はてなキーワード: 極東とは
「あなた方は無知です。9年前に国王ウィレム2世は親身になって日本のことを心配し、親書を特別船で届けました。親書には世界の情勢が詳しく説明されていたはず。いずれこういう日がかならず来ることを懸命に日本に訴えてきました。それに対する貴国の返事はこんな手紙は二度とよこすな、というものでした。去年私が長崎にやってきた時も、特別船でペリーより依頼された親書と、私の詳しい説明を添えてお渡ししました。一体この1年・・・いや9年の間、あなたがたは何をしていたのですか?」
「今から蒸気軍船を購入しても、航海士はいるのですか?一隻につき訓練された水兵が100人近く必要ですよ。今蒸気船を買った所で港の飾りにしかなりません。戦うつもりならもう遅きに失しています!」
「最初は腸が煮えくり返ったが、今は奴らが可哀想で仕方ない。自業自得だがこれから辛酸を舐めることになるだろう。三百年の付き合いだ、少しは何とかしてやらねばなるまい。本国に手配して蒸気軍船4~5隻をプレゼントしてやるか。今は商売抜きで尽くしてやるさ。この美しい長崎を、列強の砲火から救ってやりたいからな」
#佐久間象山の開国論#
オランダからの密使が来る前から島国の海防の困難さを悟り、大船建造禁止令を撤廃し、オランダより軍艦を購入して海軍を育てる必要性を説いていた(海防八策)彼からみると、阿部正弘の改革はすでに手遅れで勝負にもならない。
その上で黒船の戦力を見抜き、負けても大きな被害にはならないという見込みを立てた。この前提をもとに、1年以内に江戸湾近くの住民を避難させた上で日本側から戦闘を仕掛け、脅しには屈しない姿勢を見せつつ、あっさり負けて戦力差を思い知ることが開国のもっとも望ましい形である、とした。
これは長州や薩摩が外国艦隊と戦争をして開国に目覚め、その後の日本のリーダーシップを握ったことを考えても妥当な判断ではあるが、この時に彼の考えを理解する人はイなかった
→彼の献策は検討されることもなくお蔵入り。
勝海舟、吉田松陰のほか、橋本左内、河井継之助などを門弟として育てる
水戸斉昭は全くの鎖国論者ではなく、貿易でとませることも技術の導入も必要だとは考えている。
他の藩よりはやく大船建築や、蘭学推奨をしていることからも松平定信ほど頭が硬いわけではない。
しかし、西洋船が自由に日本に来ることは反対で、片道貿易などを考えていた。
もちろん、そんな身勝手で一方的な開国案が受け入れられるはずもないのだが斉昭にはそれがわからない。
「自分の都合の良いところだけ取り入れたい」という姿勢は中華思想と変わらないのだ。
そうして意見をはねつけられた不満と怒りを藤田東湖などの側近にぶちまけ
かくして彼の怒りは全国的に攘夷志士として広まっていく。
過激な発言はするがバランス感覚も持つ水戸斉昭の思想のニュアンスは
実は水戸の上層部は保守派がしめており、水戸学が攘夷思想として暴走するのを抑えようとするのだが
これがかえって水戸藩内に深刻な対立分裂を引き起こすことになる。
クリミア戦争の影響で君の航海も何かと苦労が多いことだろうとお察しする
しかし戦に巻き込まれた力を奪われたりしてはならない
相手国を武力で倒すより相手国の信頼を勝ち取るほうが遙かに難しく重要なことだ
1812年、この時もロシアはナポレオンのフランス軍を迎え撃つ大戦争のさなかにあった
こういう時代の気分は必ず伝染する
モスクワと正反対の極東においても日本とロシアが小競り合いから開戦直前の緊張状態にあった
捕虜のみでありながら両国の間に立ち戦争を回避することを決意し
言葉もわからぬ相手とほとんど身振り手振りでこの難題をやり遂げたのだ
42年前のカヘエの奇跡を忘れてはならない このような優れた日本人もいるのd
目的は日本との平和なる国交樹立だ その一点を決して忘れないでもらいたい
ロシア政府も戦争よりも日本を開国させることが重要であると考えればこそ
ちのに事務戦費を削っても我々に送金してくれているのです
三国通覧図説には「日本橋より唐おらんだまで境なしの水路なり」とあります。
海国兵談の末尾にもこうあります「この書で述べた計画を今から幕府が五十年かけてやり遂げれば
鎖国だけが問題だったわけではない。鎖国していてもやりようはあったのだ
六十年前のことならまだ諦めもつくが
これまで幕府は逆コースを撮り続け最も大事な人物ばかりを迫害し殺し続けてしまいました
その人達のおかげでこの国が救われたというのに
二度とこの失敗を繰り返すわけにはイカぬいよいよ国際社会の荒海に乗り出したのだからな
「オチが救われない話」というまとめサイトを読んでいたら、こんな救われない話を知った。
『フランダースの犬』は、アニメとして日本人によく知られている。
もとは1872年発表のイギリスの童話だが、原作者の女性がベルギーの風俗をイギリス人の目で偏見的に描いている。
イギリス人の心の奥底には、ヨーロッパに対するかすかな敵意が潜んでいる。
「この地方は荒れ果て、人々は不親切で、しかも愛すべき犬を何代にもわたって、激しい労働に不当にこき使っている」
こんなことをずらずらと書いているのだ。
その上、本家イギリスでは、運命に抗わずに教会で死ぬという内容がアングロ・サクソン的に受け付けられなかったようだ。
結局欧米では、誰も見向きもしなくなったというわけだ。
ところが日本では、1975年に感動的なアニメが作られたために爆発的な人気を獲得する。
80年代からの海外旅行ブームでは、ベルギーのフランドル地方観光が定番コースの一つとなったほど。
もっとも、ルーベンスの絵を観ることはできても、『フランダースの犬』にまつわるものがそこには何一つない。
日本人がガッカリして帰国するのが、当時のツアーのお決まりのパターンだったとか。
ところが、1982年、大きな転機がやってくる。
ベルギー・アントワープの観光局で働いていたヤン・コルテールという男性が、運命を変えた。
日本人観光客から『フランダースの犬』という物語の存在を聞いたことが発端である。
生真面目な性格で、面白みのない変わり者と思われていた彼には浮いた噂もなく、恋人はおらず、友達も少なかった。
そんなオタク青年の彼は、地元に関係する噂話を聞き逃さなかった。
「アニメをやってたんだけど、もしかしたら原作があったのかもなぁ」
というだけで『フランダースの犬』について、はっきりとしたことが分からない。
街の誰に尋ねても、何もわからなかった。
しかし彼はあきらめない。
「この地方を舞台にしているのなら、図書館にヒントがあるかもしれない」
図書館であらゆる資料をあさり、……そしてとうとう、60年の間、二、三度しか借りられていなかった原作を見つけたのだ。
欣喜雀躍たる、彼の喜びが想像できるだろう。
……だが、読み終えた彼はがっかりした。
実は原作には、最後にネロが天使に救われて天国へと召される……というシーンはない。
ただただ暗いだけの作品なのだ。
原作者は夫に捨てられた後、犬の保護に尽力していたが周囲に相手にされなくなり、晩年は30匹の犬に見守られて亡くなっていた。
(この原作と日本人の感動との間の乖離は、いったいなんなのだろう?)
