「不干渉」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 不干渉とは

2017-03-20

結婚と死

結婚する。昨日、双方の両親と会話した。そこに反対はなく、ただ祝福の言葉が届いた。帰ってから私は何故か感情抑制がきかなくなり、とめどなく流れる涙をどうすることもできなかった。ブレーキが壊れたように嗚咽をあげていた。

物心ついたときからずっと精神を病んでいた。いつも孤独焦燥感が私を支配するのだった。だから、静かに死ぬことだけを考えていたのに、今は人生ではじめて孤独を奪われてしまった。彼女は語りかけながら、傍らにいて、そっと頭をなでてくれた。

私はもはや死ぬという選択肢を自らの意思にもとづいて取ることがなくなった。今や私は死ぬことの選択を外部に委ねることができる。それは死ぬという選択肢を、「人に求められなくなったとき」――それは自らの決定に於いてではなく最愛恋人に委ねることが出来るということだ。

彼女がいるということで、私のコンプレックスであった「誰にも求められていない」という滑稽な空想否定されるわけだから、私はそれに基づいて自ら死を下すという決定を行うことができない。

出会ってからそんなに歳月を経たわけではないが、間違いなく最愛の人、であるわけだし、そういう人の手によって自分の、かつてのでたらめで無秩序な生が肯定され、死が滑稽な妄想のように扱われるのは、嫌な心地がしない。ずっと誰から必要とされることなく、誰にも愛されることのない、徹底した不干渉、それこそが自らの求めるものであったのにもかかわらず、今はその制約こそが幸せだと思う。そうして死の権限移譲された。

彼女は私がいなければ死んでいたと言ってくれた。何度も言ってくれた。愛の告白にしては些か荷が重いが、それでも、私ですら時として人を救えるというのは、自惚れに近いが、素直に嬉しいのかもしれない。

間もなく結婚だ。式は挙げない。一人で死ぬよりは幸せな結末をどこか期待しながら、今日は二人でカフェにでも行こうと思う。

2017-01-03

モラハラ気味の父と自由人な母

 実家を離れたからこそ、家族問題が見えてくる。父がモラハラ気味に母を縛ろうとしているように感じる。自分になにかできないだろうか。


 正月一年ぶりに帰省した。不満は多いけれど、両親のおかげで自分は人並みに幸せ学生時代を過ごさせてもらったと思っている。就職して5年近く経ったが、この短いやすみで実家に帰ったときだけは、自分子供時代に帰ったような安心感を感じる。それと同時に人は誰もが必ず年老いていくということをふと思い出すと、この家族もいずれバラバラになって自分が一人になるのだろうという不安感も感じる。


 母は比較自由人であるしかし、子供だった自分を精一杯育ててくれた。(変な味付けの)ご飯をつくり、(埃が積もってきた頃に)掃除をし、洗濯をしてくれた。そして母自身些細な趣味を持ち楽しんでいるように見えた。月に1−2度趣味の集まりに出かけ、飲み会に行った。そんな日は帰りが日付を回ることもあったが、夕飯を用意していってくれた。子供が一人で食べる夕食はちょっぴり大人になったようで、自由に食べたいだけ食べられるという点で楽しくもあった。なによりも一軒家の中でたった一人という開放感が新鮮で嬉しかった。


 父は平凡な会社員だったが幸運にもほとんど残業をしないで済む生活をしていた(これがどれほど幸運ものか、自分就職をして初めて知ることになる)。 父自身ちょっとした趣味を持っていて、今考えると結構な額を趣味に突っ込んでいたが、それで家計が苦しいということは(少なくとも私は)感じなかった。だから、父も自由人だと言いたいところだが自分にはどうしても理解できない点がある。


 母が趣味のために出かけて飲み会から帰ってくると、父はいつも母を責めた。その理由は、「普通カミさんはそんなに飲んだりしない!」というものだった。母はその責めに対して、父だって飲み会に行っているじゃないか子供喧嘩のように応戦していた。自分が小さな子供だったころ、このような喧嘩が度々起きると母は泣き出し、父は怒鳴り散らし、自分にとってこの世が終わってしまうというような恐怖を感じていた。この対立は今にも続いているが、ボルテージはだいぶ下がり、私も成長して夫婦喧嘩を冷静に見ることができるようになった。


 自分には、父の主張が全く共感理解もできない。母が飲み会に出かけていたのは月にたった一回か二回程度である。それ以外の日は家に居て専業主婦役割を全うしていた。だから、母は家族の誰にも迷惑を掛けていない。月に数度の母不在の日で仕事帰りにご飯が食べたいなら、母の作りおきの夕食を食べたらいい。家の掃除はキチンとされているし、風呂に入りたければボタン一つで温めることだってできる。毎日洗濯しているので、明日着る服に困ったことはない。そんな十分すぎる環境があって、何が不満なのだ。どうして、月に一二度の母の楽しみを糾弾するのだ。母は映画の中の貞淑な妻のように、「旦那様お帰りなさいませ」と三指ついて出迎えるべきとでも思っているのだろうか。自分には、父が母を『家庭に縛り付けたいというおぞましい欲望』を持っているように感じる。


 私は、少なくとも家族に(金銭的、家庭内業務の分担で)迷惑を掛けずに楽しむ母を誰も糾弾することができないと思っている。父が母を家庭に縛り付けようとする試みに、自分はできる限りで反論しようとしてきた。父に対し私は、「母は家庭の仕事を全うして、その上で自分の楽しみをやっているんだから、誰にも迷惑かけてないよね? そっとしておいてあげようよ」と説得を試みたが、「カミさんがこんなに出かけているのはおかしい! 普通の家のカミさんはこんなに飲んだりしない!!!」の一点張りで、まったく議論にならなかった。最近は、飲み会へ行った翌日(休日)で疲れた母を父が朝早く理由もなく起こすという嫌がらが始まっている。


 結局自分は、今のところ自分の信じる(家族の)自由を履行できずに居る。いつか父と母が分かり合えるのだろうか。そのような夢物語が実現しなくとも、なんらかの現実的妥協点を見出してある程度の不干渉を引き出せないだろうか。




こんな面倒くさい家族から自分実家へ帰るのを渋っているんだぞ!

もう、実家に帰るたびに父親の子守を任されるのは御免だ! 

勘弁してくれ!!!


(追記)

 ああ、みんな反応をしてくれたんだね。嬉しいです。

 ちなみに、父は酒は付き合いで飲む程度でほとんど飲まない。

2016-11-01

幸福のための最大公約数を探る

・飢えずに飯が食える

やはり飢えによる死は恐ろしく辛いので食える方がいいだろう。

・住む場所がある、屋根のあるところで寝れる

寒さで寝れないのは辛いことだ。暖かく雨風のしのげるところで眠れるのはより人間らしい生き方だろう。

自由恋愛ができる

まれ差別偏見自由恋愛できないのは不幸だろう。特にLGBT問題で影響を受けて恋愛できないのは辛いだろう

 

まず3大欲求に触れるところから見てみたが、これをクリアできてれば先進国以外では幸福に当てはまるのではないだろうか?

