はてなキーワード: カセットテープとは
自分のを以下に記します。ドケチでぜんっぜんお金を使わないタイプなので、標準的なタイプじゃないと思いますが。
1996年小4 カセットテープ。家でアニソンとか聞いてた。CDもちょくちょく聞いてたかな。
ずっとこのままで、少し飛んで。
2006年大学2年 デジタルオーディオプレイヤー購入。カセットなどのモノを、ソフトを物理的に入れなくても聞けるのは気持よかった。
2008年大学4年 iPhone3G購入。いちいち使いやすいね。
2010年ピー2年目 youtube repeat。楽。AppleStoreで買うのも楽だしお金も払えるので作者にお金を払いたいけどCD買うのは嫌だ!ってときに便利ね。
http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/psycho78/20100913/p5からたぐっていって。
そのカセットテープが付録につくという話を聞いてからその心配をしてるバカっぽい人らが2ちゃんねるとかいうゴミみたいな掲示板にいたりするじゃん?
あれ、冷静に考えればわかるんだけど、一消費者風情の耳に発売決定の報が届くころには粗方中身決定してるわけじゃん?
ったら話はまとまってんだから一消費者風情が心配するこっちゃねぇよなぁ。
なぜかインターベッチョを利用して有益な情報を収集している気分に浸ってる人は自分が得た情報をスッパ抜きレベルにあるかと勘違いしてるという。
自称情報強者なんだろうけど、結局は情報を与えられない限りは何もできないバカかバカ以下の生ゴミの出来損ない。
いや、なんというか。知的弱者ってすごいな。人のことをどうこう言う前に教育を受けてきてくださいって感じですが。
この論理構造がどうおかしいかって、対象物を取り替えてみればバカにでもわかるのね。
その地震で建物が倒壊したという話を聞いてからその心配をしてるバカっぽい人らが2ちゃんねるとかいうゴミみたいな掲示板にいたりするじゃん?
あれ、冷静に考えればわかるんだけど、一般市民風情の耳に倒壊範囲の報が届くころには粗方建物は倒壊しきってるわけじゃん?
ったら話はまとまってんだから一般市民風情が心配するこっちゃねぇよなぁ。
なぜかインターベッチョを利用して有益な情報を収集している気分に浸ってる人は自分が得た情報をスッパ抜きレベルにあるかと勘違いしてるという。
「病気の進行」とか「企業の経営状態」とか、まあ何に入れ替えたって話はおんなじでしょ。こういう「この話ってまともか?おかしいか?」っていう判断をするリテラシというのも情報強者には必要だし、そもそも「情報が流通する中で、どうなのか」で情報強者と情報弱者が分けられてるときに「情報がないと何もできない」とか何を言ってるのか意味わからない。
で、ブクマの元エントリではその情報すらまともに把握してないでトンチキなことぬかしてるから、ガッチリ突っ込まれてるという始末。
このバカが他のエントリでは「まぁインターベッチョなんてそんなもんですよね、検索してない情報は得られない。」なんて書いてるのが「マジ度合」を表してて味わい深いというか。
それちょっとズレてないか?
つまりその時代の話なんだよ。
何も戦前まで遡っているわけでもない。当時の彼らの周りでは、
音楽に青春を仮託していた人が大多数を占めていた、それだけの話。
もし彼らの周り”だけ”小説にそれを仮託していたのならば、小説の話になってたんじゃないかな。
確かに自分を含めて、大多数が音楽に青春を仮託していた時代があると思う。
僕より一回り以上上のおじさん達なんか正に、フォークソングにどっぷりつかっちゃったりとか、
ヒッピーだの学生運動だの、それぞれがモヤモヤっとした下半身の思いを、
その時代の潮流に乗って仮託していたのだと思う。
流行に乗るってのは全然悪い事じゃなくて、むしろシンクロニシティとかナノかなぁとか思っちゃうんだけど。
ただその時代毎に台頭してくる、仮託する為のツールってのは違うのよ。
例えば今だと、それこそ分岐してきてるよね。インターネットで随分分れちゃった。
ある人達はSNSにハマって、ある人達はニコニコにハマって…。ある人達は音楽だし、またコミケでもあるし。
そういうわけで今は恵まれている時代なんじゃないのかな。
じゃあ戦前の若者は何に青春を仮託していたのかって話になると、
僕は戦前の人の生活なんて殆ど知らないので何とも言えないけど、
ある人は小説だったのかもしれないね。
http://nakamori.blog14.fc2.com/?no=75
確かに撮るだけ撮って、見るのは二の次っていうのはある!!
http://d.hatena.ne.jp/tvhumazu/20090910/p2
以下は引用です。
個人的な感慨ですが、録画しといたテレビ番組を暇なときに見ていると、「世界中で今これを見てるのは自分だけなんだよな…」と思って、猛烈な寂しさ に襲われることがよくあります。「今」を共有してないからです。 そのポッカリ空いた心の隙間の穴埋めをしてくれるのに最適なのが、これまでどおりの「テレビ」放送に他ならないんですよね。生放送にしろ収録 にしろ、何百万人の人たちがいっせいに同じ番組を見ている。そう考えるだけでもものすごくホッとするのです。ちょっと頭がおかしいのかも知れません。
自分も寂しさと安心を感じました。
テレビはだらだら見るのではなくて、本当に見たい!と思ったものを見るようにしたいと思う。
テレビアニメを撮った120分のビデオテープも3倍モードだと6時間。全部見ると半日終わってしまいます。
しかも、自分の場合は日付を書かなかったので、時系列がバラバラです。
そういう状態で見ることを意図して考えられた作品もあると聞きました。自分はOPとEDしかみてないのですが、涼宮ハルヒの憂鬱などでしょうか
テレビで放送された順と、ビデオ(DVD)に入っている順が違うというもの。
レンタルされているものは、素直にDVDなどで1巻から見た方が良いですね。映像も音も綺麗です。追加シーンもあるかも知れない…あくまでも見たくなったらですが。
深夜のアニラジを録った90分のカセットテープが100本以上はあって、
5年後ぐらいにウォークマンで聞いたのですが、ただ懐かしいだけだった。
ラベルも貼って整理したのだけれど…もう聞くことはないだろう。
全部聞いた後は、「もう聞きたくないな…」とさえ思ってしまった。
雑音も酷かったしね。
今じゃ、ビデオコレクションをMP4にエンコしてipodなどで見るって手もあるが、
なんせそれを全部やっていたら、終わる気がしないので、見たい番組だけ選別してエンコって感じでしょうか。
あえてCM部分だけニコ動にあげてみんなのコメント付きで楽しむのも良いかなって思いました。
懐かCMですよ
早朝、未明。
何故かすっきり目が覚めてしまい、布団の中でぼーっとしていた。
そのとき事件は起きた。
キュルキュルキュル
キュルキュル
カセットテープを高速巻き戻しして絡まったときのような、サイドブレーキを下ろしたままアクセルを強く踏んだ時のような、奇妙な音だ。
キュルキュルキュル
部屋の中から聞こえている。
隣には、旦那が寝ている。
キュルキュル
そちらを向くと、突然その音はなくなり、普通のいびきが始まった。
-------------------
今日の朝体験した出来事です。
Q.いびきなんじゃないの?