もしかしたら、それがヒントになるのかも?
彼は、日本語を学び、日本人観光客の友だちを作り、帰国した彼らからアニメビデオや童話集を取り寄せてみた。
その結果……感動したのだった。
情熱は、いよいよ膨らむ。
一年半かけて調査を行ない、原作の舞台が近くのホボケン村だと突き止めた。
当時の日本なんて、極東の島国で、ドイツに加担して負けた挙句に少々景気を持ち直しただけの国、というイメージだったから、仕方ないだろう。
だが、彼の熱意は次第に周囲を突き動かしはじめた。
ルーベンス以外にこれといって観光資源のないこの街に、もう一つの観光シンボルが生まれるかも知れない。
そういった周囲の思惑も重なり、ついには1985年、ネロとパトラッシュの小さな像が、ホボケン情報センターの前に立てられた。
除幕式にはアントワープ州知事、市長、在ベルギー日本大使らも参席、盛大なパーティーが開かれたという。
ネロとパトラッシュが共に埋められた(ことになっている)街の教会は、観光コースとなった。
ルーベンスの作品を観るためにアントワープを訪れていた日本人観光客がホボケン村にも立ち寄るようになった。
その地域は観光収入でおおいにうるおい、観光局勤めの彼の名声も次第に上がった。
フランダースの犬はベルギーで放送され、80%近い視聴率をとったという。
ヤン・コルテールは『フランダースの犬』研究家として知られるようになる。
その地域では日本通として知られ、日本との橋渡し役としても活躍するようになった。
研究のために日本へ何十回となく訪れるようになり、大の親日家となった彼は、日本人女性の石井ヨシエと結婚した。
彼は妻と共に、今でも地元でつつましやかに幸せに暮らしている。
……はずだった。
なぜなのか?
コルテールが日本人の妻をもらい、日本とベルギーの架け橋として活躍していることまでは、いろいろなサイトで詳しく取り上げられていた。
ところが、彼が犯した殺人についての続報をいくら調べても、日本語のサイトでは何一つその理由が分からないのだ。
英語のサイトで調べても、アメリカ人などが『フランダースの犬』に関心がないためか、まったくヒットしない。
仕方ないのでグーグル先生の力を借りて、オランダ語のサイトを日本語に訳したり英語に訳したりしながら調べた。
その結果、驚くべきことがわかった。
コルテールとヨシエが結婚して数年は、大変幸せそうだったそうだ。
だが、次第にヨシエは旦那の拘束がうとましくなってきたらしい。
もっと自由にさせて欲しい、自由にいろいろな場所に行きたい、というのがヨシエの欲求だったそうだが、コルテールはそれを許さない。
異国の地にやってきて、海外でしか味わえない自由を満喫したい日本人女性。
彼女を大切にするあまりに、彼女の全てを管理したいと願うベルギー人男性。
だんだんと、二人の間には溝が生まれるようになった。
二人の間はギクシャクし始める。
その時に彼女の前に現れたのが、口が堅いという噂のピエールだった。
「夫とは長いこと話してないの。夫は頑固でさ」
秘密を守れるピエールへの心安さからか、ヨシエは彼へ愚痴をこぼすようになった。
「彼は変わり者だからね。我慢さ」
愚痴を聞いてもらううちに、ヨシエがピエールに親しみを感じ、やがて二人が愛しあうようになるまでに時間はかからなかった。
ピエールの口は固かったが、ヨシエの下の口はゆるかった。
二人がバスルームで愛し合っているところを、コルテールが発見してしまったのだ。
口がゆるい上に、脇も甘かったというわけだ。
だが、そのときヨシエは豹変した。
日本女性のおしとやかさはどこへやら、情事を発見したコルテールを怒鳴りつけたという。
「あんたさぁ、男としての魅力がないんだよ!!」
彼女の口は、悪かった。
その時に、コルテールは、彼女のことを深く深く愛していたことに改めて気づく。
何があろうと、彼女の気持ちが戻ってくればそれでいい、というのがコルテールの偽らざる気持ちだった。
彼は、離婚を迫るヨシエに対して、仲を修復したいと取りすがった。
しかし、彼と別れてピエールと一緒になりたい、というヨシエの気持ちは変わらない。
それは、最後のお願いとして、彼女と日本を一緒に旅行することだった。
二人が出会った日本で過ごせば、彼女の気持ちも戻ると思ったからだ。
……これ、男にありがち。
男の浮気は「名前をつけて保存」だが、女の浮気は「上書きして保存」
他の男に気持ちが移った以上、振り向くわけなんてないのだ。
日本でヨシエは、両親にコルテールを引きあわせたという(この辺りは女性特有の図太さといえよう)。
それでいながら、彼女の気持ちが変わることはついぞなかった。
それを拒むコルテールを、ヨシエは罵った。
そして、決して犯してはならないラインを越えてしまった。
彼女は、職場のベルギー人の同僚達と彼とを一人ひとり比較して、いかにコルテールが劣ったオタク野郎なのか、痛罵したのだ。
……こと、ここにいたっては、どうしようもない。
その時の衝撃は、彼の行動が示している。
コルテールは逆上し、ヨシエをナイフで22ヶ所切りつけて、殺害したのだ。
リアルは、『フランダースの犬』以上に救いようのない話だった。
今更言っても無駄だと、それがJ-CAST連中のやり方だと言ってしまえばそれまでかもしれない。Jカス絡みでこんなのはよくある事だ。けどやっぱり今回の仕業にはあまりにも目が余る。
これについてだ。
「今のアニメはコピーのコピーのコピー」「表現といえない」 押井守監督発言にネットで納得と逆ギレ (1/2) : J-CASTニュース
この記事は、朝日新聞社のサイトで連載されている小原篤の連載コラム「アニマゲ丼」を発端として書かれてるものだ
こちらがそれ
そもそもは11月12日に東京芸術大学で開催された、「第2回 映像メディア学サミット LOOP-02 マンガ・アニメの映像メディア学的再考」というセッションに押井守が参加し、トークした内容が大本になっている。
その模様はユーストでアーカイブとして見れたが、20日までの限定配信で現在は見れない。
まず「アニマゲ丼」の記事は、見出しが示しているように「若者は夢は持つな」という旨の発言を軸にしている内容である事がわかる
以下引用
asahi.com(朝日新聞社):「若者は夢を持つな」と監督が言った - 小原篤のアニマゲ丼 - 映画・音楽・芸能
「やさしい、というのは、励ますとか慰めるのとは違う。『親身になれた』という意味で、それまでは若者のことはどうでもよかったのが目を向けるようになったということ。で、若い人のことを考えれば、本当のこと、残酷なことを言わざるを得ないと思い、ちょうどそのころ中学生や高校生と話す機会がたくさんあったので、こういう話をした。あなたたちは限りなく凡庸で無名で何の個性もないんだ、『一人一人がかけがえのない存在だ』なんて大人のウソを信じるのはやめて、早く幻想を捨てろ、夢を持つな、あなた方の未来にいいことなんて何一つないんだ――というところから始めたらどうでしょうか、と」
なんて身も蓋(ふた)もない、と思いましたが08年8月11日の本欄で私は「スカイ・クロラ」について「あまりに救いのない、というか身も蓋もない結末ではありませんか」と書いていたのを思い出しました。
