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はてなキーワード: 大河ドラマとは

2023-09-30

anond:20230929094541

火炎式土器フューチャーした大河ドラマを見たい。

ごく限られた時期と地域だけに存在したその傑作。

恐らくは一名の天才が創り上げたのだろう。

しかして同時期には水紋式土器存在する。

こちらも短期で絶えている。

どのように生まれ、どのように忘れ去られたのか。

見たくはないか

2023-09-29

anond:20230929223627

大河ドラマ台湾とか満州とかやってめちゃくちゃ怒られるところは正直見たい

anond:20230929094541

古代は、衣装建築戦争さえも見た目がショボくて楽しくない。

自分なら、石原莞爾を中心に満州国建設敗戦までの大河ドラマが観たい。

anond:20230929203700

あれ? 大河ドラマってフィクションだったの? 徳川家康架空人物か。 

だけど、フィクションなのになんで時代考証なんてするんだろうな?

anond:20230929094541

直近で今まで珍しかった戦後鎌倉時代平安時代を題材にしているでしょ?

近年の大河ドラマは正に戦国幕末偏重からの脱却を測ってる訳で、

未だにこんなポストをする人はそもそも大河見た事ないしこれからも見ない層だと思う

あと飛鳥奈良はまだしも古墳時代より前は歴史学じゃなくて考古学領域だろう

そんな題材で1年50話のドラマ本気で見るつもりがあるんだろうか?多分特番ですら見ないだろう

ちなみに本当に古代史のドラマに関心がある人にはNHKの「聖徳太子」「大仏開眼」「大化改新」をオススメしておく

anond:20230929094541

セットや小道具が使い回せないから金かかるだろうに!

ハリウッド大作やNetflixみたいに金かけてセットから小道具まで全部作るなんてできないし、

大河ドラマでさえ、色々NHKで昔作ったセット使い回せしているというのが現状なんだから

結局、金がない日本映画ドラマ界ではできないんだよ。

大河ドラマ現代語を使うなおじいさん「大河ドラマ現代語を使うな」

大河ドラマ現代語を使うなおじいさんが「大河ドラマ現代語を使うな」と言えるのは○○時代まで

これってトリビアになりませんか?

anond:20230929133604

大河ドラマって、特に最近歴史考証とか史実に忠実かどうかってあまり言わなくなってない?

しろ三谷幸喜信長を書くとこうなるのか〜、みたいな、脚本家の味付けを楽しんでる人が多い...気がする

卑弥呼だって大胆に話作っちゃっていいと思うんだけどね

大河ドラマ特定時代ばかりしないでくださいよ

縄文弥生古墳飛鳥あたりで頼むよ

2023-09-25

北川景子、第2子妊娠を報告 夫・DAIGOも喜び「家族を支えていきたいと思います

おめでとうございます

大河ドラマでこないだ新キャラとして登場したばかりだけど大丈夫なのかな?

お市の方茶々姫の2役)

クラスナルト流行ってた頃、おれは家庭内チャンネル選択権が無くてウチにあった白土三平忍者漫画を読んでた。

武士はおおよそ搾取者のカス集団だし、忍者はその犬なんだなって思った。今でも割と思ってる。

戦国時代はよくフィクションの題材になってる。おれはその手のやつはほとんど見ないけど、大河ドラマとかじゃ内戦状態をまとめ上げる義務感とか、海の外からの対外侵略への憂慮とか、上に立つ者の苦悩とか、政治劇とか、時代を問わぬ普遍的メロドラマとか、取り沙汰されるテーマはそういう感じだと思う。

そういう世の中を引っ張っていくようなカッコイイ一面だってあったのかもしれないし、エンタメとして別に全然それで良いと思う。今の価値観過去断罪するのは云々みたいな話もまあそうかなって思う。

それはそれとして、武士道だのなんだの言ってるけど結局封建社会に胡座をかいてる人殺し集団として描かれる作品ももっとあっていいと思う。

別に日本に限った話じゃないけど、今も労働者が大多数であるように中世だって大半が農民だったのだろうし。いわゆるニホンブンカ的なもの武士や町民から発するものが多かったかもしれないけど、人口比で言えばそういう人らって一握りだったんだろうし。

おれの目に入らないだけでそういう作品も沢山あるのかもしれんけど。

前に見た『いちげき』とかはちょっとそれっぽかったかもしれない。今度やるたけしの『首』もそんな感じらしいので楽しみ。

庶民フォーカスするかどうかは知らんけど、刀に物言わせた支配者として描かれる武士戦国時代アウトレイジ。美化される事のない武士の乾いた暴力を早く見たいぜ。

2023-09-21

なぜ渋沢栄一はいまいち人気が出ないの?

紙幣に選ばれて露出が増えて大河ドラマにもなったのにいまいち人気がない。

というか、未だに存在感がない。

なにをした人なのか伝わっていない。

いったいなぜ?

2023-09-17

今の大河ドラマ

すごいね。すごくつまらん。ここまでつまらんのすごいね

2023-09-15

anond:20230915113520

それ言いだすと大河ドラマ見た人、紅白見た人、全員アウトみたいな話にならない?

2023-09-13

実写版ジャニーズ作風

昔は「『大河ドラマ ジャニーズ』が見たい」とふざけてキャッキャしていたが、もうジャニーズ全体を映像化した時の作風がわかんないな

大奥の枠が1番近いのかな

SMAP騒動の時はフィンチャー監督作風だねなどと笑っていたのが懐かしい

toraba 2023/09/14 昔は「『大河ドラマ ジャニーズ』が見たい」とふざけてキャッキャしていた..

キャッキャしていたのはスポーツ紙とか週刊誌に踊らされていたから?『SMAP解散の報道気持ち悪さ』https://anond.hatelabo.jp/ 20160814193625

その引用されてる内容込みでキャッキャしてましたよ

2023-09-12

anond:20230912130948

どーせ今年の紅白やら大河ドラマ次回作ジャニ混ぜしてるだろうし、意味なんかねーんだけどな

2023-09-10

『橋からの眺め』@東京芸術劇場プレイハウス

を観てきた。

主演の伊藤英明ビジュアルと、数年前の大河ドラマ麒麟がくる』における伊藤氏の役どころが素晴らしかったため、今回もそれを期待して行ったわけである

あらすじは公式ホームページにあるが、

https://stage.parco.jp/program/aviewfromthebridge

ステレオタイプジェンダーロールに拘泥し家長として振る舞うエディ(伊藤氏)とその妻ビー(坂井真紀)、妻の姉の娘でエディが愛してやまず、成長してなお家に縛り付けられているキャサリン福地桃子)、そして妻の従兄弟でありイタリアから不法移民としてやってくる兄弟マルコ和田正人)とロドルフォ(松島庄汰)の物語である

で、何が書きたいかというと、よくわからない観劇体験をしてしまったという話。

 

なぜなら、伊藤英明徹頭徹尾棒読みからだ。

 

冒頭は、狂言回し弁護士高橋克己)の澱みないモノローグで始まる。その後幕が開き、幸福な頃の一家の姿が描写されるが、伊藤氏が口を開いた瞬間に強い違和感が襲ってくる。

棒読みだ。

言葉の一つ一つが、『セリフ』として意味を持たず流れ落ちていく。

キャサリン帰宅した叔父の胸に飛び込み、絡みつくように抱き合う。不穏さを感じさせる、目に焼きつくほど無邪気な愛の光景と共に、低音で棒読みセリフが流れ落ちていく。

劇が進行し、過保護に育てられ男を知らないキャサリンは、初めて目の前に現れた若い移民独身男性・ロドルフォに一目で恋に落ちる。エディはロドルフォが『カマ野郎』(ママ。70年も昔の戯曲なのだである言いがかりをつけ、そんな男に姪が奪われてなるものかと旧知の弁護士の元へ駆け込んだ。「法にできることはない」と窘める弁護士に激昂した口調で激しく詰め寄る。激昂した口調で激しく詰め寄っているのにも関わらず、セリフは相変わらず流れていく。会話が成立していないのだ。

高橋克己演じる弁護士は、本能的かつインモラル嫉妬に駆られた男を前にした常識人というより、意味を持たない言葉の奔流の前に、言語限界を知って戸惑い立ち尽くすインテリといった様相を呈してくる。

ビーを演じる坂井真紀氏は、妻として夫に寄り添い、あるいは向き合う姿そのままに、崩れがちな家庭の場面を立て直そうとしていたが、やはり圧倒的に流れていく主演のセリフ量の前には勝てない。

ドルフォとキャサリンとの会話は慣れてくれば違和感がなかったが、おそらく物語構造上、その若き二人は、そもそも一人の人間として彼に見られていないためだ。だから会話が成立しなくても大丈夫なのだ

しかし今度はそのせいで、二人がエディに向ける愛や憎悪困惑に一切の重みがなくなってくる。あの純粋に不可解な言語の羅列に対し、何を真っ当に苦悩しているのだ、という感じがしてくる。

