はてなキーワード: ジュニアとは
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◆本屋でチェック
ビジネスマンのための「行動観察」入門 (講談社現代新書) - 松波 晴
日本基準とIFRSから考える 原則主義の会計力
受験脳の作り方―脳科学で考える効率的学習法 (新潮文庫) - 池谷 裕二;
上場ベンチャー企業の粉飾・不正会計、失敗事例から学ぶ―ケースブック - 門脇 徹雄
エスケープ・ベロシティ キャズムを埋める成長戦略 - ジェフリー・ムーア
ライフサイクル イノベーション 成熟市場+コモディティ化に効く 14のイノベーション - ジェフリー・ムーア
福沢諭吉 国を支えて国を頼らず - 北 康利
僕は君たちに武器を配りたい - 瀧本 哲史
ソドムの百二十日
死体泥棒 (星海社FICTIONS) - 唐辺 葉介
☆☆Venture Deals: Be Smarter Than Your Lawyer and Venture Capitalist - Dick Costolo
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◆子育て
子どもの話にどんな返事をしてますか? ―親がこう答えれば、子どもは自分で考えはじめる
10代の子をもつ親が知っておきたいこと
家庭のなかの対話―話しあえない父親のために (中公新書 (779)) - 伊藤 友宣
親業―子どもの考える力をのばす親子関係のつくり方 - トマス ゴードン
経済学的思考のセンス―お金がない人を助けるには (中公新書)
ウィーン家族 - 中島 義道
☆「経験学習」入門 - 松尾 睦;
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◆英語
英会話ペラペラビジネス100 - ビジネスコミュニケーションを成功させる知的な大人の会話術 [CD2枚付] -
たったの72パターンでこんなに話せる英会話 (アスカカルチャー) - 味園 真紀
自分のことを英語で話すパーソナルワークブック (CD book) - 石津 奈々
1分間英語で自分のことを話してみる (CD付) - 浦島 久
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北村薫の創作表現講義―あなたを読む、わたしを書く (新潮選書) - 北村 薫
知識人とは何か (平凡社ライブラリー) - エドワード・W. サイード
宗教の創造力 (講談社学術文庫) - 荒木 美智雄
不完全性定理―数学的体系のあゆみ (ちくま学芸文庫) - 野崎 昭弘
The Mystery Method: How to Get Beautiful Women into Bed - Mystery
メタマジック・ゲーム―科学と芸術のジグソーパズル - ダグラス・R. ホフスタッター
社会契約論 (白水Uブックス) - ジャン ジャック ルソー
クリエイティブな習慣―右脳を鍛える32のエクササイズ - トワイラ サープ
99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方 (光文社新書) - 竹内 薫
科学論の展開―科学と呼ばれているのは何なのか? - A.F.チャルマーズ
Loyalists - Peter Taylor
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◆暇があれば読みたい
ついこの店で買ってしまう理由
もっと儲かる全国手書きチラシ実例集
なぜこの店で買ってしまうのか ショッピングの科学
△外食の天才が教える発想の魔術
(バカ売れ販促アイデア)
創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史 (光文社新書) - 輪島 裕介
新書で大学の教養科目をモノにする 政治学 (光文社新書) - 浅羽通明
Talking to Terrorists: Face to Face with the Enemy - Peter Taylor;
体系的に学ぶ 安全なWebアプリケーションの作り方 脆弱性が生まれる原理と対策の実践
要約 ケインズ 雇用と利子とお金の一般理論 - J・M・ケインズ
自由の条件I ハイエク全集 1-5 【新版】 - 個人主義と経済秩序 ハイエク全集 1-3 【新版】
資本主義と自由 (日経BPクラシックス) - ミルトン・フリードマン
羽月莉音の帝国 8
羽月莉音の帝国 9
武器としての決断思考
「パブリック」
もうダマされないための「科学」講義 (光文社新書) - 菊池 誠
社会心理学 - 藤原 武弘
仕事の経済学
人事と組織の経済学
経験と教育 (講談社学術文庫)
組織の経済学
フィールドブック 学習する組織「5つの能力」 企業変革をチームで進める最強ツール
フィールドブック 学習する組織「10の変革課題」―なぜ全社改革は失敗するのか?
