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はてなキーワード: ブルセラとは

2014-10-05

http://anond.hatelabo.jp/20141005114649

ブルマがなくなったのは体のラインが出るのが嫌だからではなく、ブルセラ話題になり子供ブルマ姿に興奮する人たちの存在が広く認知されたから。

そして女性の全てが体のラインが出る服が好きなわけではない。

履いてる当人女子生徒達は登場時からブルマ嫌いは多かった。

2014-06-23

http://anond.hatelabo.jp/20140623090718

一口に3、40代と言っても人数は割といる世代だし、古い価値観と新しい価値観が混ざりあってカオスなっちゃってる。

子供の頃、○○の家の子と遊んじゃいけないと親から言われてた子から学級崩壊ブルセラ・援交まともにぶち当たった子まで様々。引きこもりニートの記念すべき第一世代もここです。

しょうがないよね夢多き20代バブル崩壊やわなんやらで経済の一時代の区切りに接しちゃったわけだし。

2013-10-03

俺教師だけど女子生徒からブルセラ持ちかけられて死んで欲しいと思った

ほんとに思った。心の底から

ヘイトとか言われても構わない。でも「先生、私の夏服10万で買いません?」とか言われて本当に気持ち悪かった。むしろコイツが死ななきゃ俺が心の平穏保てないまである

そして気付いた。差別ってこうして生まれるんだと。

俺は他人の性については寛容なつもりだったけど、今後性の商品化を見たら間違いなくゴミのように扱って排斥しようとするだろう。

いや、差別良くないなんて分かってるよ。

でも無理だ。生徒から性的欲求の塊として見られるって気持ち悪いを通り越して恐怖と吐き気すら感じるんだよ。

これが差別だと言うのなら俺は差別主義者でかまわない。

お前らがビッチに生まれたのはお前らのせいじゃないかもしれないけど、俺が生徒から向けられる「どうせ先生も性欲の塊なんでしょ?」的な偏見に激しく嫌悪感を感じるのも俺のせいじゃないんだよ。だって俺は身の回りの人は性欲の対象にしたくない人だから

で、頼むからビッチの皆さんパートナー探しは専用のコミュニティヤリチン相手にやってくれ。

多分それがお互いのためである。お前らは無用差別から身を守れるし、俺たちは心の平穏を得られる。

いや、積極的差別をしたいわけじゃない。

でも俺だって、そうしないと自分の心を守れないから。

元ネタ http://anond.hatelabo.jp/20131003032743

2013-04-18

http://anond.hatelabo.jp/20130418145505

強烈に不細工な子は若くてもダメ(可哀相だけど…)だろうけど

チョイブスぐらいなら若ささえあればいくらでも需要があるよね。

男の若さは相当なイケメンでもなければ需要なんか無いのに対して。


しろ美形じゃない子、チョイブスぐらいの子もっとも男女差が如実になると思う。

チョイブスぐらいの女子高校生

チョイブサぐらいの男子高校生

自分の性を売ろうとしたときセックスとかデートとかブルセラとか、まあ何でもいい)

どっちが買い手つくかってことだよ。


いくらなんでもここの差異から否定すんのは無理があると思うんだけどなあ。

2011-09-14

今の三十代前半は性的モラル最低の世代

宮台によれば、1992~96が援助交際の第一世代にあたる。バブル崩壊後の不安感に加え、テレクラポケベル携帯電話といった新しい情報機器がその流れを後押ししたと言われる。同じく90年代半ば頃にはブルセラショップが世間をにぎわせた。マスコミ女子高生ブームを強力に煽り立て、首都圏女子高生制服渋谷を闊歩することがステータスとなっていた時代だった。

さて、この時期に中学生高校生(13~18歳)だった世代を考えると、最も若いケースで1983年(S58)生まれ。最も年長で1974年(S49)生まれとなろう。すなわち、2011年現在28から37歳となり、ボリュームゾーンとしては30代前半(30-35)に固まっていると考えられる。白たまごっち欲しさに援交、などというカジュアル売春を身近にしながら思春期を過ごしてきた世代である

今日、30代前半独身女性婚活市場におけるボリュームゾーンでもある。パートナーを求める増田諸氏にとっては、最も意識する機会の多い世代と言えるかもしれない。だが、元「援交少女」「パンツ売りの少女」がその中に相当数含まれていることは意識しておいた方がいい。

2011-04-08

これからブルマの話をする

ブルマというのはオナニー業界において一大ジャンルを形成してます

でも、平成生まれからいって、その未来が明るいとはとても思えません。思えないんです

はっきりいうと、ゆとり世代とか現在若者であるところの人々は、ブルマに対してそこまでの魅力を感じていないと思う。

皆さんご存知で、多くのブルマニアが憤慨しているように、いま三次元学校におけるブルマーとゆうのは絶滅危惧種というかもはや天然記念物レベルです

いまだに採用しているのは某さくらんぼ小学校くらいでしょう。

ぼくが小学校に入ったとき、たしかうちの姉とか上級生の一部はブルマはいていたような気がするんですが、まあぼくにとってのブルマ記憶なんて言うのはその程度です

つまるところ、ぼくらの世代には生のブルマという経験がありません。

ブルマと聞いて思い浮かべられるのが姉のはいてる風景だなんて、こんなに夢のないことはありません。

生でブルマを見た知った経験ほとんどないということがどのようなことを意味するかというと、それはすなわち「実感のなさ」、あるいは「背景のなさ」につながります

たとえば、すく水のことを考えてみてほしいですけど、すく水っていうとどうですか。

やっぱりまずイメージするものとしては、カルキの匂いとか、女の子教室の隅っこでこそこそ着替えてる姿だとか、頬を赤らめてトイレに行く女の子だとか、まあこれはぼくがおしっこ大好きだからなんですけど、そんなところじゃないですか。

二次元ですく水という時も、これらの甘酸っぱいイメージを念頭に置いて女の子を見ることになります

たとえばイラストですく水といっしょにタップタオルが描かれていたとする。

それを見たぼくたちは、下地、背景として(あるいは無意識のうちに)女の子がいっしょうけんめいお着替えしてるとことかをイメージするわけです。すごいドキドキしますよね。

もちろんすく水の魅力がそういう背景に留まらず、紺色からはみ出たまっしろなお尻であるとか太股にもあることは百も承知です

だけど、そういうものをエロいと感じる根底には、先ほどあげたようなイメージ下地として深くかかわっていると思います。

そうじゃなきゃラップタオルなんてただ中国タオルと大差ないわけです

逆の例を挙げるなら、チャイナ服があるでしょう。

あれも太股が強調されて大変えっちなんですけど、一般的に言ってお世辞にも絶大な人気があるとは言えないですよね。

せいぜいコスプレ要素として一瞬出てきてふーんそうかーと思うくらいです。

で、なんで人気ないかというと、チャイナ服には下地というものが無くて、完全にセックスのための服でしかいからじゃないでしょうか。

もちろんチャイナ服が登場するようなリアルもあると思うんですけど、横浜中華街に住んでいるのでもない限りたいていのひとはそういうリアルを持ってないわけで、というかそもそも横浜中華街でもああいう服が使われているのか分からないんですけど、まあやっぱり「ハレ」の服であることには違いないと思います。

ちなみに、バニーガールにもそういうきらいがある。

あれもうさぎさんぴょんぴょんしてて大変えっちなんですけど、そこからぼくらがイメージするものというとせいぜいドラクエカジノくらいであって、ふつうはこれが出てきた瞬間「セックス! セックスアッピール!」みたいムードになりますよね。

まあうさぎさんというのはヒトと同じく哺乳類の中では珍しく「発情期」というものを持たず、常に生殖可能であるそうで、それを考えると、ハルヒに代表されるように恥ずかしがり屋さんに着せちゃうのもまた一興だなーと思います。

