はてなキーワード: ハウツーとは
ESの〆切をブッチしたり、説明会の予約をブッチしたり、しまいには布団から出れなくなったり。
就活成功の唯一の秘訣は就活をやめないことだという。それさえできなかった私はなんなんだろう。
まあ体調が悪いわけではなかったので、要は甘えか怠けか……。
まあ、本当にどうかしていたと思う。無駄な時間を送ってしまった。
せめて他人への損害が薄いとよいのだが。
今が健康か?と言われるとよくわかりません。ただ大学へは行けるようになりました。
今週は数件面接がある。来週以降の予定はない。もう、最後のチャンスだろう。
現時点で、逃げたくて仕方がない。
仕様もないことを考える。
私は院生で、今年の秋にある学会でポスター発表をしたいと考えていた。
でももう無理だろう。これは私の努力不足だったのだ。
内定がまずないということもあるし、そもそも1月以降本当に進展がないのだ(就活の間に駄目にしてしまったサンプルもいくつかある)。
就活をしながらでも実験は、できる。うまく計画を立て、うまく気持ちをもたせることができれば。
私にはそれができませんでした。
研究がしたくて大学院に入ったはずなのに、就職活動を始めるとその研究が邪魔にしか感じないというのが、ひどく情けなくてならない。
たった数カ月だが就活に取り組んでみて、私が思ったのは『どうしてみんなこんなに難しいことができるんだ』ということ。
この『難しいこと』というのは、なにも面接ハウツーとかエントリーシートの書き方とか、そういう分かりやすい難しさに留まらず、むしろ私は他のことの方が困難に感じた。例えば以下のようなことである。
こうして見ると、何も特別な能力は必要とされていない。ひととして、学生を卒業し社会に羽ばたいていく人間として、持っていて当然と言われてしまえばそれまでだ。できて当然かもしれない。
けれど私には、とんでもなく難しかった。
モチベーションをコントロールできない。すぐに体調を崩す。怠ける。自暴自棄になる。また頑張ろうとする。成果には反映されない。etc etc
内定を得るためには努力が必要だ。けれど『就活を頑張る』だけで、それはもうひどく努力を要することのように私には思える。こんな大変なことを、誰もが当然のように頑張っているのが、私には驚異的なことのように思えてならない。いや皆さんそりゃ頑張ってるからできてるんだよと言うのかもしれないが、現に私のように頑張るのを止めてしまって自暴自棄になる人間もいる。要は、続けられない私がクズなのだ。
いずれにせよ、けれど私は『就活を頑張らなければならない』ということに変わりはない。だから就活を再開する。
体力も精神力も枯渇気味で、パフォーマンスも最悪。でもエンジンをふかさなければこのまま錆びついてしまうので鈍足でも前進しなければならない。
就職が不可能になった時点で身体がしめやかに爆発四散するようなオート・プログラムを埋め込まれたい。そんな妄想を抱きつつ、未だ見えぬ春を思う。
追記:このような記事を見つけた。
【就活で就職目指すのは負け組】 普通の学生の為の正しい“就活”作法の話 http://togetter.com/li/484679
納得できる話ではある。でもまあ、だからどーせいっちゅう話ですな。
片付けができなくて、本に頼ることを思いつく人に多いパターンが2つある。
・片付け方を知らない
・片付けそのものが苦手
そもそもニガテだのと言ってやらないのは、自身なのである。
このような本を買う人は「どうにかしたい」という思いは持っているはずである。
しかし、1冊の本で人が変わる人は稀であり、学習→反省→実行→手を抜く→投げ出す…というようなサイクルに陥る可能性が高い。
そしてまた「どうにかしたい」という思いが高まり、その類の本のリピーターとなる。
ただ、後者の方はスピリチュアル、風水、禅などのマーケットともシナジーを見込める。
とかそういうことなんじゃないかなーと、
兄弟へのプレゼントに、その類の本を選びながらつらつらと考えました。
とりあえず要らないものが多すぎるように見えたので断捨離本にしましたが、読んだ直後だけやる気があったようですね・・・
えっ何で悪影響なのかさっぱり分からん
どちらも断定的に論じると矛盾が生じるってだけの話じゃないの?
