はてなキーワード: 特権階級とは
「パリストンがいいやつだった件」
なんてまとめがあったが、いいやつって敢えて安っぽい表現してるのが、かえって深く考えさせられるね
とてつもなくいいやつ
理由、キメラアント編の結果を見ると
東ゴルドーは軍事国家で正攻法で攻めたら戦争レベルだし、NGL自治国に至っては表向きが超自然回顧主義だから軍隊を突入させる事すら不可能な完璧なシステムを構築している
それが、結果的に見ると、たった数人のハンターの命を犠牲に解決している
さらに言えば、キメラアント討伐の結果、ハンター協会は世界規模のピンチを救うという功績を残している
ハンター認定証を売ると人生遊んで暮らせる、それぐらいハンターは特権階級だけど、それはハンターが今までに功績を残しているからで、今後においてもキメラアントの残党狩りのためにハンターの地位は確固たるものとなり続ける
たしかにゴン達の視点で見ればキメラアント編は苦難の連続だったし、親しい人をどんどん亡くしている
しかし、一般の人間や関わっていない大多数のハンターにとって非常に望ましい結果となっている
「いいやつ」の定義を「大半の人間が望ましい結果を出すやつ」と定義すると、パリストンすっげえいいやつって結論になる
そこで疑問、パリストンはどこまで計算してやったの、少なくとも会長達が失敗したとき世界規模でピンチになるんじゃねえの、てこと
キメラアントの社会システムは、女王、もしくは王を倒せば一気に崩壊するシステムになっている
そこで、世界規模のピンチに派遣されたハンターが、何でたった三人だったかと言う話
・貧者の薔薇をかかえているネテロ会長は、一対一の戦いにおいては、勝利か相打ちしかない
・モラウとノブの能力は、会長を一対一の戦いに誘導するのに最適な能力
それでも、万が一メルエムが予想外に強すぎたりして、会長一行が失敗した場合どうすんの?世界が終わるじゃん、って話になると、活きてくるのが先週の発言
「信じてますよ。決まってるじゃないですか」
パリストンは会長に絶対の信頼を置いていたからこそ実行できた、ていう根拠になる
結果的にネテロ会長は相打ちになったけど、ジン曰くハンター最高の快感は
「狙いが自分の思った通り動いた時」
http://anond.hatelabo.jp/20120119002919 以外の部分。
「目的は?問題の対象は?落とし所は?行動者は?君等が理不尽だって言ってることって大人に入ってもあるよ?
今から大人になろうってのに、そこ避けて通りたいってどういうこと?
◆「就活しないといけないの?」
就活と比べてビジネスする方がハードル高いって言うなら就活すれば?
それでも就活を選ばないといけないのかな?
就活デモを発展させてちゃんとビジネスにすればいいんじゃない?
→「就活しないといけないの?」って問にちゃんと答えられないで
やりたがってるんじゃないの?
「就活してもいいししなくてもいいしと思う」。
「他の人は」「多くの人は」「マクロ的には」みたいな口を利くな。
「経団連がー」「実態として」みたいなわかったような口も聞くな。
◆全面に敵がいる状態で戦うのってつらいよ?って言ったときに
「頑張ります」って返答をするな。アホなのか?
→誰が味方になってくれそうか?どうすれば就職生の一部でも参加したくなる活動を考えられる?
◆なぜ自分は選ばれないのだろう、と考えると劣等感を持ってしまう。
そうじゃなくて彼らは人の選び方がわかってないと考えれば
眼の前に道がすっとひらけるのではないか?
同様に、注文が多い人事は、学生を観る力がない。
何のためにやっているのかわからない煩雑な手続きを多くする企業なんて
ただのバカじゃなくて、圧迫などなんでもないじゃん。
大学に行ったってだけ、でたいして働きたくもないのに面子のために就職しようとして
ほんとに真面目で働きたい人の職の口を圧迫してるよね。そういう目線を持ったことある?
