーム周りでしているけれど、アクセシビリティを理解しているし、サードパーティ開発者の力もよく分かっていて、自分たちのドッグフードを食べている。それでさ、わかるだろ?。彼らは実に見事なドッグフードを作る。彼らの APIコールは Microsoft のそれに比べて実にクリーンで、ずっと昔からそれを維持している。
Facebookも持ってる。だからこそ心配になるんだ。ぐうたらな僕をここまでして書かせた理由はそれだ。僕は元来ブログするのも、プラスする(って言うのかどうか知らないけど)のも嫌いだ。そもそもGoogle+はぶっちゃけ話をするのにはひどい場所だけど、とにかくやらなきゃならない。Googleに成功して欲しいと思ったらね。で、僕は成功して欲しい!。まあ要は Facebook が僕を呼んでいるし、きっとそっちでやるほうがずっと楽なんだろうけど、Google は僕にとって家だし、だからこういう家族同士のお節介焼きのようなことをやっていこうよと言ってるわけだ。(訳注:この辺の訳怪しい。トラバで指摘いただいたのがすてきだったのでまるっと差し替え!。"アドバイス" thx !)
Microsoft と Amazon 、それに Facebook (たぶん。実際僕はよく見ていないんだ。だってすごく落ち込むからね…)の提供するプラットフォームに驚いた後に、 developers.google.com に行ってちょっとブラウズしてみて欲しい。ね?大きな差だろう?。まるで君の5年生の甥っ子が、巨大で強力なプラットフォーム企業がもしリソース的に独りの小学5年生しか人を割けないって時に作るようなものをデモしてみなさい、なんていう宿題でもでっち上げたみたいな感じだよ。
どうか悪く思わないで欲しい。 Developer relations チームが、これを外部に提供できる形にするためにとんでもない努力をしてきたってことを僕は分かっている。僕が知る限り、彼らはとにかくケツを蹴り上げつつけている。なぜなら彼らはプラットフォームを理解しているからさ。プラットフォームに対して実に冷淡で、しかも時には敵対心さえあらわにされるような環境の中で、彼らは英雄のように努力している。
僕は率直に、 developer.google.com が外部の人にとってどう見えるかを説明しているだけさ。全く幼稚に見えるだろう。 Maps API は一体どこにあるっていうんだ?。いくつかはなんだかよくわからないラボプロジェクトとやらに入っている。で、いざたどり着いてみれば、そこにある API は全くけちな代物だ。まさに本当の意味でドッグフードだ。オーガニックなんかとは無縁だね。僕らの内部 API に比べれば、まるで不格好な別物だよ。
Google+ についても、悪く思わないで欲しい。到底彼らだけが違反者ってわけじゃない。文化的なものが絡んでいるんだ。僕らが内部でやってることっていうのはさ、基本的には、惨めでマイノリティなプラットフォーム部隊が、無敵で予算も自信もたっぷりのプロダクト部隊に多かれ少なかれ負け続けている、そんな戦争なんだよ。
ゼロから構築したプログラマブルなプラットフォームになるべきなんだってうまく気づいたチームってのはみんな弱者さ。 Maps や Docs なんかが思い浮かぶ。 Gmail もなんとなくそっちの方に進みはじめたように見える。でも彼らがそのために予算を獲得するのは実に難しい。なぜなら、それは僕らのカルチャーじゃないんだ。 Maestro の予算なんか、 壮大な Microsoft Office プログラミングプラットフォームの足下にも及ばないちっぽけなものだ。ふわふわ毛皮のうさぎちゃんと、 T-Rex の対決みたいなものさ。 Docs チームだって、このスクリプティング機能が無ければ Office に太刀打ちできないってのはよく分かっているんだ。でも残念なことに、予算が付かない。つまりさ、そうじゃないとは思うんだけど、現状 Apps スクリプトが Spreadsheet だけで動作して、 API の一部としてキーボードショートカットすらない。まさにチームが愛されていないって思うしか無いよね。
皮肉にも、 Wave は偉大なプラットフォームだった。冥福を祈りたい。でもプラットフォーム的な何かを作るっていうことは、そのまますなわち成功を意味するって訳じゃあ無い。プラットフォームにはキラーアプリが必要だ。 Facebook そのもの(つまり、 wall やら friends やらなんやらというデフォルトの機能)が、 Facebook プラットフォームのキラーアプリだ。そして、 Facebook アプリが、 Facebook プラットフォーム無しで成功できると結論づけるのは、深刻な誤りだと僕は思う。
みんなは、外の人たちが Google は傲慢だって言い続けているの、知っているよね?。僕は Googler だ。だから、みんなと同じように、外の人たちがそう言っているといらいらとする。僕らは全般的に見て全く傲慢じゃ無い。僕らは、まあ、99%は傲慢じゃない。僕はこの文章をこう始めた(遠い記憶をさかのぼってよ)、 Google は「正しいことだけをする」って表現した。僕らはよかれと思ったことだけをしている。だから、人々が僕らが傲慢だって言うときは、まあ大抵彼らを雇ってあげなかったときか、僕らのポリシーに不満があるか、まあそんなようなところじゃないかな。彼らはそれで気分が良くなるから、傲慢だ傲慢だと言っているんだろう。
でも、もし僕らが、僕らは全ての人に対して完璧なプロダクトをデザインする方法を知っているだなんて、そんなスタンスを取るんだとしたら、僕を信用してくれて良いと思うけど、結構そういう話を聞くんだけど、僕らは飛んだ間抜けになる。それを傲慢って言ったり、無邪気さって言ったり、なんて言ってもいいけど、結局の処、それは愚かさに他ならない。全ての人にとって完璧なプロダクトなんて、無いんだ。
デフォルトフォントサイズを設定できないブラウザについて話してこの話題を締めくくろうか。アクセシビリティへの侮辱ってやつについて語ろう。つまり、いずれ僕は年を取って、ほとんど目が見えなくなる。事実そうだと思う。僕は人生でずっと近視だったし、40歳にもなれば今度は近いものが見えなくなる。そうなればフォントの選択ってのは生死を分ける重要なポイントだ。それは君を完全にその製品から追い出してしまう。ところがどっこい Chrome チームってのははっきりと傲慢だから、彼らはゼロコンフィギュレーションプロダクトなんて言ってて、まったく厚かましくも、もし目が見えなかったり耳が聞こえないなりなんなりするなら、お前はファックユーだぜってなもんだ。残りの人生、全てのページを表示する度に Ctrl-+ を押せって言うんだよ。
