はてなキーワード: コーヒーとは
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恥ずかしくなるくらい狙った見出しばっかで、完全に週刊誌の中吊り状態。
そのうち、まとめサイトのまとめサイトが出てきてもおかしくないような状況。
これだけステマとか騒がれててよく飽きないよな、と思う。
元増田です。様々な意見で煮詰まっていたのが少しほぐれてきた。多謝。
夫&親戚も、専業主婦になったっていいって言ってくれるけど、子供の自立後が寂しそうだし、仕事続けたい。
憧れるのは『余裕がある暮らし』。朝はコーヒー飲んで新聞読んで、月1は家族3人水入らずで遠出する時間を捻出したい。
9ヶ月の子供は気質が穏やかな方。離乳食もよく食べてくれる。生活習慣も出来て、夜泣きもたまで育てやすい。だから元ぐーたらカポーの要領の悪い増田でも何とかなってる。
>むしろ子供の分だけ作って親はコンビニ弁当とかになりそうだけど
これはガチ。離乳中期の始めはよくやった。でも風邪引きやすくなるから鍋とかカレーとか手抜き料理にした。
>家事なんて、グッズ使って、手を抜きまくり、病気にならない程度にやってりゃ十分なんだよ。
>世の男どもは、みーんな、そう思ってる。まして、共稼ぎしようって男なんて「家事? あんな楽なことに何時間かけてんの?」だよ。
>そこで「手を抜いてるから楽なんだろーが」と噛みついても仕方ないのは、元増田が経験した通り。
↑これ、旦那の意見まんま。そうなのよ。夫は自分が鍋だろうがコンビニ弁当だろうが文句はいわない。この前は出した靴下の色が少し違ってたけど気づかず履いてった。
ただ、ほこりで人死ぬっけ!? な人。子供が2歳になるまでは、私が本能発揮した方がいいんだと思う。
『必要を感じない状態』を私も知ってる。その場合の最低限と、必要を感じてしまった場合の格差は、埋めようとすると衝突しちゃう。
離乳食は全部私がやってしまう。夫の成長の機会を奪ってるのかもしれない。どうしても週末私だけ出かける時は、タイムスケジュールとチンするだけにした離乳食を置いておく。
でもほんと、いい手抜きしたい。まずは週末は買い物って思い込み取ろうと思って、生協の宅配に加入した。
離乳食は基本冷凍してる。おかゆやパスタの炭水化物、納豆、マグロの赤身焼いたのとかタンパク質。あとは青菜と人参とカボチャは切らさないようにしてる。全部フライパンでゆで適当に冷凍してる。グラム数とかは細かくは測ってない。
鍋おじやが週1〜2はあるし、たいしたもん食わせてない。ベビーフードは週1〜2、野菜とか豆腐混ぜてあげてる。ホワイトソースとかチキンライスの素もよく使う。
保育園もよくやってくれてる。相談もできるし、親世代じゃなくて今の育児教えてくれるからほんと楽。
掃除は、一日2、30分にしようって決めてる。半分でクイックルワイパーと棚の拭き掃除。残りで週1〜2とか月1って決めた箇所を順繰りに。とりあえず、週末たまった家事をしたら日が暮れて月曜が来るってのを辞めたい!
