はてなキーワード: 陰謀史観とは
しないんだろうか?
ロシアによるウクライナへの侵略行為をプーチンの異常っぽい歴史観に求める話がたくさん回ってきたけど、プーチンなりロシアの大多数の歴史観なりにだけ今回の侵略行為の原因求めるのあんまよくない気がする。
個人的には新型コロナウイルスの起源を巡る下手糞な認知戦もどきをアメリカがやってしまったことが、プーチンなりその他の指導者なりの被害妄想や陰謀史観的なものを煽り立てたんじゃないかという気がしていて、これが正しいとすると今回のウクライナ侵略もコロナ禍の一つと言えるのかなと思った。
(コロナウイルス人造説については2020年3月の時点で学術的にはほぼ否定されてた。参考:https://www.nature.com/articles/s41591-020-0820-9)
あとアメリカで新型コロナ研究所起源説が流行った時に、今ロシアの認知戦について呟いてたりする専門家も引っかかったり引っかかりかけたりしてたので、国際政治の専門家相手に国際政治領域以外で認知戦やるのかなり効果的そう。
清志郎は、日本ロック史に刻まれる稀有な才能の持ち主だったと思うが「カバーズ」等で披露したプロテストシンガーとしての側面は、生前から過大評価されていたように思う。
押しつけがましくない率直な言葉やユーモラスな隠喩を紡いで作ったラブソングや、他のソングライターが見逃してきた日常の一断面を切りとる視点こそが、彼の真骨頂であった。
それに比して反原発ソングは直接的な表現が多く、かつ国家権力や巨大組織によって庶民が騙されているという
有りがちなサヨク的なものであって、あまり清志郎ならではのオリジナリティの感じられるものではなかった。
“たくみな言葉で一般庶民をだまそうとしてもほんの少しバレてる、その黒い腹(中略)だまされちゃいけねぇ ”※ラブミーテンダー
“原子力は要らねえ 危ねえ 欲しくない”※サマータイムブルース
「髪の毛が抜ける」「汚染地域の牛乳は危険」といった、過度に不安を煽り立てる歌詞は、チェルノブイリ住民に対する配慮は微塵も感じられず
国内での事故で同様の表現で歌を作っていたら風評被害を巻き起こしていたたろうと想定される。
カバーズの歌詞は、今ではその多くが科学的根拠を欠いた陰謀史観で作られたものとしてされている広瀬隆の著作の影響が強かったとされる。
もし清志郎が生きていたら、311以後日本を席巻した、怪しげな反原発運動に加担した可能性は否定できない。
http://anond.hatelabo.jp/20140211042328
http://anond.hatelabo.jp/20140212015607
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都知事選終わったのを機に、上二つのネトウヨ批判の記事を執筆してみたんだけど
どうにも相手とする人々の知能指数が低すぎて、これを書いている私まで病んできそうになる。
それに、水島氏批判なんかは、実のところ、ネトウヨ支援にひとしいわけだから
そういう敵に塩を送るような真似はしないほうがいいんじゃないのか、という気もしてきた。
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本当の敵は「チャンネル桜」でも田母神でも水島でも竹田でもKAZUYAでもなくて、
経済的「不安」をかかえた所得中間層にはびこる排外主義の雰囲気だと思っている。
実際にデモにいったり政治的主張を声高に叫んだりはしないけれども、
自分を不安にさせる経済的要素を、中国・韓国に投影して、みずからを慰めようとしている
そんな人たちは、少なからずいるんじゃないのかと思う。
日本列島に渦巻く「不安」の雰囲気を男性的な力によって脱却したいと彼らは望んでいる。
その男性的な力を表現しているのが軍人あがりの「田母神」という"シンボル"なのだろう。
でも経済的不安をそうした「男性的な力」をもって脱却しようとすることはハッキリ言えば不可能だ。
サヨク側が、ここに戦前の姿を見出すのもじつは所以なきことではなくて、こういう愚かな潮流こそが敗戦の原因であったからである。
実際そうなのであって、そのイデオロギーをまともに受け取ろうとすると馬鹿馬鹿しい作業をしなければならない。
そもそも彼らが現代の日本の政治状況が「中国派VSアメリカ派」であって、自分たちが「日本派」と呼んでいる、っていうことは、
単純な陰謀史観にすぎないわけであって、こうした認識は、あの杜撰な田母神論文に由来している。
こんな不出来なシロモノは、世が世ならキ印の烙印押されて、それで終わりというものだ。
しかし、必ずしもそうなっていないところに日本の不幸があるのだ、と言ってもよいだろう。
マトモな学者はたいてい彼らを相手にしてないでしょ?
カルトの言ってることをマトモに批判したって、カルト信者は何も意見を変えないでしょ?
私がやってるのはそういう不毛な作業なんだな、と実感したわけである。
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私がさきほど右傾化の原因として挙げたのが経済的不安である、と述べた。
他にも核家族化・超高齢化社会・少子化etcを挙げることも出来るが、そうした内政における生活上の根本的問題への不安感が、右傾化という形で顕在化しているのだと思っている。
話を、経済的不安に戻すと、それでは日本はこれから健全な資本主義を保っていくことは出来るのだろうか? 資本主義成立に必要不可欠な経済成長の可能性を日本はもっているのだろうか?
