はてなキーワード: しんちゃんとは
部屋にいると、すぐにくっついてくる。彼女は小柄で軽いのだが、まるで生まれたばかりの仔猫が、親のあとをちょろちょろと付け回すかのように、くっついてくる。
夜ごはんを終えて、夜風にでも当たりながらコーラを飲もうとベランダに出た。どうでもいいが、おれはコーラが好きなのだ(妻の次に、だが)。椅子に腰掛けると、妻ががらがらっとベランダの扉を開けて、「しんちゃんのひざの上でヨーグルト食べたい!」と来る。やれやれまたかという表情をしたかもしれないが、内心では、ひざの上に乗りたがる妻の可愛さににやけている。それで、ヨーグルトとスプーンを手にした妻が、おれのひざの上に乗って食べ始めた。月並みだが、彼女は後ろを振り向いて、「はい、あ~ん!」とおれの口に運んでくるので、タバコを吸う手を休めて、彼女の愛のかけらを口いっぱいに満たすのだ。
妻はなにかと世話を焼きたがるタイプで、そこはおれの好きなところの一つだ。ときには、わざと手間をかけざるを得ない状況を生み出したいらしい。妻はむろん悪乗りであることを承知で、「口にヨーグルトをつけて、舐め取ってあげたい」と、悪童の目を向けてくることもあった。おれの口元にヨーグルトを運んできて、わざと口から外してべたっとスプーンを口のそばに当てる。白い塊をおれの顔になすりつけておいて、「あれれ~、しんちゃん、大変ねー、取ってあげましょう!」と小さなピンクの舌でペロペロと拭き取ってくる。
妻のふるまいに恋心がいっそう燃え盛るのは、ベッドでいちゃついているときに、シャワーに行かなければならないときだろうか。もちろん二人で湯船につかるときも多々あるのだが、妻だけがシャワーに行く、という状況がある。ベッドでおれの体にひっついて、離れるのが惜しいと何度もくりかえしてから、お姫様抱っこを要求するのがいつもの習慣だ。「しんちゃんと離れたくな~い、せめてお風呂までだっこして連れてって~」と甘えた声でせがんでくる。
お姫様抱っこでリビングを出て、洗面所まで連れて行く。そして、それまでベッドでたくさん抱擁していたはずなのに、服を脱ぐ前にもきつく抱擁し、キスを交わす。シャワーを浴びる何十分かの間はくっついていられないのが淋しいのか、洗面所のドアを閉めつつ、「またあとで一緒に寝ようね!」と妻は何度も手を振ってくる。おれも幸せを噛みしめながら手を振り返すのだが、「淋しいけど、お手紙書くね!」と妻が冗談を飛ばすので、ゆるんだ頬をさらにくしゃくしゃにさせて、「おれも書くからな!」としばしの(数十分の)別れを告げる。
あるとき、いつものように、ベランダでおれのひざの上に乗ってヨーグルトを食べている妻に、「もし子供ができたら」と、聞いてみた。「親がこんなにいちゃいちゃしているベランダに子供が来て、見られたら、なんて説明するんだ?」
「うーん、そうね」と、妻はモグモグとヨーグルトを口に運びながら考えていた。そして、「しんちゃんの上にわたしが乗って、子供はわたしのひざの上に乗せましょう!」と、満面の笑みを浮かべて答えた。
重さに耐えられるかわからないが、今から太ももの筋肉をつけておこうと思う。
その1 http://anond.hatelabo.jp/20100318123002
その2 http://anond.hatelabo.jp/20100318194644
もっと!集めて果てなく アイドル軍団
しんちゃんだけが使えるテクニックで
歌いつくして
今宵だけの夢
踊って激しく
ITIにDOIときたらKABUTOかな?ということで。
なんかこの歌で楽しく替え歌ってむずかしい。
もう振り向かず 歩いてゆけるさ
いつかまた会う その日まで
僕らの夢がきっと叶うように
あの星に願っているよ
どんなに遠く 二人はなれても
ずっと君を 思っている
この別々の道通り抜けたなら
きっと笑顔でまた会える
つむりでしんみりはもうやめよう!と思ってたんだけどやってまったー
「て」他にいないし(天狗はほかでうまいことやったし)、歌詞こんなだし。
歌詞ほとんど改編してないです。
チーモンだぞ つぶせ のし上がるぜ 最強まで
ふりまわすのが 快感だぜ
ふりまわしてぶっつぶしてやる
豪腕だぜ 豪腕だぜ つぶせ
と思ったらアームがよい具合にぶっつぶしてくれた(笑)「感動返せ」コメありがとう!