風呂の掃除も、蛇口とか子供が好きで触ったり舐めたりするから、必要に迫られてやってるだけ。子供の場所を限定するか、親が掃除するかかな、と思う。
どうやら村上は、この本のアメリカ版をそのとき初めて目にしたらしい。
日本では『1Q84』は2年を掛けて3巻に分かれて発表された(村上は2巻目で一度終わりにしたが、一年後にもう数百ページ付け足したのである)。
アメリカでは、一巻のモノリスとして組まれ、秋の読書イベントに発表が設定された。
YouTube ではきらびやかなトレーラームービーを見ることができ、
一部の書店では発売日10月25日に深夜営業が予定されている。
Knopf は英語訳を急がせるため、二人の訳者に手分けして翻訳をさせた。
村上にこれほど長い作品を書くつもりがあったかと尋ねると、なかったという。
これほど長くなることが分かっていれば、書き始めなかったかもしれないともいう。
彼はタイトルや冒頭のイメージ(この作品の場合は両方だった)が浮かんだ時点で、机の前に座り、
毎朝毎朝、終わるまで書きつづけるのである。
といっても、この大作はごく小さな種から生まれた。
村上によれば『1Q84』は、人気を博した彼のショートストーリー『四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて』(英語版では5ページ)を増幅させたものに過ぎないという。
「基本的には同じなんだ」と彼は言う。
「少年が少女に出会う。別れてしまった後、二人は互いを探し合う。単純な物語だ。それを長くしただけ」
筋書きを要約することすら、少なくともこの宇宙で人間言語をもって雑誌の1記事で書くとすれば不可能だ。
青豆という少女が、タクシーに乗って東京の周縁に掛かる高架の高速道路を行く。
そこで渋滞に巻き込まれ、身動きがとれなくなる。
チェコスロバキアの作曲家レオシュ・ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」だ。
「渋滞に巻き込まれたタクシーの中で聴くのにうってつけの音楽とは言えないはずだ」と村上は書く。
運転手は青豆に変わった迂回路を提案する。
高架高速道路には非常用脱出口が設置されている、そして、普通の人には知られていない脱出口への階段がある、と彼は言う。
本当に絶望しきっているのであれば、そこから地上に降りることもできる。
青豆が考えていると突然、運転手が村上一流の警告を口にする。
「見かけにだまされないように」と彼は言う。
降りていけば、彼女にとっての世界は根底から変わってしまうかもしれない、と。
そしてわずかではない違いとして、月がふたつあった(ちなみに彼女が遅刻した約束というのは暗殺の約束であったことが明らかになる)。
そしてその世界にはリトル・ピープルと呼ばれる魔法の種族がいる。
彼らは死んだ盲の羊の口(詳しく書くと長くなる)から生まれ、オタマジャクシの大きさからプレーリードッグの大きさにまで育ち、「ホーホー」と合唱しながら空中から透明な糸を紡ぎだして「空気さなぎ」と呼ばれる巨大なピーナッツ型のまゆを作る。
この本ではなかばあたりまで、このように浮世離れしたした超自然的ガジェット(空中に浮かぶ時計、神秘的なセックス麻痺など)が繰り出されてくるので、
私は行間にエクスクラメーションマークを置きたくなった。
この数十年、村上は自身が「本格小説」と位置づけるものを書こうとしていると言い続けてきた。
一例として彼は『カラマーゾフの兄弟』を挙げて目標にしている。
その試みこそが、三人称の幅広い視点から描かれた巨大小説『1Q84』であるように思われる。
怒り、暴力、惨事、奇妙なセックス、奇妙な新現実を抱えた本であり、
偶然ぶつかることになってしまった悲劇にも関わらず(あるいはその悲劇のなかでこそ)、
ひとりの人間の脳に詰め込まれた不思議を提示して、本書は読者を驚嘆させる。
驚きを覚える本の数々をこれだけ読んだあとでもなお、私は村上の本で驚かせられた。
そのこと自体が驚きだったと村上に伝えると、彼はいつものようにそれを受け流し、
自分の想像力を入れたつまらない花瓶でしかない、と言い張った。
「リトル・ピープルは突然やってきた」という。
僕は物語の虜だった。選択したのは僕ではなかった。彼らが来て、僕はそれを書いた。それが僕の仕事」
明晰夢を見ることがあるかと尋ねると、
覚えていられたことはない、という。
目覚めたときには消えている、と。