残念ながら、その可能性は持っていない、と言わざるを得ない。この議論は煩雑になるので一気に省略して、この結論が正しいものだとしておこう。
じゃあ、どうすればいいのだろうか?
経済成長を断念することだ。
日本国に住むすべての人びとが幸福であることを第一としなければならない、と私は考える。
たとえ国力が弱まろうとも、それは仕方のないことなのだ。
僕も今度はあなたの言わんとしていることがいまいちピンと来ない。具体的な事例を挙げながら書いてくれると助かる。とはいえ、こちら側の主張をもう少し書いておく。
歴史家のヘイドン・ホワイトによれば、歴史というのは何らかの教訓なしには語り得ない。ただ起きたことを時系列的に書き起こしたところで、それは歴史にはならない。歴史を語った時点で、どうしても何らかの教訓が引き出されてしまう。その意味では、たしかに歴史修正主義の人たちも、歴史から何らかの教訓を引き出そうとしているのだろう。しかし、問題は、そこで引き出される教訓の質が低いことにある。そうした態度から出てくるのは、それこそ「仕方がなかった」という諦観か、「騙された」という恨みつらみ、あるいはプロパガンダ合戦に負けないようにしようという水準のものでしかない。
たとえば、某田母神さんが好きなコミンテルン陰謀史観。これは保守層にはそれなりに浸透していて、要するに「日本が泥沼の戦争に突入したのはコミンテルンの陰謀のせいだ」という話。もちろん、陰謀自体はつねに存在しうるわけだが、それによって日本が一方的に戦争に引きずり込まれたというのは、責任主体としての日本政府の責任を免ずるような効果を持つ。「戦争は日本のせいではない→したがって、戦前の日本の国家のあり方を反省するどころか、というかそれを取り戻すべき」みたいな思考の流れになる。そうなると、戦前日本においてまともな政策論争を不可能にしてしまうような言説構造がいかに生まれたのか、「空気」に支配されがちな世論と外交とをいかに関係づけるべきか、といった問いを考える契機も失われてしまう。
虐殺や人権抑圧に関しても同様。歴史認識問題に深入りすることは避けるが、僕はやはり南京虐殺にせよ従軍慰安婦にせよ日本側に大きな問題があったと考える。虐殺の規模や狭義の強制があったかどうかといった問題は措くとしても、「虐殺は存在しなかった」「慰安婦は売春婦に過ぎなかった」という主張からは、国際的なプロパガンダ合戦に今度は負けないようにしよう、ぐらいの発想しか出てこない。言い方を変えれば、修正主義的な思考では、当時の日本の社会や軍隊そのものについて考えるというよりも、「歴史の語り方」の部分に思考が集中してしまう。その挙句の果てが、NY州の議員に稚拙なコピーメールを大量に送りつけてかえって怒りをかってしまうという状況なんだろう。事実を事実として認めてようやく、それでは中国戦線において軍規が乱れてしまった原因は何か、兵員の管理に問題は無かったか、戦場での兵士の性をいかに考えるべきか、という問いが生まれてくる。
もちろん、歴史を考えるうえで、日本を一方的な悪役にする必要は必ずしもない。日本側の主張にも正当な部分はあったとは思う。しかし、結果としてアジアへの侵略をずるずると拡大し、無謀な戦争に突入してしまったということは大前提として踏まえておくべきだろう。
あと、「改憲したい人=反省してない人」なんて言っていない。一番最初の書き込みに「いまの改憲派の少なからぬ人たちが歴史修正主義的な価値観を持っているように見える」とは書いたが、全員そうだとは言ってないでしょ?改憲派であっても、歴史をきちんと学んでいる人はいる。ただ、そういう人たちの声があまり聞こえてこず、改憲論と歴史修正主義とがセットであるかのように同一の論者によって語られる場合が多いのが怖いということ。
以上。
例え君がロリコンで右翼で独裁政治、歴史改ざん主義、陰謀史観、そして悪魔崇拝主義を信望していようとそれを咎めることはない。
俺自身はロリコンではない(別にロリコンでも恥ずかしいとは思わないが)ことをちゃんと書いてるし
意見が合わない・気に入らない相手をそのテンプレートセットに押し込んで悪魔化する癖が付いてるのだけはよくわかる。
だがそれを路上で大声で叫ぶ自由はない。
自由を履き違えるな
そもそも「路上で叫ぶ」なんて話は俺も俺より前の人達もしていないし、
そいつが逮捕されるとすれば秩序紊乱や迷惑行為に関してであって
性嗜好の内容を取り締まられるわけではない。
辞書を引いた結果の所感をちゃんと報告してくれ。
http://anond.hatelabo.jp/20080425143831
いんぼう【陰謀】ひそかに計画する、よくないくわだて。
(以上、大辞林)
陰謀論(いんぼうろん、conspiracy theory)または陰謀説(いんぼうせつ)とは、
1. 歴史上の出来事は、ある個人・団体の陰謀、策謀に基づき生じた
2. ある個人・団体の活動に、目的や内容が隠蔽されている活動がある
とする考え、もしくは考え方である。陰謀論に基づいて世界史を解釈することを、陰謀史観と呼ぶ。
(以上、Wikipedia)
陰謀があることを否定はしない。でも、「政府の公式発表はみんなウソで、実は奴等が企てたんだ」と考えてるのは単なる馬鹿だろ。