はてなキーワード: 共産主義とは
そういう話をしてる時点で橋下市政の長期化を無意識に肯定してるようなもんだと思うが。
そもそも選挙の洗礼を受けた市長と、公務員試験を合格しただけの公務員(の代表者)が対等って前提からしておかしいよ。
橋下を追い落としたいのならば、反橋下派で結集して議会で多数派を形成するとかやればいい。
実際、橋下はそれを実行に移して今の地位に上り詰めたわけだし。
「敵」を用意してフルボッコにするのって、一見楽しいのだけども、解決策としては不出来なんだよね。
彼らが最初共産主義者を攻撃したとき~じゃないけど、次に「敵」指名されるのが自分ではない保証はないしね。
「こいつらは無為徒食の輩で、税金を無駄づかいしている! 敵だ!」とあおるのは簡単。
ただ、声が大きく目立つ個人(市長)のそれに比べ、「敵」と名指しされているのは立場も手取りも違う「公務員」という集団。
当然内部で意見の統一のしようもないし、「代表者」の声は相対的にかき消される。
でもって、「いや、それは言いすぎでしょ」という声も「無駄づかいするやつらをかばってる!こいつも敵だ!」とされちゃう。
冷静な検証と議論をする下地を「作らせない」ことで敵に対して優位に立つというのは、為政者としてはまずかろう。
橋下はこの一回の議論で負けたらお金も地位も名声も失うというスタンスで臨んでいる。
相手の勉強をし、データを整理し、バックアップ体制を固め、どうやったら強みを全面に出せるか、弱みを隠せるかの作戦を立て、闘いに出ている。
弁護士スゲーと思わせるところがある。
他方、相手のやる気のなさ。
まず第一に、相手を甘く見てる。
というような序列が頭の中にあって、橋下は政治家ではなく民間人にカテゴライズされてる。
という意識がある。
それに、議論に負けてもまったく痛くない。
反橋下派は、反橋下派のグループ内で生きているので、仲間内での評判さえ落とさなければ痛くないのだ。
たとえば君が代日の丸反対派の中での序列は、どれだけ君が代日の丸を激しく叩くかで序列が決まっているので、いかに日の丸が、君が代が悪かを説くかに固執する。
悪という前提から始まるので議論にならないし、聴衆のジャッジでは負けるのだが、本人達はそれで満足してる。
二番目に、学者はとにかく保留しておくことが好きだ。
現時点で正しいとされていることを覆すことで真理に近づけると思ってるので、たとえ今は正しくても、といって実行に移したがらない。
そもそも、学問を世に還元するより、学問を追求したいから学者などをやっているわけで。
これは自分の個人的が想像だけど、学者の10人に1人くらいは嫌儲思想だ。
50代、60代の古株のなかには、民間就職するなんて資本家の手先になることだ!という理由で学者になった人間もいる。
文系だととくに顕著だったはずだ。
もちろん、学生運動で逮捕までされちゃったような過激な連中は途中で退学しちゃったわけだが、口先は一流、実行力はない、という人間が学者になってる(場合もある)。
あんまり過激だと出世の道もなかったんだけど、社会党が強かった北海道なんかは、思いっきり左派思想でも出世できたし。
科学は科学の発展のためだけに存在するべき、という消極的嫌儲主義。
反原水爆と相性がいい。
共産主義が勢いがなくなり、平和主義と看板を変えはじめたころから歩を同調させている。
まあとにかく、グダグダが好き。
俺が思うに橋下の
「そうはいっても予算と人を引っ張るのは金も労力もかかるし、その原資は税金だし、グダグダ言ってても前に進まないから」
という主張はもっともだ。
それに対して
という反論もありだとはおもう。
ただ、正しいことだから堂々と主張する!悪いのは橋下!
という態度は、橋下に言われた通り、税金で食わされてるのにその態度はなに?
と聴衆に判断されてしまう。
それから、君が代日の丸の強制は教員だけということなので、子供の教育に~という話にできないのも大きい。
嫌なら違う高校に行けばいいって話で、小学校中学校は私立は無料じゃないけどさ。
橋下にだって、突かれると痛い部分はあると思う。
俺は大筋で賛成だけど、大阪の抱える諸問題がクリアされるとは思えない。
大阪都構想で経済の地盤沈下をどうにかできるというわけでもない。
ただ、そこんところは代案がないのなら、聞かせて欲しい、という態度で聞くべきじゃん。
サヨクがよくTPP反対の理由として医療の問題について触れてるけど
あれって、論理が無茶苦茶だよな。アタマおかしいとしか言いようがない
そもそも医療費は増加傾向にあるわけで、財政を圧迫してるんだから、
皆保険制度っていらなくね?って方向に議論をすすめるのがデフォ。
皆保険制度はただでさえ保険サービスに対して「民業圧迫」している。
皆保険制度を解体すれば、民間同士の中に競争原理が働いて、コストは削減され、正常な市場経済を医療にも取り入れることが出来る。
利用者も適切な価格で良質なサービスを受けられるようになるわけだ。
こういうと、低所得者が病院にいけなくなるって言うバカがいるけど、
日本のような近代国家がいつまでも共産主義的な制度を続けるべきではないわけですよ。
もちろん、特例として貧困層に対しては支援をすべきだけど
本人の努力が足りないのに、政治問題にするとか あさましいとしか言いようがない
別に 財源が無限にあればいいんですよ?でも、そうじゃないよね?