三十数年 時が過ぎ行けば
二人の会話は しなやかに
漫才上等奏でます あぁ奏でます
この地上で最強の兄弟
お家(いえ)のために戦いましょう
たった一人の相方のために
お客様へ 捧げます
二人の絆
…元歌詞のほう多く使ってるけど。
90組も あげきれないけど
ちょっとだけ 呼んでみようか
大きな声で いち に さん はい!
ぴ ぴ ピク兄
しゅ しゅ シューレスジョー
ら ら ライパッチ
す す すずらん ラン
あげきれなかった人たちを中心にー
すずらんとか最近人気のイメージあるんだけど、うまく歌詞にもりこめなかったなあ。
中村の特技は あいうえお作文
まさかのレギュラー キャンパスナイトフジ
覚えてもらえないまま終了……
「ゆ」といえば、たり感やろとは思ってたのだけど、いかんせん元歌詞がしんみりすぎる。でも極度の改編は嫌。ということで七色よりお借りしました。全然テンポ感違うのに、苦労せずはまるとはー
いごしょと同じく時事ネタ?まぜてしまった。
(売れたいんだ)
DOI 負けてしまいそう
だから
DOI 頑張っていきましょう
歌だってうたうよ 僕ら
だってアイドルするのが 好きなの
新潟で押見さんがアイドルやってるってのは知ってたんだけど、グループ名を知らず。なるほど「なじらね」ねーと思い何の気なしに入れたら反応多い(笑)
(君たちに)
女子女子を見せたげる
歌はまだね がんばるから
女子女子にしてやんよー
だからちょっと 覚悟をしててよね
女子女子て言ってあげる
世界中の誰誰より
だけどちょっと 地獄って言わせてよね
十年後にまた会おう この場所を飛び出して
今よりももっと輝いて
すぐに燃え尽きたりせずに
ずっと永遠のきみでいて
ほぼ改編せずにこのクオリティー
足りないよ あの4分何回やっても間に合わん
先手必勝早めにボケても いずれは話逸れていく
たまたま見たお正月あたりのAGEAGEで福田さんが「正月ルール採用!」的なことを言ってた記憶があるのだけどまるっきり気のせいかもわからん。
4分じゃ短い!となげく全てのコンビに捧ぐ。
時計の針はもう動き出すから 今すぐに走り出せ
誰のためでもなく 僕らは立ち上がる
力の限りを尽くして勝ち進め
きれいごとはいらない 要は勝てればいいのさ
もう誰にも止められはしないよ
ああ僕らは戦士 アゲレンジャー
さすがに「卑怯の限りを尽くして勝ち進め」とはいえなかった。
アゲレンジャーという語感のダサさだけなんとかしたいかも。
もっときて 最後に笑っちゃうのはあなたのはず
笑わせてるからです 結論
月曜日なのに客少ないのどうするよ
来て見てほしいのです いつでも!
「セーラー服着てライブ見に来てくれるとうれしいな」みたいなド変態ソングにしようかと一瞬もくろんでしまったけどやめました!
(あなたに会いたい キラッ)
漆黒の画面の中 あなたたち花火みたい
心が光の矢をはなつ
家で見てるときこんな気分だったかなーとか思って。
なんかそんな感じ。
あーげあげらいぶ!
最後はみんなで仲良く終わりたい。
☆☆☆
長々と読んでくださったみなさんありがとう!