これは彼らの問題じゃ無い。みんなの問題だ。僕らが徹底してプロダクト企業だということが問題だ。僕らは広くアピールするプロダクトを作った。例えば検索がそうだ。そのあまりにもひどい成功が、僕らの目をくらませてしまった。
Amazon もまたプロダクト企業だった。だから。 Bezos にプラットフォームの必要性を理解させるのには、外部の力が必要だった。その力ってのはどんどんと蒸発していく利幅だった。彼は追い詰められて、脱出方法を考えなければならなかった。でも彼の持ちえたものは、エンジニア達とコンピュータの群れだった。そこからどうにかマネタイズするには…?。結果論だけれど、そうして彼は AWS にたどり着いたわけだ。
Microsoft はプラットフォームとして始まった。だから彼らにはたくさんの習慣があった。
でも、 Facebook は…、彼らは僕を不安にさせる。僕はエキスパートではないけれど、でも、彼らは最初プロダクトとしてスタートして、そしてそれをうまく成功につなげていたことは確かだ。だから、彼らがどうやってプラットフォームへと変革を遂げたのか、僕にはわからない。それは比較的昔のことだったろうと思う。 Mafia Wars のようなものが現れる前に、彼らがプラットフォームにならなければならなかった時よりもずっと昔。
たぶん彼らは僕らを見て、こう自問したのかも知れない。「どうやったら Google を倒せる?。 Google に足りないものはなんだ?」
僕らが直面している問題はとても大きい。僕らがキャッチアップを始めるには、めざましい文化的な改革が必要だ。僕らは内部的にもサービス指向なプラットフォームを持っていないし、同じように外部的にもそうだ。この「自分のものにしていない」感じは、まさに会社全体を覆う風土病だ。 PM は分かってない。エンジニアも分かってない。プロダクトチームも分かってない。誰も分かっていない。たとえ一個人で分かっている人間がいたとしても、もしそれが君だとしても、僕らがそれを総力を挙げて緊急事態として扱わなければ、これっぽっちも意味が無いんだ。僕らはプロダクトをローンチして、それを後から魔法のように美しい外部拡張可能なプラットフォームに成長させられる、そんなふりをし続けることを、やめなければならない。何度もやって、だめだったじゃないか。
プラットフォームの黄金律「自分のドッグフードを食べろ」はこう言い換えることができる。「プラットフォームから始めろ。そしてそれをなんにでも使え」(訳注:"アドバイス" thx !)。後からちゃんとやるなんて不可能だ。少なくとも、簡単には無理だ。 MS Office をプラットフォーム化した人たちに尋ねてみればいい。あるいは Amazon をプラットフォーム化する為に努力した人たちに。遅れてしまえば、正しく立て直すのに10倍の苦労が必要になるだろう。ごまかしはできない。内部アプリが特別な優先アクセスを受けられるようなバックドアを秘密に仕込むなんて、どんな理由があっても不可能だ。難しい問題から、まず最初に解決しなければならないんだ。
僕は遅すぎると言いたいわけじゃ無い。けれど、待てば待つほど、致命的な遅れへとどんどん近づいてゆく。
この記事をどう纏めて終えればいいか、正直よくわからない。言うべきことは全て言ったと思う。この記事はできあがるのに6年かかっていると言える。僕が紳士的ではなくて申し訳ないと思う。プロダクトやチーム、個人を僕が誤解していたら申し訳ないと思う。もし僕らがたくさんのプラットフォームを実は作っていて、僕や、僕が話した人たちみんなが偶然知らないだけだったとしたら、申し訳ないと思う。
でも、僕らは今すぐに始めないとならない。
@bren_boss Kenichi Nakamoto
情報管理がw RT @eim1990: auの10月版カタログのau Smart Sportsの注意書きに何故か「iPhoneご利用の方は、2011年10月21日(金)からお楽しみいただけます。」の一文が掲載されている。 twitpic.com/6thko6
確実っぽいなぁ RT @eim1990: auの10月版カタログのau Smart Sportsの注意書きに何故か「iPhoneご利用の方は、2011年10月21日(金)からお楽しみいただけます。」の一文が掲載されている。 twitpic.com/6thko6
@tukanana つかなな
「iPhoneご利用の方は・・・」どうやら@kddi_pr さん、やってしまったようです・・・。 / “ 今日、auの10月カタログを見てたら変なモノを見つけてしまいました… auの総合カタログの一部なんですが。 この一文、きっ...…” htn.to/omhb7r
@zunya58 zunya58
おかしいなぁ、どうしてかなぁ?RT @eim1990: auの10月版カタログのau Smart Sportsの注意書きに何故か「iPhoneご利用の方は、2011年10月21日(金)からお楽しみいただけます。」の一文が掲載。 twitpic.com/6thko6 #au
@ikkituba kazuki.ocv
笑った RT dfnt: 【速報:auの10月カタログに「iPhoneご利用の方は~~」の文字が発見される】 twitpic.com/6thko6
@high_noteP high_note(ハイノート)
うわー、これappleにKDDIが消されるぞww RT @dfnt: 【速報:auの10月カタログに「iPhoneご利用の方は~~」の文字が発見される】 twitpic.com/6thko6 消し忘れかな…。
@r_pinyng めう
確定じゃんwwwRT @high_noteP: うわー、これappleにKDDIが消されるぞww RT @dfnt: 【速報:auの10月カタログに「iPhoneご利用の方は~~」の文字が発見される】 twitpic.com/6thko6 消し忘れかな…。
@hideokazuo 関根秀和 hidekazu sekine
おもいっきり出てる。守秘義務ねえなあ。だだ漏れ。早めに出るなら、プランしだいでMNPする。RT @dfnt: 【速報:auの10月カタログに「iPhoneご利用の方は~~」の文字が発見される】 twitpic.com/6thko6 消し忘れかな…。
@tellor7 てらー@絶賛ドロクイ中
appleから契約取り消し喰らっても文句言えないレベル RT @dfnt: 【速報:auの10月カタログに「iPhoneご利用の方は~~」の文字が発見される】 twitpic.com/6thko6 消し忘れかな…。
@cinealta cinealta
本当に甘い会社だなぁ… RT @koutetsurou: auのカタログなのに「iPhoneには〜〜から対応です」 ですって。 twitpic.com/6thko6 via @twitpic
@kouti81 コーチン3.0.