ここ数年で覚えていられた夢は一度だけ、それは村上春樹の小説のような繰り返す悪夢だったという。
その夢の中で、影のような未知の人物が「奇妙な食べ物」を料理してくれていた。
食べたいとは思わないが、夢のなかでは彼はそれに興味をひかれていて、まさに一口入れようというとき目が覚めた。
2日目、村上と私は彼の車の後部座席に乗り込み、彼の海辺の家へ向かった。
運転したのはアシスタントの一人である身ぎれいな女性で、青豆よりわずかに若かった。
私たちは東京を横切り、青豆が『1Q84』で運命的な下降をした高架高速道路の本物へと向かった。
カーステレオではブルース・スプリングスティーンがカバーした「Old Dan Tucker」がかけられていた。
車中で、村上は冒頭のシーンを思いついたときに考えていた緊急脱出口のことを持ち出した(青豆と同じように実際に渋滞に巻き込まれていたときにそのアイデアを思いついたという)。
実際の高速道路で、小説中であれば青豆が新世界に向けてくだっていったであろう場所を正確に特定しようとしたのである。
「彼女は用賀から渋谷に行こうとしていた」車窓をのぞきながら彼はいう。
「だから多分このあたりのはずだ」
と言ってこちらを向いて念を押すように
「それは現実じゃないけれど」
と付け加えた。
それでも、彼は窓の方に戻って実際に起こった出来事を話すように続きを語った。
キャロットタワーと呼ばれる、およそ巨大なネジが刺さった高層ビルのような建物の前を通り過ぎた。
村上はそこでこちらを向いて、もう一度思いついたように、
「それは現実じゃないけれど」と言った。
日本に滞在した5日間のあいだ、私は村上の東京にいたときとは違って、実際の東京で落ち着くことができなかった。
村上の東京、それは本物の東京を彼の本というレンズで見たときの姿だ。
客席の上の方で二塁打が打たれるたびに注目した(私がもらった天啓にもっとも近いものは、枝豆を喉につかえさせて窒息しかけたことだった)。
また、私はローリングストーンズの「Sympathy for the Devil」とエリック・クラプトンの2001年のアルバム「Reptile」をかけながら、神宮外苑という村上お気に入りの東京ジョギングルートをゆっくりと走った。
私のホテルは新宿駅に近い。そこは『1Q84』でも重要な役割を果たす、交通機関のハブ的な場所だ。
登場人物たちが好んで使う集合場所、中村屋で私はコーヒーを飲み、カレーを食べた。
そしてフレンチトーストとタピオカティーの向こうで東京人たちが交わす会話に耳をひそめた。
そうしてうろつくあいだに、村上小説が極度に意識しているものごと、すなわち、偶然かかる音楽、上昇と下降、人々の耳の形といったものを、私も極度に意識するようになった。
実際、彼の小説中の説明をもとにして料理本を出版した人もいるし、
登場人物が聞いた音楽のプレイリストをオンラインでまとめている読者もいる。
村上は、明らかに喜んだ様子で韓国のある会社が西日本への『海辺のカフカ』旅行を企画したこと、
ポーランドの翻訳者が『1Q84』をテーマにした東京旅行のガイドブックを編集していることを教えてくれた。
村上は読者から彼が生み出したものを現実世界で「発見」したという便りを受け取ることがよくあるという。
たとえば、彼が作り出したと思っていたレストランや店が東京に実際ある、など。
ドルフィンホテルというのは『羊をめぐる冒険』で村上が生み出したものだが、札幌にはそれが複数ある。
『1Q84』の発表後、ありえない名字として作り出したつもりだった「青豆」という名字の家族から、村上は便りを受け取ったという。
ここでの要点と言えるのは、現実に漏れ出す虚構、虚構に漏れ出す現実というものが、
村上の作品についてはほとんどの場合、作品そのものだということだ。
作家活動の初期には、「日本人という呪い」から逃れようとしているとさえ語った。
その代わり、十代の若者として、西洋の小説家の作品を貪ることによって、文学の感受性を培った。
その中にはヨーロッパの古典(ドストエフスキー、スタンダール、ディケンズ)もあったが、
彼が生涯を通して繰り返し読んだのは、とりわけ20世紀のアメリカのある種の作家たち、
レイモンド・チャンドラー、トルーマン・カポーテ、F. スコット・フィッツジェラルド、リチャード・ブローティガン、カート・ヴォネガットなどだ。
処女作に取りかかったとき、村上は奮闘し、標準的でない解決法に行き当たった。
