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はてなキーワード: 冒険とは

2012-02-09

結局RPGは一本道ゲーのほうが需要あると思う

ここでの一本道というのは、EDひとつしかないという意味ではないことに留意

  • そういう「ページめくるだけじゃ話の続きが読めない障壁」は、自由度それ自体も適合する。つまり、「何をすればいいかからない」「どこに行ったらいいかからない」「欲しいものが見つからない」現象は、ワクワクを高めるのではなく不快要素でしかない。これらはプレイヤーお馬鹿さんだと突きつけられる現実でもある。
  • 冒険をしている」気分が欲しいのではない。「自分の思うように進んでいる」気分が欲しいのか。

2012-01-27

村上春樹の猛々しい想像力 (3/3)

Sam Anderson

2011年10月21日

1 - 2 - 3

翻訳は、村上の作品を組み立てる原理だとさえ言えるかもしれない。

彼の作品は翻訳されているだけでなく、翻訳についてのものだと考えられるのである

村上ストーリーにおける至上の愉しみは、とても普通の状況(エレベータに乗っている、スパゲッティを茹でている、シャツアイロンがけしている、など)が

突然非日常不思議電話を受ける、魔法の井戸に落ちる、羊男と会話する、など)へ変貌するのを見ることだ。

言い換えるならそれは、登場人物が存在論的に盤石な立場から完全な異世界へと投げ込まれ、

たどたどしくも二つの世界の間をとりもつことを余儀なくされる瞬間だ。

村上作品の登場人物はある意味でいつも、根底から異なるいくつかの世界あいだで翻訳をしている。

平凡と奇妙、自然超自然田舎と都会、男と女、地上と地下。

言い換えれば、彼の全作品は翻訳の作業を劇に仕立てたものなのだ



村上の車の後部座席に戻ろう。

私たちは東京を離れ、ベッドタウンに入った。

多くの企業本社や、巨大な船のかたちをしたラブホテルを通り越していく。

およそ1時間後、風景は急峻な山道になり、私たちは村上の家に到着した。

木の生い茂る丘の上、山と海の間にある、こぎれいだが平凡な外観の二階建てだ。



靴をスリッパに履き替え、村上に連れられて彼のオフィスへと入る。

自らデザインした小部屋であり、『1Q84』のほとんどはここで書かれた。

同時にそこは彼の膨大なレコードコレクションの住処でもある。

(10000枚くらいだろうが、怖くて実際に数えてはいない、と彼は言う)

オフィスの幅広い壁二つは、床から天井までアルバムで覆いつくされている。

山々に向けて突き出している窓の下、部屋の端には巨大なステレオスピーカーが君臨している。

室内のもう一つの棚には村上人生と作品にまつわる思い出の品々がある。

彼が『海辺のカフカ』で殺人者として想像したジョニーウォーカーを描いたマグカップ

はじめてマラソンを完走したときの、くたくたの彼を写した写真1991年ニューヨーク市にて、3時間31分27秒)。

壁にはレイモンド・カーヴァー写真、グレン・グードのポスタージャズ巨匠の肖像がいくつか。

村上もっとも好きなミュージシャンテノールサキソフォンスタン・ゲッツ写真もある。



私はレコードをかけてもらえないかと頼んでみた。

村上はヤナチェクの「シンフォニエッタ」を取り出した。

1Q84』の始まりを告げ、その物語のなかで繰り返し鳴り響く曲である

作品で示唆されるとおり、渋滞で聞くにはまさに最悪の音楽だ。

それは速く、アップビートで、劇的──まるで普通の曲が5つ、ペンキの缶のなかで決闘しているかのようだ。

同時にそれは熱狂し、ねちねちとした、暴力的な『1Q84』の冒険の主題曲として、もっともふさわしい。

村上はその奇妙さを買って「シンフォニエッタ」を選んだという。

「一度だけそれをコンサートホールで聴いたことがある」

オーケストラの後ろにトランペットが15人いた。変だった。すごく変だった……その奇妙さがこの本によく合う。この物語にこれ以上よく合う音楽は思いつかない」

彼は何度も何度もその曲を聴いて、そして開幕のシーンを書いたという。

シンフォニエッタを選んだのはまったく人気がない音楽だったからだった。でも本を出版してから日本では人気が出た。小澤征爾さんに感謝されたよ。彼のレコードがよく売れたからね」



シンフォニエッタ」が終わると、私は最初に買ったレコードは何か覚えているかと尋ねてみた。

彼は立ち上がり、棚をごそごそと探して、一枚のレコードを手渡してくれた。

「The Many Sides of Gene Pitney」。

カバーを飾るのは、華やかな姿の Pitney。60年代前半のアメリカクルーナー歌手である。はまだらのアスコットタイに艶のある赤いジャケットを着て、髪型は崩れ落ちる波を凍らせたようにみえる。

村上は13歳の時、このレコード神戸で買ったという(当初のものは擦り切れたため、何十年か前に買い直している)。

針を下ろすと、流れ出す Pitney の最初ヒット曲「Town Without Pity」。

劇的な、ホルン即興とともに Piteny の歌声が黙示録的な叫びを歌う。

若者にはつらいことがある、たくさんある/分かってくれる人がほしい/助けてくれよ/土と石でできたこの星が壊れるまえに」



終わると村上は針を上げ、「バカな歌だ」と言った。



1Q84』というタイトルダジャレである

言語をまたいでオーウェル引用したものだ。

日本語では、9は英語のQのように発音される)



1Q84』を書いているあいだ、『1984年』を読み直したかと尋ねてみた。

彼は読み直したといい、それは退屈だったという。

(これが悪い評価だとは限らない。野球のどこが好きかと尋ねた際、彼は「退屈だから」と答えた。)



近未来小説は退屈なものばかりだ」と彼は言う。

「始まりはいつも暗く、雨で、人々が不幸せそうにしている。コルマックマッカーシーの『The Road』は好きだし、よく書けているけれど、でも退屈だ。暗いし、人間人間を食べるし……ジョージ・オーウェルの『1984年』は近未来小説だけど、この本は近過去小説だ」

1Q84』について「我々は同じ年を反対側から見ている。近過去なら退屈じゃない」



オーウェルに親近感を覚えたかと尋ねた。



オーウェルと僕はシステムについて同じ感じを受けていると思う」と村上は言う。

ジョージ・オーウェルは半分ジャーナリストで半分小説家だ。僕は100パーセント小説家だ……メッセージを書くことはない。よい物語を書きたい。自分政治好きな人間だと思うけれど、政治メッセージを誰かに向けることはない。」



はい村上はここ数年、彼にしては珍しく、政治メッセージを大々的に言明している。

2009年、批判のなか彼はイスラエルエルサレム賞を受賞しに行き、そこでイスラエルパレスチナについて語った。

この夏、彼はバルセロナでの受賞式典の機会を利用して日本原子力行政を批判した。

彼は、福島第一は二度目の核災害だとした。

一度目はまったくの被害者としてだったが。



バルセロナの演説について尋ねると、彼はパーセンテージを少し修正した。



「僕は99パーセント小説家で1パーセント市民だ」と言う。

市民として言いたいことはあるし、求められればはっきりと言う。あのときまで原発について明確に反対する人はいなかった。だから自分がやるべきだと思った。自分にはその責任がある」

演説に対する日本の反応は概ね好意的だったという。

人々は津波の恐怖が改革への媒介となってくれることを、彼と同じように、期待していたのだ、と。

「これは日本にとって転機になると、日本人ほとんどが考えていると思う」

悪夢だけれど、変化のチャンスでもある。1945年以来、僕たちは豊かになるために働いてきた。けれどそれはもう続かない。価値観を変えなければならない。どうやって幸せになるかを考えなければならない。お金でもなく、効率でもなく、それは人格目的だ。いま言いたいことは1968年から僕がずっと言っていることなんだけれども、システムを変えなければならないということ。今は、僕たちがまた理想主義者になるべきときなんだと思っている」



その理想主義はどんなものか、アメリカ合衆国モデルケースとして見ているのか、と尋ねた。



アメリカはもはやモデルケースだとは思われていないと思う」

「いま、僕たちにはモデルケースがない。モデルケースを作り上げなければならないんだ」



地下鉄サリン事件阪神大震災、そして今回の津波……現代日本の数々の災害は、驚くほどにまで村上的だ。

地下での暴力的な衝動、深く隠されたトラウマが大量破壊を引き起こすものとして現れ、地上の日常を襲う。

彼は深さのメタファーを多用することで知られる。

登場人物たちはカラの井戸に降りていき、東京の地下トンネルに生きる闇の生き物に出会う。

(彼は別のインタビューで、井戸のイメージをあまりに何度も使って恥ずかしくなったため、8作目以降、できるだけ使わないように心がけたと話している)。

彼は自分創造性も、深さとしてイメージするという。

毎日机に向かい集中力に満たされたトランス状態の中で、村上村上キャラクターになる。

それは、自らの無意識洞窟たる創造性を探検し、見つけたものを忠実に報告する、普通の人物である



「僕は東京に住んでいる。ニューヨークロサンジェルスロンドンパリのように文明的といっていい世界だ。

 魔法じみた状況、魔法じみた物事に出会いたければ、自分の中に深く潜るしかない。だから僕はそうしている。

 魔法リアリズムとも呼ばれるけれども、自分の魂の深みのなかでは、それは単なるリアリズムだ。魔法ではなく。

 書くときには、非常に自然で、論理的で、リアリスティックで、合理的に感じる。」



執筆しないとき自分はどこまでも普通の人だと村上は強調する。

彼の創造性は「ブラックボックス」であり、意識的にアクセスすることはできないという。

彼はシャイであり、メディアにあまり登場したがらない。道端で読者から握手を求められた時にはいつも驚く。

人が話すのを聞くほうが好みだと彼は言う。

実際に、Studs Terkel の日本版のようなものとして彼は知られている。

1995年サリンガス事件があったとき村上被害者65人と被疑者らを1年かけてインタビューし、

その結果を分厚い2冊組の本として出版した。

のちにそれは『Underground』として、大幅な簡略化をしたうえで英語翻訳された。



この会話が終わったとき村上ランニングに誘ってくれた。(「僕が書くことについて知っていることのほとんどは、毎日ランニングを通して学んだ」と彼は書いている)