次に先進国向けの幸福欲求について。

 

子どもが作れる

子どもを育てることのハードルが高すぎない。2人くらいを大学までは奨学金を使わずに行かせられる。

・たまに贅沢な外食、高い素材の食事ができる

イベント等でたまに贅沢な食事をして思い出を作ることができる。ホームパーティなど。

自分趣味を持てる

趣味を持つことができて、なおかつ他者侵害されずに自由に楽しむことができる。

・向いている仕事orしていて楽しい仕事or楽しくなくても給与保障されている

仕事で暗いネガティブ感情が産まれないようポジ選択やすいか、もしくは生活保障がされている

最先端医療が受けられる

病気全般に対して最先端医療が受けられる、また難病治療に国が積極的

宗教自由だが政治不干渉

自由だが政治に影響させない、また他宗教干渉しない、基本的にお互い不干渉約束する

 

一気にハードル上がった気がする。

全体的にお金に絡む要素が増えたなという感想

子ども外食趣味医療など個人で使えるお金で増減するところだ。

仕事宗教に関しては個人スペックと関わってくるし、やはりこれもお金が関わってくる。

高度な幸福欲求お金と深く関わってくる。

これだけでも経済幸福度に影響していると考えられる。

ではお金の要らない幸福は何だろうか?

 

・生きているという事実だけで幸せを実感する

先進国でこれを常日頃感じていたらちょっと危ない人間しか思えないし大多数にこれは不可能だろう。

家族がいるだけで幸せ

結婚子どもも金が前提になった社会でこれは無償でもなんでもない。

ボランティア活動

仕事疲れた人間余暇にこれをする余裕があるのだろうか。

運動瞑想

答え出ちゃったよ。

2016-10-20

http://anond.hatelabo.jp/20161020182710

奴隷制に関してはマジョリティマイノリティ立場が逆転したからという話で済む。

奴隷制を導入しようとする国家があったら間違いなく国際問題&経済制裁デメリットしかない。

そこに至るまで順を追ってマイノリティでなくマジョリティへと支持率が増えていった結果の変化であって

何か劇的な革命が起こったか奴隷制廃止されたわけでもない。

南北戦争でいえば、ちょうど南と北とで奴隷がある・ないで利益が2分したから引き起こされた戦争対立だし、

から奴隷制撤廃に関しては心理的多数派・少数派ではなくて、お金多数派・少数派の対立多数派が勝った話になる。

なのでここでは正しく、マジョリティ側の最大公約数幸福が通ったと考えて不自然ないと思うよ。

心理的でいうなら結局奴隷というカテゴライズ消失した今でもアメリカ合衆国では有色人に対する差別が根強く残る地域もある。

これは未だに問題解決できてないので心理的な要因も後押しして奴隷解放されたと言い切れないところがある。

 

うーん、何がいいたいのか分からなくなってきた。

なんだったか

まあ、お金基準に考えれば、大体お金が大きく生まれる方向に向かえば人間幸せになりやすい。

経済活性化すればその恩恵は血のごとく社会を駆け巡る。

おこぼれも頂戴しやすくなる。

から社会全体の幸福を考えたとき資本主義社会においては経済効果をまず第一に考えなければいけない。

経済効果人間に当てはめると満足だ。

満足とは「快」の感情に集約する。

人格により「快」ではなく「不快」に感じる商品があっても、マクロ視点で「快」>「不快」なら確実に社会幸福に導いている。

そして、商品は一つではなく八百万存在するので、別の商品では同じ人の中では逆転している場合もある。

世の中のコンテンツを全て「快」>「不快」の評価に落とし込むことができれば、個人レベルで何かしらの恩恵を受けることは約束されている。

それが社会全体の幸福であり、個人幸福にもイコールで繋がってくる。

 

しかし、ノイジーマイノリティはこれではなく「不快」にしか注目しないため、

最終的にはあらゆるコンテンツを廃棄しかねない。

それはノイジーマイノリティ同士でも不快認定の選別が違うからだ。

結局、全て根絶やしになる以外にはこの流れが止まることはない。

これは多様性の死と経済的な死に直通している。

 

心理的に止めることはできないわけではない、

お互い不干渉であるべきだというまともな大人対応を知ればいいだけだし、

ネットノイジーマイノリティの主張がこれからも大きくなるだろうけど、

マネタイズ観点マクロから視点正論を根気よくぶつけ続けていけば

迫害され不当な扱いを受けた中から同調勢力が必ず出てくる。

ノイジー市民馬鹿でも国は理解しているので簡単規制強化されない理由歴史勉強して

何が経済的不利益をもたらすのか十分学習しているからだ。

つまるところ市民安全健康経済障害となり得るから極力排除したいのであって

個人鈴木さんや佐藤さんが死のうが生きようが当たり前だがどうでもいい。

数字に影響があるから保険を入れてやってるだけだ。

 

なので悪魔サイコロを振り続けるというのなら

こちらも経済サイコロを振り続けるのを諦めないことが対抗手段になる。

2016-08-05

すれ違う、不干渉、見て見ぬふり という究極の平和解決

異文化や異なる常識同士の衝突というのは同じ国同じ民族同じ年代同性であっても発生しうる。

 

というのはお互い全く違う人生を歩んでいるからだし、

さらにいえば脳構造がお互いまるで違うので同じ体験でも違う捉え方をする可能性がある。

 

理解し合うことが不可能なことも存在するという前提が確かにある。

 

そういった場面に直面した場合

お互いが引くことがなければお互いは相手人間性と常識否定する行動しか選べなくなる。

そうなる前の平和解決とは「すれ違う」ことだ。

「お、なんやテメ」

「んだ、コラ。おっ」

スルー・・・

すれ違うヤンキー

 

これが平和解決だ。

お互い干渉せずににらみ合いながら遠ざかる。

これが理解できない者同士の平和手段

 

ぶつかる必要はない。

理解し合う必要はない。

ただ単にすれ違うだけでいいのだ。

お互い干渉しようとしなければいいのだ。

接触しないように住み分けすればいいのだ。

ただ、それだけで平和は守られるのだ。

2016-06-11

とりあえず一回してみようよ結婚

という軽いノリを持ち出したいくらいには今とても焦っている

誰か、一回くらいしてみようよ!いいよ、いやになったら離婚しても。

精神フォローも、お互いの趣味への不干渉も、毎日のご飯もわりと出来ると思うよ。

洋服古着ユニクロだよ、得意料理餃子パン

風呂洗ってくれるなら私は部屋の床を磨くように、お互いにゆるく気を使いあおう。

結婚してから価値観のずれを少しずつ認め合えればいいじゃない。

タバコアニメもなんでもいいよ、働いていればいいんだよ。

と思っている

今年30になる

この年齢で結婚したいのに出来ないなんで?って思う人は

そこそこ生きてきていろんな人間を見てきたから、

あれはだめこれもだめと価値観を凝り固まらせ始めているんじゃないか

若くして結婚した先輩たちの「思い切りの良さ」、「覚悟」が足りなかったあの頃の私よ。

今もう一度やり直そうと思う。

から一回!腹をくくって結婚!(離婚が大変というお話しも分かります

2016-05-21

子ども自分の嫌いなものを好きである場合にとるべき態度

別に子どももいないが、もし子ども自分の嫌いなものを好きになったらどういう態度をとろうか迷う。

ここで嫌いなものとは、食べ物とかそういう社会生活必要不可欠なことではなくて、娯楽とか思想とかそういう場合

もちろん一番良いとされるパターンは、子どもの好きなものは出来るだけ肯定して親がなるべく不干渉になることか共感してあげることだろう。

でも、自分の親を思い出すと俺が好きだと言ったものに対して、わりと普通に親は好き嫌いを表明していた気がする。

俺が「××が良い」と言うと、「えー、××のどこが良いの?」という風に難色を示していた。

ではそういうことをされて俺が親のことをどう思っていたかというと、別にイヤじゃなかったし、

どちらかというと親が親自身パーソナリティな部分を持っているように感じられて、ある意味そういう部分を尊敬していた気がする。

そういう親の親個人としての感性子どもとすり合わせずに独立させることで、また別のつきあい方が生まれるだろう。

だが、いざ子どもが出来たとしても子どもパーソナリティな部分にマイナス感情を示すことが出来ないかもしれない…。

昔の親世代と違って、そういう子どもをある程度突き放したような付き合い方ができなさそう…。

2016-03-14

不妊治療やってる友人と会ったとき

処女歴26年の自他共に認める非モテだけど、不妊治療やってる友達と会ったときに「問題なく子供が産める年齢と身体なのにどうして結婚しないの?勿体無い」って怒られた。お前私に彼氏いたことないの知ってるだろ。それ以前の問題なのわかってんだろ。

