はてなキーワード: 勝馬とは
しかし、この繁栄は長くは続かず1910年代半ばには衰退を始めた。1908年から1914年にかけ有力な種牡馬が相次いで死亡、その上残った種牡馬も輸出されたり失敗したりで活躍馬を出せなくなり、牡馬のクラシックホースは1914年のエプソムダービー優勝馬ダーバー(Durbar、フランス産)が最後となる。最終的に、産駒世代が17勝、その下の孫世代が27勝に達したセントサイモン系の英クラシック勝利数が、その下のひ孫世代では5勝に急減した。しかも5勝全てが牝馬(1000ギニー2勝、オークス3勝)に偏り、牡馬はついに0勝に終わった。
この結果、イギリス国内でセントサイモン系は急速に数を減らし、1930年ごろまでには親系統に当たるガロピン系を巻き込んで姿を消した。また、オーストラリア、南アメリカに広がっていたセントサイモン系も同様に滅亡した。隆盛を極めたセントサイモンの父系があまりに短期間のうちに消滅してしまったために、日本では「セントサイモンの悲劇」と呼ばれている[注 6]。
このような結果に終わった理由として、ある種牡馬の血が交配可能な牝馬の大半に行き渡ると、その種牡馬の系統に属する種牡馬は近親交配を避けるために満足な交配機会を得られず、その結果急に勢力を減じると理論づけられることがある[15][注 7]。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%83%88%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%A2%E3%83%B3
日本の企業は経営体質が古いのでグローバル経営に乗り遅れて没落し続けてるのだあああ!!!!
遅れてて古くて年寄りで頑固な日本にユニコーン企業は産まれない!!!
まずリストラして経営をスリム化して、リモート終了させてオフィスで働かせるって別に日本企業と何の違いもないんだよね
日本型企業なんてのも経済の調子がいい時は美点ばかりが褒めそやされ
経済の調子が悪いとぶっ叩かれてただけだから、経営体質云々なんて後付けの屁理屈で勝馬の尻に乗ってるだけの頭のわるい話なんだから真面目な顔して論評してる奴はみんなバカだったってことよな
◎タイトルホルダー
4戦3勝
〇イクイノックス
3戦1勝
今年はジャパンカップか有馬記念に出走できれば、という話なので、勝てばG1 2勝でタイトルホルダーに並ぶ
有馬記念を勝てばタイトルホルダーとの直接対決を制するので、上回れる公算が高い
が、今年はもう出走できない可能性が高い
6戦3勝
今年は有馬記念に出走予定なので、タイトルホルダーとの直接対決を制してG1 2勝となれば選ばれる公算が高い
△ドウデュース
5戦1勝
皐月賞3着
今年はジャパンカップ出走予定なので、勝てばG1 2勝でタイトルホルダーに並ぶ
凱旋門で負けたアルピニスタや、古馬最強格シャフリヤール、同期のライバルのイクイノックスらを倒して戴冠すればインパクト大
しかし、ジャパンカップを勝ってもダービーとの同コースでの2勝だし、ライバルのタイトルホルダーには凱旋門賞で先着されているため、上回る評価は得にくい
4戦2勝
G3 アーリントンカップ優勝
今年はマイルチャンピオンシップ出走予定なので、勝てばG1 2勝でタイトルホルダーに並ぶ
香港マイルも登録済なので、どちらも勝てば国内G1 2勝の上、国内外でG1計3勝となる
そこまで出来れば選ばれる目が出てくる
△ソダシ
4戦1勝
今年はマイルチャンピオンシップ出走予定なので、勝てばG1 2勝でタイトルホルダーに並ぶ
最近の競馬は、予想が外れてるわけでもないけど、馬券が当たらないので、最後の最後で判断ミスをしている感があるよ
今日は当たるといいな
そのうえで競走馬としての総合的な能力も高くなければ勝てないので、重賞である程度力を示している馬がいいよ
2500mしっかり走れる馬は3200mで急激に悪くなることは普通はないです
さらに、3200走ろうとする馬はマイルや2000なんかと比べて層が薄いため、強い馬と弱い馬で力の差はそれなりにあって、すでに済んだ格付けが覆りにくい
前走成績はかなりあてになるよ
その観点から言えば、結局は前哨戦のG2でしっかり成績を残している子が結局強いよ