「宮内くんが女をいらっとさせる理系男子9つ」の条件を満たしすぎていてワロタ。
「具体的には?」とかほんとに言いやがったーしかも目上にwww
あと、岡田が一生懸命「普通の人でもできる方法」を考えてるのに
「岡田さんは成功されてるからそう思われるかもしれないですけど」ってふざけんなwオレならこの時点で殴るわ。
さすがに岡田も(#^ω^)ピキピキしとるがな。 「こいつ、偉そうに仕切るなー」とか言われとる
だから「企業はもろもろの事情を考慮してくれないと」ってなんだよ。
でも、「辛いから変えてください」って言っても、
相手に何のメリットがないなら変えてくれないよね。
「優しくしてくれるならやりたい」って下心が見え見えだよね。
就活そのものをどう変えていこうってのが具体的になってないよね。
仲間を作って対応しよう
「みんながこう言ってる」って言うな。
一緒に考えて欲しいなら、対応できる話をしろ。
自分が何を求めているのか、私にどう行動して欲しいのか言え。
「こういうのがあればいいな」ってオレにできないことを頼むな。それは不満じゃない。愚痴だ。
おい、いきなり放送が切れたぞ。リクルートこええwww
この泉は、ごく一部のお金持ち、金融機関、そして政治家などの特権階級の人々のみに独占されています。
国債は政府が発行します。これにより、政府は債務が発生しています。その額、1000兆円超。
1000兆円の国債に対し、償還されたときに支払われる金利はいくらか?年利1%だとしたら年間10兆円。
支払われる10兆円のお金、これ、当然購入した債権者に支払われています。
つまり日本は、今後も右肩上がりに成長するという大前提の元、どんどんお金を作り出しています。
そして作り出したお金は、ごく一部の特権階級の人々に自動分配されていきます。
けっきょくのところ、国際的な信用を元にしてどんどん政府に借金させて、その金利をかすめ取っている人たちがいるということです。
これがなぜ破綻しないのか。
それは、バブル期に大痛手を追った金融機関が結託して、絶対に破綻しない、お金を無限増殖させる仕組みを作る共謀者だからです。
金融機関は、自分たちが破綻しない限り債権を売り浴びせたりはしません。なぜなら勝手にお金を生み出す仕組みだからです。
もしどこかの金融機関が破綻しそうになったら、必ず政府は「借金してでも」その金融機関を救済します。
政府は財政削減などと言いながら、絶対に支出を減らすことはありません。
このお金を生み出す仕組みは、借金の額が多いほど、生み出す金利も大きいからです。
国民の監視の目が厳しくなっているため、パフォーマンスとして事業仕分けをしたり、公共事業を減らしたりしますが、一方で理由をつけて支出を増やし続けます。
「政府」という組織には、その借金に責任を持つ人は誰もいません。
どんなに「政府」が借金しても、「借金取りに追われる人」というのはいません。
財政赤字が膨らんでも、債務者と債権者が結託している限り、その債務は単なる見せかけに過ぎません。そしてその巨額な債務に対し「実際の金利」は支払われ続けます。
「国の借金が危機的状況」とか「国民一人あたりの借金額がウン万円」とかいうのは全部嘘っぱちです。
実際は国債という名の紙切れを元にして金利を掠めとる詐欺行為が堂々と行われているのです。
本来であれば無駄な借金を減らし、余剰資産は国力の増強に投資すべきなのに、それをぜず、子ども手当、高校無償化、被災地復興、高速無料化、原子力発電などなど、
「政府が主導しなくてもいい」社会活動に巨額投資して、日本の国力を奪っていってます。
それを主導しているのは誰か。
仮想敵国、中国や韓国、ではありません。もしかしたらそうかもしれないけど、直接的には「強欲な国内金融機関や投資家」です。
彼らは国に借金させることを推進して、自分の利益にしています。
そのために政治家を利用しています。政治家はとにかくお金を遣うことに邁進しています。
日本はしばらくは破綻しないけど、これが続くと、おそらくは大きく衰退します。
お金持ちはますます富みますが、一般市民は蔑ろにされ、政治に対する当事者感覚を失い、愚痴っぽく不満ばかり言う烏合の衆に成り下がります。
まずは主導者たる行政府が「お金に執着しなくなる」必要があります。
また、金融機関は、国債の金利だけじゃなく、自律した経営力を身に付けていく必要があります。
そして我々国民は、今以上に監視の目を強化する必要があります。そして直接民主主義の活動を強化していく必要があります。
政府に対して国民が「お客さん」状態ではいけません。政府は我々の代表であり、代弁者ですから、おかしなことを言う奴、する奴は徹底的に排除して、民意を反映させる努力をしなければいけません。
国民みんなで主体的に作り上げていくことができる、もっと自律した社会というのを求めれば、それはきっと叶います。
その時には、「永久にお金が溢れ続ける泉」のようなファンタジーではなく、みんなが物語の主人公になり得る、素晴らしい社会が実現できるはずです。
月1万5000円支出が増えただけで働かないといけなくなる層の主婦は、元々もっとガチで働いてる、専業主婦なんかやれてない。
年収100万円以下のパートがどういう人か分かっていて書かない人たち
http://d.hatena.ne.jp/potato_gnocchi/20110924/p1
これ主婦は特権階級でずるいから金払えっていつものアレだよね?
出てく金が増えたからもっと働かなきゃとか言って時間のある主婦が本気で働き出すともともと問題にされてたワープアは増えるんじゃないの。仕事の総量は変わらんのだし。
そうなると年収100万ちょいのアルバイトでなんとか食ってる俺なんかはちょっと困る。
あと現状で経済状態も時間もかつかつな子育て世帯が破綻することは考えなくていいのかな。
そもそも自分が恩恵受けられないからって安直に叩くやつらすげームカつく。
人の足引っ張ることしか考えられんのかね。
こちらの予言通り
在日や中国人から駄目だしくらってもそこはシカトではてサのせい
一顧だに値しない言動はある
についてまったく反論ができないようだね。
そんなんでよくカキコしにこれたもんだ。羞恥心を知らないってのはすごいな。
>卑しい豚だの豚小屋で鳴けだのとidコールで執拗に差別発言を送りつけてくれましたので、ブログ名を豚小屋と一時変更致しました。
豚のように卑しい発言と考えたのでああ書いた。馬鹿に馬鹿といったり、豚に豚といったらどこが差別なの? 君の書いたものはどういわれても仕方のないくらいひどいものだったが、あんなゲロ臭いものを人前にさらしておいて、罵倒されたら「それ差別」って、どこの特権階級様?
あのな>馬鹿
僕がチミに対して、いかなる社会的・集団的カテゴリを否定的に使って罵倒したね?
