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2023-06-29

アニメU149のお話が残念すぎた

アイドルマスターシンデレラガールズU149のアニメ最終回を見終わった。

小さい個性的アイドルたちが活き活きと動き様々な表情を見せてくれて、とても丁寧に力を入れて作られてるなと感じた。

美麗な作画も、声優さんの演技も、新曲の数々も、ライブシーンも、素晴らしいものだった。

それだけに、お話の酷さですべてが台無しになってしまってるのが残念すぎた。

課長から会長に至るまでの大人の設定・言動が酷すぎる。

リアリティがない、薄っぺらい、一貫性がない、古典的不快陳腐、総じて雑。

設定に説得力がないので、障害を乗り越えたカタルシスもない。

せっかく最終回で素晴らしいライブシーンがあったのに、最後にポッと出た会長適当セリフが気になってまるで集中できなかった。

現実世界で、勝手自分のやりたいことを押し付け会長みたいな人間や、仕事押し付けたくせに責任逃れをする部長みたいな人間存在することはわかる。

でもそれこのアニメストーリー必要か?

本当にそれを描写して乗り越えることが、このアニメストーリー面白くすると思ったのか?

最終回会長が、子供を閉じ込めて守ろうとする云々のセリフを言ってたが、部長たちの誰が子供やPを守ろうとしてた?

そういう設定のつもりだったら、パワハラじみたセリフまわしじゃなくて、しかるべき言動をするだろう?

現実世界でそんなことはないって?

からそれでストーリー面白くなるのか?

レアニの美城常務は後半の対立役だったが、あちらはきちんと目指すビジョンを掲げていた。

結果として異なるビジョンを掲げるシンデレラプロジェクトとぶつかったけど、言動バックグラウンド一貫性があった。

U149原案漫画では、真っ当な大人子供子供扱いせず、プロアイドルにふさわしい試練を与えて乗り越えるという地に足のついた前向きな話だ。

大人言動基本的に前向きで、一貫性があり、筋が通ってる。

それなのにアニメでは、いい加減な大人曖昧理由子供たちの障害になるという、リアリティの薄い後ろ向きな設定にされてしまってる。

原作じゃなくて原案から違う設定なのは別にいいんだけど、まるで説得力がなく、お話面白さにまったく寄与していない。

独自説得力ある設定が作れないなら、原案本質である世界観の筋は通してほしかった。

お話を作った人たちはちゃん原案を読み直して、陳腐な嫌われ役を用意しなくても面白ストーリーが作れることを理解してほしいです。

2021-11-30

表現にうるさい人はフェミニストじゃなくて喪女だとなんどいったら

kagecage 逆にミソジニーかつやり捨てるタイプ高収入男が手練れの女に屈服させられる奴はすごく楽しかったので、ファンタジーとしてなら全然流行ると思う。/まぁ実際のフェミは性に奔放な人間のが多かったりするけども。

iiko_1115 美城常務薄い本織田non支部に上げてるが…結局クリムゾンなのでは…

udukishin 某有名同人漫画家さんがそういうジャンルを描いてるね。ちなみにその方自身女性のためか作品自体女性読者の受けがいいらしい。内容が内容だから最初にそのことを聞いたときはびっくりしたもんだ。

2020-12-18

anond:20201218203049

横やがワイ的にはデレアニの美城常務完璧にハマり役だと思うやで

2019-11-24

デレマスを想定して会計ソフトの初期設定したら悲しくなった話(デレ

3次元事務所選考が通ったとき、ふと妄想していた話を書き殴る

推敲は後日行うので、誤記載があったら謝罪したい。

アニメゲーム話を現実に持ってくるべきことではないし、辛い現実の話を仮定した話であることをお断り謝罪をしたい。

さて、アイドル管理をする上で

セグメント別の予実管理は通常されるものと考えられる(想定ソフト弥生Proクラス)

となると、P/L仕訳を切る際には切り口が複数あることになる

(科目/補助科目/部門)

(例)会議費/渋谷凛/ユニット名(or個人名)

または

(例)会議費/ユニット名/渋谷凛(=個人名)

拠点複数あれば

(例)会議費/ユニット名/事務所拠点

他の業種もやっていれば

(例)会議費/事務所or拠点別/セグメント名

など複数の想定ができる

アイドル事務所個人成績とユニット別に予実管理を行うとすると

1番初めに提示した手段妥当であり

弥生検索機能仕訳を絞るとなると

総勘定元帳個人名で絞り

内訳は補助科目で絞るような方法妥当と考える

仕訳

(例)売上高/Triad Primus/渋谷凛

(例)売上高/渋谷凛/渋谷凛

狂気を伴う仕訳になることが理解いただけただろうか。

この計上を行うと、エクセル仕訳データ抽出した際に、ピポットテーブルで補助科目と部門で絞り込みを行うと、簡単に成績表のグラフを作ることができるということも理解頂けると思う。

共通費に関しては、

(例)交際費/共通/共通

のような仕訳を切り、任意方法にて配賦することを推奨する(プロデューサー担当してる人数別、売上別など)