1932-37年――続・精神分析入門講義 終わりのある分析とない分析 (フロイト全集 第21巻)
現代フロイト読本 1
超実録裏話 ファミマガ 創刊26年目に明かされる制作秘話集
就活の神さま~自信のなかったボクを「納得内定」に導いた22の教え~
数量化革命
ザ・マーケティング―「顧客の時代」の成功戦略 - レジス マッケンナ
太陽のあくび (メディアワークス文庫)
「科学的思考」のレッスン―学校で教えてくれないサイエンス (NHK出版新書) -
☆報酬主義をこえて(叢書・ウニベルシタス 704)
☆中国化する日本 -日中「文明の衝突」一千年史
承認欲求―「認められたい」をどう活かすか? - 太田 肇
取材学―探求の技法 (中公新書 (410)) - 加藤 秀俊
単一民族神話の起源―「日本人」の自画像の系譜 - 小熊 英二
暇と退屈の倫理学 - 國分 功一郎
[新訳]南洲翁遺訓 - 松浦 光修
人間の限界 (岩波新書 青版) - 霜山 徳爾
☆まんが医学の歴史 - 茨木 保
社会学入門―“多元化する時代”をどう捉えるか (NHKブックス)
データはウソをつく―科学的な社会調査の方法 (ちくまプリマー新書) - 谷岡 一郎
『こころ』大人になれなかった先生 (理想の教室) - 石原 千秋
プルーストとイカ―読書は脳をどのように変えるのか? - メアリアン・ウルフ
小説の読み方~感想が語れる着眼点~ (PHP新書) - 平野 啓一郎
☆アート・オブ・コミュニティ ―「貢献したい気持ち」を繋げて成果を導くには
「分かりやすさ」の罠―アイロニカルな批評宣言 (ちくま新書) - 仲正 昌樹
経済学思考の技術 ― 論理・経済理論・データを使って考える - 飯田 泰之
この世で一番おもしろいミクロ経済学
歴史哲学講義 (上) (ワイド版岩波文庫 (225)) - ヘーゲル
情報の文明学 (中公文庫) - 梅棹 忠夫
考える技術・書く技術 (講談社現代新書 327) - 板坂 元
知性の磨きかた (PHP新書) - 林 望
神話の法則―ライターズ・ジャーニー (夢を語る技術シリーズ 5)
人蕩術皆伝―人蕩術とは人たらしの術である (致知選書)
ーーーーーーーー
小説
白い雄鹿 - C.W. ニコル;
鯨捕りよ、語れ! - C.W. ニコル;
猫のゆりかご (ハヤカワ文庫 SF 353) - カート・ヴォネガット・ジュニア
☆バニラ A sweet partner (スーパーダッシュ文庫)
☆犬憑きさん 上巻 (スクウェア・エニックス・ノベルズ) - 唐辺 葉介;
塔の町、あたしたちの街 (ファミ通文庫 お 4-4-1) - 扇 智史
ふわふわの泉 (ファミ通文庫) - 野尻 抱介
歯みがきつくって億万長者―やさしくわかる経済の話 (チア・ブックス)
戦争を平和にかえる法
細雪 (中公文庫) - 谷崎 潤一郎
ペインティッド・バード (東欧の想像力) - イェジー コシンスキ
犬憑きさん 上巻 (スクウェア・エニックス・ノベルズ)
http://anond.hatelabo.jp/20110903204912
小説には元々「ジュブナイル」という少年少女向けの分野がある。冒険物語を通して、社会常識を身につけさせるのが目的だから、内容はかたかった。「努力をすれば報われる」「大人になるのは良いことだ」といったテーマで、ある程度名前の売れた小説家が書いていた。
そのころ、マンガの世界で読者の年齢層に近い作者たちが現れた。感性が近いから共感を得られる。あっと言う間に人気者になっていった。SF小説の世界にも10代の作家が現れた。軽妙な語り口で、高校生を主人公に小説を書いてみせた。同年代から圧倒的な支持を得た。
その頃から、少年少女向けの小説は、主人公の年齢に近い感性を持った小説家が書くようになったんだ。
それと、日本の文学史は、ずっと「書き言葉から話し言葉に近づこう」としているんだよ。言葉は流動的なもので、どんどん変わっていく。でも書き言葉は文字で残るものだから、変わる前の言葉で残っていく。で、ある程度の差が出来ると「もっと話し言葉に近づけよう」という運動が起こって、普段しゃべっているのと同じ口調になっていくんだ。さすがに地の文で「ちょべりば」とか書いてある本は読んだことないけど。