僕はチミのタワゴトにふさわしい形容をしたにすぎん。
差別について少しでもまともに考えた者は、持論を罵倒されて「差別だ」などとはいわないのだよ。チミが差別についてまったくなんにも考えたことがない、ということを、チミはまた自分で証明してしまったね。ホントに馬鹿は可哀想。
チミはね、差別発言をしておいてそれを糾弾され「差別者を差別するな」とか抜かす、無知にして無恥な連中の手垢のついたやり方から一歩も抜け出せていない。
>一般人の目から可及的速やかに遠ざけ、喧伝を成功させないよう無力化すべきであることに変わりはありません。「画像を複製して広く一般に拡散してしまえ」とはなっていません。そんな差別の拡散は断じて許しておりません。
上書きうんぬんの議論は理解できなかったのかな?
それとも、都合の悪いことは理解する気がないのかな?
>あなたが「こいつの考えは全然定説を踏まえていない」と感じることこそ、俺がまともに考えた証拠です。あなたが「こいつの考えは全然定説を踏まえていない」と感じることこそ、俺がまともに考えた証拠です。それをあなたが「まともではない」と認定し、それゆえに「まともに考えたことはにゃー」と糾弾するのはトートロジーでしかない。
>「差別についてまともに考えたことはまったくにゃー」のは、あなたではないのですか?
で、チミ程度の馬鹿による「ぼくのかんがえたさべつ」に何か意味があるとでも思ってんの? ナニを自惚れてるんだ>この豚が
差別についてどう対応するかの「定説」は、基本的には被差別者が運動の中で試行錯誤しながら練りあげてきたものだ。それくらいのことは、最低限の想像力があればわかるはずのこと。それもわかんないで「あなたが「こいつの考えは全然定説を踏まえていない」と感じることこそ、俺がまともに考えた証拠です」だあ? テメエのような自意識で豚のように肥え太った馬鹿のタワゴトが、被差別者の試行錯誤しながらの運動からもたらされた方法論と比較にすらなるわけねえだろうが! 恥ってことばを知ってるか?>自意識豚
>差別落書きがtwitterで一瞬で拡散するといった、マニュアルの想定していないリスクについてまるで答えられていない。
差別落書のメディアとしての特殊性には触れてあるだろうが>馬鹿
ネットをつかうことの危うさについても述べてある。
>その副作用が告発によって獲得される利益より十分に小さいから、告発すべきである「とされている」。そうなのですね?
僕の書いたこととはちと違う。
>ですが、だからこそ、負の面には常に心を配らねばならないのですよ。「告発は正しいのだから負の面など差別主義者のいちゃもんである!」という態度は、弱者をふみつけにするものです。手段のために目的を忘れるものです。
チミがここでいっている「弱者」って誰だ?
チミのタワゴトは当の在日や中国系に駄目だしをくらったということを何度書けばいい?
「弱者を踏みつけ」にしているのが誰のタワゴトか、当人がどういっているかくらい参照しろよ。それをしないで自我肥大で肥太っているから豚といったんだよ>この豚。
うーむ、味わい深い。
http://anond.hatelabo.jp/20110707195830
初音ミクのLAコンサート「Mikunopolis」関連の感想和訳その3。今回は初音ミクを文字通りの神話(ブードゥー教とか日本神話とか)と結びつけていた文章を紹介する。とはいっても生真面目なものではなくどちらかというとノリと勢いで書かれており、読むのも訳すのもそんなに苦労はない。肩の力を抜いて軽~く読むのにちょうどいい感じ。
http://animediet.net/conventions/vocaletariat-at-mikunopolis-unite
ボカレタリア(ボカロ階級)革命だ。ボカレタリアート(ボカロ階級者)とはボーカロイドを使う人民階級である。アニメタリアート(アニメ階級者)のようなものであり、そして多くのボカレタリアンたちとアニメタリアンたちは間違いなく重なっている。ボーカロイディアン(ボカロ人)、ボーカロイディスト(ボカロ主義者)、ボーカロイディズム(ボカロ主義)。そう、ミクノポリスは確かに革命的体験であった。ミクノクラシー(ミク政治制)、ミクノクラティ(ミク官僚)、ミクノロジー(ミク学)、ミクノレプシー(ミク症)、ミクノマンシー(ミク術)!