彼のランニングスタイル個性の延長のようだ。

身軽で、安定していて、実践的だ。

たがいの走り幅がつかめて1、2分たつと、村上自分が単に「丘」と呼ぶところに行ってみないかと尋ねてきた。

それは試合の申し込みか警告のように聞こえた。

そんな言い方をした理由はすぐに分かった。

というのもまもなく「丘」を登り始めることになったからだ。

もはや走るというよりは、急な坂にさしかかって足をとられているというほうが近く、

地面が傾いたランニングマシーンのように感じられた。

道の終わりに向けて一足踏み込むと同時に私は村上に向けて「大きい丘でしたね」と言った。

そこで彼は指をさして、先にジグザグ道が続いており、私たちはまだほんのひと曲がり目を終えたにすぎないということを教えてくれた。しばらくして、二人の息が切れ切れになってくると、このジグザグ道には終わりがないのではないかと心配になってきた。

まるでどこかの村上世界にある無限階段のように。

上へ、上へ、上へ。

しかし、やっとのことで、私たちは頂上に着いた。

海ははるか下に見えた。

それは秘められた巨大な水世界日本アメリカあいだの、人が住まない世界だ。

その日見たかぎり、水面は静かだった。



そして私たちは下りを走り始めた。村上は村を通る道に誘ってくれた。

大通りのサーフショップ漁師の家がならぶ界隈を通り過ぎた(彼はそのあたりの庭に古くからの「漁師神社」があるのを指差して教えてくれた)。

空気は湿っていて塩のにおいがした。

私たちは並んで浜まで走った。

村上がかつて名もない翻訳者だったころセントラルパークでジョギングをともにしたジョン・アーヴィングについて話をした。

セミについても話をした。

何年も土のなかで生き、地表にぽっと出て、わめき、最後の数ヶ月を木の上で過ごすのは、どんなに変だろうかと。

私がおもに覚えているのは、村上の安定した脚のリズムだ。



走り終えて家にもどると、私は村上の来客用バスルームで着替えた。階下で彼を待つ間、食堂エアコンの風を受けて立ち、大きな窓からハーブと低い木のある小さな裏庭を見ていた。



数分後、庭から迷い出た変な生物が私の視界に入ってきた。

最初それは鳥 – おそらくはその飛び方からして変な毛をしたハチドリのようにみえた。

が、すぐに2羽の鳥がくっついているようにみえだした。

飛ぶというよりはふらついているといった感じで、体の一部がそこかしこから垂れ下がっているようだった。

最終的に、それは大きな黒い蝶だと私は結論づけた。

見たことがないほど変な蝶だった。

浮かびながら、異星の魚のようにひらひらしつづけるその姿に幻惑させられ、

私はそれを既知の何かに分類したくなりかけたが、成功することはなかった。

それはひらひらと、およそ村上と私が走った道を引き返す形で、山から海に向けて飛び去った。



蝶が去ってまもなく、村上階段を降りてきて、食堂のテーブルに静かに腰を下ろした。

見たこともない奇妙な蝶に遭遇したことを伝えると、彼は自分ボトルから水を飲み、私を見上げて言った。

日本には色々な蝶がいる。蝶に会うのは変なことじゃない」

2011年10月21日

1 - 2 - 3

2011-12-31

2011年内に出版されたワンピース関連書籍

商学部やら文学部学生が、卒業論文とかサークルの出し物でワンピースを取り上げればそのまんま本になるくらいの勢い。

この手の本を買うときは「書き手のプロフィール」をよく確認してから読むようにしたい。

逆に言えば、一生に一度くらいは本を出したいと思っている人は今がチャンスです。ワンピースコラボしてなにか本を出せないか企画を考えてみよう。



個人的に最も面白かったのは・・・モンキー・D・ルフィの「D」はドラッカーだった」 阿部美穂 <ドラッカー学会会員 

次点高校球児が仲間のことで悩んだときは「ワンピース」を読みなさい!! (野球指導書編集委員会) といい、

ドラッカーバブルに乗り遅れた方々が必死に次の寄s・・・コラボ相手を求めてさまよっている様がとても微笑ましいですね。




ワンピースビジネス

漫画ワンピースは、これから時代ビジネスバイブルだ! 徳永 秦  <Amaozn書評が全員身内褒めでかなり気持ち悪い

ルフィの仲間力  『ONE PIECE』流、周りの人を味方に変える法 安田雪 <「社会ネットワーク分析」が専門の教授

ワンピースに学ぶ勝利の交際術 平居謙              <詩人空手家

ワンピース」はなぜ人の心をつかむのか―「ONE PIECE」はなぜ売れるのか (ベストセレクト) 富田 英太 <ワンピース新世代の司馬遼太郎とかねーわ




ワンピース人生

ワンピース』に生きる力を学ぼう! 平居謙             <2冊目。この人どんだけワンピース好きやねん

ワンピース言葉 遠越 段   

  <1万冊を超える読書によって培われた膨大な知識をもとに、独自の研究を重ね、難解とされる古典を現代漫画をもとに読み解いていく手法確立って・・・ブログとかあるのかな?

ワンピース言葉が教えてくれること (ルフィと仲間たちに学ぶ生き方」の教科書) 方喰 正彰 <プロフィールなし

ONE PIECE STRONG WORDS 上下巻  尾田 栄一郎、 内田 樹 <内田樹ワンピース論は結構面白かった



ワンピース「世代」>

ワンピース世代」の反乱、「ガンダム世代」の憂鬱 鈴木貴博 :注目株。そういえば「ガンダム」程読者の顔が見えないのだよね。不思議




<なぞのコラボ

高校球児が仲間のことで悩んだときは「ワンピース」を読みなさい!! 野球指導書編集委員会

モンキー・D・ルフィの「D」はドラッカーだった  阿部美穂

ワンピース最強恋愛 ワンピわくわく研究会

ONE PIECE 海賊キャラ弁BOOK (FLOWER&BEE BOOK)




考察系多すぎワロタ ワンピファンで48作ればいいのに>

ワンピースルフィの謎   ONE PIECE考察

ワンピース』の教科書 ONEPIECE考察

ワンピース』王下七武海の謎  ONEPIECE考察

ワンピース研究ノート ONEPIECE考察

ワンピース』読解D ONE PIECE考察

ワンピースマル秘解体全書 (青春文庫) 海洋冒険調査団

ワンピースマル秘解体全書 (青春文庫) 海洋冒険調査団

ワンピース快読団 ワンピース世界研究所

ワンピース愛読団 ワンピース世界研究所

ワンピース最強読解 (ワンピース最強シリーズ) ワンピわくわく研究会

ワンピース最強読本 ワンピわくわく研究会

ワンピース究極解読 マニアックス解読委員会

ワンピース最強考察プラス ワンピ漫研

超読解 ワンピースが教えてくれた人生大切なこと自分の“宝”を守るために必要なもの 海賊行動学研究会

ワンピース最終研究海賊王の血脈と古代文明の謎 (サクラ新書) ワンピ考古学研究会

空想科学読本8 (空想科学文庫) 柳田理科雄近藤たか





やおい系の本が出てるけどこれどういう仕組み?

ジールアンドスウィート21 (ほくこみ同人アンソロジー)

海賊ゲーム外伝ゾロ×サンジ ラブディスカバリー」 (POE BACKS)

同人作家コレクション114 光葉 (POE BACKS) 光葉

同人作家コレクション103早乙女神楽 (POE BACKS) 早乙女 神楽

今田まことおまめ (K-Book Comics) 今田 まこと

エースタイル (ほくこみ同人アンソロジー)

同人作家コレクション99ケチャップ (POE BACKS) ケチャップ

海賊ゲームエース外伝2 (POE BACKS)





しかし、考察系が無駄に多いのを除けば、もっともっとたくさん出てもいいのにまだまだ少ないと思う。(ドラッカー関連本はこの3倍くらいある) http://uwasano3.web.fc2.com/druckertyo.html

ワンピバブルは2012年が本番になりそうですな。

2011-12-10

天空の城ラピュタエンディングテーマ君をのせて」の歌詞意味がわ

天空の城ラピュタエンディングテーマ君をのせて」の歌詞意味がわからない という声は、「君をのせて 意味」でぐぐっても見かけますね。

まぁ、歌の歌詞意味解釈すれば全部意味が分かるというものとは限らないのは前提でしょう。

はいっても、作詞宮崎駿その他関係者の発言を自分は手元に収集してるわけでもないので、調べたら参考資料はあるのかもしれません。

で、ぐぐって見つけたあるページ。

君をのせて授業概要

えーっと、小学生合唱意味をそれぞれにまかせて歌がまとまるんですかね、とか、映画は見てない子どもも多かったようで映画に引っ張られすぎてないなぁとか、それを置いてもこの解釈どうよとか気になる所がいっぱいありますが…。

起・承・転・結のそれぞれがmp・mf・f・mpになっていたのである

あたりは、楽譜も一つの歌詞解釈の資料になりうるなぁとか思いましたけど(常に正しいと主張するつもりはありません)。同様の背景資料で「よく知られている物」の中には、井上あずみがどのように歌ったか、というのはあるかも知れないなぁなどと思ったりするわけですが。

まぁ、それでも敢えて真面目に授業の解釈に突っ込むと

『話者はだれですか。』

 ぼく・ぼくらが出た。「ぼく」と書いてあるから、「ぼくら」と書いてあるからが理由であつだ。話し合ったが決着がつかなかったので次に進んだ。

については、後で映画解釈等で絞られて「ぼく」になっているが、歌詞だけ普通に見れば「ぼくら」は「ぼく+君」と解釈するのが自然だろうから、直前に「君」も出ているし、まぁ話者は「ぼく」でいいんじゃないですかね。地球のどこかにいる<君>を探す旅に出る歌とは言っていいのかしらん。

追記)

映画ラピュタもそもそも構想から完成まででストーリーに変更もあろうからあれなんだけど、少なくとも「公開版の映画ストーリーそのままを歌った」歌ではないものの、公開時点で作詞宮崎駿映画の内容とシンクロして聞くことは当然想定していたと思われるわけで(歌の解釈の唯一の意味というわけじゃなくて)、そのシンクロ解釈では「ぼく」はパズーでいいだろうし、「君」が微妙だけどシータラピュタとどっちもありなんじゃないかな(シータだと固定すると「パズーシータ存在を知ってから近くにいない状態で追跡している時間映画の中ではそう長くない」となって、ラピュタだと固定すると「灯がラピュタかー。空に浮いてるラピュタを乗せて地球が回るのかぁ」とかなる、日本語的には後者の方が矛盾が少ない気はするけどまぁあくまでそれはそれ)。歌の冒険映画の中身を指すのかその前後も指すのかはまぁ自由に、かな。