ライトノベルは文学史の流れに沿って、生まれるべくして生まれたものだ。だから、形が変わることがあっても、廃れていくことはないよ。いつの時代も若者は存在する。だから、若者向けの小説もまた存在し続けるんだ。
20110904追記
kori3110さん、失礼。もっと前の話なんだ。1980年ごろ。ライトノベルという名称がつく前に少年少女向けの小説を書いていた人たちのこと。ライトノベルから一般小説へと守備範囲を広げていったのではなくて、一般小説を書いていた人たちが、少年少女向けの小説も書いていたということ。「ジュニア小説」って名称もあったけど無くなっちゃった。
1.沢城みゆき(声質A、演技S)1985年生まれ、1999年デビュー、初代プチ子(オーディション)
2.花澤香菜(S、B+)1989年生まれ、2003年(声優)デビュー、子役・ジュニアタレント
3.喜多村英梨(A、A+)1987年生まれ、2003年(声優)デビュー、子役・ジュニアタレント
4.早見沙織(A+、A)1991年生まれ、2007年生まれ、日ナレ(養成所)
5.悠木碧(A、A+)1992年生まれ、2003年(声優)デビュー、子役・ジュニアタレント
6.名塚佳織(A、A)1985年生まれ、1999年デビュー、子役・ジュニアタレント
7.三瓶由布子(A、A)1986年生まれ、2000年デビュー、子役・ジュニアタレント
8.小清水亜美(B+、A)1986年生まれ、2003年デビュー、子役・ジュニアタレント
9.戸松遥(B+、A)1990年生まれ、2007年デビュー、スフィア(オーディション)
10.高垣彩陽(B+、A)1985年生まれ、2006年デビュー、スフィア(オーディション)
11.田村睦心(A、B+)、1987年生まれ、2007年デビュー、日ナレ(養成所)
12.井上麻里奈(B+、B+)1985年生まれ、2004年デビュー、OVA『コゼットの肖像』コゼット役(オーディション)
13.加藤英美里(B+、B+)1983年生まれ、2004年デビュー、AMG(養成所)
14.矢作紗友里(B+、B+)1986年生まれ、2005年デビュー、日ナレ(養成所)
15.佐藤聡美(B+、B+)1986年生まれ、2007年デビュー、東アナ(養成所)
16.伊瀬茉莉也(B+、B+)1988年生まれ、2004年デビュー、(養成所)
17.平野綾(B+、B+)1987年生まれ、2001年デビュー、子役・ジュニアタレント
18.阿澄佳奈(A、B)1983年生まれ、2005年デビュー、オーディション
19.伊藤かな恵(A、B)1986年生まれ、2007年デビュー、AMG(養成所)
20.豊崎愛生(B+、B)1986年生まれ、2006年デビュー、スフィア(オーディション)
21.明坂聡美(B+、B)1988年生まれ、2004年デビュー、オーディション
22.後藤沙緒里(B、B)1987年生まれ、2002年デビュー、オーディション
23.清水香里(B、B)1983年生まれ、1998年デビュー、子役・ジュニアタレント
24.井口裕香(B+、C+)1998年デビュー、2001年デビュー、オーディション
25.MAKO(B+、C+)1986年生まれ、2005年デビュー、子役・ジュニアタレント
26.福原香織(B+、C+)1986年生まれ、2005年デビュー、養成所
27.日笠陽子(B、C)1985年生まれ、2007年デビュー、日ナレ(養成所)
28.竹達彩奈(B、C)1989年生まれ、2007年デビュー、日ナレ(養成所)
29.藤田咲(B、C)1984年生まれ、2005年デビュー、日ナレ(養成所)
30.南條愛乃(C+、C+)1984年生まれ、2006年デビュー、養成所
31.野水伊織(C+、C+)1986年?生まれ、2009年デビュー、
32.小見川千明(C+、C+)1989年生まれ、2008年デビュー、子役・ジュニアタレント
33.寿美菜子(C、C+)1991年生まれ、2006年デビュー、スフィア(オーディション)
34.鹿野優以(C、C+)1983年生まれ、2004年デビュー、AMG(養成所)
35.大橋歩夕(C+、C)1984年生まれ、2005年デビュー、
36.中島愛(C、C)1989年生まれ、2007年デビュー、ランカ・リー(オーディション)
ちゃんと読んだ?