これで、勘定科目と補助科目、部門の初期設定は完了となる

さて、この方法は明確にP/L責任所在を明らかにするデータを取得できる。

プロデューサーの経費は、管理してる人に応じて配賦し各アイドル普段からコストがかかることを認識させ

管理しているプロデューサー(=営業)の能力が強く問われることになると思われる

となると、毎年行われている人気投票は、プロデューサーにとっては死活問題であり、売上向上をすべくSSRプレミアを作り出し

センターに押し出すべく、周りに布教活動をすることに。

そこで、最後に使える手段プロデューサー引退するか、自らガチャを回す自爆営業帰結することになる

話は変わるが

おそらく、アニメ美城常務

利益が発生していない某氏アイドル名別の損益計算書を見てあの話が出てきたのではないのかと思う。

売上が立たず、配賦分やレッスン費用などがただ、計上されている様子かと想定できる。

アニメであっても、事業撤退や縁のあった会社倒産経験している身としては想定されるP/L既視感があり

アイドル最後の肩叩き一歩手前だったのではないかと率直に感じた。

まり美城常務は責めてほしくない

役員として、あの場面をどうにかしないと経営責任問題が生じていたと同情している(大きい会社だと株主から相当叩かれるはずだ)

歌詞に「夢は夢で終われない!」

とあるが、これは夢で終わってほしい。

2017-09-15

デレマス2期の途中まで見終わったんだけどさ

美城常務ってあれだよね。

J2J3廃止してJ1に優秀な選手集めればよくない?

って言っちゃう人だよね。

今の日本企業もそうだけど、下部の育成を無視して短期的な結果だけに執着している組織はいつか必ず滅ぶと思うんだよ。

彼女たちの意思蔑ろにされている現状を見てたらなんかイライラしてきたから書いた。

結論:みくりーなは正義

2016-07-01

モバマスの現状が嫌い(手直し)

http://anond.hatelabo.jp/20160701172732

読みにくかったか勝手に整形させてもらったよ。

アニメが終了して半年以上になり、モバマス自分にとってとてもくだらないコンテンツに成り下がった。

なので個人的に嫌いな部分をあげたいと思う。

意識の高いプロデューサーの方々は「そう思うなら~」のコラ画像でも想像してくれればよろしいかと。

アイドルの扱いの格差

これは765やミリオンにも少なから存在する。

しかしながらCDライブと言った重要な部分に関しては平等である

ところがモバマスCDライブを行うために必須とも言える声優が当てられているアイドルが半分にも満たないのである

さらに言えばその声付き全員がそれらに恵まれたかと言うとそうではない。

もっといえばカードコレクション系のソシャゲ本体でありその中ですら適当な扱いを受けるアイドル大勢いるのである

数ヶ月ごとにSRとして出番をもらうアイドルと年に一回R、よくて強くないSRとして処理されるアイドルが同居している、そんな世界

ただしこの現状は「しょうがない」で終わってしまものでもある。

人気のあるキャラクターを軸に展開するのはコンテンツとして企業として正しいあり方なのだから

アイドル声優を付けたり、出てくるカードが全アイドル平等になりすべて強いSRにしたところで利益がでるどころか返ってマイナスになりかねない。

ぶっちゃけこのコンテンツが生まれた時点でのやむをえない欠陥といってもいいだろう。

運営による贔屓

人気=待遇=出番が基本のコンテンツであるが人気はないにも関わらず出番が増えていくアイドルが一部いる。

その代表として「本田未央」について言及したい。

一応言っておくと別に本田未央」が嫌いと言う訳ではない。

ただひたすら「本田未央」の運営の扱い方が嫌いなだけである

本田未央は他のアイドルとは違いやや特別立場で生まれた。

現在モバマスの顔ともいえるニュージェネレーションズ、NGメンバーの一人としてデザインされている。

ところが運営の予想と反して、渋谷凜島村卯月がある程度の人気を確保した中、本田未央総選挙で2回連続圏外となってしまった。

さらにはデレラジがスタートし、メンバー渋谷凜島村卯月・・・そして城ヶ崎美嘉だった。

NGいかと思いきやまさかの除外である

その後CD3弾で曲を手に入れたが「ちゃんみおは不憫」

そんな空気を纏ったままあの運命の第三回総選挙である

NG総踏みでの月末ガチャ

20位~30位、少なくとも50位内はいけるだろうという予想がプロデューサー間であった。

結果はなんと総合5位。

圏外からこの順位は今も昔も本田未央のみである

多くのプロデューサー賞賛をあげる中、この順位に納得できない者もいた。

なぜならあまりにも順位が上がりすぎたから。

他のガチャによる恩恵順位が上がったアイドル比較すると

赤城みりあ 第1回圏外 → 第2回37位
フレデリカ 第1、2回圏外 → 第3回40位
及川雫   第2回圏外(中間49位) → 第3回19位(第1回23位)
島村卯月  第1、2回29位 → 第3回4位
本田未央  第1、2回圏外 → 第3回5位