ここが「アニマゲ丼」で一番取り上げたい部分なのだろう。
この押井守の主張に関する是非は置いておくとしても、この記事自体はバイアスがかかっている気がする。
実際の講演は第2部「アニメーションと日本の戦後社会―ロボット、サイボーグ、アンドロイド、そして人間」というタイトルが付けられている通り
パトレイバーや攻殻機動隊を監督した者として押井がロボットやアンドロイドのあり方を問い、技術論を語り、さらに原発の話題にも振れていくところが主体の講演だった筈だ
ここのスカイクロラの部分はほとんど寄り道であって、「アニマゲ丼」の記事を書いた小原篤の主観として誇張気味に書いている節がある。
いわば押井の講演内容からコピーしてトリミングして、そこに小原自身の主観を交えながら書かれている記事だ。
J-CASTはそこから更に、何故か突然「萌えアニメ」「ハーレムアニメ」などと言った単語を挿入し、押井守が今の萌え・ハーレムだらけのアニメ業界に苦言しているようにも取れる記事を書いている
まずアニマゲ丼から、押井が今のアニメに苦言しているという部分を引用する
asahi.com(朝日新聞社):「若者は夢を持つな」と監督が言った - 小原篤のアニマゲ丼 - 映画・音楽・芸能
そして現実の劣化コピーに過ぎない実写と違い、「現実に根拠を持たない」アニメは珠玉の工芸品となり得、アニメはその根本から細部までコントロール可能であるがゆえにその力を使ってアニメ監督は、全世界・全歴史に向けて自分の言いたいことを完全な形で言えてしまうという誇大妄想の極限を味わうことができる。これは悪のにおい、危険なにおいがする。ゆえに若い人をひきつける。しかし僕の見る限り現在のアニメのほとんどはオタクの消費財と化し、コピーのコピーのコピーで「表現」の体をなしていない。
これはどちらかというと、アニメ監督をすることで「誇大妄想の極限を味うことができる」部分に目が行くと思うのだが
前後をぶっちぎって、今のアニメのほとんどはコピーのコ(略)の部分に脊椎反射している人間が多いようだ。
しかしこの記事のこの部分は全貌するとこうなっている
asahi.com(朝日新聞社):「若者は夢を持つな」と監督が言った - 小原篤のアニマゲ丼 - 映画・音楽・芸能
押井監督は、日本人が科学技術の表面的な受容と円滑な運用のみにかまけ、その技術の核たる思想、技術をゼロから立ち上げる思想を持たなかったことが今回の原発事故を生んだと指摘。様々な当事者の認識を改めるために今回の事態をヒロシマ・ナガサキに続く「第3の原爆」と呼ぶべきだと訴えました。「技術の思想」の欠如は、ロボットに「かっこよさ」のみを求めるアニメ製作者の思考にもあてはまる、と自作「機動警察パトレイバー」をもとに批判を展開し、そして訴えかける核を持たない日本アニメは、その表層を細緻(さいち)に描き込み磨きあげることで「極東の島国の珍なる文化」として世界に地位を獲得したと分析。工芸品的に細部を作り込みたがるその日本人的な意識が、細緻(さいち)な映像表現に好適なロボット・アンドロイド・サイボーグなどへと向けられた結果、肉体や自意識をめぐるテーマへと結びつき、つまりはアニメという表現形式が発展過程でテーマをはらんでしまったのだと説き明かしました。そして現実の劣化コピーに過ぎない実写と違い、「現実に根拠を持たない」アニメは珠玉の工芸品となり得、アニメはその根本から細部までコントロール可能であるがゆえにその力を使ってアニメ監督は、全世界・全歴史に向けて自分の言いたいことを完全な形で言えてしまうという誇大妄想の極限を味わうことができる。これは悪のにおい、危険なにおいがする。ゆえに若い人をひきつける。しかし僕の見る限り現在のアニメのほとんどはオタクの消費財と化し、コピーのコピーのコピーで「表現」の体をなしていない。あと、ユニコーンガンダムのツノはアイデアとして面白いけど、だからどうなの?
ってな話を約2時間、相変わらず、とうとうとまくしたてたのでありますが(上のまとめは少々わかりやすくかみ砕いてます)メモをとるのが疲れました。私はそれより、新作の話はないの?って聞きたかったんですけど。
ここで「アニマゲ丼」の記事は終わる。
訓練された押井信者(笑)ならば、ここは「ああ、最後はいつもの押井で終わりだな」と、顔をほっこり緩めるところだろう。
「アニマゲ丼」としてはこれをオチの部分にしたかったに違いない。
アニメはコ(略)などはほんの極一部分にしか過ぎないし、これだけでは押井が真剣に憂いているのかどうかもわからない。
さて、J-CASTの方を見てみよう
「今のアニメはコピーのコピーのコピー」「表現といえない」 押井守監督発言にネットで納得と逆ギレ (1/2) : J-CASTニュース
朝日新聞は2011年11月21日付けの電子版コラム「アニマゲ丼」で、押井さんの東京芸術大学大学院映像研究科での講演(11月12日開催)を紹介した。講演で押井さんは
「僕の見る限り現在のアニメのほとんどはオタクの消費財と化し、コピーのコピーのコピーで『表現』の体をなしていない」
と語ったという。つまり、制作者には新たな創造性や、作品を通じて訴える思想的なものが欠如し、過去にヒットした作品の焼き直しばかり。例えば「萌え」が流行すればそうした作品ばかりになっている。また、今のアニメはオタクと呼ばれるファン層に媚びたものが多く、こうしたことから「表現」が制作者から無くなった、という批判だ。
確かに11年9月から始まった20本近い新作テレビアニメを見ると、さえない男性主人公の周りに美少女が群がる「ハーレムアニメ」が驚くほど多く、過去にヒットした「ハーレムアニメ」作品と共通する内容がかなり多い。
突然どこからか「萌え」「ハーレムアニメ」という単語が出てきた
押井が言いたいのは「アニメという現実に縛られない媒体を使うことで、監督の自己主張を完全な形で広められる。こりゃたまんねえ(快感)。でもそこまでやる奴ぁもうほとんどいないよね」という事を言いたかったのでは?これも俺の主観ですけど。
どちらにせよ「オタクの消費財」や「コピーのコ(略)」が萌えアニメやハーレムアニメだけを指しているというのは暴論だろ
その発言の直後に出てくるのはガンダムUCだし
J-CASTはあくまで「ネットでそう反応されてる」と言い訳のように使ってる
「今のアニメはコピーのコピーのコピー」「表現といえない」 押井守監督発言にネットで納得と逆ギレ (2/2) : J-CASTニュース
「アニメ業界が飽和しすぎで、コピー品を粗製乱造しなきゃ回らなくなってる」
「売らなきゃ食っていけないからな。安定して売れるのがオタク向けの萌えやエロ」
などと納得する人もいるのだが、現在主流となっているアニメのファン達は、自分達の趣味趣向、好きなアニメを批判するのは許せない、と激しく反発。しかし理論で立ち向かえないからなのか
などといった作品批判や、人格批判へと発展し、大混乱となっている。
これでJ-CASTの記事は終わる
J-CASTとしては、「ネットでは押井守が萌えアニメを非難していると言ってる」として、そこを拡大解釈しまくってこんな記事を書いたのだろうか
そもそもそのネットってのはどこのネットを指してんの?2ch?