追記の追記)

映画を前提にした解釈としては映画の前と考えればシータラピュタも不可分な何かとかも言えますね。あと、最初の二行は地平線が輝くのは朝日とも見える、次の二行は灯は普通夜、という対比は何か意図してるやもしれないかなぁとか。

http://anond.hatelabo.jp/20111210084004

欧米場合は、冒険物のアニメ映画は、大抵屈強な男だったりするから



子供が主役で、大人たちを蹴散らす系のはリアリティがない、と思われる。



からラピュタの主人公たちの年齢がもっと上だったらウケたかも。

2011-12-06

超絶過疎ゲーを見つけてしまった

その名はシャイ現在も営業中

シャイヤ公式HP

http://shaiya.jp/

殺害数トップ50と称する対人戦ランキングが13位までしかない 参加者が13人

http://shaiya.jp/community/ranking1_top50.html

http://megalodon.jp/2011-1206-0908-11/shaiya.jp/community/ranking1_top50.html

ジョブランキング「該当なし」が涙を誘う

http://shaiya.jp/community/ranking1_job.html

http://megalodon.jp/2011-1206-0909-46/shaiya.jp/community/ranking1_job.html

シンプルそのものレイアウト

http://shaiya.jp/community/ranking_cr_index.html

http://megalodon.jp/2011-1206-0912-16/shaiya.jp/community/ranking_cr_index.html

2chスレッドはPart18を2年かけて消化した後、次スレは立っていない模様

シャイヤ Shaiya -Light and Darkness- part18

http://toki.2ch.net/test/read.cgi/mmo/1227265628/

http://logsoku.com/thread/jfk.2ch.net/mmo/1227265628/

シャイヤスレ3年前の書き込み

http://logsoku.com/thread/game13.2ch.net/mmo/1217456710/

42 :名も無き冒険者[sage]:2008/08/04(月) 18:08:15 ID:NM4j8/dt

今まともにINしてる総人口って200人くらい?

ちょっと顔出すだけとか除いたり、サブとか2PCとか除いたら実質それ以下だよね

タダゲ厨が半分、普通課金からプチ廃課金者(課金売りやガチャ等込みで1万円以下)が90人

課金するやつが10人いたとしても売り上げ100万から200万位だよね

サーバー維持費(数十万?)、開発費用(月当たりで数十万?)、運営資金(バイト数人社員数人で100万前後?)

それ以外にも雑費かかるだろうし赤字じゃね?これで月額だったら完全にサービス終わってたな

単純計算するだけで今後月額MMO日本ではやらないんだろうな~って思えてきた

48 :名も無き冒険者[sage]:2008/08/05(火) 19:12:04 ID:j6PYJRiL

システム全般、バランス全般が糞だったからな

てかゲームとしてダメだったな

あえていいところあげるとしたらグラの割に軽い

でもキャラデータが重過ぎて対人とか人集まるところがすげー重いし

蔵も貧弱だからハイスペックPCでも落ちるしやっぱダメだな・・・

どう見てもMMOツクールで金かけずに作った感強いから元はとれてるだろうね

homageもすげーシャイヤに似た安っぽい作りだけど

なんで最近MMOはこんなにつまんないのばっかなんだろう

インターネットの片隅でひっそりと回り続けるシャイヤの世界

現代文明の儚さが垣間見えた

2011-12-02

本当にマイナビ叩く資格あるの?

新卒に没個性的で素直そうな奴隷を求めることに反発している様子だけど、叩いてる人らも没個性的で素直そうな奴隷が大好きじゃない。

特に異性。女子校生リクスーOLみたいな制服ものが大好きで、個性的な服装の女は「自己満足で気持ち悪い」「ブスの逃げ道」。

似たような制服衣装に、似たような髪型女の子クローン大増殖のように束になったAKB48も大人気。

新卒を求めるのも処女厨と同じ心理でしょう。中途=中古。他の会社を知っていて面倒くさい=他の男を知っていて穢れている。

そして高齢職歴なし=売れ残り高齢処女羊水腐った産廃

5年のニート期間がある人が求人市場で排斥されるのを「再チャレンジを許さない日本!」なんて言ってるけど、

あなた採用担当者だったらそういう人採用できる?5年のブランクがある人間社会復帰をじっくり待って育てられるほど気が長くて心が広い?

結局「俺を助けろ!」でしかないんだよね。

採用担当者からしたらさ、冒険して低学歴や未経験中途やコミュ力無さそうな奴や個性大爆発な奴を採用して、

もしそいつが大化けして会社に多大な利益をもたらしたら、そりゃいいことだよ?

でもそいつらが揉め事起こしたり、社内ニート化したりして、結果的にお荷物になったらどうよ。

低学歴なんか採るからだ」「コミュ障なんか採るからだ」って採用担当者責任になるんだよ。

結婚も同じだよね。「こんな異性と結婚してはいけない!」みたいなスレが少し前に話題になっていたけど。

母子家庭育ちと離婚しました→「片親の子なんかと結婚するからだ!」

夫がネトゲにハマって仕事家事育児もしてくれません→「オタクとなんか結婚するからだ!」

非処女の妻が浮気しました→「中古となんか結婚するからだ!」

こういう偏見ベース自己責任論が蔓延している限り、今の就活は全く変わらないだろうし、よりクローン化が強化されていくだけ。

そしてふだん偏見ベース自己責任論を振りかざしているくせに自分偏見で振り落とされる側になると激怒しだす人は、

ダブルスタンダードに染まりきって自分客観視する能力を完全に失った気違いだと思います

お前にマイナビを叩く資格は無い。

2011-11-29

http://anond.hatelabo.jp/20111129142633

あー、そう捉えたならごめん。

言い方を変えれば ジリ貧 に たえる暮らし

ジリ貧抗う暮らし どっちが気が楽か?という話で 戦ったほうが楽だ。と思うほうだって話だよ。

ジリ貧になっていくやり方に耐えっれるなら、大企業企業政治に耐えられるなら それはそれでスゲーと思うよ。それもまた生き方だ。

でも自分は ジリ貧に耐え 命運を他人に任せるような生き方はできないから。 普通になんで自分運命を 他人任せにできるのかが わからんから、わかるなら、説明してほしいなと。

 

でもまぁ、どっちを怖いと思うかの違いだ。といわれれば、そうなのかもしれんとか。そういう話。 

ただなぁ、リスクを取るのは実際リスキーで辛い。苦しい。だから、耐えられるなら、耐えたほうがいいと思う。

状況次第だけど、大手企業なら、たえるのもいいと思う。

ただ、そんだけ仲間がいるのなら、少しづつリスクを分けあって、ちょっとづつ冒険すればいいのにとは思ってるよ。

おまえらもリスクトレとかそういう上から目線じゃなくて、そうしたほうが、いいとお思うよと。怖くない範囲で、人数多いんだから少しづつわけあってリスクとりあえばいのにと。

思ってしまうという話。

2011-11-14

http://anond.hatelabo.jp/20111114211153

おおむね同意しつつ、以下は個人的に異論のある部分



RPGはセリフと音楽大事。今思い出せるゲームはこの辺りが秀でていた。

音楽同意だけど、セリフはそんなに印象に残ってないなあ

それよりも、個々のシーンの「演出」のほうが大事だと思う(もしかしたらストーリー全体よりも大事かも)

これはちょっと偏った例だけど、いわゆる「トラウマゲー」で語り草になってるのは、セリフじゃなくて演出

ストーリー性の低いRPGモチベーションが保ちにくい。

ロマサガシリーズなんかはストーリー性は低めだけど、探索と成長がモチベーションを保ってくれてた

冒険自体が楽しければ、ストーリーが淡白でも案外平気

RPGでもアクションの要素があった方がいいと思っている。

俺はアクションがあっても平気だけど、瞬発的判断が苦手な人には、アクティブタイムバトルシンボルエンカウント苦痛らしい

あと個人的には、ボタンを押して崖をジャンプ、みたいなギミックはすごく邪魔に感じる

2011-11-04

RPGオワコン

RPGの話をする。

RPGっていっても、テーブルトークRPGMMOとかじゃなく、ドラクエFFみたいな俺が青春を費やしたやつだ。

ストーリーってもう出尽くした気がするんだよね。

かつては、ストーリーに出尽くしなんかないと思ってた。

小説だって映画だってストーリーが出尽くしてなんかいない。

もちろん、定番のネタというのはあるけれども。

でもさ、思えばRPGにおけるストーリーの制約はけっこう厳しい物がある。

その最たるところが、戦闘、勝利、目的達成!という流れだ。

町の平和を守るとか、そういう小さな目的から世界を救うといった大きな目的まで、その流れに沿って話を進めないとならない。

ハード媒体進化によって、グラフィックや容量に制限はなくなった。

いくつもの国があり、それぞれの国にはいくつもの町があり、それぞれの町には何百人、何千人、時に100万人以上の人間が住む大都市まで登場する。

そんな世界では、一人の魔王勇者が倒せば諸問題が全部解決する、なんてことはありえない。

現実と同じくらい複雑な世界では、その世界の諸問題も現実世界の諸問題同様に複雑で、誰か一人をやっつければ解決するほど単純なものではない。

独裁者魔王、そういった一個人をラスボスにすることが出来ないとなれば、ラスボスは超存在とか概念となる。

スーファミ時代から、いやファミコン時代の後期からそういう傾向はあったけどさ。

でも、そういうのってしっくりこないんだよね。

昔話、神話で刷り込まれた勇者魔王を倒すっていう基本のストーリーははやっぱり強力。

そういう単純な話、敵をやっつけて一件落着というラストに落とし込めるような、箱庭的な小さな世界観ゲームのほうが結局面白い

「世の中には善と悪だけじゃなくて、偽善やら偽悪やら、善のつもりで悪をしてたり、その逆だったり、頭じゃわかっても憎しみは消せなかったり、いろいろあるんだ」

などと説教されても

「うるせーバカ」

なっちゃうだろ?