結果的に『雇用』に近い形態にはなるけど、それで資金を循環させる意図は、基本的にはない。
「金に汚い」という言葉と相容れない存在、と言ったらいいかな。
ジャニーズの場合、所謂タマゴ達を、上下関係のある場所で競わせながら育成するシステム自体が、
ジャニーズ最大の売り物である「芸」と「人材」を支えている。宝塚なんかと同じ(レベルは大分違う)。
そして、彼らをジュニアやら何やらで売り出すことで、将来的に彼らがアイドルになったとき
もうひとつ付け加えると、芸が売れないこの時代、スクールビジネスのほうがカネになる。
ただ、大人になる途中の生き物だと捕らえている。
成長するためにはさまざまな物が必要だ。
どの道何かをして彼らも何かをして働いていく。
今回は女性に限定して描いていく。
身体特徴に大きく言及するのはやはり意味があるからだ。
男尊女卑とかそういった思想は一切ない。
そんな人に向けて書く。
気が長い話かもしれないが、子供はあっという間に育つ。
自分がどんな親であろうが、冷静に行えば子供はよい方向へ行く。
虐待を受けていたとか貧困だとか子供の顔が可愛くないとかはおいて置いて
気晴らしにでもこの文章を読んでほしい。
難しい本などは読ませず、少女向けの漫画・雑誌などを買ってあげましょう。
そうすることで女子グループになじむことができ、いじめられません
部活などは集団行動のものに入るようにする
ある程度のおしゃれを許せば極端な反発を起こさない
■高校
援助交際に気をつけること。
おこずかいはたっぷりあげると吉。
そのうち好きな男でも連れてくるので
ちゃぶ台の用意でもしてひっくり返すといい。
②巨乳の作り方
遺伝もありますが、ほぼ食生活に起因します。
あるいは背の高さにも起因します。
170cm以上になりそうな場合は諦めてください。
・甘い飲み物
さじ加減には十分に気をつけたほうがよいでしょう。
③貧乳の作り方
・甘いものを控えさせる
・激しいスポーツをさせる
と、巨乳とは反対の行動になります。
④むちむちの太ももの作り方
太っているだけでなく、太ももが以上に
むちむちとした体系にするには太るより
器械体操を中~高の間に習わせるといいでしょう。
⑤眼鏡娘にするには
遺伝で大体の察しがつきますが、
さまざまなモデルについてかいてみる。
ファッションモデル・・・170cmなければ不可。陸上系運動部推奨。摂食障害になる可能性あり。
ジュニアモデル・・・微エロ要員にされて使い捨てられるのでオススメしない
写真モデル・・・作家に好かれれば背が低くても美人じゃなくてもなれる。直接金にはならない
広告・チラシモデル・・・ギャラは安いが宝くじレベルの確立で芸能界へいける
撮影会モデル・・・エロは殆どなしに生活できる程度のお金が貰えるが地位はなし
フェチモデル・・・顔出しなしから緊縛まで過激なものが多い。出版社によってギャラが変動
⑦脚を長くしたい場合
脚の長さというもはひざから下がバランス的に長いことを示す。
・床に座らせない、脚を組ませない。
脚癖を悪くすると骨盤がゆがむので各部屋に専用の椅子を用意するとよい。
⑧お洒落な格好をさせる方法
まず、自分がどういうものが似合うかを理解させるために
いろんな種類の服を着せること。
色も一つの色ではなく沢山の色を着せること。
フルセットでコーディネイトされた様子を沢山見せること。
以上、全部妄想です。
戦争と戦闘行為は違うよ。
クラウゼヴィッツがいうには、「つまり戦争とは、敵を自分たちの意思に屈服させるための暴力行為」、軍事的手段は、政治のひとつの手段にすぎない、んだって。逆をいえば、政治や外交は、軍事力を使わない戦争、ということなんだろうね。
そして、戦闘行為は、戦争において実際行われる行為の中の軍事面だけを示していて、「戦闘行為は成功したけれど、戦争は失敗だった」と、いう事もあるそうだよ。
だから、戦争でかならず兵器が使われるわけでもないし、人が死ぬワケでもないけれど、戦闘になると話は別、みたいな?
まあ、私もよくわかってないんだけど、元増田も、ちょっと、ごっちゃにしているね。(上から目線でゴメンね!)戦闘の目的は「敵を倒すこと」「勝つこと」だけど、戦争の目的は、そうでは無いんだね。
そして、意外(?)と、経済的な動機が、戦争の原因になったことは、歴史の上ではあまりないそうだよ。
皮肉なことに、戦争が不可避であるという確信が、戦争を引き起こす主要な要因だったのである。
んで、戦争に負けたらどうなるか。
以下は、スターリンがユーゴスラビアの指導者ミロバン・デュラスにいった言葉。
「この戦争は、過去になかったものだ。ある土地を占領したら、占領側はかならず自分の社会体制を押しつける。その軍隊が強制する力を持つかぎり、かならず自分の社会体制を押し付けるのだ」
痛いちんぽ痛い!
飛び起きた俺はすぐに気づいたよ。俺のちんぽに精液が逆流してきてるってね。なんか精道がいつも違う感じに脈動してるんだもん。どーなってんの!?
しかも悪いことに同時に夢精もしてたみたいでさ、ちょうどちんぽの中間地点でセルとゴハンのかめはめ波の打合いみたいになってんの。
アガってる。超盛り上がってる。
といってもテンションがあがっているという意味ではなく、ちんぽが膨らんでるという意味。ひ、ひえぇ~と思ったよ。
その時だったよ。弱気になったその時だったよ。亡き父の面影がフラッシュバックしたんだ。
お、お父さん……!
俺の射精はふたり分のパワーになって、ちんぽの先から親子二代の精液にまみれたセルジュニアが飛び出した!!