なんだかほんとに脇が甘くてマーケティングなのかと。 RT @dfnt: 【速報:auの10月カタログに「iPhoneご利用の方は~~」の文字が発見される】 twitpic.com/6thko6 消し忘れかな…。
@kazoooya カズヤ
ひどい情報管理RT @kouti81: なんだかほんとに脇が甘くてマーケティングなのかと。 RT @dfnt: 【速報:auの10月カタログに「iPhoneご利用の方は~~」の文字が発見される】 twitpic.com/6thko6 消し忘れかな…。
@kohkuma kohkuma
確定ですね。 RT @mocchicc: ほむ。“@dfnt: 【速報:auの10月カタログに「iPhoneご利用の方は~~」の文字が発見される】 twitpic.com/6thko6 消し忘れかな…。”
@moccie7 moccie7
これでau版iPhone確定か。 RT: @high_noteP: うわー、これappleにKDDIが消されるぞww RT @dfnt: 【速報:auの10月カタログに「iPhoneご利用の方は~~」の文字が発見される】 twitpic.com/6thko6 消し忘れかな…。
@ulder1996 モルダー
au、Appleとの契約、破棄になるんじゃないか?情報漏れ過ぎだろwwRT @d_gossy RT @dfnt: 【速報:auの10月カタログに「iPhoneご利用の方は~~」の文字が発見される】 twitpic.com/6thko6 消し忘れかな…。
@4M6T 心の闇
auやっちまったな… RT @iPhonens: 今日、auの10月カタログを見てたら変なモノを見つけてしまいました… auの総合カタログの一部なんですが。 この一文、きっ... on Twitpic twitpic.com/6thko6
[ # |ω・)……]担当者様のご冥福をお祈りいたします / “今日、auの10月カタログを見てたら変なモノを見つけてしまいました… auの総合カタログの一部なんですが。 この一文、きっ... on Twitpic” htn.to/waAt7p
朝一番の斎場はとても静かだった。
到着してすぐに、お父さんから状況を聞いた。
部屋に入ると、引っ越したばかりで物も少ない小さな部屋で
叔父さんは布団をかけたまま息を引き取っていた。
部屋はエアコンがつけっぱなしで
部屋には500mlビールの空き缶が百本以上もあった。
叔父さんは黒ずんで、ミイラ化が進んでいた。
俗に言う、孤独死、無縁死。
叔父さんを見かけなくて心配してくれたのは
同じ建屋に住む、管理会社のおばさん。
たまに声をかけてくれていたそうで
本当にありがたい。そして本当に申し訳ないとおもった。
叔父さんの部屋は最近の部屋で、
部屋中の空き缶。
叔父さんは3日に一度は酒屋に連絡して
部屋の中で飲んでいたらしい。
想像してみた。
66歳で仕事も定年になり、家族もいないから、独りでお酒をひたすら飲み続ける。
そんな姿を想像すると、どんな気持ちでいたんだろうとか
携帯の発信履歴から、息を引き取った時期がなんとなくわかった。
検死の結果、叔父さんの体には生体反応があったそう。
それはつまり、瞬間的に命が絶たれたわけではなくて
一定時間苦しんだ後に引き取ったという事だそうだ。
その時に、誰かに、お父さんに連絡することも恐らくできたはず。
でもそれをしなかったということは推測だけど、そういうことなのかもしれない。
できなかったのか、したくなかったのか、しないと決めたのか。
それはわからない。
ポストに残されていた、叔父さんの携帯電話の請求額は生きている間も、一カ月に1000円に満たない。
パソコンを持たない叔父は、仕事以外に外との繋がりはほとんどなかったという事が読み取れた。
私も独り暮らしをしているから、叔父さんの過ごしてきた日常が生々しく想像できて、頭から離れない。
寂しかったんじゃないだろうか、一人で辛かったんじゃないだろうか。
だから、助けの連絡も入れなかったんじゃないだろうか。
死んでもかまわない、なんて思ってたんじゃないだろうか。
その辛さを想像して、そんな叔父さんに何もしようとしなかった事への後悔、申し訳なさ。
考えるだけで涙が止まらない。
同時に、そんな状態にしてしまったと後悔してるあろうお父さんの気持ちを想像するだけで、涙が止まらない。
叔父さんには何をしてもらったわけでもないし、付き合いもなかったから、
でも、それがそもそも間違っていて、もっと、歩み寄るべきだった。
死んでしまった事が悲しくないほどの距離感を、ずっと気にせずにいた事だ。
お父さんがお兄さんと疎遠なのも知っていた。
我が家ではそれが当たり前になっていた。もちろん、叔父さんも然り。
新年のあいさつはおろか、全く交流がないまま約30年が過ぎている。
私が生まれてすぐに父の父、つまりおじいちゃんに当たる人は亡くなっている。
私の生まれた次の月に。
おばあちゃんに当たる人は生きてはいたけど
覚えてる限り初めて、会ったのが亡骸だった。
その時の叔父さんの写真が残っていて、結構鮮明に覚えている。
ただ、覚えているだけだ。
叔父さんは独身だったから、痴呆のおばあちゃんの面倒もずっと見てくれていた。
おばあちゃんが亡くなったのが15年前。
叔父さんは50歳を過ぎて、はじめて独り暮らしになった。
で、去年。
借金もなくなり、住み慣れた実家の側に家賃4万円ほどでアパートを借りて住んでいた。
そして、それから1年たらずで叔父さんは、一人で亡くなった。
誰にも連絡せずに。
おそらく、まるで自殺行為のように飲み続けたアルコールが原因。
彼が拒否をしたのかもしれないけど
私たちはもっと、叔父さんに歩み寄る、とか
気にかけてあげるべきだった。
もっと小さい時から、叔父さんの事を気にかけていてあげれば、
父も叔父さんにもっと連絡していたかもしれない。
自分の手の届く範囲の人をあんな逝き方をさせてしまったという事にひどく後悔している。
最低だ。
後悔なんてしたって、罪悪感なんて持ったってもうどうなにもできないのに。
可能性があったのに、こんなことになるまで誰ひとり、何もしなかった。
本当に、本当にごめんなさい。
そして、後悔や供養の気持ちが見えない両親とは、今回の事で決定的な心の距離ができた。
「かわいそうだったね」
耳を疑った。
正直、人としてどうかと思った。
そうやって、私は家族と距離を置き
叔父さんと同じ道を歩んでいる気がしてならない。
叔父さんの死によって叔父さんの気持ちが、わかった
ほんとうに辛かったよね。ごめんなさい。
そうやって約一時間で、叔父さんはようやく荼毘に付された。
骨は大きく頑丈だった。
膝に抱いた骨壷は、ずっと温かかった。
見送ってほしい人は他にいたと思う。
なのに、私たちが最後でごめんなさい。
最後にいけしゃあしゃあと出てきて勝手に後悔してごめんなさい。
ただただ、懺悔と叔父さんの冥福、安らかな眠り、幸せな来世を祈るしか私にはできません。
本当にごめんなさい。
朝一番の斎場はとても静かだった。
到着してすぐに、お父さんから状況を聞いた。
部屋に入ると、引っ越したばかりで物も少ない小さな部屋で
叔父さんは布団をかけたまま息を引き取っていた。
部屋はエアコンがつけっぱなしで
部屋には500mlビールの空き缶が百本以上もあった。
叔父さんは黒ずんで、ミイラ化が進んでいた。
俗に言う、孤独死、無縁死。