関係ない話をしましたが、ぼくらの世代、少なくともぼくにとってはブルマーチャイナ服と同じレベルに非日常のものです

小学生くらいのころにブルセラブームに遭遇したため、その印象が強いというのもあるかもしれません。

で、こういう言い方をすると、リアルでの経験なんていらないぜ二次元ブルマーは全く別物だぜ!と主張したい人が出てくると思う。

そういう人は、ロリコンの赤以外のランドセルバッシングのことを考えてみてほしい

あの今はやりの24ランドセルだか何だかいうのは、いまや防犯ベルとならんで現代小学生の必須アイテムだとおもうんですけど、ぼくが小学校高学年くらいのころがちょうど出はじめでしたクラスに一人二人持ってる人がいて、それがその人のチャームポイントになりうる、というような。

たぶん今ロリコンやってるような世代には、本当に縁のないアイテムだと思います。

ロリコンカラフルランドセルバッシングも、こういうところに起因するのではないでしょうか。

まあぼくもカラフルランドセルは幼さを不必要なまでに強調しているような感じがして嫌いなんですけど、たぶんぼくより下の世代になると、あれに興奮する人も出てくるんじゃないかな。

ブルマの代用品として登場したハーパンってわりと評判悪いですけど、ぼくはそこそこエロいと思います。

そんなわけで何が言いたいかというと、下地を失ったブルマは今後ゆとり世代(あるいはそれより下の世代)のオナニー業界参入によって市場を大幅に縮めていくだろうということです

ブルマ大好きの人は早いとこブルマ関連商品を一生分集めた方が良いと思います。たぶん。

あと、こんなことを言ってますが、ぼくはブルマがそこまで嫌いというわけではないです。そこまで好きでもないですが。

ぼくの時代のブルマというと下履き的な要素が大きいわけなんですけど、そのためか下履きのブルマというテーマには大きな魅力を感じます邪道だったらごめんなさい。

下履きブルマってけっこう未開拓ジャンルだと思うんですけどどうですか。だれかやりませんか。

最後に、ブルマゲーでおすすめあったら教えてください。今調べた感じ「マーブルブルマ」って抜けそうな感じするんですけど、どうですか?

2010-10-14

恋愛禁止』・・・・ねぇー・・。

前敦:山本裕典デート疑惑

大島ブログでダンサーとのデート発覚、ウエンツとの交際発覚、中2の時に彼氏あり

篠田:窪田の愛人疑惑ヤクザ愛人疑惑堂本光一と交際疑惑、元キャバ嬢

小嶋:男とのプリクラ流出ツイッターで『手越誤爆ジャニヲタで元オリキ

板野左手の薬指に指輪をはめていた、ジャニ合コン疑惑、特定ヲタディズニーデート疑惑

TAKAHIROデート疑惑涌井デート疑惑

河西:ブログ佐藤健デート疑惑ジャニ合コン疑惑

秋元広井王子に肉接発覚

宮澤:メール誤爆彼氏えば発覚

小野ジャニ彼氏疑惑

柏木ジャニ彼氏疑惑

宮崎ジャニ彼氏疑惑

峯岸:地元で男と一緒にいる所目撃多数、芝の愛人で選抜疑惑、35才妻子持ちオヤジ不倫疑惑

メンバージャニ斡旋疑惑お気に入りヲタチケ横流し発覚

倉持:手ブラヌード写真2度流出ブルセラ疑惑出会い系で援交相手募集

佐藤夏:劇場スタッフと交際疑惑

多田名古屋ヲタと繋がり疑惑

渡辺:特定ヲタに私信疑惑

指原:特定ヲタに私信発覚、密会疑惑

島田:元ヤラカシジャニストーカー

菊地:彼氏とのプリクラ流出解雇処分)

石黒:元彼とのプリクラ流出解雇処分)

ファンでもアンチなんでもないけど、上記のような状態らしいから、ちょっと言ってみよう。

こっちは別に裏で彼がいないとも限らないと最初から思ってるのに

自ら純情アピール工作として『恋愛禁止』をうたい、

自らその掟を破ってるってのが、ちょっとおかしくないですかー?

・・・・と思ったよ。

2009-07-24

http://anond.hatelabo.jp/20090724212311

愛だろ、愛っ。

ってCMが昔あったなぁと思ったけど、ブルセラ全盛期のCMだった希ガス

ブルセラショップに行ってきた

といっても、買いに行ったのではなく、自分の持ち物を売りに行ったのだけれど。

売ったものは、着ていた下着1セット。下着を売るのは初めてだし、ブルセラショップというものに行くのも初めてだった。ただ、お金が欲しかっただけだ。「女はすぐに儲けられていいよな」みたいな言葉は至極真っ当かもしれない。

店の人に名前スリーサイズなどを書くように言われ、それを裏で書いている間もお客さんが来ていた。下着を着用している写真などを撮られている間にそれとなく周囲を見回してみたが、広くはない。普通コンビニの半分くらいの敷地か(あるいは、私がわからなかった奥のスペースがあるのかもしれない)。天井から、所狭しと下着やコスチュームなどが写真と一緒に下げられている。冷蔵庫には、女の子が吐き出した唾や、女の子のした尿がしまわれている。レジの横にはチアリーダの衣装が下げられていたり、私立高校制服も下げられている。

私は、といえば店の人に言われるままに写真を撮られていただけなんだけども。そういえば、裏で待っていた間に、女の子がひとり下着を売りに来ていた。原宿とかにいそうな普通のおしゃれな女の子だったので、少し驚いたな。

店の人とは割と喋った。店内で写真撮影されている時間は店をしめていたのだが、それ以外は1,2人ずっとお客さんが店の中にいた。分かりにくい立地だし、もっと人はこないかと思っていたけれど、これでも人は減ったらしい。景気がいい頃はもっとざっくばらんに下着買取もできたんだけどねぇ、女の子も大変だわ、とかなんとか言っていた。下着販売で親にバレた子はいないけれども、AVなんかだと親にバレることもあるね、などとも。店の人に煙草を一本もらいながら、そんな話をしていた。

1セットの下着と写真、しめて3,500円が私の収入となった。1時間でこれだ、時給880円の普段のバイトより充分割がいい。とはいえ、まともな下着を買って補充しなければならないことを考えると単純な利益とはならないが。

セックスしてないんだからいいじゃない、というのと、何かを売って関係のない人間の性欲をみたすことも売春なんじゃないの、というのと、多少複雑な気持ちにはなっているが、とにかく21世紀になっても下着を売買するような文化が残っていることは少し興味深い。いったいこの世で売られてないものってなんなんでしょう。

2009-04-12

日本人変態パワーなめんな! ~江戸戦後、現代までのHENTAI分析~

エロゲーから広がる、すばらしい日本技術を紹介する記事で、

日本人変態性を真っ向から否定するようなコメントがあったので、

場所を移してとことん反論してみる。

 

■「これは全世界ゲーム史上、初めての試みになるだろう」

…TEATIME、ゲーム世界現実リンクする新技術フェイストラッキングシステム発表

http://guideline.livedoor.biz/archives/51192905.html

 

※274. Posted by   2009年04月12日 01:18

一部のオナニー野郎を根拠に、日本人変態だの性に対して旺盛だの言わないで欲しいな^^

まともな人間にとって変態呼ばわりされることはちっともうれしくない上にみっともないことだし、そもそも日本人は大して変態民族ではない。

西洋人の方がずっと変態なのは常識だし、性に対して旺盛だったらセックス回数最下位なんてことにもならない。

西欧(野外露出レズhttp://www.alchemicalwedding.com/arserotica/galleryone/vanmaele/vanmaele2.html

日本(ただセックスしてるだけ):http://www.alchemicalwedding.com/arserotica/galleryone/shunga.htm

↑と比べれば日本人春画なんて特別なもんじゃねーことはすぐ分かる。どちらも19世紀の絵だが。

お前らが密かに自分達の下品な性癖民族特質的なものだと信じたがる根拠に、蛸に犯されてる触手ものの春画を持ち出すことがあるが、あれだって日本特有のものでもなんでもなく、西洋人普通に描いていた。

http://www.alchemicalwedding.com/arserotica/galleryone/rops/rops10.html

http://www.alchemicalwedding.com/arserotica/galleryone/vanmaele/vanmaele5.html

江戸時代日本人フリーセックス的な「性に大らかな民族」なのであって、それがむしろ抑圧や罪の意識への反動から生まれる「変態性」とは無縁の文化だということは言うまでもない。ノーパンと言うのは、「女はパンツを履くべき」という抑圧を設けることによって初めて意味を持つが、当時の日本人はあっさりした着飾りしかせず、下着なんてつけてなかったんだから、抑圧が少ない分変態性も少ないんだよ。

 

まず、ひとこと言わせてくれ。

日本人変態パワーなめんな!!