セックスに関するハウツーとかよく出るけど、「それお前の感覚だろ」「お前の今までの経験がそうなだけだろ」ってことばかりな気がするから、「より多数に受け入れるためのハウツー」ならば否定しないけど、「絶対気持ちい」「絶対感じない」が絶対じゃないだけの話だと思うんだけど。
二次元やAVやエロに限らずそれが分からない人が多いだけじゃないの?
「小説やマンガや映像で見たからOKだと思った」「友達がやっててOKだと思った」にはあまり差異はないと思うんだけど。
例:友達Aが自分の友達Bに頼みごとをしていた、だから俺もBにお願いをしたら「僕ら知り合いじゃないよね?」って断られたおかしい
例:有名なイラストレーターが100万円で絵を買いてた、俺の絵は1000円でしか売れなかった、おかしい
根本はこんな感じの話じゃないのかなって思うんだけど。
では 思いつく限りいってみよー!
思いつきで立派なことをひけらかして言う割には
都合が悪くなると 他人のせいにして逃げ出す。
他人の話をよく聞かないし、覚えていないことが多い。
玄関に放置されている靴多すぎ。
玄関が古い物や使わないもので埋め尽くされている。
計画や見積もりが なにごとにたいしても甘い。
先祖が立派だったらしいことは自慢するが
総じて 努力が嫌い。
面倒くさがりで、炊事、掃除、洗濯、基本的な生活を粗雑にする。
頭が悪い。
卑怯さだけは人一倍。
何を買うか、買い物についてはエネルギッシュに動く割に
どうやって収入を増やすかについては夢想の段階でとどまっている。
自分のことを冷静に判断できない。
いやなところほど見ようとしない。
すぐ目先の欲望にまける。
確認しようとしない。
あばらや住まいなのに高級外車、公営住宅で禁止されているのにペット飼い、
バランスがちぐはく。
まだ手元にきていない収入をあてこんで カードやキャッシングを使うことに
まったく抵抗感がない。
他人の使った古物に囲まれて生活している。
仮にしたとしても 渋々であったり 即効性のある利益を
期待している。
こき下ろしを聞くのが大好き。
働くのが嫌い。
その逆に援助を求めることが素直にできず 自分で全てを
やろうとしすぎて倒れてしまった。
見込みの甘さとご都合主義が災いし
小さく勝って大きく負けるをくりかえす。
依存症が悪い方に発現して回復する意欲が無い。
(アルコールなど)
ただし、ご安心を。
真の貧乏人ではない。
親の愛情だけで問題行動が減るか?という問いに対して、多分減ると答えても構わないレベル。
アプローチする箇所としては、いい線いってると思うのよ。
いや、その論理展開は無理がある。
何故なら問題の条例は肝心要の愛着理論を実践に落とし込む過程を何一つ具体的に示していないから。条文の中身についてはpdfつけたっしょ? 読んでよね。
子どもの心身果ては命を脅かすような仕打ちでさえ「虐待ではなくしつけ、すなわち愛情」と言い表わすだけは言いあらわせる以上、「親の愛情だけで問題行動が減る」という命題を成立させるためには、「問題行動が減るような親の愛情」を逆に規定する必要がある。
つまり具体的に何をどうするかという実践のハウツーを取り揃える必要が絶対に出てくる。
でもそんなもんケースバイケースすぎて条文化できまっしぇ〜ん。みたいなことになっとる。
そのくせ条例前文に出ている「ながら授乳批判」からは「ながら授乳は愛着形成を阻害している」という見方しか読み取れない、すなわち愛着形成にこぎ着けて親の子に対する態度を縛りたいという欲望しか読み取れない。
なんつーかコンセプト自体が「俺等が知ってる馴染んでるかつての『親心』を取り戻させよう!」「ぼくのかんがえた最高の育児」に尽きていて、今目の前のリアル育児に手を貸すものでないわけよ。
ぶっちゃけこの条文書いた連中の手にかかったら、例えば子ども預けて仕事に出ることとかミルク育児とかが愛着形成を妨げるっつって白眼視されてものすごい窮屈な展開になるような気しかしないんだよ。
もうマジ問いつめたい。小一時間問いつめたい。こいつら行動を縛るための道具として愛着理論使いたいだけちゃうんかと。
愛着形成が失敗するシーンについてもっと具体的に考えてみる必要あるでしょ。
ものすげー大雑把な理解だけど、愛着理論の説明によれば、子どもがネガティブスキーマを抱くとされるのは母親の反応が非応答的なケースだ。
身体が物理的に空いてないか疲れていたりして応答気力がないか精神が煮詰まってて自棄になってるかだ。
これ親は親自身が持ってるということになっている「愛情」という意志だけで何とかしなきゃなんないの?