叔父さんを見かけなくて心配してくれたのは
同じ建屋に住む、管理会社のおばさん。
たまに声をかけてくれていたそうで
本当にありがたい。そして本当に申し訳ないとおもった。
叔父さんの部屋は最近の部屋で、
部屋中の空き缶。
叔父さんは3日に一度は酒屋に連絡して
部屋の中で飲んでいたらしい。
想像してみた。
独りでお酒をひたすら飲み続ける。
テレビとか見ていたのかな・
そんな姿を想像すると
どんな気持ちでいたんだろうとか
携帯の発信履歴から、息を引き取った時期がなんとなくわかった。
検死の結果、叔父さんの体には生体反応があったそう。
それはつまり、瞬間的に命が絶たれたわけではなくて
一定時間苦しんだ後に引き取ったという事だそうだ。
その時に、誰かに、お父さんに連絡することも恐らくできたはず。
でもそれをしなかったということは
推測だけど、そういうことなのかもしれない。
できなかったのか、したくなかったのか、しないと決めたのか。
それはわからない。
生きている間も、一カ月に1000円に満たない。
ほとんどなかったという事が読み取れた。
叔父さんの過ごしてきた日常が生々しく想像できて、頭から離れない。
寂しかったんじゃないだろうか、一人で辛かったんじゃないだろうか。
だから、助けの連絡も入れなかったんじゃないだろうか。
死んでもかまわない、なんて思ってたんじゃないだろうか。
その辛さを想像して、そんな叔父さんに何もしようとしなかった事への後悔、申し訳なさ。
考えるだけで涙が止まらない。
同時に、そんな状態にしてしまったと後悔してるあろう
叔父さんには何をしてもらったわけでもないし
付き合いもなかったから、
でも、それがそもそも間違っていて、もっと、歩み寄るべきだった。
死んでしまった事が悲しくないほどの距離感を、ずっと気にせずにいた事だ。
お父さんがお兄さんと疎遠なのも知っていた。
我が家ではそれが当たり前になっていた。
もちろん、叔父さんも然り。
私が生まれてすぐに父の父、
つまりおじいちゃんに当たる人は亡くなっている。
私の生まれた次の月に。
おばあちゃんに当たる人は生きてはいたけど
中3のゴールデンウィークに、亡くなった。
初めて、顔を見たのが亡骸だった。
その時の叔父さんの写真が残っていて
結構鮮明に覚えている。
ただ、
覚えているだけだ。
痴呆のおばあちゃんの面倒もずっと見てくれていた。
おばあちゃんが亡くなったのが15年前。
叔父さんは50歳を過ぎて、
はじめて独り暮らしになった。
で、去年。
そして、それから1年たらずで
叔父さんは、一人で亡くなった。
誰にも連絡せずに。
おそらく、飲み続けたアルコールが原因。
彼が拒否をしたのかもしれないけど
私たちはもっと、叔父さんに歩み寄る、とか
気にかけてあげるべきだった。
もっと小さい時から、叔父さんの事を
気にかけていてあげれば、
父も叔父さんにもっと連絡していたかもしれない。
自分の手の届く範囲の人を
ひどく後悔している。罪悪感がある。
最低だ。
後悔なんてしたって、罪悪感なんて持ったって
もうどうなにもできないのに。
可能性があったのに、
こんなことになるまで誰ひとり、何もしなかった。
本当に、本当にごめんなさい。
そして、後悔や供養の気持ちが見えない
両親とは、心の距離ができた。
「かわいそうだったね」
亡くなった人に優しくて
正直、人としてどうかと思った。
そうやって、私は家族と距離を置き
叔父さんと同じ道を歩んでいる気がしてならない。
叔父さんの死によって
叔父さんの気持ちが、わかった
ほんとうに辛かったよね。
ごめんなさい。
そうやって
約一時間で、叔父さんは
ようやく荼毘に付された。
骨は大きく頑丈で、とび職の名残なのかななんて感じた。
膝に抱いた骨壷は、
ずっと温かかった。
私たちじゃなと思う。
見送ってほしい人は他にいたと思う。
なのに、私たちが最後でごめんなさい。
最後にいけしゃあしゃあと出てきて
勝手に後悔してごめんなさい。
ただただ、
安らかな眠り、
私にはできません。
本当にごめんなさい。
朝一番の斎場はとても静かだった。
到着してすぐに、お父さんから状況を聞いた。
部屋に入ると、引っ越したばかりで物も少ない小さな部屋で
叔父さんは布団をかけたまま息を引き取っていた。
部屋はエアコンがつけっぱなしで
部屋には500mlビールの空き缶が百本以上もあった。
叔父さんは黒ずんで、ミイラ化が進んでいた。
俗に言う、孤独死、無縁死。
叔父さんを見かけなくて心配してくれたのは
同じ建屋に住む、管理会社のおばさん。
たまに声をかけてくれていたそうで
本当にありがたい。そして本当に申し訳ないとおもった。
叔父さんの部屋は最近の部屋で、
部屋中の空き缶。
叔父さんは3日に一度は酒屋に連絡して
部屋の中で飲んでいたらしい。
想像してみた。
独りでお酒をひたすら飲み続ける。
テレビとか見ていたのかな・
そんな姿を想像すると
どんな気持ちでいたんだろうとか
携帯の発信履歴から、息を引き取った時期がなんとなくわかった。
検死の結果、叔父さんの体には生体反応があったそう。
それはつまり、瞬間的に命が絶たれたわけではなくて
一定時間苦しんだ後に引き取ったという事だそうだ。
その時に、誰かに、お父さんに連絡することも恐らくできたはず。
でもそれをしなかったということは
推測だけど、そういうことなのかもしれない。
できなかったのか、したくなかったのか、しないと決めたのか。
それはわからない。
生きている間も、一カ月に1000円に満たない。
ほとんどなかったという事が読み取れた。
叔父さんの過ごしてきた日常が生々しく想像できて、頭から離れない。
寂しかったんじゃないだろうか、一人で辛かったんじゃないだろうか。
だから、助けの連絡も入れなかったんじゃないだろうか。
死んでもかまわない、なんて思ってたんじゃないだろうか。
その辛さを想像して、そんな叔父さんに何もしようとしなかった事への後悔、申し訳なさ。
考えるだけで涙が止まらない。
同時に、そんな状態にしてしまったと後悔してるあろう
叔父さんには何をしてもらったわけでもないし
付き合いもなかったから、
でも、それがそもそも間違っていて、もっと、歩み寄るべきだった。
死んでしまった事が悲しくないほどの距離感を、ずっと気にせずにいた事だ。
お父さんがお兄さんと疎遠なのも知っていた。
我が家ではそれが当たり前になっていた。
もちろん、叔父さんも然り。
私が生まれてすぐに父の父、
つまりおじいちゃんに当たる人は亡くなっている。
私の生まれた次の月に。
おばあちゃんに当たる人は生きてはいたけど
中3のゴールデンウィークに、亡くなった。
初めて、顔を見たのが亡骸だった。
その時の叔父さんの写真が残っていて
結構鮮明に覚えている。
ただ、
覚えているだけだ。
痴呆のおばあちゃんの面倒もずっと見てくれていた。
おばあちゃんが亡くなったのが15年前。
叔父さんは50歳を過ぎて、
はじめて独り暮らしになった。
で、去年。
そして、それから1年たらずで
叔父さんは、一人で亡くなった。
誰にも連絡せずに。
おそらく、飲み続けたアルコールが原因。
彼が拒否をしたのかもしれないけど
私たちはもっと、叔父さんに歩み寄る、とか
気にかけてあげるべきだった。
もっと小さい時から、叔父さんの事を
気にかけていてあげれば、
父も叔父さんにもっと連絡していたかもしれない。
自分の手の届く範囲の人を
ひどく後悔している。罪悪感がある。
最低だ。
