はてなキーワード: 逆噴射とは
マジコンが話題になってて色々思い出したが、他じゃあ言えないしここで吐き出す。
ウチはゲーム嫌いでゲームに金は出さん!っつー母のせいでゲーム類は一切買って貰えなかった。それでも親父にゲームがやりたいポケモンがやりたいとねだりまくっていたら、ある日父は自宅にあったPCでポケモンができるようにしてくれた。親父はすごいと思った。
他の奴らはGBでやっていたし、通信ができないという致命的な差はあったが、それまで一切「自分のポケモン」を育てられなかった俺にとってそんなことは些細な差だった。母と喧嘩しながらもメチャクチャ遊んだ。
当然だけどポケモンだけで済むハズは無く、親父に次はあれがやりたいこれがやりたいとねだり倒した。
64のものは駄目だったが(今思えば容量的にもスペック的にも無理があったんだろう)GBのものはだいたいどうやってかPCでできるようにしてくれた。たまについでにと見知らぬソフトも一緒に入れてくれたりもした。
GBがGBCになってGBA時代までそれは続いて、最終的に遊べるソフトの数は数百以上になっていたと思う。
何時頃からかは覚えていないが、少なくともDSがブームになる前だ。
その頃から親父はPCに新しいソフトを入れてくれなくなった。確かその頃に、エミュレーターや割れの違法性が改めて問題になったんだったと思う。
俺も相変わらずゲームはプレイしていたが、成長して自分で稼いでゲーム機くらい買えるようになっていたから気にしなかった。GBAもDSも実機を買った。ゲーム自体も一時期より熱が冷めて、ネットを見ている事のほうが多くなった。
ネットをうろつくようになり、俺は"割れ"の存在を知った。同時に割れ厨の存在も知った。とくに話題に上がっていたのはエロゲーの割れで、割れ厨のぶっとんだ理論は嘲笑の対象になっていた。
俺も笑ったが、でもそこで気付いた。これ親父じゃん。
親父は凄くもなんともないただの割れ厨だった。しかも自分が割れ厨なだけでなく、無知な子供にも片棒を担がせるような人間だったんだと感じた。
今思えばゲーム嫌いな母とポケモンポケモンと騒ぐ俺の板挟みになった結果だったんだろうと割り切れるが、当時は割と本気で親父に失望した。いや、今も完全には立ち直りきれてない。
当時の権利意識ならこんなもんかという反面、物事の良し悪しもわかんねーガキに何させてくれてんだよ、という恨みの気持ちもある。
親父の親切心のお蔭で今でもゲームを買う時罪悪感が湧く。改めて文章にしてもやっぱ俺なんにも悪く無えじゃんと思うが、まだ割り切れない。
だからつまり手軽な気持ちで子供にマジコン渡してる親はもう少し考えたほうがいいよ。
権利意識が薄い大人に育つのも大問題だけど、逆にそこらへんしっかりした大人に育った時の自己嫌悪と親への失望は凄まじいゾ!将来コンテンツを作る側、「正規で買ってください><」って言わなきゃいけない立場に回るとさらに罪悪感半端無いゾ!
ゲームなんて年1,2万の出費じゃねーか。その程度の金額のために子供にこんな罪の意識を植え付けないでくれ!
17:22追記。
大雑把に20年くらいって書いたが、正確には覚えていない。ポケモンブームの時期だからそんなもんだと思うんだが。
俺が小学校低学年の頃。自分でゲーム買うようになったのはバイト初めた高校から。
ダウンロード自体が違法になったのが2010年って事だが、その随分前に完全に手を引いてたな。
親父のやってた事は窃盗そのものだと俺は考えるが、法的にはセーフなラインを守っていたようだ。
これだけボロクソに書いてるけど、親父は軽蔑する部分も尊敬できる部分もある肉親だ。毒親だとは思っていない。
俺が言いたかったのは親父のクソさや恨み節でなく「割れを子供に与えた結果として、こういう方向に子供が逆噴射して親への信頼が損なわれる事もある」って事だが上手くまとめられなかったようだ。ごめん。
時代が違うっつーのは理解してたつもりだったけど、ブコメの「おじいちゃんが戦争で人殺してたら殺人鬼扱いするか? 」で少し気持ちの上でも納得できた。ありがとう。
いつもの。
お馴染みのあのアニメを見てるんだけど、このアニメ見てるとテンプレラノベっぽさっていかにアホの子を出すかなんだろうな…と大真面目に思えてきた。昔から「自分のことをかわいいと理解した上で色気を振りまいてくる娼婦のような女子高生キャラ」はいたんだけど、最近のテンプレラノベはそれよりも…ある時期までは「(自分がかわいい・お色気を期待されている理解してる)娼婦のような女子高生」が出てくるラノベが増えていると思うんだが、最近はそれをさらに突き抜けて「男子中学生の恥ずかしさを詰め込んだようなアホの女の子を入れる(むしろ、彼女達こそラノベらしさ)」になってない?