最近になって、糸井重里MOTHER3の開発が頓挫した理由を「大作主義に陥ったため」と説明した理由が理解できてきた。

フラッグシップハードRPGは大作である宿命が義務付けられている。

グラフィックは美麗でないといけないし、美麗なグラフィック古典的で単純なターン制では許されない。

誰得な複雑でわかりにくく珍しさだけで楽しくもないシステム抱き合わせさせられる。

世界は壮大でないといけない。

ヒトの数だけ思惑が存在し、国家の対立がないといけない。

敵の目的も壮大でないといけない。

ちっぽけな主人公の存在世界の大きさに押しつぶされてしまうのだ。

(じゃあ主人公をちっぽけじゃなく、特別な存在にすればいいのか?そんな特別な存在感情移入できるのか?)

ずいぶんと後に、ゲームボーイアドバンスMOTHER3が発売された。

物語の全てが小さな島のなかで進行した。

人類が生き残っているのはその小さな島だけだった。

家族物語として始まりラスボス家族だった。

それでも、大作を目指してしまった痕跡と言うか、いろんなものを詰め込み過ぎた痕跡が見え隠れして、MOTHER2ほどの面白さがなかった。

もっと、自由で、子どもの心で遊びたいんだ。

「他の犬は知らないかもしれないけど、君達が世界を救ったこと僕は知ってるよ」

と言ってもらえるような冒険がしたいんだよ。

2011-10-30

月刊ビッグガンガン創刊

 2011年10月25日スクエアエニックス(=SE)から雑誌「増刊ビッグガンガン」(=BG)が刊行された。

 元々は、SEから刊行されている青年誌ヤングガンガン」(=YG)の増刊号である増刊ヤングガンガン」。それを連載作品を増やし、雑誌の綴じ方も、中綴じから平綴じに変えて2011年リニューアルされた「増刊ヤングガンガンビッグ」(=YGB)が前身となる。連載陣も増刊ヤングガンガンビッグからの移籍連載が多い。従って、雑誌の特色も増刊ヤングガンガンビッグを引き継いでいる。

 月刊ビッグガンガンの特色に他社での活躍が目立つ作家が多い事が挙げられるだろう。

 創刊号の表紙を飾った『群青』(原作坂本虹)の作画を担当する桐原いづみは、先日『アキラとひより』をSEから刊行したが、他に高校の演劇部舞台にした『ひとひら』(双葉社)、異世界から来たお姫様との冒険譚『白雪ぱにみくす!』(マッグガーデン社)など他社での活躍が目立つ。

 他にも、別冊少年マガジンで『浪漫三重奏』(講談社刊)を連載しているあわ箱、『でろでろ』(講談社刊)で人気を博した押切蓮介や、週刊少年サンデーで連載していた経歴を持つ『射~sya~』の大塚志郎など、他社で活躍していた作家増刊ヤングガンガンビッグ時代から多く起用している。

 今回新しく連載が始まった『学園革命伝ミツルギ なかよし』(原作河田雄志 作画:行徒)は月刊コミックラッシュ(ジャイブ刊)からの移籍連載。『雛見沢停留所ひぐらしのなく頃に原典~』(原作・監修:竜騎士07)の作画を担当するともぞも電撃大王GENESISで連載を持つ『外部組』だ。

 一方でSE内での作家の起用も『シスターハニービスケット』のおみおみは月刊Gファンタジー活躍していた。『西悠々記』の忍はガンガンJOKERで連載を持っている。

 さらに、漫画製作ソフトコミPo!」を使用する異色の漫画家ダ・ヴィンチ恐山の『くーろんず』『4コマくーろんず』はガンガンONLINEでも掲載されており『4コマくーろんず』は10/27からガンガンONLINEと並行しての連載が開始する。

 読切作品でも、ガンガンJOKERで連載中の『黄昏乙女×アムネジアン』(めいびぃ著)の特別編が掲載。

 ヤングガンガンの増刊ながら雑誌の枠にこだわらない人選が目立った。

 もちろん、ヤングガンガンからも実力作家がやって来ている。先日、円満終了した『はなまる幼稚園』の勇人が描く、シスコンの兄と3人の妹が織りなすコメディシスプラス』、アニメ2期が好評放送中の『WORKING!!』の高津カリノのお役所4コマサーバント×サービス』、小林立麻雀漫画咲-saki-』をパロディにして描く木吉紗の4コマ『咲日和』はヤングガンガンですでに連載されていたが、今回より本紙とYGとの同時並行での連載となった。

 YG連載陣からは、前述の『WORKING!!』を始め、『死がふたりを分かつまで』(原作たかしげ宙 作画:DOUBLE-S)、『天体戦士サンレッド』(くぼたまこと)、『オシエシラバス』(高尾じんぐ)の特別読み切りが掲載された。

 また『魍魎の揺りかご』の三部けいオリジナルのダークヒーロー読み切り『DARK RABBIT』を掲載した。

 メディアミックスも盛んだ。

 これまでSEの各紙で竜騎士07氏の作品をコミカライズして来たSEだが、今回も竜騎士07氏が原作・監修を担当するコミカライズ作品が2本連載している。

 前述の『雛見沢停留所ひぐらしのなく頃に原典~』は大ヒット同人ゲームひぐらしのなく頃に』のプロトバージョンとでもいうような作品で、雛見沢を舞台にしつつも、登場人物の年齢や、役回りが微妙に変わっている。新人伊東フミが作画を担当する『うみねこのなく頃に翼』は『うみねこのなく頃に』のパロディ漫画原作キャラクターをかわいく、そして面白く描いている。

 現在SEガンガンJOKER、YGでコミカライズを行っている裕時悠示の『俺の彼女と幼なじみが修羅場すぎる』(GA文庫/ソフトバンククリエイティブ刊)も、稲瀬信也が作画を担当する『俺の彼女と幼なじみが修羅場すぎる+H』(キャラクター原案 るろお)として新連載が始まった。

 加えて、2012年に放送が予定されているアニメ輪廻のラグランジェ』も同タイトルでの連載が始まった。Production I.G原作新人作家のIsII(いしー)が漫画化した。

 メディアミック作品ではやはり、伊東フミ、稲瀬信也、IsIIなどの新人作家の起用が目立っが、オリジナルの連載作品でも新人の登用にも意欲的だ。

 読切では、『きっと可愛い女の子から』のミハルは主にweb漫画活躍している作家だが、かつてはガンガンパワードにも作品を掲載した事がある。コミックギアでは九品そういん名義で活動していた、星野蒼一朗の『なんだかんだでたのしい』もYGBに続き2作目の掲載。

 連載作品でも、YGBからの移籍組の一人『化けてりあ』のたかはし慶行は増刊ヤングガンガン時代から読み切りを掲載していた。『極道チェリー』未須あゆみもかつてSE刊行のドラゴンクエスト4コマの他、YGに読み切りを掲載した事がある。YGBで掲載された藤村歩実『春になるとウズウズしちゃう』は今回の新創刊に合わせ連載化、香の『Behavior』は『彼女彼女のBehavior』に改題して短期連載が決まった。

 他に、3人の偉人と2人の父娘がおりなすドタバタコメディ教育。』の蔵人健吾男性には分からない"禁断(?)の女子ワールド"を女性漫画家キャンディーサトウと、担当女性編集が探索するルポ漫画男子の知らない"○○女子"の世界』などがある。

 また、今回の新創刊に合わせて、ビッグガンガン漫画賞を設立。第1回の締め切りは2011年12月31日(土)当日消印有効2012年2月25日(土)発売のBG2012vol.03にて発表される。

 雑誌の枠を超えて様々な作者を起用する一方で、新人の育成にも力を入れる新雑誌月刊ビッグガンガン」の今後の展望が期待される。

2011-10-25

もし作者のファンじゃない人が「小説の読み方の教科書」を読んだら

http://anond.hatelabo.jp/20111011200303

が興味深かったので、ファンは対象外なのかな、と思いながらあえて読んだ。

上の書評ネタとしては面白いけれど、書評としては不適切なのではないかと思う。



この本はとてもシンプルに「小説ルネサンス」を主張していると思う。カジュアルに言うなら松岡修造の「お米食べろ」と同じノリだ。

14世紀 - 16世紀にイタリアを中心に西欧で興った古典古代文化復興しようとする歴史文化革命あるいは運動を指す。

現在では古典古代復興イタリアルネサンスより以前にも見られる現象であることが明らかにされている

小説の読み方の教科書」では、小説面白さの源流のようなものを求めて古きを探る。

そして、ドン・キホーテハックルベリー冒険という作品にいきあたり、世の中にはこんなに素晴らしい小説があったのだと興奮する。

さらに、現代は大衆がこの素晴らしい小説の持っていた力を失っている。そもそもその存在すら忘れ去れれていると嘆く。

もっとこれらの古き時代に学び、これらの良さを取り戻そうと誓う。(自分でやろう、とするところが個人的には好きだ)