以前、病院で入院していたとき、真夜中にカツーン、カツーンという足音がしてびびっていたが、よくよく耳をすますと同室の付き添いしていたおっさんのいびきだったことがあるので、そういう奇妙ないびきもあるかもしれない。
Q.歯ぎしりじゃないの?
あんなに高速で大きな音が?どんだけ強い歯ぎしりなの?
Q.宇宙人?
ビニール傘をさして雨の中をとぼとぼと歩く姿が、ヘッドライトの中で片手を大きく上げるので速度を落としたが、女性であることに気づいて、クラクションを鳴らして通り過ぎる。
大の男が女性ヒッチハイカーをひろうわけにはいかないわけだし、旅の途中でもあるわけだし、だいいち予定をずいぶん超過しているわけだし。ちらりとデジタル時計を見ると、九時をだいぶ回っている。周囲にヘッドライトは見えない。しかたなく路肩に車を停め、僕は傘をさして反対方向へ走り出す。
「大丈夫ですか? あいにく男なんです、それに」
駆けより弁解しようとして、言葉が途切れる。ヒッチハイカーの二十歳前後の女性は小柄で、その細い肩を小刻みに震わせていた。
「大丈夫?」
歩ける? じゃあ、車まで、距離あるけれど。縦に首を振る。それでとぼとぼとついてくるのを振り返りながら車まで歩き、助手席に座らせてヒーターを全開にした。
「この道、ぜんぜん車とおらないですよね、国道なのに」
できるだけ声をあかるくして後部座席からバスタオルを出して、渡す。沈黙を消すためにラジオをつけると、朝のドラマのあかるいポップソングが流れだす。ポットにホットコーヒーの残りがあったのを思いだして、それを注ぐと白い湯気がのぼり、カップを渡すとふるえる手がそれを受けとる。車内灯をつけて地図を広げる。
「どこまでですか? 駅まで送りますよ。ここから歩くとずいぶんありそうですし」
宮城に入ってからずいぶん走った気はしていたが、さすがにぎょっとしてコーヒーをすする彼女の顔をみつめる。ふしぎそうな視線がこちらをちらと見る。
「あ、ええ、大阪も回るつもりですが、ずいぶん先ですよ?」
「友達がいるんです」
ああ、家出かと得心がいき、何も荷物も持たずに海岸線を歩いていた理由がわかったような気がした。大学生ならばまだ夏休みも少しは残っているし、家を飛びだして高校時代の親友の家に転がりこむなんて算段もするだろうし、お金がないからヒッチハイクなんてことも考えるかもしれない。それでもこんなオフシーズンに大阪行きの車などめったになく、それで車を乗り継ぐうちに時間切れのように雨降るひとけのない国道に取り残されたのではないか、そんなことを思う。
「どうも」
カップが差し出されて、ポットをしまい、思いだしたように車を出す。
「とりあえず、今日は仙台まで行く予定だったんです。だからどのみちそこまでは行きましょう。大阪はどうするかはともかく」
「地図見ます」
それでふたりで納得して、ヘッドライトが照らす濡れたアスファルトを見つめながら、静かなラジオに身を任せる。夜のニュースが始まり、あいかわらずの政治の話題が伝えられる。それを片耳で聞きながら、ハンドルを指先で叩く。久しぶりの信号で停車すると彼女が訊いた。
「行くんですよね、大阪?」
ちらと見るとタオルで濡れた腕をぬぐっている。青信号にあわててアクセルを踏み、それから思いだしたように言葉を繰り返す。
「ええ、ですが、大阪に着くのはずいぶん先ですよ?」
彼女は小首を傾げるがそれも無理はなかった。
僕は今、ながいながい旅の途中でそれは生まれてはじめてする長い旅行。先月やめた仕事で貯めたお金をはたききって、日本中をまわろうと思っていた。小さな軽と二ヶ月はふらふらできる貯金、あとは地図だけあればなんとかなるというそんな旅。そんな自分勝手ができるのはおそらくこれが一生に一度で、この旅が終われば、山形の実家の酒屋を継ぐ。やっと都会のやくざな仕事から足を洗って帰ってきた息子の計画を両親は二つ返事で了承し、思う存分遊んでこいなどと、背中まで叩いて送り出した。
「どれぐらい先ですか?」
「さあ、計画決まってないんです。ふらふらしているだけで」
「じゃあ、大阪へ向かってくれないんですか?」
「え? あ、まあ」
いいにくそうにしていると赤信号で彼女と視線が合う。びっくりするほどきれいなまなざしが向かってくる。それで正直に言うことにした。
「岬めぐり、してるんです。全国のあちこちの岬をめぐって写真を撮ろうと思っているんです。だから、大阪にはいつ着くかなんてわからないんです」
彼女はきょとんとしていたが、おかしそうに笑う。
「こういうのはベタなほうがいいんです。あんまり考え込んでも面白いことなんてないんです。考えるより車を走らせた方がいい。面白そうな岬をめぐってみたほうが、ちっぽけな自分がわかるんです。考えている時間がもったいない。走っている間にいくらでも考える事なんてできるんです。それに岬めぐりは、日本人の青春の伝統みたいなところがあるし」
「そうなんですか?」
「歌があるんですよ、有名なフォークソングで、岬めぐりって歌が」
僕はそう言って、覚えてきたその歌をうたい始める。父のカセットテープで何度も聴いた曲。子供の頃のドライブの定番で、それはとても懐かしく、自分の人生を振り返っている心地になる。へたくそな歌を遠慮がちにくちずさむ。指でリズムを刻むと、やけっぱちの冒険心が刺激される。
「失恋の歌ですね」
えっと彼女を見て、ああとあわてていう。
小首を傾げるので、少し迷って話す。
「仕事やめたんです、東京の。それで実家の酒屋を継ぐんです、山形の」
わかったのかわからないのか、へぇと彼女は呟いたがそれでも地図には目を落とし、だいぶ増えてきた街灯の明かりにそれをかざす。ここ、右です。それでだいぶ仙台市内に入ってきたことに気づく。ラジオは深夜放送になっていて、誰かの語りがイタリアの今についてしきりに話していた。彼女はもうタオルで拭くのをやめていて、少し暑い気がしたのでヒーターを弱める。海岸線をまわる旅だったからか仙台はきらきらした人工の宝石のように見え、だいぶ安堵感が戻ってきて、気安く彼女に言う。
「どこかに泊まってください。お代は出すので。僕は車に泊まりますから。大阪の話は明日しましょう。どちらにしても今日は無理です」
「え? ああ」
困ったように迷い込む彼女を眺めながら、考え込む。