後悔なんてしたって、罪悪感なんて持ったって
もうどうなにもできないのに。
可能性があったのに、
こんなことになるまで誰ひとり、何もしなかった。
本当に、本当にごめんなさい。
そして、後悔や供養の気持ちが見えない
両親とは、心の距離ができた。
「かわいそうだったね」
亡くなった人に優しくて
正直、人としてどうかと思った。
そうやって、私は家族と距離を置き
叔父さんと同じ道を歩んでいる気がしてならない。
叔父さんの死によって
叔父さんの気持ちが、わかった
ほんとうに辛かったよね。
ごめんなさい。
そうやって
約一時間で、叔父さんは
ようやく荼毘に付された。
骨は大きく頑丈で、とび職の名残なのかななんて感じた。
膝に抱いた骨壷は、
ずっと温かかった。
私たちじゃなと思う。
見送ってほしい人は他にいたと思う。
なのに、私たちが最後でごめんなさい。
最後にいけしゃあしゃあと出てきて
勝手に後悔してごめんなさい。
ただただ、
安らかな眠り、
私にはできません。
本当にごめんなさい。
原子力を推進する立場であれ反対する立場であれ、今回の原発問題で特にフラットで居べきと感じる問題の一つは原発のリスクと
経済合理性だと思うんだけど、特に仕事として推進する立場の人間と原発の代替電力として伸びてくる分野を生業とする立場では、
条件を公平に捉えた上で、ポジショントーク含め、自分たちの議論を(企業として)展開する機会が増えてくるんだと思う。
フラットに問題を捉えた上での議論は、例え展開する論理自体は(恣意的にでも)偏重してるとしても、つっこまれどころを把握して
る事になるから。
最近ACの理事に電力会社が多いことが少し話題になってたけど、電力事業は仕事の公共性や地域への影響を鑑みてPublic Acceptance
を重要な仕事として位置づけているから、事業推進時に大衆心理を考慮することが他業種と比べても多いという話を聴いた事がある。
だから公共広告を事業目的としているACの理事に電力会社が多いのかなと個人的には思う。
(癒着などの陰謀論的な意味ではなく、純粋に公共広告のノウハウ蓄積が多いから。)
最近では、放射性物質に対する大衆心理分析として、色々な人間心理の理論や現象に関する話を目にする機会が増えた。
例えば、プロスペクト理論 (100%で100万円貰えるのと、50%で200万円 Or 0万円だと前者の選択が多く、100%
で-100万円の借金が帳消しになるのと、50%で-200万円帳消し Or 0万円だと後者の選択が多くなる。期待値は同じ。)
では人間は目の前に利益があると、利益が手に入らないというリスクの回避を優先し、損失を目の前にすると、損失そのものを回避
しようとする傾向があるらしい。
従って、放射線漏洩事故という損失を目の前にした現在、大衆心理としては原発のリスクを正しく判断できず、全廃にしたいという
心理が働くという論理展開なのかなと思う。
(よくタバコや飛行機や自動車のリスクと比べてリスク判断として公平でないという議論が展開されている。また単kw当たりのDeath
元ネタ?:http://www.newscientist.com/article/mg20928053.600-fossil-fuels-are-far-deadlier-than-nuclear-power.html)
逆に、推進したがる側の心理でも、いわゆるサンクコストに囚われて、廃炉処置、原子力ビジネス撤退に対して公平に判断できなくな
ることもあると思う。この場合のサンクコストには企業レベルの営業努力、投資から個人レベルで勉強などのために費やしてきた時間
なども含まれる。
などなど諸々。
理論適用における有意性の是非はまた違う議論だと思うけど、上記はよく展開されている論理の一例として。
もちろんこれらを後付け的に、持論擁護もしくは相手への反論に向け、ポジショントークの布石として展開する事も多く見られると思う。
これらの意思決定時の理論や現象の原発問題への派生・応用はこれからたくさん議論されてくのだと思う。忘れてはいけないのはこれら
政策やビジネス上の決定の際に考慮される大衆心理はあくまでPublicであって、直接被害を受けた人間に対して、あなたはバイアスに陥
っています、という目的ではない事。また逆に被害者に公共が同調し過ぎるのも問題だということ。
感情は否定できないのでしょうがない部分はもちろんあると思う。ただ、人間心理を現象として捉える種々の理論を知ってるかどうかだ
けでも、自分や他人に客観的になれる瞬間は増えると思う。
ただし、理論の適用是非は慎重にならなくてはいけないし、仮に有意だとしても、空気読まず理論を振り回す人間も知識に振り回されて
いる訳で、知識から得る便益と自分の評判を落とす不利益(ただの知識のひけらかしに見える、面倒くさい人間に見える、など)のトレ
(要は得だと思って勉強した知識の使いどころを間違って、自分の人生で結果的に不利益を被る。)
という訳で、この問題に限らず知識を個人的に活かすのはなかなか難しい。。
あと、仕事や政策上など理論実行・周知の際の大義名分の有無も大事な気がする。
まず、今回の東日本大震災でお亡くなりになった方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された方々のお見舞いを心から申し上げます。
エントリの内容とは全く関係ない
この一文を加える動機が気になるので、
よかったら教えてください
まず、今回の東日本大震災でお亡くなりになった方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された方々のお見舞いを心から申し上げます。
次に、僕のスペックです。都内の大学に通う学生(新二年生—ちなみに一浪—)です。所属学部のカリキュラムによって、ほとんどの授業を英語で行って、レポートも英語でたくさん書きました。といっても、僕の英語の能力はだいたいTOEIC700点前後だと思います(TOEICはうけたことがありませんが、学校で受けさせられたテストなどで換算するとこのくらいです)。700点前後なので、あまり大したことは言えた身ではないのですが、英語については昨年度かなり自分でも悩み、考えたし、また、TOEICなどのスコアだけで英語の実力のすべてが測れるとも思っていないので、僭越ながらも英語についての意見を述べさせてもらいます。(ちなみに未だ日本から出たこと無いです)
最後に、書こうと思った動機について。主に二つ。ひとつは、日本人の英語熱が、去年のユニクロ、楽天の英語公用語方針表明から、加熱の一途を辿っていることを受けて、自分—英語が公用語の学部で学んでいる自分—が何か良い意見を述べることができればいいなと思ったから。あとひとつは、自分の英語に関する考えを今の時点で言語化して整理しておきたいという考えがあるからです。
英語学習者の多くは「英語ができるようになりたい」や「英語上達!」などと言います。が、少し待って下さい。その宣言って少し漠然としすぎではないでしょうか。ここで、試しにあなたが今思っているその「英語」に修飾語を二つ付けてみて下さい。例えば、ある会社員の場合は、practicalと businessを足して、”Practical business English” (実践的ビジネス英語) となります。こうすることで、あなたが必要な英語がもっと鮮明になるでしょう。さらに対策だって立てやすくなると思います。子供が語学を身に着けながら成長するときの様に、日常の様々な場面での遍く英語表現を身に着けることは大人には困難です。しかし、範囲をうまく絞れば、そこに特化して勉強することで仕事で困ることが少なくなると思います。