というかその前に、長々とあの動画を見てくださってありがとう!!17分てなにそれ(笑)
試験勉強の気晴らしのつもりが、はまりすぎてまるっと一日で完成にこぎつけてしまった予想外の作品ではありますが(笑)、やー楽しかった。
というわけでうp主勉強期間中なのでさすがに今回動画はつけられないです…。それに私はライブに行ってしまう人なので、動画やっぱり無理だなって思いました。
動画職人募集中ううう タイトルも変えちゃっていいよ!思いつかなくてそのままのとことか…
もし現れてくれたらとても嬉しいです!が!
ひとまず、みんなサンキュー!!
★★★
誰も興味ないかもしれないけどうp主について少々
最近のしんちゃんは「かあちゃんのお股におヒゲ生えてるー」とか言わないし父ちゃんの真似してかあちゃんを名前で呼び捨てにしたりしないし、嵐を呼ぶ園児でもないもんな。5歳から9歳くらいの子供がモノマネばっかりして大人を困らせるような社会現象も起こさないし。
誤解してるだろ。
通常では、自殺も事故も考えられない状況があるなら、あらゆる他殺の可能性が検討される。
それでも、他殺の確証がなければ事件性なしってことになる。
どうやら、事件性なしの方向に行きそうだけどな。
【臼井儀人さん死去】デジカメにがけのぞき込む写真 転落死の「しんちゃん」作者、臼井さん
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/game/090921/gam0909211225001-n1.htm
もちろん、“犯人”が事故に見せかけたってこともいえるけど、本人以外がいたという足跡なり、目撃情報でもなければ、それまで。
>クレヨンしんちゃんの漫画を読んだ上で、漫画版クレヨンしんちゃんが好きで。
自分がまさにその一人です
18才なのですが、10才頃から漫画のしんちゃんにはまって、アニメはそのおまけぐらいに考えています
12才頃から、雑誌まんがタウンを買い始めて、今でも読んでいます
ぼくにとっては、漫画のしんちゃんが面白いのであって、アニメや映画のしんちゃんはおまけにしか過ぎません
見れるときに見る、という程度のものです
でも、漫画は違う
絶対毎月読みたくなります
自殺か他殺かわかりませんが、最近雑誌での連載が5話から1,2話位に減ってしまったのも影響しているのかななんて、いち漫画ファンは思ってしまいます
それはバラッドの宣伝のためにページを取られたことが影響しているのですが
あと、個人的には臼井先生は映像化全般に関してあまりよく思っていなかったのではないかと思ってしまいます
漫画が11月発刊の12月号までしか読めないのはとても悲しいです
いつもなら回収に出していたまんがタウンも、今ある分は絶対に出さないようにしたいと思っています
クレヨンしんちゃんはまんがタウンで必ず表紙に大きくしんちゃんの絵が書いてあるくらい雑誌の中ではメインの作品です
それが無くなるのはとてもつらいです
自分はクレヨンしんちゃん以外漫画をあまり読まないので、これから何を読んでいけばいいのだろう、なんて思っていたりもします
最近クレヨンしんちゃん好きといっている人は、問い詰めてみればアニメが好きなんだとわかり、同士に巡り合ったことがないので、慰め合いもできなくて残念です
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1303084.html
亡くなった著名人に対してそうウェブ上で弔意を表する人たちに、前々からなんとなしにひっかかりをおぼえていた。
「お悔やみ」は本来的には、故人の遺族などの関係者に対して「申し上げられる」ものだ。社交辞令的な側面を除けば、そこには人の死という最上級の悲しみを他者と共有し、辛さを分かち合うことで、明日への活力を得るための一助とする目的が存在する。なんとか彼の屍を乗り越えていこう。おじいちゃん最期になんていってたの? 生きろ、ってことさ。
ではウェブ上でお悔やみを述べる人々は「ワールドワイドなネットワークでディープなサドネスをシェアすれば、よりサフィシエンシーに富んだアロケイションを実践できるライフハック」でもキめようとしてるのだろうか? おそらく違う。ある種の人々にとってはウェブという葬式には不自由な場で唯一打てるの弔電であるし、別のある種の人々にとってはライフロギングの一環にすぎないだろう。そして、また別のある種の人々にとっては「本気で悲しんでる人」になるための入り口を作り出す儀式でもある。