そんな瞬間を母に見られました。
と主張しましたが、どう見ても精子です。本当にありがとうございました。
頭に浮かんだ話を漫画や小説にするのが楽しくて、続きや新作を期待するクラスメイトたちに囲まれ、満たされていた毎日。
しかし、中学校に入ると、次第に周りから人が減っていった。
ジャンプやサンデーやマガジンの連載漫画の話はしても、それ以上の領域はダサいオタク趣味として皆敬遠し始める。
他にも、部活やら定期考査やら、小学校とは大きく日常が変わったというのもあるのだろう。
わざわざアマチュアかそれ以下のものを作る人間を取り巻き、もてはやす必要も、暇もない。
思春期を迎え、他人の価値や能力を認めるのは自分の価値を下げることに繋がると、特に同年代に対して無意識のライバル心を強く持ち始めていたというのもあると思う。
結局、漫画や小説が書けるというのは、かけっこで一番早いとか、新幹線の停車駅を全部言えるとか、皆より少し秀でていたり、特殊な技能を持っていることが羨望の対象だっただけ。
小学校の頃はクラスないし、学年や学校や遊び場が僕らの「世界」の全てだったからこそ、ナンバーワン、もしくはオンリーワンでいられただけでしかなかった。
僕らにとっての「世界」が一気に社会というレベルにまで広がり、色々なものをその基準で相対的に見るようになると、一気にその価値は暴落した。
中学校でも、最初こそ、小学校時代からの縁で僕が何かを書いているのを見て集まる人がいることに鼻の穴を膨らませていた。
僕は常にみんなの中心にいて、同年代の中の絶対的な勝者、そこらの奴とは違う特別な人間だと優越感に浸っていた。
でも、いつしか周りにいるのが特定の数人だけになっていて、女子には遠巻きに見られ、自分が中心にいるグループと他のみんなとの間に物理的にも隙間があることに気付かされて、激しく動揺した。
ゼロではないとはいえ、自分の周りから人がいなくなったのは凄まじい衝撃だった。
僕の書くものは僕自身であり、その変化は「お前という人間の価値は実は大した事がない」と宣告されたようなもの。
以降、隠れて授業中に書く以外、文芸部でだけ活動するようになった僕は、先輩や顧問に褒められることを根拠に、「自分は人とは違う」「自分は優れている」と思うようになったのは、単なる現実逃避だったと今では思う。
分かる人は分かってくれる、分からない低脳なんて無視しろ、僕は才能があるんだと、ことあるごとに自分に言い聞かせていた。
天才と言われる人種はもっと早くからだろうけども、そうでなくとも中学くらいになると、その「才能」より秀でた結果を出す人間が現れる。
それは必ずしもスクールカーストの上位に位置するわけではないだろうけども、少なくとも「才能」によってある種のヒエラルキーの上位に認識される現実が、僕の絶対的な価値観になっていた。
だからこそ「才能」を裏付けるために、小学校の時のような「人気」ではなく「権威」を求めた。
その人たちに認められるのがすなわち自分の「才能」ゆえだという思いは、市が募集しているジュニア文学賞を取るに至ってピークに達した。
そして、三年生に進級して先輩がいなくなる頃、自分は先々文芸で社会的に認められるのが当然の人間だという意識しかなかった。
ネタを探したり、物語を書くために読んだ本のせいで色々と得た雑学のお陰であちこちで博識キャラで認識されたことに気をよくし、哲学書に手を出してみたり、感想や校正を求める後輩に偉そうに指摘して批評していたあの頃の思いあがった黒歴史は、今でも時間を遡って殴りつけてやりたいと思えるほど酷い。
そして同時に、オタク趣味も変わらず持っていたため、あとはよくあるワナビ街道まっしぐら。
ラノベの世界を知り、自分なら簡単にこの作者たちを追い抜ける、もっと素晴らしいものを書ける、と当然のように思っていた。
小学校からやっていた自分は一日の長どころではないものを持っているのだから、市の文学賞を取ったくらいなのだから、と。
設定を細かく決め、物語を練りに練った自称大作を、高二の頃に自信満々で応募。
「大賞受賞作」の帯とともに書店に並ぶ光景と、「高校生作家」の響きを頭に思い描いていたところに届いたのは、落選の知らせだった。
ふむ、何が拙かったのだろう、ライトノベルに自分の書くものはそぐわないのだろうか、もっと大衆向けを意識しなければならないのだろうか、ファンタジー王道のあの作品やSFのあの作品は、などと思いながら二つ目を書いて応募し、また落選。
受験をはさんで数年それを繰り返してことごとく撃沈し、完全に自信を失った。
それでも諦めきれなかったが、どうしようもなく煮詰まっていた僕が次に逃避したのはネットに投稿される二次創作小説だった。