確かにガチャによる順位の大きな向上は見受けられるが伸び幅があまりにも桁外れ。

NG揃っての月末だから未央にも入れたプロデューサーが今まで以上に多かったのかもしれないが・・・真相は闇の中である

なお、この後の本田未央を含めNG3人は必ず総選挙上位者になるようになり、アニメや外部展開によって本田未央の人気は本物になっていった。

しかし、この贔屓の裏では安定した人気を持っていたにも関わらず恵まれないアイドルがいることを忘れてはならないだろう。

それなのに総選挙すべて圏外のアイドルの抜擢をするのは理解に苦しむところである

しかも声付けただけでその他展開がない&遅いでは声が付いたアイドル立場もない。

そういうのは優先すべきアイドルが終わってからにすべきだろうと思う。

余談だが第4回総選挙期間でのボイスなし3人の月末ガチャという運営の声を付けたいアイドル押しは本当にドン引きだった。

アニメの出来と影響

モバマスアニメはとても影響力があったと思う。

それは765アニメ放送終了後、アニマス風の絵が増えたことを見ればなんとなくわかるだろう。

ただし出来に関しては2期が酷かった。

1期の時点、特に1話での期待感は素晴らしいものだった。

途中の本田未央の「私、アイドルやめる!」問題物語として十分考えられる、内面を描いたストリーの起伏として楽しめていた。

ところが2期では美城常務の登場により1期での積み重ねの崩壊

さらに内部の人間ライバルとして描こうとしているはずが敵にしか見えないという状態に。

ポエム合戦とも言われる掛け合いもあり、もはや美城常務評価点はユニットを組んだ事とも言われるありさまである。(これに関しては賛否が激しい)

また、渋谷凜のTPへの葛藤島村卯月の一人で勝手に落ち込んでいくのには共感や涙どころではない。(しかも泣きの演技力の低さ)

765のアニメでも谷間となる部分はあるが、これは谷間が長く続く。

暗く雨が降っている場面ばかりで、しかもそれはアイドルとしての問題のせいではなく、ほぼすべて美城常務のせいなのだからアイドルアニメ物語として入り込む事ができないのである

もっと追求するならば、これは「皆が主役」と謳っていたはずだが・・・

武内Pについては「オタクが喜びそうな寡黙だけど優しい不器用イケメンとまでいかないキャラ」と当時17歳の声優という話題性マッチしてでた人気だったと思う。結局は二次創作の肥やしになった程度の存在だろうか。

そしてアニメ終了後の影響だが、まず「プロデューサーという名の百合豚」が増えたことがもっとも顕著だろう。これに関しては下記項目と合わせて執筆したい。

百合花園と化したモバマスプロデューサー崩壊

ざっくり説明すると「プロデューサー存在が薄れ、アイドル同士の絡みが中心になってしまった」という状態モバマスは陥っている。

アニメ終了後の、「新田アナスタシア」のコンビがその代表とも言えるだろう。

その他にも出たカップリングTwitterpixivといった媒体百合百合しいイラストとともに蔓延していったのだ。

さらにその後、デレステが登場し今度は公式からそういった百合要素がプロデューサー存在と引き換えに分泌され始めた。

このような積み重ねの結果、「運営というプロデューサーによる百合営業を眺める」コンテンツになろうとしているのである

それはもうプロデューサーではなく百合豚のためのものである

さらに面倒な事に、「運営のやることが一番!文句があるならやめろ!」というプロデューサーもどきもかなりいるものから性質が悪い。

彼らが守りたいのは「アイドルマスター」なのか「自分達の遊び場」なのかはわからない。

モバマスに限らずだが、大規模な美少女ゲームにおけるユーザーの核には「○○好きな自分が好き、もっと自分を見て触れて構って」というのがある。

(皆が皆そのような人間だとは言えないけど)