さて、俺がミクノポリスで期待していたのは、実は完璧なホログラムだった。つまり三次元立体画像を考えていたんだ。けど彼女はスクリーンから決して出てこようとはしなかった。ステージから降り、聴衆の中に飛び込んで踊りまくることはできなかった。だから俺の期待とは違っていた。だから技術的にいえばそいつはまだマクロス・プラスのシャロンには及ばなかった。シャロンはステージを降り、お前らと交流することができる。スキンシップできない点だけだよ、同じなのは……。
初音ミクのようなボーカロイドは、新たなる神だ。伝統的にアイドルってのは三次元の人間、つまり役者/歌手が偶像(アイドル)の役を演じていた。偶像が彼女に憑依した時、彼女はアイドルになる。それが演技という概念だ。日本語で演技はhaiyuu(俳優)と言い、その本来の意味は「神に憑依される」というもの[俳優の語源については違う説明もある]。そんでもって多分、日本で最初のアイドルはウズメちゃんだな。彼女は最初のエンターテイナー兼、踊り子兼、お笑い芸人兼、役者兼、演奏家兼、歌手だった。そう、彼女こそ最初のGeigi[芸妓]、Geisha[芸者]だったんだよ。なんだってー。
http://en.wikipedia.org/wiki/Ame-no-Uzume-no-Mikoto
最古の文学はどんな文明でも常に神話だった。つまり、最初の文学に出てくる登場人物は神々であり、そして役者は神々を演じた。だから演技は神の技、つまりオリシャ[ブードゥーの神々で、神ごとに踊りやリズムがある]と見なされたんだ、当然。それこそかつて俺らがmarebito[客人]を迎えたやり方だ。だけどボーカロイドの降臨以来、俺らはもはや四つ辻でエシュ=エレグバ[ブードゥーの神]を演じる人間を必要としなくなっちまった。コンピューターが女優を生み出し、本物の女優に取って代わったS1m0ne[映画]のように。そしてコンピューターに生み出されたアイドル歌手のミクが、本物のアイドルに取って代わった訳だ。
http://en.wikipedia.org/wiki/Orisha
http://en.wikipedia.org/wiki/Marebito
http://en.wikipedia.org/wiki/Eshu
http://www.youtube.com/watch?v=Yd60nI4sa9A
http://www.imdb.com/title/tt0258153/
ボーカロイドは演じる際に三次元の人間を必要としない。そう、miko[巫女](女性のシャーマン)は不要なんだ。日本で最も古い音楽劇はkagura[神楽](神の音楽)という。まとめて「Sarume」[猿女]と呼ばれていたウズメの末裔たちが神楽を演じた。そしてまさに、ミクノポリスこそが最新の神楽なんだ。つまりミクはウズメの直系子孫ってわけ。そしてミクはもちろんneo-marebito[新たなる客人]ってことになる。
アイドルってのは架空のキャラだ。なにしろそれはリアルじゃないんだから。なのに本物の人間がアイドルを演じるってことは、つまりアナログのアイドルとは偽物の人間、言い換えれば架空の人間ってことを意味する。かつてアナログ時代において、俺らは神の声を聞く巫女を必要とした。でももう巫女はいらない。なにしろ俺らは直接、神の声を聞けるんだから。それこそがデジタルアイドル! ボーカロイドのアイドルは偽物じゃない。架空じゃない。正真正銘、まさにそのままなのだ! 存在す、故に存在すってか。
そして今や俺らみたいな連中は好きなように音楽を作ることができる。俺らの歌を歌わせるために優秀な歌手を雇う必要はないし、音楽制作のためのスタジオもいらねえ。完全に大衆指向だ。誰でもボーカロイドを使って作曲ができる。
もしスティービー・ワンダーが音楽フレーズを創り出すためにボーカロイドを使ったらどうなるんだろうな。彼は様々な楽器からその潜在能力を引き出す方法を知っている人物の一人だ。モーグのようなとても原始的で陳腐なシンセサイザーですら、スティービー・ワンダーが使えば空前の偉大な楽器のように音を響かせるだろうさ。
http://www.youtube.com/watch?v=9CWqY94kwH4
これはプロレタリア革命というよりむしろボカレタリア革命なんだろうか? そう、確かに鏡音リンはプロレタリア革命を唱道している。だがな、労働に従事する人民は実は今なお奴隷状態にあるんだ。なぜなら、労働をするのは奴隷だけだから。労働はお前らを自由にせず、むしろ奴隷にする。アルバイト・マハト・フライ。労働は俺らを労働から解放しない。プロレタリア革命は俺ら全員を貴族ではなく、むしろ被搾取階級に仕立て上げる。
一方、ボカレタリア革命は俺らをまさに特権階級にする。かつてアイドルを雇うなんて贅沢ができたのは、成功したプロの作曲家だけだった。だが今や誰もがアイドルに自分の歌を歌わせられる。アクセスは力なり。インターネットは誰もが情報にアクセスすることを可能にし、そしてボーカロイドは誰もがアイドルにアクセスできるようにしたんだ。
ミクノポリスはフリッツ・ラングの映画メトロポリスの正統なる後継者だ。あるいは手塚治虫の方のメトロポリスかもしれない。アイドルとはつまり作曲家と聴衆の間をつなぐ仲介者/メッセンジャー。でも今じゃ仲介者に本物の人間は必要ない。かくしてフリッツ・ラングの予言は成就せり。それこそがミクノポリスであーる!
