はてなキーワード: 犀川とは
アニメやドラマで犀川が持っていた四季の部屋のレゴブロックの意味が知りたければ
S&Mシリーズはみなさんご存じ森博嗣の小説だ。ゲーム、漫画、ドラマ、アニメ化になっている。どれもキャラデザが原作イメージと違うのが特徴だ。
犀川創平と西之園萌絵という二人の天才が議論していたら、いつの間にか事件が解決していたというシリーズ。不適切なあらすじで申し訳ない。
96年発行なのに、VRについて現代レベルに迫っていたり、ツイッターやマイナンバーの登場を予言しちゃっているところも面白いと最近思う。SFでは無いのだが。
メインキャラ二人ともが天才なのだけど、ずば抜けている犀川に比べて萌絵はかなり劣った設定になっている。
これは、そうしないと話が動かないからだ……とメタ視点を持って読みたい。
とにもかくにも、西之園萌絵が主人公の作品だ。彼女はワトソンでは無いのだよホームズくん。
(※作者談)
中盤までを見て、彼女を嫌いだと思った人→わかる。アニメはモノローグ無いから何考えてるか分からないし。
すべF全部読んで、それでも彼女が嫌いだと思った人→わからなくもない。
この違いについては見れば、読めば、分かる。
萌絵が奇抜だったり感情的だったりするのは、一応理由がある(自分だけ運よく助かった、両親の突然の死)。
前者に関しては、それを知らないで、序盤でキャラを掴んだ気になって「ビッチだ!」と彼女を嫌いだと言う人に、最後まで見ろ!と言いたくなる。萌絵はバリバリの清純派キャラだ。
アニメや、原作1巻読んだだけで彼女の(犀川の)キャラを捉えるのはとても難しい。あまりにも複雑に作られてしまったキャラクターなのだ。「すべてがFになる」は元々5連作の4作目として作られたというエピソードからしても、「すべF」だけでどうか西之園萌絵のキャラクターを把握しないでほしい。という原作読者の重い想いを、誰か受け止めてほしいのだ。
S&Mシリーズは年を取らないサザエさん方式では無く、キャラはみんな確実に歳を取っていく。
とりあえず時系列を追って考えよう。
S&Mシリーズ10作全て見て、なお西之園萌絵が嫌いだと言う人。
嫌いなのによく読んだな、あんな長いの……というのは(四季の)百年譲って許そう。
S&M、つまり犀川&萌絵(四季 真賀田だったりもする)はシリーズを通して、二人の関係や性格が微妙に変化をしていく。
犀川は次第に優しくなり、社会にほんの少し馴染むような様子を見せている。
まぁそれにも理由があってのこと。ちゃんと全部読めば分かるが、簡潔に言えば彼女は自ら危険に関わることで、自殺願望を満たしているのだ(だから犀川が余計に優しく心配性になる)。
(※補足。萌絵も一応友達が出来たり一般庶民に馴染んだりと、かなり人当たりはよくなっていきます。犀川よりは)
最終巻「有限と微小のパン」での萌絵は、とにかくヒステリックだ。
要するに萌絵は、すべFの時に自らの過去の嫌な記憶を呼び起こした『四季』を恐怖、負そのものと認識してしまった。犀川が四季にとられてしまう、という恐怖もプラスしている。
犀川&萌絵シリーズとしては、四季の介入でスッキリしない終わり方をする。
嫌いと言う人が居るのも……仕方が無いかな。だって萌絵の最後の見せ場がヒステリックなのだ。
犀川が望む生き方を妨害してるのが、萌絵なのかもしれないし(書いてる人はそんな感想抱いていないが)、事実萌絵が話を引っ掻き回すので推理に邪魔だと感じる人が、もしかしたら居たのかもしれない(いやそこもメタ視点で読めよ、という話なのだけど……)。
じゃあ、S&Mシリーズを読んだ人はVシリーズを読んだのだろうか。
このシリーズは時系列こそ違えどS&Mと同じ世界観で、西之園萌絵をメインとした話が一作ある。「捩れ屋敷の利鈍」だ。
(これを読んだ人が、助手の国枝桃子を嫌いな人がさらに嫌いになるか、好きな人がさらに大好きなになるのかも気になる……。)
でもこの話はどうでもよくて、それ以外のVシリーズを読んだか読んでないかでS&Mシリーズへの見方が大きく意見が分かれるところがあるのだ。
『犀川が萌絵を好きになれるのか、もしくは何故好きになったのか』
正直S&Mだけ読んでもここは謎だ。彼の気持ちは分かりにくいし、S&M最終巻時点で彼が萌絵にどうしていくのかはハッキリ見えない。好きなんだろうが、犀川先生はロリコン、で片付けれられても仕方が無い程度にしか書かれていない。
だからこそ萌絵の犀川への気持ちが、あまりにも一方的に描かれてきたのだ。
しかしVシリーズを最後まで読むと、それがとてもよく分かってしまう仕組み、トリックになっている。
犀川の好みの女性が明らかになるのだ。つまり萌絵は犀川にとってドンピシャだったのだ……。
とにかく、犀川は萌絵を選ぶと再確認できるシリーズ、とでも言える(大げさだし、そんなにキャラクターは出てこないのだけど)。
ここまで読んでなお、西之園萌絵が嫌いだと言う人。
マジでなんで読んでるの?このキャラどうやっても主人公だよ?なら紅子も嫌い?よくここまで読んだね!
