はてなキーワード: ゆっさゆっさとは
寝れないので徒然なるままに。
元の作品の雰囲気をいかに損なわないかってことに重きが置かれてるイメージだったけど、
実際に読んでみると身体的にも精神的にもキャラを改変してる作品が結構多くて驚いた。
貧乳キャラがゆっさゆっさしてたり、男前キャラがショタショタしてたり。
二次創作物の過程でキャラが改変されるようなイベントがあればすんなり受け入れられるけど、
開始冒頭から女好きな軟派なキャラがホモになってたり、ツンツンキャラがデレデレになってたりは中々に戸惑う。
腐女子なんかの多くは好きなキャラがホモだったらもっと好きになる!とかそういう発想で改変するんだろうけど、
そこまで改変したらもう別のキャラなんじゃないかなー、とか思ったり。
現存する作品の枠組みを借りて自分の好きな作品を作るっていうスタンスなのかな?
そういう二次創作をする人が元作品のファンを名乗ったりする訳だけど、どうなんだろう、とか思う。
とあるドラマで「君が好きなのは君が考える理想の僕か、現実の僕、どっちなんだ?」
みたいな台詞があったことをふと思い出したけど、結構大事な質問だと思う。
理想を持つことは大事なんだろうけど、他人に押し付けちゃダメだよね。ってこれも押し付けか……
勿論、同人の改変は身内で売る訳だから押し付けでもなんでもないんだけど、
このカプ以外描く奴は氏ね、みたいな攻撃的な発言を同人作家、または購入者がしてるのを見たり聞いたりすると、
なんだかなー、と思う。アイドルとかの同担は認めない、とかもね。
ビアンカ、フローラ、デボラ論争なんかはまだネタ感があるからなんかありだと思うんだけど。
とにかく皆んな高い理想を押し付け過ぎだと思う、とか書くとそのままブーメランになるからやっぱり難しいところ。
理想はあんまり高過ぎず、あんまり押し付け過ぎずってのが理想なんじゃないかな……!
人の理想が高くなるのは、現実がぬるい分理想が高くなるのか、それとも現実が厳しい分理想が高くなるのか。
いろんな人がいるから一概には言えないんだろうけど、傾向としてはどっちなんだろう。
作品に対する理想って点を考えると、艦これとか、とうらぶとかは枠組みしかなくて自分の理想と乖離する可能性が低いから人気が出てるのかも?
U511が改造して呂500になるのはイメージと違った!って怒った人もいるらしいけども。
なんかだらだらと書いてきたけどまとまる兆候も見えないのでこの辺で。
この駄文は勝手に増田が思っているだけのことなので批判なり、論破なりはご自由にお願いします。
共感したり、疑問に答えてもらえたら一人でこっそり喜んでます。
では、おやすみなさい。
卒業と入学、就職に伴い、引越しのシーズンが到来したが、中には自分でレンタカーでトラックを借りてやってしまおうという人も多いかも知れない。
そんな人に、運送業勤務歴がある増田がトラックを借りたら真っ先にすべき事をアドバイスしたい。
トラックを借りて真っ先にすべき事…
車検証のどこを見るのか?
「全高」を見るのだ。車の高さである。それを紙に大きく書いて、ダッシュボードに置いておく。
何故か?
トラックを借りる場合、恐らく箱車(メタルバン)を借りるだろう。若しくは幌付き。
言っておくが平車は難しいぞ。両アオリに壁を作ってテトリスのようにぴったり積まないといけない。
箱車の特徴は背が高い事だが、ただ背が高いのではない。
「運転席より後ろが高い」のだ。
だから目線よりはるかに高い荷台(しかも後方)の車両感覚なんて付いている筈が無い。
だから道を走っていて「高さ制限」の標識があったら見逃さず、メモの全高と突き合わせるんだ。
箱車は3.7mが多い。
これをうっかり忘れると「ドカーーーン」とやらかしてしまうわけである。
因みに車の破損は保険がおりる。しかし衝突で道路設備を壊した場合、保険はおりない。
それから、商店街には入ってはいけない。商店街は人通りもあり道もすれ違うには狭い。
そして何よりも「商店の軒先」が鬼門だ。雨の日の買い物客が濡れない為のビニールの日除けなどだ。あれには「全高」表示がない。
そして「運転席より高く、箱より低い」のだ。最悪だ。
つまり、すれ違いで気を使って路肩に寄せている内に運転席基準で軒に寄せすぎてしまう。すると数秒後に「めりめり」と後ろで聞こえると言うわけだ。
これは30万以上と思ったほうがいい。
また商店街の電灯から斜めに枝飾りなんかを出している事がある。これが幌に引っ掛かると、簡単に破れるのだ。
あと注意すべきは、川の近くの道だ。
川に近いところは管理者が河川局になっている場合がある。すると、警告や制限標識などの設置基準が他の道路と違う、特に劣る場合がある。
それに気付かずトラックで通行したら、いきなり3.6mのローカル線のガードなんかが現れたり、なんて事もある。
古くしょぼいガードだと速度が出ているとぶつかった衝撃でずれてしまう事がある。
そうなったら大変だ。エライ金取られて人生が終わること請け合いである。
ならば逃げてしまおうか?
