はてなキーワード: ニワトリとは
そんな会社だから今まで女が居着かなくて一人もいなかったのかもしれないけどな。
だいたい、「セクハラ」が流行語みたいになって、厚労省がガイドライン作ったり連合が春闘で要求したりして
大手が軒並みセクハラ禁止規定みたいの就業規則やら服務規定やらに盛り込み始めたの、いったい何年前の話だと思ってんだ。
今どきマトモな会社なら、女がいようがいまいが元増田の会社みたいのはありえんだろ。
労基法ロクに守らんどころか守るフリもしないようなブラック企業のことは知らんけど。
つーか、PGを中途で未経験のヤツ取るって時点で発想がブラック臭いな。
頭数揃えば何でもいい的な。
http://news4vip.livedoor.biz/archives/51819278.html
萌えるもの。濡れたスイカに映った幼女。呼んだら来るスズメの雛。2,3歳の幼女が
走って来る途中に地面のゴミを見つけて、ちっちゃいおててで「はいっ」と見せるのモエス。
おかっぱの前髪をかき上げないで、首を斜めにして向こうを見ようとしてるのもアホカワイイ。
ちっちゃいお坊ちゃんがスーツ着せられて歩いたり、幼女が遊んでいる打ちに腕の中で
くーくー寝るのもスゲェ萌える。しがみついてんだぜコンチクショー。
まぁ、ままごとの道具や水草の葉っぱとか、小さいものはみんなかわいいといえるな。
二歳くらいの子供が服の裾を引きずって部屋から出てくるのはタマラン。袖が長すぎて
指先だけちょっと出ているってのもピンポイント萌え。10歳前後の男の子が、
学校の授業で教科書読んでるのもけっこう萌えるシチュエーションだな。
お前はニワトリのことをかわいそうな生き物だと思ってるんだろう。
「赤ちゃんかわいそうですぅ! ピヨピヨとすら鳴けないんですよ~」とでも思ってるんだろう。
何を勘違いしているんだ。やつらはそんな可愛らしいものじゃない。
実際に成鳥となったニワトリの目を見てみろ。冷たい目だ。飼い主を飼い主とも思わぬ猛禽の目だ。
死ぬ前に気絶・・・なんて生易しいことはしない。見つけ次第狩られるんだ。
大人も子供も関係ない。生きながら喰われるんだ。
そんな生活を俺らの祖先は生き延び続けた。
恐竜はその間、2億年もの間俺らを蹂躙し続けた。
2億年だ!
決して油断するなよ!
でもあれって元は鳥なんだよな…?
そんな疑問がわいたので調べてみたよ-
(以下、閲覧注意)
そもそも一年間に何羽殺されるんだと思う??
それを業者が養鶏場に届ける。かごにつめて、トラックに乗せて。
次に業者が来るのは1ヶ月後。回収の日だ。それまでがニワトリの命。
ほぼ一生を養鶏場で終えるわけ。
狭いかごの中で。
ギュウギュウにつめこまれて。
運動すらできず。
大地も草も風も知らずに死ぬ。
できるだけ早く、安くニワトリを太らせたいからエサには残骸が加えられる。
何の残骸かって?
つまり、共食い。
なんて効率的!
きつね、スカンク、犬…
もちろん人間も
飛べない理由を知りたい?
胸がふくらみすぎじゃったからさ。
人間が大きな個体を掛け合わせて、効率的に肉の量を増やしたからなんだって。
中には胸がふくらみすぎて歩けないニワトリもいるんだとか。
自分の体重を支えられないから、脚が曲がっちゃって、むくむんだって。
死ぬまで脚が痛いんだって。
どうやって殺されるか知ってる?
作業員が足をつかんで逆さにして鎖で足を吊るして。
そして鋭い回転刃によって喉をかききる。ほぼ全てが死ぬ。
もし電気風呂で気絶しなかったニワトリがいたら、地獄のような仕打ちだろうね。
喉をかききられたあとはまた熱湯。ここで羽が取り除かれる。
…というのはまだマシなコースで
そんな日は作業員も鎖にくくりつけるまで手が回んなくて…
ニワトリを壁にぶん投げる。踏みつける。
そうして気絶させる。
「だって、手が回んないんだもの」
こうして出来上がったチキンナゲットが最寄りのマクドナルドに届くって仕組みさ。
日本じゃどうかは知んないよ
ちょっとはマシなのかもしんない。
ユッケ以来、安すぎるものを疑っている。
ロッテリアもモスバーガーもファミマも和民も安くておいしいよね。
でもその裏側は…?