そしてそのためには読者がこれらの小説を楽しむ力を取り戻すことが必要だ、と考える。

そこで、まずこの2つの小説を作者なりに読み解く姿を披露することで、読者と面白さを共有し、読書の楽しみを体験させる。

そして、こういう面白い小説を取り戻そう。「小説を読んで、心のそこから面白いと思う感覺」を養おう、と主張している。

NHKスペシャル歴史ドキュメンタリー松岡修造担当しているような、そんな熱くて小気味良いノリは読んでいて楽しかった。




小説の読み方」についてはおまけ程度の分量しか書かれていないが、ここでも

ストーリーの筋をおいかけるのではなく味わうことを中心に考えよう、と思い切ったことを主張している。

そのためだったら、あらすじは最初から知った上で読んでも構わないだろう、と言い切っている。

ネタバレ」を食らったくらいで楽しめなくなる本を読むことは読書ではない、などと勇ましい限りだ。

実際私も、一度読んだ本でも本当に面白いものは何度読み返しても面白いと感じるし、

他の人の書評などで「別の読み方」を見つけた時などに嬉しく思うことがあるので言わんとすることは何となく分かる。




論理的には粗だらけだが、非常にシンプルかつ力強いメッセージのある本だと思う。

こういう本を書ける作者の小説はさぞ面白いのだろうかな、と期待させられる。

なんとなく「夢をかなえるゾウ」の二番煎じだろう、みたいに思って敬遠している内にタイミングを逸してしまい、

ドラッカーブームも長続きしなかったため、今更読んでもな、とは思っていたが、今からでも読んでみようか。




ただし全面的にほめられるかというとそうでもない。

構成と文章はかなりいただけない。

まず冒頭から特定の人物に向けての非難のようなものが始まり、ソレについての正当化のような文章が続く。

経緯を知らない私には心底どうでもいい話であり、蛇足以外の何者でもない。サービス精神真逆である

始めは作者にネガティブイメージを持ち、立ち読みだったらこの時点で読むのをやめていただろう。

また、この読者批判?のようなものは、その後の文章でもちょくちょく顔を出し、そのたびに嫌な気分にさせられる。

どうしてこんなに前向きな主張をする人が、些細なことでネチネチと文句を言っているのだろうと不思議になった。

作者の主張とテキストの間に一貫性を感じないのは気持ち悪さを感じて非常にマイナスだった。

上の記事が「ファン向け」と言われたのもわかる気がする。上の記事で言うところの

一言でまとめると「読書術の本だと思った?残念、ハックルちゃんでした!」という感じ

は確かにあり、私にはこの部分は非常に読んでいて邪魔臭く感じた。シンプルな話をややこしくして何がしたいんだろう。

小説ではこのようなことがないようにお願いしたい。

日本ITはなぜ終わったのか』を読んで

http://ascii.jp/elem/000/000/643/643497/index-2.html

↓はその通りだと思う。

 このような日本新陳代謝グローバル化の遅れの背景には、日本企業組織特性がある。日本製造業戦後、高度成長したときは、欧米技術をまねて、低賃金生産することができた。

ただ、↓と言ってしまうのは微妙に思える。

首相や閣僚に実質的な決定権がなく、官僚が「ボトムアップ」で決めたことを承認することしかできない。

首相決断」により郵政民営化も、原発の上からヘリで水を撒く事も出来た。首相レベルの決定権は今も強大なものが有ると思う。

官僚が優秀であるはいえ、ここを縦横無尽に使いこなせるような立場にある政治家など近頃では皆無に見えてしまう。




誤解を恐れずに言えば、なぜ決定権を持つ人間が決定できなくなってしまっているのかというのが、




現状の「女性の風潮」に逆らえない




からではないかと私は邪推している。

現状の女性からすれば負け犬にはなれないし、

婚活に勝ち残らなければならず、

村のようなコミュニティ破壊されたので一人で子育てせざるを得ず、

旦那給料を【未来永劫として確固としたもの】に仕上げさせなければならないプレッシャーが有り、

ご近所様からも【ちょっと上の立ち位置を築かなければならぬ】プレッシャーすら有る中で、

養育費、お受験代、年金、老後の資金を工面するために

旦那には【絶対に冒険してもらっては困る】のであって、

まだ高度経済成長期に築かれた【幻想成功神話】を再び旦那に具現してもらわなければ困るのであり、

ゆえに日本社会的に【挑戦】してもらっては困る世界が出来上がる。

(近所やら知り合いに偉そうに出来なくなるから




女性収入を得るとか、

女性同士で血みどろの自慢合戦を辞めるとか、

男性としてもそういった女性に騙されない方向へ進み

「寝た子を起こさない」発想から「協力」というコミュニケーションとして高い次元へ進まなければ

単なる中国属国になってしまいかねない。

今、勝ち組でも10年後に負け組と同一の立場に置かれてしまうかもしれないという算段を持って今後の方向を検討出来る場が欲しいと思う今日この頃でした。

今はもうグローバル経済戦争に負けちゃった、という認識で、

戦後焼け野原というゼロからスタートと割り切った感覚で進められないものでしょうかね・・甘いかな。

2011-10-17

これから竜王を倒しにいく人とクリア後の人が共存する社会

から仕事や家屋敷などを相続してしまった人、する予定の人は、竜王を倒した後のクリアしてしまった世界に生まれてしまったのだろう。

そこそこまじめに生きていれば、食いっぱぐれることもない。

がんばりもそこそこでいいので、お小遣い稼ぎ感覚仕事をすることもできるし、ちょっとだけ賭けに出るような生き方をしても、セーフティーネットがある。思ったよりもこの手の境遇の人が今の日本ではマジョリティなのだ。



これからニューゲームで、「竜王を倒しに行くためにレベル1から地道にがんばるよ」みたいな人は案外少ない。

持ち金0、経験値も0からスタートで一旗あげるような生き方ををする人は本当にまれだ。



実際、クリア後の世界に生まれた人とそうでない人との間では、受験にしろ、就職にしろ価値観に隔たりがあるだろうし、この世界観の違いは、結婚観や恋愛観にも大きく影響する。

クリア後の世界からクリア前の世界へ降りていく行き方は並大抵のものではない。



クリア前の人のコマの進め方は、消去法的な選択で一本道だ。進学でも遠方にいくのは困難だし、就職の際もクリア後の家に育ったのかどうかを見られているので、その仲間に入れてもらうことはハードルが高い。

クリア後の人にとっては、クリア条件に向かってのコマを進めるわけではないので、選択肢の幅は広い。クリアしてしまっているので、お城の王様も隣町の商人も知り合いだったりする。



高校や大学に進学したとき違和感を感じる人がいたら、あなたとは別の世界に暮らす人なのだ。

クリア後の世界にいる人にとって、クリア前の世界から猛烈に鍛錬を重ねてストーリーを進めようとする人は目障りで仕方がないはずだ。その存在自分たちの既得権を脅かすものから

クリア前の世界から見ると、クリア後の世界に暮らす人の不平不満は、わがままひとりよがりしか聞こえないかもしれない。



クリア前の世界にいるこれから竜王を倒しにいく人は、社会の原動力だ。この人たちが稼ぐゴールド経験値はまさに成長力そのものだ。クリア後の馴れ合い戦闘ゴールド稼ぎとは趣が異なる。

これから日本は、ますますクリア後の世界の人が増えていく。クリア後の人をクリア前に戻すことやクリア前の人が冒険しやすいように支援することが日本が生き残っていく鍵になるのではないだろうか。

2011-10-16

冒険心」を失い「内向き」になってしまった若者たち」スレより

81 名無しさん涙目です。(セイブルック砦) :2011/10/13(木) 09:10:31.57 ID:BTHYp2QdO

俺は冒険するよ。

来年世界一周してくる

  

111 名無しさん涙目です。(江戸城) :2011/10/13(木) 09:14:34.55 ID:+0dY7/Vu0

>>81

既に世界一周なんてありふれているし

ブログでも見れば、リアルタイムで体験できて

あんまり意味が無いなー。

日本人初・前人未到くらいのものがあれば

行ってみたいけど

もう1970年代くらいで、行き着くしていて

ここなら誰もいないだろうと、アフリカの奥地の山に行ったら

どこかの大学ワンダーフォーゲル部の旗が立ってたってさw

それから40年・・・この科学の発達した時代

一体何を求めるんだ。

この111君の「テレビの前の視聴者感覚」に違和感を覚える。

ブログで見ればリアルタイム経験できる」って一体何を体験できるというのか。

そういうやつが「日本人初・前人未到くらいのものがあれば行ってみたいけど」って

お前は口だけ番長か。準備すらまともに出来そうにないわ。

  

まとめブログで見ただけだから釣りレスかどうかは分からないけど。

2011-10-11

[] 書評 岩崎夏海小説の読み方の教科書

はっきり言って非常に面白かった。というか岩崎さんがすごい萌えキャラに見えてきた。ラノベヒロインとしてみればA級クラスの完成度だよマジで





全体を一言でまとめると「読書術の本だと思った?残念、ハックルちゃんでした!」という感じ

タイトル通り読書術を期待して読むとかなり肩透かしを食らうが、むしろ小利口な読書本を期待するはてな民は最初からおるまい。

この本は、どちらかと言うと「岩崎夏海版 小説を書くことについて語るときに僕の語ること」と名付けたほうが良い。

小説とは何か、小説はなんのために読むのか、小説面白さとは何か、という彼流の思索を綴ったものである

岩崎さんがどのようなことを考えて小説を書いているかがわかるので「もしドラ」について語りたい人は必読であると思われる。




まえがきだけで本の半分消費 

しょっぱなからイノベーション(笑)があり、100ページ読んでも小説の読み方についての話が始まらない「小説の読み方」の本になっている。

「いいから早く小説の読み方の話をしろ」などと野暮なことを言い出す人はそもそもこの本を読む必要はない、という彼の強気姿勢が伺える。


ではそのまえがきで何を書いてるかというと、上で書いたとおり。

岩崎さん自身の読書遍歴とか、小説歴史と称して実際はドン・キホーテハックルベリー冒険いかに素晴らしいかという話を彼自身の語りで延々と説明するのだけれど、論理性を欠いているせいか、はたまたまた繰り返しの多い冗長な構成のせいか情熱が空回って言いたいことは全くこちらに伝わらないのが実に岩崎さんらしい。

どちらかというと、彼が推理小説および推理小説的な読み方に偏った日本の読者批判をするところの方が面白い

ところどころに、Amazonレビューやねうらおさんによるもしドラの「誤読」に対しての嫌味が入っており、ニヤニヤが止まらない。




読書術のところはありきたり

(ありきたりというのは決して悪い意味ではなく、基本をしっかり押さえているという意味でいいことではあるのだが)

正直言ってこの部分だけが目的なら「未来形読書術」「打たれ強くなるための読書術」という本を読むことをおすすめする。



まず「どうやって読むか」は目的によって変わる。

「なぜ小説を読むのか」について岩崎さんがどう考えているかだが、彼ははっきりと成長のため=「自分人生を豊かにするため」「器を広げるため」と言い切っている。つまり、もともとラノベ的な消費のされ方をする作品群は彼の考える小説に含まれていないように思われる。じゃあもしドラには使えないんじゃ・・・