咄嗟に「結婚出来て経済力もあるのにさら子供まで欲しいなんて欲が深すぎる」って言いそうになったけど、どこをどう足掻いても社会的に正しいのは向こうだから黙るしかなかった。

不妊治療続けてる人が「私結婚できない」「子供も諦めた」って自虐する奴に苛つく気持ちわからんでもない。でも非モテ非モテなりの苦労があるんだ。親の圧力と同僚の生温い視線上司パワハラに耐えてるんだ。

からそこはお互い不干渉でお願いしたい。触れちゃったら殺し合うしかないから

2015-12-13

http://anond.hatelabo.jp/20151213203240

誰も男を守ってくれなんて言ってないけどな

アホなこと言うやつと自衛のために戦ってるだけだし

そちらが誤爆をやめるならこちらも何も言わないし不干渉くらいは達成できると思うけどね

2015-09-24

中学の頃は毎日家に帰ってネットにつないでオナニーばかりしていた

小学生の頃から親のPCネット漬け。ネット漬けといっても小中学生が回る範囲なんて限られていて「インターネットおもしろフラッシュ」程度の認識しかなかった。

ネットを使えるやつはみんなフラッシュを見ていたし、学校でも友達の家で遊んでいてもどのフラッシュ面白いだとかそんな話ばかりしていた。

から、いつもみている「おもしろフラッシュからエロフラ」にたどり着くのは自然なことだった。

おもしろフラッシュ」を見るために親の設定したフィルタリングを平然と破るようなクソガキなのに「エロフラ」を見るのはすごくイケナイことのような気がして、胸の鼓動がざわついた。

その体験は、資源ごみに出されたエロ本をこっそり覗き見る感覚と似ている。リビングにあるPCフラッシュを見ながら馬鹿笑いしつつ、親が部屋から消えた隙に高速で「エロフラ」へのリンクをたどる。広告ばかりでたらいまわしリンク群に苛立ち、悪質な釣りブラクラかいくぐり、辿り着いた目的のページは画面上からゆっくりとページが描画されていき、ページが読み終われば今度はフラッシュロードが始まる。常に背後のリビングをちらちらと確認しながら目線と片手はせわしなく動く。ようやく始まった「エロフラ」は甘美としか形容できない代物で、翌日学校に行っても四六時中「エロフラ」が頭のなかを駆け巡る。家に帰るとすぐPCを立ち上げ、ブラウザが立ち上がるのを待ちながらエロフラまでの道筋を頭のなかで巡らせる。まさかお気に入りに追加するわけにはいかない。その頃にはお気に入りは既に自分登録したネタサイトばかりで、親の見ているサイトは端っこにちょこんとあるばかりで、それも使用されているのか疑問なぐらいであったが、少しでも自分が“ああいサイト”にアクセスしたという痕跡を残すわけにはいかない。履歴の消し方もちゃんと調べていた。こんなひどく回りくどいことなんてせずとも当時からインターネット世界には無数のエロにあふれており、そういった世界精通したクラスの識者からは「一本道」がすごいという情報がもたらされ、男子のひそひそ話の中では呪文のように「一本道」の言葉が繰り返されたが、そういったサイトに直接アクセスする勇気はなかった。ゴミ捨て場エロ本をひっそり持ち去る勇気はあっても、本屋エロ本コーナーに堂々と入り浸る精神は持ち合わせていなかったのだ。

そうしてあの頃の自分は、何度も何度も同じ「エロフラ」を見てオナニーばかりしていた。




高校に入ると、周りのやつらはみんな携帯PCを持っているのが当たり前で、自分も念願かなってノートPC(家族と共用という条件付きだったが、実質自分専用のようなものだ)を買ってもらっていた。

そうなると、どんなエロサイトを見ているかなんて話題も事欠かなくて、クラスで人気があったのは「X-video」だった。まるでそれがエロサイト代名詞のようにも扱われ、「x-Hamster」とどっちがエロいかなんていうくだらない話題で盛り上がった。そういったバカ話の中でよく起こったのが三次元二次元の対立で、おかずは絶対三次元派と二次元に限る派が両者相容れぬ論争を巻き起こした。しかしこれはいくら話し合っても不毛なことだと互いに理解してか、相互不干渉という態度で解決した。しかし時折、三次元派に“絶対おすすめ!”としてエロ漫画を送りつけたり、二次元派に不要雑誌付録DVD押し付けたりとささいな嫌がらせが続いた。そんな三次二次戦争での自分はもちろん二次元派に分類されたが、別に三次元が駄目なわけではなく、あとで三次元派が話していたマル秘動画をひっそり検索したり、同じく三次二次の垣根を持たない派を見つけて情報シェアするなど賢く立ちまわった。一方で、三次元派勢力の有力者が二次元にクツワ替えするなどの騒ぎもあり勢力図は混迷を極めたが、それは別の話だ。

中学時代毎日危険インターネットの波をくぐり抜けてオナニーライフを送っていた自分が、クラスメイトの話に漏れ聞いたエロ動画を探すくらいじゃ満足するはずもなく、自分インターネットに求めるエロは次の段階に至っていた。

おもしろフラッシュ」を卒業した自分が次に辿り着いたのは「2ch」であった。「おもしろフラッシュ」同様、多数のネタ供給される一方で「2ch」はインターネットエロ秘境でもあった。

おっぱいうpスレは言うに及ばず、自撮り系の新鮮なエロ画像毎日生産されるそこはまさしく「天国」とでも言うべき場所で、親が定めたPCの使用時間ギリギリまでうpを粘り、PCを見れない間に流れてしまった画像には涙をのんだ。再うpを行ってくれた者に対しては惜しみない賞賛を送り、また自分画像を取り逃がした者にたいして手を差し伸べるのを惜しまなかった。うpされる画像にかけられているパスワードはいくつかのパターンがあって、それを知らなければ画像は拝めない。学業よりも真剣パスを学んだ。自撮り系の三次以外にも24時間いつでもどこかでエロ画像スレは建っていたし。「欲しいエロ漫画の1ページをアップすると、全ページうpしてくれる神」なんてもの存在した。おおらかな時代だったのだ。自分アンダーグラウンド世界に誘われ、よりスリルのあるエロを求めてWinnyに手を出しかけるも複雑さに断念した。同時期にtorrentの使い方が広まり、「エロゲを丸々一本あげる神」も多数出現したが、スペックHD容量も低いノートPCでは体験版の時点で動かないソフトも多く、エロゲをやるには至らなかった。しかしわざわざゲーム本体をやらずともエロい公式サイトはいくつもあり、サンプルCGを使って何度もオナニーをした。それらのCGもかかざすダウンロードし、ノートPCHDエロ画像で埋め尽くされていった。




ダウンロード違法化施行されると「2chからは一気にエロコンテンツの姿が消えた。よりアングラな一部の専門板では引き続きエロ画像供給が行われ続けたが、いつも利用していた雑談系の板からエロが消え、エロを求めいた者は自然と場を移さなければならなくなった。