ちなみにニュー速+では
【話題】「今のアニメはオタクの消費財と化し表現の体をなしていない」押井守さんの発言でネット上は騒動に
というスレッドが立ったが、それはJ-CASTの記事を受けてのものだったし、★4まで伸びたがそれ以上の次スレは立っていない。(追記、★6辺りまで伸びたっぽい?)
一体どこで"大混乱"になってるのか全然思い辺りが無いんですけど。
押井守の東京芸大での講演が、「アニマゲ丼」がダイジェスト記事にしている時点ですでにコピーだし
それを読んで、どこかのネットでは「押井守が萌えアニメを馬鹿にしている!」と憤慨しているならさらに劣化コピーで伝わるべきものが全然伝わってない
前回はオレが若手の頃のA部長のやんちゃぶりいや豪快ぶりを紹介した。
だが、このA部長、誰もがその遊びぶりに文句を言えないぐらい、仕事の優秀さは伝説的な人だった。
オレたちの部は、A部長がやってくるまでは、他の部署と比べてけっして利益の額は多くなかった。
A部長は就任早々に独自の戦略を立案し、徹底的に実行していくことで、わずか3年程度で全社でも稼ぎ頭の部署に育て上げた。
「いいか、タケシ。仕事で大事なのは、徹底的な論理的マインドとほんの少しの気合だ」
というのが彼の口癖だった。
当時、イケイケだった日本企業の中で、論理を前面に押し出すのは、かなり異端だった。
今思えば、A部長は当時から、既にアメリカやヨーロッパのビジネススタイルだった。
オレが米国出張中のある案件の交渉でグチャグチャになってしまい、deal breakの瀬戸際のピンチだったことがある。
今のようにEmailもなく、テレックスでのやりとりが主流だった時代、超高価だった国際電話をアメリカからA部長にかけて、指示を仰いだ。
オレは要点を要領よく説明し、A部長に
「どうすれば良いか?」
と聞いたところ、一言、
「タケシ、任せた」
と言われてあっさり電話を切られた。
その時は「何と無責任な上司だ!」と思ったが、オレはそこから巻き返して、何とか形にすることが出来た。
数年してから、オレは
「バーで仕事の話をするとは、低俗極まりない。5分だけ特別だ」
「オマエの国際電話での状況説明を聞いたら、オマエにしては珍しく、論点が全て整理されていた。強気が売りのオマエに足りないのは、逃げない勇気だけだった。獅子が子を崖から落とすじゃないが、オレは上司としてオマエの退路を断ってやったわけだ」
「そうは言っても、もし失敗していたら・・・」
「商社マンは信頼の上に成り立っている職業だ。その上司のオレが部下を信頼しなくてどうする?That’s allだ。さぁ、仕事の話はここまで」
と言われ、来日している著名なオペラ歌手のコンサートの話に戻ったのは今でも鮮明に覚えている。
とにかく豪快なオヤジだったが、自分のフィロソフィーを持っていた。
オレが若いころから、彼は常々オレにMBA留学をPUSHしてくれていた。
普通は部署に穴が開くから、なかなかこういう理解をしてくれる上司はいない。
何より
「勉強して仕事が出来るなら、苦労はない。あんなのは海外かぶれの奴が行くもの」
とMBA自体、怪しいものだと言う風潮もあった。
多くの企業にとって、エース級は社内に温存して留学させず、どちらかと言えば二番手グループで苦労した奴の夏休みのご褒美みたいなものだった。
きっとヨーロッパを周遊中に、各地で世界中のエリート連中と出会う中で、重要性を感じ取ったんだろう。
「タケシ、部署のことは心配せず、そろそろ社内の制度を使ってMBAを取って来い。」
「これからの時代は、MBAが国際ビジネスのパスポートになる。何より、オマエはまだまだ頭が足りない。英語で死ぬ気でディスカッションして、世界中に仲間を持て」
と言われた。精神力だけが取り柄だったオレに、頭脳を鍛えるきっかけを与えてくれた。
「でも、オマエは文化の香りがしないから、ヨーロッパと言うタイプじゃない。アメリカのスクールだな。ヨーロッパのスクールの推薦状は書いてやらない」
と言われたのは、納得行かないんだけどさ(笑)。
それでも、あの一言はいまだにオレの人生を変えた貴重な言葉だよ。
オレがビジネススクールから戻ってしばらくすると(オレは海外特命案件をを担当し、A部長とは違う部署になった)、社内ではA部長が次の人事で役員になるという噂があった。
「いくぞ、タケシ」
「役員の件は本当ですか?」
と聞いてみた。
「相変わらず酒の席上で仕事の話とは低俗な。それも極東の一企業の社内人事の話しなんて、オマエは何をしにアメリカに行っていたんだ?」
とあっさり切られたが、
「留学してマネジメントが何か少しはかじっただろ?オレには向いてないよ。晴耕雨読なんだな」
と言って、それからまったく脈略なくフランスの歴史やら農業の話を延々と聞かされた。
そうしたらさ、ある日、いきなりA部長は早期退職してしまったんだ!
オレは海外に出ていて送別を出来なかったんだが、しばらくすると、オフィスにどこかの海でA部長がサメと泳いでいる写真が送られて来た。
一緒に入っていた手紙によると、何でも、その後、フランスで暮らしていると言うじゃないか!!!