一応「成長するための読書」を目的としたとき意識するべきことは以下のとおり

・「正しい読み方」はドン・キホーテとか百年の孤独ハックルベリー冒険など、読者を鍛えてくれる本を読めばを読めば自然と身につく。

・できる限り長い作品に挑戦して小説世界に浸ることで現実道徳などの柵を取り外す。

・結末や筋書きを意識したり、物事の善悪、登場人物の正否などを勝手に判断せず、素直に作品で描かれていることを体験する。

・二度読み、三度読みによって、物語をいろんな視点から眺め、登場人物や世界にに奥行き立体性をもたせたり、行間に気づくようになる。

・作品が発する問いに自ら向き合うことで自分を成長させる

そのあとに実践編が続く。

ただ、この部分はハックルベリーを読んだことがある人なら、まぁ普通にそう読むよな、ということが書いてあるだけなので興味があるなら、程度でよい。

どちらかというと、説明の内容よりも、説明をしているとき表現の端々に感じる「読者を子供扱いする彼の意識」の方が読んでて面白かった。

ここで彼が言いたいのは、あくまでハックルベリー冒険という小説いかにすごいか、ということだ。

私もこの小説は、いろんなことを考えさせられる素晴らしい作品だと思うので私からもぜひお勧めしたい。

大人こそ読むべき。続あしながおじさんとあわせて読むとなお良いです




岩崎さんの見所である鼻息のあらs「よくわからないけど強い使命感がある」点は今回も発揮されている

立ち読みするなら150p以降がオススメ

彼がこの本で最も主張したかったことはこの部分で、「今の小説家と読者との関係を問い直す」ことであると思われる。

彼はよりよい小説を世に送り出し、世の中を変えるため、「俺が今の小説界を世直ししてやる」くらいの意気込みを語ってるんですよ。


「読者は小説の読み方も知らずに偉そうなことを言うな」と言って、読み方を教えると共に、ある程度の責任を課す。行間読めとかいろいろね。

一方で小説家に対しても「論理的な整合性とか読者の顔色気にしたりして一番大事面白さを追求できていない」と言って批判する。

そうすることによって「小説面白さって何だった?お前らもう一度考えなおしてみようぜ!」と熱血教師のノリで問いかけるわけです

この部分が最高に面白い。「お前が言うな」って野暮なツッコミ無用だ。昂ったっていいじゃないかハックルもの

というか私は個々の部分を読んで、2年前に竜騎士07という人が、

うみねこのなく頃に」という作品でミステリーケンカ売ってた時のドタバタを思い出した。

あの時のスッタモンダがまた見られるのかと思うとワクワクせざるを得ない。

個人的な意見をいうなら、私はめちゃくちゃ好意的だ。応援したいとすら思う。岩崎さんの人気の秘密は、この熱さを持続し続けることが出来る部分にあるのだろう。

こんな人ばっかりだと困るけど、他の作家さんも意気込みとしては時々このくらい熱い思いでやってほしい。





しかし、彼の主張の正しさを示すには、彼がその主張を裏付けるだけの作品を世に出すことが求められる。

そうでなければせいぜいラストイニング鶴ヶ島という人物のように「ブレないところがチャームポイントの頑固キャラ」止まりになってしまう。

萌えキャラならこれでもいいけど、作家としてそれいいのかハックル!?といいたいところだけれど・・・



ファンには吉報 どうやら岩崎さんは次回作を予定して意欲を燃やしているぞ!

コレについては本を読んで確かめてみて欲しい。

自分マーク・トウェインに重ねて、次回作を「ハックルベリー冒険」なみの傑作になると確信している彼の語りの部分は生で読まないともったいない

というわけで、彼の使命感がどういう形で次の作品に反映されるのか、今から楽しみでしょうがないです





ちゅいき♪

すんません、この記事読んで、初めてこの本のタイトルが「小説の読み方の教科書」で在ることに気づいたので直しました。

http://d.hatena.ne.jp/the-world-is-yours/20111018/p1

理由は、この本の内容で「教科書」を名乗る精神性が、自分の頭の中でまったく理解できなかったかですハックルさんの偉大さにまた一つ気づきました。

2011-10-06

Steve Jobsスタンフォード大でのスピーチ

もうたくさんの人に訳されてるけど,じぶんにはあまりしっくりこないのでまた訳してみた。

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ありがとう

今日世界最高の大学ひとつでみなさんの卒業式に同席できることを名誉に思う。本当のことをいえば,私は大学卒業したことがない。これが大学卒業式にもっとも近づいた瞬間だ。今日,私の人生からつの話をしたい。それだけだ。大したことはない。たったの三つだ。

最初の話は点を結ぶことだ。

私はリードカレッジ最初の6ヶ月で退学した。でも本当に辞めるまでさらに18ヶ月かそこらモグリとして出入りしていた。じゃあなぜ退学したんだ?

話は私が生まれる前に遡る。私の生物学的な母は若い未婚の大学院生で,彼女は私を養子に出すことに決めた。彼女はどうしても大学卒に養子に出したいと考えていたので,誕生と同時に弁護士夫妻に受け入れられるようすべて準備済みだった。でも私が生まれて,土壇場になって彼らは本当は女の子が欲しいと決めた。それで順番待ちリストの次にいた私の両親に夜中に電話がかかってきた。「予想外の男の子だったんです。欲しいですか?」「もちろんです生物学的な母はあとで,母が大学も出てなくて父が高校も出てないことを知った。彼女は最終合意書に署名するのを拒んだ。数カ月後に私の両親がいつか私を大学にやると約束して彼女はやっと態度を変えた。これが私の人生の始まりだ。

17年後私はたしか大学に行った。だが私は世間知らずにもスタンフォード並に高価な大学を選択し,労働階級の両親の蓄えは全て学費に費やされていた。6ヶ月経って,私はその価値が感じられなかった。これから人生で何をしたいのかわからなかったし,大学がすべきことを発見する助けになるとは思えなかった。なのに私はここで両親がこれまで貯めた金をすべて使おうとしている。だから私は退学して,みんなきっとうまくいくって信じることにした。あの時はとても怖かったけど,振り返ってみればあれが私のこれまでで最良の決断だった。退学した瞬間,もう興味の持てない必須科目を取らなくてよくなったし,ずっと面白そうなクラスに入り込むことができるようになった。

ちっともロマンティックじゃなかった。寮に部屋もなかったか友達の部屋の床で寝た。コーラの瓶を返却してもらった5セントで食料を買った。日曜の夜には街の向こうまで7マイル歩いてハレークリシュナ教の寺院で週に一度のまともなご飯を食べた。最高に楽しかった。そして興味と本能に従って迷い込んだいろんなものが後に大きな意味を持つことになった。一つ例をあげよう。

リードカレッジは当時国内最高のカリグラフィー講座を持っていた。キャンパスのあらゆるポスター,引き出しのラベル,みんな美しい手書きカリグラフィーだった。退学して普通クラスを取らなくてよくなったので,カリグラフィー講座に参加してやり方を学ぶことにした。セリフ書体サンセリフ書体,文字の組み合わせで変化する文字間のスペースの量,すばらしいタイポグラフィがどうしてすばらしいのかを学んだ。カリグラフィーは美しく,歴史的で,科学では捉えられない繊細な芸術だ。そしてそれを私は面白いと思った。

これらの何一つ人生現実的に役立つ見込みなんてなかった。でも10年後,みんなで最初Macintosh設計してる時に全部思い出したんだ。そして私たちはそれをみんなMacに詰め込んだ。Macは美しいタイポグラフィを備えた最初コンピュータだった。私が大学のあのコースに潜りこまなければ,Macが複数の書体プロポーショナルフォントを備えることは絶対になかった。そしてWindowsはただMacコピーしたので,おそらくパーソナルコンピュータ今日のようなすばらしいタイポグラフィを備えることがなかっただろう。もし退学していなければ,絶対にカリグラフィー講座に参加しなかったし,パーソナルコンピュータ今日のようなすばらしいタイポグラフィを備えていなかったかもしれない。もちろん大学にいた時に点がつながるのを見通すことはできなかった。でも10年後振り返ってみればとてもとても明らかだ。

もう一度言う。将来点がつながるのを見通すことはできない。振り返ってつなげることしかできない。だからあなたは将来なんらかの形で点がつながると信じなければならない。ガッツ運命人生カルマ,なんでもいい,なにかを信じなければならない。いつかこの道を進めば点がつながると信じれば,たとえ人と違う道に向かうことになってもハートに従う自信を持つことができる。それが違いを生むのだ。

二つ目の話は愛と喪失についてだ。

私は幸運だった。人生の早いうちに好きなものを見つけられた。ウォズと私は20歳の時に両親のガレージAppleを始めた。一所懸命働いて,ガレージにたった二人だったのが,10年で従業員4000人の20ドル企業にまで成長した。30歳になる一年前に最高の作品,Macintoshを発売した。そして首になった。いや,自分の始めた会社からどうやって首になるっていうんだ? 私たちはAppleが大きくなったので一緒に経営するのにとても才能あると思えた人物を雇った。最初一年かそこらはうまくいった。でも将来のビジョンが食い違い始めて,最終的に喧嘩になった。そしてその時,取締役会は彼の側についた。それで30歳の時,首になった。世間の誰もがそれを知っていた。大人になってから人生すべての中心が失われて,本当に最悪だった。

数ヶ月は何をしていいのか本当にわからなかった。前の世代の起業家たちから渡されたバトンを落としてしまって,彼らを失望させたと思った。デビッド・パッカードボブ・ノイスに会って,このひどい失敗を謝罪しようとした。本当に誰もが私の失敗を知っていた。シリコンバレーから逃げ出そうとさえ考えた。でもなにかがゆっくりとわかり始めた。私はそれまでの仕事をまだ愛していた。Appleでの出来事は私の気持ちをすこしも変えなかった。ふられたけどまだ愛していた。だからやり直すことに決めた。

当時はわからなかったけど,Appleから解雇されたことは私にとってこれまでで最良の出来事になった。成功者の重圧は,またなにもあまりからない初心者の軽やかさに入れ替わった。おかげで私は人生で最も創造的な時期の一つへと解き放たれた。

次の5年間に,NeXTという会社と,Pixarという会社を興し,後に妻になるすばらしい女性と恋に落ちた。Pixarは後に世界初コンピュータグラフィック劇場映画トイ・ストーリー制作し,今では世界で最も成功したアニメーションスタジオだ。びっくりするような出来事があってAppleNeXTを買収して私はAppleに戻り,NeXTで私たちが開発した技術は今のApple復活の基盤になった。そしてローレンスと私は共にすばらしい家族を築いた。

Appleから解雇されなかったらこれらは全部起こらなかったとはっきり確信している。ひどく苦い薬だったけど,患者にはそれが必要だったのだ。時として人生はレンガで頭を殴ってくる。信念を失うな。私が進み続けられたのは自分のしていることを愛していたからだと確信している。あなたは愛するものを見つけなければならない。恋人を見つけるのと同じくらい仕事でもそれは真実だ。仕事人生の大きな割合を占める。本当に満たされる唯一の方法は,すばらしいと信じる仕事をすることだ。すばらしい仕事をする唯一の方法は,それを愛することだ。まだ見つけていないなら,探し続けなさい。腰を落ち着けるな。見つけたら,あなたハートが教えてくれる。恋人との関係のように,それは歳を重ねるにつれてもっとすばらしいものになる。だから見つけるまで探し続けなさい。腰を落ち着けるな。