と言いたいけど、分からんでもないのだ!!(だって森さんの話おもしろいもんね!!)
萌絵の恋愛脳、四季ヒステリックは「四季秋」を経ても変わらないままだし。うん、ヒステリィはうざいもんね。
(ここまで読むと、萌絵が可哀想で犀川酷い男だ!という感想も、当然だと思う。犀川はなかなか酷い男だ。萌絵くらい積極的にならないと関われない。)
じゃあ、短編集「虚空の逆マトリクス」から「いつ入れ替わった?」は読んだだろうか。時系列的には「四季秋」の中盤だ。刊行時期的に「四季秋」は読んでもソレは読んでないという人が多いかもしれない。
それとも萌絵嫌いな人にはどうでもいい話なのだろうか……重要だと思ったのだが……。
そして、「四季秋」の終盤で萌絵は犀川への接し方に対して、ある解答を得ていたりする。今後彼女が彼に対しどうなっていくのか、読者は少しだけ予測することができる。
……それでも嫌い?じゃあGシリーズは読んだ?「キウイγ(ガンマ)は時計仕掛け」、読んだ?
このシリーズ1巻では萌絵の後輩たちという別キャラクターが動く話だと思って読んでいたのだけれど、もはやもう、S&Mシリーズの続編なのだ(ところどころVシリーズが影を見せるし)。
犀川が出てくるだけではなく、確実に萌絵がメインキャラを食っている(海月と加部谷が主役向きじゃ無い)、裏テーマは萌絵の成長奮闘記だろう。
髪もロングになり、美人で優しい先輩だし、しっかりと自分を分析し、過去とちゃんと向き合って、大人しくなって。
(幕間に、Xシリーズを挟み)
「すべてがFになる」で最初に犀川が言ってたとおりの、彼女の本質的な性格に戻ろうとしているのだ。
超良い女、って感じになっている。お子ちゃま萌絵ちゃんは、もう居ない。多分。
犀川にはもったいない!けれど、犀川もこのシリーズで随分丸く素直になっている。なんか禁煙までしちゃってる(読者的にいまだに信じてないし、理由をずっと考えているが)。
萌絵が落ち着いたことで、犀川と距離感すら生まれた。会えない時間が愛育てるのさと、よく言ったものだ。
本当の本当に、彼女はしっかり大人になったのだ。
Gシリーズまで読んでもなお、萌絵が嫌いですか。……残念です。あなたとは趣味が合わない模様。
読んでない方、ぜひ読んでよ。
Gシリーズ相変わらず謎のままだしトリックは浅い(というか、書きたいものがミステリィでは無いのかもしれない)けど、森博嗣が好きに書いてるのは分かるから。
目標地点までキャラクターを育ててあげよう、という意思が見えて、気持ちよかったりもするしね。
そんなこと思ってないって作者に言われたら、「あそう……」だけど。
大人しくなったと書いたけど、今後の展開が読めないので、本当に萌絵が落ち着いてくれるのかは謎です。
ただもう死にたがり萌絵ちゃんは卒業してますし、犀川先生とはあははうふふで、西之園先生になりました。
(ただし結婚していないという謎状況)
萌絵がGシリーズのメインキャラ食うどころか、主役交代劇が起こっているGシリーズの運命を、四季が握っているのは確か……最新刊を、待つ。
※追記
意外に反響あって作品人気を知るのですが、どのキャラも人間味あって可愛くて好きですよ。
特に特化して萌絵批判について考えてみた結果、愛をぶつける形になりました。
加部谷と海月…とくに海月については短編集と合わせて推理中なのですが、やっぱり主人公としては描かれていないのが、私気になります。
Gシリーズで彼の謎が解けるとも思えない…。
