はてなキーワード: シチューとは
干されるのとはちょっと違う。忘れられてるって感じ。
問い合わせが時々来たり、トラブルが発生したりして
その対応をする事があるので完全に毎日暇って訳じゃないんだけど、割と暇。
多分、1日おき出社くらいでちょうどいいと思う。
なんで暇になってるかというと、他の人が忙しいからだ。
でもルゥを作る人が、シチューのルゥを作るのだけで手一杯で、カレールゥを作ってる暇がない。
そんな状態がもう1年近く続いている。
なお、なんでそんなにルゥ作る人忙しいの?って話し合いは自分も上司も何度もした。状況は変わらず。
自分も、今までカレーを注文していた人も、少しずつ我慢してるんだろうけど、仕事が立ち行かなくなるほどではないので
無理にカレールゥを作ってもらわなくても大丈夫って事なんだと思う。
代替品が存在するか、そもそもカレー要らなくない?って、みんな気が付きはじめたのかもしれない。
時代遅れなんだろうな。
同僚の仕事を引き受ける話もしたけど、別の人のところに行ったので、自分は力不足なんだろう。
牛カツの店の牛テールシチューとかなかったの
シチューにして近所に配るんだよな
めくったカードを指定してカードのワードに書かれている人を手を繋いで連れて行く
(例、キティちゃんグッズを付けている人)
いきなりヨッピーさんが私の元に来て手を引いて走ったのですね
一瞬でしたが怒涛の動きでした
それでワードは(すみません、SPOTさんでレポートが書かれてからここは書きます)
だったのですが
(ふぁぃ、そーれぇぇすrねねねねんえええええええ)
みたいにしてラリって私はまともに返せないんですよ
まぁそれで
(コレ、少女漫画にある借り物競争で偶然彼と手を繋いで…とか死ぬじゃん
もしくは彼女陸上部やスポーツ関連で相当で走り込んでないと死ぬじゃん)
と思いました
その後
埼玉軍で(XXXをしている人)というカードを引いた方がいらっしゃったので
もう一度私は走ったのですが、同じくらいの身長の方だと全然違いますね
そして帰宅してから気がついたのですが、博多座前の鈴懸の牛タンシチュー
福岡に行くならオススメですよー!とヨッピーさんにお伝えするの忘れました
多分もう1000人位が言っていると思いますが
お父さんが死んだのは中学生の頃で、今大学生をやっている私にとって何年も前の話になる。
でも正直、もう誰と一緒にいてもご飯食べてもお泊まりしても、遊んでも。
どこか満たされない、帰る場所が無い虚無感、寂しい、そして欠けているって気持ちが今もずっと心にある。
長年の時を経てもジメジメしてる私のこんな思いは、相談するにも馬鹿馬鹿しいから、ここに吐き出してしまおうと思った。
関東のちょっとした郊外に生まれて、家族4人で借りた一軒家で9年余り過ごしていた。父は鬱病で、母は専業主婦。
ケンカも耐えなかったけど、それに父は機嫌が悪くなると物に当たってすごく怖かったけれど。家族皆で富士山の麓でお団子を食べたり、江ノ島に行って展望台に登ったり、ファミレスで皆でチーズフォンデュを食べたり、パパが写真を撮って、私が笑う。クリスマスにはサンタが今どこにいるのか中継するってテレビを見ながら、お母さんの作ったシチューとタンドリーチキンを皆で食べたりした。
部屋の中は温かくて…だから私は今でも冬の匂いでこの光景を思い出せる、
幸せだったな……
この数年間の幸せな思いで、私は生涯生きていけると思う。
そんな日々は長くは続かなくて、お父さんは鬱病が悪化し、ケンカの耐えなかった母は、私が小学校高学年のとき、身の危険を感じて私と妹を連れて田舎の実家に飛んだ。