例えば、西尾維新(というよりも、この場合は物語やめだか)がラノベかどうかを議論する上で、ヒロインの娼婦っぽさとか設定の中ニっぽさに着目するならラノベよりもクサいから、ラノベにカテゴライズしてもいい。でも、ある時期からのハーレムラノベに出てくるアホの子はほぼ出てないから今の基準だと。僕が西尾維新が苦手(少なくとも、あんまり文学的だという評価をしたくない)なのはめだかボックスに代表されるような「読んだだけでお腹いっぱいになるような中二」なんだ。ある時期までラノベには多かれ少なかれそういう雰囲気を入れるものだったが、最近のは形骸的に中ニという作品が増えた? 落第騎士で学んだことはアホの子も萌えキャラにすると許されるというかいじりがいがあるという「可愛い子は正義」「オタクは本質的にはフェミニスト(女の子びいき)」ということだと思うの…。個人的感想だから、異論は認めるし、僕自身おかしな事言ってる自覚はある。落第騎士見てると頭悪くなりそーだけど、逆に言うとテンプレでラノベ書いている人がなんでそんなことをするかを考えながら見てると「あー読者的にはこうだから、こうなってるのか」と感じることがしばしばある。頭悪そーなことには変わらないけど、自分が好きな作品・ガチで語る作品はウケへんもん…
主人公が唐変木すぎてセクハラにも相手からの好意にも気づかないというラノベの主人公の設定って要約すると(というよりも、女性が身もふたもないツッコミをするとするなら)「ガキ」なんだろうね。それも悪い意味ではなく、煩わしい性欲がない代わりに性を隔てるデリカシーもないという両方の意味で。すご~く変な言い方かも知れないけど、落第騎士ってホモアニメだと思ったほうが(登場人物全員男子で、男子校的な場所にいると思ったほうが)ぶっちゃけしっくり来ると思うんだよなぁ…。ちゃんと女の子らしい視点とか、キャラを持ってる人がいないし、女性目線入れると簡単に崩壊しそうな意味で…。女の子を女の子として書く必要がなくなってると考えるとテンプレラノベって童貞でも…いや、むしろ童貞の方が書きやすい?男がかっこいい男を主人公とかすぐ死ぬキャラとして配置して、男子的な幼さは女の子に埋め込んでしまえばいい。あーそう考えると、女の子っぽさが何かとか考える必要ないわ。
ハーレムラノベでドンドンヒロインの影が薄くなって、主人公が他の女の子には親身になって行くという現象を学術的に言い表すと「クーリッジ効果(ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF…)」と言っていいと思うの。浮気は本能。新しい女の子は別腹!!