最初はビックリしたが、あの人らしいと言うかなんと言うか、地中海のクルーザーの上で美女を囲んでいるA部長の姿が容易に想像出来て、にやけてしまった。
名誉とか出世に興味を示さず、潔いgoing my wayな男の格好良さを感じたものだ。
あんな豪快なビジネスマンは、もうあの人が最後かもしれないな。
その後、世の中は変わり、コンプライアンスだといろいろと制約条件が増え、会社がどんどん個人を管理し、性悪説にたった人事管理が行われるようになった。
いや会社だけではなく、社会全体が出る杭を容赦なく打ち付けるようになってしまった。
実に生きにくい世の中だ。
A部長のことだから、こんな時代になることを見越していたのかもしれないな(きっと、今の時代ならA部長みたいなことをしていたら、仕事が出来ても処分されていただろう・・・)。
しかし、時代がどんなにルール社会や批判社会になっても、制約されすぎた圧迫の人生を送ってはならないと、オレは思う。
社会を安全かつ効率的に動かすためのルールであって、そんな手段としてのルールによって不必要に自分を制約しすぎたり、また稚拙な批判に怯える必要はない。
A部長も、あんな生き様だから、敵は多かった。最も本人は、敵だと認識していなかったようだが。
「S部長が経営会議でA部長について批判発言をしたみたいですよ」
「S部長って、いいワインをコレクションしてるんだろ。オレをワイン会に呼んでくれないかな?」
と言う感じだった。敵すらも愛してしまうと言うか、そもそも敵と言う概念が無かったのかもしれない。
一方で皆さんはどうだろうか?上司や先輩、客先の顔色ばかり見て、何とか失敗しないようにと、縮こまっていないか?
オレはこのブログでも言い続けているが、小さい失敗でくよくよしてないで、他人の目ばっかり気にしてないで、自分勝手に大胆に全力で人生という長いレースにぶつかって良いんだ。
困難も、苦しみも全身でそれを受け止めて立ち向かえば、きっと楽しい人生になる。
だから、恐れることなく、自信をもって、人生という壮大なレースにまい進して欲しい。
もう一つA部長を見習うべきところは、自分のフィロソフィー(哲学)やプリンシプル(主義、信条)を構築するということだ。
MBA的な研修で小手先のフレームワークや技術を学ぶのはほどほどにして、20代半ばぐらいからは、自分の振る舞い、判断の基軸となる哲学、信条をしっかりと作り始めるべきだ。
これは短期間でできるものではない。
膨大な量の知識と教養を身に着けて、そして、これまでの出会いや経験から、「人はどうあるべきか?」という自分なりの人の理想像を練り上げる大掛かりな行為だ。
哲学、歴史、文学、論理学などさまざまな分野のものをフルに動因して、この機軸は作り上げられる。
もちろん答えなんてないし、生きている間、それらは揺るぐことはなくとも、より深遠なものに円熟し続けるものだ。
A部長はずっとオレら若手にこのことの重要性を、夜に飲みながら教えてくれようとしていた。
オレも部下にこういう大胆な生き方、自分の哲学、主義を持つことを伝え、後世を育てて行くべき歳になってしまった(心は永遠に若手だ!!)。
ただ、これは手取り足取り教えることはできない。A部長とオレがそうだったように、いろいろな人との会話を通じて、つかんで行くしかないんだ。
オレも、こんな豪快な奴が少ない時代だからこそ、若い皆には、何とかオレの生き様を、ブログやTwitterで積極的に伝えてきているつもりだ。
またオレの部署の若手の部下らには、夜の遊び方は十分すぎるほど教えているつもりだ。
でもオレは、A部長と今ならビジネスの手腕なら良い勝負になるかと思うが、いかんせん、芸術、文化面がまだまだ弱い(笑)。
もっともA部長は、そんな勝負すら眼中にないだろうが。
「タケシ、ビジネスなんてほどほどにして、本を読め、音楽を聴け、食を味わえ、旅をしろ。何より今夜も人と出会え」
http://d.hatena.ne.jp/miyakichi/20110810/p1
漫画の話で、しかも20年前の日本人サラリーマンを戯画化したものなんですが、
今でも「日本人の男」の中にはこういう感覚あるんじゃないかと思う。
男は銀行員で、ワーカホリック。めったに家に帰らず、子供が病気の時ですら仕事。
女はそれでも男のことを愛していて、男を支えようと努力し、孤独にも耐える。
このあたりまでは日本人だアメリカ人だってのはあんまり関係ないところらしい。
男は妻を愛しているのだが、それを言葉にしない。「言わなくても愛し合っていれば伝わるはずだ」というのが彼の主張。
女は一度も男から愛の言葉を投げかけてもらえず、男の愛を信じる事に困難を感じる。
それどころか、男は家に仕事仲間を招いたときに、日本人独特の「謙遜」を使う。
「きれいな奥さんが家で待っていてくれるなんて羨ましい」という仲間に対して
「いやぁ、妻はがさつなもんで、自分一人のほうが心が休まりますよ」と返す。もちろん本心ではない。
だが、日本人のしきたりを知らない女は「私は必要とされていないどころか邪魔者扱いされている」ととらえてしまう。
そして、夫に対して「私に悪い所があるなら直すから話して」と言っても「そんなものはない」と相手にしてもらえない。
妻は自分が、もはや夫に相手にしてもらえないほど愛情が薄いのか、と感じてしまう。尊厳の破壊。
また他の時には男は妻に対して「おまえは怒るとこわい」というのを表現するときに、鬼がツノを生やすポーズを取る。
妻はこれを「デーモン呼ばわりされた」と受け取る。
よくわからんけど、アメリカの上流階級では「虐待」とか「家庭内暴力」としてみられるらしい。
結果として、妻は夫の愛情を感じられないどころか悪魔呼ばわりされ、人格をズタズタにされて麻薬に走る。
そして、後に回復した妻は、夫に対して多額の慰謝料を要求し、裁判所がそれを認める。
男は一生かかっても払いきれない額を、コニュニケーションの不一致の代償として背負わされることに成る。
日本じゃ考えられないよね。
お互いの性別のことをあまりにも知らなさすぎ。
どっちが悪いってんじゃなくてとにかくどっちもわかってない。伝えもしない。
ただ自分は悪くない、相手はもっと自分を尊重し、理解すべきってそればっかり。
よく女は被害者だっていうけど、無責任という点では女のほうがひどいってことも指摘しておきたい。
理解するのめんどくさいからレズに走る女の人は実に賢いと思う。
そのかわり男女のめんどくさい点に関わることから遠ざかってる以上、わかった口きかないで欲しいけど。
いつもいつもいつも思う。
偉っそうに、はてなで男と女の問題語ってる奴ってのは所詮極東の島国の小さな常識の是非を語ってるに過ぎないって。
たまにアメリカの文献持ちだして日本の批判してる奴も、あれ絶対向こうの国の良い所しか見ないでいってるよね。馬鹿らしい。
だから、こういう意見を書いてるやつらはそんなに現状が不満ならアメリカにでもいけといいたい。
そんで男は訴えられて賠償金を背負い、女は旦那に撃ち殺されればいいよ。
個人的に日の丸も君が代もそれ自体はどちらかというと好きな方だけど強要するのは反対派な俺参上。
日の丸や君が代を強要する人が少なからずいる以上、「自由の敵の象徴」だからじゃないかな。逆に考えて、強要したいって人は何故強要したいのかって考えてみるといい。それがまさしく自由を尊重したい人々にとっては反対したくなる理由だろう。俺も強要のコンテキストで日の丸が出てくると(日の丸自体は好きだけど)日の丸が穢されていることに反吐が出るよ。
ただまあ、あくまで個人的にはだけど、日の丸は元々「日出る国~」の故事にちなんだものでこれは別に全体主義とか軍国主義とか自由への敵対なんかとは関係なく単純に「極東にあってますます繁栄する国」くらいの意味でしかなく、意匠的なシンプルさとも相まって非常に良いものだと思ってる。君が代も、まあそりゃ戦前までは帝政の継続みたいな意味合いでやってたんだろうけど、今でも天皇は日本国憲法下の日本国の象徴であるわけだから「今の日本国」が末永く繁栄しますようにって意味でもちゃんと通るわけで、ものすごく良いとは思わない(正直メロディの方はいけてないと思う)が積極的に反対するほどとは思わない。