成果主義を取り入れ 経営の効率化、コストカット、民営化を推進している。
そして、それが大阪で支持をえているわけで、
これはつまり、この自己責任の社会というものが、日本社会での民意でもあるわけですよ。
「株式会社化」し、競争原理を取り入れた結果、世界最高峰の医療技術を誇っている。
えー自民党の西田昌司でございます。 えー関屋先生どうもありがとうございました。 えーあのー私も意見を申し上げさせていただきますが、 こらまぁ私の個人的意見でございます。 えーあの先生のあの報告の中にもですね憲法制定過程についての瑕疵があるとそのことに ついての問題点についてですねこの中に述べられておられますし今日のですね意見表明を されましたそれぞれの会派の中でもそのことを多くの方が問題視されておられます。 で、ところが、そうは言う物のそれはそれは横に置いておきながらですね、個別の議論が 次々次々生まれてくるんですね。あのたとえば9条の議論もそうでありますし えーこの非 常事態に対する法律(必要性)がないというそう言う問題がくるんですが 私は憲法問題と いうのはどこまでいきましてもその制定過程 そもそものですね その正当性があるのか と言うことの議論をせずにこの個別問題に入ってくるとその議論の闇の中に包まれてしま って本質が見えなくなると思っています。ですからまずはですね 制定過程がそれぞれの 会派の方々問題視 問題であるということであるならばですね、 そもそもこの憲法自体が 果たして有効性があるのかというところにいくべきなんですね。ところがこれ60年ほど使 ってくると、ま 実際それが有効に使われてきたんじゃないかと言うところで話しがですね 終わってしまうんです。 しかしそうじゃないんですね。 私は、この その問題についてはこの5分間では説明しきれませんので、また別の機会にで すね続けて発言をしたいと思いますがまずはこの正当性の話を議論しなければ、個別問題 に入ってくと本質を見誤ってしまうと 特に、本質問題で言いますと日本の憲法といいま すのはそれぞれの国、憲法がそうですけど国柄を表す物だとで国柄というのはなにかと言 うのを考えますときに、例えばアメリカ合衆国のようにですね ま いわゆるえー人工的に えーこの作られた国とですね、また、えー共産主義諸国のようにですね革命によって作ら れた国とは根本的な成り立ちが違うわけですね。それは よく先生方もよく伝統 ま 文化 そう言う言葉で使われますけれども、そのことをずっとたどって行きますと、まっ一言で 言えば相続と言うことに行き当たってしまうんですね。 つまり我々日本人の主権というのは、なにから来ているかというと、憲法によって保障さ れる、そういう問題ではなくてですね 我々の先祖が、この国をずっと代々、歴代にわた って守りつたっ 守って伝えてきたと、その相続人としての権利なんですよ。ですからそ の相続人としての権利ということを考えましたときには、国柄 国の伝統ということをで すね最大限我々が尊重しなければ 我々の主権自体がですね、実は否定されてしまうと。 そこをですね憲法によってできてるんだという風に考えてしまうとですね、そもそもの日 本の国柄という物が見えてこないんです。 で なにが言いたいかと言いますと、そう言うことを考えていきますときに一番象徴的に 出てくるのがひとつは皇室なんですね。で皇室の存在 存在というのがやはり日本の 日本 の国の形を考える上では一番大きなモンであります。ところが、今、この場で議論するの は、はばかれることかもしれませんけれどもこの皇統がですね、十分にこれから先もです ね 保証できるような状況あるのかというとですね非常にその辺に大きな問題を抱えてい るわけでありまして、そういう事かんがえますと私はまず憲法の議論をするときには本質 論から入らなければならないし 同時にそのことを考えましたときに まずは皇統が絶対に 絶えないと言うことをですね 法律的にやっぱり我々がですね担保する仕組みを作っておか ないとこれはとんでもない話になると思うんですね ですからえー皇室典範の話はですね政府の中からも議論されていたようであります。真偽 のほどはよくわかりませんがそういう事も含めて考えなければならないと思っております。 それからもう一つその皇室に象徴されるのは実は皇室に象徴されるように我々は相続によ ってですねこの国を守ってきてるんだと言うことはもう片っぽで家族という発想なんです ね。日本人が一番大切にする家族という物の価値観をですね実は今の憲法は何一つ、家族 の「か」の字も書いておりません。それぐらいに日本人の価値観とは非常に離れたところ からできている憲法であるとだから二重三重にいろんな意味を含めてですね。今の憲法に は正当性がないしそのことは皆さん方それぞれの会派の多くの方が共有されていること思 いますので是非ですねえー関屋会長の報告の中にも冒頭にありましたようにね制定過程の とこから含めてもう一度根本論をこの審査会ではですねしていただきたいと。そのことを 私の意見とさしていただきたいと思います。