訃報が大きなニュースとして扱われるのは各種著名人の中でも俳優、歌手、芸人などなどアーティストの場合が一番多い。ニュー速やはてなの場合はオタ寄りの人間が多いためか、漫画家や声優も比較的反響がデカい。こういった人々はアウトプットしたものが他に比べて我々の生活に入り込みやすい。あるいは、能動的に手に入れる場合の(精神的・物理的)コストが非常に安く上がる。だから、ファンならずとも「思い出してみれば、(作品を)見たこと、聞いたことがあるよね……」という気分に陥る。 仮想的な個人関係が構築される。そうなるともう「知人」だ。知ってる人が死ねば悲しい。当然の感情だ。だから、お悔やみを申し上げる。当然の論理だ。
これは「悲しんでるフリ」なのか? 否だろう。少なくとも、結果的には「本気で悲しむ」ことになるのだ。そういう結果に行き着いてしまうシステムができあがっている。そう、悲しみを指数関数的に増幅させるプロセスが。
著名人の死には思い出補正のほかにもうひとつ、故人の個人情報(しゃれじゃないよ!)、即ち通常の葬式における「彼/彼女とのおもひで パブリック版」がメディアによって無償提供される。追悼記事の体裁をとった故人の交友関係、裏事情、履歴学歴出身出自家柄家族構成年収バイオグラフィーその他諸々が暴露される。作品が繰り返し繰り返し某のりピーバキバキDJプレイ動画並にテレビでリピート再生される。掲示板でまことしやかに故人の美談が語られる。雑誌で特集が組まれ、いかに素晴らしい足跡、業績を残したかが取りざたされる。そして、ブログで「○○に関する個人的な思いデ」なる記事がアップされてエントリ執筆者に<わたし>の代入がはかられる。かくして公人としての彼/彼女の情報と私人としての彼/彼女の情報を手に入れることで、それぞれの中で実際と感情的にはさほど変わらない擬似友人関係が手に入る。リアルと違うのは<わたし>と故人をそれぞれとりまく人間たちがまるごと欠落してることだ。まぁなんて十年前に流行ったライトノベルみたいなんでしょう。君はそれで十分なんだろう。電波はどこからでも届く時代なのだし。
だから、画面上の「お悔やみ申し上げます」はいびつに響くのだ。単に遺族を知らないのあれば、自分の周囲から作者を知る人物を探し出して共有すればいい。それこそネットでは腐るほど見つかる。が、それではダメなのだ。上記のプロセスを経て構築された太くて強固な一本のみから成る関係は非常に閉鎖的で、誰の干渉もゆるさない。その上、線でつながれた二人のうち一人はもの言わぬ屍なのだから、もうほとんど俺 is world.だ。
臼井義人のような行方不明の場合は、この故人情報の提供が前倒しで行われている。(世間一般的には)一部の人にしか知られてなかった「まつざか先生の恋人爆死エピソード」やら、新宗教に関連した家庭内不和の噂やらがばらまかられ、『クレヨンしんちゃん』がベースとなった映画がピックアップされる。作品について語ったインタビューやら本やらが紹介される。そもそもがアニメのお陰で幼児~30代に絶大な知名度を誇る漫画の作者だけに、人々は自分の中の『クレしん』体験を持っている。我々はその記憶をつぶさに思い出の中から発掘し、あたためるだけの時間を時間を与えられる。今までまったく知りもしなかった作者をよき隣人よき友人として捉える様になり、ついにはこうのたまいだす。
「私の人生において『クレしん』はドラえもんとならんで人格形成に強烈に作用したいわばバイブルです。ええ、今でも大ファンですとも。ワシは臼井義人が育てた! しかし今の子供はかわいそうですね。ドラえもんとしんちゃんを同じ曜日に楽しめないとは!」(楽しめる)
既に世間は膨れあがっちまった悲しみではちきれんばかりになっている。今日に至り、「遺体発見!……か?」というニュースがダメを押した。今更後戻りはできない。「なんかの間違いであってほしい」「俺は信じないぞ」。これらは通常、死者に用いられる言葉だ。
人は自分本位ないきものだ。いわんや、(推定)死体と<わたし>としかいない閉じた、花火すらない部屋の中にあっては。死体の前についた(推定)が外れた時、ようやく理想的な関係が得られる。なぜ理想的なのか。安心できるからだ。なぜ安心できるのか。安定しているのだ。構成要素が自分しかいないから。ということは必然的に訃報からはじまる一連のシークエンス主人公はその人自身、ということなる。主人公は人の死を嘆き悲しむのだから人生という本のワンシーンとして、美しくならないはずがない。
画面越しに行われる弔いはその人の体内で循環し続けて決して放散されないのであって、つまるところ内面の問題なのだ。そこに臼井義人の親族や関係者が介在する余地などまったくない。だからこそ、人はどこまでも残酷になれる。決して、自覚することなく。
あなたは悲しむ準備はできましたか? 悼む用意は充分ですか?