でも、強要したい人々は、そういうのとは違う意味合いで国旗国歌ととらえているだろうし、だから強硬に反対する人々も反対しているんだろう。ぶっちゃけ、強要する側も反対する側も国旗国歌は正直全体主義の象徴だよね。
「世間」だ。
世間教の考えはこうだ。
・「世論の流れ」に従う事が求められる
・「世論の流れ」に従うものは救われる
・「世間」に逆らうものは、フルボッコ
→生きていけなくなるほどズタボロにされる
世間とは多数派の思想である。
なので、日本人の行動は、時代によってまるで大きく変わる。
そして、宗教には逆らえず、失敗しないとそれに気がつかない。
そして、2100年には、おばあちゃんが孫に向かって、
こんな絵本を読んでいる。
「おばあちゃんが小さいころはね、極東に小さい島国があったのよ。
核爆弾を2発も落とされたのに、凄い団結力で、
ニホンジンはね、方向性が正しい時はどの国も対抗できないような、
どんどん、どんどんあらぬ方向へ走りだして行ったの。
そうなったらね、舵を戻すことは誰にもできないの。
1年のうちに来てしまったの。
その後にモンジュが爆発し、国に人が住めなくなった。
起こらなくても、もう変わらなかったかもしれない。
数々の放射能施設が国中にばら撒かれ、その島は「無くなった」の。
ちょうどこの時期になると思い出すわ。
「サクラ」という木がニホン中に咲いて、それはそれはもう
そして、儚かったの。」
これについて私が正しいとか間違ってると言うつもりはなく、とある歌詞について書きたいと思っていたところにこの発言が出てきた。
そのとある歌詞というのはALI PROJECTの東方憧憬未見聞録という曲の歌詞だ。
そのまんま乗っけると怒られそうなので要約しながら書くと、
しかし異国の文化を取り入れたり、戦争に負けたりしたことによりその国は急速に衰え、皆がほしがった幸福は瓦礫の下に埋もれてしまった。」
と言う風に読み取れた。と言うのもこれは私の個人的見解なので宝野アリカがそう思って書いたかは不明だ。全文が気になる方は歌詞を検索して是非どこかで聞いて頂きたい。私は初めて聞いたとき目頭が熱くなった。
この歌を初めて聞いたときは私も賛同した。まったくそうだ。昔のような助け合いのような精神はどこへ行ってしまったのだろう?日本という国は今後どうなってしまうのだろう?このまま衰え極東の一国として時代を過ごすのだろうか?
などとほぼ平成生まれの私はそう思っていた。昔なんて聞いたことしかないというのに。しかし今回の地震で実際はどうだろう?
あれだけ冷たいと言われている首都圏の人間が助け合い、そして何キロも歩いて帰宅したり、電力が足りなきゃみんなで節電したり、地震直後でも火事場泥棒なんか起きないし、被災地では温かい支援や助け合いが行われている。
今回の地震や津波で日本人に隠れていた美徳みたいなものが出てきたんだと思う。その隠していたものがもしかしたら言うとおり我欲だったのかもしれないし、互いの気恥ずかしさみたいなものだったのかもしれない。
一部、地震で変なことをしたりしてしまう人もいたかもしれないけど、大多数がそれを注意することが出来る。日本人に生まれてこれほど幸せだと感じた瞬間はない。こんな日本のどこが駄目なんだろう。今まで駄目だと思っていた自分が恥ずかしくなるくらい素晴らしい国だった。
私は世間から注目されるようなプロスポーツ選手でもなければ、天才でも何でない。しかし私に出来ることはきっとあるはずである。それこそこれから日本を支えていくべき世代である。今までが瓦礫に埋もれてしまったと言うならばその瓦礫を取り払い、また新しい黄金の都を築きたい。
戦後日本が何で経済大国になれたかというと、国防と外交をアメリカに丸投げして浮いた金を経済振興に充てたから。
ソ連中国が共産主義に走り東アジア経済における大きな競合相手がいなかったから。それ以上でもそれ以下でもない。
残業しまくり薄給激務なのに労働生産性がイタリアスペイン未満で http://www.spc-net.gr.jp/v-hikaku.html 民族としての実力はむしろ低脳なほうでしょ。
明治以前の歴史では国家間戦争を数えるくらいしかやってない日本で、特に元寇は気候条件に恵まれた、ただのタナボタ勝利だし。
それ以外の明治以前の歴史は鎌倉幕府江戸幕府いろいろあるけど世界的には「内戦」の二文字で片付く。
その間、中国もロシアも欧州諸国もアメリカもその他の国も国家存亡をかけて命がけの努力をしていたというのに。
明治維新以後、しばらく成功したのはアジア地域で一番早く欧米の技術を吸収したから。
economyをエコノミーと書けば日本語になる日本語の構造に恵まれていただけ。
中国インド他はこうはいかないから欧米技術の吸収スピードが遅れた。
(明治期は漢字で新語を考える事が行われていたけれど。イギリスを英国と書くのは英吉利という漢字訳を無理やり作っていたからであってザイールとか南アフリカには漢字訳がない。)
日本が発展してこれたのは実力ではない。他のアジア諸国が出遅れている間に椅子取りゲームで先に座っただけ。
実力自体は大したことがないから外交では中国どころか韓国北朝鮮にも勝てない。
源平合戦やら安土桃山時代やら極東の島国が内輪揉めしてる間も、国家存亡をかけて命がけの努力をしていた他の国が日本と対等な競争条件に置かれ始めた。
民族としての実力が地金レベルで晒される時代になった。これから中国朝鮮に日本は負け続けてどんどん落ちぶれていくでしょう。
面白いことにssig33のweb上でのくだらない活動を称賛する一部の連中がいる。俺は長年このセグメントに属する連中の存在について思案していたところ昨日ようやく一つの解が見つかった。
この連中の特徴をあげると以下の3つに集約される
1.低学歴である
2.貧乏である
3.社会に何ら貢献していない
「ssig33さんってwebの真理を説くよね」なんてリナカフェで目を輝かせて語る某上場企業の末端社員など最たる例だ。「webのメインストリームに対するアンチテーゼだ」などと小池の活動を評する類の連中も総じて低学歴・貧乏・存在意義無しの3コンボ揃っておる。
twitterの脆弱性を突いたり反社会的な事をつぶやいたりパスワード平文疑惑を持ちかけて悪魔の証明状態にすることがアンチテーゼだと思ってる。笑っちゃうよ僕は。そんな程度の活動は子供がやれば悪戯だし、大人がやれば嘲笑の的にしかならない。
かつてダンコガイが目立ったのはPerlに対する圧倒的な貢献であるし、miyagawaがホモ系エンジニアから熱烈な視線を浴びたのはその端正な顔立ちと東大という出自に加えて世界の先進web企業で戦力になったという事実だし、malaのアンチテーゼは圧倒的な技術力に基づく正しい指摘に因るところが大きいし、otsuneはPerlへの地道な貢献とネットウォッチで飯が食えると言う証明を人生をかけてやってくれたからリスペクトフォーユーだし、amachangはこの極東の地へのJavaScript伝道師として精力的に動いているから女子にもチヤホヤされる。
みんな出自は違えど目的は同じで、技術で世の中を少しでも良くするために動いている。malaは一時的に嫁さんに夢中になっているようだがそのうち家族にも飽きてこっちに戻ってきてくれるはずだ。
まあ結論としてはアンチテーゼを気取ってるssig33と名乗る男はどうしようもないですねってハッカソンでみんな言ってたって話。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%FC%CB%DC%A5%C0%A5%E1%A5%C0%A5%E1%CD%F8%B8%A2?kid=301536&mode=edit