ようはSNSとして美少女ゲームは絶大な力を持っているといえる。

なにせアイデンティティ他人と付き合うためのセールスポイント美少女ゲームに委ねているのだから周りにあわせざるをえない・・・

それが大勢いるのだから上記のような性質の悪い人間がでてくるのだろうと思う。

最後

以上が自分モバマスがくだらなくなった理由である

自分が「プロデューサー」という存在であることを感じなくなっていたのだ。

まあこの記事を見た方にはバカが癇癪を起こして自棄になっていると思ってもらうほうがあっているだろうか。

デレマスプロデューサーを名乗る皆様、どうか自分の持っている「今まで持ってきたアイドルプロデューサー関係像」を大切にして欲しい。

自分がその世界にいなくなった時、多分あなたは「プロデューサー」ではなくなるのだから

モバマスの現状が嫌い

アニメが終了して半年以上になり、モバマス

自分にとってとてもくだらないコンテンツ

成り下がった。なので個人的に嫌いな部分を

あげたいと思う。意識の高いプロデューサー

方々は「そう思うなら~」のコラ画像でも

想像してくれればよろしいかと。

アイドルの扱いの格差

これは765やミリオンにも少なから存在する。

しかしながらCDライブと言った重要な部分に

関しては平等である

ところがモバマスCDライブを行うために必須とも

言える声優が当てられているアイドルが半分にも

満たないのであるさらに言えばその声付き全員がそれらに

まれたかと言うとそうではない。

もっといえばカードコレクション系のソシャゲ本体であり

その中ですら適当な扱いを受けるアイドル大勢いるのである

数ヶ月ごとにSRとして出番をもらうアイドルと年に一回R、よくて

強くないSRとして処理されるアイドルが同居している、そんな世界

ただしこの現状は「しょうがない」で終わってしまものでもある。

人気のあるキャラクターを軸に展開するのはコンテンツとして企業として

正しいあり方なのだから。全アイドル声優を付けたり、出てくるカード

アイドル平等になりすべて強いSRにしたところで利益がでるどころか

返ってマイナスになりかねない。

ぶっちゃけこのコンテンツが生まれた時点でのやむおえない

欠陥といってもいいだろう。

運営による贔屓

人気=待遇=出番が基本のコンテンツである

人気はないにも関わらず出番が増えていくアイドルが一部いる。

その代表として「本田未央」について言及したい。

一応言っておくと別に本田未央」が嫌いと言う訳ではない。

ただひたすら「本田未央」の運営の扱い方が嫌いなだけである

本田未央は他のアイドルとは違いやや特別立場で生まれた。

現在モバマスの顔ともいえるニュージェネレーションズ、NG

メンバーの一人としてデザインされている。

ところが運営の予想と反して、渋谷凜島村卯月がある程度の

人気を確保した中、本田未央総選挙で2回連続圏外となってしまった。

さらにはデレラジがスタートし、メンバー渋谷凜島村卯月・・・

そして城ヶ崎美嘉だった。NGいかと思いきやまさかの除外である

その後CD3弾で曲を手に入れたが「ちゃんみおは不憫」

そんな空気を纏ったままあの運命の第三回総選挙である

NG総踏みでの月末ガチャ20位~30位、少なくとも

50位内はいけるだろうという予想がプロデューサー間であった。

結果はなんと総合5位。圏外からこの順位は今も昔も本田未央のみである

多くのプロデューサー賞賛をあげる中、この順位に納得できない者もいた。

なぜならあまりにも順位が上がりすぎたから。

他のガチャによる恩恵順位が上がったアイドル比較すると

赤城みりあ 第1回圏外 → 第2回37位

フレデリカ 第1、2回圏外 → 第3回40位

及川雫   第2回圏外(中間49位) → 第3回19位(第1回23位)

島村卯月  第1、2回29位 → 第3回4位

本田未央  第1、2回圏外 → 第3回5位

確かにガチャによる順位の大きな向上は見受けられるが

伸び幅があまりにも桁外れ。NG揃っての月末

から未央にも入れたプロデューサーが今まで以上に

多かったのかもしれないが・・・真相は闇の中である

なお、この後の本田未央を含めNG3人は必ず総選挙上位者

になるようになり、アニメや外部展開によって

本田未央の人気は本物になっていった。

しかし、この贔屓の裏では安定した人気を持っていたにも

関わらず恵まれないアイドルがいることを忘れてはならないだろう。

それなのに総選挙すべて圏外のアイドルの抜擢をするのは

理解に苦しむところであるしかも声付けただけでその他展開がない&遅い

では声が付いたアイドル立場もない。

そういうのは優先すべきアイドルが終わってからにすべきだろうと思う。

余談だが第4回総選挙期間でのボイスなし3人の月末ガチャ

という運営の声を付けたいアイドル押しは本当にドン引きだった。

アニメの出来と影響

モバマスアニメはとても影響力があったと思う。

それは765アニメ放送終了後、アニマス風の絵が

増えたことを見ればなんとなくわかるだろう。

ただし出来に関しては2期が酷かった。

1期の時点、特に1話での期待感は素晴らしいものだった。

途中の本田未央の「私、アイドルやめる!」問題

物語として十分考えられる、内面を描いたストリー

起伏として楽しめていた。

ところが2期では美城常務の登場により1期での積み重ねの

崩壊さらに内部の人間ライバルとして描こうとしているはずが

敵にしか見えないという状態に。ポエム合戦とも言われる掛け合いも

あり、もはや美城常務評価点はユニットを組んだ事とも言われる

ありさまである。(これに関しては賛否が激しい)

また、渋谷凜のTPへの葛藤島村卯月の一人で勝手に落ち込んでいく

のには共感や涙どころではない。(しかも泣きの演技力の低さ)