そうやって自分の声を獲得したと彼は言う。
(訳注:長文注意。誤訳あったらごめんなさい。教えてもらえたらあとで直します)
村上春樹の作品世界にほぼ浸りきってやろうというつもりだった。
ところがその目論見は外れることになる。
期待していたのは、バルセロナやパリやベルリンのような街だった。
そこでは、市民はみな英語が達者で、さらにはジャズ、劇場、文学、シットコム、フィルム・ノワール、オペラ、ロックといった、
西洋文化のあらゆる枝葉に通じている……そんなコスモポリタンな世界都市を私は期待していた。
誰かに聞いておけば分かっていたはずなのだが、実際の日本はまったくそんな場所ではなかった。
実際に足を踏み入れることができる日本は、どこまでも頑固に、日本的だった。
そう思い知らされたのが地下だったというのは、我ながらよくできていたと思う。
アイロン掛けたてのシャツに包まれ、なんの躊躇もなく地下鉄の駅へと降りて行くや否や、
私は迷子になり、助けを求めようにも英語話者を見つけることができなかった。
最終的には(電車を乗り間違え、馬鹿げた値段の切符を買ってしまい、必死のジェスチャーで通勤客を怖がらせたあと)、
どうにか地上に出てはみたものの、もはやインタビューの時刻はとうに過ぎている。
私は絶望して、目的もなくあちらこちらへとさまよい歩いた(東京にはほとんど標識がないのである)。
そして蜂の巣状のガラス製ピラミッドのような建物の前で途方に暮れていたとき、
ついにユキという村上のアシスタントに見つけてもらうことができた。
あまりにもうかつな、アメリカ人的な私は、村上のことを現代日本文化を忠実に代表する人物として考えていた。
実際には彼は私が思っていたような作家ではなく、日本は私が思っていたような場所ではなかった。
そして両者の関係の複雑さは、翻訳を介して遠くから眺めていたときには想像しえないものであることが明らかになっていった。
村上の新作『1Q84』の主人公の一人は、自らの人生最初の記憶に苛まれており、誰に会ったときにも、あなたの最初の記憶はなにかと尋ねる。
それは3歳のとき、初めて家の門の外に歩き出したときのことだという。
彼は道をてくてくと渡り、溝に落ちた。
流されていく先にあるのは、暗く恐ろしいトンネル。
そこに差し掛かろうかというとき、母が手を差し伸べ、彼は助かった。
「明確に覚えている」と彼は言う。
「水の冷たさ、トンネルの闇、その闇のかたち。怖かった。僕が闇に魅かれているのはそのせいだと思う」
村上がこの記憶を語るとき、私は既視感とともに心の中でくしゃみをするような気持ちを覚えた。
その記憶には聞いた覚えがある、いや、不思議なことにその記憶は自分の中にある、と感じた。
ずっとあとになって分かったことだが、私は確かにその記憶を持っていた。
村上は『ねじまき鳥クロニクル』の冒頭の脇役に自分の記憶を写し込んでいたのだ。
村上を初めて訪問したのは、日本にしてもありえない夏の厳しさの最中、
週の真ん中、蒸し蒸しする午前中のことだった。
その結果、電力、公衆衛生、メディア、政治にも危機が到来した(当時の首相の辞職によって、5年間に5人目の首相が生まれることになった)。
大作『1Q84』の英語訳(そしてフランス語訳、スペイン語訳、ヘブライ語訳、ラトビア語訳、トルコ語訳、ドイツ語訳、ポルトガル語訳、スウェーデン語訳、チェコ語訳、ロシア語訳、カタルーニャ語訳)について話すためだった。
この本はアジアで数百万部を売り上げ、
まだ翻訳が出ていない言語圏ですらノーベル文学賞の噂が囁かれていた。
62歳にして30年のキャリアを持つ村上は、日本文学の最高峰としての地位を確かなものにしている。
疑いなく、彼は母国の表層とかたちを世界に伝える、想像世界の大使となった。
そのことは、関係者には非常に大きな驚きだったと言われている。
アメリカによる戦後占領を受けた1949年の京都、日本の前首都である。
「これ以上の文化混交の瞬間を見つけるのは難しい」と John W. Dower は1940年代後半の日本について書いている。
「これほど深く、予測不能で、曖昧で、混乱していて、刺激的なものは他にない」という。
「瞬間」を「フィクション」に置き換えてみれば、村上の作品を完璧に説明することができる。
彼の物語の基本構造は、互換性のない複数の世界に根を下ろした普通の人生であり、
そこは、さまざまな言語の喧騒に包まれた国際的な港湾都市である。