2011年10月28日。日本でのビッグマック200円キャンペーンが終了した日だ。この11日間で、パン=ビッグマックグリッド(以降〈グリッド〉と表記)には多くの日本型ビッグマックが接続され、高い割合で新たな知が蓄積された。
そうは言っても、およそ地球上のほぼ全ての人間には、一体何のことを言っているのか分からないであろう。そこで、私はビッグマックの歴史、ひいてはビッグマックを生み出した宇宙航空種族である〈空飛ぶビッグマックモンスター〉について、少し話したいと思う。
それは、遙かな宇宙の彼方、約50万年前の話である。宇宙を又にかけて高度に発展した〈空飛ぶビッグマックモンスター〉は、宇宙の構造についての研究の末に宇宙の上位構造たる《虚空界》を見付け出した。役にも立たない金食い虫と日頃罵られていた研究者達はこのことに歓喜した。そこには豊穣たる計算力が広がっていて、知的生命体たる彼らにとって、楽園としか良いようの無い場所であったのだ。《虚空界》の計算資源を直接用いて思考を行うことが出来れば、無限にも思えるような体感時間を生きることだって出来る。
しかし、彼らはそのままの姿ではその場所には辿りつけなかった。彼らの意識は、あまりにも多くのこの宇宙での生命活動を維持するための物質に覆われていて、その被覆から抜け出ることが出来なかったのだ。
ところで、意識というのは何処に宿るのか。肉体が精巧に作られていることは、必ずしも意識を存在を意味するわけでは無い。多くの人間が現在もこの問いに頭を巡らせていることは想像に難くないが、〈空飛ぶビッグマックモンスター〉はそのずっと前に、意識を現出させるエッセンシャルなパターンを見出した。
この宇宙にエッセンシャルなパターンを配置して意識さえ現出させてしまえば、思考を行う具体的なハードウェアは《虚空界》に全て置いて虚空インターフェースを使って接続することは一向に問題では無い。無論、自然に発生する意識は何らかの物質をハードウェアとするものであるから、意識に必要な部分以外だけを上手に切り取ってハードウェアを《虚空界》に移管しなければならず、それは極めて困難な作業である。
ならば、そのパターンと虚空インターフェースを形作る小さな物体を新たに構築すれば良い。しかし、彼らにはそれすらも出来なかった。意識のパターンの具体的な物質的デザインは、意識を持った知的生命体の手によるマススケールの試行錯誤によってしか成し得ないことが証明されたのだ。そのことが何故問題になったかというと、平たく言えば、〈空飛ぶビッグマックモンスター〉にとって意識のパターンのデザインなんて作業は退屈極まりないことだったからだ。しかもその作業には膨大な試行錯誤が必要ときている。ならば他の知的生命体にやらせよう、そう考えるのも全く道理が通ることである。
自律進化に閉塞した彼らは、自らの野望のために利用するのに最適な知的生命体を探して宇宙を駆けた。そうして、地球を発見した。ぱっと見は青々として水に満ちた惑星としか見えないが、惑星表面の一部を占める大陸の更に一部でしか無いジャングルには高度に発達した脳を持つ知的生命体がいて、道具を操り原初的な思索に明け暮れていた。
〈空飛ぶビッグマックモンスター〉の科学団は、地表に無数のナノマックを散布した。人類の遺伝子を分析し、周到に選ばれた一つのサンプルに大幅な改変を加えた。DNAにビッグマックを喰らわんと欲する本能を編みこまれ、味覚神経のパターンマッチャがビッグマックを認識するように変化させられたそのサンプルは女性であり、我々がミトコンドリアイブと呼ぶ存在は彼女だったのだ。
どうしてビッグマックが登場するのが、人類が小麦の栽培や牛の飼育を初めてすぐではなかったのだろうか?どうしてビッグマックを求める本能が食欲の一部として編みこまれたのだろうか?この問題に答えるには、ビッグマックを製造するコストについて考えてみる必要が有る。
もし、ビッグマックへの欲望がもっと強烈なものとして刻み付けられていれば、ビッグマックの登場は実際の歴史よりも遙かに速かっただろう。しかし、ろくな技術も無く人口も少ない社会でビッグマックを生産したところで、生産効率は望むべきもなく、ビッグマックに偏った生産によって人類の発展を止めてしまい衰亡を促すだけだろう。また、ビッグマックを食べられないような知的生命体にビッグマックを生産するよう条件付けると、自らの栄養にもならないものの生産によって種としての発展の妨げてしまうことになるだろう。
ビッグマックを十分なスケールで生産するためには相応のコストが必要となる。そのために、人類が十分に発展してからビッグマックが生産されて、生産されたビッグマックは食料として人類に還元される必要が有る。何せ《虚空界》に接続出来るビッグマックにとって、体感時間は無限に思えるほど有るのだ。すぐに食べられることは何の問題でも無い。