自分が次に行き着いたのは「RPGツクールエロゲ」だった。その界隈ははっきり言って無法地帯のような有様で、大体のゲームはあたりまえのように無修正ものが公開されていた。またしても自分天国を見つけてしまった。製作者の大半が素人な「RPGツクール」は当たり外れも大きいが、当たりなソフト一般的ゲームソフト以上の作りこみがなされていて、ゲームとしても非常にやりこみがいが高い。シチュエーションマニアックものが多く、普通の人ならば受け付けないような描写もあったがそれが逆に興奮を誘った。

それと同時期に、違法コンテンツの扱いが厳しくなった「2ch」では、オナニー方法に焦点が当てられていた。「オナクール」に騙され冷えた下半身を暖めながらブラウジングしていた最中見つけたそれは自分に衝撃を与えた。音声による誘導のみで人を絶頂に導くそれは「催眠オナニー」というもので、自分はこれに生活リズムが崩れるくらいにのめり込んでいった。「思い込みが激しい性格」で「想像力も高い」というのもあってか「催眠オナニー」は自分にとって相性抜群で、様々な音声に魅了されていった。しかハードな音声は体力を消耗させたり、術後のメンタルに影響するものもあり、仕方なく自粛した。それくらい「催眠オナニー」は強力だった。

催眠オナニーから遠ざかった自分が次に行き着いたのは「pixivランキングサイトだった。「pixiv」も毎日のようにエロ画像生産される、素晴らしいサイトだったが、自分には何か刺激が足りなかった。アングラ世界に浸かりすぎた自分には「pixiv」程度の健全サイトでは刺激が足りなかったのだ。何を言っているのかわからないかもしれない。しかし今、コンビニエロ雑誌普通に買える年齢になっても、昔拾った捨てられていたあのエロ漫画がどうしても忘れられないのだ。




そして今、自分毎日家に帰ると「Exhentai」を開いてオナニーばかりしている。

2015-09-18

女性向け半生同人ルール理解できない事

男性向けは存在しない物のように扱ってるところ。

デリケートジャンルから通報行って逮捕者が出たらジャンル壊滅だから、隠れよう。」

この言い分なら半生二次全体がそうするべき。でも女性向けだけにマナー適用される。

検索避けをしないサイト

ピクシブで全体公開

書店委託

女性向けでは全部叩かれるのに男性向けは何してもスルー不干渉

いびつ過ぎる。

2015-08-08

男性向け萌えエロばかり叩かれるが女性向けも大概だろ

殴り負かせばヤり放題

殴って男をモノにするBLカードゲーム アウトディビジョン ―刑徒隷僕区―

http://pro-page.jp/fpp/out-division/index

 