http://anond.hatelabo.jp/20110707195830
初音ミクLAライブ、外国人感想その2「再生の約束」フリーダム訳
http://anond.hatelabo.jp/20110708223459
初音ミクLAライブ、外国人感想その4「仮想の歌姫:初音ミクの人気と未来の音色」
http://anond.hatelabo.jp/20110710234300
初音ミクLAライブ、外国人感想その5「オレはAXには行ってないけど、まあとにかく……」
http://anond.hatelabo.jp/20110711212701
初音ミクLAライブ、外国人感想その6「ミクノポリス:7月のクリスマスと世界征服」
http://anond.hatelabo.jp/20110712205546
初音ミクLAライブ、外国人感想その7「AX11:ミクノポリスの印象」
http://anond.hatelabo.jp/20110713211501
初音ミクLAライブ、外国人感想その8「ミクノポリス:コンサート・リポート」
http://anond.hatelabo.jp/20110714210122
初音ミクLAライブ、外国人感想その9「アニメ・エキスポ:初音ミク」
http://anond.hatelabo.jp/20110715222900
初音ミクLAライブ、外国人感想その10「アニメ・エキスポ2011(抄訳)」
http://anond.hatelabo.jp/20110716194029
初音ミクLAライブ、外国人感想その11「世界は彼女のもの:初音ミクはいかにして全てを変えたのか」
http://anond.hatelabo.jp/20110717201147
初音ミクLAライブ、外国人感想その12「アニメ・エキスポ2011でのボーカロイド体験」
http://anond.hatelabo.jp/20110719031316
初音ミクLAライブ、外国人感想その13「ミク:日本のヴァーチャル・アイドルとメディア・プラットフォーム」
少なくともゼロ年代の人間が「貴族的な人間」「特権階級とか特殊な力を持った人間」を中心としたファンタジーを求めなければいけなかったのかって考えもしなかったなら、オタクとしてダメダメ
http://anond.hatelabo.jp/20110518205435
わざわざ太字で書いてるけど、これは一年前に論破されてるよ.
そもそも2ちゃんねるというのがある種の欲望のはけ口であって、という点からするとそれはそれで完結したいい話かもしれないけど、そのような前提が忘れ去られているのか隠蔽されているのか知らないけど、そのような欲望の排泄物をベタにありがたがるってのは、やっぱりその「批評」の敗北じゃないの。
90年代に「ぼくのかんがえたじせだいのあるべきすがた」が挫折して臆病になった人たちが日常ものに依存し、今度は00年代の人たちが考えたいろいろなものを否定する。「ぼくのかんがえたありかたですらだめだったのに、自分たちより若いヤツが考えたものが正解だなんて認めないぞ」と下の人間に嫌がらせを続ける。しらんけど80年代にもそういうのがあったかもしれん。悲しい連鎖よのう。
そんなことを思ったのがこの記事でのやりとり。
まおゆう批判の話。批判の内容は結構納得行く話だった。実際突込みどころは沢山あるからね。
でも、そうやってやれ特権少数の支配肯定だとかエリート様だけ実存回復はずるいとか言ってる人が
自分の解決策として挙げたのがコレか。
インキュベータに搾取されないためには、向上心なんてものは一旦よけて、まず、ありのままの自分を肯定することから始めるべきだと思うのです
すごい違和感。いや、ガッカリ感。同時にとても納得。
この人の主張は結局「ゼロ年代的なるもの」が嫌い、ってそれだけだったわけだ。
ああこの人90年代のオタクなんだなと思い、実際にブログを確認したらドンピシャだった。
その思想はさ、精神的に搾取されないことだけを考えていればよい物理面が最低限満たされている人間の話だよね。精神守るために物理面での搾取はある程度受け入れる余裕があるってのが前提じゃない?それこそ90年代の悩みという気がする。00年代そのものに否定的なのは、単純に90年代の夢が忘れられないって事じゃないの?
この人の立ち位置はすごく気に食わない。 インキュベーターと直に向き合いながら頑張ってる人をインキュベーターの手先であるとして批判している一方で、インキュベーターそのものとは敵対しようとしない(というかちゃんと見えてない、理解できてない、突っ込んでも無駄と諦めている)ような卑怯さを感じる。「ゆとりがあるからこその潔癖さ」「他人に都合の悪いところを押し付けての正論」にすぎないのでは。自分がテクノクラートだったらどうするか、を示していただきたい。ああいや、そういうのから降りた人たちが90年代のオタクでしたっけね。失礼失礼。
こういう卑怯な人な立ち位置にいないと安心出来ない人のために、まどマギの世界の主人公が少女じゃないといけなかったんだなとわかる。インキュベーターと対峙するもの、特別な力を持つものが、オタク以下の存在じゃないと納得できない人達がいるんだ。自分より上の存在が肯定され、生き残るのが怖いんだ。そういやまおゆう批判してたkagamiがまどマギ全肯定しててびっくりした。お前はまどマギにすくってもらう資格ねーだろが、と突っ込みたい。私はamamakoのことが嫌いだが、それでもまおゆうもまどマギ双方を否定した彼の一貫性は評価したい。