8月末ごろから地味に続いている模様。作成者(id:perushaneko)が書き込み、もう一方の編集者(id:subuaka_nandesu4_4)が削除するという繰り返しである。
# perushanekoperushaneko 2010/09/17 23:58 また消えていたので、復旧しておきます。コメントは後ほど。
# subuaka_nandesu4_4subuaka_nandesu4_4 2010/09/18 06:02 「コメントは後ほど。」簡単でもいいのでここで述べてください。そうして後回しにすることが議論を回避する行為になります。
# subuaka_nandesu4_4subuaka_nandesu4_4 2010/09/18 06:09 コメントを書ききれないのならリンクを張るという手もあります。コメントを後回しにしてキーワードを復旧することは、すなわち理由を述べずに復旧するのと同じです。
# perushanekoperushaneko 2010/09/25 01:45 更新しておきます
# subuaka_nandesu4_4subuaka_nandesu4_4 2010/09/25 07:16 「更新しておきます」だけでは理由にならない。
# perushanekoperushaneko 2010/09/27 22:14 追記しました。
# perushanekoperushaneko 2010/09/27 22:16 内容を追記しました。
# subuaka_nandesu4_4subuaka_nandesu4_4 2010/09/28 07:13 「追記しました。」「内容を追記しました。」復帰理由になっていません。
# perushanekoperushaneko 2010/09/30 23:38 更新内容があるので内容を書き足します。
# subuaka_nandesu4_4subuaka_nandesu4_4 2010/10/01 06:34 復帰理由になっていません。前述したとおり、このキーワードは明らかに偏向しており(中立的でない)、使用者もごく少数(調べる限り「中韓を知りすぎた男」の中の人、コメント欄の「素朴人」氏、そしてid:perushaneko氏のみ)であり、他のはてなユーザーにとって有益といえないキーワードとして登録できない言葉(自分のペットの名前、自分で勝手に作った造語、自己紹介など、第三者から言及される可能性がほとんどなく自分だけにしかわからない言葉の登録は行わないようにしてください。)に値する(はてなキーワード作成・編集ガイドライン http://hatena.g.hatena.ne.jp/keyword/%E3%81%AF%E3%81%A6%E3%81%AA%E3%82 %AD%E3%83%BC%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%89%E4%BD%9C%E6%88%90%E3%83%BB%E7%B7 %A8%E9%9B%86%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3)。復帰するのであれば相当の理由を述べてください。
# perushanekoperushaneko 2010/10/01 21:23 ちょっと更新します
# subuaka_nandesu4_4subuaka_nandesu4_4 2010/10/01 22:10 「ちょっと更新します」復帰理由になっていません。
# subuaka_nandesu4_4subuaka_nandesu4_4 2010/10/01 22:17 はてなキーワード作成・編集ガイドライン」の「キーワード編集・削除時の責任」には 「キーワードの作成・編集・削除を行う場合には、その作業意図を他のユーザーに説明する責任を負います。特にキーワードの削除および復帰といったキーワードの存続にかかわる作業には、必ず説明を行う義務があります。」と書かれています。 id:perushanekoは「更新します」と述べるだけでキーワードを復帰するのは、作業意図に値する説明を述べずにキーワードを復帰しています。 id:perushanekoはキーワード編集・削除時の責任を果たしていません。
# perushanekoperushaneko 2010/10/06 22:32 こうしんしておきます
# subuaka_nandesu4_4subuaka_nandesu4_4 2010/10/07 06:34 復帰理由になっていません。
# perushanekoperushaneko 2010/10/14 22:44 更新しました
# subuaka_nandesu4_4subuaka_nandesu4_4 2010/10/15 04:00 復帰理由になっていない。
# perushanekoperushaneko 2010/10/21 02:24 更新中・・・
# subuaka_nandesu4_4subuaka_nandesu4_4 2010/10/21 09:06 復帰理由になっていない。はてなキーワード作成・編集ガイドライン」の「キーワード編集・削除時の責任」には 「キーワードの作成・編集・削除を行う場合には、その作業意図を他のユーザーに説明する責任を負います。特にキーワードの削除および復帰といったキーワードの存続にかかわる作業には、必ず説明を行う義務があります。」と書かれています。 id:perushanekoは「更新します」「こうしんしておきます」「更新しました」「更新中・・・」などと述べるだけでキーワードを復帰するのは、作業意図に値する説明を述べずにキーワードを復帰しています。 id:perushanekoはキーワード編集・削除時の責任を果たしていません。
# perushanekoperushaneko 2010/10/29 00:38 更新しておきます
# subuaka_nandesu4_4subuaka_nandesu4_4 2010/10/29 06:43 復帰理由になっていません。
作成者(id:perushaneko)がさしたる理由も書かずに復帰しつづけているといった有様。議論になっていない。これはひどい。
西暦20世紀前半に行われた全世界規模の戦争に、当時の主要な"地域大国"が参画することになる。
日本(当時は、大日本帝国)も極東地域に位置し西太平洋地域の権益と利権と東アジア地域・シベリア方面への利権を有してあったため、これに国内の事情はさておいて否応なく巻き込まれることとなる。しかし、結果から言うと(周辺的な諸事情なども複雑に絡み)国際的な"血を流す政治(当時としては一般的なパワーゲーム)"に敗退することになる。
敗退(1945年の敗戦、ないしは終戦)後の日本は、連合国軍(後の国際連盟の平和維持部隊などの元祖)の占領統治をサンフランシスコ平和条約が発効するまでの期間受けることになる。
条約が発効当時、日本は日本国として再編されていた。当然それまでの大日本帝国時代の利権は組み替えられ変質を遂げており敗戦前の状況を制限するさまざま方法が、再編当時なされたことが、近年(西暦20世紀後半から21世紀初頭にかけて)、連合国主要国の公文書公開により徐々に明らかになりつつある。
これらに、日本ダメダメ利権(スキームとしては、日本<国家感・民俗・制度・その他>を貶めることでそのキックバックを受け取る利権構造が代表的なものである)は戦後の”ニュー・ディーラー”を主体とするGHQ民政局の主導する公職追放※で、敗戦前までは政権や政府の中枢から遠ざけられがちであったいわゆる"左派"の関係者(大きく言うところのフランクフルトシューレ関係者")によって『戦後日本』に強固に確立されていくことになる。
アジビラっぽい内容。真偽は自分にはよくわかりませんが、はてなサヨクの皆さんはどうお考えでしょうか?