いっきり傷害と強姦じゃねえかwwwwwwww

このテーマ男性プレイヤー×女性キャラクターリリースされたら大騒ぎになるぞ

女性けが叩かれないのは男性オタが女性向けコンテンツに微塵も興味ないからだろうな

お互いに不干渉であればいいのに

殴られて犯されるのは非実在青少年なんだから

2015-05-04

(二) ところで、政治犯罪人不引渡しの原則は、一定限度において一般国際慣習

規範的すなわち義務的拘束的意味をもつていると解し、同原則国際法規性を肯

定する見解根拠としては、第一に、政治犯罪人を引き渡さないということが一世

紀来の一般的国際慣行となつているという実証的事実、第二に、出入国の規律が国

際法上原則として国家自由に属するという基本的に争いない原則の中で、政治犯

罪人の不引渡しが学説上「原則」としてとらえられ、条約国内法令にまで例外

くそれが表明されていることは、規範として歴史的社会的に定着してきたことの表

われである理解する方がより自然であること、第三に、一国の政治的便宜を超え

て、政治的処罰のために引き渡さるべきではないという実質的意識政治思想

人道主義の基礎の上に固まつていること、第四に、条約国内法令政治犯罪人不

引渡しの規定を設けることの主眼は、政治犯罪について引渡しの義務否定するこ

と、すなわち不引渡しの自由をもつことであるが、これと不引渡しを義務とする約

束を同時にもつこととは相容れないものでないこと、第五に、政治犯罪の概念の不

明確性は覆うべくもないとしても、一定制限のもとで厳格な狭い政治犯罪につい

ては概念的に明確にすることは可能であるから、不引渡しの原則が法的な意味で一

般に妥当することは認められるべきであることを掲げる。

 しかし、政治犯罪人不引渡しの原則国際慣習法として確立しているかどうかの

実質的判断は、慣習法理論適用として、その成立要件の一つとされている規範

識の醸成にかかつている。すなわち、政治犯罪人を引き渡さないことが、国際的

則として諸国家を拘束し、これに従わないことが国際法違反と考えられる程度に国

際的法意識によつて支持されていることが必要であるが、右の法意識は、以下に述

べるとおり、明確なものはいえないのである

 政治犯罪人不引渡しの慣行は、もと犯罪人引渡条約における例外的除外規定とし

て設けられた不引渡条項が一般化して形成されたものであつて、その内容として

は、許容的なものと拘束的なものとがある。しかして、右の慣行は、条約上の不引

渡条項においては拘束的な規定が大多数を占めるとしても、原理的には許容的な性

のものである。もとより、右慣行が元来許容的なものであるとしても、さらにこ

れを拘束的なものに高めることは可能であるが、これは、条約上拘束的な不引渡条

項を設けることも法論理として矛盾ではないといえるにとどまり、このことから

慣行の拘束性が個々の条約を超えて普遍的ものとなつているとまでは、到底いえ

ないのである

 政治犯罪人不引渡しの慣行が生ずるに至つた動機には、自国政治体制擁護

保持ないし進歩的勢力の増強によつて国の長期的利益をはかるという政治的意図

個人の政治的自由ないし人道主義要請という二面においてこれを見ることができ

る。この二面のいずれを強調するかは、吾人の価値観依存するところとなろう

が、そのいずれをも全く否定し去ることはできないのである政治犯罪人がその本

国に引き渡されることによつて重刑に処せられることが明らかな場合人道主義

要請から、その政治犯罪人を引き渡すべきでないという道義意識が生ずる。しか

し、この道義意識が法意識にまで高められるためには、全体的(国際的法秩序

もとで絶対的に合価値的なものとして受け入れられる必要がある。ところが、一

方、国際社会における法秩序においては、いわゆる不干渉義務にあらわれていると

おり、諸国家の政治的自由ないし利益尊重すべきことが法価値の内容として承認

されているといわざるをえないのであるから、前記人道主義要請によつて、この

国家政治的自由行使相対的に反価値的なもの評価されるまでに至らなけれ

ばならないのである。したがつて、「どうみても政治犯罪とみられるものについて

は、政治的便宜の考慮を押え不引渡しが『原則』として法的な意味をもつに至つた

ことは根拠のあることである。」との見解もあるが、そこまで断言できるものであ

るかどうか、かなり疑問であるといわなければならないし、そのような見解をとる

者さえ、「個人の利益保護人権の確保等に、国際法がより多く目をそそぐよう

になつてくるにつれて、この原則のそのような実質的根拠は強まることはあつても

弱くなることはないであろう。」とされ、前記人道主義要請に関する国際法的な

評価がいわば生成過程にあることを自認しているのである。さればこそ、人道主義

要請国家政治的自由調和点において、「政治犯罪人たる理由でその引渡し

拒否したときこれを非友誼的行為と考えないという」限度で慣習法が成立してい

るとしかいえないのであり、政治犯罪人を引き渡さないという国際慣行についての

実証的事実にしても、右限度の慣習法の成立の根拠としては妥当するが、さらに拘

束的な不引渡しの原則の成立の根拠とするには十分でないように思われる。もつと

も、右の実証的事実について、条約等が例外なく不引渡条項を設けていること、多

くの学説がこれを「原則」としてとらえていることから解釈論によるフオローをす

見解もあるが、学説上用いられている「原則」ということばが右の意図合致

るほどの意味をもちえないことは多言を要しないところである。また、政治犯罪人

不引渡条項は、それ自体としては、国家領土主権機能である不引渡しの自由

還元するという程度の意味しかないとしても、犯罪人引渡条約における条約上の義

務に対する除外規定として免責条項を設けた意味では重要な法的意義をもつもの

あるから、それが許容的規定であつたとしても、不引渡条項のもつ意義を無に帰せ

しめるものではないのである。したがつて、右の不引渡条項を拘束的なものと解す

る方がより自然であるという見解に対しては疑問なきをえないのである

(三) 政治犯罪人不引渡しの原則といわれるものは、現在国際社会において

は、拘束的、義務的原則と解すべきでないことは以上に述べてきたとおりである

が、さらにこれについてはつぎの点が留意されるべきであろう。

 国際法上の義務という場合権利義務一般論として義務対応する権利主体

がなければならない。形式的には、条約が締結されていればその相手国ということ

になろうが、この相手国でさえ、実質的には権利主体とみることは無意味といわな

ければならないのである。したがつて、現に、政治犯罪人は、その本国から引渡し

の請求があつても、引き渡すべきではないという道義意識さらに高度のものとな

りつつあるとしても、これが法的義務規範質的な転化をするためには、それに必

要な要件として、右に述べた主体的対象が不可欠なのである。換言すれば、国際法

上の主体として、国際社会というもの承認された場合、そこに拘束的な不引渡し

原則確立する可能性はあるが、現在これと同様に解することは不可能なことと

いうほかないのである

2 原告は、政治犯罪人不引渡しの原則にいう政治犯罪人に該当しない。

 条約上あるいは相互主義をとる国内法上、政治犯罪人不引渡しの原則にいう政治

犯罪人とは請求国から引渡しの請求があつたものをいうのである。なお現に刑が確

定しているか、あるいは訴追されていることは必ずしも必要でないとしても、少く

とも、捜査が開始されている事実が伴なわなければならないことは当然の事理であ

る。

 しかして、原告が広狭いずれかの政治犯罪人に当たることは被告否認するとこ

であるが、仮に原告政治犯罪人に該当するとしても、韓国よりわが国に原告

引渡請求があつた事実がないことはもちろん、原告主張の所為について韓国におい

捜査がなされた事実もないのであるから原告が、国際法上および国内法上、政

犯罪人不引渡しの原則にいう政治犯罪人に該当しないことは明らかである原告

は、ただ不法入国のゆえをもつて、わが国から退去を命ぜられ、その執行を受けよ

うとしている者に過ぎないことが銘記されるべきである

 国際条約は、突然作られるものではなく、すでに存在する国際的な慣習ないし慣

習法を明確、具体的にして「国際関係をより合目的的に調整しようという国際的

要求を反映し」(田畑二郎法律学全集国際法Ⅰ九二頁)て締結されるものであつ

て、犯罪人を除外する規定が挿入されるのが通例であるところから政治犯罪人不

引渡しの原則が生まれものではない。国際慣習法として、すでに存在した政治犯

罪人不引渡しの原則を各国家間犯罪人引渡条約において確認し明言したのにすぎ

ないものである。このことは右原則発生以来の歴史に徴し、疑いを容れない。

(2) 国際慣習法としての政治犯罪人不引渡しの原則は、政治犯罪人を引渡要求

国に引渡してはならない義務を居住国政府に課するものである

 一般に国家は、通商航海条約等で規定されている場合を除いて、外国人入国

国については、国際法自由に決定し得るとされている。

 逃亡犯罪人についても、本国政府に引き渡すか否かは、本来国家自由とされて

いる。しかし、国家間犯罪人引渡条約が締結された場合には引き渡す義務が生ず

るが、その際にも政治犯罪人については引き渡さないという条項を設けるのが通例

であつた(明治一九年締結の日米間犯罪人引渡条約参照)。犯罪人引渡条約がない

場合には、普通犯罪人を引き渡すか否かは国家自由とされていること前述のとお

であるが、その際政治犯罪人については、どのように考うべきであろうか。普通

犯罪人と同様に取り扱えないことは、政治犯罪人不引渡しの原則確立されている

以上当然である。けだし、国家政治犯罪人を引き渡さな義務はないとすると、

国家が自ら引き渡すことはなんらさしつかえないことになつて不引渡しの原則は無

意味となるからである。この場合には、理論上は勿論、論理上も要求国に引き渡し

てはならない義務を居住国政府に課するものと解すべきである。すなわち、国際慣

習法上、居住国は政治犯罪人を要求国に引き渡す義務がないばかりでなく、引き渡

してはならない義務を負うものである。そして右不引渡しの義務は、国際法上の義

であるが同時に、憲法八条二項により、日本国内法上の義務ともなり、これ

により政治犯罪人は、日本国政府に対し、本国への不引渡しを請求する国内法上の