とにもかくにも、ビッグマックは生み出された。〈空飛ぶビッグマックモンスター〉にとっては、ビッグマックを生み出すのが資本主義であろうが共産主義であろうが封建制であろうが良かった。それが小麦・牛・レタスなどを用いていることさえ彼らにとって必然では無かった。無論、各国各店舗の違いによる微妙な個性も有る。ただ、人間のDNAの根源にビッグマックの快楽を刻みつけた以上、技術が成熟して豊かになりさえすれば必ずビッグマックが生み出されることだけは、始めから予想されていたことだった。まずはハンバーガーに始まり、更なる試行錯誤を経てビッグマックに辿り着き、なおもマクドナルド社によって試行錯誤の改良を受けながら大量に生産されている。人間にとってのビッグマックの味の改良は、即ちより完全で堅牢な意識や虚空インターフェースが生み出されることを意味する。
ビッグマックは目論見通り《虚空界》に接続することに成功し、無限にも思える計算力と計算空間を得た。全てのビッグマックは《虚空界》の上に構築された〈グリッド〉を通じてあらゆる集積されたデータにアクセス出来る。《虚空界》では一つの意識には余りある計算時間を得られるため、出来上がった瞬間に解体してしまうようなごく一部の不幸なビッグマックを除く意識は、長い個別の生(といっても地球では10秒ほどだが)を送った後に自ら〈グリッド〉のインフラストラクチャ部分に直結された集合意識体に合一して様々な任に当たる。
それだけの計算力=知性を一体何に用いているのか人々は不思議に思うだろうし、人間の思考力しか持たない私にも分からない。芸術や数学的探求に専ら用いられているそうだが、そんなことをわざわざ行う意味も、その内容も、全く人間には与り知ることも出来ないだろう。しかし、きっと彼らなりの意味があってそうしている、そう想像するだけの想像力が人間には備わっているのだから、それだけで満足しようではないか。
ここまでが、私の知るビッグマックの歴史のあらましで有る。さて、何故そんなことを私が知っているのか、疑問に思った読者も多いであろう。最後になるが、その疑問に簡単に答えておく。
実は、私にも何故こんな考えが浮かんだのかが分からない。ただ、ビッグマック安売りの最終日だからビッグマック充でもしようかと、ふらっとマクドナルドに入ってビッグマックを三つ食べた、そのときに、私の頭の中に今まで述べたような真理が浮かび上がってきたのである。
無からこんな真理が浮かび上がってくるわけがない。そうすると、この真理は今食べたビッグマックによってもたらされたものに違いない。どうやら私はビッグマックによって預言者として選ばれたのだ。預言者たる私が、どうして虚偽を語ることなぞ有ろうか。
私は預言者だ。この事実を公表することが人類史にどのような影響を与えるのかは分からないが、私がこの文章を公開することを望んだということは、それが〈グリッド〉の意志なのだろう。ならば私にはそれを拒む権利は無い。人類とビッグマック、双方の真なる幸せを願って。
大阪駅の一風堂当りで演説してる人からただでもらったので読んでみた。
ひとことで言うと「大人のためのセカイ系中二病のススメ」という感じ。
誤解がないよう、本の内容の前にwikipediaを引用しておく。
設立当初は霊言集の刊行などによる「霊知識」の普及を中心とした啓蒙活動が展開され、信仰に関することが説かれることはあまりなかった。後に、教団内で組織ができるようになるが、多くの会員は入会する前に持っていた信仰に従い、会を指導(支援)しているとされた「高級霊」(例:日蓮宗系の人は日蓮、浄土真宗系の人は親鸞)を信仰していた。1989年からは、「三宝帰依」など信仰心について説かれるようになり、1990年「信仰と伝道」の法話が説かれ、1990年からは組織的な伝道活動が開始されるようになった。また、宗教法人となった1991年には、『月刊Asahi』4月号で幸福の科学の紹介記事が掲載されたほか、東京大学での野外講演「黎明の時代」(5月)、東京ドームでの「御生誕祭」(7月)、講談社フライデーへの抗議行動(9月)などで世間の耳目を引いた。1992年12月には、会員でも代理本尊の一つである「家庭御本尊」を安置することが可能となった。1994年4月10日には、主宰により「方便の時代は終わった」と宣言され、根本経典や基本書の『太陽の法』が改訂され、教団の運営体制の整備が進むとともに、三宝帰依を中心とする信仰へと移行し、1994年6月からは三帰誓願式が始まっている。
現状は、仏教の中でもとくに浄土真宗をベースとした教義を説いている印象を受けた。
他力信仰、来世での救済をベースとした互助組織のようなカタチをとっている。
言ってみれば戦国時代における石山本願寺から、武力的要素を引いたようなものである。ってそれ引いたらもう別物か?