というわけで有力馬は、阪神大賞典からは勝馬ディープボンド、2着アイアンバローズ、3着シルヴァーソニック、4着マカオンドール
日経賞からは勝馬タイトルホルダー、3着馬ヒートオンビートが有力
それ以外の別路線からは、かつてしっかり前哨戦を戦ってきて十分勝てる実績を残しながら怪我で天皇賞春に出れなかったタガノディアマンテがついに出てくるのが気になる
あとは、いわゆる上がり馬と言えるような、急激に力をつけたテーオーロイヤル
テーオーロイヤルは阪神2400でマカオンドールに勝ってるし、ダイヤモンドステークスでも勝ってる重賞馬なので、これまでのレースレベルや力を疑う必要はないと思う
ここまで8頭あげたけど、よほどなことがない限り、この中で3着以内が決まると思っている
阪神大賞典で1人だけ57キロ背負って勝ったディープボンド、日経賞で1人だけ57キロ背負って勝ったタイトルホルダーは別格
マカオンドールは他が56キロ背負う中55キロで4着だったので、差をつけるなら少し見劣り
テーオーロイヤルはダイヤモンドステークス54キロの軽斤量だったので、やはり少しだけ疑問符がつくかな
でもまあ、問題ないとも思う
タガノディアマンテも期待してるけど、ほんまにやってくれるんかはわからない
ディープボンドとタイトルホルダーの優劣だけど、これはやはり有馬記念を見るとディープボンドが上と言わざるを得ない
過去の実績を見るとタイトルホルダーの菊花賞1着、日経賞1着なんてド本命やろ、みたいな気もするけど有馬記念後トラブルもあったみたいだし、調教の評価も調子に少しだけ疑問符がついている
そしてなんと言ってもボンドは昨年2着なので、リピーターの多い天皇賞春としては、やっぱり信頼度はボンドでしょう
気になるのはやはり枠
阪神大賞典や京都での成績しかないけど、過去データはほとんど14頭くらいまでしかいない中での8枠の成績と、今回みたいに18頭フルでの8枠は全然意味が違う
12頭か、せいぜい14頭までと、それより外ではやっぱり有利不利ははっきりあって、厳しいのは厳しい
最初のコーナーまでの距離がそこそこあるから、そこまで影響ない、という声もあるけど、それを言うなら阪神1600でも影響はないだろうけど、現実はそんなことない
本当に見るべきは阪神1600での枠の有利不利なのかな、みたいに思ったりもした
そういう意味ではやはりボンド、タイトルホルダー、シルヴァーソニックは少し割引が入るよね
本当に力がある馬は馬券内にまとめてくるという意味ではディープボンドを疑う必要はないと思っているし、実際馬券内に来ない要素がない
もはや展開にも左右されないだろうし、雨の影響も受けないし
しかし、1着信じられるかというと難しい
波乱はそこまでないと信じて、ボンド固定で、残りの7頭のうち内枠と力がある馬を重視
ボンド固定
アイアンバローズ、テーオーロイヤル、ヒートオンビート、タイトルホルダー重視
あとはガミらないように金額調整してください
健闘を祈る
その3歳時の熱戦、真のライバルたちとの激闘はどうやっても描かれそうにないから、ここに書いておく。
「この馬は強い」「GI級だ」と誰もが思った。
そのシュウジをデイリー杯2歳ステークスで一蹴したのが、
シュウジと一騎打ちの様相を呈したレースでなんと3馬身半差の快勝。
きっと来年のクラシックはこの馬を中心に回っていくに違いないと思われた。
しかしエアスピネルが満を持して挑んだ年末の2歳GI・朝日杯フューチュリティステークス。
最後方から大外一気の豪脚でエアスピネルを差し切ったのがリオンディーズだった。
エアメサイアと同世代のオークス馬・シーザリオの仔、すなわちGI2勝馬エピファネイアの半弟という超良血。
「シーザリオ産駒からまたも大物が出現した」と皆が色めき立った。
年が明けて2016年、リオンディーズが始動戦に選んだ弥生賞。
直線で早め先頭に立ったリオンディーズだったが、
なんとディープインパクト産駒・マカヒキに差し切られてしまう。
マカヒキはこれで無敗での3連勝。
ただエアスピネルよりも、リオンディーズよりも、マカヒキが強いだけなのだ。
そしてさらに、まだマカヒキともリオンディーズとも対戦していない無敗馬がいた。
2億3000万円という高額で落札されたことが話題となったディープインパクト産駒。
うっとりするような馬体に優等生の走りでデビューから危なげなく3連勝。