死者が出た場合、往来危険致死に問われ、この法定刑は死刑か無期懲役だ。
そういう訳で、川の近くで道がしょぼくなったら特に注意が必要なのだ。
ついでなのでパンクした時の事も書いておく。
まず特徴的なのは、「トラックの左側のホイールナットは逆ネジ」という事だ。
これはゆるみ止めでそうなっている。左にいくら回してもナットは緩まない。
次に一番大事なのは、ジャッキで上げる前に「車止めを必ずしなければならない」。
サイドブレーキだけじゃダメという事だ。これはトラックの構造に由来する。
だから1輪をジャッキアップしても、どっちかの後輪が設置していれば車は流れない。
これに対し、トラックのサイドブレーキは「ミッションの出力軸」を締め上げる構造になっている。つまり車輪自体はクルクル回るのだ。
そして車の駆動輪には「デファレンシャルギア(デフ)」というものがある。これはカーブで左右のタイアの通る距離が変わるので、それを吸収するための機構だ。
電車では両車輪は直結になっているので、カーブでは軋み音がしてスリップする。電車は鉄車輪だからスリップしやすいが、ゴムタイアではそうは行かない。
このデフの悪作用で、片輪をジャッキアップすると持上がったタイアが回転を始め、車が動き出してしまう。
そうなると、当然ジャッキは外れて車は落ちてくる。
死ななくても、体勢的に足は挟まるだろう。その後はずっと片足義足の人生だ。
だから、タイア交換する羽目になったら「必ず上げる車輪の対角に車止め」を忘れてはいけない。
因みに、この「ミッションにサイドブレーキが掛かる」というのは、バスに乗っている時にも実感できる。
渋滞、終点等でバスがサイドブレーキを引いたときに前後に「ゆっさゆっさ」と揺れるのを感じた事があるかもしれない。
これはデフの歯車やジョイントの遊び、シャフトの捩れがあるからで、乗用車ではない挙動だ。
因みにトラックはMTでもエンジントルクが太いのでエンストしないから乗りやすいし、坂道発進支援装置(自動的にサイドが掛かって外れる)もあるから、運転は難しくないのだ。
化粧室の鏡の前で、腰に手を当てて軽く伸びをしたら
十月からの衣替えで久々に取り出した、襟が邪色に染まった長袖を
ゴシゴシ汚れ落としをつけて洗濯機に三回かけて干して、
袖を通したときに、きついなとは思ってたのだ。
ツルツル点の二の腕のラインとか、椿のように花開いたボタンダウンの襟足とか。
だが、どれも似たような感じだったし、着れるからいいやと今週の土曜から
ローテーションを回し始めて、二回目の今日、胸ポチが浮かんでることを知った。
加齢した人間は一日の何処かで肩を回し、背筋を伸ばしたくなるものである。
私のような、体重が三桁までカウントダウンを切った化け物ならなおさら。
配置転換をして日が浅く、気軽に声をかけてくれる知人が職場にいなかったのは
最悪のタイミングであった。ただでさえ、歳をとった人間にとって、社会とは
海にひっそりと浮かぶ孤島のようなものである。似たものを探すのはただでさえ難しく、
心の架け橋をかけられるような人となると尚更であった。
容姿に無頓着のまま、だらしなく歳を取ったとはいえ、これは別である。
女性ホルモンが人よりあった私はマイ•サンの長さと引き換えに乳房が発達していた。
中休みに上半身裸で体操をする習慣(今もあるのか、凄いな……)が
ある学校に通っていた中学時代、ひたすら上半身を鍛えたものである。
ボディビルに出場できる歳になる頃には残念にも、もう辞めてしまっていたが、
その、なんだ、過去話で長くなったが、つまり今でもわりとこの胸周りは
そうだ、思い出した、このコンプレックスを前回刺激されたのは
あの人は人の劣等感を的確に刺激する術を知っている。
あのぽっちりを浮かべないようにするにはどうすれば良いか。
下着を厚くする、あたりがいいのかな、とそう思っている。
……注文した。日曜には届くであろう。
http://anond.hatelabo.jp/20130907211741