(なんなんだろうなあ……、この子は……。得体が知れないというか、自分以外の世界がまったく見えてないというか。こっちがまったく見えていないような気さえする)
まあ、でもそれは今日限りの事で、きっと彼女は仙台で都合をつけて、高速を走る大阪行きの車にヒッチハイクするのだろうと、そう思ってまあこれぐらいはよいかと思う。
「でも、これ、あなたが泊まるためのお金ですよね?」
「ん……、まあ、僕も泊まってもいいのだけど、そうすると見知らぬ男と部屋は別でも同じ屋根の下っていやですよね? だったら節約した方がいいじゃないですか?」
正直に言えば車中泊はもう慣れていたし、無理におなじところに泊まるほうが心理的な圧迫感が大きかった。なので、僕の提案は僕にとっての最善であり、これは僕の都合でそれが好ましいのであり、彼女に対して何かをしているわけではなかった。
それでも彼女はしぶしぶシティーホテルに部屋を取り、僕はその駐車場で眠った。
僕は駐車場でのびをして、体をひねってみて、コンビニででかいヨーグルトを調達してスプーンでそれをすくう。ラジオは健康体操の話で、ダッシュボードの地図を眺めながら、それを聞く。何か正直仙台まで来てしまったことが、まずい気さえしてきてしまう。もうちょっと前によい岬があったのではと。ノートPCを立ち上げて、あれこれと調べはじめる。昨日撮ったデジカメの画像を移しながら、ヨーグルト片手にそれをチェックしていく。この朝の作業はあんがい楽しい。コンコンと窓ガラスが鳴る。視線を上げると彼女が笑っていて、窓を下げた。
「大阪までお願いします」
どういうつもりだろうと思ってしまう。
「あなた、とても優しい人だし、それにとても善良だから」
「半月ぐらいかかるかもしれませんよ?」
彼女はにっこりと笑った。
・女の子ひろった
http://anond.hatelabo.jp/20100116012129
・これこそ逃避
http://anond.hatelabo.jp/20100119221742
・すごい彼女
http://anond.hatelabo.jp/20100123005026
・ふたつ恋した
*この文章は現在私が書き進めている『違法ダウンロードの歴史』の要約版です。
*書き手はid:kossetsu、twitterのidも同様。メールアドレスはlittlecomputerpeaple★gmail.com
現代社会においてもはや切り離せないツールとなったインターネット。その発展の裏側に常についてまわった違法コピー。それはどのようにして発展し、いかにしてダウンロードは違法化してしまったのか。
現代の文化を語る上で、絶対に見逃していけない違法コピー問題、初の歴史書。
2010年1月1日、違法コピーされたコンテンツのダウンロードは違法化される。
本書は違法コピーコンテンツのダウンロードの成り立ちと一般化、そして違法化までの軌跡を振り返る。
インターネットはアメリカが冷戦下において、各コンピュータを繋げることによって、どこか一カ所の攻撃で麻痺しないように分散しようという構想から始まった。そこに大学の研究者が知の共有化を求めて乗っかり、前進となる通信網ができあがる。
それとはまったく別に若者の物欲についての流れがあった。人一倍物欲があるにも関わらず、お金は持っていない若者は、なるべく安く済まそうとする。企業もそこをターゲットにビジネスを展開する。貸しレコード、レンタルCD、レンタルビデオ。カセットテープ、ビデオ、MD。
この研究者による知の共有化と、若者の物欲という、別に発展していた二つの流れが交差した瞬間、人類史上始まって以来の事態に陥る。
それは1995年のこと。
ウィンドウズ95は操作の簡易化と派手な広告でその年一番のヒット商品となった。
また、インターネットにも簡単に接続でき、新しいメディアとして注目される。この注目を受けてビル・ゲイツはマイクロソフトの製品をすべてネット対応すると宣言し、世界は一気にネットへと傾いていく。
インターネットに魅せられた人々。立花隆、村上龍、そして坂本龍一。坂本龍一はネットでのライブ中継を試み、音楽のデジタル配信に意欲を燃やす。坂本の活動により音楽とネットの接点は濃密なものになる。
この頃よく使われた言葉「マルチメディア」。ウィンドウズ95があれば、絵を描くのも、音楽を作るのも、映画を編集するのも一つでできる。もちろんインターネットもできる。
このことが仇となった。パソコンに音楽を取り込み、ネットで流すことが可能だったからだ。坂本は自身の音楽を流そうとしたが、たいていの人間は買ってきたものをコピーした。
この頃は一部の人間がアングラサイトで隠れて交換しあうだけだった。だが、そのサイトが雑誌に取り上げられるようになり、警察も動き出す。99年にファミコンのROMを大量にアップしているサイトの管理人が逮捕される。
通信回線が遅く、まだ常時接続ではなかった。サイトは隠すのが基本で、それでも数ヶ月に一回はサーバーから削除にあっていた。一部の人間が、深夜こっそりとダウンロードしていたアングラサイトの時代。
この頃、i-modeやドリームキャストなど、パソコン以外のネット端末が登場し、ネットがより生活に密着し、身近なものになっていく。
森内閣はITで日本の景気回復をもくろむ。ブロードバンド環境を整備し、通信料金の値下げを宣言。これは90年代後半、ITによって好景気に見舞われたアメリカの模倣。では、一足先に高速通信網を整備したアメリカではどのような事態が起きていたか。革命が起きていた。
ナップスターの登場によって世界は一変する。当時まだ高校生だったショーン・ファニングが開発。アングラサイトに出入りしていたショーンは、アップされたMP3がすぐにリンク切れしてしまう状況を何とかしたいと思い、「MP3のリアルタイム検索サイト」としてナップスターを作る。ファイル交換ソフトの誕生だ。
評判はすぐに広まり、数十万人のユーザーを確保。しかし、音楽業界側も察知し、訴訟に発展する。マドンナやビースティー・ボーイズなどナップスターを擁護するミュージシャンも現れるが、事業化できずショーンの会社は事実上倒産。
しかし、会社はなくなっても技術は残る。すぐに模倣ソフトが溢れ、収拾がつかない事態となる。その一つにWINMXがあった。