根性論と何が違うの? って話になってくる。マニュアルが親の代わりに買い物行ったり子どもあやしたりしてくれるとでもいうのかい。
愛着愛着連呼しててちょっと思ったんだが、この条例は子どもの愛着形成を阻害するものをいかにして除くかという観点じゃなくて、親自身の、子どもに対する愛着をいかにして形成し維持するかっていう観点をメインに据えない限り、机上の空論有害妄想の域を出られないような気がしてきた。
でもそんなのって思想信条の自由とか人生とかそういうものの領域と見事にバッティングするわけで、マニュアルとか「親になる教育」とかいってある程度粒を揃えようみたいなこと試みるのってなんかアプローチが違うんじゃねえの? みたいな感じがする。
既に他の増田が指摘してるけど、産婦人科とか自治体の検診とかでハウツーやってるとこはやってるのね。
そして今やネットがこれだけ蔓延ってるんだから、情報だけなら探せば出てくるのよ。
ブログやらツイッターやらで子育て奮闘記晒してる人間はたくさんいるし、とても周りには言えないような愚痴でも一応2ちゃんとかに吐くだけはタダになってるし。
まあ正しい情報は何かとか取捨選択が要るとかそういう別の問題になってくるけど。
子育てパパはあれです、純粋に頭数が要るんで。って感じ。ネコの手も借りたいくらいなんだから女の細腕に丸投げしてないで男の手も動かせよ、的な。
個人的には、問題の条例では何つーかとんちんかんにも程があるのでまともなノウハウとか期待できないと思うの。予防とか防止に主眼起きすぎて求めるものが無駄に厳格って感じ。
だってちょっと貼ったPDF開いて読んでみ。冒頭で「ながら授乳」とか叩いてるでしょ。
でも子育てなんてそれこそケータイとかテレビのためだけに子どもから目はなす瞬間作れないくらい忙しいとかデフォでしょ。
なんか授乳とか二十分とか三十分かかるらしいじゃん。その間基本動けないわけでしょ母親。他の家事とかできないでしょ。
「じゃあ子ども眺めてろよ」って思うかもしれないけど、毎回?
そりゃ我が子の様子が変わってないかとかの観察は重要ですよ。でも毎回見るほどか? すごい頻度あるんじゃないのか授乳って。
たぶん条例はケータイやテレビが出現する以前の伝統的子育て(笑)の時代には母親は片時も子どもから目を離さなかったー! とか理想化してるんだろうけど、俺さあ高校のときだったかな、美術の教科書か歴史の教科書かちょっと記憶が曖昧なんだけど、授乳する女の絵が載ってるの見たことあってさあ。写実画っつーの?