その頃はまっていたアニメの二次創作を書いて投稿すると、知らない人から感想メールが来て、そこに並ぶ褒め言葉に感動。
次第にその数が増え、アクセスも増え、いつしか小学校の頃の自分に戻ったように感じていた。
僕が書くものを楽しみに待っている皆がいる。
僕の書くものを褒めてくれる、認めてくれる。
さらに、そのジャンルから本職の作家になった人もいるということが希望と自信になっていった。
まさかの縁で、本職作家さん(ラノベではない)とも知り合えたとき、もはや自分の中ではそのジャンル内での本職デビュー最有力候補の気になっていた。
やはり僕には人に認められるだけの才能があり、その縁で更に素晴らしい才能を持つ人とも知り合う事ができたとまた増長していた。
その頃、二次創作作者の中で中堅キャリアの良作作家という評価を得ていたことから、そろそろ頃合いだと思い、「僕がその実力を認める作家仲間」に声をかけて、また新人賞に応募。
そして見飽きた選評。
受賞した人の出版された作品を読んでみると、自分の応募作がそれらに比べてそこまで劣っているとは思わないし、自分のほうが上だと思うものも珍しくない。
何故落選なのか分からなかった。
知人の本職の先生にも度々話を聞かせてもらって参考にし、応募した仲間うちでも互いに批評と推敲を重ねたのに何故なのか。
それで何かがふっと切れた。
今年はどこにも応募していないし、そのつもりもない。
ワナビ熱が冷めてしまったということだろう。
今でも書くことは好きだ。
でも、素人文芸の枠でいきがってるのがせいぜいということなのだと思う。
「僕が認めた二次創作作家仲間」ではない人が、件の先生に声をかけられているらしいという噂を耳にした。
僕と同じように「中堅キャリアの良作作家」と言われていたその人は作家志望ではないはずだった。
そのアニメ好きが高じて趣味で二次創作文芸をしているだけで、創作を始めてまだ数年、オリジナルを書いた経験がなく、二次創作の発表作品数も僕より少ないというのは聞いている。
読書もあまりすることがないらしいのに何故なのか全く分からない。
マンツーマンで数時間色々な話をされ、数年中にデビューしろと言われたらしい。
僕はお願いして時間を取ってもらい、軽く話を聞かせてもらっただけである上、そんなことは言われもしなかった。
「才能の差でしょ」と妹に言われたけれど、多分そうなんだろう。
度々思い上がり、叩きのめされ、浮上してまた思い上がり、を繰り返しているだけだった自分には、「天性の才能」なんてただの夢物語だった。
それが本当に誰しもが夢見るだけのものだったならよかったのに。
「才能」という言葉、それが表すもの、僕も欲しかった。
一応外野きどりという事は、今は嵐かエイトあたりに降りてるのかな?(なんとなく)
キンキに限らず、ジャニヲタにはこれぐらいイっちゃってる人は結構いる。
特に2chばっか見てるか、同担(同じ人のファン)のブログしか見ないおばさんに多い。
メンバー(或いは共演者など)のせいで、自分の贔屓の頑張りが台無しじゃない!とか、
あいつと組んでるとあの子は輝けないのよ!可哀想に!とか、モンペア化しちゃうんだね。
ブクマでも言われてるが、「ジャニの様式美を守って努力する」という事が、必ずしも
一般的に通用する「正義」ではないっていう事に、この人は気付いていない。
「ジュニアでコツコツ頑張って来た子をさしおいて、下積みないのにゴリプされやがって」
ジャニーさんに贔屓されるのも一つの才能だし、そういう運みたいなものも、芸能人としては
大切な事のような気がする。
ゆっくりと衰退の一途を辿っていくのをおもしろいと思うのもおかしいけど。
ここまでファンに嫌われ戸惑われ庇われ続けながら、どんどん自分の世界に没頭していく堂本剛と。
ひたすらにひたむきに技術を身につけ才能を伸ばし、一流のエンターテイナーに登りつめて行く堂本光一。
対局に位置するふたりを内包するKinKi Kidsというグループが、今後、どういう衰退の一途を辿っていくのか。
そして、5年後、10年後、彼らがどうなっているのか。
未来は見えない。
だから、興味深い、と思う。
ネットでのかくある論争(とも言えないほど、ただひたすらに平行線をたどる3つ(ないし2つ)のお互いに話を聞かない、押し付け合いっぱなしの話だけど)。
ネット上でのことなんて、リアルな世界の一部でしかないとも思うし。
実際、そこまで真剣に彼らを応援したり、解散要求を出したりしてるファンがどれほど居るんだろうとも思うけど。
それでも、そういう話がでる自体が異常なことだとも思うし。
ただ単に、どこかの熱狂的なファンが、なんかしらの思惑で煽っているだけなら、こんなに長く、根深いモノにはならなかったと思う。
常に、火種は剛の口から、行動から発信されていて。