権利を有するのである

(3) もちろん、原告は、本国政府によつて起訴または有罪判決を言い渡され

ものではない。また、本国政府からその引渡しを要求されているわけでもない。

しかし、本国へ送還された時は起訴処罰されることは必至である。思うに起訴

刑の確定の前後により、また、引渡しを要求されているか否かにより、政治犯罪人

であるか否かを区別するのは妥当ではない。それは、政治犯罪人であること、その

処罰蓋然性を示す徴表に過ぎない。従つて、政治犯罪を行つたこと、処罰の蓋然

性が認められる以上、政治犯罪人として処遇すべきである。けだし逮捕起訴され

ていなければならないとすると、国の法制によつては逃亡している犯人起訴でき

ないことがあるし(日本刑事訴訟法二七一条参照)、逮捕起訴されない間にいち

早く逃げた犯人は引き渡されるが、逮捕起訴された後逃げた犯人は引き渡されな

いということになつて均衡を失することになる。また、逮捕起訴されただけで政

犯罪であるとすることは近代刑法原則である無罪の推定に反するものであ

る。引渡要求の有無による区別も正当でない。引渡要求がなければ引き渡してもよ

いとすると、政治犯罪人であつても密航者として引き渡されるということになつて

原則無意味になつてしまうからである

 本条約は、難民の最小限度の権利を条文化したもので、三一条には、「締約国

は、生命および自由がおびやかされた国から、その国家の認可なく入国直ちに

命国当局自首して、その不法入国に関する確実な理由提示した難民に対し、不

入国又は不法在留名目にて刑罰を科してはならない……。条約国は、当該難民

必要期関の滞在を認めるべきであり、また、他国への入国が許されるためのあら

ゆる必要な便宜を図らなければならない。」、三二条一項には、「条約国は、国家

保安、または公共秩序の理由を除いては、その国土から難民合法的に退去させる

ことはできない。」、三三条一項には、「いかなる条約国も、難民をその種族、宗

教、民族、或いは政治社会的意見の相異によつて生命及び自由が脅やかされている

国にどのような方法を使用するにしろ追放してはならない。」、三四条には、「条

約国は難民帰化及び同化を可能な限り最善に促進しなければならない。」と規定

するほか、各条約国は、難民に対し、一般に外国人適用している規則に従つて居

住地を選択し、自由にその領域内に移動する権利を認むべきこと(二六条)、その

領域内において有効旅券等を所持していない難民に対して身分証明書を発給すべ

きこと(三七条)、難民が居住国以外の外国旅行する場合旅行必要書類

発給すべきこと(二八条)、賃金雇傭に関し、難民がそのすべての権利を、当該国

民と同様に享受できるよう特別の同情的配慮を与えるべきこと(一七条三項)、締

約国において自由裁判権保障すべきこと(十六条)等を規定している。

(2) 難民保護すべきであつて、その本国強制送還することは許されないと

いう諸国家の法的信念の存在について

(ⅰ) 国際連合憲章

 憲章では、基本的人権保障を重視し、前文で「基本的人権人格尊厳と価

値、男女の……平等権利に関する信念をふたたび確認し」、本文では、国際連合

目的の一部として「人種、性、言語宗教区別なく、すべての人のために、人

種と基本的自由尊重助長し、奨励することについて、国際協力を達成すること

とし(一条、五五条)、総会は研究を発議し、勧告する(一三条)。経済社会理事

会も研究、報告、発議を行い、勧告することができる(五五条、六三条)し、また

経済的社会的分野における委員会人権の伸長に関する委員会並びに自己任務

遂行必要なその他の委員会を設ける(六八条)と規定する。この規定に基づき国

連合経済社会理事会が一九四六年六月二一日の決議により、人権委員会設立

れ、これを中心として人権宣言の起草その他の人権保障の具体化を企図するに至つ

た。

 人権尊重ということは、自国民に対してのみではなく、自国内にある外国人に対

しても国家人格尊重義務があるといえるのである国際法講座第二巻八頁、国

際法と外国人地位)。

 このように、人権問題はより一般的な、すべての国家に共通な課題というかた

ちで取り上げられる傾向を示しているのが特徴的である田畑二郎国際法Ⅰ五二

頁)。

(ⅱ) 世界人権宣言

 国際連合人権委員会は、世界人権宣言を起草し、一九四八年一二月一〇日に、

総会によつて採択された。同宣言は基本的人権尊重を詳細に規定するが、特に「何

人も、迫害から保護他国において求め、かつ享有する権利を有する。」(一四

条)、「何人も自国を含むいづれの国をも去る権利を有する。」(一三条二項)と

規定している点は重要である。この世界人権宣言は、前文でもうたわれているよう

に「すべての人民とすべての国とが達成すべき共通の基準」を表示したのにすぎな

ものであつて、それ自体国家を直接拘束する法的な効力はもつていない。国際人

権章典としてのかたちをととのえるためには、さらに内容を条約化した国際人権

約およびその実施措置を制定する必要がある。そのため、国連総会は、一九六六年

一二月一六日「経済的社会的および文化的権利に関する規約」と「市民的および

政治的権利に関する規約」を採択した。右規約条約として締結国を法的に拘束す

る。

 かくして、「同宣言は、基本的人権国際的保障の基礎を与え、今まで国内法上

の客体と考えられていた個人に、国際法上の地位承認した。この点ではまこと

画期的な宣言である世界人権宣言は、いまだ個人に国際機関に直接訴へる救済請

願の途は開いていないが、基本的人権問題が、世界の関心事となつたことを示

し、単純な「国内管轄事項」ではなくなつたと考えられる。」「人権保障は、こ

れを侵害せんとする国家権力制限の面において発動する。今までの人権保障

は、国内憲法規定に基づき、人民自らの手によつてこれを確保してきた。国際的

人権保障は、国際権力によつて国家権力制限せんと企てるものである。これは

独立権を主張する国家の好まないところで、国内事項不干渉原則を以て、かかる

国際的な干渉を拒否しようとするであろう、国家がその領域内においてその人民

如何に取扱うかは、その主権行使範囲内にある事柄で、正しく国内事項であつた

かも知れないが、国際法が発達してその支配圏を拡大するならば、保留された国内

事項は狭ばめられざるを得ない。国際人権章程が成立し、基本的人権尊重が国際条

約上の義務と化するならば、国内自国民待遇如何も国際問題となるであろ

う。」(大平善悟国際法講座二巻二八頁)。

 日本は、サンフランシスコ平和条約日本との平和条約)の前文に「日本国は…

…あらゆる場合国際連合憲章原則を遵守し、世界人権宣言目的を実現するた

めに努力……する意思を宣言」したのであつて、基本的人権尊重すべきことを定

めたものである

2015-03-26

http://anond.hatelabo.jp/20150326161806

非モテと関わりたくないだけならわかるけど、実際には思いっき非モテ罵倒してるじゃん。

「人それぞれだから相互不干渉」みたいな思想だったらまだしも、実際にやってるのは

「女に規範押し付ける男は滅べ、でも女の規範を受け入れない男も滅べ」ってことじゃん。

2015-02-24

艦これ東方の対立構造

http://anond.hatelabo.jp/20150222201638

昨日TwitterのTLを賑わせた上記の日記とその反応には、多くの艦これファンならびに東方ファンが深く心を痛めたことだろう。

怒濤のように押し寄せるTLを眺めていた私もその一人だ。

艦これ東方本来ならば衝突するはずもないジャンルであり、共存の道を歩むこともできたはずだ。

それが何故このようにファン同士が互にいがみ合う事態になってしまったのだろうか。

一ファンとして、僭越ながら思うことを述べたい。

対立の発端

艦これ東方の対立は今やインターネット上ではありふれたものとなってしまったが、例えば東方アイマスボカロラブライブといったような争いは寡聞にして知らない。

その理由はいくつか考えられるが、まずそもそもとしてこの二者の対立はどこから始まったのだろうか。


現状からはとても信じられないかもしれないが、艦これが登場してすぐのごく初期の段階では艦これ東方共存を実現していたのである

それは仲良く手を取り合ってというわけではなく、相互不干渉に近いようなごく緩い共存関係ではあったが、それでも互いの存在を認め合って争うことなくそれぞれの平和享受していた。

その関係を一気に崩壊させたのは、たった一つの匿名記事なのである

http://anond.hatelabo.jp/20130923222204

東方ファンは東方から艦これに乗り換えたサークルリスト化している」

少し立ち止まって考えれば首を傾げるようなデマ記事を、心無いTwitter利用者たちが拡散させてしまった。

更にはそのようなリスト作成してサークルを取り締まる東方警察という組織がでっちあげられ、面白がった艦これファンが火のような勢いでTwitter中にばら撒いてしまったのだ。

もちろん、このようなバカげた行為をたしなめる東方ファンや良識ある一部の艦これファンもいたが、流星の如くTLを駆け巡るRTの前にはなすすべもなかった。

こうしてたった一つの悪意ある記事によって両者の束の間の共存は瞬く間に崩れ去ってしまったのである


なるほど東方ファンは過去の行いから、時として一般に粗野で無教養無分別偏執であるとさえ言われる。

しかしながらそれを理由濡れ衣押し付けるのは良識ある文明人のすることではなく、許される行為ではない。


もちろんこの件に無関係だった現在艦これファンが、個々に謝罪反省の念を持たなければならないなどというのは全くの筋違いだ。

だが、過去にどのようなことがあって現在の状態があるかということを正確に知っておかねば、いらぬ憎悪が増え続けるだけなのもまた事実なのである

東方は本当に"オワコン"なのか

艦これ東方の対立で最もよく用いられるフレーズ東方オワコン時代艦これだ。

しかしそもそもこの前提は本当に正しいのだろうか。

東方現在もいわゆる"オワコン"と言われる状態なのだろうか。


現在東方で最も人気の高い作品は、外伝にあたる「秘封倶楽部シリーズだ。

主人公のマエリベリ・ハーン(東方舞台である世界幻想郷」を統べる妖怪八雲紫」の現実世界でのペルソナ)がもう一人の主人公宇佐連呼を引き連れて現実世界を暴れ回るゲームだ。