僕は昨年度、英語を話す日本人を数十人ですが見てきましたが、およそ二つのグループに分けることができます。それは、日本語を話すときと同じ感覚で英語を話している人と、英語を話すときは全く別の口の開け方や筋肉の動かし方、さらには呼吸法までする人たちです(帰国子女の方々は幼いころの海外経験の中でこれを自然に身に着けているように思われます)。タピオカドリンクを飲むときは、コーラを飲む時に使うストローじゃ飲めないように、英語を話すときも日本語用の発声方法を脇に置いて、英語用の発声フォーマットで話さなくてはならないのです。先に示した前者の人々はだいたい、声が小さいぼそぼそとしたしゃべり方をします(もちろん発音は滅茶苦茶チョッピーです)。これは、はっきりいって意識の問題だと思います。発音やアクセントの前に態度(attitude)の問題だと思います。
これは上とだいぶ関連があるのですが、英語を真剣に話そうとすると多かれ少なかれ「欧米人っぽさ」や、悪く言えば「ネイティブかぶれ」が現れてしまいます。だが、これらに対して嘲笑したり、からかったりしてはいけないと思うのです。日本人の間で「かぶれ」に見えてしまうことも、英語話者同士では普通の事なのです。だから、間違っても日本人によるつまらない価値観から、その人の外国語に向かおうとする態度を軽蔑してはならないと思います。お互いにとってマイナスにしかなりません。
英語がわからないから話が理解できない、と思ったことがある方。それは本当に英語が問題でしょうか?例えば、去年流行った「ハーバード白熱教室」。この番組はiTunesやYouTubeで無料で見ることができます。僕も、視聴していて三周目も終わろうとしている頃ですが、まだよく理解できているとは思えないです。『これからの「正義」の話をしよう』も、その原著である”Justice-what’s the right thing to do-”も持っていて一通り読みましたが、未だ理解できたという確信がありません。なるほど、「テメエがアホなんだよm9(^Д^)プギャ―」という意見もあるでしょう。しかし、サンデルの授業内容がそれなりに高度なことも事実ではないでしょうか。日本語で聞いたとしてもそれなりに高度なことには変わりません。それをさらに外国語でとなると余計に理解が難しくなってしまいます。自分の英語読解/聴解能力を疑う前に、言語に拘わらずそれを理解できる知的基盤が備わっているか。それをただ「英語が分からない」と悲観する前に、確認する必要があると思います。
某経済評論家などを「達人」と見做している英語学習者は、いつまでたっても英語ができるようにならないと思います、失礼ながら(インタビューもそんなにあてにしちゃいけない)。そもそも、本当に英語できる人間は、日常のほぼ全てのタスクを英語でこなしているような人たちではないでしょうか。論文であれ、企画書であれ、会議であれ、学術発表会であれ。そういう本当の「達人」らは、われわれ一般人に指南するような立場を超越していらっしゃいます。さらに、そういう人たちはあまり表に出ない人たちです。なぜなら、一流のビジネスパーソンは週刊誌の英語特集に顔だすくらい給料安くないし、言語学など学問分野の一流たちもそんなところに出て自分の株をさげるようなことをしないでしょうから。
では誰をロールモデルにするのか。はっきりいってツールである英語にロールモデルが必要であるとは思わないのですが。強いて言うなら、『英語達人列伝』の中から探すといいと思います。これを読めば、「日本人は英語ができない」といった言説が神話であると思え、すこし勇気が湧いてくると思います。
英語学習において、発音を磨くことは何かと批判の対象になります。恐らく、それは英語学習における贅沢品と受け取られるからでしょう。目玉焼きも焼けない人間が高級イタリア料理「カルパッチョソースのデミグラス和え 地中海の新鮮な貝の奏でるムースとともに」(※こんな料理はありません)を作ろうとするように捉えられてしまうのかもしれません。
しかし、僕は発音も大切だと思います。磨けるなら磨いた方がいい。じゃあ、どのくらいまで磨くか。もちろんネイティブレベルとは言いません(発音向上批判がネイティブ信仰批判と結びつけられることも多い)。が、強いて言うなら「自分の発音に自分で酔えるくらいまで」としておきます。英語を話している時の自分がいつもと少し雰囲気違うな、とか仕事できそうだな、くらいに思えるくらいです。語学学習は基本的に孤独な作業であると思います。周囲に誰も人がいない部屋で黙々と音読…そんな状況で心を支えるものが、わずかながらのナルシシズムだと思うのです。ここで注意しておきたいのは、自分の発言を瞬時に考えて話す「スピーキング」と音読教材を見ながら話す「スプリクト読み」の際の発音能力は個人の中でも違いがあるということです(ここでは詳述しません)。
昔NHKで「英語会話」の講師をしていた東後勝明氏はこう言っています。
「発音が大切だ」と言えば、すぐに、「本国人のような発音の必要はない。日本人なのだから日本人の発音で十分」と反論が返ってくる。「単語を覚えたほうがいい」と言えば、「単語だけを覚えても何もならない。その使い方を覚えなければ駄目」と言われてしまう。うっかり「会話ができなければ」などと言おうものならたちどころに「ただペラペラしゃべれるようになるだけではかえって人間が軽薄に見えて困る」と一蹴され、「それより、内容のあるものが読めることだ」とか「話す内容が大切」ということで会話の重要性は影をひそめてしまう。
「文法をしっかりやりなさい」と言えば、「文法に頼る英語力には限界がある」とか「文法を教えすぎるから、英語が使えなくなっている」と、これにもまた反論が出る。それでは「実際にありそうな自然な対話をそのまま暗記してみれば」と言えば、「会話はそんなに準備されたせりふ通りにはいかない。そんなものをいくら暗記しても役には立たない」と誰かが言う。… ( 東後勝明 「聞き、覚え、使う」 現代新書編集部 『外国語をどう学んだか』 講談社 1992)
要するに、唯一絶対の方法なんてありませんよ、ということであり、たとえ少し間違った勉強法をしてしまっても、それほど差はないですよ、ということ。やりかたで戸惑って学習不安なんて愚かだと思いませんか。ネットで情報収集だけに一生懸命になっている方、とりあえずブクマして満足している方。
世界に飛び出ていく為のツールである英語を、日本の企業や学校の基準に合わせてどうするのでしょうか。会社や学校の要求に応えることが重要であることは言うまでもないですが、これから英語を勉強して身に着けるということは必要不可欠であるということ。すなわち、グローバル化によってかつては「あった方が有利」だった英語から「ないとダメ」というように変化してしまったのです。だから、これから英語学習する人――特にビジネス面の方々――は、外国、とくに韓国、中国にライバル意識を持って外国語を学ばなければならないのではないでしょうか。