ナップスターは日本では流行らなかった。日本語対応していなかったことと、MP3しか交換できなかったことが原因。WINMXはその二つをクリアしていた。
森内閣のIT政策によってネットの利用者は増え、通信速度はアップし、料金も安くなった。しかし、そこにはコンテンツが欠けていた。政府が主催したインターネット博覧会は想定していたアクセス数を遙かに下回り、実行委員をやっていた人間からも「失敗だった」と名言された。
交換されるファイルも音楽から映画などの動画へと変化する。映画館で隠し撮りされたものが流出し、映画業界側も「映画が盗まれている」と映画館で映像を流すなど、対処を試みる。
WINMXは逮捕者の登場によって、より匿名度を増したWINNYへと流れる人間が増えていく。だが、WINNYの作者も幇助の嫌疑をかけられてしまい、刑事裁判へと発展する。
そこへWINNYを通じてコンピューターウイルスが流れ出す。感染した人間のデータをWINNYに流してしまう通称「キンタマウイルス」。防衛庁の機密も流出してしまい、社会問題になってしまう。作者は京都府警との念書によってアップデートはできない故、放置となる。
高速通信と常時接続が一般化し、ネットに今までとは違うサービスが現れてくる。それまで見るだけだったユーザーも参加して発展していくようなサイトを総称して「Web2.0」と呼ばれるようになる。たとえば、ウィキペディアなど。
Web2.0のひとつとして動画サイトYoutubeが現れる。誰もが簡単に動画をアップロードできた。アップされた動画はブラウザで即座に見ることができる。それまで動画を見るにはプレイヤーの起動が必要だったため、ウェブサイトでは主流ではなかったが、Youtubeが変えた。
YoutubeにWinMXで集めた動画をアップするという行為が始まる。動画は交換するものではなく、一つアップしてみんなで見るものとなる。
そこへWeb2.0の代表格の一つ、ブログが関わってくる。動画紹介ブログが現れ、一気に広まりだす。ブログによってアニメや映画の動画はアーカイブ化され、RSSによって最新のアニメ動画の情報はすぐに取得できるようになる。動画だけでなく漫画やゲームのROMのブログも出てくる。ゲームはマジコンが小学生にまで流行する。
さらにはGoogleの検索。「作品名 動画」で検索すればいとも簡単に動画が見られるようになってしまう。
このようにして動画は開かれたものとなり、違法コピーコンテンツは簡易に鑑賞できるものとなった。
Youtubeは十分以上の動画はアップできないように対策した。しかし、ナップスターと同じように技術はせき止めることはできず、すぐにほかの海外動画サイトやニコニコ動画へと場所を移す。
ニコニコ動画では簡易な違法ダウンロードによって新たな文化が盛り上がっている。MAD動画だ。
それまでにもMADは存在した。しかし、素材の入手や編集の手間暇の問題で作る者も、見る者も限られていた。だが、この大違法ダウンロード時代の到来によって時代は一変した。素材はいくらでも手に入る。編集も高度なフリーソフトがある。
いわゆる「クールジャパン」も違法ダウンロードとは切り離せない。アニメは放映当日すぐに字幕がつきアップされ、漫画も同様。日本のポップカルチャーへの世界の注目は、違法ダウンロードなしではあり得なかった。
アングラサイトが主流だった時代とは世代交代し、生まれたときからネット環境が整っていた世代が登場した。デジタルネイティブ。この世代は「消費しない若者」とも言われる。ひょっとしたら違法ダウンロードの影響かもしれない。
2010年1月1日、違法コピーされたコンテンツのダウンロードは違法化される。
この違法化は何年もの審議のあとに実現されたものだが、すでにいくつもの疑問点が指摘されている。罰則はない。
違法コピーがコンテンツ産業にどのていど影響を与えているのか。新しい収益の形はなにか。今もって議論は進められている。
アンチが頑張ってるからじゃなくて、個々のおっさん達の長年の実体験が集まって出来たイメージなのよ。あと製造の時の品質じゃなくて設計に対する文句なのよ。
ウオークマン(カセットテープの奴な)とかラジカセとかビデオとかが保証期間の間酷使すると保証期間ちょっと過ぎたあたりで本当に良く壊れたわけ。それをソニータイマーと呼称した。(これは実は生産向けの設計技術を高く評価した言葉である)
最近だと初代プレイステーションが使っているうちに縦にしないとディスクを読まなくなって最終的に裏返しで使う羽目になる、そして修理依頼すると馬鹿高いとか、PSP初代が出たときの設計上ボタンが斜めにはまっちゃう騒動とか、ソニックステージが笑える出来だったりコネクトプレイヤーが爆笑だったり、そんなことがあいまってソニーはダメな子ってことになった。(これらは機構設計が悪かったりソフトウエアの仕様が悪かったり品質が悪かったり単なる低い評価が多い)
そんなわけで新品の時の魅力有る高価な製品を華奢なの覚悟して勢いで買うのがSONY製品というイメージだ。俺には。
まあどうでもいいが俺のPSPもちょっと落としたら中でなんか部品が割れてカラカラ言ってる。十字キーの下にたまに入り込むのでゲーム中にすごくあせるんだが、その部品のかけらを取り出すのにえらい苦労した。DSは何度落下させても平気なのにさ…
売っておりませんね。
なのでとりあえず、まっさらな状態でですね。
勝手にやったつもりで続編を想像してみました、30歳会社員ですこんばんわ。
『ラブプラス2』
薬の名前っぽい。
なんかもう色々と疲れちゃったり、逃げちゃったりしてる人のリハビリ用。
〜ラブプラスは医薬品です、症状に応じて用法、用量を守って正しくお使い下さい〜
的なCMで。砕けちゃってる人用。
『ラブプラス80s』
80年代が青春時代ど真ん中で、男子校でした!って人や直進して当たって砕けた人向け。
連絡方法は家に直電(ラブい相手の親父が出て、切られる場合もある)、
カセットテープに自作のラブソングを入れて、恋心を告白したり出来る。
どんどん当たって砕けてほしい。
方言を完全に再現。
各地方の名所を実画像で再現、地域の慣行がイベントとして混ぜてあり、ニッポンを楽しめる。
無情さを感じて、砕けてほしい。
考えていたら、楽しくなってきた!