 

 

江戸時代までの日本には、庶民に変態が少なく、キリスト教モラルの制約が強い西洋の方に

変態が多かったのは、まさしくその通りだと思う。

 

祭り(ハレの日)の夜の乱交、夜這い文化を代表するようにフリーセックス社会であり、

嫁入り年齢が若かったことからもわかるように、10代前半の女性も身体が性的成熟さえ

していればセックス対象になっていた。

だが、それは西洋幼児性愛ロリータコンプレックスのように処女性を不必要に尊ぶことなく、

むしろ身体の個体差に合わせた、生物学的に見ても健全なものだった。

このように性に奔放だった農民や町民に比べ、上級武士世界では性に対してストイック

あったためか、男色SM的行為などへの倒錯が多く見られた。

 

 

しかし、このように奔放だったのは江戸時代までの町民、農民にかぎった話。

明治維新後の日本には、一気に西欧化の波とキリスト教モラルが流入した。

西欧文化に追い付くために、一気にマジメになることを余儀なくされたのだ。

この文化的な抑圧の時代に、エログロナンセンスサブカルチャーが花開いたのは、

偶然ではない。

 

その後、世界大戦の時代に突入し、徴兵制が広がり、軍部の力が強化したこともあって、

日本は一気に一億総サムライとでも呼ぶべき、ストイック国民性になっていった。

この猛烈な抑圧が、戦地での残虐行為、陵辱行為につながった例も多くあるだろう。

だが、それはいつの時代、どこの国の軍隊でも良くあること。

日本ドイツばかりが未だに叩かれるのは、最も直近の世界大戦における敗戦国だからである。

 

 

そして、太平洋戦争での敗戦により、日本米国進駐軍による文化とセックスでの蹂躙を受ける。

日本中にあった売春宿などの赤線地帯は縮小・管理され、米軍兵に好んで身体を売るパンパン

呼ばれるビッチ女性が現われた。

 

その悔しさをバネに、追い付け追い越せの高度成長の流れで、世界一勤勉な国民になっていった。

週休1日、深夜残業当たり前のサラリーマンの激務を支えたのは、目覚しく発達していった

風俗産業裏本アダルトビデオの文化だった。

ここでも、ストイックさの陰に変態の萌芽あるのがわかるだろう。

 

敗戦から40年足らずで世界一経済大国へと復活を果たした日本は、バブル景気に沸いた。

大学生は車を持ち、社会人会社の経費で豪遊し、トレンディドラマのような恋愛流行した。

ディスコ・お立ち台ブームなどで、江戸時代のように陽気にハメを外しかけたが、

バブルはすぐに崩壊してどん底へ。

むしろハメを外すとバチがあたるという、トラウマになってしまった。

 

バブル景気前後でもセックス面での格差の激化は続き、世間の恋愛路線から外れて

ロリコン趣味を密かに楽しんでいたオタク層は宮崎勤事件で徹底的に糾弾された。

一方で、不倫ブームが表面化したのも、この頃からである。

勤勉な夫が稼ぎに出ている間、家を守る貞淑な専業主婦という幻想が崩れ始める。

 

さらにバブルの残党が女子高生を買いあさった「ブルセラ援助交際ブーム」が過ぎると、

後にはビッチセックス観を持つギャル達と、児童ポルノ規制の強化だけが残った。

 

 

これらの流れは、今でも女の自己満足に過ぎないアゲハ嬢ブーム、児童ポルノ単純所持の禁止や

ダウンロード規制出会い系サイトの排除などで、おおらかなセックス文化から一般男子

遠ざける方向へと邁進し続けている。

その結果が、年間セックス回数の世界ランキングでの最下位である。

 

しかし、その陰でエロゲーを始めとする、二次元の性文化は目覚しい発展を遂げていった。

何故なら、二次元は決して裏切らないからである(と思ったら、かんなぎが...)。

 

 

このように、本来は性に自由だった国民性が、明治以降に徹底的に抑圧され、

解放されかけてはどん底に突き落とされ、の連続で萎縮しまくった結果が、

現代日本のこのすばらしき変態文化を生んだんだよ!!

 

 

そして、世界不況の今こそ、日本はこの変態力で世界に向けて反撃の狼煙をあげる。

いいか、OTAKUHENTAIANIMEMOEKAWAII で、日本は天下を取るんだよ!

 

日本人変態パワーなめんな!!!

TEATIME(ILLUSIONも同系列)は、マイクロソフトGoogleに次ぐ次世代技術の先端企業になるぞ!

モニターの前でパンツおろして、しっかり見てろ!!

2009-03-18

東大文1に半年で受かった勉強法(10年前だけど)

偉そうに合格体験記でも書いてみようかと思います。知り合いにもはや受験生はいないのですが、d:id:lonlon2007:20090317が目に付いたので。

ぶっちゃけると受験勉強は「想像していたとおり楽。」でした。受験勉強を始める前は受験生ってのは寝てる時間と飯食ってる時間以外は全部勉強に当てて、たま徹夜勉強する!みたいな偏見は全く持ってなかったんですが、やっぱりそのとおりでした。むしろ10月までバイトしていたのがたたって出席日数が足りず授業のコマ数が増えたうえに出席日数を充たした他の生徒が次々と休み始めるために授業中に寝にくくなり、平均睡眠時間が減っていきました。(寝ないと動けないんですが・・・)

東大は天才じゃなくちゃ入れないっていうのは確実に嘘。「東大生」は学部生だけで約1万、ほぼ京大もほぼ同じ、わずか4〜5歳間に2万超もいる人たちを「天才」とは言わない。天才なら楽に入れるなら本当かも。

秀才が3年間こつこつ勉強して入れるっていうのは本当。「〜初めて入れる」は微妙。秀才でも凡人でも3年間もコツコツ勉強すれば入れるんではないでしょうか。本当に「コツコツ勉強」していれば。

「色んな人が色んなところにこうやれば受かる勉強法!みたいなのを書いていますが、個人個人で合った勉強法は違うので、色々な方法を試してみて、自分に合ったものをやるのが一番いい」というのは当然のことで、id:lonlon2007が長々書いてる中で唯一の真理

id:lonlon2007を逐一もじるのは早くも飽きたので、というよりもそんなに長く書くこともないので簡潔に。

ちなみに残念ながら僕は、『苦手科目は世界史日本史得意科目は数学と化学と物理と地理』だったので「理1なら1ヶ月で受かるんだけどな、下手すりゃ今日にでも受かるかも」と思いながら勉強していました。