三つ目の話は死についてだ。

17歳の時,こんな感じの引用文を読んだ。「毎日人生最後の日のように生きれば,いつか間違いなくうまくいく」印象づけられた。それからこれまで33年間,毎朝鏡を見ながら自分に問い続けてる。「もし今日人生最後の日だったら,今日これからしようとしていることを本当にしたいかい?」そして答えが何日も続けて「ノー」だった時,何かを変えなければと気づくんだ。

もうすぐ死ぬと思い出すのは,人生の大きな選択を助けてくれる私の遭遇した最もいい方法だ。外野の期待,プライド,恥や失敗への怖れ,そんなものは死に直面すればほとんどみんな本当に大事ものを残してどこかへ行ってしまからだ。いつか死ぬと思うことは,何かを失うという考えに陥るのを避ける私の知る最良の方法だ。あなたはもう裸なのだ。ハートに従わない理由なんてない。

1年くらい前に癌と診断された。朝7時半に検査を受けたら明らかにすい臓に腫瘍があった。私はすい臓がなにかすら知らなかった。医者はほぼ間違いなく治療不可能なタイプの癌で,3ヶ月から6ヶ月以上生きることは期待すべきでないと言った。先生は帰ってやりたいことを順にやりなさいと言った。死を迎える人への医者のお決まり対応だ。つまりそれは伝える時間があと10年あると思っていたことをたった数カ月で子供たちに伝えるということだ。つまりそれは全部手はずを整えて家族が出来るだけ苦労せずにすむようにするということだ。それはつまりさよならを言うということだ。

一日腫瘍と過ごした。その日の夜生検を受けた。内視鏡を喉から胃を通して腸に入れて,すい臓に針を刺し,少し腫瘍細胞を採取した。私は鎮静剤を投与されていたのだけど,顕微鏡細胞を調べた結果,手術で治療できるめずらしい種類のすい臓がんだとわかって先生たちが大騒ぎしていると付き添っていた妻が教えてくれた。手術を受けて,ありがたいことにいまはなんともない。

これが私が死に最も近づいた瞬間で,あと数十年はそうであってほしい。この経験があったから,死が有用だけどただの知的概念だったころよりもう少しだけはっきりと言える。

誰一人として,死にたくはない。天国に行きたい人ですら死にたくはない。だが死は我々全員が共有する終着点だ。これまで死を逃れた人はいない。そしてそうあるべきだ。なぜなら死は生命の最良の発明に思えるからだ。死は生命の変革担当係だ。古いものを追い出し,新しいもののための道をつくる。たった今,新しいものとはあなた方だ。でも遠くない将来みなさんもだんだんと古いものになって追い出される。ドラマティックになって申し訳ない。でもこれは真実だ。

あなた時間は限られている。だから誰か他人の人生を生きて時間無駄にするな。誰か他人の結論を生きるというドグマに捕らわれるな。他人の意見自分の内なる声をかき消されないようにしろ。そして最も大事なこと。自分の心と本能に従う勇気を持て。あなたの心と本能はもうあなたが本当になりたいものを知っているのだ。他のことはみんな後回しだ。

私が若いころ,全地球カタログというすばらしい出版物があった。私たちの世代のバイブルの一つだ。ここからそう遠くないメンローパークスチュアート・ブランドという人物によってつくられ,詩的な感覚人生にもたらした。まだ1960年代パーソナルコンピュータデスクトップパブリッシングもなかったから,全部タイプライターと鋏とポラロイドカメラ制作された。まるで35年早くやってきたペーパーバックGoogleみたいだった。理想主義で,整然としたアイデアとすばらしい思想で満ち溢れていた。

スチュアートと彼のチームは数号のあと,すべての活動を終えて最後の号を出した。1970年代中頃で,私はみなさんくらいの歳だった。最終号の裏表紙には,あなた冒険好きだったらヒッチハイクをしようかと思ってしまうような早朝の田舎道の写真があった。その下に「ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ」の言葉があった。それは終刊にあたっての別れのメッセージだった。ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ。私はいつも自分にそう願い続けてきた。今,みなさんが新たに卒業するにあたって,あなたにもそう願う。

ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ。

本当にありがとう

2011-10-01

http://anond.hatelabo.jp/20111001064550

すっきりしねーと言えば、主人公が悪党から逃げてる間にゲストキャラ悪党の企みを燃しちゃったアレもそうだよ。

ゲストキャラだけで話を進めてるんじゃねーよ! そこは主人公が活躍すべきところだろ!

漂流伝説クリスタニアもそうだったなあ。

数年前に先に冒険に出た先行者に憧れて、自分たちも冒険に出た主人公。

悪の帝国にひと泡吹かせるも、悪の帝国守護神(以下邪神とする)がちょっと力を振舞っただけで、主人公たちを一ひねり。

こうなったら神様達の会合に行って直談判するしかない!

ってわけで神様達の会合に苦労して到着するが、肝心の邪神が来ない。

なんと、邪神は力を使った後に、先行者によって封印されていたのだった!

邪神の力は失ったものの、悪の帝国はまだまだ健在、俺たちの戦いはこれからだ!



・・・で実際次々に○○伝説シリーズが続くんだけど、正直「漂流伝説」単品として見たときはぜんぜんすっきりしなかった。

主人公の苦労はなんだったのよ?

自分努力や行動の範囲外のところで、世の中や自分のすう勢が決まってしまうことは現実じゃ当たり前かもしれないが、フィクションしかライトノベルでそれをやる必要ないだろう?



メディアジャンル全然関係ない話で申し訳ない。

ただ、なんとなく思い出したんだ。

2011-09-26

女子中学生ブルートフォースアタック日本やばいという話

女子中学生を名乗るスパムメールが来て釣られてみるかと会いに行ったら本当に女子中学生だった話。あるいは日本の将来やばい


ありのまま起こったことを話す。女子中学生を名乗るスパムメールが来て釣られてみるかと会いに行ったら本当に女子中学生だった。何を言っているかからないと思うけれど、自分でも何が起こったのかよく分からない。とりあえず詳しい経過を書いてみる。



最初は1通のメールから始まった

一昨日(9/23)の深夜、一通のスパムメールが来た。簡単に「友達になりませんか?」と。普通ならそこで削除して終わりなのだけれど、他のスパムメールと決定的に違うことがあった。送信者アドレスが@docomo.ne.jpだったのである



ほぼ釣りか巧妙なスパムだと思ってスルーしていたけれど、ふと「どちらさまですか」と返信してみるとすぐに「XXX(以下、仮にハルカとする)っていいます。中3です!!」と返事が来た。

99%釣りと思ったけれど、遊んでみるかとメールを続けてみた。全力で釣られるのが紳士の努めである・・・




スパム釣りか、あるいは・・・

こういったスパム場合、考えられるのは次の3つのいずれかだろう。

  1. 悪質なスパム業者による釣り。あるいは最近Googleなどにも攻撃されて話題になったソーシャルハッキング
  2. 自分の知り合いがアドレス変更したついでに自分を試そうと企んでいる。釣り
  3. 本物

おそらく 2. だと思われるが、綺麗に釣られることで盛り上がるかなあとそれなりにメールを続けてみた。すると、いろいろ不審な点がでてきて、3. が急浮上してきた。



まず、メールの書き方が拙い。もし釣りであれば、もっと話を膨らませようとしたり、こちらの墓穴を掘ろうとするだろう。自分から、「メル友になりませんか♡」と書いてきたのに、話を膨らませる気がなさそう、「部活はなにやってたの?」と聞くと「卓球をやってました。」と答えるだけ。普通、相手にも同じ質問を返すか、そこでの話をしようとすると思う。あと一部、文脈がない、質問してもそれに答えないこともあったり。マウンテン・ティムがブチギレるレベル。それでも、なんとかメールを返すとちゃんと返事をくれる。返事は早くチャット状態だった。



そしてやたら地名が生々しい。話の流れから愛知県に住んでることがわかったのだけど、そのあと、「いまはヒルズにいます」と言ってきた。六本木ヒルズのことで東京にいるのかと思い聞いてみると、ヒルズXXというローカルショッピングセンターのことだった。

これは、まず釣りでは言わなさそうな微妙固有名詞



ここからおそらく、女子中学生かどうかはともかく、かなり本物と言うか素人的ななにかじゃないかという推測が立てられた。

このとき夜神月くんが偽物だろうと思いながらもデスノートを試してみたら本物だったとわかってしまったような心境。だったと思う。




そして話は急転して

その日の夜、友達と飲みながら話をしていたら、もっとメールしてみようということになって、いろいろ送ってみることにした。その中で、なんでこのアドレスメールしたの?(どこかで見つけたの?)と質問するとはぐらかされてしまった。そのあとに文脈がわからないまま写メ見せてください☆と来て何人かで写っている写真を「この中のどれかだよ!XXXちゃんの写真も見たいな」と送ってみた。すると自分の送った写真にはなんのコメントもせずに3人で写っているプリクラを送ってきた。幼い、明らかに女子中学生・・・。念のため書いておくと自分ロリコンじゃない、けれどもし相手がこの写真に写っている1人なら、どういう経緯で自分メールを送ってきたのか、中学生の間でなにが流行っているのか、すこし興味が湧いてきた。



そのあと、その3人で写っている中でどれが私だと思いますかと聞かれて、半ば適当に答えるとんぜか見事に正解、その流れと怖いもの見たさとお酒の勢いで「これは会いに行かないといけないな^^」とキモいメールを送るとむこうもまんざらじゃなさそう、「でも会わないほうがいいですよ」とも言ってきたり、なぜか身長体重を聞かれたり、そのあとに年齢を聞かれて、話をしているうちに、ほんとに翌日会うことになってしまった。



会う場所は、名古屋駅にしようと連絡するとよくわからない、と来た。それもそうか、と思うと「あの...お母さんがヒルズXXXにしなさいって言ってるんですけど...大丈夫ですか?」と返信。お母さん現る・・・!?