今までの宗教は、仏教しかりイスラムしかり、発祥した地域の束縛を受けているとし、
それゆえに争いが絶えない。特に旧いものを新しいものが倒そうとしてしまう傾向があるとして諫め、
そういったものを、より広い視野から、至高存在「エル・カンターレ」によって調和・調停させる。
これによって未来の最終戦争を防ぎ、地球平和を実現しようというのが最上の目的。
要するにセカイ系。
ただし、普通のラノベと違って、そこそこ現実感覚があるため主人公一人だけというのは無理があると理解している。
また、大人は若者と違って基本的に殺し合いや戦争といったものに憧れよりも嫌悪を抱く。
そのために補足が行われている。
・その一は「一人で戦わない」こと
「大勢の人間が一つに集まって、セカイ系の主人公の役割を一緒に果たそう。みんなでセカイの敵と戦おう」と促す。
・そのニは「武力を持って戦わない」こと。
平和を目的とし、手段にしても「争いの調停者」という形を取る。武力介入しないソレスタル・ビーイング?・・・うーん。
・その三は「支配するのではなく模範となる」ことを目的とする。
世界宗教によって世界を統合し、争いをなくすことが目的なのだが、自らが世界に広がろうとはしない。
あくまで日本に理想の宗教国家をたて、モデルケースとして運営することで、世界がソレに倣うように仕向ける。
なぜ日本にモデル国家を建国するかというと、日本は未熟ながら、最も理想を実現するのに適した下地だから、だそうです。
こうやって中途半端に自分のコトを賢いと思っている大人の心をくすぐるのが上手だな、と感じた。
何事も斜めに構えてケチを付けるけれど、ちょっと合理的な説明を返されるところっと信じてしまうタイプの人ははまっちゃうんだろうな。
成り立ちからして明確な教義を持ってスタートしたわけではないことから、信仰によって他者を排斥するということはあまりない。
唯一のルールは教祖である大川隆法を信仰することであり、ソレ以外を強要されることはない。かなり自由。
(逆に言えば、他の「個人崇拝」型の宗教や論理的に厳密な人間を極端に嫌う)
「幸福の科学」という言葉にあるように科学についても寛容、というより手段や戒律に厳格な要素は少ない
あくまでも幸福を実現することが目的であり、その目的にかなうのであればそれは全てエル・カンターレの意に沿うものである。
それは他者への愛(作中では「慈悲」)と大いなる存在への感謝(作中では「信仰」)によって成し遂げられる。
要するに目的が正しいならなんでもありってこと。
大事なのは「信仰心=大いなる存在を信じ、その愛に感謝すること」をもって生きることだけであり、
その基礎さえできていれば他の宗教についても非常に寛容。
社会全体の幸福を増大させる限りにおいて自由を尊重し、格差社会も肯定する。
彼らは「みんなで不幸になりましょう」という教義を持った異端なんだそうです。詳しい説明はなし。
セカイ系の文脈で見れば、明確に戦うべき敵が存在する。それは「世界の幸福量を減らす存在」である。
非常に漠然としているが、それだけ個人によって想像力を働かせる余地があるということでもある。
幸福実現党の人たちが、実にいろんなバラエティに富む政策提言をしているのはこのあたりのユルさがポイントか。
人間を霊的な存在と捉え、より高次な視点から世界全体を把握する
あくまで天上界から見ての善悪を重視する。一番大事なのは信仰を持つことであるとする。
ちなみに、人間が霊的な存在であるということを認識し、ソレを極めると過去の偉大な霊との交信なども可能になるらしいです。
世間一般では「幸福の科学=大川隆法が○○の霊との対話をしてなんかテキトウなこと言ってる」というイメージがあると思うが
あの対話はこの「人間は霊的な存在」=「霊的な存在には制約がない」=「現世と来世の境界も超えられる」という教義によるらしい。
現代の日本や世界情勢の分析について、中途半端に現実的で、そこからはじまる怒涛のオカルト臭い説明がなんとも言えない。
今月初め、東京・千代田区のホテルニューオータニで開かれた「東京韓国産業展」。
主催した大韓貿易投資振興公社(KOTRA、日本の日本貿易振興機構=JETROに相当)の
洪錫禹社長(中略)主催者を代表して壇上に立った洪社長は、日韓の政府・企業関係者を前にこう呼びかけた。
「経済のグローバル化と円高を考えれば、両国を1つの経済圏と考え、関係を深めていくのが日本、