いやー、やっと録り貯めてたアニメ『すべてがFになる』を視聴した。
元々、原作の小説を数年前に読んでいたので、気になって居たんだけれども、キャラデザを見て絶望してたが、やっぱり気になるので見たわけ。
これは、コーヒーとタバコが格好良く表現された稀有なアニメだと言っていいと思う。最近は、タバコ描写は自粛があるのかアニメではあまり見ない。絶対に海外じゃ放送できない、そもそも海外にこのアニメを有り難がって見るファンは少なそうだけれど。タバコがこれでもかというほどに全面に出ているのに、コーヒーは原作よりプッシュ控えめという印象も受けた。
そもそも原作からしてアニメ向きの、画が動くタイプの物語ではなく、ひたすらある種の衒学的な、ある種哲学的な、冗長で、だが分かる人には堪らない会話がひたすら続くわけだから、画が止まっている時間が多い。紙芝居じゃないんだが、画面にダイナミックさが無い。初めからそんな物語だと知っているし、原作を読んだ時点で大分バイアスが掛かっているから最後まで視聴できたが、初見だったら見れなかったと思う。
総評として、「これは見る人を選ぶアニメだ」と言うのが第一印象。物語全体を通してアカデミックな雰囲気がプンプン漂ってくるところが、この作品の最大の魅力であり、見る人を選ぶ理由なのかと思う。全体的な雰囲気としては、どこか陰鬱で、大学の教官室なんかも良い雰囲気出してると思う。犀川センセの部屋は比較的荒れていて、研究所の所員の部屋はキッチリ整理されているというのは、研究者の2タイプを知っていて表現したのか、とても好感が持てた。アニメスタッフがロケハン(?)というか、モデルとなる研究室や研究所を取材したんだろうか。
最初、キャラデザが発表されたときに「これは終わった」と思ったんだが、動いている画を見ると以外に平気という印象。特に、助教は「こういう研究者居るよなあ~」っていうハマったキャラだと思う。出番が少ないけど。西の園君は、やっぱダメでしょ、ハデっていうか奇怪すぎ。主人公がカワイくないと、物語を見る楽しみは3割減だと教えてくれた稀有な存在になった。もうさ、こんなんだったら全編紫色のワンピースでいいよ。
対照的に真賀田博士は想像していたよりずっと良かったじゃん。cv木戸もハマっていたと感じた。でも、時々、毛量多いなあと思ったよ。
研究所の研究員とか、その他もろもろ、ちょっとキャラデザ的にブスすぎだろ。アニメ見ていて、「コノ世界は、真賀田博士以外、学位を取るとブスになるシステムが実装されている」と思ったよ。うーん、もしかして、製作者は「すべてがブスになる」と言いたかったんじゃないだろうか。
これは、原作を読んだ時点で思っていたことだけど、事件のネタばらし(0xFFFFになる)をしてさらに、解説(16進数で15はF)なんてやっても興ざめじゃないかと。そもそもOSというもの、UNIXの位置づけ、トロイ木馬プログラムやファイルのタイムスタンプ上書きだって、ピンとこない人は置いてきぼりだろうな。でも初めからそんな人は相手をしていないのか。まあ、逆にこんなマニアックなネタを使うなんて、なかなかヤルなあとニヤニヤしたいんだけど、真面目に解説されるとちょっとしらけるよね。
それにしても、犀川先生の思考が発火する瞬間の演出はナゾすぎ、なぜダチョウなのか良く分からん。
好きだったシーン:
そのシーンだけ異質なギャグっぽい感じが良かった
廊下を駆け抜けた先は教授会をやっている部屋じゃないのかと...