あと、基本的に家では喫煙を禁じられていたので、主にガストジョナサン勉強してました。当時(約10年前)のファミレスはせいぜいがホットコーヒーのみおかわり自由で、ジョナサンアイスコーヒーおかわり自由とガストドリンクバーには大変助けられました。あっ、嘘だ。一番勉強したのは学校。さっき書いた通り10月バイトを止めてからは授業にかなり出るようになったので、授業科目を耳で聴き、別の科目の教科書を目で読み、2科目並行で勉強してました。あとはファミレスで数学や英語(主に英作文)の難問を広げ、頭の片隅でその回答を考えつつ苦手の世界史テキストを読んでいました(たぶん後で書くけど教科書ノートよりも新書が多かった)。

風呂の中や通学電車の中で小説を読んでる時も、未だ解けていない難問や数日内で間違えた問題のことを完全忘却しているわけではないのですが、机の前以外では何か思いついても頭の中にメモるだけ。勉強しない時は勉強しないとメリハリをつけるようにしていました。ちなみに「机の前」には授業時間が含まれます。高校生は一日の半分近くを学校で机に向かっているわけだから、勉強時間は非常に長い。一部の(私立)進学校や特別選抜クラスのような環境でもなければ「授業のコマ数が減る」ことはないと思いう。嫌でも一日の半分近くが勉強時間。「寝てる時間と飯食ってる時間以外は全部勉強に当てて、たま徹夜勉強する!みたいな偏見」は授業時間を効率的に使えていない人が持つのではないかと思います(あとは生徒に自由時間を多く与える方針の学校の生徒)。そういう意味では「勉強効率」がポイントというのは同意できる。

うちの高校(某都立)では文化祭(とついでに体育祭)が一大行事としてありますが、殆どの人は夏季講習と文化祭の準備を両立させ文化祭が終わった9月頃から本格的な受験勉強を開始するようです。かく言う僕も文化祭が終わって(ちょっと学校側とイロイロあって)バイトを辞め、10月から受験に力を入れ始めました。今、気付いたんですがid:lonlon2007は「6月から」とのことなのでタイトルに偽りありで約半年、僕の方も10月からなのでタイトルに偽りありで約4ヶ月ですね。開始をもう1月遅らせておけば「四半期で受かった勉強法」とゴロ良くピッタリなタイトルにできたのに。

まず何をしていいか分からない!ということで過去問を解いてみました。いや、模擬試験を受けたかも。なにぶん10年前なので記憶が・・・。とりあえず法学部志望なのに受験敵性では明らかに理系向き。その分、周りが国公立を難しいという理由の一つである文系なのに理系科目(理系でも文系科目)、という関門はあっさり突破。選択授業も理系用の数学(と化学と物理)をとっていたので2次試験の数学もさほど難しいとは思いませんでした。

「まず」も何も、とにかく苦手の世界史だけやろう!ということでそれまでは小説に費やしていた読書時間を歴史系の新書に切り替えました。もともと古本屋めぐりは趣味だったので行動範囲の古本屋の50-100円コーナーで歴史系の文庫新書を買い占め。2年半バイトしていたので他の高校生男子よりもお金を持ってはいました(うちの高校は縁遠かったけど世間では「ブルセラ」華やかなりし頃。女子高生は金を持ってた)。がそんなこととは関係なく、買い占めたと言ってもせいぜい100冊程度。私立や塾に通うことを考えれば微々たるものです。

いつどんな問題でも満点を取れる!と思わない科目を勉強する分には必ず点数の上昇につながるので、わざわざ『勉強スケジュール』を組む必要はありません。数学は1日勉強しても1点分しか稼げないけど、英語は1日の勉強で2点稼げる、てなことが計算できるのなら『勉強スケジュール』も有効かもしれません。しかし、そんな計算ができる人は自分の欠点が分析できているのだから、すぐに数学でも2点稼げるようになります。満点を取れない間は何をやっても点数に繋がるのだから『勉強スケジュール』なんか不要。そもそも『勉強スケジュール』を考えようと言う発想が今日今日までありませんでした。夏休み宿題@小学校で1日のスケジュールを考えろと言われた時以来の衝撃です。『勉強スケジュール』は学校バランス配分してくれた「時間割」で十分だと思います。

夏休みバイト文化祭だけだったので、休日勉強について。休日はNHKで将棋を見てから昼食、最寄り駅周辺の古本屋を回ってからファミレスへ。(好きなのが将棋で幸い。これが囲碁だったら午後の大半がテレビでつぶれる。当時はネット中継がなかったのも幸便)本を1冊読んで(1〜2時間)から勉強。最低2時間はやろうと決めていて実際2時間くらいなら集中力は続きます。鉛筆ナメナメ英作文を推敲していると気付くと2時間なんてこともあって最低2時間の縛りは苦痛ではありませんでした。(学校じゃサボってると言ってもそれ以上やってるわけですし)

夏の「初の東大模試」は受けたような気がしてきました。模試の判定は最後までE判定だかF判定だったので「予備校の採点基準が間違ってる」と思ってました。私立であればともかく国公立の論述問題は大学教授を信用して、「間違ってはない」回答が書けていれば良しとしておきましょう。予備校の採点は予定された正解以外を大幅に減点する傾向があるように思います。英作文であれば日本語の1単語には4〜6音節の1単語の英語を対応させれば文句なしの正解で模試ではこれ以外は減点。実際にはそんな難しい単語を知らなくても中学校レベルの単語を組み合わせて意味が合っていれば大学教授は正解としてくれるようです(大学に入ったからといって採点基準を教えてもらえるわけじゃないけど、じゃなければ不合格だったはず)。

時期別対策?

10月〜11月

相変わらず模試は最低判定。意に介さず淡々勉強(授業)。

12月

出席日数を充たした生徒が続々と授業に来なくなる。いやがおうにも授業中に寝れなくなる。友人も受験モード突入で遊びの誘いも減る。悪循環?好循環?

センター対策は・・・必要なんでしょうか。東大京大の2次試験を見据えていれば不要な気がします。敢えて言うなら文系理科理系社会科でしょうか。僕の場合理科得意科目だったので無視。

センター

というわけでセンター試験対策としては過去問をやってみたくらいです。悪くても90点以上だったので、本番の集中力があれば大丈夫だろうとタカをくくる。それでも素材がたっぷりあるうえに冬休みは午前中の将棋(NHK)もない。勉強時間は比較的長かったように思います。午前に1〜2時間、昼飯を食って古本屋。別のファミレスで本を1〜2時間勉強1〜2時間。僕の中では最初と最後の時間差だけとって「6時間もやった」と思っていました。

冬休み学校に行かないので、毎日図書室で読んでたJapan Timesが読めなくなりました。かわりにテレビニュース英語音声で聞くようにする。親と妹も「受験生」ということで不満は抑えてくれてたようです。

ちなみに過去問時間を気にせずやっていました。調子が悪い時や面白い問題にであったときは1時間を超えることもあったと思います。過去問で高い点数を取ってもあまり意味がないので答えや力の確認ではなく、とにかく「どんな問題でも時間さえあれば解ける」という確信を持てるように。時間を気にしていないので早く解き終わった時も確認とかはしない。「できた!」と思った段階で答え合わせ、間違っていたら原因を考える。

二次試験

とりあえずセンターの自己採点が大丈夫そうだったので、気が抜けました。本番でも緊張しないことが分かったのが収穫で相変わらず学校の授業に出る日々。得意で好きだった数学・理科はそろそろ休めます。教師との不仲が極限に達していた英語国語は最後の最後まで授業です。

東大の○○25ヶ年』シリーズって何?赤本と友人がやり終えた予備校テキスト文庫新書、あとは学校教科書勉強してました。友人から借りた予備校テキストはザッと解いて印象に残った問題だけ書き写して返す。別にビンボーだったからじゃないですよ。公立・公立・都立ときて親にはあまり負担をかけてないし、大学国立の予定だし、バイトガッツリしてたし、参考書を買う程度で躊躇することはありません。『東大の○○25ヶ年』シリーズはたぶん僕の頃にはなかったんだと思います。