農村だか漁村だかの貧しい生活のワンシーンみたいなコンセプトで、かーちゃんが子どもに乳ふくませてるんだけど、その目がめっちゃうつろであらぬところをぼんやり見てんの。
子どもなんか見てないの。ありゃどうみても何も見えてない。ものを考えたり注意してみたりとかいう気力が全然ありませんって感じ。
生活に疲れた母親の表情がどうこうみたいな解説がついてたよ。
と思うと、ケータイでも雑誌でも消音テレビでも、母親がそれなりにリラックスしたりできるって環境としては素晴らしいと言ってしかるべきなんじゃないかとか思うわけ。
でも、この条例はそういうの認めないだろなー。だって親の愛情(=注意関心手間のかけかた)だけで子どもの問題行動減らそうとか思ってんだもんなー。しねばいいのになー。
と、思うのですよ。
思考がぐちゃぐちゃになるのは、何していいかわかんないからだ。
それでそれなりの数の人間は救われるはずだ。やり方さえ教えてくれたらというのがここ数年のトレンドだしな。
やり方知る親が増えるだけで、虐待の数は目に見えて減るはずだ。少なくとも混乱する親は減る。
マニュアルっつーけど、犬のしつけのマニュアルだっていろいろ出てんだぜ。人間育てるのなんて必ずどっかでマニュアルからはみ出るような気がするよ。
で、問題の条例は何というか、マニュアルどおりちゃんとやればはみ出るはずはないみたいなのが大前提になってる感がするのよ。
それすなわち「はみ出た部分があるとすればそれは親が加減を分かってないんだ、親が悪いんだ」に帰結するということになる。
でも必要なのは逆の発想なのね。はみ出るところを見て削るんじゃなくて伸びたとこ評価する方式じゃないと親はマジに潰れるよ。
欲を言えば分厚い文書マニュアル渡して「ハイ読んでおいてね」ってんじゃなくて、「こうやったけど上手く行かない」「こうやれって言われてるけど加減が分からない」っていう相談を受け止めて「じゃあこれ試してみて」「加減はね、こんな感じ」みたいなアドバイス渡して、「お子さん元気に育ってますね、いい子ですね。お父さんお母さんの頑張りがあってこそですね」みたいなフォローまでくれるくらい欲しい。
100冊くらい本を出してる人の本なのだが、その中の数冊を読んだ。
ある本では「笑顔を絶やさず人脈を作る事は至高。あふれんばかりの笑顔で生きろ。」
もう一方の本では「笑顔を絶やさないタイプは人に舐められる。貫禄を出すために、無表情で生きろ。」
と書いてある。
矛盾しとるがな。
いっぱい本を出し過ぎて、主義主張が統一されてない。
知らないハウツーを知る事で、楽な人生を生きたい自分の様な単純馬鹿な読者にとっては、
こういう矛盾があると作者に対する信頼性が失せるんだよなぁ。
そりゃ現実は色んな人がいるし、ヘラヘラした奴がさらに満面の笑顔でヘラヘラしたら
好感度アップどころか周りの人間の神経を逆なでるかもしれない。
逆に、無表情でうざったいタイプの奴が笑顔で人当たりが良くなれば評価される。
作者はそれに対応した・・。きっとそれだけの事なのかもしれない。
でもスッキリしNEEEE・・。
本を読むのはいいが、バカスカ読んだまま飲みこんでないで、本との付き合い方も考えないとなぁ・・
と思った夕暮れ。
いや自分がこの前フォント変えてブラウザなりjaneなりのはかどり方が半端じゃなかったのでエントリ。これまでは普通にMSゴシック(デフォルト)でいたんだが、なんかのサイトからふと誘導されていってフォント変更に至った。しかし、なんとなくにスキン変えたり壁紙変えるレベルの感動じゃないな、これ。まあ大袈裟っちゃ大袈裟なんだが、基本的にネットで常に文字に触れてるような人間なら誰でもこの大きなに効用与れる。
リンクは直接は貼らないけど、jane スキン、とかChrome メイリオとかで検索したら拡張なりスキン出てきてハウツーも出てくるよ。個人的にはメイリオいいんだけど、問題はページごとに崩れたり、フォント指定してるサイトには適用されないことなんだよなー。まあ仕方ないんだが。
マーケターのための「ゲーミフィケーション(gamification)」まとめ。 | impresario http://bit.ly/qnf9aZ
ゲームで社会をよくする「ゲーミフィケーション」 :日本経済新聞 http://s.nikkei.com/nI94JF
日本マクドナルド「かざすクーポン」のゲーミフィケーション要素・・・「世界を面白くするGamification」第25回 / GameBusiness.jp http://bit.ly/onbhtN
【GDC2011】ゲーミフィケーション、明日から使える60のハウツー / GameBusiness.jp http://bit.ly/mVba8v
ゲーミフィケーション関連の記事など。|linker journal|linker http://bit.ly/qnZ6TS
