はてなキーワード: 賤民とは
原発県だが原発は嶺南に偏り、一方でその金は県庁所在地のある嶺北に流れていく
嶺南にも原発マネーの変なハコモノは色々とあるが、役所や図書館なんか見比べると明らかに嶺北の方が立派
嶺南に生まれたら勉強できる子でも嶺北の進学校に受験する権利がなかった
原発従事奴隷である嶺南民を王都に入れたくないという差別的構造があった
制服も嶺北はオシャレだが嶺南はクソダサで、セーラー服の下にワイシャツ着せる
今では学区制はなくなっているが、それでも嶺北と嶺南の溝は深い
嶺北民は福井の正当な民族としての誇りを持ち、いわゆる福井弁を話す
嶺南民は福井から迫害されている分、関西にすり寄って関西弁を話す
給料や福利厚生がホワイトで人間関係エグい会社を何と評するか?
人間関係のエグさを具体的に示すエピソードは会社の評判投稿サイトの内部口コミでは綺麗にスルーされる傾向があるので
(その会社に怒って辞めた人でもエグい、酷い話は客観視点でも書かずに蓋をしたいって潔癖な心理って面白いよね。
例えば
「女性器を示すカタカナ3文字を冗談めかして口走るような社員が何人もいる」
とかそういう口コミ全然ないもんな。そういう大企業腐るほどあるはずなのに)
あえて俺が弊社を例に以下に具体的な話を書いていくことにする。
弊社は平均年齢40歳、従業員10000人、売上8000億円くらいの大企業(あるいはそこの子会社)である。
30歳480万円、40歳700万円はどんなグズ無能でも必ず到達するような給料水準をイメージしてもらうといい。ちなみに40歳でも課長なら850万ある。50歳の部長は1200万円だ。
で、以下が実際に入社しないと知りえないネガティブ情報である。
入社予定の内定者の生年月日・出身地・学歴・趣味・特技などののプロフィールが顔写真付きで載っている。
例年、そのお知らせが来ると誰かがそのプロフィールを全部カラー印刷する。
で、フロアの人達は仕事の手を止めて内定者を肴にやいのやいの盛り上がる。
このとき、イケメンや体育会や陽キャのどの属性にも当てはまらないタイプの男性内定者は結構酷いことを言われるハメになる(たとえば「こいつストーカーしそうだなあ笑」とか)。
残念ながら、この品評会でディスられた内定者は、もうその瞬間、入社後にあまり良い会社生活が送れなくなることが確定してしまう。
ちなみに、陽キャ内定者も完全に安心できるというわけでもない。
たとえば、社内でポンコツという悪名が轟いてる社員と大学学部や趣味や部活なんかがドンピシャで被ってたりなんかしたら、その時点で目をつけられる。
「ワンダーフォーゲル部来ましたねえ笑これは危ないですねえ笑」とかいう感じに。
で、品評会参加者はそれから喫煙所とか飲みの場とかで内定者の印象(勝手にこさえた悪い印象)を
「いやあなんかあの子ダメそうっすよ笑。少なくとも俺はダメだと思う笑」
とか他の社員に各々面白おかしく伝えるので、4月1日には『可愛がられる新人』と『被差別扱いを受ける新人』の仕分けが済まされてしまう。
研修終わって配属されたら、被差別新人はもう最初っから冷遇される。
一応最低限の本当に最低限の仕事は教えて貰える感じだけど、業務中、前述の意地悪なタイプの社員たちから一挙一動を観察されて、
ちょっとキョドったり電話で変な言い回ししたりしたら、毎日その情報が裏で共有さ「あいつやっぱ変w」となる(基本的にうちの会社って拘束時間無駄に長いけどほどほどにしか忙しくないんだわ)。
で、
こういうカーストに関係してくる情報に裏方の若い女性社員は過敏だから、その新人をサポートする事務仕事とかをキモがって消極的になる。
こうなるともう全部悪循環。
「なんか例の人(=新人)、〇〇さんになんかしたらしい笑」
周りの社員は新人となるべく関わらないようにしようとするから、新人が仕事の報連相で誰かに話しかけたら周りの空気が張り詰めたり、話しかけられた人がめっちゃ冷たくあしらったりという光景がお定まりになる。
はっきり言ってこうなったら詰み。
周りの評価が初っ端からドマイナススタートってハンデ背負ってるに等しい状況なので、
まだ仕事が全然わからないのも当たり前なキャリア最初期にもかかわらず、「ノーミス」しか許されなくなる。
→でも周りは必要以上に厳しい反応をする
→変なあだ名をつけられるようになる
→下っ端同士のマウント合戦など知る由もないオッサン管理職は周りの評判を真に受けて、オッサン管理職からの評判も悪くなる