彼はアメリカ文化、とくにハードボイルド探偵小説とジャズに没頭して十代を過ごした。
二十代のはじめには大企業の序列に入り込む代わりに、髪を伸ばしヒゲを生やして、両親のすすめを押し切って結婚し、借金をして「ピーターキャット」というジャズクラブを東京で開いた。
掃除をして、音楽を聞いて、サンドイッチを作って、酒を注いで、
作家としての村上のキャリアの始まり方は、彼のあの作品スタイルそのものだった。
どこまでも普通の設定で始まり、どこからともなく神秘的な真実が主人公に降りかかり、その人生を根底から変えてしまう。
29歳の村上は地元の野球場の芝生でビールを飲みながら、デイヴ・ヒルトンというアメリカ人助っ人バッターが二塁打を打つのを見ていた。
平凡なヒットだったが、ボールが飛んでいくのを見て村上は天啓に打たれた。
そんな望みはそれまでなかったが、いまや圧倒的なまでだった。
そして彼は書いた。
数ヶ月のちに『風の歌を聞け』を書き上げた。
それは名もなき21歳の話し手が語る小さく凝縮された作品だったが、冒頭から村上らしさが見えていた。
アンニュイとエキゾチシズムの奇妙な混合。
わずか130ページで、その本は西洋文化をぶつ切りにして引用してみせた。
『名犬ラッシー』、『ミッキーマウス・クラブ』、『熱いトタン屋根の猫』、『カリフォルニア・ガールズ』、ベートーベン第三ピアノ交響曲、フランスの映画監督ロジェ・ヴァディム、ボブ・ディラン、マーヴィン・ゲイ、エルヴィス・プレスリー、『ピーナッツ』のウッドストック、サム・ペキンパー、ピーター・ポール&マリー。
以上はごく一部に過ぎない。
そしてその本には(少なくとも英語訳には)日本の芸術の引用がまったくない。
村上作品のこうした傾向は日本の批評家をしばしば苛立たせている。
そして一年後、ピンボール機を取り上げた次の小説を出したのち、執筆に時間のすべてを費やすため、ジャズクラブを畳んだ。
「時間のすべて」という言葉には、村上にとっては余人とは異なる意味がある。
30年を経て、彼は僧侶のように統制された生活を送っている。
すべてが作品を作り出すのを助けるように調整されている。
彼は毎日のように長距離を走り、泳ぎ、健康的な食生活を送り、夜9時には床につき、朝4時に起きる。
そして起床後5、6時間は机に向かい執筆に集中する(2時に起きることもあるという)。
「集中できないとき、人はあまり幸せではない。僕は考えるのが速くないけれど、何かに興味を持てば、それを何年も続けられる。退屈することはない。僕はヤカンのようなものだ。沸かすのに時間はかかるけれど、いつまでも熱い」
そうした日々の湯沸かしが続いていって、世界でも類まれな作品群ができあがった。
30年の歳月を経て積み重ねられたそれには人を虜にする不思議さがあり、様々なジャンル(SF、ファンタジー、リアリズム、ハードボイルド)と様々な文化(日本、アメリカ)をつなぐ位置にある穴を埋めている。
どんな作家にも、少なくともこれほど深くまでは、埋められなかった穴だ。
そして今、とりわげ激しく長い湯沸かしの結実として、もっとも長く、奇妙で、シリアスな本が上梓された。
彼は翻訳者を通して会話するのが嫌いだという。
なまりは強く、落ち着くべき箇所で動詞の活用が劇的に現れたり消えたりする。
とはいえ相互の理解に支障を来たすことはまずない。
特定の熟語("I guess" 「ではないか」、 "like that"「というような」)が、ときたまおかしな位置で使われることがある。
安全な言葉遣いから逸脱するのを楽しんでいる節が彼にはあった。
私たちは東京にある彼の事務所で席を持った。
数人のスタッフが靴を履かず他の部屋で作業をしている。
彼のキャラクターと同じように、アイロン掛けしたばかりのように見えるシャツだった(彼はアイロン掛けが好きだという)。
靴は履いていない。
彼はペンギンのある本の表紙を模したマグカップでブラックコーヒーを飲んだ。
その本とはレイモンド・チャンドラーの『ビッグスリープ』、彼の昔からのお気に入りの小説であり、今日本語訳をしている小説でもある。
話を始めながら、私はあらかじめ用意していた『1Q84』をテーブルの上に置いた。
その本は932ページあり、ほぼ30センチのその厚みは本格的な法律書を思わせるほどだ。
「大きいな」と村上は言った。
「電話帳みたいだ」
他にも料理は作りますよ。 お味噌汁と野菜炒め、チャーハン、ラーメン、みたいなものだけど。
なんでヲタ男って女に菓子食わせるシーンが好きなの?