家族が離れ離れになる寂しさもあったけど、お父さんは時々ここまで会いに来てくれたから良かった。話し合いを重ね、私が高校生になるときにまた一緒に関東で暮らすことになった。私はそんな話を聞きながらファミレスの大きなステーキを食べてたのを覚えてる。いつも美味しいご飯のそばには家族があった。
が、
突然、父は帰らぬ人となった。
父1人で数年間過ごしていたため、睡眠や食事が不規則で不健康になったのだろう。脳梗塞で、しかも発見は死後三日後だったという。腐敗が進んでいたため、私は最期眠った父の顔を見ることは出来なかった。
最後、そばにいられたら…、苦しい思いをしたのかな、最後に会った時、これから一緒に暮らすって約束したじゃん、
そして今だに、動いてない父の飼い猫のトプ画のTwitterアカウントを見て、ちゃんと生きていた、動いていたって確認してしまうのです。
そして、
もう私には完全に帰る場所が無くなったのだと…帰りたい場所は過去にあるんだと、もう帰りたい、家族に甘えたくても、手に入らないんだと
そんなどこか欠けてるような諦めがふとした時に思い出されるのです。
それは例えば友達の家に遊びに行った時。家具や小物から両親から大事に育てられて、帰ったら両親がいる。そんな幸せがどうしても羨ましくも妬ましく思ってしまう。私とは違う、私はこれにはなれないって。
そんな私は大学受験を頑張って再び関東に帰ってきた。もう帰る場所はないよって思い知らされるのが嫌でまだ思い出の地を訪れ、そして過去と決別する勇気が出ない。
高校の楽しかった思い出とか側からどんどん忘れていってしまう。
どうしたら過去を忘れられるのだろうか。どうしたら決別できる、どうしたら幸せになれる………
これではいけない、今から死にものぐるいで母と父の分まで幸せを掴むんだと、必死で勉強してお金も貯めているが、ふと後ろを振り返ったときに思い出してしまう欠落感…。寒い日にふとファミレスの窓から見えてしまう家族のあの光景…
何もかも吐き出してちょっとスッキリしました。最近朝にならないと眠れてないので今から寝ようと思います。
おやすみなさい。よい一日を。
6組13名で昼から翌日の昼まで一泊二日を過ごす。
準備はかなり面倒。
子ども用のお風呂セット、着替えセット、歯磨きセット、予備の着替えセットを分けてパッキング。
うちの子も誘われたけど、黙って俺の顔を見るだけ。
ここで親子はお別れ。
夕食も親子別々。同じ部屋だけど席は離れてる。
全部食べた?と聞くとうんと答える。
夕食後、親はエコバッグ作り。
隣の人に落ち葉を分けてもらい、適当にインクをつけて推して5分で終了。
俺は一人スマホをいじりながら、入浴時間まで過ごして、入浴後は持ち込んだSWITCHで寝るまで時間をつぶす。
子どもは引率者が入浴、同室での就寝まで看てくれる。
翌朝息子と再会。「来年も来よう」と言ってる。
朝の体操して朝食。また離れて座る。
また親子別々。子どもは昼食の準備、親はヨガと自然散策で多少時間をつぶす。
息子はキュウリを切る係。サラダ用のきゅうりを厚さ3センチで切る。
くりぬいたかぼちゃにシチューを入れてダッチオーブンで加熱する。
食べ終わったらみんなで皿洗いして終わりの会。
完璧で幸福な市民であるわたしが選ぶのは当然のことだった #ディストピア飯 #TRPGフェス pic.twitter.com/6A5Yvynjw2— かろかろ (@karokaro) 2018年9月1日
三号国民食
「ここは良いところさ。党の言う通りに動いときゃ食いっぱぐれることもない。結局のところ、俺たち党外局員にとっちゃ自由なんてのは麻薬みたいなもんさ。最初は甘いが終いは破滅」
そう言いながら彼は金属臭のするシチューを本当に旨そうに口に運ぶのだった。 #ディストピア飯 pic.twitter.com/EGX3sOCSbz— ジャム@音の瓶詰 (@ja_jam_jam) 2017年9月17日