こんな感じで、入社1年足らずで新人はいよいよ完全に詰む(まあそれでも給料良いしカレンダー通り休めるから死んだ目で勤め続ける子のほうがむしろ多いんだけどね)。
ちなみに俺は毎年春に繰り広げれれるこのマイルドなイジメと淘汰を見て見ぬふりをしている。
罪悪感はあるが責められる筋合いはないと思ってる。
「オタクを軽い気持ちで殴ってるならやめなよ」みたいなことをここ数年のネットでちょくちょく書いてて
はてなにも何度か書いた気がするしちょっとブックマークもされてたと思う
たぶん誰も覚えてないけど
自分達の思想信念に照らしてオタクを不倶戴天の相手だと思っていて、
絶滅戦争の覚悟で挑んでるんならそれは自由だから何も言わない。
オタクの脅威度を軽く見積もって軽い気持ちでやってるんじゃないか、
それならやめた方がいい一方的にやれる相手じゃないし今ですらやれてない、
そういう話を何度も何度も書いてきた。
もうだいぶ減ったタイプだが、一部のネトウヨが韓国人の全ての能力をやたら低く見るのなんかは典型例だ。
自分は韓国社会の日本人への差別性については辟易とした気持ちを持つ嫌韓厨だが
韓国人をチョンとかチョウセンメクラチビゴミムシとか呼んで喜んでるネトウヨにも同じように辟易としてきた。
自分は韓国人を対等な人間だと思うからこそ、彼等のヘイトや差別を受け入れて譲歩しまくるのはまずいぞとずっと言ってきた。
一部の聡明な嫌韓厨はみな同じ意見だったが多くのネトウヨは全く話が通じなかった。
(韓国人の能力を見下してるという意味において無限譲歩を唱えるアホとチョン呼ばわりが好きなネトウヨは同種だった。)
オタクに無限の攻撃性を向ける近年のリベラルやフェミニストからは
客観的な「自分の目的のための利益」「相手の能力・脅威度」等の見積もりをやれてない。
彼等彼女等のオタクへの攻撃とその後の紛争を見て何度も言った。
「あなた達が思ってるほど一方的に踏みつけることなんかできてないんじゃないか」と。
「オタクにかかっていっては反撃されて、結構ボコられてるんじゃないか」と。
最後は炎上攻撃やクレーム殺到によって表現を委縮させたことをもって勝利宣言していたのについても
「 それがどれほどの利益になるのか、コストやリスクに見合っているのか、ちゃんと考えてやっているのか?」と。
こういう話で本当に厄介なのは、何をどう問うても忠言しても相手のプライドに障るということだ。
ネトウヨに「日本人と韓国人に能力の違いなんかあるか」といくら言っても聞きゃしなかった。
リベフェミに「君達はオタクを一方的に殴れるような能力はない」といくら言っても却って激昂させた。
蔑視感情でやっているからこそワンサイドゲームで殴っていると思いたがり、
「それは違う」とか「あなたと相手は同等だ」という忠告は蔑視感情を傷つけるために耳に入れない。
リベフェミが気軽にオタクを攻撃したくなった理由は2つあると思う。
1.キモくて賤民階層で世間からも蔑視されていて一方的に殴ってよい存在だと信じてた
2.話をスッと理解してすぐ反応して反撃してくるので手応えがあった
1だが、これは世代ギャップがあって、若い層はそこまでオタクに対する嗜虐的な差別感情はない。
リベフェミの多くが高齢化している(若くてアラフォー)ために自分達の蔑視感情を全世代共通と思い込んでいるけれども
相手がそんなにまで被差別民でもなかった結果、彼等を殴ることに思ったほどの正義バフはかかっておらず、
むしろ「やたら攻撃してるあの人達の方がキモい」という視線も結構生まれている。
2についても、話を理解して反論してくるということはその時点で容易な相手ではない。
自分達がやることは相手もやり返してくると思うべきだった。(蔑視感情がそのあたりの警戒心を曇らせた。)
リベフェミによる「社会不適合弱者男性性犯罪者予備軍差別主義キモオタ」レッテルと同じぐらい
「パヨ」とか「フェミさん」とかの滑稽なカリカチュアがバンバン生み出されてネットに放流されていった。
そしてそういうことの手腕にかけてはリベフェミよりオタクの方が優っていた。
キャッチ―なフレーズや画像を添えて拡散してコンテンツ化してバカにすることにかけてはオタクの方がずっとノウハウがあった。
客観的に言って、
(しかしこれは蔑視感情で攻撃している人に言っても絶対に受け入れられず止まらない。