「実はこの馬がいちばん強いかもしれない」とまことしやかに囁かれていた。
迎えた皐月賞。
巻き返しを期すエアスピネル。
その2頭を倒して未だ無敗のマカヒキ。
例年ならば確実に1番人気だったであろう実力馬が並んでいた。
しかし、勝ったのはそのいずれでもなかった。
他馬が止まって見えるような驚愕の末脚で抜け出したのはディーマジェスティ。
年明けの共同通信杯から直行してきた人気薄のディープインパクト産駒であった。
代わって4着に入ったのはエアスピネルだった。
人気馬たちがすんなりと上位に来ているのである。
決して荒れたレースだったわけではない。
これはディーマジェスティの実力を示しているように思われた。
ハナ差の2着はサトノダイヤモンド。3着はディーマジェスティ。
そして5着にリオンディーズ。
やはり実力どおりに決着したレースだった。
他の年ならマカヒキもサトノダイヤモンドも無敗のままだったに違いない。
いやリオンディーズやエアスピネルだって例年なら間違いなくGI馬だろう。
「今年は三冠馬が三頭いた」と誰かが言った。
結局のところ、2016世代が古馬になって活躍することはなかった。
シュウジは結局マイル以上ではいいところなしだったが、古馬スプリント路線でも善戦マンで終わった。
重賞でときおり好走するもGIは勝てず、ダートに転向したがそれでも勝てていない。
リオンディーズは、3歳秋に屈腱炎・屈腱断裂を患い、早々に引退してしまった。いまは種牡馬となっている。
ディーマジェスティは3歳で挑戦したジャパンカップで惨敗、古馬になって2戦するもいいところなく、電撃引退して種牡馬となった。
マカヒキもリオンディーズもいない菊花賞を制したサトノダイヤモンドが、
年末の有馬記念で当時の現役最強馬キタサンブラックを下してひとり気を吐いたが、
古馬になってからはフランス遠征して凱旋門賞で惨敗、帰国後もなかなか振るわず引退した。
そしてマカヒキは9歳となった今年も走り続けている。
3歳で凱旋門賞に挑戦して惨敗したことで心が折れてしまったのか。
古馬になって勝利したのは昨年の京都大賞典での奇跡の復活のみ。
栄えあるダービー馬が勝てないまま引退すらさせてもらえないのは哀れですらある。
「最強世代」だったはずの2016年世代は、いまや「最弱世代」とさえ言われるようになった。
それでも、あのときの楽しさは、次々と有力馬が出てくるワクワク感は、決して錯覚ではなかったと思うのだ。
「最強」ではなかったが「最高」のクラシックだった。
タウラス杯お疲れさまでした。
タウラス杯の総括はシャドバプロの方が書いた note がありますのであれを見れば足りますね。
あれはスピード 1200 前提で全勝する世界の話ですから、我々一般トレーナーではもう少し割り引いて、
1050/900/750/350/400 (緑スキル50 回復スタ 40 金回復スタ 120 くらいに換算)
くらいに脚質に合わせて味付けしたエースを作れたら優勝お祈り圏だったのでは。
詰めてる人は「スピードは 1200 しかありえない」なんでしょうが、スピードがあがるほどスタミナ消費が激しいようなので、半端にそこだけ真似するとちょっとした事故で死にます。
サイゲが優勝馬の平均ステとか何かしら統計データ出してくれるとうれしいんですけどね。
話は変わり、来月に来まほしジェミニ杯の条件は 6 月の G1 ということで、安田記念の東京 1600m が本命、宝塚記念の阪神 2000m が対抗の予想です。
実際の競馬場のデータはこんな感じ(https://www.keibalab.jp/yosou/coursedata/tokyo/t1600/)。
タウラス杯と同じ競馬場です。ゴール地点は同じですが、バックストレートをそのまま後方に伸ばした先にスタート地点があります。合流地点以降は全く同じです。
現実の競馬でゲームの序盤、中盤、終盤にあたる部分はコースの形状などで決まりますが、ゲームでは単純に距離で序盤、中盤、終盤が設定されます。
長いバックストレートで始まるため、序盤はまっすぐ自分のペースで走って、ある程度位置取りが決まってからコーナーに入れます。展開による消耗は少ないでしょう。
「二の矢」が有効だとしたらこういうコースか。「鋼の意思」はノーチャンス。
バックストレートは長く緩い下り坂ですが、たぶん下り坂あつかいではないと思います。