うちの場合はお見合い、お互いに初めてのお見合いでそのまま結婚。お互いに「まぁ悪くはないしな」程度だったと思う。
結婚はそれぞれパートナーとの組み合わせの問題なのでケースバイケースだと思う。相手による場合もある。必ずしも幸せになれる訳ではない、という事は確実にいえる。
先日、茨城の大洗に行ってきたんです。ウチの場合、主にプランを立てるのは嫁さんで私は荷物持ち、金を出す担当、もちろん嫁さんのプランニングには不満はまったく言わない。
「常磐線で気軽に行ける旅館でヒットしたの」「○○さん、あんまり歩きたくないでしょう? ゆっくりするプランで」という訳でのんびりする予定で立てたらしい。
チェックアウトも終わって大洗アクアワールド行きのバスを待つ間、ホテルのロビーで待ってたんだけど1歳ちょいの息子が不満げなのよね。
私もだっこするのは重いので座椅子の上で待っててほしいんだけど、だっこを要求してくる。で父親と母親交代、嫁さんが抱っこして持ち上げてあやすと、ヤターって顔してる。
嫁さんもホテルで鋭気を養った感じなので調子に乗り出して、ゆっさゆっさしだしてるのよ。 それまで立ち込めていた霧が晴れてきて、なんだか気分が良くなってきていたのかもしれない。
で、ふと嫁さんくるくるまわりだしたのね。「ぴゅー」「ぴゅーぴゅぴゅー」とか言って。 子供は大歓喜。「キャキャ」「キャーキャキャキャ」みたいに笑ってた。
その時の嫁さんはゆるい茶色のワンピースで、子供を胸に抱いて、回る度にスカートが広って、子供はキャヒャヒャキャーヒャーゥ言ってた。二人ともすごく楽しそうだった。
子供はまぁ、1才児であるので素直に楽しんでいる事は分かる。ただ嫁さんも子供が楽しそうにしているのを単純に楽しんでいるようだった。 あまり他人の気持ちに関して確信を持てないが、あれは純粋に楽しんでいたように思う。
一瞬なにが起きたのかよくわからなかった。 なんか嫁さんが無邪気に子供っぽく喜んでいるのが信じられなかった。いま思い出してみてもなぜか泣きたくなってしまう。
私にはあまり美醜のセンスがない。が、あれは美しいもののように思った。信じられないのは「自分の身にこんなことが起きている」という事が信じられないからだ。結婚する前は結構なアニオタだったのに。「いいの?」って感じ。
嫁さんだが、別にDQNって訳でもない。国立4年生卒、ギャルというよりは文化系、新宿渋谷というよりは根津千駄木、天然っていうよりはこじらせって感じ。 割と複雑な心理をもった部類だと思う。
お見合いで結婚して、なんか都会で生きる一匹猫みたいだった嫁さんも、なんだか柔らかくなり、子供もできて、変わってはきていたのだが、ただあんな風に無邪気に笑うなんて思ってなかった。
目の前で好きになった女性が、子供と一緒にくるくる回って単純に笑っている。スカートが膨らんで回ってる。ちょっと信じがたい。おねティにこんなシーンあったかな、と思うレベル。
一瞬思ったのは さんさん録の中の台詞で「この一瞬があれば私は生きていける」みたいな台詞が思い出され、作者すげぇ、これがそれか、げは、直視できんな、俺の中で一人ぐらし時代の汚い部屋がフラッシュバック、泣きそう、とりあえずカメラに、と起動したら、回るの終わってた。「目が回るねー」とのこと。それは良くない。 シャッターチャンスって難しいんだな。
ただ、たぶん私は今後なにかに絶望しても、あの一瞬が思い出せれば大丈夫なような気がする。
あとちょっと客観的に見ると、これはただ「嫁さんが子供とくるくる回ってる」だけであり、割と頻繁に起こり得る事象のようにも思う。
ネットではあまり見聞きしないが、たぶん世の中的には頻繁に起こっているのだろう。 なんかそう思うと、結婚っていうシステムも悪くないかもよ、と思う。
ただ結婚やそれに付随するお見合いみたいなシステムがなかったら、我々夫婦が成立したか?って考えると無理だなー、とも思うんだよね。 二人ともあまり積極的ではないしね。
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