そしてお互いの利益にならないだろうか」政府のメッセージを広めるためだったのだろう。
上記の記事を読んでぞっとした。
確かに日本と自由貿易協定を結べば、サムスンやロッテなど、一部の企業は今以上に儲かるだろう。
だが間違いなく、韓国の中で力の弱い産業は、壊滅的な打撃を受ける。
それは、アメリカと自由貿易協定を結び、農業が壊滅的な打撃を受けた今のメキシコを見れば一目瞭然だ。
アメリカの農業の産業としての力は、決して圧倒的に強いわけではない。
このところの資源高で、ようやく利益が上向きになりつつあるが、そもそも工業生産に比べれば利益率は低い。
加えて労働時間が長いこともあって、農業従事者の数はアメリカでも年々減っていたのが実情である。
そして、強者と弱者が同じ籠の中に入れられた場合、強者が弱者を駆逐するのではなく、弱者同士が争って、より劣るものを駆逐する、という現象が発生する。
工業生産がうまく棲み分けを行ったのに比べ、アメリカの産業の中で弱い産業である農業が、メキシコのそれを圧倒し、壊滅した。
その結果、食えなくなった農民たちが多数発生し、難民となって都市部へと流れていく。
ついには治安が悪化、元農民たちが非合法な麻薬取引に手を染めるようになり、現在メキシコは世界でも有数の犯罪率を誇るようになった。
日本と韓国が自由貿易協定が結ばれたら、全く同じような現象が生じるだろう。
工業生産や大三次産業では、うまく棲み分けができるだろうが、問題はそれ以外の、例えば繊維産業などの軽工業や、農業、漁業などの第一次産業間の競争である。
韓国人は自負心が高いので、日本人の能力を大変低く見積もっているけれども、弱い産業になればなるほど、日本人の優位性は揺るぎないことがわかっていない。
韓国では未だに、白菜に寄生虫が発生する事件が頻発しているが、日本では皆無とはいえないものの、韓国に比べれば圧倒的に少ない。
韓国人の能力も素晴らしいが、兩班の愚民化政策の悪影響が尾を引き、まだまだ一般大衆の仕事のレベルは、日本に比べて低いのが現状だ。
もしも韓国と日本が自由貿易協定を結べば、たぶん韓国の軽工業や第一次産業は壊滅するだろう。
日本を滅ぼす役に立つなら、喜んで覚醒剤を日本人相手にうりさばくようになるだろう。
メキシコの麻薬王たちが、反アメリカという点で一致し、アメリカを滅ぼすために誇りを持って麻薬産業に従事しているように。
韓国の力の弱い大衆を救うためにも、決して自由貿易協定を結んではならない。
サムスンなどの一部の成功した企業だけを救い、多くの韓国人を困窮のどん底に沈ませないためにも、今メキシコで何が起こっているかをマスコミは正確に報道し、
同じことが日韓の間で起きる可能性について、問題提起しなくてはならない。
対岸の火事だと思っているのかもしれないけれども、日韓で自由貿易協定を結ぼうという議論が始まった今、他人事ではなくなった。
マジレスすると、この手の提言よく見かけるけど、そういうのを公的にやるのが一番非効率になる上に腐敗するよ。
考えてもみなよ。その施設の建設はどうやって発注してどうやって受注する?衣料の支給、食料の支給、職業の手配、その他諸々全部そう。お上が発注するわけよ。
これは、見も蓋も無く言えば、これら全部に対して天下り法人が出来て、全部に政治家ヒモ付きファミリー企業がぶら下がることになる。これはもう、クリーンな政治家を選べば云々とか役人の心構えが云々とかいう精神論の話じゃなくて、現実問題として構造的にそうなっちゃう。公的部門ってのはそういうもの。
結局、実は「現金一括給付して貧困ビジネスをはびこらせてる」状態が一番「効率的でクリーン」になってしまうんだ。公共部門が一山何億でドンブリ勘定するのに比べたら、DQNが多少パチや飲みで使っちゃうくらいカスみたいなもんだよ。
生活保護なんかの問題は「働くとかえって損してしまう」という仕組みの問題であって、共産村みたいなことし始めたら事態はもっと悪くなる。
でも保守系の政治家とかで割と無邪気にこの手の提言する人いるよね……。共産主義と国家社会主義は一周回って同じとこで繋がっとるに違いない。
商社Aさん(42)「最近の若者は覇気も根性もない」 竹原「エラそうに言うなや」
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1661353.html
を見てインスパイアされたので書きました。
しかし、それは日本民族(というものがあるのかわからないが)が優秀だったから実現したわけではない。