★★★☆☆
萌はお嬢様。
昔両親を殺したけど心神耗弱で釈放された天才科学者真賀田四季が世間で話題。
所長のオッサンも殺害される。
もともと原作も気になってはいたけど、実際に手が伸びるところまではいかなかった。
アニメ化するってきいて、ちょうどいいと思って見た。
原作の膨大なテキストを適度に取捨選択してバランスよくまとまってた感じ。
直近で見たノイタミナがガリレイドンナだったり残響のテロルだったりしたせいで、12話で過不足なく構成されていたということだけで普通以上の評価をしてしまうくらいには、ノイタミナへの期待度は下がってる。
各話ごとだと書きづらい感じしたから全部まとめて書こうと思ったけどそれはそれで難しい・・・
1.6倍速で見たのもあるけど、結局真賀田四季が両親を殺した理由とオッサンを殺した理由がよくわかんなかった。
愛の形はいろいろあるからって感じの会話を犀川はやってたけど特別な理由はないってことなのかなあ・・・
なんか釈然としない。
これに浅野いにおのキャラデザが割り当てられた意味がよくわかった。
スカした気だるげな空気とか意識高い系が好きそうな会話だらけで、
浅野いにおっぽさがムンムンしてた。
でも実際のアニメで動いてる絵は、いい意味で浅野いにおっぽさがなかったからよかった。
原作とか漫画版はしらんけど、浅野いにおのスカしたキャラデザはどうも好きになれないから。
カメラワークによっては作画が大変になるところとか、物理演算的な無機物にCGをうまく使えば、アニメ制作のコストも下がるし視聴者も違和感を持たないからウィンウィンだね。
もともと、原作の一番最初のページに書かれている文字だけ見てオチがわかったとか豪語してるヤツがネットにいたんだけど、自分で文字を見てもそれがわからなくて悔しかったから読んでなかった。
今考えたらそんなことありえなくて、それは書き込んだ人間のただのハッタリ、自分を賢く見せようとする幼稚で見栄っ張りなプライドの現れでしかなかったけど、それを見抜くことができるほど自分も大人ではなかった。
なんつって。
西尾維新読んだあとに影響されるのと一緒で、作中のやりとりに影響されてこんな文章書いてしまいたくなる。
うーんしかし長台詞は、半現実とでも言えるアニメに持ってくると、不自然極まりないな・・・
大きな展開やアクションなどの派手なシーンがないから、記憶に残りにくい。
毎週見てたら先週の話を忘れてて見る気なくなってたと思う。
テンポも遅いし。
イッキ見で正解だった。
つーか劇場版にすればよかったのに。
あと印象的だったのは英語ネイティブのキャラ(真賀田四季の妹)がちゃんと英語で話してたところ。字幕つきで。
ジョジョで多国籍のメンバーがみんな日本語話してるのおかしくね?っていうはてな人力検索があったけど、このアニメはそういう現実に即したところはちゃんと気を遣ってるんだなと感じた。
これメフィスト賞第一作なのかー
クビキリサイクルでの天才をテーマにするところとか、孤島をテーマにしたところとか、サイコロジカルでの密室研究棟での殺人事件とか、最後のネタばらしの仕方とか、至るところにオマージュがあったんだな・・・
なんで今さらこんな古いのをと思ったけど。
確かにアニメより実写向きだわな。
犀川が考えこむとなんか内面世界みたいな描写になるけど、そこに何の意味もなかったのがいただけなかった。
本人も再三言っていた、その人物にしか見えない世界っていうのを表現したのかもしれないけど、あんなの見せられても結局何の意味もなかった。
変な鳥っぽいのやら黒い苦しんでるような人が地獄っぽいところにいるような描写やら。
アニメならではのトリップ表現といえば聞こえはいいけど、ぶっちゃけ見せ方は空振ってたと思う。
途中までは割とまともに推理してやるーって思ってたけど、これが出てきてから諦めた。
原作ではどういう表現になってて、それをなんでこういう表現にしたのかが非常に気になる。
密室に入る時点で真賀田四季は妊娠しており、密室内には二人存在していた。
そんで本当は殺害されていたのは真賀田四季の娘で、真賀田四季は逃げおおせる。
子どもがいるっていうネタバレは後から考えてみるとちょっとあんまりな気がするな・・・
追記
ネタバレ部分は移動させました
・両親を失ったトラウマを抱える、犀川助教授にしか恋をしたことがない大学院生。
非常にポイントが高いのは、完全に精神的なベクトルが犀川のほうを向いていることと、
まだ四季シリーズを読んでいないので断言は控える、が、真賀田四季も出産を経験しているけれど、
精神的には処女かもしれない。これはパラドクス的に処女とみなしても良いと思われる。
余談であるが、瀬戸千衣バージョンの四季が増田的には一番お気に入りのキャラクタである。
いきなりメジャーどころに行ってしまったが、生まれたってから三年しか経過していないことを見逃すわけにはいかない。
父性と性欲は両立するものなのか、その問いを問いかける存在である。
ご主人様のことが好きで好きでしょうがない子。
また、それでいて独占しようとしない姿勢が好ましい。
ただ特別であろうとする姿勢のみで戦い抜いたところを評価したい。
1、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール(ゼロの使い魔)
お前、最初のほうのあれはなんだったんだ。
浮気もはなはだしい。もう魔乳と無乳しかゼロの使い魔に処女は残ってないわボケ。
2、逢坂大河(とらドラ!)