765のアニメでも谷間となる部分はあるが、これは谷間が長く

続く。暗く雨が降っている場面ばかりで、しかもそれは

アイドルとしての問題のせいではなく、ほぼすべて美城常務のせい

なのだからアイドルアニメ物語として入り込む事が

できないのである

もっと追求するならば、これは「皆が主役」と謳っていたはずだが・・・

武内Pについては「オタクが喜びそうな寡黙だけど優しい

不器用イケメンとまでいかないキャラ」と当時17歳の声優

という話題性マッチしてでた人気だったと思う。

結局は二次創作の肥やしになった程度の存在だろうか。

そしてアニメ終了後の影響だが、まず「プロデューサーという名の

百合豚」が増えたことがもっとも顕著だろう。これに関しては

下記項目と合わせて執筆したい。

百合花園と化したモバマスプロデューサー崩壊

ざっくり説明すると「プロデューサー存在が薄れ、アイドル同士

の絡みが中心になってしまった」という状態モバマスは陥っている。

アニメ終了後の、「新田アナスタシア」のコンビがその代表とも

言えるだろう。その他にも出たカップリング

Twitterpixivといった媒体百合百合しいイラストとともに

蔓延していったのだ。

さらにその後、デレステが登場し今度は公式からそういった百合要素が

プロデューサー存在と引き換えに分泌され始めた。このような

積み重ねの結果、「運営というプロデューサーによる百合営業を眺める」

コンテンツになろうとしているのである。それはもうプロデューサーではなく

百合豚のためのものである

さらに面倒な事に、「運営のやることが一番!文句があるならやめろ!」という

プロデューサーもどきもかなりいるものから性質が悪い。彼らが

守りたいのは「アイドルマスター」なのか「自分達の遊び場」なのかはわからない。

モバマスに限らずだが、大規模な美少女ゲームにおけるユーザーの核には

「○○好きな自分が好き、もっと自分を見て触れて構って」というのがある。

(皆が皆そのような人間だとは言えないけど)

ようはSNSとして美少女ゲームは絶大な力を持っているといえる。

なにせアイデンティティ他人と付き合うためのセールスポイント

美少女ゲームに委ねているのだから周りにあわせざる終えない・・・それが

大勢いるのだから上記のような性質の悪い人間がでてくるのだろうと思う。

最後

以上が自分モバマスがくだらなくなった理由である

自分が「プロデューサー」という存在であることを感じなくなっていたのだ。

まあこの記事を見た方にはバカが癇癪を起こして自棄に

なっていると思ってもらうほうがあっているだろうか。

デレマスプロデューサーを名乗る皆様、どうか自分の持っている

「今まで持ってきたアイドルプロデューサー関係像」を大切にして欲しい。

自分がその世界にいなくなった時、多分あなたは「プロデューサー

ではなくなるのだから

2016-01-19

アニメ版アイドルマスターシンデレラガールズ2期 ≒ 現在SMAP

346プロダクション美城常務 ≒ ジャニーズ事務所メリー喜多川

美城常務会長の娘、つまりこの常務同族

シンデレラプロジェクトSMAP

シンデレラプロジェクト美城常務の考えているアイドル像とは全く違うやり方である

(リテラソースとなってしまうが、どうやらSMAPメリー喜多川の考えているアイドル像とは違うものらしい)

主人公武内P)は美城常務アイドル像の方針に合わないことから追い込まれ

(今回の飯島マネもメリー喜多川方針とは異なるアイドル像でSMAPを売ってきた)

渋谷凛美城常務側が引き込む

中居デレマスゲームCMをした

2015-10-20

http://anond.hatelabo.jp/20151020110706

深夜テンションで書き上げた長ったらしいだけのポエムを読んでくださったようで、まずは感謝です。

感じ方は人ぞれぞれで良いのですが、こちらの書き方が良くなかったのもあり齟齬が生じている部分が有りまして、そこだけ訂正させて頂けたらとおもいます


そういう意味http://anond.hatelabo.jp/20151020032308

ただ必要なのはアイドルたちは凄いのだというコンセンサスのみ。

には全然共感できない

常務とPのポエムにも

あいつらはアイドルではないし凄くもない

ここで指しました「アイドルたち」は、「自分プロデュースしているアイドル」ひいては「アイマスというコンテンツ内においてアイドル活動をしているキャラクター」という意味しかありません。

また、「アイドルたちは凄いのだ」という言についても、「彼女たちは凄いアイドルだ」という意味だけではありません。

凄いというのは、もちろんtalentであったり、あるいはpossibilityやpotentialであったり、中々言語化出来ないのですが、もっと多義的ものに掛かります

最近のはやりの言葉でなら「尊い」とでも言うのでしょうか?