それは、たぶん、剛自身が意図してない方向で、次々と自身のアンチを生み出している。
否、少なくともジャニタレでも、特異な行動をしたり、分かりやすいくらいに特別扱いをされていたり、仕事を真面目にやらないタレントは、Jr.、デビュー組に問わずアンチがつきやすく、嫌われるものだけど。
ここまで、本気でかつてファンだった人に嫌われるジャニタレは初めてじゃないかと思う。
と、先入観を抱かせるのもどーかと思うけど。
自分がもう嫌いっていうか、自担にはこういう風にはなってほしくないと思ってるし。
本気で近づかないでくれ、影響受けないでくれ!常に反面教師にしていてくれと願わずにはおれないもんで。
どうしても中立的な立場にはなれないんだな。すでに。
KinKiファンは、大きく3つの立場に分かれている。
KinKi Kidsのファン。
堂本剛のファン。
堂本光一のファン。
同じじゃん、と思われるだろうが、全く違う。
KinKiのファンはグループのファンで、どちらか寄りとかがあったりはするが、少なくともKinKiのふたりとも好きな人たち。
こちらは、剛に心酔し、信者とまで揶揄されるほどのファンが多くを占めていると思われる。
が、ほとんどはKinKiファンになるので、本気で剛オンリーとなっている人は意外と少ないんじゃないかと思う。
たとえば、光一アンチ化するまでの剛オンリーは、そんなに居ないと思う。
こちらは、ほぼ半数以上が剛アンチを兼ね備えたファンだと思う。
剛を受け入れることができなくなって、KinKiファンを辞めざるをえなくなった、KinKiにいる光一を楽しむことができなくなった。
ある意味、病的なまでに剛を嫌い、ときにはそれ完全に思い込みじゃ。。。という持論も捲くし立てるけど。
少なくとも「一番好きな男の横に、常に一番嫌いな男がいる」光景を見続けなければならないことを考えれば。
その時には脊髄反射的な反応もしょうがないと思うし。
逆に、そこまで嫌われる剛って何者だよ、とも思うが。
結局、クオリティがKinKiでの活動<光一のみの活動となっている現状を見ると致し方ないと思う。
そりゃ、剛ファンはKinKiに固執するよ。
かつて光一が作り上げたアイドルKinKi像を、はちゃめちゃにして壊し続ける剛の行動の結果が現状によく出ていると思う。
まあ、剛本人は壊していると思っても居ないし、剛ファンもKinKiファンも、きっとそう思ってるんだろうけど。
簡単に嫌いになれれば、それが一番楽な道筋だ。
でも、光一本人に嫌いになる要素がない。
ただただ、彼が一緒に仕事をしている剛を知れば知るほど、嫌いになっていく。
剛の言動に「どうして?」「なんで?」と疑問を持ち、考えれば考えるほど、嫌になっていく。
終いには、観ているだけで虫酸が走ったり、名前を見るだけで悪寒を抱くほど嫌いになるのに。
否が応でも眼に入る。
そして、剛が発言する度、行動する度、怯え傷つき、ますます拒否反応を抱く。
それでも、光一がいる、好きな人がいる、笑っている、歌っている、踊っている。
そんな状況、正直体験したこともないし、想像もつかないけれど。
ある意味で幸いなのは、年数を重ねる度に、KinKiが剛色に染められていったこと。
光一の表情が明らかに違うこと。
(まあ、KinKiファンはそう思ってはないし、それもファンの見方次第なんだろうけど)
KinKiで本気の光一を見ることが出来ないのならば、応援する必要はない。
大切な金銭を消費する理由はない。
そう判断をくだすことができたということ。
KinKiにとって不幸だったのは。
光一ファンが(一部でも)そういう判断を下してしまったこと。
下してしまえるグループに成り下がってしまったということ。
10代の頃に、芸能界で生きることを決意し、音楽に限らず、演出の勉強もした。
今の光一の仕事ぶりをみれば、並々ならぬ努力を10年以上重ねていたんだろうと推察されるほどに。
うまく廻っている時期があった。
それが黄金期だった。
剛があまりその辺に興味がなく。
のちに剛自身が「周りの大人達の言うことを聞いてきた」というようになる時期だ。
光一がメインとなって(しかし、それを必要以上にアピールすることもなく)。
スタッフと相談し、意見を言い切磋琢磨しながらKinKiを創っていた頃。
ファンも当然、剛もそうなのだろうと思っていた。
たとえ、コンサートで剛の顔色を伺いながら、今日のコンサートの出来不出来を伺うことに何の疑問を抱いてなくても。
のちに「おみくじコン」と揶揄されるKinKiコンでは、それが当たり前だった。
ファンは常に剛の顔色を窺う。
今日の剛の機嫌がどうかをまず確認する。
機嫌がよければ、コン中もにこにこしているし、MCでもよく喋る。
しかし、機嫌が悪ければ、ムスッとしたり、MCでは押し黙る。