ゲーミフィケーションに関するリソース集 - Serious Games Japan http://bit.ly/mOQunt
進化するゲーミフィケーション(The Gamification Evolution) http://bit.ly/oL7mCz
ハウツー話から懺悔まで色々これまで書いたが、そんな経験ない。
あからさまに一人だけ罵倒するために一行レスつけてるだろ、ってのに噛み付かれることはあったが少ない。
あってもあからさますぎるやつ。(職場の受動喫煙がきついーって書いたら、「タバコ吸えないインポは死ね」と書かれるような)
ここから本音のターン。
匿名の利点述べると、必ず「自分の実績になるやりがいを知らないからだ」という人が居る。
汚い言い方になるけど、リアルでイケメンとそれ以外のスタートラインが違う世界があるように、ネットイケメンとも言うべき存在がいる。
そういう人は自分のマーケティングが苦にならず、表現(文章や絵や音楽など)に合わせた自分のキャラ作り戦略をしていくのにやりがいを感じる。自分名義で発表した方がスタートラインが段々前になっていくし、アルファなんとかや有名Pみたいな存在になって、いい結果をだせる。何故自分のキャラ作り戦略にやりがいが感じられるのかというと、表現したいものに大きな自信と使命感とそれを感じるに足るだけの努力をしてるから、表現したいものとそのための自分の理想形に乖離が少ない。乖離があってもそれを埋めるべく常に努力をしていて慢心しないから自信があり自己崩壊しない。そしてそのやりがいが自己評価を上げることになり、自己評価が上がることで乖離は少なくなり、やりがいを感じ、と循環する。
対して俺みたいな奴は、表現したいものに大きな自信と使命感とそれを感じるに足るだけの努力をしていないから、表現(文章や絵や音楽など)に合わせた自分のキャラ作り戦略をしていくのが自分に欺瞞を感じるだけで苦痛でたまらず、自分名義で発表するとスタートラインがだんだん下がっていく。そしてその乖離感からさらに自己評価が下がり、自分を表現する時に自分を偽る恐怖感から「俺はゲロブサメンで何のとり得もないカスみたいな人間だが、許されるなら独り言をここに書く機会が欲しい。」みたいに出来る限りスタートラインを後ろに下げるようになってしまい、それがさらに表現の評価を下げることになり、さらに自己評価が下がり、下がる一方の循環になる。そうなってしまうと、肩書きの利点を捨てて、匿名でスタートラインをゼロ位置に戻した方がまだ自分の表現が受け入れられるなんてことになる。
しかし社会と言うのは不思議で、そんな「ゲロブサメンで何のとり得もないカスみたいな、独り言を言うのも許されないような人間」と自覚している人間の書くものでも、匿名だと人に何かを与える事ができてしまう。そしてそんなトリックのような表現であっても、それで何かが他人に与えられる限り、存在価値を100%否定できない。
なにをすればわからない人向けの記事です。参考にしてください。
ハラタイラさんならハラタイラ、デーモン小暮ならデーモン小暮と名乗りましょう。
IDは抑えられてると思うので、 @harataira2011とか @XXXdeemonkogureXXX にするとよいですよ。
アメーバブログで就活・FX・ビジネス、なんでもよいので役に立つ情報を発信しましょう。
尚、執筆すべき文章はでき得る限り難解な言葉を選択し、各自の知性を世に知らしめることを強く強く推奨致します。
顔文字・絵文字を使わなければ人は集まらないので使いましょう。
月一でもいいのでこれはやっておきましょう。
きっと誰も申し込まないと思います。ですが、3千人が購読したことにして
「知らないと恥ずかしい効率を百倍にするビジネスのハウツーの部数が3000を超えました」
なんて言っておきましょう。頭がよく思われますよ。
間違ってもアニメアイコンはフォローするな。実写のみ、できるかぎりフォロワーが多い頭の良さそうな人をフォローしましょう。
大学生なら高学歴のを、社会人ならベンチャー社長を狙いましょう。
みな、コネを欲しがってると思うので相互フォローは容易いものよ、クックック。
http://twittbot.net/
便利ですね。自分のブログやメールマガジンの宣伝に使いましょう。
一日20前後が良いと思います。1時間に一度目についたら、みんなブックマーク・購読してくれるはずです。
これらを守り数ヶ月たった君はf/fがそれぞれ10K強のパワーユーザーになってるはずです。
あともうちょっとしたら垢バンされるけどな!
やっと歩けるぐらいの娘に、ちゃんと歩きなさい!って言いながら必死な形相なわけ。
これは、助けなあかんかな、と思いつつも、いつもなかなか行動できない私ですが、
この日は、私の少し前を歩く女性が話しかけてた。手伝いましょうか?