戦争を蔑視感情で開戦されたらメチャクチャ怖いのがよくわかる。ネトウヨは滅ぼさなければならない。)
結局ネットのネチネチした言い合いで負けても
炎上をおこすことによって実社会のオタク系の絵の表現を委縮させることをもって
「自分達の勝利」と宣言してオタクを煽るという行動になっていったけれどもこれもとてもコスト・リスクの高い行動だった。
仕掛けた戦いを毎回勝利宣言で終わらせるのは
今回の攻撃でどれほどの利益があるのか、支払ったコストはいくらか、得をしたのか、そういう勘定がどっかへ行く。
リベフェミが勝利宣言をすることによってオタク側には被害者感情が溜まる。
「じゃあ同じことをやり返してやる」という人間が現れるのは時間の問題だった。
議論を飛び越えた威力攻撃による報復については頑強な反論や抵抗があるし今回もあったけれども
リベフェミがオタクの中に育てた恨みがそれを押し切ってしまった。
オタク内部の穏健派と強硬派の対立は鋭いものがあった(過去形)。
「あくまでネット上のネチネチした議論による殴り返しで済ませたい」という穏健派がオタク内与党だった。
これが今回の騒動の少し前にオタク内支持を失っていたことは見逃せないと思う。
その前奏として昨年夏?ごろ、
「オタク表現への規制を唱えながら自分達のモロエロ本番BLは全面自由を唱える腐女子フェミニスト(結構一杯いる)」への対応について
「連中は決定的に客観性を欠くから、ダブスタに疑問を持たない」
「オタク表現が強いられてるのと同程度までのBL規制に賛成してあいつらの首も締めた方が良い」
強硬派側も「そんなんだからいつまでも殴られっぱなしなんだ」「このチンポ騎士主義者め」と怒り、
力量では穏健派論客より強硬派論客の方が一段以上格上であったこともあり
以上は特に結論が出ずに終わったためあまり注目されなかったが、
オタク内で強硬派意見を掣肘する力が失われているのが明確になった象徴的なイベントだった。
毎度攻撃されては勝利宣言されるという体験の繰り返しの影響は無視できないと思う。
単に「バーカ」「お前こそバーカ」のネット上の言い合いだけなら、そこまで被害感情も恨みの感情もなかったはず。
なにより「実社会での表現委縮達成」および「それを成果として勝ち誇って煽る」も不味過ぎたと思う。
ネット上の言い合いである限りそれをネットの外に出すことについては
「やめようよ」と止める声がオタク内でも大きく、多数派ですらあった。
「ニチャニチャした議論ごっこで自分達が楽しんでいただけ」とまで言われており
一部からはかなり直接的で強烈な罵倒や揶揄まで受けるようになっている。
超強硬派が余程決定的にコケない限りはもう穏健派が盛り返すことは難しいと思う。
かつての強硬派すら超強硬派には喝采と言うよりは若干引いているようにも見えるが(希望的観測?)
もはや勢いも支持勢力も比較にすらならなくなっておりバランスをとる力などないだろう。
と何度も何度も聞いた。
そのスライムは結構反撃してくるし毒も持ってるしあなたと同等の力を持ってるモンスターなんじゃないですか?
オタク内ではもはや「合法的範囲内であらゆる手段の反撃」が支持されるようになり
リベラル・フェミニズムからの攻撃に対するやるかやられるかの決戦が主唱されるようになった。
どちらも無事では済まないし、もう二度とディスカッションや和解の機会もないだろう。
覚悟もなく蹴っていた人たちがこうなってから言うことはおそらく
「そんなつもりじゃなかった」「オタク攻撃なんかしてない」「ちょっと注意しただけなのに」あたりだと思う。
TwitterでVtuberが活動休止した事件を知った。彼のことは知らなかったがひでー話だと思った。
昔オタクって単語が不可分にもっていたコミュニケーションのとれないキモイやつって意味はいつのまにか消えた。
正直嫌だった。
まともな人間がオタク名乗ってんじゃねーっていう捻じれた賤民意識みたいなのも感じてた。
だからVtuberにキモイ粘着してるオタクを見てすごいなつかしさと安心のようなものを覚えた。
これだよ。
定型文でしかコミュニケーションらしきものをとることが出来なくて、人が嫌がってることがわからないから知らず知らずのうちに悪ノリで人を傷つけてしまう。
オタクってのはなあ!おしゃべりが好きでユーモアに溢れた人間が名乗っていい呼称じゃねえんだぞ!
お前なんかがへらへら笑って名乗っていい呼称じゃねえんだぞ!