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はてなキーワード: 改革案とは

2017-04-18

http://anond.hatelabo.jp/20170418044917

PTAはなぜなくならないか。またはなぜ改革されないか考察してみた。

第一に、母親中心のコミュニティであるということ。

PTA活動に実際に参加するのは依然、母親が多いと思われる。働いている母が多いPTA活動ならまだスリム化を図ろうという動きがあるかもしれない。しか小学生ぐらいの段階では専業主婦母親率も高く、そうなるとどうしてもぐだぐだになりがちになる。まず率先して場を取り仕切る役をやりたがらない、意見を言いたがらない人が多い。また、物事問題点を見極め、それに対する解決策を論じていくという訓練も専業主婦では受けにくい。よって恒例の役の押し付け合い、消極的な参加、前年度までのPTAテンプレートの繰り返し活動ということが続いている。結果としていまだにベルマーク収集、草むしり、各種行事運営、親睦活動企画などなど所謂PTA活動昭和時代のままに残っているのである


第二に、期間限定であるということ。

くじで当たってしまった、じゃんけんで負けてしまった、など運悪く大役を引き受けてしまうとしばらく気が重い毎日を過ごさなければいけない。しか任期は1年である。いやいややっていても、1年が過ぎれば大役から解放されるのであるしかしそれは同時に、活動内容が変化しにくいという事態引き起こしているのである

例えばPTA活動が5年継続型とかであったらその活動内容について論じ、改良する時間も機会もあるだろう。しかし1年間だけの活動で、長年引き継いだテンプレPTA活動改革するには役員個人への負担があまりにも多く、責任も重すぎる。もし改革案を打ち立てようとするならテンプレPTA活動推進派より反発も受けるだろう。よって誰もやりたがらず、いまだに内容もさほど変化していないのである

また、学校校長ですら教育委員会判断によって数年であちこちに異動させられるのである学校側でも改革を行おうとしないのは、所詮は異動を前提に置いた任務からではないのだろうか。

以上二つのから考察するに、PTA活動は変化しにくいのである。ではどうしたらいいのか?どう変わればいいのか?

まずPTA活動自体をなくす必要があるのか、ないのか、という点においては私個人としてはあったほうがいいと思う。なぜなら学校活動において、先生の数は既に充分ではないと感じるし、家庭と学校連携というのも必要だと感じるからである

しかし、PTA活動はもちろん従来の形としてではなく、スリム化を十分に図り、だれもが柔軟に参加できる形になった上である

例えば最初に参加できる人と参加できない人に分け、参加できない人からは年間500円を徴収するとよいのではないか

そして役員などの重責についている人に僅かでもその中から謝金を出せばいいのではないか。また役員ではない人には記念品などを年度末に配ればいいと思う。

そうすれば参加すると参加しないの両方の選択肢可能になるし、参加非参加の不公平感がぬぐわれるのではないか

そういった話し合いをたった1年任期PTA役員会の中で議論・決議するのは困難である。ではどこが担当すればいいのか?

やはり文科省PTA活動において、はっきりと目安を打ち立てるべきではないのか。なぜなら近年、共働きの家庭がどんどん増え、この先はもっと増えていくと予想されるからである

家庭における母親役割が変化してきてる近年、従来と生活様式が変わるのは当たり前である個人責任押し付けるのはやめ、政府PTA活動において明確な指針を打ち立てるべきではないのだろうか。

http://anond.hatelabo.jp/20170418103714

こういう日本人によくある、面倒な役割を引き受けてくれる人に対し感謝尊敬ではなく侮蔑で返すって風潮は何なんだろうね。

考えてみた。



まずボランティアが見下されてるってのがある。

日本ボランティアって、「暇人」「偽善者」的な否定的イメージで見られがち。

宗教的下地があるキリスト教圏なら違うんだろうし、最近価値観欧米化日本でも違った(肯定的な)感覚の人も増えて来たけど、

やはり昔の感覚のまま「暇人以下略な人もまだまだ多い。

PTAアメリカで生まれものだけど、アメリカならボランティア価値あるものと認められているから上手く行くんだろう。日本はそうじゃない。



更に、そもそも学校全体や教師からして見下されてたりする。

あいサービス業というか、目に見えるものを売るのではなく目に見えない労力を売る人が全体的に侮蔑される文化がある。

給料貰ってるプロですら見下されるんだから、タダ働きのボランティアたるPTAの扱いは推して知るべし



更に男尊女卑文化も強いから、母親が中心なPTAはそういう意味でも(男だけではなく「名誉男性」な働く母親からも)見下される。

他のボランティアも「仕事が忙しい立派な社会人」は関わら(れ)ず、「暇人主婦学生が多いから見下されるってのはよくある話だ。

(まあ最近はそういう「社会人様」を「社畜」と言い侮蔑する風潮も出ては来ているが)



この辺の要素が合わさって、全体的に侮蔑されるんじゃなかろうか、と思う。



ブコメhttp://www.iwasakishoten.site/entry/2017/03/28/184851があったけど、

自分の得意なことを活かしてやることで感動が生まれ、それが成果につながるんじゃないかと思ったんです。

(略)

例えば学校お祭りでおばけやしきをやろうということになったとき保護者の中に暗幕や大道具仕事経験がある方もいたし、デザイナーさんがポスター描いてくれたり、動画編集も得意な方が担当してくれたのです。PTO活動の中心となるウェブサイトも、ホームページ制作仕事にしている方が作ってくれました。

こういうのも、周囲の皆がそれに感謝し、協力的であればうまく行くんだと思う。

でも日本だと絶対「お前プロなんだからやって当然だろ」「お前が言い出したんだから完璧にやれよ、少しでも不満があれば容赦なく文句つけるからな」

とか言う奴出て来るだろ。

高い金貰って仕事として請け負った方が、何故かこういう事を言われない、ってのもよく聞く。

「タダor安い金で仕事を請け負ってくれる人=安い人間=雑に扱ってもいい」みたいなのが一定数いるんだよね。

それへの反発として「プロに頼むなら正当な対価を払うべき」だの言う奴も出て来たりして。

この手のPTA改革話はよく記事になってるけど、そういう面倒な連中がせめて最小限で済むような地域性で、

かつそういうのを黙らせられるだけの人が上に立たないと、上手く行かないと思う。



最終的には金取って全部仕事として外注しろ、になるんだろうね。

その金を誰が払うのか、って問題になるけど。

金払える人が多い裕福な地域で、かつ金を払うよう制度を変える事が可能なくらい皆が協力的なら、↑のような改革案も上手く行くだろうしね。

大体文句ばかりの煩い人間ってのは、金も払わないんだよな。



名門私立みたいに「金払うのも当然だし母親の協力も当然、それが出来ないなら入学してくんな」って学校ならいいんだろうけどね。

公立は色々な人がいるから難しい。

2016-06-24

twitterの大改革案

攻撃的なtweetを検知すると自動的アカウントが凍結。

ほんわかレス限定のほんわかSNSとなる。

入力したtweet香ばしいときは、

「個人や集団に対し攻撃批評的な文章を書きたい場合ブログ等に書いて

リンクを貼ることを推奨します」とか誘導してくれる。

毎日から晩まで暴言や見下しtweetしてる人も、それから解放されてハッピー

 
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