ハッピーセットだの、憧れの外食産業だの、藤田田物語だのでマクドナルドの魔法にかかってたけど、
一回冷静になって考えてみてもいいかも。
昭和43(1968)年生まれ。
選挙権を得て以来、他の公約なども鑑みて、とりあえず支持政党は共産党一択
投票したことはありません。昔「戦争反対、九条改正反対でも、いざ有事の際には
自分も徴兵されるんだろうな。…なんか納得いかねぇ」と思っていた。
ところが戦争よりも先に、日本が滅びるかもしれない事態がやってきた。
自分の年齢の半分以下、まだ選挙権すらないような子供たちのことを考えると。
人生で一度でも自民党に投票した人間が、東京電力の不手際をなじる資格などないように思うんだが。
「原発なしに今の電力供給はありえない」とかもさぁ。ニワトリ卵なんだよ。
必要とさせるためにオール電化を導入して「クリーンなエネルギーで生活するためにも
それでも、自国民の(自分は支持していない)指導層がやらかしたとして、その不利益を被ることは仕方ない。
こんなことになる前に、日本に見切りをつけて海外に生活拠点を移すことだってできたはずなのに、
そうはしなかったのだから(日本国籍所持者です。帰化したわけでもありません。念のため)。
ただ、日本の若い人や、諸外国の方々には詫びても足りない失策を犯してしまった。自分たちの世代は。
本当に、かつて戦争に突入した時の「民度」も、こんなんだったんだろうなーと思う。
要は募金くらいしかできないわけで(共産党を支持するような労働者なんで、所得はたかがしれてる)。
オトナのみなさんは、自分も責任の一端をになっているこの事態に、何をなさっていらっしゃいますか?
デモ行進して「原発建設」が取りやめになったという例を寡聞にして知らず。
原発予定地を買い占められるような金持ちだったら阻止できたとか?
ほんと、どうすりゃよかったんだろうねー。
http://www.yomiuri.co.jp/election/local/news/20110313-OYT1T00109.htm?from=navr
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2011031301000573.html
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110313-OYT1T00520.htm
http://www.nikkeibp.co.jp/article/news/20110313/263470/?top_f2
http://news.tv-asahi.co.jp/news/web/html/210313041.html
http://www.daily.co.jp/newsflash/2011/03/13/0003864618.shtml
これより前になにかあったような気がするが覚えているのはなぜか女性を追いかけていて そのうちに石造りのエレベーターに入り、勝手に上に上がりはじめた。 少し時間が経ち、エレベーターの壁から長い棒が何本も飛び出してきて飛び跳ねたり、屈んだりして当たらないように しているうちにエレベーターが広くなってゆきそれに合わせて乗っている人も30人くらいに増えた。 人が増えると長い棒が飛び出してくることはなくなったがエレベーターは狭くなった。 乗っている人の誰かが「フライドチキン」「フライドチキン」「フライドチキン」と連呼していると エレベーターの天井から生きているニワトリがベルトコンベアーに乗っているかのように何十、何百羽とドサドサ降ってきた。 ニワトリが頭の上に積もるように降り始めてかなりの時間が経ったとき上の方から熱した油の臭いしてきた。 ギアが切り替わるときのようなゴトンゴトン音がしてエレベーターの籠が傾きはじめ油に向かって みんなは落ち始めるが自分は籠と油の入ってる鍋のすき間に落ちた。 落ちるとそこは下水道の地下水路のようになっていて座り込んでいる一人の老婆が「あんたも落ちたのかね?」と喋りかけてきたが 無視しているとはじめに追いかけていた女性も落ちてきた。女性がまた走り出したので追いかけはじめると目が覚めた。
んー、それはニワトリタマゴ論であってどちらとも言えないのでは。
現在の日本において、女性総合職として一端に稼ぐのは難しいことってわけではないし
我が職場にも俺より稼ぐ女性が複数いるよ。もちろん、独身という方もいるけれど、「家事はダンナ」という方もいる。
それは夫婦の間で取り決めるべき家庭のことであって、男が女が、という話ではないのではないですかね?