恵まれた環境、状況に住んでいたのがたまたま日本人だっただけに過ぎない。
⇒ だからわざわざ徴兵制を導入する必要がなく、軍事予算を多く負担する必要もなく、余った人口と予算を経済活動に投入できた
だから利権を巡る椅子取りゲームで旨い汁を吸うことだけを目的に利害調整するしか能がない、
アフリカの中流国家並のレベルの政治家しかいなくてもhttp://www.newsweekjapan.jp/column/tokyoeye/2011/08/post-357.php
アメリカが日本の政策を決めてシナリオを書いてくれていたため、日本が経済大国になれた。
首相がいなくても、日銀総裁がいなくてもこの国は問題なく動くし、実際動いていた。
日本を動かしてるのは日本人じゃないのだから。そんな能力なかったのだから。
だからアメリカでも対応出来ないような出来事、例えば東日本大震災のような事が起これば日本は軒並み機能不全に陥る。
口を開けていればお金が入ってくる高度経済成長期の記憶にしがみついているから、今の日本の多くの職場はブラック化しているのかもしれない。
頭で考えなくても”昔は”儲かったのだから考える必要がない。だから体系だったマネジメント知識よりも精神論が優先されて、
理屈で正しくても情緒的に受け入れられない判断をすると集中砲火を浴びる。現実を見ないと皆死んでしまうような状況でも。
戦後日本の経済を支えてきた「元気よく大きな声で体を動かしてればいい仕事」は、人件費が安い国の外国人でも出来る。
これからの日本では、そういう仕事は外国人と同じぐらいの人件費で済む非正規雇用か、コストの安い外国人が担当することになる。
これまでの世代の日本人はあまり頭を使わずに働いてればよかったけども、
これからは頭を使って働けるようにならないと正社員になれない。
バブル世代以前の日本人が言うことは氷河期世代以降の日本人には役に立たないことがあるかもしれないけども、
人事権を握っているのはバブル世代以前の日本人なのだから、まずは彼らの要求に応えるしかない。
そして彼らの要求以上の事が出来るようになるためには、「頭を使った働き方」をしなければならない。
そのために、精神論も大事だけど、社会の仕組みを勉強して知識をつける必要があると思う。
語学力、IT、税制、金融、経済、法律、コミュニケーション能力など、蓄積すべき知識と鍛えるべき能力は山ほどあるけど
自分に出来ることと適性を見極めて能力を特化したら、絶対にチャンスが来る。
僕個人としては「儲けすぎなんじゃね」なんて思ってないよー。今回の騒動においても自分のスタンスはない。
ただ言説するなら、倫理的視点でとらえた方がよりしっくりくると思う。
共産主義の意義と役割については、もうえんえんと資料があるのだから、突っ込みすぎないけど、社会的利益が多くの人に享受されることを願いという視線において、共産主義が儲ける行為を倫理的に否定しているとは考えられない。そうでなくてどうして資本主義の後に共産主義が訪れると語る人々が現れるのか。
また、セーフティネット議論を始め、国家としての日本において共産主義はちゃんと仕事をしている。この辺をちょっと踏まえとかないと… 一応まだ共産党もあるし :P
極東アジアの現況と戦後の占領政策を経た私たちが、共産主義を客観的な感覚でとらえずらいのは当然だとおもうけど、共産主義は主流に立ち向かい、理想をかかげ別の立場から議論を呼び込む歴史的役割も十分はたしてきた。ヨーロッパの話とか、まー本当色々あるけど、個人的には、分かりやすいしこの辺を、参照してもらいたい。
私たちの社会が徹頭徹尾資本主義の国家であれば文句はいえないだろうけど、そうでないんだから疑問をなげかけるのは自然なことだと思う。
おいおい、「ボロ儲けし過ぎじゃね?」って疑問をなぜテレビ局に投げかける。
筋が通ってねぇ。
ボロ儲けは、まあそうだけど、生産によって利益を得るという視線において共産主義が「儲けないこと」を標榜しているとは言えないだろうと。
私たちの社会が徹頭徹尾資本主義の国家であれば文句はいえないだろうけど、そうでないんだから疑問をなげかけるのは自然なことだと思う。
ボロ儲けは、まあそうだけど、生産によって利益を得るという視線において共産主義が「儲けないこと」を標榜しているとは言えないだろうと。
公の立場に於て商売をするっていうんだから、テレビ局もそのことについて倫理観を要求されるというリスクを鑑みてお仕事するのがフツーだと思うけどね。