綾瀬なずな氏の集計によると、直近の東方専門同人誌即売会でも秘宝倶楽部の占める割合は前同で約23%増加している。

また、東方では珍しい商業展開作品である公式漫画も堅調だ。

水雷戦隊クロニクル艦これファンにはお馴染みのコンプエース掲載されている東方鈴奈庵コミックREX東方三月精はともに人気が高く、特に鈴奈庵は物理書籍の出荷数が20万を超えるヒットとなった。

しかし反撃もここまで。

永夜抄以降の本編ゲーム鳴かず飛ばずで息の根が止まってしまっているのは言うまでもないが、コンプエースでの鈴奈庵の掲載順序も常に水雷戦隊クロニクルよりも後ろで、人気の点で常に艦これ公式漫画に後れを取っていることが浮き彫りとなっている。

そもそも艦これ公式書籍はより取り見取りの状態で、漫画だけでもゆうに10作品を越え、更には小説まで発刊されているのである

特に艦娘たちが史実を乗り越えようと試行錯誤するいつか静かな海で、様々な作家艦これ漫画を集めて艦娘たちのいろいろな姿を楽しめるアンソロジー評価が高く、書店でも品薄状態が続いている。

艦これ公式書籍の発行数を全て合算するとゆうにミリオンを越え、東方書籍など足元にも及ばない。

尚参考までに例示するが、モバマスは碌な公式書籍がないため論外である

ラブライブも同様だ。


また先ほど挙げた同人誌即売会も、秘封シリーズがやや堅調なだけであって他は壊滅、瓦解、総崩れという言葉の似あう惨々たる有様だ。

他の東方即売会艦これ即売会を併催するパターンが増え、特に規模の大きかった名華祭大⑨州東方艦これの支えなしには開催できない状況なのはまさに没落と呼ぶにふさわしい。

さらに近年はコミティアふたば学園祭のように東方作品を拒絶する即売会も増えつつある。(艦これは禁止されていない。またふたば学園祭主催主導で艦これ合同企画を計画中なので興味のある方は覗いてみるといいだろう。)

最早東方即売会主催者たちにとってもお荷物なのである


以上をまとめた上で率直に結論を申せば、やはり東方は"オワコン"だったのだ。

対立を解消する方法

艦これ東方、この相反するジャンルの対立を解消する弁証法的な解決方法存在するのだろうか。

唯一の解は東方ファンが東方がすでに衰退しきっているのを認めることである

何もサンドバッグになれと言っているのではない。

東方厨が自らの誤りを認め、事実ありのままに受け入れれば、自然と対立は解消するのだ。

確かにかつて、艦これファンは東方警察という(その当時は)事実無根デマを躍起になって流布してしまった。

しかしそれは、東方衰退という事実に対して何のアポロギアにもならないのである

所詮近い将来には消えてなくなるジャンルである

今衰退を認めようがあとで認めようが同じことだ。

東方ファンは煽りに騙されることなく冷静に現実直視して、このような不毛な対立を解消する一歩を踏み出してもらいたい。

2014-12-27

http://anond.hatelabo.jp/20141227172139

そもそも教師なんて最低限の授業だけして不干渉のほうがマシ

下手に深く関われると生徒が変な思想植え付けられたり体罰やら淫行やらで問題起きまくりだし

ワークライフバランス上等でしょ

2014-12-23

http://anond.hatelabo.jp/20141223080951

そんな気はしてた

若い頃に「うんちくんだまって!今君が聞かせてくれてる曲に集中したいの!」とツッコミ入れてくれる人に出会ってたらよかったね。

私は記憶力がゼロなので、彼氏におススメはしません。お互い趣味については内政不干渉ですし

2014-09-29

さっきも見たけど、よくネットで内政不干渉原則があるから他国のことを批判しちゃいけないとか言ってるやつがいるけどなんなのまたルワンダやりたいの

2014-09-22

宗教家死ね死ね死ね死ね死ね

俺が駄目だったのは全て俺の行動が悪かったのが原因でそこから立ち直る見込みが出てきたのは俺の頑張りと支えてくれた家族のおかげであって、間違っても目掛けが足りなかったからでも目をかけてもらったために神様から特別に運気が向いてきたからじゃねえんだよ何無関係のくせに現実の行動をすっ飛ばし上から目線で関わってくるんだよ死ね

万歩譲って俺を支えてくれた家族さら精神的支柱になって間接的に世話になったことは認めるよ。それが原因で家庭崩壊寸前まで行っても翻さない程強固に入り込んでくれたもんな

から内心には不干渉だって距離置いて触れないことで忘れてんだからそっちからも関わってくんじゃねえよ押しつけんのやめろよ

アンタの科学的根拠のないふわっふわした上から目線の説法聞かされるの心底苛立たしいんだよ殺したくなるのを我慢してんだよ、俺には根源から合わねえんだよ不干渉以上に俺を救う方法はないとわかれよ

これだから家に戻りたくなかったんだこんな立場の弱い身分で家に戻るなんて死ぬほど嫌だったんだ

それでも家に戻るしか選択できない程人生を失敗した俺が死ぬほど腹立たしい

結局全部ごく普通高望みなく出来て当然の筋道も満たせなかった俺の能力不足が悪いんだからむしろ恵まれてすらいた環境を生かせなかった自己責任なんだから俺を責めるのが正しくて俺に何も言う資格なんかなくて俺の失敗に何ら関わりのない奴を責めるのはクソみたいな八つ当たりなんだけどせめて人生が二桁になる前から不愉快な目に味あわされ続けてきた来たことが許せなくてやっぱり死んでほしいと願わずはいられない愚痴

2014-08-19

電車の吊り広告で「受験に強い高校」だの「一流企業に入りやす大学」だのを紹介する雑誌広告があるじゃない。

あれ見てると子供なんて所詮親の老後を保証するための道具でしかないんだなぁ、と。

まぁそんなのはつの時代も同じなのかもしれないけれど。

結局人間なんて自分以外の人間家族でも他人であって他人自分にとって都合のよい存在であって欲しいんだろうなぁ。

他人自分にとって都合のよい存在であって欲しいから相手を気遣うっていうのももしかしたらそこから生まれたという可能性もなくはないのかなぁ。


ま、どうでもいいか。それに何か価値があると思うならそうしたらいいじゃない。

自分はそれを邪魔する気もないし相互不干渉・・・ってことでね。

2014-07-03

http://anond.hatelabo.jp/20140703193444

じゃあ相互不干渉で行けそうだな

他人様の自由を侵害する気がないなら、

今後一切こちらにトラバしない、ブクマコメつけない。OK?

こちらもお前にトラバしないし、ブクマコメつけないから。これでいい?

どう見ようがお前の自由だが、見るだけでも楽しめるだろ?