萌え豚はフェミニスト ※半分はネタだけど、もう半分はジブリ社屋のトイレが女性のモノのほうが広い理由を尋ねられた時に「それは宮さんがフェミニストだからです」と鈴木さん(だったかな?)が答えたのを元ネタにしてる
姫さんなんか言動の(斜め上な)色ボケっぷりを外して評価すれば、刑事モノとかアクション劇の“バディ枠”ですわね… 負けず嫌いが過ぎて時々逆噴射する熱血・正義漢だと思えばいいと。「男子中学生の小っ恥ずかしさを女の子に詰め込んでかわいいかわいいという系統のキャラの代表格は柏崎星奈だと思う」的なことを1,2週間前ぐらいにいったらヴァーミリオンが肉っぽくなり始めてきた…。予想どおりっつうかなんつうか
禁書からずっと続いてる、ラノベ世界に都合よく湧いてくる悪役のヤンキーってなんなんだろう?悪く言うつもりかどうか以前にあいつらの存在自体が謎。本来、フィクションの中で出てきたヤンキーって主人公一味よりは現実味を帯びたキャラクターのはずなのに、なぜかヤンキーの方が現実味がないキャラクターに感じて萎えるんだよなぁ…。アレなんでだろう?数日に一度は、近所でヤンキーらしき人見てるから「いない」とはおもってないんだけどなぁ。異能力使いよりも非実在性をヤンキーに見出してしまうのはなんでだろうか?NPC的な割に人間味を見いだせないラノベに出てくるヤンキーほど謎なキャラクターも珍しい。舞台装置といえばそれまでなんだけど、もっとうまくやれないのかが謎。いや、下手だと感じるライトノベルにしか出てきてないからヤンキーが出てきちゃう時点で下手くそなラノベなんだけどぱにぽにとかパンストみたいにヤンキーが楽屋裏で出演陣と楽しく盛り上がってないと整合性が取れないぐらいの舞台装置っぷりに困惑する現象を何と名付ければいい?
まごうことなき左翼の私ですが、橋下が逆噴射おこして「事実アメリカ人にレイプされまくってんじゃん、占領ざけんな、もっかい戦争すっか、次は負けねえぞ」って言い始めたら、転向して支持に回ってたかもしれない。支持することにならなくて助かったけどw— 唐木 元さん (@rootsy) 2013年5月17日
乙武問題についてはどっちもどっちだと思ってます。ただこれまでずっと君子っぽいパブリックイメージを通してきた乙武さんが「どっちもどっち」という感覚を引き起こさせたのは画期的だし、平民宣言というか、普通の人なんだなーと、彼に対してはむしろ好感度が上がった。友達になれそうというか。— 唐木 元さん (@rootsy) 2013年5月22日
英語圏独特の言い回し(というかその国の文化)が判ってないと理解できない。
そして、発音は聞き取れないのが普通。
伊集院光のUp'sを日本語が母国語でない人に聞かせても理解してもらえない、笑えないというのは、主に話の背景知識が足りないせい。
「大盤振る舞いという単語にはブルマが含まれている事に気がついた天文部部長、逆噴射で寺へ」で笑えるイギリス人は想像できない。
そして、日本語でもはっきり発音したり、それを聞き取れていることはごくまれ。
でも「のっくさーん、はんこ圧縮しとくよ」と聞こえたとしても、魚屋が話しかけてきたら「おくさーん、あんこう安くしとくよ」だと変換して聞き取る。
魚屋は判子を圧縮しないし、若奥様はのっくさんじゃないからだ。
タリバンはもはや『米海兵隊』並みの強さ、英米の見通しは真っ暗
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カブールの北方は、ウズベク、タジク人も多い地域で、従来はタリバンが追い出された筈だった。
クンドスから南へ数十キロの国道で、タンクローリーが二台乗っ取られ、NATOは空軍を出動させて空から攻撃、最初の発表では「91人のタリバンを殺害」だった。
詳細調査チームが現場に派遣され、驚くなかれ、というより想像した通り、犠牲者の多くが民間人だった。
こういうことである。
タリバンは囮のようにタンクローリーを襲って、英米軍の注目を誘いこみ、ついで付近の住民を銃で脅し、武器らしきものを持たせて現場付近に立たせた。
NATO空軍機は上空から現場を見れば、武器を携行した兵士が密集しているかに錯覚し、爆弾を投下。実際には百名以上が死んだ。
NATO機はドイツ空軍だった。ドイツでは責任を追及する声があがる。交戦規定では民間人の混ざる場所を攻撃してはいけない、とある。