別に爺さんのように「戦時中の苦しさをしらないやつらが贅沢言うな」とまで言う気はない。昔の物理面が絶対だって考え方ね。「誰が養ってやってると思ってる」の傲慢さは私も死ぬほど嫌い。けれども、さっきの解決策はちょっと00年代の若い人の苦しさに対してあまりに鈍感すぎるのではないか。のんびり過ぎるのではないか。私も90年代のにんげんだから正確には理解できてないけども、彼らの不安や苦悩を軽視して今までの日常を維持しようじゃないか、ハーレム最高だよ、幻想に閉じこもり続けようよってなんだそれ。空気読めないオッサンにも程がある。もうオッサン時代遅れだからブヒ系のアニメ以外についてくちだすなよと言いたい気分。
もちろんゼロ年代の発想が90年代より優れているとは言わないよ。個人的にはゼロ年代の発想ってやっぱり問題が大きい、より病的で余裕がなくて、貧しいカンジがするのであんまり好きじゃない。でも、それに対してただ「近頃の若いもんは」と言い続け「90年代にもどってこい」というメッセージしか出せないのでは、ただの老害であると私は思う。(さっき年寄りたちの話しを持ち出したのは、老害にはさらなる老害を持って、老害の何たるかを理解していただきたいという趣旨)。少なくともゼロ年代の人間が「貴族的な人間」「特権階級とか特殊な力を持った人間」を中心としたファンタジーを求めなければいけなかったのかって考えもしなかったなら、オタクとしてダメダメでしょう。良し悪しだけで考え、「なぜ」をすっとばすような人間が、オタク評論をする資格などないと私は思うね。
ただし、このあとで同じ人が
って言ってるアタリが、もしかしてこれからのオタとオッサンオタクとの理解の架け橋になりそうな気はする。 本当に地震って、すでに変わりつつ合った認識の変化を後押しする大きな事件になるような気がする。もう90年代は終わったんだよ。00年代の決断主義も違うってことになったよ。90年代回帰論も、00年代のエリート正当化もやめて次考えようよって話になるんじゃないのかな。
最後になりますが。お気づきになった方もいらっしゃるかと思いますが、わたくし、まおゆう読んでおりません。読まずにここまで偉そうなことを書いたことを深くお詫びいたします。
それは失礼。こっち側とやらがどこにあるのか存じませんが、ずいぶん壮大なお考えがあるようですね。はやく体系だった形としてまとまるよう応援しております。
そうでないと無視されたというかあなたが求めてる物がまずどこにあるのかわからんので
せっかくの崇高な思想も、今回のように表面部分だけを見て個別の叩きというか、コレジャナイ病の人と同じだと判断してしまいそうです。それは勿体無い。
ところでそれって、エロゲや今のアニメに求めるよりは、もっと昔のアニメや手塚治虫や一部の少女漫画に求めたほうが早いものだと思いますよ。
あずま ひろき風を感ずる
全然意識してないけど多分それあなたの勘違いだと思う。全部が東風に見えるとか、モルダーあなた東さんに恋してるのよ。。
話変わるけどあんまり東先生バカにすんなよ。別に信者じゃないけどとりあえずベースとなってる物くらい読んでから批判しろよ、とはいつも思ってる。
信者が本買って無批判にマンセーする一方で、批判する側が著書の一冊も読まないとか、この今のねじれ構造はどないなっとんねん。
本の一冊読む程度の興味もないなら、放っておけばいいのに。どんだけ暇なの。
誰も整理なんかしようとか思ってねーし。なんでそこ基準で評価されなきゃいけねーんだよ。別の店行け。シロクマさんにでも頼め。
整理しようと思ったらそれこそ90年代をまた数個に分割しなきゃいけねーじゃん。誰がやるかそんなめんどいこと。
どんだけ整理されてあとは召し上がるだけのメニューを期待してんだよ。そう言う学術的のが欲しかったらプロの仕事にもっとちゃんと金払え。
「〜年代」っていう、10年単位で区切ってその間の大多数のムーブメントを指す言葉を「私も90年代のにんげんだから」とか使うところからして既に間違っているよねw
言葉の使い方は大事だよね。確かに私が間違いですすすみません。できればタイポ的な問題以外も指摘してくれると嬉しいけど。
上のと合わせて、この言葉を使うと、どういう内容を想像されるか始めて知った。童貞とかオタクとかと同じくらいイロイロな意味がくっついてるのな。
これは単に私の無知。普段はこういう言葉を使って会話してないんで知らんかったわ。
おまけ。ゼロ年代には元気だったけど次の世代に対して老害として振舞う可能性が高い人達一覧はここね。
自分の手持ちのものさしでしか人を測れなくなったら(評論する相手の中に新しいものを発見しようとする気概を失ったら)それはもう寿命だろ。
元増田だが、「情報系を自然と好きになれた時点で特権階級」という言葉は分からなくもない。実際、「サイエンスをやるぞ!」と意気込みながら大学に入ってきて、色々な経緯で情報系に流れてきた人は、「俺がやっているのはサイエンスなのだろうか…?単なるエンジニアリングじゃないのか?もっとサイエンスをやりたい…」といって悩む人も多い。少なくとも、自分の研究をサイエンスだとは思えず、単なるエンジニアリングだと思っていて、どうせエンジニアリングをやるのなら研究じゃなくて企業でもいいよね、といって、待遇がずっと良い企業エンジニアになってしまう人も多い。俺自身は、エンジニアリングもすきだから、そういう悩みはあまりなかったけど。
龍馬は土佐の大殿様、山内容堂に直訴し、大政奉還を促す建白書を書いてもらうことを願い出る。
龍馬は答える。
黒船の脅威に怯える幕末とこの現在を重ね合わせている人も多いのではないだろうか?
維新志士たちがやっとの思いで作り上げた新しい日本。
しかし、現在の日本からは当時の志士が夢見たような輝きは失われている。
もしも今、龍馬のような人物が日本にいたとしたら日本をどう変えていくのだろう?