2014-06-23

自分が変わろうという彼は、別の条件で私が変わろうとしている袖を掴んで放そうとしない

そっとして不干渉、という選択肢はないようです。

微妙だった主婦ニート生活を終えて、就職したんです、私。

そしたら主人が時を同じくしてモラトリアム病にかかっちゃいまして。

お前らはよくご存じでしょうがニートフルタイム生活を始めたら、最初は体力をつけるのも、精神的な葛藤もかなり大変です。ところが主人にはそれが理解できなかったというか何だか始終不安みたいで、あまり威張り散らさなくなったのはいいのですが、今度はもうね、やたらにべったりくっついてくるんです。

日に日にそれは激しくなり、私が休日の昼間に昼寝していた(身体を使う仕事でもあるため休日は横になる時間が多い)ら、自分も横に寝てくる…。前はこの人は絶対に昼寝なんてしなかったのに。聞くと、最近は疲れるんだと。

いや。実際精神的にキてるんなら疲労度も増してるんでしょう、それは分かります

しかし。私たち夫婦別室で休みます。もう何年も、きちんと床を並べて休むことはありません。

中途半端時間帯に横で添い寝されてると休めないんですが、と言ったらキれられました。

不愉快なことに夫婦生活に主人は興味がありません。つまり私はジョーチョフアンテイな主人にとって飯を炊くぬいぐるみか何かなのです。

静かにしておいてほしい、休みの日は構わないでほしいと話し合っても、それがイヤなようで絡んできます

平日もベタベタする日が増えました。

主人につきあっていて息がつまりそうです。

しかも主人は正しく素直に生きようとし始めているようで…分かりますよね、自分がいかに成長したかをいつもいつも確認させたがるわけです。

私の休日は、どこにいってしまったのでしょう。

ちなみに主人は離婚をとても怖がる人です、昔から

2014-05-31

俺たちは同じものを見ても同じことを考えない



腐女子姉貴の批判を完全論破した淫夢UC

http://www.nicovideo.jp/watch/sm23667238

例えば上の動画なんかを見て欲しいんだけどさ、これなんかも当事者以外が見てもチンプンカンプンなんだよね。

「ホラ!俺は喧嘩で勝ったぞ!」とかいきなり提示されても、第三者としては「わけわからん。こいつは何を言ってるんだ・・・?」としかならないわけ。




それは当たり前の話であって、だって投稿者視聴者は文脈を共有してないから

この投稿者腐女子喧嘩してたことなんか、視聴者は全く知らないのよ。

それをいきなり「さぁさぁみなさんご存知の俺と腐女子喧嘩の結末は・・・!」とか言われても、視聴者は「いや知らねぇよ」としかならない。




からまず、この動画投稿者がやるべきなのは、どういう経緯があって淫夢厨と腐女子が激突したのかをきちんと提示することだと思う。

淫夢厨は何を言って、腐女子は何を言ったのか。

でもそれだけじゃほんとは不十分で、そこでこの記事が出てくる。

houyhnhmとkurahitoがバトっている理由

http://anond.hatelabo.jp/20140530212427

上の記事の投稿者はhouyhnhmとkurahitoがバトっている理由をみんなに説明したいみたいだけど、あんまり上手く行ってない。

「houyhnhmはこう言ってるよ、houyhnhmはこうみたいだよ」とだけ言われても、読み手は「フーン、そうなんだ」という感想以外は持てない。

だって私たちはこの記事を読んでも、houyhnhmの発言に別に問題を感じないんだもの。問題を感じているのは、どうもこの記事の書き手とkurahitoくらいなんだよね。

だったら、「じゃあ何が問題なのか」を読み手に説明してくれないと、問題意識の共有ができない。




houyhnhmのコメントを列挙して、「な、こいつオカシイだろ?」と言われても、読み手としては「どこかオカシイの?kurahitoは何を怒ってるの?」としか返せないわけである

そりゃあなたは、houyhnhmのコメントの文脈を知っていたり、またそれを自由に解釈する材料も持っているのかもしれないが、

読み手はhouyhnhmのコメントの文脈を知らないし、またそれを読み込んで解釈する必要性も無いのだから、そこで大きな断絶が生まれるのは当たり前である




からいきなり「な、こいつオカシイだろ?」と言われても、私としては

「ううん、現時点ではわからない。だからあなたは彼のコメントをどう解釈してそこにどんな問題を感じたのか教えて」

という返答をするしかないのだ。




こういったことはゼロ年代が終わってから頻繁に起こっており、つまり「俺が知ってるならお前も知ってるよな?」という前提で情報提示する健康人間が増えており、

これがインターネット公共性を損なっていることは間違いない。第三者が見てもスムーズに参加できないようなもの提示しておいて、「参加して!」「読み込んで!」

他者に乞う姿勢人間が増えており、そういった姿勢集大成アニメメカクシティアクターズ』であろう。




私がそういう人間たちに言いたいことは、「あなたが見たものを俺は見てないし、あなた感想と俺の感想は違う」ということである

まずそれをしっかり認識しておかないと、他者に何かを説明する必要性に迫られたときに、適切な説明ができなくなる。

何かをフワリと提示して、「ね?ね?俺が何が言いたいかわかるでしょ?俺の気持ちわかるでしょ?」とアピールすることしかできなくなる。

しかし私に言わせてもらえばそんなものはそもそもアピールにもなっていないし、それを読み込むことや解釈するコストをこちらが負担させられているようで、不愉快な気分になる。

「お前が何を感じているのかハッキリ言え!」と怒りたくなる。




ゼロ年代が終わり、インターネットは様々なものを失ったが、情報提示方法技術も失われつつある。

「他人は他人でしょ」という健康人間論理ネット世界では悪い方向に進み、「知らない奴には情報提示しなくていい」もしくは「知らない奴には情報提示しちゃダメ

という風潮が蔓延し、けっきょく人々はネット他者第三者に何かを伝えたいのなら「ほのめかし」をするしかなくなってしまったのだ。

「ほのめかし」という攻撃方法LINE世界にはあると聞いて私は笑ってしまったが、笑い事ではなかった。既にそのやり方はネットを覆いつくしていたのだ。

そういう意味では、メカクシティアクターズの作者や、わけのわからない動画投稿した淫夢キッズ、またhouyhnhmとkurahitoのバトル解説を試みた記事主も、

そういった「ほのめかし」の風潮に毒されてしまった犠牲者なのかもしれない。




だがインターネットでほのめかしをする必要など無い。何かを言いたいのならハッキリと言えば良いのである。なぜなら私とあなたは全く同じものを見ても全く違うことを考えるのだから

そのあなた感想をしっかり教えてもらわないと、相互理解ができないではないか。健康人間はここがわかっていないのである




と、私がこんなことを言ったところで、彼らはほのめかしを止めないだろうし、メカクシティアクターズのような作品は増える一方であろう

(9話まで見ても話の全貌がわからない作品が今後増えたりね)。

それは、ゼロ年代が終わり、SNSが前提となった今のインターネットでは、生き残る術がそれしかないからだ。

私たち相互不干渉を貫いて「ほのめかし」て行くしかないのだ。そういった意味では、インターネットは既に終わっているのである

2014-04-03

http://anond.hatelabo.jp/20140403200643

個人的にはそれも引っ括めて面白いから不干渉を主張したいんだが、それは今の世界スタンダードじゃねえみたいだ

から社会に害を与える文化は滅びていかなければならない」と仮定しようか

社会に害を与えるという事は1:社会通念上認められる物ではない 2:社会に期間の長短に関わらず不利益を出すもの のどれかである事ともいえる

これが真とした場合捕鯨禁止問題は1に該当することとなる

しか拷問問題は多数の国が禁止を表明している一方で

捕鯨問題については2010年の国際捕鯨委員会で支持39カ国、反対49カ国となっている

これは果たして社会通念上」の名を冠するに足る数字だろうか?

先に絶滅危惧種ではない鯨もいるという以上、捕鯨のものIUCNなどの保護精神には反していない事も挙げられる





まあそもそもケチつけられたからって止める意味わからんがね

おもしれーからいーじゃん

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん