はてなキーワード: 飲食店とは
飯を食った
地方は不便だろうと新車をポンとプレゼントするような太い実家と優しい両親に愛され、自己肯定感を育まれた容姿端麗な友人がお裾分けしてくれた名前も分からん洒落た肉料理を食った。
こんな私のことすら気にかけてくれる優しい彼女の両親がついでにと持たせてくれた、初めて見る姿形のケーキも食った。ちなみに私には親はいない。
どっちもべらぼうに美味しい。こんなボロアパートで食うには勿体無いほど洒落た夕食だ、私は友人一家に大いに感謝した、そして1人泣くのだった。
彼女は容姿端麗でこんな私と友人でいてくれるほど性格もいい、当然だがモテる、交友関係も広い。今回貰った肉料理も飲食店を営む友人から学んだらしい。ソースに使った柑橘類は知人の農家から貰ったと言っていた。私にはそんな知り合いはいない。彼女は決してそれらをひけらさかない、性格の悪い私は彼女に嫉妬して、卑屈になった時期もあったが今ではそれは当然と割り切っていた。しかしそんな私の見積もりは甘かった。
あの美しく包まれた差し入れに彼女と私の『差』、その想像を絶する格差の全てが詰まっていた。
あまりに自分がみじめに思えた、太い実家も、優しい両親も、美しい容姿も、人を思いやる心も、多くの人から愛される愛嬌も、広い交友関係も、それを構築するための努力も、知性も、何一つ持っていない、何一つ与えられていない、なにひとつできないままこの歳になった。
その料理の美味しさを実感するほどまた涙が溢れてくるのだった。その姿が醜いことも、そんなことを考える自分が愚かしいことも重々承知だ。人生は配られたカードで精一杯努力するだけだ、持たざる者には持たざる者の生き方がある。
ただ私にできることは、しなければいけないことは彼女一家に精一杯感謝を伝えることだ。そすうればまた今晩のような素敵な晩御飯にありつけるかもしれない。次に会う時は手土産を持っていこう、今日泣いたことはおくびにも出さず。
ただの愚痴。
子どもの頃から外よりも家でゴロゴロしているのが好きな人間だった
同居人(ほぼ週の半分は家にいない)がいるとは言え一人暮らしだと、自分の好きなものが周りにあって居心地がいい
外だと基本寝転がる事ができないしベンチや飲食店がないと基本座る事ができないけど、家だと好きな時に座れるし寝転がれる
外で買い物やらただ散歩するのも楽しいけど、でもそれ以上にダラダラするのが好き
あと自分は金持ちじゃないからあんまり外に出てお金を使いたくないってのもある
だけど最近は仕事含め毎日何かしらの事情で外出する機会が多くてぼちぼち疲れてきた
遊びの外出も楽しいけどやっぱり疲れる。特にこの前の土日(12/17~12/18)は気温が更に低下して冷蔵庫を歩いているみたいで不快だった!!
日曜は最初は近所のパン屋に行くだけだと思って簡単な仕事をして出かけたら、何故か同行者はめちゃくちゃ気合が入った格好だった
元々お洒落が好きな人だから気にしないでいたけど、遠出する為のお洒落だったらしくそのまま結構遠出する事になってしまった
「もう夕方も近いのに…」って思ったけどせっかく向こうはお洒落をしてるし申し訳なさでついていったけど、やっぱ疲れた。全然楽しくない。早く帰りたかった
自分の中では”次の日から仕事なんだし休ませてほしいって気持ち>>>外出する楽しさ”なんだよね
他人の外出は全然否定しないけど、自分は週末昼以降から始める外出が嫌いだと改めて痛感した
こんなに家にいたいのに今週土日も外出する予定なんだよね
年末年始地元に帰るからリクエストされたお土産を2種類買いに行かなきゃいけないんだよね。めんどくせー
通販でいいじゃんって思うけど両方とも通販やってないやつなんだよね、平日も仕事忙しくて店の営業時間に間に合わないんだよな
強まったおでんのスープで伸びしろがある分、水で伸ばしたそれだけでうどんも美味しいと言う、
いろんな具材から出た良い味ゆえ、二度ともう同じものがつくれない再現性のない儚いおでんスープだわ。
ろんのもちで餡掛けにも華麗に転身できることは確かかも。