私は……臼井さんが五体満足これ無事にお戻りになることを祈ってます。
こないだプールで息子と一緒に遊んでいて、息子の浮き輪を面白がってくるくる回していたら
息子がキャーキャー笑いながら「おかあちゃんヤメテー!」というのでえへへ息子可愛いなあと思ってくるくるー
「おかあちゃんやめて!キチガイ!ばかやろう!」
と息子が笑いながら言ったのであんまりの言葉遣いにふきだして腹がよじれるほど笑ってしまった。キチガイ!バカヤロウ!って六歳の愛らしい子供から聞いたらあまりの非現実感に笑う。しかし親なので笑っていてはいかん。
「なにそれどこで覚えたの?キチガイ?バカヤロウ?誰が使ってたの?意味解ってる?」
しんのすけめ。あと、あの使い方はダンディに言うべき。
「うーんバカヤロウは微妙だなあ。あんまり使わないようにしなさい。じゃあキチガイは?」
「ワスレタ!」
「うーん、でもキチガイもバカヤロウもあまり使ってて良い言葉じゃないから、もうちょっと違う言い方しようね」
「バカーバカーバカー!アホー!」
「やめんかい!」
「おかあちゃんのアホー!」
「ウム!使い方はよし!」
誰だキチガイって教えたのは…
クレヨンしんちゃんを今20になって再び読んだら、「あ、こういうネタだったのか」「こういう意味だったのか」というところが結構あった。小学生の時だったか、そのくらいの時に読んだときはよく分からないままに笑ってたけど、今思うと結構性的なネタばっかだったのだな……
しんちゃんがワカメを股間にいれてチン毛やケツ毛を再現しているというのも、子供のころは「なんとなくワカメが面白い」みたいな風に笑ってただけだった。
しんちゃんが「あ、若い男をうまく騙してつかまえてギリギリで結婚したおケイおばさんだ!」的な台詞を言ったときも、当時は笑いどころがよくわかっていなかった。なんで?おケイおばさん結構美人だから普通じゃないの?的に考えてた気がする。
しんちゃんが眠ってる間、みさえとひろしがセクロスする→しんちゃんが途中で起きたので慌てて「プロレスごっこ」だと言い訳するっていうシーンも、セクロスってそもそもわかってなかった。なんかよくわからないけどエロいことをしていて、子供に見つかるとまずいからいい訳をしているというのは分かったけど、「プロレスごっこ」とそのまえのセクロスの違いって何?とか思ってたし
やまいもを食べると精がついて旦那さんに今夜寝かしてもらえないよ的な八百屋さんの台詞も「なんで精がついてハツラツとすると寝かしてもらえないの?遠足の前に元気つきすぎて興奮しすぎて眠れない的な感じ?」とか考えてた気がする。
おケイおばさんが同窓会で、先にお金支払うふりして財布を出して、うっかり旦那の写真を落としたふりして、皆に「えーこれがおケイの旦那?!」「カッコイイ!」みたいに盛り上がってるところで、みさえが「ざーとらしいぞおケイ」みたいに言うシーンも、「え?何が?」とか思ってた。
今はそれら全部の意味がさすがに分かるようになり、「あ、こんな面白いこといってたんだ」「ていうか、結構子供にとってはきわどいネタじゃね?」と今更気付いた。おもしれぇ。