3コーナー手前でいったん登って下りながらコーナーに入ります。タウラス杯で「下校」を持たせた人はここで発動したはず。
3 コーナーにはいわゆる大ケヤキがあり、それを抜けたあたりに 800m 標識があります。タウラス杯ではここからが終盤でした。
マルゼンスキーの固有(最終コーナー以降・前方・加速度)発動とかみ合うので、加速力アップして終盤に入りポテンシャルを全力で使えて強かったというのがタウラス杯総括。
4 コーナーの出口はカーブが急になっていて、実際の競馬では減速し立ち上がりで馬群がかなり横に広がります。
1600m ではこのあたりから終盤になります。1600m の終盤距離は 1600/3 = 533.3m で、最終直線は 525.9mですから、ゲーム的には 7.6m ほど終盤かつコーナーの区間が存在します。この終盤頭の7mが何かに使えるかもしれません。
マルゼンスキーで東京 1600m を走る動画を漁ったのですが、5位以上でコーナーに入るとすぐに固有が発動し、効果終了後にスパートに入っているように見えます。タウラス杯のような強さはなさそう。
直線に入って残り 500m 付近から 200m ほどきつめの坂があります。スタミナとパワーが必要です。坂を登りきると最後の勝負になります。
東京は長い最終直線があるので、差し追込が有利と言われていますが「本当?」という感じです。最後まで駆け抜ける力があればよし。
https://youtu.be/vV93pbfuB08?t=176
https://youtu.be/k0uASr1Zwss?t=465
08 年のウオッカがちぎり始めるあたりが坂の終わり、固有スキル発動が見えるようです。
マイル適正の高いウマ娘はスピパワに練習補正があることが多いです。スピード 1200 が下位層にも広がり、上位層はパワーも 1200 付近と予想。
終盤の頭に直線立ち上がり上り坂が集中して比較的団子になるので、パワーがないと置いて行かれそうです。
スタミナ必要量自体は減るのですが、スピード 1200 を活かして走り切るスタミナが確保できるかどうかは争点になりそう。
チームレースを観る限り、高スピードでは回復込みで550を下回ると真偽不確かな根性お祈りすることになると思います。
URA 因子複数回発動してくれ。
条件固定なら緑スキルが強いのは変わりません。
スタミナ盛れたら金回復をとらない選択肢があるかも。グレードリーグでは結局取るか。
「終盤」の開始位置にコーナー出口と坂があるので、これをカバーできるスキルは強いはず。
マイル限定デバフは「スピードイーター」と「布石」ですが、金スキルがないので「独占力」のようにはならないでしょう。
「スピードイーター」は、先頭確定と、中盤スピードに乗る先行ウマ娘の勢いを殺す目的のスキルだと思います。デバフが好きなので逃げダスカに積んでいるのですが、強さを感じたことがありません。何より先頭でないと発動しないのがネック。3逃げで3つ積んでも1つも発動しないかも。
「布石」で序盤逃げ馬が前傾姿勢で走る区間の加速力を殺せれば、バ群の圧縮が期待できるでしょう。
ただし、スタートから発動まである程度時間が必要のようで、高パワーだと間に合ってなさそう。参考:https://www.youtube.com/watch?v=aAGQfcdlxY0&t=1174s
「布石」が効くならバ群が圧縮のために複数積み環境ということもあるかもしれません。
○:ダスカ(先行)、ウオッカ
▲:ススズ、ダスカ(逃げ)、バクシン、マルゼン、グルーヴ、キング、タイキシャトル
△:ブルボン、ルドルフ、ナリブー、スペ、トップガン、スマファル、タイシン
☆:ネイチャ、タキオン、ライアン、テイオー、ゴールドシップ、アグネスデジタル
逃げは強く育てるのが難しいと思っているので低めです。
▲は環境次第、△は育成練り上げが必要、☆は出てくる可能性はあるくらいの読みです。
持っていないので完食がわかりませんが、スピパワ補正、シンプルな強さのオグリキャップは強そう。オグリよ、うちにも来てくれ。
エルコンは一人でレースできるタイプ、グラスはチームレースの倍くらい強そう。
展開が絡むウマ娘は走ってみないとわからないところがあります。要検証。