綾小路きみまろのサクセスストーリーみたいなのをやってた。その中で、「自分の漫談をカセットテープに録音し、高速道路のSAで観光旅行のバスに配っていた」という(知ってる人の間ではそれなりに)有名なエピソードが出てきた。それがきっかけで人気があがり、レコード会社の目にとまり、俺みたいな人間ですら知っている程度の知名度を獲得したわけだ。
まあ、それ自体は別にどうでもいい。ただ、そういう苦労話を美談にする割に、テレビ局というのは「視聴率が取れない!」、レコード会社は「CDが売れない!」とか未だに悩んでるんだよなあ、と思った。既存の成功例を持てはやすくせに自分たちは実践しようとしないんだもんな。
あと、媒体を「PC上のファイル」、内容を「最近のオタ向けコンテンツ」、宣伝場所を「ネット」に置換したら、テレビ局が無視しているだけでそれなりに成り上がってる人って見かけるような気がした。
引用が逆転しちゃうけど、
タワレコ・HMVといった大手レコード(?)店では気にならない(そもそも演歌コーナーが視界に入らない)
かもしれないけど、街のレコード屋さんとか、ホームセンターのワゴンセールコーナーをのぞいてみれば、
それが分かると思うよ。
というわけで、
レコードからCDに急激に変わってしまったわけではなくて、中間バッファとしてのカセットテープによる供給が
残っているから、カセットも含む販売数で議論すれば、必ずしも演歌が売れなくなった理由の全てではない気がする。
どういう統計の取り方をしているのかは分からないけどね。たとえば、「CDのみでみた統計」とか、
演歌やオールドポップスにありがちな「※歌っているのは本人ではありません。」をどう扱うかとか。
「オンラインで流せるテープ」 を提供していた muxtape が閉鎖して一月。昨日出た、運営者からのメッセージを勢いで翻訳する。
http://muxtape.tumblr.com/post/51762430 ←反応
僕は音楽を愛している。
音楽を愛している人にとって、そして音楽そのものにとって、音楽を共有するという欲望は、本質的でかかせないものだと信じている。
愛すべき音楽に出会ったとき、僕たちは友達をターンテーブルの前に集め、CDを貸し、カーステレオで鳴らし、ミックステープを作る。
僕たちは、音楽から感じるものを知っているから。他の誰かにも、それを感じてほしいから。
Muxtapeの物語が始まったのは、僕がオレゴンでやっていた、週一の大学ラジオ番組だ。
その番組で流した曲の記録のかたわら、そのプレイリストをウェブに上げていた。ひとつのブロックが、その週の番組を記録したカセットに対応するというものだ。
当時、ミックステープは斜陽の時代に入っていた。でも、あのプレイリストのページは、ミックステープと同じ役割を、そして多くの点でよりよい役割を果たすはずだ。僕は番組を終えてからも、そのことをずっと考え続けた。
ミックステープのように、プレイリストはある意図を持って集められたものであって、その価値は単なる足し算にとどまらない。
ミックステープとは違って、プレイリストには物理的に届けるための制約がない。でも同時に、そこには実際の楽曲がない。
誰かがそのページを見にきてくれても、知っている曲があれば共感してくれるだろうが、 本来リスナーである人たちにミックスを実際に編集する手間を押し付けるのは、もともとの目的をダメにしてしまう。
プレイリストのことをまた考えはじめ、ついにそれに命を吹き込んだのは、その頃のことだ。
僕の音楽を(ミックステープ的な意味で)共有するという欲望はなくなってはいなかった。
だけど、その行き場はなくなりつつあった。
大手のブログサービスは音楽ファイルを短期的に置けるようにしていたけれど、
そういう場は僕が求めていたものではない。
カセットテープを手に握ったときにうまれる、突き動かされるような感覚。
それを手にしただけで、プレイヤーを探してそいつの使命を遂げさせたくなる。
Muxtapeの設計の目標は、そういう実感ををデジタル世界に翻訳してやり、音楽が生命の火花を散らして、持つ人を聞かずにはいられなくするということだった。
最初のバージョンは僕のtumblrに載せた一枚のガジェットだったけれど、後の姿と本質的に変わりはない。
フィードバックはすごいものだった。
「俺の分も作ってくれないか」という質問が次々と来た。
でも考えが進むにつれ、それはひどくもったいないことだと気づいた。
ソースで配布すると、到達できる範囲はせいぜい自前のサーバーを持ったニッチなクラスタだけになってしまう。
音楽を発見するための、もっと大きな機会をすべて閉じてしまう。
ミックステープの抜け殻に見えていたそれは、すぐにミックステープの進化形に見えだしてきた。
作ってやらなければならない。
三週間の夜をけずった結果、僕はMuxtapeを公開した。
成功はすぐに目に見えて現れた。
24時間で8685人の登録があり、
1ヶ月で97748人の登録と1200万ユニークアクセスがあり、
さらに順調に伸びつづけた。
行き過ぎた予想。技術オタクは賛美するか、すぐに失敗すると断じるかに分かれた。
誰もがどきどきしていた。
僕はぞくぞくしていた。
Muxtapeは「レーダーの視界の下を飛んでいる」からなんとか生き残っているだけだ、という誤解は多かった。
いわく、メジャーレーベルに見つかれば、閉鎖させられるだろう、と。
実際には、レーベルとRIAAは普通の人と同じようにウェブを見ている。
僕も一週間かそこらで、連絡を受けた。
RIAAからの通告が、メールと書留郵便とFedEx夜間便(紙とCD)の三点セットで届いた。
彼らは、権利侵害に当たるらしい6つのmuxtapeを止めるように求めてきたから、僕はそうした。
同じ頃、あるメジャーの著作権問題(anti-piracy)担当者からの連絡を受けた。
電話をとって最初に聞いた一言は、「教えていただきたいんですが、召喚状と訴状は、どこに送ればいいんですかね?」
対話はそこから始まった。
召喚状は送られてこなくて、それは雰囲気を新規ビジネス立ち上げの会議にふさわしいものにしようとする彼の脅し戦術だった。
本当の狙いはビジネスだった。
同じ頃、別のビッグフォーの企画担当者からもコンタクトを受けた。
次の一月、僕は聴き続けた。
頭のいい法律家、この手の問題について傾聴すべき意見を持つ人々と話し、
Muxtapeの合法性について合意を得ようとした。
得られそうな合意は、合意がないということだけだった。
「Muxtapeは100%合法で何の心配もない」から「Muxtapeは違法コピーの宝庫。十億ドルの訴訟とライカー島(Riker's Island)での服役の覚悟はあるのか?」までのあいだで、二十以上のすこしずつ違う意見をもらった。
結局Muxtapeの合法性は法律的に曖昧(moot)だった。
正当性があろうとなかろうと、訴訟で戦う費用はない僕の上に、メジャーレーベルは斧を振りかざしていた。
僕はいつも、アーティストかレーベルが連絡してきて問題を訴えたなら、削除をすると、自分の中で決めていた。
でも、誰からもそういう疑義はなかった。
ひとつも、なかった。
逆に、僕が聞いた範囲では、どのアーティストもこのサイトのファンで、その可能性にわくわくすると言っていた。
そこの親会社は怒っているに違いない大きなレーベルのマーケティング担当から電話を貰い、最新の情報をホームページに反映させるにはどうすればいいかと訊かれたことも何度かあった。