ですから、実際にアイドルとして凄いかどうかは不問なのです。

たとえFランアイドルであっても彼女は凄い。ファンが一人しかいなくても彼女は凄い。


どうしてそんなことが言えるのか。

アイマスからです。

アイマスは、アイドルプロデューサー物語です。

プロデューサーたる自分アイドル凄さを感じたら、まずはそれでよいのです。あとはその凄さを伝えること。それがプロデューサーお仕事

アイドルプロデューサーがどうやって歩いて行くか、畢竟、アイマスとはそういうものなのです。


アイドルモノとして見た時、やはりこれは異色なのでしょう。

ですから

あの身内で完結してる感じはアイドルっぽくない

というか全話にわたってあいつらはシンデレラではあってもアイドルという感じは全然しなかったな

というのは至極真っ当な意見だと思います。でも、ごめんなさい。これはアイマスなんです。

(これは本当に、そうとしか言いようがなくて、それは多分に私の力量不足なのだけど、いつかきちんと言語化出来るようになりたいものです。)


美城常務武内Pプロデュース方針の違いはこの「アイドル凄さ」をどこまで採択するかの違いと言えるかもしれません。

美城常務は目に見える凄さとしての能力の高さや、カリスマ性・スター性のような概念的でこそあれ分かりやす凄さを求めました。

それに対して武内Pは、そもそも実在するかわからなくても、自分が感じた凄さを信じるプロデュースしました。

だって可能性感じたんだ。そうだ、ススメ!」その根拠は?「笑顔です」

アイマス的な王道武内Pです。ですが、このアニメ常務の考えも否定しませんでした。

武内Pに見えなかったが常務には見えてる星がある。あるいはその逆も。


常務的な考え方でもって「アイドルたちの凄さ」に共感できなかった人間もいれば、武内P的な視点でもって「アイドルたちの凄さ」を感じ取った人間もいる。

主観なのですからこの差は埋めようがありません。しかし互いにそれを否定しあうこともありません。

しかしたらいつの日か平行線を飛び越えたアイドル凄さを目撃するかもしれませんから


それが「アイドルたちは凄いのだというコンセンサス」です。


結局何も訂正してないですね。ごめんなさい。

でも、おかげでもう一段踏み込めた気がします。ありがとうございました。

http://anond.hatelabo.jp/20151019084635

ドーモ、信者です。

煽りじゃなく、純粋質問なのだろうと仮定してお答えします。


最終回、とても良かったと思いました。

これまでの総括として、また、これからのはじめの第一歩として非常に良い物を見させてもらったなと。

そうです。このアニメははじめの第一歩なのです。最終話を経て、我々プロデューサーバトンを託されました。

シンデレラガールズはこれからも続いていく、広がっていく、進んでいく。そのプロデュースは私達がするのだと。

そう言われた気がして、最終話によくある喪失感寂寥感ではなく、多幸感と高揚感に包まれ最終話を見届けました。


さて、全話数を語ろうとすると時間もスペースも尽きないので、25話にのみ限って簡単に語らせていただきたいと思います


25話で描かれた、シンデレラ舞踏会、これはただのライブではありませんでした。

しかし、この混沌としたイベント形式にこそシンデレラガールズらしさを感じました。

フェス形式イベントではすべてのステージを見ることは出来ません。それはつまり見ていないところでも何かが起こっているということでもあります

モバマスにおいて、すべてのアイドルプロデュースすることは時間的にも財力的にも不可能です。だから大抵は担当を決めてその子を集中的にプロデュースしていく。

では、担当ではない子は?それは見えていないだけであって、どこかの誰かの前で何かとっても魅力的なことをやっているのです。

そんなことを、このイベントから感じました。


そうこうしてると、舞台裏美城常務武内P最後ポエムバトルが始まりました。

何を第一義とするかで根本から異なる二人は終ぞ平行線のままでした。しかし、アイドルはその平行線すら越えて行くと答えます

この言葉に、アイマスというコンテンツがどうしてこんなにも強いのか、その一端を垣間見た気がします。

美城常務武内P、どちらのプロデュースが正しいのか、このアニメはその決着を付けませんでした。どちらも正しいのです。

そして、二人は和解まではしなかった。和解なんて必要ないのです。ただ必要なのはアイドルたちは凄いのだというコンセンサスのみ。

なんとも力強い宣言ではないでしょうか。


ライブシーンです。

遂にきました「生!ハムメロン!」そして、3話を踏襲した演出でありつつも、その時は見えていなかった観客の表情がしっかりと見えている。

これだけでもう十分です。泣きます

フル尺のダンス?デレステで見れる。そんなことよりも、袖から見守る美嘉や、ステージを終えて「いい笑顔です」と言われたときの3人の表情のほうがずっと大切なんです。

作画開放的意味では後半のほうが注目されてるのでしょうか。実際ものすごいカロリーかけてましたし。

さておき、新曲タイトルに@がついてるということだけで、もう感慨深い。また歌詞の中でシンデレラというワードが出てきました。

これは、最初テーマ曲であるお願いシンデレラ以来。どういう意味が込められてるかはおいおい考察していきたいところです。

カーテンに映るシルエットから始まるステージ演出は劇マスのM@STERPIECE、後半ダンスをせずに並んで歌ってるのはアニマス最終話私たちはずっと…でしょうのオマージュでしょうか。

(そういう意味では円盤修正でも体の揺れだとか細かい動きが加わってるくらいでガッツリ動いてるとか無いんじゃないかと思います。)