毎週の龍馬伝を楽しみにしながら、こんなことを漠然と考えていた。
その答えが今回の龍馬伝で見えた気がした。
特権階級である幕府と武士階級が権力を独占し、いつしかその利権の上にあぐらをかいていた幕末。
この構造に立ち行かなくなった日本では、ついに幕府と身分階級を解体し、
一部の特権階級だけでなく日本人全員が政治に参加できる世の中へと変化せざるを得なかった。
新しく現れた世界は、岩崎弥太郎の台詞のように、生き馬の目を抜く世の中であり、
目端の利くものだけが成功し、変化を拒んだ特権階級は没落していったのだ。
では、この平成の世で既得権益の上にあぐらをかいていたのはいったい誰だっただろう?
...。
..。
思い当たった。それは、日本人だ。
日本人は敗戦後、貧しい中から復興し、経済大国日本というブランドを築きあげた。
そして、同じく貴族階級ともいえる欧米先進国とともに経済活動を独占してきた。
だがそうして手に入れたブランドの上にあぐらをかいている間に、世の中の流れは変わった。
より多くの大衆がこれまで先進国に独占されてきた経済に参加を始めたのだ。
多くの人が平等に競争することになれば、特権階級にあった人々が没落していくことは避けられない。
そのような世界では、岩崎弥太郎のように変化を恐れない人物だけが生き残っていく。
「幕府と武士階級を解体する」ことではなく「日本と日本人を解体する」ということであるはずだ。
これまでの特権階級であった日本人(=武士階級)は、日本(=幕府)に助けを求める。
「日本は無くなるがです。」
容堂は問う。
龍馬は答える。
平成の日本でもこんなことを大っぴらに話していたら、ほとんどの日本人から敵視されることだろう。
龍馬は言う、
「命を狙われるぐらいのことをしなければ日本は変わらん。」
この法案は、あまりにも筋が悪いので、過去、すべて廃案になっている。
この法案は、令状無しに捜査し、証拠を確保し、しかも、裁判無しに有罪判決を下せ、上告の権利は一切無いという、国家権力を私する人権擁護委員による人権侵害を合法化しようという内容である。
現状の裁判手続きにおいて十分に処理できる問題なのに、差別ではなく区別であった事がバレてしまうと裁判に勝てないからという理由で、部落・在日が、民主党や自民党の一部の選挙区の代議士を担ぎ上げ、自分達を特権階級にせよという法案なのである。
このような筋の悪い法案を審議する事をムダと言わずに、何をムダと言うのであろうか。官僚のやる事はムダだが、議員のやる事はムダではないとでも嘯くつもりであろうか。
官僚にしても、文部省が朝鮮学校に対する高校授業料無償化において、学習内容は不問とするという方針を打ち出したというニュースもある。学習内容を問わないのであれば、公教育制度自体が不要となるという事に気がつかなかったのであろうか。
次期主席が習近平では「大変革」など望むべきもなし、と香港専門家ら
ダークホースが王権を手に入れたが背後にいるのは利権巣窟特権階級
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香港「りんご日報」(21日付け)によれば、習近平の軍事委員会副主席入りは「ダークホースが王権」を手に入れつつあるが、かれは高級幹部一族の「太子党」出身であり、特権階級の権利を擁護し、独裁体制を維持させることに汲々とする連中が支持基盤である限り、大変革なんぞありうるシナリオではない、と冷淡に分析した。
2007年にいきなり上海書記に抜擢された習は政治局入りを果たしたダークホースで、しかも翌年三月に国家副主席への三段跳び、四段飛びと異例の階段を駆け上った。
習が「改革派」「開明派」として知られた習仲勲の息子であることから、「政治改革に大なたを振るい」、あるいは「“中国のゴルバチョフ”になるかも」という淡き期待は消し飛ぶだろう、と同紙は続けた。
2012年党大会で、習近平は党総書記と党軍事委主任となり、2013年に国家主席となることは、いまや規定の方針だが、江沢民が最後まで「国家軍事委員会主席」(形骸だけで党軍事委主任が事実上の統帥権)を、三年保持して軍へのにらみをきかせたように、バランス上からも胡錦濤は、2015年まで「国家軍事委主任」のポストは手放すまいという観測もあがっている。
他方、香港の有力紙「明報」は同日付けで、尖閣諸島衝突問題に言及し、「結局、中国があまりに驕慢だったため、日米両国の同盟をかえって深化させ、中国を非友好国としてあつかい始めたことは『外交的失敗だった』」とする時殷弘教授の談話を引用し、「中国外交の失敗」と題した林華保のコラムを掲げている。時殷弘は中国人民大学アメリカ研究センター主任。
(林華保は有名なコラムニスト)
通巻3110号
大阪・難波の2児放置死事件を覚えておられるだろうか。誰も覚えていませんね。
いや、言われれば思い出すが、そんなことも昔あったなあ、レベルだろう。
事件の直後ははてなでも激しい盛り上がりを見せたが、しかし当初からどうも、誰かがうまくやって自分の目から不愉快な事件を消してくれと言っているようにしか見えなかった。
行政が悪いと主張するなら、体制を整えるコストは負担する用意がありますという意味でなければならない。が、役所が現有戦力で勝手にうまく処理してくれるべきというマジカルワードになっている。人員や費用(人員も費用だけど)が増えるなら、追加負担には応じるという意味でなければならない。行政に強権を付与せよと言うなら、その行使を(無制限にではないが)認め、自分が不利益を被っても協力を惜しまないという意味。その覚悟はあって行政のせいにするのか。踏み込めよというなら踏み込まれることを容認できるのか。近隣隣人が気を配れというなら、隣人付き合いをちゃんと行わねばならないし、通報した時にはその後ぎくしゃくするデメリットも含めて背負わねばならない。その覚悟はあるか。