小さめのレーベルからは、彼らのコンテンツを別のクリエイティブな仕方でアピールできないかと言われた。
明らかに、Muxtapeはリスナーにもアーティストにも、同じように価値あるものだった。
五月、メジャーレーベルのひとつ、ユニバーサル・ミュージックとの最初の会議をした。
僕は、最悪の扱いを覚悟して、一人でそこに行った。
この十年、インディーの界隈に片足を突っ込み、そこで大きなレーベルが彼らの利益になるものも知らず、頑固にラッダイトしているのをみたからだ。
ここで言っておきたいのだけど、レーベルは自分自身のビジネスを、ふつうの人が疑っているレベルよりはずっとよく知っている。
ただし、未来へのアプローチに関しては、個々のレーベルによって驚くべき違いがある。
ユニバーサルで僕が会った紳士たちはすごく柔軟で機転が効いていた。
僕は、彼らにMuxtapeが与える利点を売り込む必要はなかった。
彼らはMuxtapeの素晴らしさを知っていて、ただ、支払いを欲しがっているだけだった。
その点については同情する。
僕は、共同で提案を行うにはまだいくらか時間が必要だと伝え、決定を先延ばしした。
彼らは大きく違ったタイプだった。
僕は会議室に入り、8、9人と握手をしてテーブルの前に着くと、目の前に "Muxtape" と題された電話帳並のファイルがあった。
彼らは半円状になって左右の脳のように僕の回りに陣取った。片方は法律、もう片方はビジネス企画。
会議の相手は交互に切り替わった。
「貴方は意図的に権利侵害をしている、サービスを止めるまでに数時間の猶予は与える」という法律サイドのハードな尋問と
「仮にサービスを止めさせられなかったら、どのような協力がありえると思うか?」というおずおずとしたビジネスサイドとの議論。
僕は提案を作るのに二週間を求めたが、二日と告げられた。
決断をしなければならなかった。
僕がみるに、選択肢は三つ。
第一は、全てをやめること。これはずっと考えていなかったことだ。
第二は、メジャーレーベルのコンテンツを全て禁止すること。これなら、直近の危機を回避することができそうだが、二つ大きな問題があった。
ひとつは明らかなことだけど、ユーザーがミックスに使いたいと思う大半の音楽を禁止することになってしまう、ということ。
もうひとつはメジャーレーベル以外に関して、楽曲の所有権と利用をどう扱うべきかという重い問題についてなにもやらないに等しい、ということ。
中規模のレーベルと独立アーティストにも、彼らのコンテンツがどのように使われているかについて、それほど圧力は使えないにしろ、大企業と同様の基本的な権利がある。
これは、ユニバーサルの人に会ってからずっと挑戦していたことだ。
他のサービスでライセンスを受けているものは、いろいろな理由でうまくいっていることを知っていた。
同時に、Muxtapeの場合は違うということ、少なくとも模索する価値はあることを知っていた。
レーベルがそこに価値を見出しているかどうかという疑問の答えは得られていなかったが、次の疑問は、それにどれだけの費用がかかるか、だった。
六月。
僕は五番街の法律事務所に、メジャーレーベルとのライセンス交渉の代理人をつとめることを求めて、彼らは承諾した。
そして、取引をするための遅々としたプロセスが始まった。
第一回は、堅苦しく複雑だった。だけど、思ったほど悪くはない。
僕は彼らを説得し、Muxtapeがこのままサービスを続けることが皆にとっての最良の利益になる、と納得させた。
これでうまく行きそうだった。
さらに二ヶ月、投資家と会合を持ち、サイトの次のフェイズを設計し、交渉を監督した。
困難が予想されたのは、Muxtapeが単純なオンデマンドサービスではない、という点で、オンデマンドよりは支払いが低くて済むはず、という点を考慮に入れてもらえるかどうかだった。
ライセンスの条件からはじめたかったのは、めずらしいwin-winになると思ったからでもある。
僕は、どんな通達があっても(at any given notice)、楽曲を検索して再生する機能を持たせたくはなかった。
一方、彼らもそういう昨日にあまりいい顔はしない(少なくとも、今の価格では)。
それまでは、すべての議論は数字に関するものだったが、
合意に近づくにつれて、掲載位置の販売とかマーケティングの方向性に話が移ってきた。
Muxtapeのモバイルバージョンを提案したが、否定された。
僕の柔軟性は身動きできなくなっていた。
Muxtapeに対して公正な取引をすることに心を割いてはいたけど、僕がずっと持ちつづけていた最大の関心は、サイトの統一性と使用感を保つことだった。
(それはライセンスを求めはじめた元々の理由のひとつでもある)
Muxtapeの経済面での各種の侵略に合意したのも、動かしたい(play ball)からだった。
だけど、編集と創作についてコントロールを手放すのはものすごくつらいことだった。
これと格闘している最中、Muxtape のサービスをホストしているAmazon Web Servicesから通告を受けたのが、8月15日。
Amazonの規約によれば、とんでもなく長い一覧に挙げられた楽曲を一営業日以内にすべて除去しなければ、
これはかなりの驚きだった。
RIAAからの連絡はずっと途絶えていたのだけれど、僕はこれをレーベルの理解が得られたためだと思っていた。
僕はライセンス交渉の最中にあること、これは事務的な間違いじゃないか、夏の金曜日の午後をとりもどせるようにするためにはなんでもしよう、ということを説明しようとした。
一営業日どころか、週末を越えて月曜日までやり続けても、結局、Amazonが要求する文書を作ることはできなかった。RIAAに電話で連絡したけれど、受けてもらうことさえできなかった。
これを解決できるはずだという、ほんとうに感じていたままの期待をそこにメッセージとして残した。
僕はまだ、これがなにかのひどいミスだと思っていた。
でもそれは間違いだった。
事態がすこし把握できてきた次の週。
RIAAの動きは、レーベルの親会社とは別の、自律したものだということ。
レーベルとの間で得た理解は、RIAAには継承されないということ。
どのレーベルも、僕を助けることに特に興味を持っていないということ。
彼らの見かたでは、交渉には影響しない、という。
僕は納得しなかった。
取引にはまだ数週間か数ヶ月(インターネット上では永遠に等しい)はかかる。
つまり、Muxtapeはすくなくとも年末までは止まったままということだ。
また、どうやって支払うかという問題も残っていた。
この変わりやすい世界では、急成長するウェブサイトがある場合でさえ、投資を受けるのは難しい。
ライセンスの取引すべてからの撤退。
どの取引も、単純さを信条とするこのサイトに対しては複雑過ぎるものになりつつあり、
僕がやりたい方向のイノベーションにとって、制約が強すぎ敵対的すぎるものになりつつあった。
開発にほとんど注意を向けられなくなってしまった結果、僕は自分のモチベーションに疑問を感じはじめていた。
僕は、すべてを犠牲にして急スピードで大会社を建てるために、これをはじめたんじゃない。
僕がこれをはじめたのは、音楽を愛する人たちのために単純で美しいなにかを作りたかったからだ。
だから、またそこからはじめたいと思う。
でも、いままでどおりのものではない。
ある、開発初期段階にある機能を取り入れるからだ。これからはその機能に中心的な役割を持たせたい。
Muxtapeは、バンドだけのためのサービスとして再出発する。