これで宝塚記念(阪神2200m)とかマーメイドステークス(阪神2000m・ハンデ)とかきたら泣いちゃう。ハンデ戦楽しそう。
天皇賞の代名詞としてよく用いられるのが「盾」です。表彰式の際に優勝馬主へ下賜される、いわゆる天皇盾からきているものです。国内のレースで盾が手渡されるのは天皇賞だけ。
現在、馬主に下賜される天皇盾の正式名称は「御紋付楯」です。縦56センチ、横(最長部)49.5センチの木材(ラワン材)でできた板に「競馬恩賞」の文字が板金ではめ込まれ、その上部に鋳物で金メッキされた菊の御紋章が輝いています。盾は天皇陛下から賜った唯一無二のものであるため、敬意を表して素手では取り扱わないことになっており、表彰式で馬主は白い手袋をして受け取ります。
41年(昭和16年)に御下賜品は木製の盾になりました。47年(昭和22年)春、「平和賞」の名で行われた際には賞品の下賜がありませんでしたが、同年秋には盾に戻りました。このときから盾は持ち回りとなり、馬主にはJRAが制作した盾の複製品(本物の3分の2ほどの大きさ)が与えられることになります。つまり、現在の盾は47年から使用されているものなのです。
盾はレースが行われた競馬場内の金庫に厳重に保管されているということです。唯一無二の盾で保険は利かないため、輸送は外部の業者に依頼せず、総務課の職員が直接取りに向かいます。しかも慎重を期すために必ず複数(多くの場合2人)で行います。東京―京都間は新幹線、それ以外の行程は全てタクシー移動です。丁重に扱わなくてはならないため、輸送中も気を抜けません。新幹線内では3人掛けの真ん中の席に置き、両隣を職員が挟みます。他の乗客の迷惑にならないよう、あまり混雑しない昼の時間帯に乗車するということです。タクシーでも職員が盾を膝の上に乗せ、抱えて持っていきます。当然、床に置いたりトランクに入れたりといったぞんざいな扱いは許されません。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO29783290U8A420C1000000/
メジロマックイーンが、ライスシャワーが、ビワハヤヒデが、マヤノトップガンが、スペシャルウィークが、ゴールドシップが手にした (そりゃ実際には馬主が、だけど) 天皇盾。時代が短中距離志向になり、スピードが求められる時代にあっても、変わらない3200m先の重み。
https://anond.hatelabo.jp/20201206114053
(出来事)
1981 ジャパンカップ創設(メアジードーツが第1回の勝馬となる)
天皇賞秋の距離短縮(距離短縮後、ミスターシービーが最初の勝馬となる)
カツラギエースが日本調教馬として初めてジャパンカップを制覇する
ハッピープログレス(及び翌年のニホンピロウイナー)が本年からG1に格付けされた安田記念を勝利し、短距離路線の名馬として評価を受ける(短距離路線の確立)
1985 プラザ合意
ニホンピロウイナーが1983年以来3年連続で最優秀スプリンターを受賞する
1987 皇太子夫妻(現・上皇上皇后)が東京競馬場に行啓し、天皇賞秋を観戦する(台覧競馬。勝馬はニッポーテイオー)
タマモクロスが史上初の天皇賞・春秋連覇(史上初の天皇賞2勝)を達成
オグリキャップが中央競馬に移籍し、好成績を挙げ、国民的人気を集める(1990年の有馬記念優勝を最後に引退)
東京優駿(日本ダービー)施行当日、196517名の中央競馬史上最高入場者数を記録(勝馬はアイネスフウジン)
社台ファームが種牡馬サンデーサイレンスをアメリカより輸入する
1991 降着制度導入(初の適用は1991年1月5日、中山競馬第8競走におけるミヤギノフジ(13着→15着)
メジロマックイーンが天皇賞秋において、1位に入選するも、進路妨害によって、18着(最下位)に降着(プレクラスニーが1着繰り上がりとなる)
1995 阪神淡路大震災
この年からJRAクラシフィケーション(旧フリーハンデ)がインターナショナルクラシフィケーションに基準を合わせることになる
1998 シーキングザパールがモーリス・ド・ゲスト賞を制し、日本調教馬として初めて海外G1を勝利する
タイキシャトルがマイルCSを連覇し、昨年のマイルCS以来、短距離G1を5連勝する
1999 エルコンドルパサーが日本調教馬として初めて凱旋門賞2着に入る