http://d.hatena.ne.jp/perushaneko/
こういう人が書いてるという時点で内容に信頼が持てないです。
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670 名前:可愛い奥様[sage] 投稿日:2010/10/22(金) 19:55:44 ID:cTTejQa+0
今週号のロシアの新聞「アルグメント イ ファクト」(論拠と事実)に面白い記事が
載ってたので、拙い訳ですけど紹介しますね。
もし、スレ違いなら指摘してください。
『南京でのジェノサイドは共産国家陣営による作り物だった!!』
ソ連邦崩壊後、様々なソ連時代の公文書が日の目を見ていることは読者の皆さんも
良くご存知であろう。さて先日、ウラジオストークで開催された極東地区歴史学会で
(中略)
「南京ジェノサイド」の証拠として中国が挙げている写真の一部が、ウラジオストーク市
近郊の都市トルストゥイ・フイにあった「ソ連人民芸術局極東撮影所」で撮影されたことを
示す公文書が発見された。この公文書を発見したのは、ロシア科学アカデミー
極東戦史研究所のアーラヤ・ピズダ氏である。ピズダ氏の発見した文書によれば、
「南京ジェノサイド」の証拠として中国政府が公表している写真の一部は
上記の撮影所で撮影されたもので、ブリヤード人やシベリアのマイノリティー
など日本人そっくりの人を日本兵役で出演させ、「中国人にひどいことをする
日本人」という構図の写真を撮ったそうである。この研究所の副所長で
日本海の向こう岸にある町新潟の大学で教鞭をとったこともある親日家の
イヴァン・ドラチョク氏は「冷戦時代は西側陣営に失点を与えるために
こういうおかしな協力もソ中間で行われていたようだ。しかし、今は
そんな時代ではないし中国に協力する謂れもない。また、これに関心のある
日本の歴史家の皆さんを是非お助けしたいと思う」と語った。
このあとに詳細が載っていますが、全部訳す元気ないのでごめんなさい。
それと(中略)のところには、いわゆる「南京虐殺」についての中国側の公式
見解が書かれてますが、皆さんご存知でしょうから略しました。
----------------------------------------------------------------------------
という書き込みのコピペが流行っている。googleで"ドラチョク"と検索したらこれと同じ内容のコピペばかり約 354 件が引っかかった。
わずか二日間でこれだけコピペされるとはなかなかたいしたミームではないか。
ちなみにこれは2ちゃんねる既婚女性板の「中国・韓国・北朝鮮が大嫌いな奥様 6」というスレッドだ。
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/ms/1287233369/
ネトウヨな奥様方が日々、中韓朝を嫌っていらっしゃるスレッドだ。
で。
それも、ちゃんと捏造であるということがその文中に明示してあるという良心的(?)な捏造だ。
鍵はその中の人名にある。
「アーラヤ・ピズダ」=ロシア語で「真っ赤なマ○コ」
やれやれ。可愛い奥様になんてはしたない文章をコピペさせるのか。元スレの670氏はお人が悪い。
でもこのネタを書いてるときの「おまえらこういうのが好きなんやろ?こういうのがエエねんのやろ?」というエロい顔はちょっとだけ同感する。
そういうわけでこのコピペを拡散させた奥様はちゃんと顔を真っ赤にして恥じ入っておくように。
670はあとで職員室に来るように。
http://www.japanprobe.com/2010/08/17/shinto-shrine-near-pearl-harbor/
英語だがめんどうだから翻訳はしない。短いから理解できるだろ?
ちなみに米国では真珠湾と9.11とバターン死の行進は南京事件と同列の戦争犯罪だが原爆投下や東京・ドレスデンなどへの無差別爆撃はよくて必要悪、悪くすれば正義の裁き。これを念頭に置いて理解すること。
ついでに、上記サイトJapanProbeは俺の知る限り、英語の日本関連サイトのうち、学術的なものを除けばもっとも良識的で知的レベルが高いところ。JapanTodayとかdebito.orgとかは評判だけは高いが内容は「英語版の極東板」(ただしターゲットは日本)なので、腹を立てたくない人は見ない方が賢明。
同一人物のわけがないだろうに。君の引用した増田氏が「プレゼン程度ならどうにかこなせる」程度のわけがないでしょ。
大半の国際人は英語を専門とするわけじゃなく、他にエッジの効いた専門性があった上でサブスキルとして英語を使うわけだから、そこまで(ネイティブと同等程度になるほど)流暢である必要はないと思うよ。
そんなことはあなたに言われなくてもわかってます。
別に、「サブスキル」程度であれば、君が引用した増田氏ぐらいの実力があれば「ネイティブと同等程度」でなくてもなんとかなります。ネイティブに対して不利があるのは否定できなくとも、絶望的不利にはならない程度にはね(それでもひどい話だとは思うが)。
しかし問題は、件の増田氏は「英語を専門」としたに等しい程度の努力を払ってきたわけで、それでやっとそのレベルになれるってことだ。おわかり?その「サブスキル」が全然簡単でないという話なんだよ。オランダ人とかスウェーデン人とかみたいに母語も文化も英語と酷似してる人でさえ、文学研究者でもなければなかなか教養を感じさせるような文章なんて書けたもんじゃないよ。科学研究の場みたいなところならともかく、「見た目が九割」のビジネスの場じゃ不利があることは否定できない。
まして日本人なんて、「日本なまり」自体が英語圏の人間からみて奇妙奇天烈極まりなくて、その時点で印象に大幅減点ということは知っておいた方がいいよ。アメリカ人の日本語が「ェアナターワ、ケァーミウォ、シンジマースカァー?」みたいなステレオタイプがあると思うが、それと比べて日本なまりが有利であることはない。日本語の音は英語の音よりも種類が圧倒的に少ない上に、これを言っちゃおしまいだが所詮は極東の有色人種の言語のなまりという時点で生理的に違和感を感じられてしまうのはわかるでしょ。