でも、お母さんは、いや!いいです!ありがとうございます!と断ってた。
私がいつもこういうシーンに出くわして逡巡する原因の一つが、これ、この結末なんですよね。
だから、最近思うんだけど、困ってるのは明らかな人には相手に選択の余地を与えず、
ひょいっと助けられる人がきっともてる男なんだろうな。しかも押しつけがましいと思われることなくね。
それをうまくできるのは、やっぱり感覚的なものなのかな。誰かハウツー書いてください。
海外では、よく困ってる人がいたら助ける、日本じゃ(ryというけど、
現代日本では、助ける人が少ないということ以上に、
気持ちよく助けられようという人が少ないということが問題なんじゃないかな。
負の連鎖ですよね。どうせ断られるんだし、やめようっていう。
もう二度と会うことのない人の助けに何の借りができるわけでもなし、
助けた人も助けられた人も気持ちよくなれるんだし、有り難い申し出には甘えちゃおうぜ。
通過点だった.あとで読むで登録したたくさんのほってんとりもすべて削除した.どうでもいい信用性のない情報ばかりだった.
ライフハックも必要なくなった.googlereaderにあるfeedも1000を超えてたけど,不快にさせるものは全部削除した.
何を必死にブックマークしたり,情報を集めていたのだろう.いつか役に立つと思っていたものは2,3年経って,ようやく不要なものだと気付く.
日本の行き先を不安に煽るコラム,ブラック企業自慢,不幸自慢,制限させるアルファブロガーのポスト.セックスの話も,twitterの顔も見たこともないひとたちのぼやき.結婚,婚活,勝ち組,負け組,あーしたほうがいい,こーしたほうがいい.くだらない新書を必死にレビューするおっさん.よくわからないアニメの話,マナーの基本,しゃべりかた,書き方,コミュニケーション能力,鬱,家電,ハウツー,自己啓発,,,
さようなら.ありがとう.僕には必要なかった.全部はじめから知っていたし,もうなにもいらない.
そりゃ捉え方の問題。
致死的な問題ではなく、先天的な器質性の問題だ(違う説もあるけど)
というならそれは指が六本あるとかチンコが二本あるとかそういう話になってくるって考え方もある。
要するに、生きてくしかないんだから実際的に物事に対処していくしかないっつー話。
苦しいの辛いの病気だのいっても、この程度の病気じゃカネは降りない。だから自力で生きるしかねーんだよな。
そーいう個性っつーか病状っつーかを俺もあんたも持ち合わせて生まれて、わけもなく色々やらかしてきたわけで。
そりゃあ、貰ってやれるもんなら貰ってやってもいいんだけど、そーもいかないからハウツーでなんとかするしかないでしょ。
辛いなんて当たり前、そんなことを愚痴ってる暇があったら出来ることをしろっつー話。
気持ちはよくわかるよ。俺だって入退院繰り返して、閉鎖病棟でチンコに管ぶっさされて閉じ込められた経験だってある筋金入りの躁鬱だもの。でも、そんなこと言っててもなにも変わりゃしないんだよな、残念ながら。
えっと、興味のないことは全然頭に入らない・身に付かない反面、興味があることには病的に凝る人です。
4歳からヴァイオリンやってるくせに練習嫌い、それでも奇跡的に先生に破門されず、
高校でそこを卒業するまでなんとなく続けてきた程度のヘタレです。
残ったのは経験年数だけ食っている状態、絶対音感も最近狂い気味
(正しい音程の調性を、自分の基準より半音ほど高く感じるようになった)と、
他人が見本にするところは全然ない、そんな非コミュのおっさんです。
そんな俺が今のオケに入ったことをきっかけに身に付けた、クラシック曲の合奏で
かろうじて足を引っ張らないくらいに弾けるようにするハウツーのお話です。
と言ってもドヤ顔ではありません。むしろ「こんなんで正直ごめんなさい」みたいな告白。
まずAmazonやオケ仲間の評価を元に信頼できる音源とスコア、信頼できる楽曲解説を入手する。
そんでスコアと解説片手にひたすら曲を聴く。
そうすると「そもそもこの曲はどういう曲か」というのが頭にイメージできてくる。
その作曲家の音で常に弾けそうな気分になってくる。
楽器同士の絡みから、どこの場面で何を聴いて合わせればいいかも見えてくる。