彼氏が彼女にコーヒーいれて、優しく渡すシーンがあって素敵だな、と思ったのでやってます。
あとまぁ、嫁が幸せそうにしているので例として出した。
※基本的に一人で周りに人がいないような状況です!
こんなに気持ちいものだったのか!と実感した。
そんなことどうでもよくなるくらいのことがあったので書く。
完全自己満な、
彼女にフラれた。
彼女は、俺の何も知らなかった。
いきなりメールが来たのだ。
別れようと。
そんなメールでなんて無粋な別れ方するような、
頭の悪いヤツじゃない。
そして俺のことを愛してくれていた。
別れることになるだろうとは、夢にも思わなかった。
予約したディナーはどうする。
そういうことを考えてしまっていた。
今まで、それが悩みだった。
どうやって別れるかが。
意図せず舞い込んできてくれたのだ、チャンスが。
付き合って1年たつが、仕事のことを含め実はあるプランを立てていた。
プライベートの時間を割くということは、そのプランに邪魔だったし、
俺は四股をしていた。
身勝手なことだが正直四人も相手してられなかった。
そして、別れた彼女ではないその中の一人が、俺は本命と考えていたのだ。
他にも色々な事情があり、縁を切りたくなった。
だから悩んでいたのだ。
「本当に愛しているよ」と言った俺の言葉を、
傷つけたくなかった。
フラれたのは
そう思っていた矢先だった。
俺がフラれるということは、
俺にとって最高の構図だった。
殺したいと思った相手へ自分が手を下さずとも、相手が自殺してしまうような。
別れた理由は俺が特段わるいことしたわけでもなく、
心のすれ違いのようなものだ。俺からすれば取るに足らないことだったが。
とにかく、決定的に俺に過失があるわけでなく、
俺は被害者となりえた。
泣いたふりまでした。
俺の性格の悪さを。
俺の本当の考えを。
俺が演じ切っていたことを。
俺がうまく取り繕っていたことを。
俺が本当はそこまで愛してなかったことを。
彼女は俺のことを何もしらなかった。
彼女は本当に頭が良かった。
頭脳明晰だし、様々な方面の知識へも明るく、
それだけじゃない、
ステークホルダーとの付き合い方、やりとり、かわし方。
どれをとっても、同じ年の女性でここまでやりきれる人は見ない。
そこに惚れたんだが。
だから、洞察力も半端ではない。
付き合っていけないと察し、別れるに至ったわけだ。
俺は今までいろんな女性をだましてきただろう。
本当に愛しているわけでもない女性でないのに、虜にしてきた。
でも今回は初めて見破られたのだ
「愛している」というクセに、二人がずっといるための最善の行動をとっていないことを。
正直驚いた。
そこまで気付いてくれたかと。
何の手を下すまでもなかった。
弁解もした、真実味を出すために。
但し、深追いはしなかった。
真実には気付かないでいてくれたのだ。
今、何に興奮しているかって、
ここまでうまく物事が運ぶと思っていなかったからだ。
付き合うとか別れるとか、
今回も思ってもいないことが発端で、俺の理想的状況に達した。
彼女は手玉に取られたことにも、気付いていない。
完璧にこなした。
そして恐らく、彼女が最も傷つくのは
それをうまく隠し通せて、
どうにか、知られずにすんで。
本当に良かったと思っている。
全てがうまくいった。
http://anond.hatelabo.jp/20111124032014
風俗に行ったこともないのかと聞いたら
お金で解決しても自信につながらない、愛された結果として童貞を捨てたい、