そんなこんなでさすがに学校も行かなくてすむようになり(都立とはいえ受験校なので他の生徒は来ないし、教師もそのつもりでいる)、時間ができたので予備校に潜り込むようになりました。友人は私立志望が多かったのと私立の方は全く自信がなかったので私立コースです。あと友人は理系にも多かったので理系東大コースみたいのにもたまに行ってました。2ヶ月も真面目に勉強するとさすがに疲れ(飽き)たのか、この時期に大きく伸びた気はしません。予備校では、僕が無意識にやっていたことを言語化してもらった感が強く、それはそれで頭の整理ができました。有意義だったと思います。

ぶっちゃけ全科目やるって言っても、高校で一日授業を受けているようなものなのであんまり死ねませんでした。

科目別対策

数学

得意で理系の授業をとっていたので苦労なし。解けない問題は絶対に回答を見ず、翌日へでも翌週へでも持ち越してひたすら考える。答え方を覚えるよりも、答えの見つけ方を思いつくことが重要だと思います。図形問題なら知ってる定理・公式を片っ端から引っ張り出してやみくもに補助線を引く。そんなことを繰り返してるうちに、問題を見ると求めている回答がわかるようになってきます。センター試験は余力で解けるので無視。

使った参考書・問題集:東大京大・私立理系過去問

現代文

現代文は二三回本番形式で練習して、形式に慣れるくらいでいいと思います。現代文はみんな取れなくて差がつかないし、勉強すりゃ上がるっていうもんでもないので、比重は極めて低かった。漢字常識の範囲内なので、よっぽど苦手な人でなければ悪くても1問間違えるくらいで済むでしょう。

加えて日頃読んでいた小説・随筆は役に立ったかな。乱読・雑読ですが古今東西ジャンルに捕らわれずに古本屋投げ売りコーナーで目に留まった本を片っ端から読んでたので、過去問模試でもたまに知っているテキストがありました。新刊でも買うような好きな作家受験には向いていないようで、これも幸いでした。好きな作家テキストが出ていたら「正解」ではなく「持論(自論)」を書いてしまうひねくれた者なので・・・

知っているから解ける、知らないと解けない、というわけではありませんが、抜粋されたテキスト前後や著者が分かることにデメリットはありません。「受験のため」としてはお勧めできませんが、今まで読書に費やした時間も「無駄ではない」程度の気休めに。

使った参考書・問題集:なし

古文と漢文

暗記が苦手なので古文には多少手を焼きましたが、学校の授業で十分。むしろ暗記法があれば教えてもらいたいくらい。単語帳とかがいいんでしょうか。僕は単語帳を作るのが面倒だったので、とにかくテキストを繰り返し読んで単語の意味や用法を文脈から類推するように心がけました。おそらく全科目で一番教科書を使いました。和訳(現代語訳)では自然日本語になるように心がけました。意味が分からないから曖昧に訳すのではなく、文理や言葉のかかりを強調する翻訳体をさらに自然言葉に訳す感じです。英文和訳でも同じ。

使った参考書・問題集:教科書過去問

物理と化学

センター試験対策。教科書過去問で十分。感覚を忘れないように授業がなくても週に一度はやる。勉強期間が短いので過去問が枯渇する心配がない。

使った参考書・問題集:教科書センター試験過去問

世界史と地理

うちの高校では入学時点で日本史と地理の選択を迫られます。歴史の暗記(人名年号)が大の苦手だったので深く考えずに地理を選びましたが、これが功奏。日本史世界史日本史と地理が無関係とは言いませんが、世界史(の特に近現代史)と地理は密接不可分。片方を勉強すればいやでも他方の学力もあがります。

比較的得意だった地理。これは教科書一般教養新聞新書)で済ませました。とにかく視点を広くして、知らないことがあって当然、知らなければ考える。このとき世界史の知識や新聞書籍で読んだ現代社会の知識が役立ちます。社会政治は地理的条件や歴史的背景に帰結することが珍しくありませんから知らないことでも十分に推測がききます。

あとは地図を見ることかな。別に国名や地名を覚えようとする必要はなくて、国名や都市名とだいたいの位置が繋がればそれだけでたくさんの情報が得られます。内陸なのか平地なのか、頭の中で地形図や気候図とおおまかに重ねられればなお良し。世界でn番目に長い川の名前とかm番目に広い国土といったクイズ的な知識は不要。そこに川はあるのか、国土は山がちだが狭くはない、その程度で事足ります。

都市名と工業農業産業を単にセットで暗記するのではなく、そのような産業が育まれた地理的要因を考える。基本で当然のことのようですが、結局はこれにつきます。

歴史(世界史)。大の苦手。とにかく年号人名が覚えられない。ルイとかシャルルまでは分かるけど何世かが覚えられない。清教徒革命フランス革命前後関係因果関係)は分かるけどそれぞれの年号は知らない。(日本史なら足利某までは分かるけど某が分からない)それでも何とか解けるのが東大京大論述問題の良さ!

細かい年号はザックリと捨て拙い記憶力は人名とせいぜい事件の名称に費やす。あとは前後関係因果関係意識しながら歴史を概観する。

教科書や授業では国や地域で縦に切り、ついで年代で横に切って学習しますが、前後左右のつながりを考えて大きな年表を作ります(頭の中でも良いし、模造紙や今ならパソコンソフトで実際に作ってもいいかも)。先の例で言えば清教徒革命イギリスの歴史においてどのような影響を与えたのか、さらにヨーロッパアメリカのどのことがらにつながっていくのか、フランス革命フランスの歴史、ヨーロッパアメリカの歴史にどのように・・・こうやって年表に→を書き始めるとすぐに→だらけで見るにたえなくなっていくと思います。そんな因果関係を大まかに覚えていく。このような大きな流れがつかめると東大の問題は急に簡単に見えてきます。

教科書と資料集を片手に短時間で問題を解けるようになれば、あとは覚えるだけ。

教科書・資料集をわたしてもキーワード人名年号・地名・事件)をピックアップすることしかできずそれらをつなげて論説できない人が東大京大論述式問題を難しいと言ってるように思います。僕の場合は逆で、キーワードが分からない(正確に覚えていない)もののキーワード部分を穴あきにした回答は組み立てられた(センター試験の問題文のような文章)。教科書・資料集があれば穴埋めは簡単。あとはキーワードを覚える。受験勉強のほぼ全てをこれに費やしたと言っても過言ではありません。

例題を解く時は分からない問題もいきなり回答を見るのではなく教科書などを見ながら一度回答を完成させてから回答を見る方がいいでしょう。「覚えさえすれば」という段階に至ることが重要

もう1つ、大まかな流れを雑ぱくに理解するのに新書のような読み物が役立ちました。受験用ではないので縦横に細切れにされていませんが、その分全体的な流れが見えてきます。気分転換にもいいでしょう。

最後に暗記について。当時は思いもよらず、最近になって思いついたのですが、書いて覚えるのではなくしゃべって覚えるというのがいいような気がします。英単語漢字は書いて覚えるのも効果的だと思いますが、(ルイ)14世、15世、16世と書き連ねたところであまり役立つとは思えません。関連する人名年号・ことがらをセットで口に出すと覚えられそうな気がします。ぼくは学校ファミレス勉強してたので、当時思いついたとしても実行できませんでしたが。ちなみにこれは法学勉強を通して気付きました。自分レジュメを作ったり授業を聞いていても条番号はなかなか覚えなかったのですが、ゼミなどで口に出す頻度が増えると自然と覚えていました。

英語

英文和訳は慣れ。知らない単語は前後の文脈で予想。そのために役立ったのは英字新聞Japan Times(とテレビニュース英語音声)でした。朝に日本語新聞で読んだ内容が英語に書き直されてるようなものだから、知らない単語があってもドンドン読み進められる。これを2ヶ月も読めばいやでも単語力や読解力、類推力や速読力が身に付きます。

辞書をひくのはあとまわし。類推した単語はあとで必ず辞書をひく。この2点がポイントと言えばポイント辞書をひくのをあとまわしにするのは「考える」ことが重要だから。あとで必ず辞書をひくのは、1つの単語が持つ複数の意味を「とりあえず知っておく(覚えなくてよい)」のが重要だから。

今では多くの英語新聞記事がネットで見られますが、日本新聞とはフォーカスが違うので今なおJapan Timesが良いと思います。「英文を読む」よりも「大まかな内容を知っている英文を読む」ことが重要です。

趣味と実益を兼ねて好きな作家原書も読みました。が、これはさすがに知らない単語(と専門用語)が多すぎて勉強にはなりませんでした。

あとは過去問東大京大ではずいぶんと傾向が違うのですが、それでも私立の問題よりは国公立の問題の方が東大受験には役立つ。私立の問題は「知らなきゃ解けない」うえに教科書にないものも多い。国公立とは別のことを問うています。

単語帳は古文同様に作るのが面倒。教科書では物足りなかったり電車教科書を開くのが恥ずかしかったりなら、ペーパーブックを1冊だけ買って眺めていればいいのではないでしょうか。3日も同じページを読んでいればいやでも内容が分かるようになり、使われている修辞・技巧なんかにも気付くようになると思います。

DUOとか知らないしiPodは当時はない。当然使ってません。今なら英語ニュース議員さんのPodcastiPodで聞くのはありかも。(議員さんやニュース英語は分かりやすいです)

例文を覚えるという発想はなかった。過去問模試を解いているといやでも覚えてしまう文法的技巧や慣用句はありました。「覚える」というよりも「(自然と)覚えた」という感じなので「覚え方」は分かりません。

自由英作文は想定されている答えを探すのではなく「意味」が通る英文を書くことが重要。正しい文法で知っている単語の継ぎはぎする。どうしても分からなければ少し長めにあけた余白に薄く日本語を書いておき、あとで考えましょう。日本語1単語に5 words前後の余白を対応させるくらいの気持ちで。他のことを考えているうちにピッタリくる単語(1単語)が浮かぶこともあるし、そうでなくても空白のまま出すくらいなら中学校で習った単語を並べて意味を表現する。とはいえこれは苦肉の策。単語を知っていて損することはないので、時間と金と記憶力に余裕があるなら単語や例文はいくらでも覚えてください。大学に入っても社会にでも英語が足かせになることはないと思う。

英語(と現代文)は教科書をあまり使わなかった気がします。

使った参考書・問題集:国公立大学過去問模試、英字新聞

模試

模試は一通り受けたと思います。「教える」ための教科書と「考えさせる」ための試験では勉強の内実が違います。「教わる」よりも自ら「考える」ことの方が重要なので省エネ勉強のためにも受けて損はありません。嫌でも丸一日勉強したことにもなります。

東大模試は受ける。結果が悪くても気にしない。結果が良ければ安心する。結果が悪くて自信もなければそれを機に諦める(浪人するなり志望校を変えるなり)。

過去問を見るかぎり、東大よりも京大の方が正解の範囲は広いと思います(模試ではなく本番の話)。模試結果に納得いかない人は東大より京大に向いているかもしれない。

本番

寝過ごした!電車で寝過ごしたけど、高校受験で軽く遅刻した反省をいかして少し早めに出ていたのが功奏して間に合いました。遅刻だけは気をつけましょう。

遠方からの受験生ホテルなどに宿泊する方は寝坊に注意。受験まで1年のこの時期に言っても「そんなわけない」と思うかもしれませんが、1校しか受けない本名中のPermalink | 記事への反応(0) | 18:06

2009-02-13

三次元エロの嘘を嘘と見抜くための知識はどうすれば身につく?

盗撮・流出・実録レイプと題されているエロコンテンツの99%は、作り物なんだと思う。少なくとも「オモテ」で流れているものはね。

でも、そういう考えに至るまで、私の中ではモヤモヤがあった。

10年前は、今と比べて、電車中吊り広告の内容とかも酷くてさ。

OLの部屋を盗撮」

「流出ヌード

「10万円でオッパイ見せて! 街の美女8人が『OKよ♪』」

そんな文字が躍ってたんだよね。

あと、小さな本屋とかだと、ゾーニングもあってないようなもので、盗撮物のビデオとかのパッケージが見えて、いかにも隠し撮りって感じの写真(赤外線カメラとか、画質の悪いのとか)があしらわれてた。

これが100%嘘だと確信できなかったんだ。

サスペンスドラマ戦争映画殺人は作り物だってわかってるだろ?

 だったら三次元エロが作り物だってことをなんで疑うの?

 どうしてポルノは特別なの?」

そんな声も聞くけれどさ、殺人事件の被害者役や戦死者を演じた俳優は、その後でインタビューに答えていたり、また他の番組映画にツルッツルの無傷で出演してるよね。メイキング特殊メイク技術の紹介を見て、へえーって思うこともあるし。

AVでも、女優さんが毎回同じ芸名で、色々なシチュエーション作品に出ている場合は、犯罪性のない場で撮られた作品ってことがわかる。

でも、盗撮物はどうなんだろう。

もし本物なら流石に捕まっているはず。捕まるリスクを冒して盗撮をする人もいないだろうし、街頭で通報される覚悟で「オッパイ見せて!」と声をかけたりしないだろう。

多分そうだろう。でも確信できなかった。

演出としての隠しカメラ画像隠し撮り風のシチュエーション、本物と区別をつかないものだってあるんじゃないか。上手いカメラワークと迫真の演技で本物っぽく作ったものとガチの盗撮は区別がつくの?「出演者の名前が書かれていないのもリアリティのうち」と言い逃れしたって、証拠なんてないから、疑わしきは罰せずということで野放しになるどころか「リアル作品」として評価が高まるんじゃないの?

隠し撮り画像とかも、もしかすると、小遣い稼ぎの一般人から買い取れば、低リスクの上、合意のもとに撮影するより安上がりなのかもね。被写体にばれて訴えられる可能性なんてゼロなんじゃない?「盗撮した人が儲かってる社会」に、私達は生きているんじゃないの?

怖くてたまらなかった。

一般女性日常が切り取られて、コンテンツとして売りさばかれているんだろうか? 「本物かどうか証明できないから」という理由で、野放しになっているんじゃないのか?

そのころは、女子高生として普通の生活をしているだけなのに性的対象にされるのがイヤになっていた時期だった。学校には不審者が出没して、教師が見回りを強化していた。教師が盗撮者を未然に阻止したこともあった。痴漢に頻繁に遭って、スカートを切断されたりもした。そしてブルセラ援助交際が巷で流行っていると報道されてた。

本物なのか作り物なのかを外側からは区別のできないエロコンテンツは、そんな気持悪さの延長だった。

実物を買って中身を確かめる気になんてとてもなれなかったし、だからこそ恐怖心は強まるばかりだった。

エロコンテンツ自体を規制することには断固反対する立場だ。けれど、エロコンテンツ流通させている人や、教育に携わっている人に、ちょっと頼みがある。

そういうコンテンツ流通するのを見て、作り物かどうか判断する術をもたない人は、世の中に一定数いるんだよ。特に18歳未満の人は、本物を見て判断することもできないまま、「盗撮」「流出」「実録」と証する作品流通する様子だけを見ることになる。

だから、作っているものがもしも本当に「嘘」なら、どうか、誰もが嘘を嘘と見抜けるだけの材料を提供してほしいんだ。サスペンスにおける殺人フィクションであるのと同じくらいの確信を、エロコンテンツの中での非合法行為においても、得たいんだ。

たとえばアダルトコンテンツ制作や出演をを免許制にする。

メイキングインタビューパートを少し入れる。

必要があれば、「免許保持者によって作られたコンテンツである」ということを、公共の端末から照会できるようにする。

エロコンテンツがどう作られるかという話を、清濁併せて、未成年にも教える。

エロは隠されてばかりいる分野だからこそ、もっと、その実情を知りたい。

2008-05-26

http://anond.hatelabo.jp/20080526071117

カジュアル児童ポルノが手に入る状況だから規制論が出てくるんじゃ……?

児童ポルノ児童ポルノ言っているけど、ブルセラもの(死語)も児童ポルノ扱いなんだぞ

もう、当時高校生の10年以上も前に買ったブルセラもののエロ本実家押し入れに残っていたら逮捕だよ

外国だと明らかにマズイ小学生画像とかが児童ポルノだけど

日本だとなぜか18才未満はすべて児童ポルノ

裸晒したアホ女子高生人権とやらを守る必要があるとは思えない

俺みたいに当時から二次元にしか興味がなかったような奴以外は

所有したことあるだろ

少なくとも法施行前から所有していたものはOKとでもしないと大混乱だよ

警察が点数稼ぎに利用したら大変なことになるよ

アキバで十徳ナイフ持っているどころの騒ぎじゃない

2008-04-04

大往生?90年代を代表する批評家東浩紀が死去!

最近何かと批評界(半径50cm)を騒がせて絶好調の宇野常寛きゅん。

あずまんをdisってまた話題になるの巻。

ナンパ師”でも“ギャルゲーマー”でもない、第三の道を!

http://www.sbcr.jp/bisista/mail/art.asp?newsid=3305

あずまんとのラジオ対談で「お前宮台派だろ?」と詰め寄られた多弁だけが取り得の宇野きゅんは

何も言い返せずに「うわーん」と泣きながらその場から逃走したが、自分の家に帰ると勇気100倍!

軽快にタッチタイピングし「俺は宮台派でも東派でもないぜ!」とポジショニングの表明をした文章。

調子に乗ってブルセラエロゲーから批評界を奪い取ってやるぜと宣言しているんですがこれにあずまんが大激怒!

ちょっとひとこと。

http://www.hirokiazuma.com/archives/000390.html

あずまんの読者は思想恋愛欲求を解消しようとしているラブゾンビ!との宇野きゅんの的確な指摘に冷や汗たらたらのあずまん。

本心は「そのとおり!エロゲなんてやめてさっさと俺みたいに結婚しろ」なんて思っているのにそんなこと言うと

読者が離れて娘が餓死しちゃうから「俺の読者はそんなんじゃない!俺の読者は正しい!だから本買いつづけてね」と必死にセールス

しかし哀れあずまん・・・。宇野きゅんのトラップに見事ひっかかってしまっているのでした。

前記の宇野きゅんの文章をよーく見てみましょう。

僕のこの文章にカチンと来たそこのあなたは間違いなくラブゾンビだ。

もしくはそのゾンビどもの歓心を買いたい人だ。

ずぎゃーん!!

何ということでしょう。あずまんは自らがラブゾンビであることを認めてしまいました。痛たたたたた・・・。

ヒットポイント残りわずかのあずまん。ぼろぼろに弱ったところを颯爽と宇野きゅんがトドメを指すのかと思いきや若造らしい爪の甘さで

美味しいところは全部持っていかれてしまいました。ここぞとばかりに傷口に大きな蹴りを入れて絶命せしめたのは山形浩生さんでした。パチパチ。

かくして必死に延命を企てていた90年代ゾンビことあずまんはやっとここで息を引き取ったのでした。めでたしめでたし

次回予告

師匠の死を耳にして消息不明だったあの男が蘇える!?

次回「若手のホープは俺だ!復活!佐藤心

ご期待ください。

2008-03-13

http://anond.hatelabo.jp/20080313005459

90年代は概ねそんな感じだったと思うけど、それってやっぱり80年代の『写真時代』の流れを受け継いでるんだよね。

スーパー写真塾』なんて『写真時代』の一コーナーを独立させたものだったはず。みんな末井昭チルドレンだよ。

90年代だとリリー・フランキー根本敬浅草キッドあたりがコラム連載陣だったが、『写真時代』はアラーキー赤瀬川原平糸井重里という超強力なメンバーが連載を持っていた。アラーキー撮影のロリータヌードなんか掲載されてた。

盗撮も80年代からすでに始まっていた。本人の承諾なし+被写体未成年中心だから現代なら二重に犯罪だと思うが。

まあセクハラという概念もなかったし、11PMみたいな深夜放送だけじゃなく、ゴールデンタイムにも女の裸が出てきてほとんど問題にならなかった時代だから、日本全体でそういうモラル意識は低かったと思うね。

この時代の投稿雑誌に載ってた写真児ポ法の定義でいうと第二条第3項の三「衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの」に該当すると思う。

ブルセラブームやそれに便乗したU??15雑誌になると、第二条第3項の二「他人が児童の性器等を触る行為又は児童が他人の性器等を触る行為に係る児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの」に近いものが多くなった。でも、その手の雑誌はやっぱ当局の圧力があったのか、1年前後で消えた(『フィフティーン・クラブ』等)。第二条第3項の一「児童を相手方とする又は児童による性交又は性交類似行為に係る児童の姿態」はさすがに一般書店で買える投稿雑誌ロリコン誌でもタブーで完全にアングラのものだった。裏ビデオ通販広告なんかにはタイトルが出てたけど。

増田児ポ法施行直前に見たのはその手のビデオだろう。

児童ポルノ法以前の日本 3

http://anond.hatelabo.jp/20080312121901

前回の続き。

これらの雑誌女子高生(または女子高生風のモデル)を被写体にしていたわけだが、必ずしもロリコン向けというわけでもなかった。今でもそうなのかもしれないが、女子高生好きはロリコンカウントされていなかった記憶がある。「男は女子高生が好きなもの」というのはあからさまじゃなくても、暗黙の共通認識になっていたと思う。

こういう事情があったからか、これら雑誌にはブルセラショップ広告ブルセラビデオの内容紹介も普通に掲載されていた。ブルセラビデオの類は東京を中心とした少数のショップが販売拠点となっており、地方にはそこから通販される形であった。だからマニア向けの商品であることは間違いなかったが、雑誌に紹介ページがあったことで地方在住の高校生であった増田にも内容が把握できたのであった。

90年代エロ業界以外でも女子高生がやたらとフィーチャーされることが多かった。「コギャル」という言葉が生まれたのも90年代の半ばか。こうした世間の風潮との相乗効果もあって、投稿系雑誌ブルセラ女子高生エロスを強化する方向に進んでいった。

ちなみに1993年ウッチャンナンチャン南原清隆氏がテレビ番組ウンナン世界征服宣言」の企画で、女子高生Tバックアイドルユニットメロン組」をプロデュースしている(この番組ウッチャン女子高生デートクラブに行く企画もやってたと思う)。地上波テレビにTバック女子高生が出演できるくらいなので、エロ本業界は推して知るべしだ。でも具体的に言うと「Tフロント女子高生」みたいな雑誌もあったな。ただ、91年の樋口可南子宮沢りえを皮切りにヘアヌードが解禁されはじめた時期だったのにもかかわらず、女子高生ヘアヌードというのはあまり見た記憶がない。

最近でいう「着エロ」というジャンルの走りなんだろうが、女子高生ものにおけるこうした流れにロリコン向け雑誌も合流するケースもあった。増刊として「モデルは全員15歳以下!」と銘打って、際どい水着写真セミヌード、そしてヌードグラビアも掲載した雑誌が出されたこともあった。やはり盗撮コーナーもあった気がする。この時期にはコギャルよりもさらに低年齢の「マゴギャル」という言葉も生まれていた。ただ、これらの雑誌はさすがに際どすぎたためか、いずれも短命に終わっていたはず。

一方、女子高生中心の投稿系雑誌は「爽やかなお色気」のイメージがあったためか、トラバしてくれた人も指摘するようにコンビニの成人雑誌コーナーにも置かれていた。「日本ではコンビニで堂々と児童ポルノを販売している」なんて欧米に批判されることもあるが、このような事実をかんがみれば、その批判も故なきものではないと思う。

しかし、90年代後半にはブルセラ社会問題となり糾弾されショップが撤退しはじめた。さらに援助交際が問題視され、各都道府県青少年育成条例が厳格化されるようになってきた。国会でも児童ポルノ問題が語られ始めるようになる。

児童ポルノ法が成立・施行される前の議論の段階で、女子高生をフィーチャーした雑誌リニューアルを余儀なくされた。しかし、それは雑誌の売りをすべて捨ててしまうことと同義だった。

増田はその頃大学生で、エロ的欲求のはけ口を雑誌よりもAVに求めるようになっていたのに加え、編集者側の自主規制によって投稿系エロ雑誌の内容がヌルくなっていたので見なくなっていた。したがって、これら雑誌断末魔を知らない。しかし、児童ポルノ施行以前にこれら雑誌の命脈は尽きていたように思われる。

だいたい自分が語れるのはこれくらいのことだ。要は児童ポルノ法以前にはガチロリコン向けポルノでなくとも児ポ法の定義でいう「児童ポルノ」は広く流通していた、ということだ。未成年セミヌード未成年素人の盗撮映像などが全国の普通書店に出回ったりしていたわけで、今から考えるととんでもない時代だったと思う。かといって、ガチロリコン向けコンテンツを手に入れるハードルはそれなりに高かったわけで、児ポ法以前はロリコンにとって天国だった、とか、日本では児童ポルノが野放しだった、とか言われると、時代の生き証人、語り部としては「それはちょっと違うんじゃね?」と言いたくなる気持ちはある。もっとも、自分がモデルと同世代だったことでそれらを「ガチロリコン向け」と思わなかったということもあるかもしれない。現在価値観を持ったままタイムマシンに乗って90年代に戻れば「なんちゅうワイセツなもんが流通しとるんじゃ!」と思うかもしれないな。

以上、かなり不十分な叙述だと思うので批判・訂正・補完を大いに求めます。

最後に付け加えておくと、こうした投稿系雑誌(のコラム・コーナー)がリリー・フランキー才能見出したり、根本敬に活動の場を与えてきた功績はもっと讃えられてもいいと思う。リリーさん、当時から面白かったけど、こんな大作家になるとはなあ…

2008-03-12

児童ポルノ法以前の日本 2

http://anond.hatelabo.jp/20080312084355

けっこうブクマついてるね。

推敲してないから文章ごちゃごちゃですいません。

それから極私的記憶なのでブクマトラバで訂正や補完もお願いし増田

前回をまとめると

で、今回はそういうエロ本の話。時は90年代半ば。

そういうエロ本はいかにもエロスな感じの色っぽいお姉さんが表紙になったエロ本とは違って、制服姿の少女が表紙だったりして、一見爽やかな印象を与えるものだった。そうした雑誌はいくつかあって、それらにはAV女優プロモデルヌードはもちろんあったが、何よりも読者からの写真投稿コーナーが名物になっていた。雑誌名をいくつかあげれば「投稿写真」、「熱烈投稿」、「スーパー写真塾」、「アクションプレス」などなど。

どんな写真を投稿するかといえば、アイドル女子高生を始めとしたパンチラ被写体素人の場合、盗撮の場合もあれば、ナンパして合意の上で撮影する場合もあった)、アイドルの登下校の姿を盗撮、街で見かけた美少女勝手に撮影(そういえば目線などは入れてなかったなあ)、女子中高生の体育時の様子を盗撮などなど。ちなみに当時、体操服はブルマが基本だった。体育の盗撮写真の雰囲気を味わいたければ、ttp://blue.kakiko.com/bloom/p1.htmlなど見てくれ。風呂盗撮とかもっと過激なのもあった気がするが、記憶が定かではない。

ともかく、ことほど左様に女子高生がもてはやされていた時代があったのである(今も?)。

なおかつ、上記のような行為は現在感覚では、被写体が低年齢であることやプライバシーの侵害など許しがたい犯罪だとされるだろうが、当時としてはむしろ「爽やかなお色気」のノリだったのである。それより成人したAV女優の絡みの写真の方が不潔なように見られていた、と個人的には思う。現在価値観過去を裁いてはならないというのはこのことだ。ほんの10数年前なんだが。

これらと平行する形で本格的ロリコンのための雑誌(こちらはグラビアよりもむしろ小説や読者体験談が中心だった気がするな)も全国的に流通していたのだが、これら投稿系の雑誌被写体に女子中高生が多かったわりに必ずしもロリコン向けというわけでもなかったと思う。

しかし、これら投稿系雑誌における制服に対するフェティシズム90年代半ばまでに台頭してきたブルセラブームと極めて相性がよかったと言えるだろう。

(まだ続く)

児童ポルノ法以前の日本(注意:じゃっかん性的な描写あり)

児童ポルノ施行以前に販売されていた、児童ポルノが掲載されていたエロ本はもう古本屋でも手に入らない。

今後、単純所持も禁止となると、後世に日本性風俗史(少なくともその一部)を復元する際、もう史料関係者記憶くらいしかないんだなあ。いくらオーラル・ヒストリーが注目され始めているとはいえ、何か残念な気がする。しかし、児童ポルノ存在そのものが児童虐待であるという理屈には反対できない(二次元作品はまた別の話だが)。

さて私増田、実は1999年10月末ごろに大阪日本橋大阪電気街)に用事で行ったことがある。当時は児童ポルノ施行前夜で、ビデオショップは一斉に最後の勝負に出ていた。増田好奇心から立ち寄ってみたが、「児童ポルノってこんなにあったのか!?」という感じだった。

当時も当然、無修正のものは違法だったので局部修正はしてあったのだろうが、ビデ倫などの審査は通してなかっただろうと思う。

内容は(購入していないのでパッケージから想像するに)、日本人東南アジア少女が裸で戯れるイメージビデオのような比較的ソフトなものから、ローティーンSMもの、裏ビデオモザイクを施して合法(?)ビデオにしたものまで色々あった。当時は大手メーカーアダルトDVDがちょぼちょぼ出始めたころで、こういった児童ポルノは全部VHSだった。ちなみにDVDプレイヤーは普及モデルで3万くらいした。

児ポ法以前とはいえ、撮影者は児童福祉法違反には問われなかったんだろうか。販売も合法だったはずだが、さすがに普通レンタルショップにはなかった。「ビデオ安売り王」(当時はどこでも見かけた)のようなセルショップでもたぶん置いてなかったんじゃないかな?しかし、あるところにはあったんだろう。

もっとも、これより少し前にはブルセラビデオが隆盛だった。こちらは99年ごろにはすでに社会問題になっていて、制作・販売していたブルセラショップが古物法違反(これも苦肉の策。その後各地の青少年条例にブルセラ禁止の内容が盛り込まれた)を適用されて、撤退・転戦を余儀なくされていたはず。

ブルセラビデオが出回ったころ、増田は地方の中学高校生だったので入手できなかったが、内容が紹介されていたエロ本から情報総合すると、男性とのからみはなく、女子高生制服体操服姿から下着姿、ヌードになり、特殊なところではオナニーや放尿する模様を撮影するものだったらしい。

このように、児童ポルノ法以前も、もろマニア向け児童ポルノを購入するのはけっこうハードルが高かったように思われる。ただ、前述したように一般に流通するエロ本のなかに児童ポルノコンテンツ普通に掲載されていることはあった。

(この項つづく)

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