エルコンドルパサーが国内未出走ながら、選考委員会により年度代表馬に選出される
2000 チャンピオンズカップ(ジャパンカップダート)創設
テイエムオペラオーが年間無敗、重賞8連勝、古馬主要G1全勝(グランドスラム)を達成する
JRAによる企画「20世紀の名馬100」がファン投票により選出される(1位ナリタブライアン、2位スペシャルウィーク、3位オグリキャップ)
2001 アメリカ同時多発テロ事件
2002 中央競馬において馬番連勝単式馬券(連単)並びに馬番三連勝複式馬券(三連複)の発売開始
小泉純一郎内閣総理大臣が東京競馬場に来場し、東京優駿(日本ダービー)を観戦する(勝馬はタニノギムレット)
2003 シンボリクリスエスが2年連続で年度代表馬に選出される
2004 中央競馬において馬番三連勝単式馬券(三連単)の発売開始
この年限りで、抽選馬の抽選会における配布制度が取り止めとなる
天皇皇后が東京競馬場に行幸啓し、天皇賞秋を観戦する(天覧競馬。勝馬はヘヴンリーロマンス)
2006 ディープインパクトがIFHA発表の「トップ50ワールドリーディングホース」で125ポンドの評価を受け、日本調教馬(かつ日本生産馬)として初めて首位に立つ
2007 日本、ICSC(国際セリ名簿基準委員会)のパート1国に昇格
デルタブルースが日本調教馬として初めてメルボルンカップを制覇する
ウオッカの東京優駿(日本ダービー)を制覇(牝馬による東京優駿(日本ダービー)制覇はクリフジ以来64年ぶり)
皇太子(現・天皇)が東京競馬場に行啓し、東京優駿(日本ダービー)を観戦する(台覧競馬)
2008 ダイワスカーレットの有馬記念制覇(牝馬による有馬記念制覇は、トウメイ以来37年ぶり)
2011 東日本大震災/東京大賞典が地方競馬のレースとして初めて国際G1に格付けされる
ヴィクトワールピサが日本調教馬として初めてドバイワールドカップを制覇する
2012 天皇皇后(現・上皇上皇后)が東京競馬場に行幸啓し、天皇賞秋を観戦する(天覧競馬。勝馬はエイシンフラッシュ)
ロードカナロアが香港スプリント(G1)を連覇(また同年、安田記念を制し、昨年のマイルチャンピオンシップ以来、短距離G1を4連勝する)
2014 ジャスタウェイが日本調教馬(かつ日本生産馬)として初めてロンジンワールドベストレースホースランキングにおいてレーティング1位を占める
皇太子(現・天皇)が東京競馬場に行啓し、東京優駿(日本ダービー)を観戦する(台覧競馬。勝馬はワンアンドオンリー)
ジェンティルドンナが2012年以来、2度目の年度代表馬に選出される
2016 日本中央競馬会が仏・凱旋門賞において、日本国内で初めてとなる海外競馬の競走における勝馬投票券発売を実施する
モーリスが安田記念・マイルチャンピオンシップ・香港マイル・チャンピオンズマイルといった短距離G1(マイルG1)を4連勝する
2017 ホープフルステークスがG1に昇格する
コパノリッキーが東京大賞典に勝利し、G1級競走(GI・JpnI競走)の勝利では歴代最多となる11勝目を挙げる
2918 令和改元
1 1905年~1931年 公認競馬~馬券禁止・連合二哩創設~旧競馬法制定~東京優駿(日本ダービー)創設以前
代表的な競走馬:コイワヰ、バンザイ、ナスノ、ハクショウ、連合二哩の勝馬
.
2 1932年~1944年 東京優駿(日本ダービー)創設~競馬開催の停止
代表的な競走馬:ワカタカその他東京優駿の勝馬、セントライト、クリフジ、
.
3 1946年~1963年 戦後の競馬再開~シンザン登場以前
.
4 1964年~1980年 シンザンの三冠~ジャパンカップ創設以前
代表的な競走馬:シンザン、スピードシンボリ、トウメイ、ハイセイコー、TTG
.
5 1980年~現在 競馬の国際化(ジャパンカップ創設・グレード制導入等)
代表的な競走馬:ミスターシービー以降の三冠馬、オグリキャップ、いわゆる「最強世代」、ウオッカ
.
Pedigree Online Thoroughbred Database
https://www.pedigreequery.com/
..
Australian Stud Book
.
優駿たちの蹄跡
.
netkeiba
.
http://relaunch.cocolog-nifty.com/blog/
.