ライブシーンの合間合間にステージセットや照明器具、客やスタッフなどを描くのはアイマスの特徴じゃないでしょうか。

こういう描写によって、ステージ実在感(夢や幻想の類ではないのだということ)を表現してるんじゃないかと思ってたりします。

それと、指先の動きに本当に力を入れてます。「自分ますエールに変わる」のとこの智絵里の指先の動きとか、ゾクゾクするくらい良い。


そして、エピローグCPには2期生が入ってきて、ということは1期生は解散したということでしょうか。メンバープロジェクトの枠にとらわれずそれぞれの活躍をしているようです。

コレです。コレが見たかった。

平行線を越えていくアイドルの可能性、それを追求していくうえでプロジェクトの枠組みにこだわることは小さすぎる。ならば、解散しつつもCP活動で得たものを胸に進んでいくというこの美しさ。

765プロという枠組みは壊せなかったがためにアニマスでは描けなかった、ミリオンでもSideMでも描けない、346プロというもうひとつ大きな枠組があるシンデレラのみが描きえたエンディングです。

そして、このエピローグプロローグでも有ります

そのことを如実に表しているのが、最後の春ライブのシーン。

先輩から受け継いだ衣装で歌うのはお願いシンデレラ、すなわちシンデレラガールズとして最初に出たテーマ曲です。

自分たちシンデレラガールズと呼び、この曲を歌うことで、1話再帰するとともに、その先にも遥かに続く大きな流れを想起させます


こうして、アニメシンデレラガールズは終わりましたが、シンデレラガールズというコンテンツは歩みを止めません。

モバマスにて配信しているボイスドラマNO MAKE最後にて凛はプロデューサーに言います。「置いてくよ」と。

「それは、困りますね」彼女らについていくため、私達も精一杯走らねばならないのです。

2015-08-30

http://anond.hatelabo.jp/20150830091927

お前の言う本格的なロック、つまりアスタリスクではできないものとしてのロックを、りーなは最初からしようなんて思っていない

その主張の根拠は?

りーながアスタリスク否定する発言は一度も無いし、逆に「りーなはアスタリスク否定している」という内容のみくの発言をりーなは否定している

「李衣菜ちゃんがロックに本気なんだってもっともっと本格的にロックやりたいんだって」これを否定したことで

「だりーなはロックに本気じゃない、本格的にロックをやりたくない」と読めるだけじゃないの?

別にいいけど

絶対の自信があるし

逆ににわか初心者という意味が無いかのような主張に拘り続けることができるお前の自信が不思議だわ

それで確認してきたの?

逆におまえは、なつきは「なにかを諦めて」美城常務の話を断ったと思っているのか?

全く逆だよ

諦めないようにしようとしたからこそ断ったんだよ

俺がいつ、なつきちがなにかを諦めて美城常務の話を断ったと主張したの?

よしんば仮に、そう主張したとしても

何かを選ぶことは、別の何かを諦めることじゃないの?

矛盾は生じないんじゃないの?

http://anond.hatelabo.jp/20150830013957

からおまえやみくの言っている本格的なロックと、りーなの中での本格的なロックは別物なんだよ

みくはお前と同じようにアスタリスクでは本格的なロックはできないと思っているぽい

りーなはそれを否定したんだから、そういうことだよ

だりーなの中での本格的なロックとは?

ないない

にわかというのは初心者素人という意味として流通している

はてなキーワードで不満ならニコニコ大百科にもそう解説があったぞ

なんでないないなの?

というか、にわかロックは、精神的ににわかだったという意味だと俺が主張したのに対して

にわかとは初心者という意味から初心者が初心を忘れたという意味になって通じないとして否定したわけだけど

素人という意味流通しているなら、初心を忘れた素人という意味で通じるんじゃないの

にわかロック素人ロックという意味で通じるんじゃないの?

重要なのは「諦めた」の部分なんで

りーなが何かを諦めたとすると、りーなの発言を聞いて美城常務企画を蹴ったなつきの行動が矛盾することになる、とは前に書いたよ

なつきちはだりーなの「自分ロックだと思うロック発言を聞いて美城常務企画を蹴ったんだから

だりーなが何かを諦めたかどうかは関係なくない?

2015-08-29

http://anond.hatelabo.jp/20150829141217

みくを真似する気が無いことはいつもぶつかってることからも明らか

じゃあなつきちを真似して追随者になる根拠は?

なつきちがだりーを買っている最大の理由は「自分ロックだと思ったらそれがロック」という精神を忘れないところ

そんなだりーがなつきちの追随者になることはあり得ないし

なつきちもだりーが追随者になることを望んでいない

やりたいことを諦めるんじゃなくてやりたいことが分かってなかったんだって

具体的にやりたいことが分かってなくても、かっこいいロックをやりたいというのはずっとあったんだよ

アスタリスクでかっこいいロックがやれると思っていたなら迷うこともなかった、なつきちに対して口ごもることもなかった

しりーながアスタリスクを選んだことが「本当の夢を諦めた」とするなら

「本当の夢」じゃなくて「本当にやりたいロック

アスタリスクを選ぶことは「本当にやりたいロック」を諦めることになるが「自分ロックだと思ったロック」ではある。

自分ロックだと思ったらそれがロック」の精神を忘れていたなつきちは、だりーなとみくのやりとりを聞いて、その精神を思い出して美白常務に従うことをやめたんだよ

なつきと美城常務との関係性はかなりクリティカルだよ

クリティカル関係性というのが、批判的な関係性というのなら

だりーなをなつきちの追随者に墜とした関係性が、常務となつきちの批判的な関係性にも通じるって主張になるから矛盾を感じないか?