そして「だから俺はこう弾きたい!」と思えてくる。
そこまで行って、初めて合奏練習を楽しく感じられて、調子が出てくる。
あとは全体から細部にブレイクダウン。
曲全体の流れのうち、絶対に弾けないと許されない箇所は真っ先に押さえられる反面、
細かいところは最後まで弾けなかったりする。やっぱりヘタレだ。
こんな面倒なことするヒマがあったら百万回さらえばいいのは分かっている。
それに他のアマオケプレーヤーから見たらかなり甘いやり方と思われるだろう。
でもこういう面倒なプロセスを経由しないと興味のベクトルがそっちに向かないし、
興味が湧くまで右から左に抜けていく状態なのだから仕方がない。
そもそも不勉強な状態で出す音なんて頓珍漢過ぎて聴かせられたもんじゃない。
当初そのオケに入ったときは、メンバーのあまりの上手さに圧倒され、
とても追いつけないがなんとかついて行くにはどうするか、楽しむにはどうするかを真剣に悩んだ。
その結果編み出したのが上に書いた方法。
もちろん、周りから見て本当に何とかなっているかは今でも分からない。
でも楽しむと言う目標は達成できたし、さっぱり理解できなかったクラシック曲の面白さが
分かったし、それは大きな収穫だった。冗談抜きでQOL上がったんじゃね?という感じ。
あ、雑談のつもりで「この曲って、作曲家が○○で(中略)それが音に出てていいんですよね~」とか
「(オペラの抜粋をやったとき)ここって、ステージでは××が(ry」とかオケ仲間に話しかけたら
「何でそんな詳しいの?」と相手にドン引きされたことが何回かあったっけ。
自分みたくいらんことを知らなくたって弾ける人がほとんどということですね。
それに音なんて結果が全てなので、別に知らなくても悪いわけじゃないし。
なので最近はそんな話はほとんどしていません。
てか非コミュでごめんなさい。
すっごい落ち込んだからここに反省を書く。
うちの部署に新人が入って来て、ここ暫く教育してたわけなんだけども。
まぁ、平たくいって物凄く物覚えが悪かった。幾ら言っても全然覚えない。叱れば叱るほどミスが増える。指示を出したそばからフリーズする。一度言ったことの9割は翌日には忘れてる。そんな有様で、ついついこちらも語気が荒くなってしまったんだけど。
それから二週間。
俺が三ヶ月教えてもダメだったことの5倍くらいの量を、新人は難なく覚えてしまった。
これは流石に俺に原因があったとしか思えず、後輩と新人にそれぞれ話を聞いてみると
「増田さんが言うほど物覚え悪くないですよ、ミスは少なくないですが一つ言えば1、5くらいは覚えます。やる気もあるし素直だし謝れるし、いい新人だと思いますよ」とのこと。
俺の感覚としては、幾ら言っても覚えず口ごもるだけの子だったんだが。確かに素直ではあったけれど。
これはもう仕方ないということで、きっと自分に非があったのだろうということをまず伝えたうえで新人に話を聞くと
「増田さんの指示には主語がないんです。何をしろと言われているかわからない、それを矢継ぎ早に出してくるからパニックになってしまうんです」
「増田さんは、例えば書類仕事を教える時も仕事の仕方は教えてくれますが、その書類が何なのかは絶対教えてくれてないんです。仕事そのものの全体像がずっと見えないままでやってきたので非常に難しく感じていました。大方の仕事がやり方はわかってもそれが何なのかわからない状態だったんです」
その後、後輩にもう一度話を聞くと
「彼は二手先三手先を読んで動くタイプなので、断片的に教えず全体像を教えた方が覚えが早いです。増田さんはちょっと過小評価し過ぎて悪循環に嵌ってたんじゃないかと。彼は、ゴールを与えてそこまで勝手に走らせるのがいいみたいです。だから、仕事全体の流れを教えただけで随分変わったでしょう?」
はい、ごめんなさい。
俺が悪かったです。主語が無いのも、大事な説明をしないでハウツーだけ教えようとするのもその通りでした。
しかし、去年の子は全く逆で「仕事の全体像から自分のするべきことを逆算する」っていうのが全く出来ない子だったんだけど
本当に色んな子がいるなぁ。危うく新人一人潰してしまうところだった。
反省したい。ごめんなさい。