そうしたいならそうすればいいし、パートナーとその旨話し合って決めるべきであって、
もっと言えば、それが出来るパートナーと結婚すべきであって、それが出来ないってのは「馬鹿じゃないかおまえ?」って
話としか、俺には思えない。なんか物凄い強制力とかに結婚させられたんですかね、その女性は。
一家を支えるだけ稼いで家事もやる、大変スゴいことだと思いますがね。
はっきり言って、効率悪いですよ。俺と同じだけ稼いで、かつ家事もやれる女性はそりゃスーパーマンの部類だと思う。分身の術は確実に使える。
っていうか、子ども死ぬんじゃね?と思う。早くて10時、週の半分は帰宅出来ず、現在も出張先のホテルから増田。
多分、今のご時勢30歳で950の手取りってのはこういうこと。これで子どもを「真っ当に」育てるのはおそらくムリ。
まぁ、年収300だろうが200だろうが、子どもが死ななければ育ったとカウントするなら、それはそれでアリだと思うけどね。
んで、まぁよーするに。
九割くらいの男性は女性より稼いでいる。その状況の中、保育園やらなんやらに来る人が女性多数ってのはむしろ当たり前。
「女性は子どもに時間が取られる分働けない」っていうのは、「結婚」っていう契約を結ぶときに
きっちりとその辺りを詰めない本人が、救いの無い馬鹿ってだけですよね。大人なんですから、契約はちゃんと条件を詰めましょう。
少なくとも「いずれ故郷に帰って両親と同居しながら農家を継ぐつもり。嫁にはもちろん子供を産んでもらい、家庭に入ってもらう予定。ゆくゆくは親の介護と墓守もやってもらう予定」という男性にとっては「いずれ故郷に帰って」の部分で軋轢を生まずに済むのは大きなアドバンテージだと思うけどね、地元での嫁取りは。
都会出身の嫁なんて、ともすれば「いずれ故郷に」の時点で離婚騒ぎになるんですが。
「いずれ(r」と思ってる男が都会で女探しするのは、トサカが目立つからって理由でニワトリのオスを買って「何でコイツはニワトリのくせに卵を産まないんだ! 欠陥品だ!」と憤るぐらい見当違いの行為。
ttp://d.hatena.ne.jp/mmpolo/20100222/1266764649
あるとき、加藤周一さんから直接教えられたことがある。
江戸屋敷には設計図が無い。西洋の人が江戸屋敷を見学すると、その建築構造の複雑さに、これをどうやって設計したのか、大概の人が驚嘆するそうだ。回答は、日本の建物は部分から始める。まず第一に、床柱をどうするのか。つぎに床柱に見合う床板を探す。そして、天井板。その部屋が完成してはじめて、隣の部屋のことを考える。その後、”建て増し”を繰り返し全体が出来上がる。これとは真逆に、西洋ではまず全体を考える。教会がいい例だ。ほぼ例外なく、天空から見ると十字架になっている。で、真正面から見ると左右対称。その後、部分に及び祭壇や懺悔室の場所や装飾などを考える。
目から鱗が落ちた。長年連れ添った宮崎駿について本能で思っていたことが理解できた。彼の映画「ハウルの動く城」を思い出して欲しい。「鈴木さん、これ、お城に見える?」。そういわれた日のことを印象深く憶えている。宮崎駿は、まず、大砲を描き始めた。これが、生き物の大きな目に見えた。つぎに、西洋風の小屋とかバルコニーを、さらに大きな口めいたモノを、あげくは舌まで付け加えた。そして、最後に悩んだ。足をどうするのか。足軽の足か、ニワトリか。ぼくは「ニワトリがいい」と答えた。
これが、宮崎駿が西洋で喝采を浴びる原因だ。西洋人には何が何だか訳が分からない。理解不能のデザインなのだ。だから、現地での反応も、豊かなイマジネーションだ、まるでピカソの再来だ、になる。
ttp://2log.blog9.fc2.com/blog-entry-1940.html
150 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/16(土) 03:57:24.29 ID:bUoBmz9T0
商社に勤務してるが、中国担当のときに、スーパーや居酒屋、冷凍食品業におろす
「ウナギの蒲焼」「焼き鳥」「エビクリームコロッケ」などなどを工場から輸入してた。 中国のウナギは、目無し肌色で、大きなミミズのようだった。それを人糞や鳥や犬を
解体したときに出る臓物を与えてで養殖していた。 焼き鳥はいちおうニワトリだが、羽が少ししかなく、どうみても奇形で、増産が間に合
わないときは串に刺すときに間に別の肉を入れていた。何の肉かは知らないほうが
いいと言われた。どうやら犬らしいが・・。 エビクリームはエビも もちろん入ってるが、そこに、粘着性のあるノリのようなもの
を混ぜて食感を損なわないようにするのだが、それは、田んぼの大きなヒルのような
ものをミキサーで砕いたものらしい。工場長はエビだと言い張ってたが・・・・。 その他もっとすごいものがある。大手居酒屋チェーンやファミレスに卸す食材こそ
凄いものが多い。 輸入している側は、あえて知らないフリをしなくちゃいけない。
日本の食品安全衛生法も輸入に関しては農薬以外は大甘! 我が家では、そこそこ高くても国内産のものしか食べない。つうか食べれない。 これを公表したら日本中の食卓がパニックになる 158 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/16(土) 04:01:26.83 ID:yBcg7yx80
»150
本当にやってそうで困る、、
アメリカでなんかの魚の偽装でフグ入れて毒被害が出たのもあるし 風邪薬の件だって「中国は安全を厳しく守る国だから悪くない」
とかいってたシナ
研究者には社会性のない人が多いという話はよく聞きます。自分が大学にいた4年間をみてみると、研究の深いとこまでは何してるかわかんないのですが、しっかりしている人もいたし、そうでない人もいました。それは、約束や時間を守る、人と親しくする、挨拶をする、気を配る、自分が間違っていた時には謝るなんてことなど一般的なことです。中には、そういったことのできない(だけなら、まだいいですが・・・)社会性というか社会人として人としてどうなの???とう人も見たり聞いたりしました。例えば、学生を道具のように扱っている、お茶を入れてもありがとうの一言もない、研究しかしない、人と接しない、他人を侮辱する人間性を否定するようなことをを簡単に言ったり、etc.
それって何でだったんだろう?と今日は考えてみました。
恐らくいろんなタイプの人がいる、社会性に関しても、ある人、ない人、出来るけどやってない人、そういった人が、どうやって出来てくるのか?ということを考えてみました。
研究して業績があって、会議や最低限の講義をこなせばどうにかなってしまう(実力主義なこの部分は、個人的に好感がもてます)。周囲にも、社交的でなくて大丈夫な人が多いので許されちゃったり、本人も学ぶ気がない。
「僕って、理系なんで社会性なくって、イヤ~、人と違うからまいっちゃうなww」みたいなナルシズムがあるタイプ。(これは私がオタリーマンを読んだ時に、この種のナルシズムをプンプン感じて、作者の鼻の穴が開いてる映像が浮かびました。あ これ完全にオタリーマンの感想です。)
これが一番に思いついたこと。昔から勉強ができるタイプの友人には、3種類の人がいた。
1.知的探求心、処理能力が高く、勉強が好き(正に研究者向きの性格という感じですかね)
2.ちっちゃい頃はそんなに勉強しなくてスポーツや遊びに夢中で、塾や高校に行きだしてからポテンシャルの高さを発揮する。
3.人付き合いやスポーツは苦手。勉強でなら勝負できる、勉強面でしかやることを見出せない。また、勉強しなければいけないという思い込みが強い。
1.と2.は持ち前の処理能力の高さが目立つ人たち。
3.のタイプの人って結構な割合を占めていると思うんですよ。たまに、3.のタイプは、成績いいけどそんな頭良くないよねなんていわれることがあるが、私はそうは思いません。そのタイプでも、本当に頭がいい人はいます。
ただし、3.のタイプの人の社会性を問われると、根底にある(んではないかと私は思う)劣等感・嫌悪感や、思春期や青年期の複雑でやや乱暴な世代の中で人付き合いを学ぶ機会を拒否してしまったりで、コミュニケーション技術を育てず、結果的に社会性がなくなってしまうのではないかと思うんです。
(3.になれないタイプ、どこかで勝負できる場所を見つけたいけど、勉強やっても無理だったって場合には、別の場所を見つけることにはなるんだろうけど・・・うーんって感じ。)
3.の場合、他のレパートリーがないから、勉強に特化して掘り下げることが出来たんだろうし、そのレパートリーの無さが、研究能力を高め、その人を生かしているとも言えなくはないと思う。成長過程で何かしらの傷をおって、人から離れ、それでもそれが本人を生かしているとしたら、その混沌さがまた、人間らしくも思えて、昔理解できなかった大学研究職の方々とも少しは歩み寄れそうな気がしました。
(外資系と言っても最近、日本に進出したばかりの会社です。Gではありません、悪しからず。)
そういえば、最近のネットの情報をそんなに追ってないなあ、と思って、だらだら過去のはてブの人気エントリーを眺めた。あまりさかのぼっても、止め時がなくなると思って適当に10月初めくらいで終了。まるで水の泡のように、情報が浮かんでは消え、浮かんでは消えしている。そういえば、ハルヒのバニーガール問題っていうのもあったな??、とか。北米サイトが無事開設されて何より。
「情報の消費速度が速くなった」というのは、それを助長しているマスコミが(他人事のように)話題に上げる問題だが、ものすごい速度で消費される情報とそれを消費するブックマーカーたち(と他人事のように書いているが、それを読んでいる私も含む)は、瞬間瞬間でしか生きていないニワトリを連想させる。
なんというか、もう少し、「人間のライフサイクルを前提にした情報消費のスタイルの提案」のようなものがあってもいいのではないかと思わないでもないなというか。大体、PCは、人間が欲望のおもむくままに没頭・没入出来てしまうようなつくりになっていると思う。その結果、生活を破壊してしまう場合もあるわけで。まあ、「自由」を美徳としているような(ヒッピー文化-ハッカー文化的な文脈上での(?))思想的背景とかがあるのかもしれないけど。テレビゲームはその壁にぶつかった結果、「新しい生活スタイルの提案」のような任天堂のような答えを出したところもあったが。スローライフ・スローフード(違う)。
なんだか、昔、西部邁が比喩的表現として、「情報の微分化と情報の積分化」みたいな事を書いていたようなことを思い出した(ふと、日本の左翼は、情報の積分(=歴史的経緯)という視点が抜けているからダメなのかもなとか思ったが)。インターネットサービスとして考えると、「はてなブックマークは、情報を微分化して、今一番話題になっている情報を割り出して、トレンド情報をユーザーに提供する」といった感じか。また、「Wikipediaは、情報を整理して積分化し、言葉の定義をユーザーに提供する」といえるかもしれない。
いや、もう、ネット上では、頭の良い人が数え切れないほど議論した話だと思うし、「要はフローメディアとストックメディアだろう?」みたいなツッコミがきそうだが、まあ、そうなんだけれども、そこで思うのは、はてブは近視眼的で、Wikipediaは基本情報しか載っていない、というか、両者の距離が離れすぎであるという問題がまだ解決していない訳で、それに関して面白い意見の一つでも言えればなあ、と思う。
まず、「なぜ、それが問題なのか?」という意見もあるかもしれないが、要は、「もう少し楽に文脈(空気)を読めるようにならないか?」ということだと個人的にはとらえている。ある事柄の最新記事だけみても、その記事が出てきた背景を探るのがめんどくさい。どういう経緯があって、どういう文脈上から、この記事が出てきたのか?なぜこれだけ話題になっているのか?その辺が楽に分かれば、整理されていない膨大な過去ログを読めとも言われないし、空気を読む力も上がるし、スルー力もつくwのではないかというお話だ。
で、解決していない以上、少しは、面白い意見が言えるかもしれないと思うので、つれづれなるままに書いていこう。解決方法のアプローチとしては、ざっくり言うと、「人間を重視して解決する」か、「機械を重視して解決する」か、があると思う。
人間を重視して解決する方法。
前述の「情報消費のスタイルの提案」とかかわってくるけれど、個人ニュースサイトにしても、ほとんど日刊だったりするけれど、例えば、「今週を振り返ってみる」みたいな「週刊誌」的なアプローチもあっていいと思う。今週のネットの流れをサイト主の解説を交えながら振り返るみたいな感じで。
機械を重視して解決する方法においても、「週刊誌」的なアプローチを取ると、ITメディアの「Weekly Access Top10」のような記事をブクマ数で展開し、ユーザーがコメント出来るようにしても良いかもしれない。
もう一つ。はてなブックマークのストックメディアとしての面を強化するという手もあると思う。はてブでも、例えば、タグで検索すれば、過去の関連記事を見ることが出来る訳だが、(当たり前だが)文脈的には整理されていない。まあ、単純に考えると、「新着」順で見ていくという手もあるだろうけれど、意外と整理されていない。それでは、それをユーザーの手で整理できるようにしてみたらどうだろう?という考えが浮かんでくる。
個人的に最近、「FreeMind」に凝っているのだけれども、ああいう使い心地のアプリをユーザーが共有できるようにして、ソーシャルマインドマップ的に記事をユーザー達の手で整理できると面白いような気がする(実現可能かは分からないけれど)。例えば、YouTubeのマインドマップを見ると、中心から、音楽とか、スーパープレイとかの木がニョキニョキと生えている。同じ階層の動画自体は時系列で並んでおり、ある動画にはさらに深い階層がある。よって、例えば、ある動画がどのような系譜でパロディ化されたのかなどが分かる。つまり、文脈が分かる。ネットからしばらく離れていても、ある日突然、ある事柄に興味を持っても、(文脈上の)過去記事をたどれる訳だ。(と、簡単に考えてしまうのは私の悪い癖かも知れないが)
でも、そういうツールが欲しいのは本当だ。ある記事だけ抜き出しても、要は、静止画のようなもので、文脈が分からなければ、その記事を単体でしかとらえることが出来ない。現状、関連知識のない人間がある情報を文脈をふまえた「動画の一部」としてとらえるには、関連情報を聞き出したり、検索したりして、いくつかの断片的情報から文脈を推測していくしかない。しかし、それは面倒なのも確かである。少なくとも、工学的なアプローチによって、「もう少し楽に今現在の文脈(空気)を読めるようにする」ことは可能だろうと思うのだが。
設備はしっかりしていて、清潔。料金も2500円程度と、安い。
ビルの数階を借りきって運営しているようで、まずフロントのある階で料金を前払い。
靴はその場で靴箱に入れて、あとは各階を靴をはかないままエレベーターで移動できる。
おそらくネットカフェ難民層あたりをターゲットにしているのではないだろうか。
寝室階の廊下。寝台列車のように、両サイドに2段ベッド的な部屋が並ぶ。
廊下にはこれ見よがしに監視カメラがたくさん。おそらく盗難対策。
私の部屋は2段の、上側。
立ちあがれない程度のスペースに、ベッド(部屋)の下側からもぐりこむ。
私が泊まったところは厳密に言うとカプセルホテルとちょっと違うらしく、部屋への入口にはロールカーテンしか仕切りがない。
なので周りからのいびきがひどかった。
翌朝、大浴場に行ってみる。
貴重品を預けようとフロントに行くと、「ここでは預かれないのでそちらのロッカーをご利用ください。無料です。」と指示される。
タッチパネル付きで、最初に暗証番号を決めると番号付きのレシートが出て、ロックされる。
確かに万全だ。だが同時に、「ここの経営者は従業員でさえ信用してないのではないか」とも思った。
そして風呂上がりには缶ジュース・軽食・ビン牛乳・アイスの自販機が。
良くも悪くもいい勉強になった。
その踏み切りは山の入り口にあって、その線路を越えると生い茂る木々の間を進む坂道に道は繋がっていた。辺りに家や建物は見当たらなく、人気のない細い道を進んだ末に、山と裾野をとを分断するようにして無機質に佇んでいた。
一体何の理由があってここまで来なくてはならなかったのか、廃線と紛う線路を目にした瞬間に忘れてしまったのだけれど、私はその踏切の真ん中に一頭の羊を見つけていた。
羊は、例えば山羊とか鹿みたいにほっそりしていたり、大きく悪魔的に曲がった角を持っていたわけではなく、もこもことした乳白色の毛並みや、じっと私の顔を凝視しつつも咀嚼することを止めない泰然たる様にしてみてもまさしく羊そのものであって、いやいや待てよ、どうして東北の人気もなければ人家もなく、ましてや畜舎があるわけでもない山間に羊なんぞがいるのだ、という疑問すら吹き飛ばしてしまうほどに、間違いなく羊そのものであった。
私はしばらくの間羊と睨み合っていたのだと思う。最中、辺りには誰こなかったし、風ひとつ吹きはしなかった。ただもぐもぐと続く咀嚼と、固まったままの私の眼球とが対峙しているだけだった。
やがて、つうっと羊が前を向いた。そして、そのまま線路を歩き出す。足取りは思いのほかしっかりしていて、とてもこの地に馴染んでいるように見えた。そんなことはありえないと思うのだけれど、どうやら羊はこの辺りに長らく住んでいるようだった。
私は麓の高校に通っているけれど、三階の窓からいつでも見ることのできるこの山間に羊が住み着いているだなんて話は一度も聞いたことがなかった。おそらく、噂にすらなっていないのだろう。羊は誰にも知られることなく、それでいて確かにこの地に根を下ろしているようだった。
呆然と歩き始めた羊を見つめていた私を、ふいに立ち止まったもこもことした乳白色の塊は振り返る。じいっと見つめられる眼差しには何かしらの意図が含まれているような気がしたけれども、生憎私は気が狂うほどに動物が好きと言う訳でも、羊の言葉が分かる隠し能力を持っているわけでもなかったので、一体全体羊がなにを思って、どうして私に伝えようとしているのかが分からなかった。
けれども、何となくだけれど、ついていけばいいような気はした。きゅぴんと電撃が迸るようにして脳内に言葉が、煌々とネオンを灯し始めたのだ。
羊は、私をどこかに導こうとしている。
予兆めいた直感は、けれど一度頭の中で腰を吸えると、俄然とそれらしい輝きを放つようになり、他の候補、例えば羊がさっさと私に消えて欲しいと思っているとか、私にでんぐり返しをして欲しいと思っているなどということをことごとく眩ましてしまった。
ごくりと生唾を飲み込んでから、私は一歩その場から踏み出してみる。踏み切りの真ん中で進路を羊の方へと定めて、ショルダーバッグの帯をぎゅっと握り締めた。
様子をじっくりと観察していた羊は、私が背後に立ち止まったことを確認すると再び歩き出した。ざくざくと、石を刻む音が再開する。一度大きく息を吸い込んでから前を向いた私は、意を決して足音を重ねることにした。
羊はもそもそと、遅くもなく早くもない歩調でずんずん線路を進んでいった。まるで、私の歩調に合わせているみたいだった。どれだけ歩いても羊との距離は縮まらず、また決定的に離れることもなかった。
沈黙以上に冷たく張り詰めた静寂が線路の上を覆っていた。そこで許されている音は足音だけで、ぎりぎり呼吸をする音が認められているぐらいだった。呼び起こされたへんてこな緊張感に、私はいつの間にか歩くという行為だけに没頭せざるを余儀なくされていた。
ざくざくと石を刻みながら、私は段々とどうしてこの線路の前にやって来たのかを思い出し始めていた。
帰り道。友達を分かれた後歩いていた住宅路の角に、するりと移動した後姿を見たような気がしたせいだった。消え去る影が、一週間前忽然と姿を消した家猫の背中に非常に似通っていたのだ。名前を呼びながら、いつの間にか私はその後姿を追い始めていた。
角を折れるたびに、小さな後姿はもうひとつ先の角を曲がっていた。右に左に。途中から肩で息をして、私は懸命に後を追っていた。待って、まださよならも言えてないのに、急にいなくなるなんて酷いよ、といろいろなことを考えながら。
そして、あの線路のぶつかったのだった。そこに、目の前の羊がいた。
ふと辺りを見渡す。知らない間に景色が一変していた。左手に見えていたはずの町並みは消え去り、左手にあったはずの藪もなくなっていた。
私はどこまでも続く杉林の中を歩いていた。しっとりと霧が立ち込めていて、先を行く羊の姿はおぼろげに曖昧になっていた。
更にもう少し歩いていると、やがて見知らぬ無人駅に辿り着いた。立ち止まり、呆然と見上げる私の背後から、プオープオーと汽笛の音がし始める。慌てて線路から無人駅へとよじ登った私は、滑り込んできたSLを前にして口に出すべき言葉が見つからなかった。
車窓から、様々な動物達の姿が見えた。例えばそれはイヌであり、ニワトリであり、リスであって、ワニでもあった。あるいはゾウであり、キリンであり、ライオンであり、クジラでもあった。サルも、キンギョも、ヘビもいたのかもしれない。ありとあらゆる動物が乗り込んだSLは、けれどもその形状を変容させることなく、全ての動物を受け入れていた。
というのも、動物達は一様にして似たような大きさにまとまっていたのだった。人間で言うところの大人ぐらいの大きさ。また、ある動物は眼鏡をかけて新聞を読んでいて、ある動物は煙草をふかしていて、ある動物はウォークマンを聞いていた。人が動物になっただけで、車内の様子は一般的な汽車のそれと寸分の変わりがないように見えた。
「えー、米田ー、米田ー。停まりました駅は、米田でございます。まもなく出発いたしますのでー、お乗りのお客様は乗り遅れないようお願いいたします」
らしい抑揚をつけたアナウンスが構内に谺する。見れば、青い制服を着込み頭には帽子を被った羊が、拡声器を使って無人駅を歩いていた。
様子から、羊が駅長なのらしいことが分かった。代わる代わるやってくる乗客から切符を受け取り、ひとつひとつ丁寧に切ってはSLに乗せていく姿は、なるほど、結構様になっているように見えた。
いまだ呆然と、なにをどうしたらいいのかすら分からないまま、私は一連の出来事を見守り続けていた。これは、一体なんなのだろう。純粋な混乱の最中にあった私は、その瞬間に一気に神経を一点に集中させた。
SLに乗り込む乗客の中に、いなくなった家猫の姿を確認してしまったのだ。
「ミーコ!」
思わず叫んでいた。駅長の羊から切符を返してもらったミーコは、そっと困ったような表情で私のことを見返してきた。
眼差しは、多分の物事を語ってきていて。
そっと視線が外れ、静かにSLに乗り込んだミーコの姿に、私はもうかける言葉を見失ってしまっていた。
汽笛が高らかに蒸気を吹き上げる。
「えー、間もなく、間もなく、新町行き米田発の汽車が発車いたします。危険ですので、白線の内にてお見送りください」
アナウンスが終了すると、SLはごとん、ごとんと動き始めた。私は駆け出して、窓からミーコの姿を探し始めた。けれど、座席一杯にひしめきあった動物の中からミーコの姿を探すことは容易なことではなかった。まだ速度の出ていないうちに、ひとつでの多くの窓から探そうと、私の足は駆けていく。
けれども、やがてSLはスピードを増して、徐々に私が遅れていってしまう。
「ミーコ。ミーコ!」
呼び声だけが、虚しく響くばかりだった。SLは駅を走り去っていく。後姿を、私は込み上げる悲しみと共にいつまでも見続けていた。
その後、どうやってあの米田駅から帰ってきたのかは分からないのだけれど、私はいつの間にか線路を戻ってきていて、再びあの踏み切りの場所にまで辿り着いていた。
夜は更けていて、辺りは真っ暗だった。風は冷たくて、全身が氷付けになったみたいに寒かった。早くお風呂に入りたい。それからミーコの写真を抱いて、ぐっすりと眠りたかった。泥のように、あるいは死人のように。睡眠は死界に一番近づける状態なのだ、夢の中でならミーコに会えるのだと信じていたかった。
踏み切りから細い道へと進路を変える。町へと降りていく道をしばらく歩いてから、そうっと背後を振り返ってみた。
りんりんと鈴虫が鳴く闇夜に、月光だけが照らし出す踏み切りは少しだけ幻想的に映っていた。
再び踏み切りから視線を前に向けた瞬間、私は確かに踏み切りの中央に羊の姿を見ていた。
プオープオーと響いた汽笛は、微かに夜風を震わせていた。