なつきのつけた一日ユニット名が「にわかロック」なことからもそれは伺えるね

なんで?

にわかのだりーなと、ロックななつきちという意味でってこと?

にわかロックは、技術的、知識的には、にわかのだりーなと

自分ロックだと思ったらそれがロック」の精神を忘れていた、精神的にはにわかだったなつきちで

二人ともにわかという意味で、にわかロックじゃないの?

というか上下関係根拠にわかロックだけって弱くない?

http://anond.hatelabo.jp/20150829095633

「李衣菜ちゃんがロックに本気なんだってもっともっと本格的にロックやりたいんだって」こっちと考えるのが妥当だろう

だりーなが本物の人間だったらその解釈もありえるけど、だりーなというキャラクターとして見た場合、やつの立ち位置は「なんちゃってロッカー」だ

「本格的なロック」を目指すとなつきとキャラ被りが生じてしまい、それこそだりーなのキャラ否定になってしまうのだよ

これはどうだろう

だりーなの立ち位置は「なんちゃってロッカー」というより「一見するとなんちゃってロッカーだが、心はロックのもので、本格的にロックもやりたい」みたいな感じで

だりーなのキャラクターから、本格的にロックをやりたいという面を否定することはできないだろう

というか、だりーな自身ロックに本気で、本格的にロックをやりたいということを否定するなんて考えられないし

だりーなが「なんちゃってロッカー」で「本格的なロック」を目指していないというのなら

やりたいロック云々はどういうことになるの?

おまえの解釈に欠けているのは「なつきの追随者に堕していいのか」という視点だよ

そんなのはロックじゃない

これはなつきと美城常務との関係性にも通じている

そんなら、「みくの追随者に墜していいのか」という視点が欠けてるとでも返そうか

ユニットパートナーのために、自分のやりたいことを諦めるのはロックじゃないだろう

そして、なつきちと美城常務関係性と、だりーなとなつきちの関係性が通じているというが

別にだりーなとなつきちは上下関係にあるわけじゃないし、だりーなとなつきちはお互いに良い影響を与える関係性だ。

決してだりーなはなつきちの追随者にはならない。

からそれはミスリードだったんだよ

だりーなはみくに「じゃあなにをやりたいのか」と聞かれて答えられなかった

ここにアスタリスクへの否定の要素は実はない

「なにやってるんだろう私」は「なんでアスタリスクなんてやってるんだろう」ではなく本当は「アスタリスクで何をやってるんだろう(やればいいんだろう)」という疑問だった

「人の気持ちを決め付けるな」でそこまでのミスリードをひっくり返す

ここに19話のストーリーの妙がある

ミスリードだとするなら19話でだりーなは何を迷い、なぜみくとギクシャクしていたのか

そして「アスタリスクで何をやってるんだろう(やればいいんだろう)」と考えていたということは

だりーなはやりたいことがアスタリスクでやれるとは思っていない証拠

そんな状態で、「アスタリスクが私にとってのロック」ということは

本当にやりたいロック云々は置いといて、自分ロックだと思うロックを優先したということ

本当にやりたいロックを諦めて、アスタリスクを優先したという風に読めるんだよ。

それでもなお、だりーなは本当にやりたいロックを諦めていないと言うのなら、今後のアニメ判断しようじゃないか

だりーながやりたいロックを諦めていないなら、アスタリスクでやりたいロックができるはずだろう

今後のアニメの展開で、だりーなのやりたいロックアスタリスクでやれたという描写があるかどうか

やりたいことがやれたなら、だりーなはアスタリスクのためにやりたいロックを諦めたというのはミスリード

やりたいことがやれなかったなら、だりーなはアスタリスクのためにやりたいロックを諦めたということで

2015-08-25

http://anond.hatelabo.jp/20150824201952

一期はシンデレラプロジェクトメンバーの話をじっくりやって、

二期は先輩アイドルを見てシンデレラプロジェクトメンバーが想いを新たにする話。

なんでそんな構成なのかと言えば、原作ゲームにはシンデレラプロジェクト以外のアイドルがたくさんいるから。

少数のアイドルけがフォーカスされるのは無印でやってるから

んで、全体としては「じっくり個性を伸ばす」武内Pと、「急いで正統派アイドルを作りたい」美城常務あいだで、

それぞれのアイドルが迷いながらも自分の中のアイドル像を見つめ直す構図。

いろんなアイドルがいるんだなあと思いながら先輩アイドル生き様を楽しめばよろし。

原作ゲームやってないならWikiとか読んでキャラの特徴だけでも把握しておくとよろし。

 
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