どう考えてもいらないよね。
昔の男が忘れさせてやればいいんじゃねーとか言ってくるって。
それはもはや寝取られです。
「犀川先生ならどう答えられますか? 学生が、数学が何の役に立つのか、ときいてきたら」
「何故、役に立たなくちゃあいけないのかって、きき返す。
だいたい、役に立たないものの方が楽しいじゃないか。
最も役に立たないということが、 数学が一番人間的で純粋な学問である証拠です。
人間だけが役に立たないことを考えるんですからね。
そもそも、僕たちは何かの役に立っていますか?」
『冷たい密室と博士たち』(森博嗣)
そいつを紹介をしよう。
・厨二病である。
多重人格であると公言している。この時点で痛い。
自ら作曲した曲を机ドラム等で演奏してカセットテープに吹き込み、女の子に聞かせたりした。
(机ドラムってのは、本物のドラムが使えないから机を叩いて代用することな)
この作家のデビュー作、すべてがFになる等に代表される主人公、犀川助教授はどうやら自分がモデル。
テレビ見ない新聞読まない、世間なんてアホの集合体。ブラックコーヒー大好きなヘビースモーカー。
そいつは名古屋大学の助教授なのだけれど、その若さ(推定30台半ば)にして取れる賞は総なめにしている。
滅茶苦茶頭良い俺、カコイイ。
しかも超がつく美少女に言い寄られてるのに相手にしない。新垣結衣より可愛いのに。
もてるけど軽くかわす俺、カコイイ。
おまけにロングヘアーの天才色白美お姉さんにも言い寄られる。まぁお姉さんはどうでもいいや。
・喪男である。
ちょっと仲の良かった女友達のことを彼女と言っているのでは?と読める文章がある。
大学在学中はリア充のぱしり。合コンのセッティングだけさせられて、森自身は不参加。
リア充が合コンしてる間、森博嗣が何をしていたのかというと、スパゲティ同好会で活動してた。
高校時代は電波科学研究部に所属。大学では漫画研究会にも所属。
・オタクである
今はもう無いけど、名古屋版コミケを率先して開催してしまうほど。
大学時代の話だが、この時期に腐女子な彼女を作って、今その彼女は腐嫁になっている。
腐嫁はもちろん同人誌が好物。その影響で娘も同人誌が好き。家族そろってオタクかよ。
しかも、こちらはかなり重症。2000年には、鉄道模型のために引越ししてしまった。
今2chで流行っているスイーツ(笑)の(笑)の使い方は、森が前世紀の日記で既に使っていたりする。
・とりあえず叩く
・ゆとり乙的発言
・ポルシェ(笑)
結論
森博嗣は最高である。
いいじゃん社会不適合者でも、迷惑かけても構わないと思う。それが人間だもの
反対にそういう不安が積み重なって世間と壁を作ってしまう事の方が、ずっと恐いよ。
>だが自分で自分を異常者申告する奴は大抵軽度だったり構われたがりだったりするんだ。
そうとは限らないよ。
本当の社会不適合者は私ではないのかと。
正常な顔して日常を送っているけど中は全くそんなことはない。
皆そういうもんだと思うから特に自分がおかしいとは思わないし、
第三者に迷惑かけてないからいいだろって思うし
ただ躁うつ病とか失調症とかの因子を持ってるだけだろ、って思うし(病院は行ったことない)そもそも私は正常だ。とか日々思うんだけど。
自分で正常っていうやつは大抵が心底からおかしい気がする。
だが自分で自分を異常者申告する奴は大抵軽度だったり構われたがりだったりするんだ。
だから犀川先生の「ぼく、ちょっと頭がおかしいんだ」ってのはライトに言いたいこと表してくれてていいなあ。ちょっとだけ頭変なんだよ、私も。少し人よりずれてるだけだと思うんだ
他人に死ぬほどの迷惑はかけない程度にね。
けれどその摩擦は小さいように見えて、徐々に生活に影響して来るんだ。
ああ、もっと普通の人間になりたい。皆どのように毎日を送っているんだろう。
適度に辛さも悲しさも空ろさもあるんだろう、でも私は貴方たちのような生活が羨ましい。
隣の芝生は青く見えるんだろうか。