簡易検索: 資料群=すべて キーワード=競馬 公開範囲=すべて
https://dl.ndl.go.jp/search/searchResult?featureCode=all&viewRestrictedList=0|2|3&searchWord=%E7%AB%B6%E9%A6%AC&filters=1%3A00|8%3A0&sort1=4&rows=
https://anond.hatelabo.jp/20201219095651
(出来事)
1856 日米修好通商条約締結
1860 横浜の外国人居留地において、競馬が行われる(居留地競馬)
1869 戊辰戦争終了
1870 東京招魂社(現・靖国神社)において、初めて洋式競馬が行われる(招魂社競馬。1898年まで)
1874 台湾出兵
1877 西南戦争開始~終了
1894 日清戦争開始
1905 日露戦争終了
桂太郎内閣による馬券発売の公認(黙許)(公認競馬。中央競馬のルーツ)
馬政第一次計画の制定(第一期:1906年~1923年、第二期:1924年~1935年)
帝室御賞典(東京)創設
1907 小岩井農場が種牡馬インタグリオーと20頭の繁殖牝馬(小岩井農場の基礎輸入牝馬)をイギリスより輸入する
1910 韓国併合
改正競馬規程(閣令)を根拠として、産牛馬組合による競馬が開催されるようになる(地方競馬のルーツ)
主要競走に騸馬(せん馬)が出走不可に。芦毛、月毛、河原毛が出走不可に(毛色の制限は1928年まで)
帝室御賞典(阪神)創設
1911 優勝内国産馬連合競走(連合二哩)創設(ラングトンが第1回の勝馬となる)
宮崎競馬場において、商品券付き勝馬投票が実施される(事実上の馬券)。1914年までに全ての競馬倶楽部が実施するようになる
1914 第一次世界大戦開始
1918 第一次世界大戦終了/シベリア出兵(1922年まで)
1922 帝室御賞典(札幌)創設(1937年秋まで。1922年~1924年は春のみ。1925年~1937年は秋のみ)
帝室御賞典(福島)創設(春のみ。1922年春~1937年春)。帝室御賞典(函館)創設(秋のみ。1922年秋~1936年秋)
1923 関東大震災/旧競馬法制定(馬券発売再開)/馬政局廃止
帝室御賞典(函館)創設(春のみ。1923年春~1937年春)。特殊ハンデキャップ競走創設
1925 濠抽混合創設(当初の名称は各内国抽籤濠州産馬混合競走。1932年より目黒記念)
下総御料牧場が2頭の繁殖牝馬(種正・稙道)をアメリカより輸入する
1928 横浜特別創設(1943年秋まで)/連合二哩(牝馬)創設(1928春~1941秋)
1931 満州事変
下総御料牧場が3頭の繁殖牝馬(星旗・星若・星友)をアメリカより輸入する
1932 東京優駿創設(1950年より「日本ダービー」の副称が付く。ワカタカが第1回の勝馬となる)
下総御料牧場が3頭の繁殖牝馬(星濱・星谷・星富)をアメリカより輸入する
1934 中山大障害創設
1936 二・二六事件
1937 日中戦争開始
天皇賞(帝室御賞典)創設(連合二哩並びに各競馬倶楽部で行われていた帝室御賞典を統合。当初秋2600m、春2700mで施行され、第3回からは春秋共に3200mで施行。ハツピーマイト(ハッピーマイト)が第1回(1937年秋・東京)、ハセパークが第2回(1938年春・阪神)の勝馬となる)
連合二哩はこの年限りで廃止。各地の帝室御賞典はこの年春限りで廃止
菊花賞(京都農林省賞典四歳呼馬)、優駿牝馬(オークス)(阪神優駿牝馬)創設
1939 皐月賞(横浜農林省賞典四歳呼馬)、桜花賞(中山四歳牝馬特別)創設(五大クラシック競走が成立)
1941 太平洋戦争開始/セントライトが初のクラシック三冠を達成
1944 競馬開催の一時停止。この年の競馬は能力検定競走として施行される(戦前の競馬はこの年限りで終了)
2歳(旧3歳)競走が競走体系に加わる
1949 朝日杯3歳ステークス(1991年から牡馬及び騸馬(せん馬)限定のレースとなる。現・朝日杯フューチュリティステークス)創設
阪神3歳ステークス(1991年から阪神3歳牝馬ステークスとして牝馬限定のレースとなる。現・阪神ジュベナイルフィリーズ)創設
1951 中央競馬における重勝式馬券の発売(1961年廃止)
トキノミノルが無敗で二冠を達成
日本中央競馬会(略称は1986年までNCK。1987年からJRA)発足(国営競馬時代の終了)
啓衆社(競馬予想紙を発行)が啓衆賞を設け、各年に活躍した競走馬を表彰することを始める(1972年から『優駿』(日本中央競馬会の機関紙)の主催による優駿賞、1987年から日本中央競馬会の主催によるJRA賞となる。最初の年度代表馬はハクリヨウ(ハクリョウ))