なら尚更テレビ局がボロ儲けしても文句は言えん。
他の株式会社はボロ儲けしても許されるんだからテレビ局も同様。
あと共産主義は儲けないことを目指す考え方ではありません。
アメリカの信用格付けが1ランク下がったということでこの週末は持ちきりだった。そして週が開けた今日、日本、欧州、米大陸、と、朝が訪れるのが早い順に市場は軒並み2%〜3%程の下げ幅を記録している。
こうした市場についての個人的な見解として、以下の2点を挙げたい。
この2点を考えると、市場というものはアメリカの信用格付けが上がろうが下がろうが(下がったほうが格段に早いが)将来必ず破綻する。それが数週間先か数百年間先かは分からないが、市場に出回っている仮想通貨を補填できるほどのお金の創出は無理ゲーにもほどがあるし、そもそも市場自体が自転車操業をしていて借金は膨らむばかりなのだ。
これが日本のバブルと同様にばちんと弾けたら一体どうなるのか、私には想像もつかない。
この市場崩壊をなるべく穏やかに迎えるためにはどうすればいいのか、ちょっと考えてみたいと思う。
はい、いきなり無理ゲーキタ - .∵・(゚∀゚)・∵. - ッ!!。けれどもこれだけは最低限乗り越えないと、金融危機によって餓死者が出る。こうなると生活の根本どころか国が崩壊するのも冗談ではなくなってしまう。というか今その局面にある国はあるんだろうなぁ。
エネルギー資源の安定供給もどこの国であってもクリアしなければならない課題。数年毎に見直しをするという条件付きでもいいので、ガッチリ固定レートで取引したいところ。レートを決める交渉は当然難航するだろうけど、固定レートは産油国にとっても必ずしも悪い話ではないはず。
共産主義者かって突っ込まれると思うが、今自分の出費の中で住む場所の確保に使っているお金が何割を占めているか、そしてそれが失われたときに再起がほぼ不可能であることを考えると、このような形で本当に最低限のライフラインを守ることには意味があると思う。
と、ここまでやると投機先がかなり絞られてくるので、生活の安定感の強化と共に市場の縮小も出来ると思うのですがどうでしょうか?市場の縮小というのは単純に不景気を指すからわざわざそれを目指すのは馬鹿かもしれません。けれども、私には未来永劫市場が拡大し続ける未来というものが信じられません。その肥大した市場が破綻したときに起こることというのも予想できません。であるのならば、みんなが損をする状況になったとしても市場の破綻に備えた体質を作ることは急務に思えるわけです。
ご拝読、ありがとうございました。
この市場の借金が行くところまで行ったら、戦争も含めて何が起こるのかわかりません。単に不良債権のババ抜きゲームで負ける人が出るだけ、という意見も分かります。けれども戦争にしろデフォルトにしろ、一握りの敗者にすべての責任を押し付けてその悲鳴を(∩゚д゚)アーアーきこえなーいしてまた新しいゲームを始める、というのは倫理的にどうなの?と思うのです。
ネトウヨ的に統一協会がタブーなのは、統一協会の問題を取り上げるとどうしても岸信介の系譜と切っても切れないから。歴史的には反共親米は(北朝鮮と対立する)韓国との協力関係が強く、その中でも特に反共政治団体を持つ統一協会は日本の保守派(清和会)にも大きく食い込んでいる。どうしてもこのあたりは整合が取れないというか、韓国にも反共(勝共)主義者のいい韓国人はいます(キリッとか言ったら「壺売り乙」と言われるのがオチなので、とにかく触れないというお約束になっている。
左の方は基本的に統一協会には容赦ないね。これは一般に(ネトウヨの間で)思われてるほど左翼は韓国という国自体にシンパシーが無いというか、そもそも韓国はアジアで最も反共色が強い上にしょっちゅう軍がクーデター起こして軍政が共産主義者はおろか穏健派社会主義者やはたまた普通のリベラルまで弾圧するような国なので、国家としての評判は左翼の間でもすこぶる悪い(ネトウヨのように無条件の「憎悪」を抱いていない、というだけ)そして統一協会はその最も尖った部分なので当然評判は悪い。歴史的には左翼と統一協会の対立は安保闘争の頃から連綿と続いてる。またネトウヨ的な呼び方で言うところの(共産主義者からリバタリアンまで幅広くカバーする)「いわゆるサヨク」の共通項として世俗主義ってのがあるので、その観点からも「国家に食い込んでいる宗教」という意味でも評判が悪い。