インターネットで活動するための、これまでにないシンプルで強力なプラットフォームとしての機能を提供する。
2008年のミュージシャンは、ウェブ開発者と手を組まない限り、オンラインで地位を確保する手段はほとんどない。
しかし、彼らのニーズは、実は共通の問題の中にあることが多い。
あたらしいMuxtapeは、バンドが自分の楽曲をアップロードして、それを埋め込みプレイヤーとして提供し、
もともとのMuxtapeの形式に加えてウェブのどこででも動かすことができるようになる。
魅力あるプロフィールを取り付ける機能、さらに、カレンダーや写真、コメント、ダウンロード、販売、あるいはニーズのある他の全ての追加機能のモジュールを提供する。
システムは0の段階から無限に拡張することができ、CSSデザイナーが使えるようなテンプレートシステムの層を設ける。
詳細は追って公開する。
ベータ版はいまところ非公開だけど、数週間以内に変更する予定。
これは機能の点でかなりの大きな転換だということは、意識している。
僕はいまも、音楽をオンラインで経験する方法を変革したいと思っている。
僕はいまも、相互接続された音楽のもっとも興味深い側面、新しいものをみつける、という側面を実現したいと思っている。
第一フェイズのMuxtapeをこれだけすごい場所にしてくれた皆さんに感謝します。
皆さんのミックスがなければ、ありえなかったことです。
音楽業界はいつかついてくるでしょう。ぜったいに、そうすることになるはずです。
Justin
そいつを紹介をしよう。
・厨二病である。
多重人格であると公言している。この時点で痛い。
自ら作曲した曲を机ドラム等で演奏してカセットテープに吹き込み、女の子に聞かせたりした。
(机ドラムってのは、本物のドラムが使えないから机を叩いて代用することな)
この作家のデビュー作、すべてがFになる等に代表される主人公、犀川助教授はどうやら自分がモデル。
テレビ見ない新聞読まない、世間なんてアホの集合体。ブラックコーヒー大好きなヘビースモーカー。
そいつは名古屋大学の助教授なのだけれど、その若さ(推定30台半ば)にして取れる賞は総なめにしている。
滅茶苦茶頭良い俺、カコイイ。
しかも超がつく美少女に言い寄られてるのに相手にしない。新垣結衣より可愛いのに。
もてるけど軽くかわす俺、カコイイ。
おまけにロングヘアーの天才色白美お姉さんにも言い寄られる。まぁお姉さんはどうでもいいや。
・喪男である。
ちょっと仲の良かった女友達のことを彼女と言っているのでは?と読める文章がある。
大学在学中はリア充のぱしり。合コンのセッティングだけさせられて、森自身は不参加。
リア充が合コンしてる間、森博嗣が何をしていたのかというと、スパゲティ同好会で活動してた。
高校時代は電波科学研究部に所属。大学では漫画研究会にも所属。
・オタクである
今はもう無いけど、名古屋版コミケを率先して開催してしまうほど。
大学時代の話だが、この時期に腐女子な彼女を作って、今その彼女は腐嫁になっている。
腐嫁はもちろん同人誌が好物。その影響で娘も同人誌が好き。家族そろってオタクかよ。
しかも、こちらはかなり重症。2000年には、鉄道模型のために引越ししてしまった。
今2chで流行っているスイーツ(笑)の(笑)の使い方は、森が前世紀の日記で既に使っていたりする。
・とりあえず叩く
・ゆとり乙的発言
・ポルシェ(笑)
結論
森博嗣は最高である。
そういう訳さハニー。
ミリオンヒットが出ないとか嘆いているけど、今のほうがずっと健全だと思うよ。100万人が同じ音楽を聴いているなんて気持ち悪いだけ。業界は90年代のミリオンバブルをいまだにひきずっているだけ。栄養とりすぎてタプタプになっちゃった体をもてあましているだけ。シェイプアップすればいいのに、そうしたくなくてイヤイヤしてるだけ。
だいたい若者が可処分所得を携帯にとられたからミリオンが出なくなったなんて、ちゃらい分析をされてしまう程度のものなんだよ、音楽なんてのは。
「音楽は素晴らしい」。確かにそうだよ。音楽は、このくだらない世の中で最も素晴らしいもののひとつさ。でも、音楽=ミュージシャンとのコミュニケーションより、携帯=身近な人間とのコミュニケーションのほうが世の中の95%の人は大事なの。そっちに金使うの。毎月毎月CD何十枚も買って、床が抜けそうなアパートで毎日聴き狂ってるなんてのはただの変人にすぎないの。
それからCDが売れないのを違法ダウンロードやコピーのせいにしないでくれ。
70年代の厨房は、音楽が聞きたくて聞きたくてたまらないのにレコード(アナログ盤だぜもちろん)が高くて買えなくて、こづかい必死にためて買ったレコードを、友達どうし協力し合ってカセットテープにコピーして聞いてたんだから。なにも今にはじまったことじゃない。
CDが売れないのはただ、「95%の人間にとって音楽なんて大事じゃない」ってことを端的にあらわしてるだけのこと。
いやフジロックとかサマソニとか人すげえ集まってんじゃん、だって?
あれはただの行楽。海とかキャンプとか冬ならスキー行ったりとかいうのにひとつ選択肢が増えただけのこと。あの場でわーっと騒ぎたいだけのこと。
だからさ、くだらないパブ記事打ったり、JAROに訴えられそうなあやしげな情報流したり、嘘臭いマーケティングに基づいてどうしようもないCDを作ったりしてる暇があったら、オレみたいに毎日毎日朝から晩まで部屋で一人で音楽を聴いてる5%の変人のために、きちんとしたCD作ってくれよ。頼むから。そうすればオレはちゃんと金払うから。な。
そろそろ落ち着いてきたので言う。
iphoneが嫌いなのはデザインがダサいからだ、あののっぺりしてるのが嫌だ
まぁ当然反論があると思うけどその前に俺のガジェットの思い出を聞いてほしい。
小学生の頃カシオの多機能の腕時計に憧れた。あのムダにボタンの多い腕時計にワクワクした
当時どうしても欲しかったけどムリだった。。。しかたなく小学館の応募者全員プレゼントの
ライト付ドラえもん腕時計を愛用していた。ライトのオンオフが横レバー方式を採用したのが
大変すばらしかった。
次はラジカセだ。もちろんカセットテープを二つ入れることができる奴が一番のお気に入り
でも家にあった唯一のラジカセを『壊れたから』という理由で捨てられたのは悲しい思い出。
あと昔のFMラジオやBCLラジオも好き!!BCLラジオは持ったことないけど店の前でカッコイイなー
と思いながら眺めていた。FMラジオも昔のモノはスゴクカッコイイ!とあるラジオではロッドアンテナを
出すスイッチがあって、それを押すとビコーンとアンテナが飛び出してくるという機能がある。
スゲーよな!!カッコいいよな!!アンテナなんて親指ぐらいの太さなんだゾ!!
さてここまで読んで???っと思った人はこの先はもっとわからないと思うから読まないでいいよ。
ええと次はガジェットじゃないけどオシロスコープだ。最初は使い方がわからなかったけどすぐに魅了された
もちろんブラウン管式オシロが好き、デジタル式なんてナンセンス。ああカワイイよオシロタン。。。
プローブの先を曲げちゃったり、無駄にスイッチいじって先生に怒られたり、波形でてこねぇーと叫んだのは懐かしい思い出。
ちなみに友人から譲ってもらったオシロ(40MHz 3ch)を1台持ってます。
さて駆け足で回想しましたが要は『俺はスイッチが好きだ!!』てことを言いたいのです。もちろんボタンもね。
配電盤に行くといつもワクワクします、アキバのスイッチ屋を覗くのが好きです、オムロンのリミットスイッチが好きです!