そしてその異様な不協和音を抱えたまま、劇は終盤の悲劇なだれ込んでいく。

  

失礼なことばかり書いてしまったが、伊藤英明氏はおそらく演技が下手なわけではないと思う。「演技の適性がピーキーすぎる」だけだ。正直動きだけで言えば他の役者の方が怪しいところもなくはなく、伊藤氏がそれをカバーしていたところもあった。

エディのくたびれた労働者の姿態、日常的に男らしさを意識しつけた一挙手一投足、戯れにロドルフォにボクシングを仕掛ける時の軽やかで悪意を秘めた動きと笑い、嫉妬を滾らせて部屋の隅に沈み込んでいる姿の不気味さ。舞台映えしないとは決して言わせない長身も相まって、エディという男そのものを見事に、しかも色気と悲哀を横溢させて表している。

ただひとたびセリフを発すると、演劇空間位相が容赦無くズレ出してしまう。

 

パンフレットを買えなかった(持ち帰る袋がなかった)ので薄い理解ではあるが、アーサー・ミラー脚本は、シンプルに受け止めれば、移民への差別意識問題女性の自立・連帯問題からみつけつつ、家父長としての姿にこだわる男の自尊心と、その体面の下に押さえつけられた欲望を鋭く抉り出したものだろう。

ただそんな真っ当な狙いを外れて、主演のセリフの大半が機能しない状況で、この舞台は圧倒的な不条理劇として立ち上がってくる。冒頭の弁護士モノローグで、ギリシア悲劇的な『条理』は示されているにもかかわらずである

繰り返されるエディの「尊重されたい」という言葉は発されるそばから空疎になり、なんの意味も持たずに空を彷徨う。圧倒的な空疎に対して周囲は嘆き、怒り、困惑し、愛を語り、そして悲劇を止められないことをなぜか勝手に悟る。

そしてその空を彷徨うような言葉で表される自尊心に怒りを掻き立てられ、エディはあまりにも無意味で不可解な死へと突っ込んでいくのである伊藤氏の怒りの演技は見応えのあるものであるが故に、その怒りの根源が空虚しかないという不条理はいや増していく。

そして唐突に死んだエディを、役者たちは無表情で見下ろす。我々の中に紛れ込んでいた全くの異分子がやっと去った、という解放感さえ浮かべて。

 

それはとりもなおさず、エディが脚本上囚われていたすべてのものの虚しさを示す、メタ的かつ正確な表現に他ならない。

あるいは、棒読みの彼こそがリアル人間であり、周りの役者たちを「芝居がかった偽物たち」と捉えることさえできる。

人間感情言葉で表すことなど到底無意味であり、根底にあるのは超言語的な(本能的な)愛と嫉妬憎悪だけだ。それでも周囲の「芝居がかった偽物たち」とエディは、無意味空疎言葉コミュニケーションする他ない。そして彼は己のものでない空虚言葉で己を取り繕い、縛り、孤立し、ついには偽物たちに殺されてしまう。

この姿が、あらゆるイズムに囲まれ現代人の戯画でなくてなんだろう。

 

まりこの劇を伊藤英明の演技が不条理劇に昇華することによって、今回の舞台は一応の成立を見ているのである

 

幕が降りた後、私はい観劇体験をしたのかどうか一考した。期待していたものではなかった。しかし無ではない。あのエディは間違いなく、ただ達者な役者が演じるよりはるかに深みのある造型をしていた。よくわからない観劇体験だったが、今私にこれほどの長文を書かせるほどの体験ではあった。

それが演出家の狙いだったかはわからないが。

2023-09-05

「飯」のつく名字地名が難しい

飯豊 いいで

飯富 おぶ

飯尾 いのお

飯富と飯尾は信長の野望もしくは大河ドラマでおなじみだね。

飯豊は「いいとよ」、飯尾は「いいお」のパターンもあるらしいので複雑だ。

ついでに「豊」を使った地名も難しい。

飯豊 いいで

岡豊 おこう

豊島 てしま

岡豊もまた信長の野望でおなじみだ。

豊島は君たち東京人が住んでるかもしくは近所の「としま」もあるね。

anond:20230905065828

そうだよ。普通百姓職人なんかにお見合いなんて関係なかったよ。 

渋沢栄一大河ドラマを見てても、彼らのようなそこそこの身分農民たちでも身近な幼馴染たちと結婚してるもんね。

渋沢栄一プロポーズしたシーン、良かったね。

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