それに風俗で童貞を捨てたということが将来恋人になった人に知られたら、
「金の力で女を屈服させる卑怯な男」と思われて軽蔑されるかもしれない、
だから、本当に愛し合う人が現れるまでは金で女の体を買うことはしない、
だそうです。
あのな、世の中の大半の男は君の半分の年齢で童貞捨ててるんだよ、今さら自信がどうこう言ってる場合じゃないの。
それに女はみんな金のためにセックスしているの。多かれ少なかれ。店であろうと結婚という形式であろうと。
男もみんなそれをわかってるから頑張ってお金稼いで美人を嫁さんにもらおうとするの。
軽蔑されるかもしれないって、35年間童貞でいるというこの時点で、
すでにそんな段階を超えているということを気づいてないのかしら??ハア・・・
満面の笑みでそう答えた。
彼はホテルに誘ってきたがまた今度ねーとか言って断った。
この人要するに
「風俗代を浮かせてちっぽけな自尊心を満たさせてほしい」だけなんだよね!!
脱童貞を期待して来るだろうが、絶対やらせないもんね★
自転車で5分のスーパー一軒とその周りの商店街を利用してますね。
スーパー行って、八百屋魚屋肉屋クリーニング屋回って1時間かからないくらいです。
コーヒー豆屋の開店が10時なので、その時間までコンビニで立ち読みして時間つぶししました。
今は38円の充填豆腐の冷奴食いながら、ブラックニッカの水割り飲んでます。
それでですね、俺元は一応金融マンでした。結構イカした金融マンだったと思います、自分で言うのもなんだけど。
ところが、ある日突然何もかもがプチーンと弾けて、俺は仕事を辞めました。まー、限界だったんだと思います。
親は俺を勘当し「二度と我が家に近寄るな。タカリに来るな」と言いました。まー、そんなもんです。しょうがないです。
そういうわけで、俺は二度と親に迷惑をかけないようこの東京でヒモ生活を始めました。そろそろ四ヶ月が経ちます。
彼女は公務員です。結構キツい仕事のようで、大分疲れた顔で帰って来ることが多いです。
大学時代から付き合い7年目。仕事を辞めた俺を受け入れてくれた、大事な宿主です。
そういうわけで、家事は全般的に俺が請け負うことになりました。まぁ、それくらいは当然ですよね。
朝起きると、まず朝食を拵えます。彼女は和食が好みなので、魚をメインに組み立てます。
まぁ、アジの開き、厚焼き玉子、ほうれん草の胡麻汚し、メシ、味噌汁、みたいなのを作ります。
彼女は6時半には家を出て行くので、その後膨大な時間が残ります。まぁ、洗濯をして掃除をして一時間半。
それから買出しその他の雑用をしてもう一時間半。まだいいとこ10時です。
この辺りで煙草を一本吸って、コーヒーを飲みます。そして本を読む。すると、2時くらいになります。
さて、この後彼女が帰るまでの数時間、俺は何をすればいいんでしょうか?
もちろん、この生活がずっと続くとは思ってません。いつかは、俺も働かなきゃいけない。
そういうわけで、FPや証アナをとってみたり、あるいは中小企業診断士の勉強をしたりと色々してみたんですが。
なんていうか、自分がもう一回組織で働くビジョンが一ミリも出て来ません。多分、働くくらいなら死ぬ、と
割と真剣に思ってるんだと思います。ところが、埋め難い退屈が同時にある。
ふと思うんですけど、専業主婦の皆さんって普段何してるんでしょうか。だって、どう考えても家事なんて、
どんなに遅いとしても午前中には終わるじゃないですか。その後数時間の空白をどうやって埋めてるんだろう?