英語に関することで今問題だな、(というか、もったいないな)と思うのが巷の「英語学習」と、学問としての「英語教育」との乖離です。この春休みに入ったころに、集中して現在刊行中の「英語教育学大系」シリーズ(大修館)を読んだのだが、個人的に得るところが結構あった。そういった学問分野での研究成果をうまく巷の「英語学習」に反映させればいいと思うのだけれど、実際「英語学習」者たちの間でウケてしまうのはTOEIC900点をとった人たちのアドバイス記事。もったいない。
これ500B!超えたらblog再開させようかな…なんてw
訂正
帰国子女の方々は生まれつき後者の姿勢が備わっているきがします→帰国子女の方々は幼いころの海外経験の中でこれを自然に身に着けているように思われます
元増田とほぼ同じ状態だったと思う。
ちょうどustによる配信が終了した頃(震災発生から1週間後くらい)から落ち着いてきたので、ちょっと思い出しながら書く。
関東でも大きな揺れがあったあとしばらくして、いくつもの街が津波で壊滅してる映像が飛び込んできたときに何かスイッチが入った気がした。
それ以降、テレビの報道番組だけじゃなくて、ネット上でどんな反応が起きてるのかも食い入るように見続けた。
たいして英語力ないけど、英語圏のメディアの記事も読みまくった。国外でどう報道されているのか気になったからだ。
Twitterでは発言するのを控えた。というよりも、自分の感情を表現できなかった。
原発のトラブルが収束せず、誘発された別の地震が起きるかもしれないという恐怖感もあり、
とにかく情報を集めて何が起きてるのかをできるだけ正確に理解しないといけないと真っ先に思った。
具体的に被災者のために何かをしないといけないという衝動にかられてる人も多かったみたいだし、
かつて自分も新潟の震災の報道を見てて同じような状態になったことがある。
でも、今回は自分にできることは募金以外何も無いと割り切った上で、「見る」ことに集中した。
自分の興味・関心がある情報が大量に流れてくるとある種の快楽を感じる。
これは脳内麻薬による作用なので、人間に取ってごく自然な反応と言えると思う。
もし不謹慎だと他人から責められるとしたら、それはナンセンスだと思う。
ただし、その結果どのような行動をしたか、については別の話だけど。
そしてこれについて。
今の刺激に慣れてしまえば、あとは倦怠の日々が続くだけだ。聞くところによれば、計画停電は夏すぎまで続くのだという。面倒でたまらない。経済だって下降するだろう。そんななかで、いったいいつまで被害者の冥福を祈ったり、知らない土地の復興を祈ったりすればいいというのだ。原発の処理には数年かかるというじゃないか。2万人も死んだっていうじゃないか。それを忘れることなんて、できるわけないじゃないか。
冗談じゃない。もう何も楽しめない。もう何も楽しめない。
確かに爆発的に情報を浴びる期間は終わってしまったように思うけど、
これから世の中がどのように変わっていくか、についてはまだ始まったばかりに思える。
そして、震災の影響から何かが大きく変わるであろうことは確信している。
今回見て知ったことを別のところで役立てたい、とまでは言わないが、
俺は今後も、今何が起きているかをただ見続けると思う。
http://sankei.jp.msn.com/etc/news/110315/etc11031517370003-n1.htm
ようやく、原発事故も収束の兆しが見えてきたのだろうか。ぼくの知り合いでも東京から脱出した人も多くいて、感受性が強いというのはたいへんだなぁ、と冷静を装っている。このへんはもはや「誰をどれくらい信じるのか」というイデオロギーにも似た問題であり、ぼく自身としては「さすがに東京で死人が出るほどの事態になれば政府も『逃げろ』って言うでしょ、常識的に考えて」と思っているので、自宅で淡々と週明けの仕事を待っているという状態だ。ガソリンがないので週末の日課になっていた映画のレイトショーにも行けない。そもそも上映しているのかどうかも知らないけれど。
それまで意識していなかったけれど、震災当日にほうほうのていで帰宅してからというもの、ぼくはテレビに釘付けだった。通勤中はラジオとTwitterで常に情報を入れていたし、寝室でもUstreamでNHKとTBSを2窓で開いていつの間にか眠りにつくという有様だったのだが、今日、それが途切れたとき、猛烈に不安になった。終わってしまう、と思った。
ぼくは完全に、震災報道中毒になっていた。不安と恐怖を摂取することに慣れてしまい、あまつさえ快楽さえ覚えていたのかもしれない。以前は震度3などという地震がくれば文字通り震え上がっていたぼくだが、毎晩余震に揺すられるうちに「今回は警報が間に合ったな、今回は外れだな」などと緊急速報を値踏みしたりしている。
ネット上にはさまざまな情報が流れている。政府の中途半端な情報開示に憤る人、独自の論で不安をあおる人、美談に触れて涙する人。そうした人々を追いかけ、共感したり、ひとり嘲笑したりしている。
思えば911のときも3日間くらいテレビに貼り付いたが、あのときはすぐに日常に戻ることができた。言うまでもなく、それは対岸の火事だったからだ。
今回、東京は絶妙な距離感にある。最悪の事態が発生すれば、ぼくの日常が吹き飛ぶかもしれない。幸い今のところ身近な人に具体的な被害が出ていないこともあって、この事態がたまらなくスリリングなのである。
仙台空港が飲み込まれていく、あの壮絶な津波の映像が、スペクタクルのプロローグでしかなかったなんて、あのとき誰が思っただろう。
「町は壊滅しています」「死者・行方不明者が1万人を越えることが確実と見られます」なんと魅惑的なセリフなのだろう。
新幹線で数時間の土地で原発が爆発するなんて、誰が想像しただろう。
そのスリルに拍車をかけるのが、計画停電だ。信号機が消え、交差点を徐行するバスやタクシーの緊張感たるや、まるっきりスクリーンの中だ。エレベーターが止まって自室の7階まで階段で上がる経験なんて、もう二度とできないかもしれない。うきうきしてしまう。
今の刺激に慣れてしまえば、あとは倦怠の日々が続くだけだ。聞くところによれば、計画停電は夏すぎまで続くのだという。面倒でたまらない。経済だって下降するだろう。そんななかで、いったいいつまで被害者の冥福を祈ったり、知らない土地の復興を祈ったりすればいいというのだ。原発の処理には数年かかるというじゃないか。2万人も死んだっていうじゃないか。それを忘れることなんて、できるわけないじゃないか。
冗談じゃない。もう何も楽しめない。もう何も楽しめない。
募金する本人も善意でやっているわけですがこれは大変な悪徳です。
例えばアナタが100億円もってたとして
ウン十億円も一気に寄付できるようであればそれはとてもいい募金です。
アメリカなんかだと寄付分控除になるのでこのような寄付が盛んです。
しかし私もふくめ多くの方はそのようなことができません。
震災がおこると多くの基金がたちあがるのでアナタはそのうちの1つをピックアップして
インタネットの振込画面から指定の口座に振り込むか郵便窓口とかにいってお姉さんたちに頼むはずです。
すばらしいことに日本人の労働対価は世界的に見て非常に高い物となっております。
おそらく多くの日本人にとって寄付決定から振り込むまでの機会コストは
振込金額を超過します。
私はアレを見るたびこの時間をそのまま
コンビニなりキャバクラ也で働いて直接きふすればいいのになぁと
ただでさえ高い公務員給与に土日なので休日出勤手当もかさんで大変な負担です。
では被災地にはどのように接していけばいいのでしょうか?