おそらく誰にも、誰一人、なかった。
隣人は、行政は、社会は、自分ではない誰かは一体何をやっているんだ!と叫ぶだけ。哀れな児童に同情する自分、行政にガツンと言ってやる自分、この悲劇を呼んだ社会構造を批判する自分に酔うばかり。自分が、何かを、しなければならない、と考える感想は見られなかった。
これに限らず。
はてな界隈の議論は浮遊した観念論しかないんだよな。サヨク系の人々の理想というか。現実の被害者を直視しない、バッシングの快感を優先する言説ばかりが多い。
ま、言論を弄ぶだけの、正論をバッシングの道具にしたいだけの言説が多いことは、分かっていた。ただ、その裏に一片の善意はあろうと思っていたんだ。浮ついた言説やくだらない左右対立の底には、それでも集合知が埋れていると思っていた。甘かったよ。徹頭徹尾、遊びだったんだな。はてなーの言葉には何の重みもなかった。
俺は狂犬っぷりを発揮して児童虐待や民族差別に浅く首を突っ込んで噛み付きまくった自覚があるのだが、それで恐ろしいと思わされたのは、ノータイムで喉元に反論を突き付けて来る「また○○か」と言われるあの人ぐらい。いい意味で真っ直ぐに狂ってると思う。真摯だわ。どうも他の人には余裕を感じる。錚々たる面々でも。優越感ゲーム、と呼ばれていたか。自分とは無関係な議論ごっこの具としか考えていない余裕が見え過ぎている。本気で怒っていないのが見え見え。議論ごっこをして勝ち誇りたいだけ、撃墜マークが欲しいだけなんだ。マイノリティだの何だのを本気で案じているわけでは決してない。
いや、現に案じて現に行動している人はいる。しかしそういった人の言葉でさえ、なんか「ギャラリーにも見せつけながらプロレスをして自陣営にうまいこと隷属させよう」という言葉なんだよね、素で本音をぶつけてくる熱さがないんだよ、全く。
おそらくは、はてな界隈にとどまらないのだろうね。言説があまりに軽い。
社会がー行政がー都会の無関心がー言って自分は高いところから采配しているつもりになっているのでは無責任に過ぎる。多分、ブログで論者として発言する人はこの陥穽に陥るがちだと思うのだよね。自分が特権階級だと思っちゃう。自分は部外者として外に置き、中の国民によきにはからえと命じる。そうじゃない。他人事ではいられないはずなのに。
社会が悪いと言う時には、その社会を作ってきた一員としての反省と、その社会を少しずつでも変えていく決意がなければならんのです。なのに、自分ではない漠然とした誰かが悪いという風に怒って済ませている。良くて、やり場のない怒りのやり場として、行政の不作為や都会の無関心という藁人形を作って叩いている。悪くすれば、責任を誰でもない有耶無耶に拡散してしまっている。
日本人は高級官僚と呼ばれるごく一部の通常2,3人、多く見積もっても数十~数百人の超特権階級エリートの目的を実現するための性奴隷になっている。なぜなら最も能力のある人間として選抜された者の中身を国として実現するというのが日本という国のコンセプトだからである。ゆえにその中身を実現すべきものとして選抜されたその少数のエリート以外は、たとえ中央官庁に勤務していてもそのエリートの一部である。日本という暴力国家の政治の全てはこの少数エリートが決定しており、このわずかな人間の意思を実現するために、すべての人間がそれぞれの役割をこなすために束縛を受けており、それを逸脱したり、一体化することが許されていない。最近では、このエリートが努力できなくなっているため、官僚バッシングといった形で、形式でも実質でも官僚をいじめることが人民の役割にすらなっている。また、日本がこれら少数エリートに暴力的に支配されている国であることを隠蔽するための宗教が異常に発達しているため、外国人は日本がこのように少数エリートに暴力的に支配される国家であることにすぐに気づかない。それどころか、国内の人民すら、日本が民主主義国家であると信じている者がいるほどである。
日本人は高級官僚と呼ばれるごく一部の通常2,3人、多く見積もっても数十~数百人の超特権階級エリートの目的を実現するための性奴隷になっている。なぜなら最も能力のある人間として選抜された者の中身を国として実現するというのが日本という国のコンセプトだからである。ゆえにその中身を実現すべきものとして選抜されたその少数のエリート以外は、たとえ中央官庁に勤務していてもそのエリートの一部である。日本という暴力国家の政治の全てはこの少数エリートが決定しており、このわずかな人間の意思を実現するために、すべての人間がそれぞれの役割をこなすために束縛を受けており、それを逸脱したり、一体化することが許されていない。最近では、このエリートが努力できなくなっているため、官僚バッシングといった形で、形式でも実質でも官僚をいじめることが人民の役割にすらなっている。また、日本がこれら少数エリートに暴力的に支配されている国であることを隠蔽するための宗教が異常に発達しているため、外国人は日本がこのように少数エリートに暴力的に支配される国家であることにすぐに気づかない。それどころか、国内の人民すら、日本が民主主義国家であると信じている者がいるほどである。