これは人生に二度と訪れない休憩時間だ、やりたかったことをやろう、とかも思ったんです。
例えば、かつて小説家になりたくて本を読む時間が欲しかったこととかを思い出して、必死に本を読んだり
あるいは文章を書いたりしてみたんです。でも、全然やる気にならない。
じゃあ、カネになることをやればいいじゃないか。例えば、金融出身なら投資やれよ、とかそういう話なんですが。
これもまた、全く手につかない。マネー・ゲームは大好きだった筈なのに。だから金融に行った筈なのに、
全然やる気が起こらないんです。自分の状態が全然理解出来ない。家事は楽しいのに、それ以外何もできない。
一日煙草を二本吸います。コーヒーを二杯飲みます。あと、人並みにメシを食います。
それでも生活費って、年金と保険を入れても正直5万でお釣りがきちゃうんです。
この生活が永続しないことなんてわかりきってます。俺も彼女もいずれ老いる。何かを考えなきゃいけない。
なのに、全く気力が回復しないんです。「これって鬱か?」と思ったんですが、そういう症状も全くない。
これまでの半生、わりとエネルギッシュに生きて来たつもりなんです。なのに、今ここから抜け出す気力が1ミリもない。
これはどういうことなのか、自分にも全然わからない。欲望という欲望が消えてしまったみたいなんです。
身体的な症状といえば、完全な不能になったことだけが唯一の問題点なんですが。
その点も、あの若かりし頃の行き場のない欲望から開放されて、むしろ快適なくらいで。
なんなんでしょうか、この状態。甘えるな、働け、と言われたらそのとおりです。
しかし、俺は多分カネが尽きても多分働かない気がしてならない。彼女に放り出されたら、今のこの気持ちのまま
・卵黄の量を、通常の2~3倍入れてあるので、そのまま食べてもおいしい。
ただし、よく乾燥させないと腐りやすい。
調理時間:
・2~3時間
材料:
・卵黄 4個分
道具:
・底の平らな、大きめの鍋。浅いほうがやりやすい。(スプーンやナイフでこするので、丈夫なもの)
・大きめの皿(レンジに入る大きさ・金属ヘラやスプーンやナイフでこするので、丈夫なもの) x3皿
・木べら
・ポテトマッシャー
・ミキサー
・保存びん(コーヒーの空き瓶など)
・乾燥剤(空き瓶に入れておく)
☆注意:
・下ごしらえの段階から、常に換気扇を全開にしておかないと、臭いで作業ができなくなる。
下ごしらえ:
1/ 乾燥剤を空き瓶に入れておく。
3/ 卵黄を4個分用意する。
調理:
[蒸し工程]
1/ にんにくの入ったどんぶりばちに、水を50ccほど入れ、簡単なフタをして電子レンジに入れる
2/ 8分ほどレンジで蒸す
[攪拌工程]
4/ 適当に潰れたと思ったら、卵黄4個分を入れ、マッシャーで潰しながら、木べらでかき混ぜる。
5/ 鍋を火に掛け、木べらでかき混ぜながら、ダンゴになる程度まで若干水分を飛ばす。
6/ 大きめの皿に、粘土状になったにんにくを、木べらやテーブルナイフで塗りつけていく。
→厚みは5mm程度までにしないと乾きづらい。300gだと3皿程度になる。
7/ 皿を電子レンジにかけ、徐々に乾燥させていく。非常に焦げやすいので、注意深く乾燥させていく。
8/ 1皿につき、3分→2分→2分→1分→1分→1分→1分→1分 ローテーションで乾燥させる。
9/ 皿から剥がせるようになったら、もんじゃ焼き用の金属ヘラなどで皿から剥がし、裏返す。そのほうが乾燥が早くなる。
[粉砕工程]
12/ パリパリになったにんにく卵黄を、ミキサーに入れ、粉砕する。
[完成]
13/ 乾燥剤を入れた瓶に入れて完成。(この時点では水分が残っているので、乾燥剤は必須)
元のにんにく重量の半分程度、標準のコーヒー瓶に入れると半分程度になる。
これで、一人で朝晩飲んで、2~3ヶ月分になる。