それは仕事を持っている人なら勤勉に、
おみやげを買うなり女の子を買うなりすると大変被災者に貢献できます。
甚大な被害をうけた方は 貯金などせずにそのまま消費に回ると思われるので
日本の負債拡散というもっと大きな問題解決とベクトルは同じ方向になります。
前エントリ
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たった1000人ちょい死んだだけで。
この言い方は謝罪して訂正するべきです。
自分1人の力で人生を歩んでいるつもりの人間とお見受けします。
「世の中いろいろおかしなことがあるから、このぐらいのことはどうでも良い」
あなたに親しい人間の知人がいたかもしれないと想像できませんか?
それが想像ではすまなくなっている人たちのがいるのが分かりませんか?
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話は変わって、
具体的数字を羅列して調べて書いているように見せかけているけど、
CME Nikkei 225 (YEN) Futures が(大証比で大幅下落の)10,000円を割り込んでいるのは、
どう説明されますか?
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http://anond.hatelabo.jp/20101128214950
自殺しようが謝ろうがもう相手は自殺してしまったんだから償うことはできないよ。
増田が憤った友達のように「学校は弱肉強食の世界」で負けた敗者に哀れみなど
それを踏まえてつのる罪悪感を抑えて明日も生きつづけてく為に「償っている」という気持ちを得る方法を欲しているの?増田は。
それならこういう方法もある。
2.ご遺族に謝りに行って働いて得たお金を遺されたご両親に送り続ける(受け取らないだろうけど)
3.自分がいじめ殺したことを一生忘れないように毎日その子の名前を日記の終わりに書く。
4.自殺しないまま彼女より不幸な人生を過ごすように努力する。
5.2ちゃんねるの事件のスレに「私がいじめていた」と書き込み、いじめの実態を告白しネットで叩かれることで自己満足する。
6.将来「いじめ」問題に取り組む仕事につくように勉強を頑張る。
こういうことを続けていてもいずれは人生の敗者の事をあなたは「忘れる」
「忘れる」ことができるから人間は生きていける。
まあその子生きていたってコミュ力をあなた達に破壊されて、底辺の生活で苦しみながら何十年もいじめのフラッシュバックで苦しみながら
貧困のうちにあえいで憎しみと孤独を抱えたまま死ぬのがオチだったと思う。周囲に同情される若い内に死ねた分だけでも不幸ではなかったんじゃない。
もう憎しみや過去のフラッシュバックに苦しめられることは無いのだから。
過去のいじめのフラッシュバックや憎しみを何十年も抱えつつ死にたくても死に切れなくて忘れることもできなくて今日も惨めに生きている身としては
いまさら死んでも誰も見向きもしないしそう思うよ。自殺者が年間3万人出るこの日本でいちいち同情してられない。
もう中学・高校生の自殺なんて珍しくも無いし、ニュースを聞いても「ああまたか」と思うだけ。
人生の敗者などに誰も見向きはしない。故人の恨みや憎しみなどに構っている暇は無い。
ああなりたくなかったら強く生き続けるしかない。それだけ。
http://itkz.tumblr.com/post/1155344397
糸柳が死んだと小池周辺が騒いで結局生きてる いつものパターン
ssig33: 昨夜、糸柳和法の死去を知人から知らされ、交流の深かった下林に確認して事実であることを知った。下林もオレも糸柳もプログラマー。面識も深かったし糸柳はマラに借金を返していなかったのでまことに残念。
周りも「どうせ生きてるんだろ」と思いつつ『え…ショック』『信じられません』『ご冥福を』と一応つぶやいとく いつものパターン
bulkneets: マジで…
repeatedly: itkzさんのはマジなのか…
yukiyuki_runrun: 糸柳さんが亡くなったなんて信じられない。
生きてる事が(当然のごとく)判明し「またかよ」と思いつつ『よかった!心配しました><』と一応つぶやく いつものパターン
asami81: 糸柳さん生きてたんだ。面識はありませんがよかった・・・。昨夜訃報を知って本気でびっくりした私ですがインターネット、それもTwitterで見ただけの情報なので一瞬でも信じた自分が悪いと思います。
↑いやいやasami81お前は関係なさすぎるだろ ロケスタとかいう会社の半径2キロ内の奴は俺らの糸柳さんについて語るんじゃねー
あんまり死後の世界に興味がないせいか、ご冥福っていう言葉にピンとこない。
「霊魂なんてあるわけない!神なんているわけない!あるなら証拠だせ!質量があるのか?!」
っていうほど激烈な無神論者ではないけど、ご冥福を祈る?なにそれって感じがする。
悲惨なニュースとかあると、「ご冥福をお祈りします」ってキャスターとか著名人が言うけどさ、ネットにもコメント残す人がいるけどさ、本当に祈ってるのかね?
今日の夕飯になにを食べるかの悩みを100としたら、3くらいしか祈ってないんじゃね?
終戦記念式典をわざわざテレビ中継するとか、っていうか開くのもよくわからない。
戦争の記憶を風化させないためにっていう理屈なら、未来永劫やるんだろうか?
じゃあなにか、第二次世界大戦の式典はやって第一次世界大戦の式典はしないってのか?
第一次世界大戦の死者を悼んで、日露戦争の死者を悼んで、日清戦争の死者を悼んで、西南戦争の死者を悼んで、戊辰戦争の死者を悼んだりする必要があるのか?
死んだ人間が冥界に行くんだったら、冥界の人口は無尽蔵に増加して大変なんだろう。もし冥界なるものがあったとして、人によって幸せになるとかならないとか、現世の人が祈ったら幸せになるとかならないとかあるんだろうか?
とりあえず、今、生きてる人のことを考えようぜ。