トグルスイッチも好きだ、ディップスイッチも好きだああ(マザボのDIPスイッチが最近減ってきて悲しい。。。)
スイッチやボタンがないガジェットはガジェットじゃない!!最近のガジェットはスイッチを軽くみる傾向が強い
ボタンをシート型にして目立たせないようにするなどトンデもない事です。
そうだiphoneを受信機のDJ-X8みたいにボタンを着せ替えできるようにしたらどうだろう?
うぬこれは絶対人気出るぞ、断言する。
ボタンやスイッチはもっと存在を主張すべきだ。なんで謙遜するのかがわからない。
そう考えるとブラックベリーはいいねーボタンがいっぱいあって、俺にとってあのボッテっとしたボタンが嬉しいよ。
んで俺が一番心配しているのはDSやiphoneのブームによりタッチパネルが今以上に普及することだ。
昔の駅の券売機はボタン式でよかったけど最近はタッチパネルが主流で本当にげんなりする。
話が若干ずれてしまったが俺が言いたいのは
ってことだ
CDは同等の競合規格なかったからね。
MDがこんなに普及しているのは日本国内だけ。国外ではほとんど使われていない。未だにカセットテープという国も多い。音声記録用途以外の派生規格も数多く出されたが、結局何一つ残っていない。
DVDは東芝陣営のSuper Density Discが元になっている。フィリップス・ソニーもMMCDという規格を提唱していたが、結局は折れてSD陣営に加わり、DVDとして統一された経緯がある。
ちなみにDVDフォーラムでDVDの正式な記録規格として決まったDVD-Rが気に入らなくて、別団体まで立ち上げてDVD+Rなんて作っちゃったのもソニー。
記事を書くにしても、もうちょっと考えてから書いて欲しいモンだが。単純に「ISBN取得すればAmazonで流通できるよー」なんて楽観的な話じゃないだろうに
第一、なんで売り上げを伸ばそうと考えてる他の同人作家がこれに食いつかないんだろう。
こんなの(ISBNとか)調べればすぐに判るし、そんな事考えてる奴はとっくにはじめてるはずだ。でも、そんなことやってるやつはみたことがない。
そこになんの疑問も抱かないのか?
日本図書コード管理センターのサイトにはISBN登録の基準として原則「CDなどは含まない」と書いてある。
でも、ISBNの紹介にはCDにも付加されてると書いてあったり、意味が分からない。
そういえば、盲人用の朗読カセットテープとかあるから、あの類という分類なんだろうか
んー、でもコア・アソシエイツってのは何なのさ
IOSYSはサークル名だし、会社でもない。だから、とりあえず出版社って肩書きが必要になって立ち上げたダミー会社なのか?(設立が1981年ってなってるからそれはないかな) なにやってるかわからん会社だし(単なる本の通販会社らしいが、もしかしたら文芸社と同類な会社かもしれない)
そもそも、法人格を持っていなくてもISBNの取得は可能なはずだから、出版社に代理登録させる必要なんて無い。というかしてはいけない事になってるが(これって単なる表記の問題なのかもしれないが。奥付の「出版者」のところと違う会社が代理登録するのが不可って事なのかもしれないし。はじめから、出版者のところに登録者の名前を書いておけばいい話)
そもそも、IOSYSのオフィシャルサイトでは何らそこら辺の告知がないが。
うちの会社(フロアに30人くらい)のトイレは、洗面台に巻き取り式のタオルがついている。機械の中から、タオルがU字状に垂れているあれね。
「使い終わったら次の方のためにタオルを引いてください」と書いてあって、ガチャンガチャンとやるわけだ。
あのタオルはトイレットペーパー状になっていて、引っ張るごとにカセットテープみたく巻き取られていく。そして、タオルが終わったら当然交換しなけりゃならない。
入社時のガイダンスでは、総務の人から「終わりに当たったらこうやって交換してくださいね、替えのタオルはここにあります」的な話を聞いたし、1分1秒を争う仕事をする会社でもないので、タオルの端を引っ張り出したら普通に交換していた。先輩も交換していた。
ところが人が増えてきたここ数年、タオルを替えてくれない人が増えてきたんだよね。
用を足して手を洗おうとすると、だらんとタオルが垂れている。あーあ。
どうも最近は、入社時にそこまでは説明されないようだ。
交換の方法がわからなければ、そのへんの人に聞けばすむのに。
来社したお客さんがたまたまタオルの終わりを引っ張り出すこともあるかもしれないが、タオルの端が垂れているのを見る頻度や時刻から、それだけではないのは確か。
うちは毎朝掃除のおばちゃんが入るけど、午前中に終わったタオルが午後には交換されていることもあるわけだ。タオルを交換しない人は、そういうのを見てもなにも思わないのだろうか。
面倒なことをせずにすむならそうしたいのが人の心だけどさ、状況から見て自分以外の従業員の誰かはタオルを交換していることはわかるはずなんだよね。
そっからもうちょい想像力を働かせてほしいもんだと思うんだ。
タオルを交換しているとき、たまたま上司が入ってきたことがあった。
「最近、タオルを交換してくれない人が増えているみたいで」と言ってみたら
「俺は自分のハンカチで拭いちゃうからそれは使わないな」だって。そういう話じゃないんじゃあー!
「カセットテープ」の部分だけで一瞬自分の耳を疑いかけたが、恐らく挿入歌が気に入ったのでパートの行き帰りの運転中でも聴いていたい(カーステレオにはカセットデッキしか搭載されていない)という事は即理解した。プリンタブルのホワイトレーベルに韓国ドラマらしきタイトルと話数が書かれたテプラシールが貼ってある事にいちいち突っ込むのも疲れるのでこの際スルーしよう。どうせパートのおばちゃん仲間からレンタルしてきたんだろう。
問題はその次に続く「一時停止した所から」という言葉がどうしても理解できない事だ。理解できないので「無理だ」という事を伝えると「最近のビデオはボロやねんな~」と、のたまいやがる。いや、そうじゃない。そうじゃないんだ、アンタ。
「もうエエわ。母さん自分でラジカセで録音するから。」いや、それも無理だ。テレビの前にラジカセ置いてRECボタン押せば録音できるとしか思ってないだろう?入力をAUXに切り替える事もそもそも配線をどうするかさえも知らないだろう?とにかく無理なものは無理なんだと言い続ける自分にいい加減イラついたようで「こんな役立たずなモンばかり買い揃えて!」という趣旨の事を言い放って母親は台所の方に行ってしまった。
わあ、同じ子がいるw (でも私は長子^^;
高校くらいまでは本を読むのが好きだった。(今はまったく読んでない。やばい。
テープで聞くだけで、家庭内の会話が極少だったため(弟が生まれるまでほぼ無言だった)
その後、話し言葉を習得するのに困った。
主語や述語がちゃんと繋がっていないと意味がうまく取れない。空気読めない。
物語や、テストの回答文みたいな話し方以外の会話のサンプルを、ずっと聞いて集めてて、だんだん話すのを試せるようになっていった。
今もまだズレてる気がするけど。
そのために、女性はおしゃべりなんだと思った。これは正しい。