相手のホームグラウンドに行くのは美人局的なリスクもあって恐怖もあったけれど、なんとかなるかと勢いを大事約束を取り付けて、おやすみメールクローズ


なお、自分の意志だけでなく、一緒に飲んでいた人の後押しとカンパがあったことも書き加えておく。



即日決戦

翌朝、いつもの仕事時間より早く起きて新幹線に乗る。片道1万円以上、なかなか痛い出費だけど、取材費と割り切る。


ただ、約束11時のまえ、2時間くらい前からメールをしてみたけれど返事がない。まだ寝ているのか、やはり知らない男の大人に会うのは怖くて切ったのか、と不安になる。ゆったり勉強しようと思っていた休日お金を遣ってる分、なんとか会わないとと思いつつも会えなくてもそこを観光してその県で仕事をしている先輩とごはんを食べることが出来ればそれでいいかなと思えてくる。


待ち合わせの時間を過ぎても返事がなく、別に連絡をとっていた現地の子に連絡をとってお昼を食べることになり騙されちゃったよと言っていると急にメール「すいません汗汗 お母さんの買い物付き合っててもうすぐ帰るんですけど時間かかりそうです汗汗汗」



お母さん同伴!?



と思いつつ、まあここまで来たしお母さんと話してもよいかなあと(なぜか)思えて、一緒でもよいよと返信してみた。メールを続けるとハルカちゃんはお母さんに自分と会うことになったと言ってしまい、当然反対されたということ、でも抜けて会いにいける、となって会うことに。


・・・



リアル中学3年生でした。



わりといそうな、ちょっと日に焼けていて服装もそんな気を遣ってはいなさそうだけど伸ばした髪はちゃんと手入れしてそうな感じの子。顔つきは地味目で、そしてすごい痩せている。


まだ子ども。なんでこんなメールをしてきたのか気になるのでいろいろ話を聞いてみる。

まわりから援助交際を疑われるかも知れないけれど、手をつないだりするわけでないし親戚のお兄さんが遊びに来たように見える、はず。


ただ、これは間違い。あとから分かったのだけど、その田舎ショッピングセンター地元の人が遊んでばかりで、知っている子もぱらぱらいたそう。知っている人、友だちに知らない大人の男と一緒にいるところを見られてもなんとも思わない、むしろ自慢する風でもあることにふとした空恐ろしさを感じる。



ここからスタバで話を聞いたことの内容。

驚くべき内容が多くて衝撃を受けたのだけど、うまく表現できないので箇条書きしてみる。


で、このあとプリ機(プリクラのことらしい)でプリクラ撮って少し話して、ペットショップ見てそろそろさようならとしようかなと思っていた、けれど・・・



さらなる恐怖/お姉さんとの遭遇

高1のお姉さんも、デートするのにはアピタかこのショッピングセンターしかないらしく、遭遇してしまった。

しかも男連れ。彼氏(?)はどうみて40歳くらい。なにが起こっているのかワケガワカラナイヨ。

ただ見た目はちょっと格好悪いおっちゃんだけど話してると地元の景気を憂いていたり、新しいプリ機とかわからないけれど高校生と一緒にいるといろいろ勉強になると語るなど意外とまとも。気まずくてちゃんと話せなかったけれどまた話みたい、かも・・。

お姉さんはモテてる、と聞いた割にそう顔立ちがいいわけでないし、かわいらい格好をしているわけでない、ただ、先ほどのハルカちゃんの話の影響からか色目を使われているような気がしてしんどかった。



そしてフードコートで美味しくない山盛りのフライドポテトを食べてだらだら話をした。さっきまですごくたくさん話してくれたハルカちゃんもお姉さんの前ではあまりしゃべらない。謎の空気が気まずくて話も盛り上がらない。そして4人でプリクラ撮って、自分の気力が萎えて解散。ああ、禍根を残してしまった・・・

最後はなんかいきなりキスしたりエッチとかはありえないけどキスマくらいなら・・みたいなことを言われて衝撃。けれど正直、文脈も分からないし飽きてきたのでよくわからない。はいはいワロスワロスみたいな感じで聞いてさらっと別れた。たぶん、もう二度と会うことはないだろうな・・・


そうして傷心したまま、名古屋駅で麺や六三六を食べてシルバーウィーク最終日の激混み新幹線帰宅



おまけ

しばらく話のネタにはなりそう・・・

自分ブログには書きにくかったので増田で、なにか不明の点があれば質問ください。

プリクラはアップしません。あと、ぼくはロリコンじゃない。

2011-09-24

旅行に行きたい。

この連休、ひとりで5日間のカンボジア旅行に行ってきた。アンコールワットはとてもすばらしくて、郊外にあるベンメリアは廃墟遺跡として冒険心がくすぐられた。次はモロッコに行きたいけど、アフリカなので10日は欲しい。しかしどう考えてもそんな長期休暇は取れそうに無い。

1年に一回、10日間くらいの休みが欲しい。

仕事リタイヤしてからスポーツ海外旅行山登りを始めるような、そんな人生はいやだと思う。第2の人生じゃなくて、今の人生で何とかしたい。たぶん、今しかできないことのほうがたくさんあるはず。

元気があるうちに、自分の足でどこへでも行きたいのにもどかしい。

2011-09-17

http://anond.hatelabo.jp/20110916231259

ソーシャルゲームが儲かっていることにはちゃんとした理由がある。

MMORPGをやったことのある人間からすると、今GREEやらモバゲー手法として騒がれているのは、確かにMMORPGではかなり昔から行われていたこと。

俺自身、もうかなり長くMMORPGプレイしてきたから、それは分かる。

MMORPGプレイしてきた人ならなんとなく分かると思うが、ネットゲーム本質ってさ、まんまソーシャルなんだよね。

勿論、ゲームシステム面白いものもあるんだけど、プレイしている期間が長くなると、戦ったり、冒険する時間よりも、チャットしてる時間の方が長くなることがそんなに珍しくない。

それゆえにMMORPG欠点は、先ずゲームがあって、その後にコミュニティが出来る、ってことなんだよ。

昔はゲームを離れると、つまりコミュニティから離れるってことだった。

コミュニティを維持するには、揃って他のゲームに引っ越すか、個人的にメールアドレスを交換する必要があったが、話題は基本的にゲーム内で完結するので、話は限界がある。

それに人集めも難しい。ゲームを作った段階では、手持ちのコミュニティは(他のゲームが無い限り)ゼロからね。

コミュニティが主体なのに、コミュニティを維持するためにはゲームを続けないといけない。これがMMORPG欠点

勿論他にも、ポートの開放だったり、スペックの問題だったりと、色々とあるんだけど、メインはこれ。

ソーシャルゲームはその逆をやった。先ずコミュニティを作って、そこにゲームを落としたわけだ。それも、沢山ね。

可愛い衣装、格好良い衣装なんか、見せる相手が居ないと買っても無駄だし、強いアイテムも然り。そりゃ、売れるわな。

コミュニティの維持はSNSでやって、一つのゲームに飽きても、他のゲームに移ることが出来る。

基盤となるコミュニティがしっかりしてれば、何の問題もないわけよ。

2011-09-11

天外魔境ってすごいな

今振り返ってみると天外魔境ってすごいな。「西洋人偏見で満ちた無茶苦茶日本世界冒険するファンタジーRPGを作ろう」ていう発想がもうぶっとんでいる。おまけに当時大スターだった坂本龍一作曲を依頼して、「ニセ日本」的な音楽を作ってもらいましょう、とかやっちゃえるんだぜ。RPGといえば「西欧世界」が支配的だった当時、これがどれほど衝撃的な企画だったのか、想像するだけで震えが来る。しかドラゴンクエスト1発売(1986年)から、たった3年でこの地点までいっちゃった所もすごい。



すごいな黎明期ゲーム産業無茶苦茶面白い馬鹿な企画に、金が付き、優秀なスタッフが集まり、作品に結実する。まるでシリコンバレーみたいだ。こんな日本が昔あったんだな。80年代と言えば、エレクトロニクスなどのメーカーは今よりずっと元気で、人材ニーズも高かったから力のある人間はどんどんそっちに吸い込まれていったと思うのに、いったい日本のどこにそんな新産業へ振り分ける余剰があったのか。

2011-09-08

ドラクエオンライン化はピンとこないよね。

オンラインRPGやったことないけど、ドラクエオンライン化はほんとにピンとこないな。FFオンライン化するってのも驚いたけど、ここまでじゃなかった。

これはドラクエが「世界にたったひとりの選ばれし勇者が、世界にたったひとり(?)の絶対悪を倒す冒険譚」だからなのかな、と思う。

世界に1本しかない天空の剣とか封じられた伝説不死鳥とかを複数の人が持ってるのも意味わからんし、魔王バラモスイベントで出てくるから狩るぞーとかも想像できん。

ドラクエ世界観の根幹である勇者魔王」と「オンラインRPG」が水と油な気がして、上手く行く気が全くしないんだよなあ。

2011-09-03

ライトノベル起源SFにあるんだよ

http://anond.hatelabo.jp/20110903204912

ライトノベル黎明期を知っているか

小説には元々「ジュブナイル」という少年少女向けの分野がある。冒険物語を通して、社会常識を身につけさせるのが目的から、内容はかたかった。「努力をすれば報われる」「大人になるのは良いことだ」といったテーマで、ある程度名前の売れた小説家が書いていた。

そのころ、マンガ世界で読者の年齢層に近い作者たちが現れた。感性が近いか共感を得られる。あっと言う間に人気者になっていった。SF小説世界にも10代の作家が現れた。軽妙な語り口で、高校生を主人公に小説を書いてみせた。同年代から圧倒的な支持を得た。

その頃から少年少女向けの小説は、主人公の年齢に近い感性を持った小説家が書くようになったんだ。

それと、日本文学史は、ずっと「書き言葉から話し言葉に近づこう」としているんだよ。言葉は流動的なもので、どんどん変わっていく。でも書き言葉は文字で残るものから、変わる前の言葉で残っていく。で、ある程度の差が出来ると「もっと話し言葉に近づけよう」という運動が起こって、普段しゃべっているのと同じ口調になっていくんだ。さすがに地の文で「ちょべりば」とか書いてある本は読んだことないけど。

ライトノベル文学史の流れに沿って、生まれるべくして生まれたものだ。だから、形が変わることがあっても、廃れていくことはないよ。いつの時代も若者存在する。だから若者向けの小説もまた存在し続けるんだ。

20110904追記

kori3110さん、失礼。もっと前の話なんだ。1980年ごろ。ライトノベルという名称がつく前に少年少女向けの小説を書いていた人たちのこと。ライトノベルから一般小説へと守備範囲を広げていったのではなくて、一般小説を書いていた人たちが、少年少女向けの小説も書いていたということ。「ジュニア小説」って名称もあったけど無くなっちゃった

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