多くの民間人を意図的に戦闘に巻き込み、夜間は人混みを移動し、人口密集地帯で作戦をとる。
英米軍ならびにNATO軍兵士は作戦上、手枷足枷をはめられたも同然の作戦上の劣化した環境にあり、恐怖の闇との勝負となり、英米軍の犠牲は再び鰻登りとなる。
ところがイラク撤退を表明し、アフガン増派を決めたオバマ大統領が素人であるにもかかわらず、軍事作戦にまで容喙するため、ますます収拾がつかないのである。
「イラクは前任者の戦争、だからわたしはアフガンにこだわり、はやく終わらせる」という自負がオバマの脳幹のなかで逆噴射してしまったようである。
1980年、カーター大統領は武装ヘリにより、イラン急襲部隊を砂漠に飛ばしてテヘランへ潜入させ、人質奪還を図ろうとしたが、自ら作戦まで指揮したので無様な失敗を演じた。
オバマはポピュリズムだけの政治家ゆえにカーターの二の舞を演じるだろう。
ベトナム戦争を指導したのは当時米国最高の知性を謳われた人々だった(ベスト&ブライテスト)。ゆえに戦争は失敗し、当時国防長官という任務に当たったマクナマラは、後日「あの戦争は間違いだった」と猛省するが、遅いって。
自ら国益のためと信じて戦線に赴き、その兵隊たちが必死の戦争をしている背後から、「この戦争は汚い」と猛烈な批判を展開し「手も足も出すな」と引っ張るのだ。
当時、そうした米マスコミ工作を行ったのはKGBのスパイや、影響力のある代理人だった。ソ連の高度な情報作戦だった。
米国は謀略に負けた一面がある。
英米軍の兵器や電子通信による高度の軍事力に正面から闘いを挑んで勝とうという考えは最初から存在しない。
西側が援助した道路、学校、公共の建物を攻撃目標として、多くの民間人を巻き込み、犠牲を懼れず、心理的にNATOと米軍を追い込み、持久性を発揮して勝利するのだ。
夜間の襲撃は頻繁になった。アフガン人主体の治安部隊は訓練が不十分な上、タリバンのスパイが混入しているので、作戦時間が展開兵力の情報が筒抜けになっている。
タリバンを背後で操り、軍事訓練をしているのはいったい誰だろう?
一方、米軍はと言えば兵力不足を補うために民間警備会社(「ブラックウォータ」ーが最大手)と契約し、『戦争のプロ』や退役軍人がイラクからアフガニスタンへ移動した。
かれらも武装している。たとえばカブールの米国大使館の警備も、これら民間警備会社が請け負い、かれらは外国人を、ちょっと訓練を施すだけでインスタントの警備につかせる。
志気は低く、備品から武器を盗み出し、警備はおろそかになる。
NGO「政府監視計画」の調査ではカブールの米国大使館警備は450名、このうちの300名がグルカ兵の末裔と見られるネパール人、仕事中に遊んでいるという。
次のシナリオがみえてきた。アフガニスタンは「タリバニスタン」になる?
通巻第2700号 (増刊号)
緊張すると、しかめっ面になり、傍から見ると嫌われているようにしか見えない。話かけても無視する事も多々(内心、困惑してるだけ)。
話の共通点がある人位しか話せない。話のウマの合わない姉とは、結婚してから話せていない。
所謂、1つの非コミュである。だが、親父は社会的地位を利用して嫁を手に入れている。
基本、厭世家だ。生きていても良い事なんてないと思っている。無駄に自分を謙遜する。自分がどれほどダメ人間かを、他人に語ってしまう。
ややウツ気味なところ。
もうどうにかして、この親w
育ててくれたのは感謝してるけど、こういう性格なのはちょっと恨んでます。
割とスポーツマンという、良い点は似なかったのにね。
楽天的な母に似たかった…
なんとなくわかる。
あがいてあがいて彼女が出来た瞬間に、それまで仲間だった非モテに「だからお前はモテないんだよ」「これこれこういう考え方がいけないんだよ」と得意げに説教モードに入る元非モテな。
一般人で元から非モテなんて考えたことないやつよりも、非モテからなんとか脱却できた瞬間に、非モテを黒歴史のごとく上からの視線で叩きまくる奴のほうがタチが悪い。それまでのねじくれた気持ちが逆噴射するというのかな。
「俺はもう非モテじゃない!」
「俺だってこれまで叩かれてきたんだからな!」
「非モテの思考回路ってキモいな! 俺はそんなにキモくないからちゃんと彼女も出来たぜ!」
そして、そういうやつ、思い起こしてみると実はかなり多いんだ。