1955 日本中央競馬会が英国ジョッキークラブとの間に騎手に対する制裁の相互実施協定を締結する(国際交流の始まり)
東京大賞典(秋の鞍)創設
1958 ハクチカラが戦後の日本調教馬として、初めて海外に遠征する
1956 有馬記念(中山グランプリ)創設(メイヂヒカリが第1回の勝馬となる。八大競走成立)
1963 中央競馬において8枠制が導入される
メイズイとリユウフオーレル(リュウフォーレル)の2頭が年度代表馬に選出される
1965 シンザンが天皇賞秋・有馬記念を制覇し、五冠を達成(当時牡馬が出走できる大レースを全て制覇)
1967 栗東トレーニングセンター開場
1968 中央競馬における繋駕速歩競走はこの年限りで廃止される
1970 大阪万博
スピードシンボリが初めて有馬記念を連覇し、1967年以来2度目の年度代表馬に選出される
1971 ニクソン・ショック
貿易自由化に伴い国内生産者への保護政策が実施されたことにより、持込馬が有馬記念を除く八大競走への出走権を失う
トウメイが天皇賞秋・有馬記念と連勝し、牝馬として初の年度代表馬に選出される
1972 沖縄返還
地方競馬における騎乗速歩競走はこの年限りで廃止される(中央競馬では戦前限り廃止)
ハイセイコーが中央競馬に移籍し、好成績を挙げ、国民的人気を集める(1974年の有馬記念2着(勝馬はタニノチカラ)を最後に引退)
1974 単枠指定制度の導入(1991年10月5日廃止。最初の指定馬は同年の皐月賞におけるキタノカチドキ。最後の指定馬は1991年のセントライト記念におけるレオダーバン)
1977 テンポイントが有馬記念でトウショウボーイとのマッチレースを制し、年度代表馬に選出される(3着はグリーングラス)
1978 美浦トレーニングセンター開場
ブコメ見てると、「まじで現政権を支持する30%で別な国作ってくんねえかな」みたいな発言をみたりする。
俺もそう思ったりもしてた。けれどそれこそが、分断の原因の一つではないかと思いはじめた。
某院長が、サイバー攻撃を受けたと思い、その原因を解説してくれたリプに、「あほ」といったツイートがある。そこにぶら下がっているリプに「解説したリプ送った人は我々の支持者をフォローしてないが敵はフォローしてるので解説者はおかしい」という旨の発言があった。発信者の是非を議論の内容でなく、属性で判断している。
この人を責めているわけじゃない。ただ、人間は誰しも自分がわからないことに直面すると、わかるところで無理やりにでも理論を完成させようとする。わかる範囲の内で関わろうとする。俺だって、そうしちゃってることもあると思う。まあ、自転車置き場の議論といえばそうだろうし、いまここに俺がこう書いているのだって、まさにそういう行為なんだろう。
むずかしいことはわからないけど、顔がいいから。むずかしいことはわからないけど、人柄が良さそうだから。むずかしいことはわからないけど、今支持してる人に反対してるから、賛成しているから・・・。
俺だって応援する野球チーム決めるときは「よくわからんけど地元に近いから」とかで決めている。
前置きが長くなったが、あえてこう書かせてもらうが、支持者は、民主主義が破壊されることや、文書が保全されないことの重要さをわかっていない。それと民主主義の関係と、それと自分の生活の関係も。
けれど、それを、「ばかだなあ」で済ませたとしても、なにも解決はしない。なぜならそれは彼らが感じている閉塞感の原因のひとつだからであり、その閉塞感を打破するために、より大きなものに自我を寄せる必要がある。
多くの人が信奉できる思想の受け口がない日本においては、「国」という圧倒的強者にみえるものがその受け口としての候補に容易になりうるのだろう。
権力に立ち向かう勇気ある記者を、半沢直樹の顔のスクショで威圧をするリプを送る人がいるのも、そういったことが関係しているのだと思う。難しいことを考えずとも、わかりやすい勝馬にのること。
民主主義の本質がわかっていれば、意見が異なるとしても、その姿勢を褒めることもあっただろう。
しかし、繰り返しになるが、「お前はわかってない」と言ったところで本当になにも解決しない。逆に、そう言われれば言われるほど、わかりやすい大きな権力を求めるようになるだろう。それが、将来的な自身の生活に悪影響を及ぼすとしても。いま、精神を救ってくれるのだから。
だから、真っ当な民主主義を目指すならば、安倍政治に反対するものも、反対するものの理由を知り、幸せになることを考え続けなければいけない。けして、切り捨てることではない。「こんな人たち」とは、民主主義国家の政治において、どの立場の人も相手側に言ってはいけないのである。