コンサートが終わって「今日の剛は機嫌がよかったから、よかったねーw」とか「剛、機嫌悪かったね。体調良くなかったのかな」とか。
そういう会話が当たり前だった。
(否少なくとも、今でもそうだと思う)
ちなみに「ドーム規模の公演でもKinKiコンはおもしろい」そう思っていた時期もあった。
毎年行っていたツアーで、「今回はちょっと構成が間延びしてたよね、微妙だったなぁ」と感じるコンサートがあった。
光ちゃんどうしたのかな?と思ったら、雑誌で意気揚々と剛が「今回のコンサートはオレが演出した」と言っていた。
お前かwwwwやっぱりだめなんだな、剛はw
で、当時は済んでいた(自分的に)。
でも、それから先、コンサートがおもしろくなることなくなった。
それから。
剛が「これからは戦っていく」という発言を皮切りに、KinKiに剛が意見を出してくるようになった。
それが、光一を含め、スタッフとお互いに納得するまで、とことん話し合い、意見を出し合い、そうして共通のKinKi像を成立させるために。
最強のグループにするためのものだったらよかった。
というか、普通そうだろうと思ってた。
そもそも、それまで剛が話し合いに参加していなかったのは。
剛曰く「自分は優しいから、周りがやって欲しいことに従ってきたから」で。
それは、光一やスタッフが「剛どう思う?」「こういうのはどう?」と意見を聞いてきたときに、ただ「それでいいと思う」と答えてきただけと推察されるわけで。
そんな剛が意見を言い出したら、ただの暴君だった。
後出しジャンケンのように、全てが終わった後で「自分はそんな風に思ってなかった」「ホントは違うことがやりたかった」という趣旨の発言を繰り返したと思えば。
そのうち「周りの大人が自分の意見を聞いてくれない」「僕は常に戦っている」と言い出す。
結局、自分の思うようにならなかったら機嫌を損ね、事後にメディアを使ってスタッフ批判、相方批判を繰り返す。
コンサートで口を開けば愛を語り、自分は優しく傷つきやすい人間で、しまいにはパニック障害や過呼吸症候群も持っていると病気まで持ち出す。
病気を持ち出されたら、何も言えない。
どうすることもできない。
ステージ上で薬を飲んでも、笑って踊らなくなっても、MCでダンマリを決め込んだり、光一を置いてその場から離れても。
ファンは心配することしか出来ない。
そして、ふと我に返る。
コンサートって、ファンを楽しませるためにあるんじゃないの?
なんで、剛の体調を常に気遣う必要があるの?
なんで、剛の機嫌を伺う必要があるの?
なんで、楽しむために来ているコンサートで、剛の心配をしなきゃいけないの?
気付いたファンは、疑問を抱く。
そうしてモヤモヤした気持ちを抱える日々が始まる。
光一がきている公演で「僕は長い間人間不信だった。バンドのメンバーに逢って救われた」と言ったこと。
光一の数々の音楽活動を知っているはずなのに、新聞で「光一は音楽に興味がない」と発言したこと。
自身のソロ活動でコンサートをする度、名前を変える度に、それまでやっていたことを完全否定すること。
ジャニーズ事務所を否定し、アイドルを否定し、それでも、ジャニーズ事務所やアイドルに固執していること。
年齢を重ね、社会人となりそういうファンの前に、いつまでも成長しない剛があり続けた。
10代後半、20代前半なら笑って「若いからね」と赦される言動も、ファン自身が幼いために見過ごされる言動も。
どうしても引っかかってしまうファンが増えた。
31にもなって、未だに「大人は汚い」「自分の気持ちを理解してくれない」と言う剛。
若い頃から自分の未熟さを認め、多くのスタッフにぶつかり、若さゆえに否定され、それでも食らいついて努力を重ね続けた光一とは、すでに雲泥の差がついている。
それは傍から見ていても判るほどに、顕著だ。
彼が携わった作品に、全てが顕れている。
本人がどれだけ努力をしたか、どれだけの勉強をしたかを語ることがなくても。
出来上がったものが、全てを証明している。
私自身にとっても、エンタメを享受する人間として、理想とする「ショービズに活きる人間」の理想像は光一だったりする。
観客のために、ショーのために、最大限の敬意払い、努力をし、楽しんでいる人。
どんどん要求が高くなる観客を相手に、その要求、理想を満たすものを自ら生み出し提供し続けていけていること。
歌って踊って、自分のみならずステージに上がっている人たちを輝かせることができる人。
口先だけの言葉はすぐにバレる。
全部、作品に出るから。
しない、のではない、できないのだ。
剛が観客を巻き込む。
スタッフを巻き込む。
妄想かもしれない。
でも、結局、剛は自分を否定する人たちを残していかなかった。
誰でも見れる雑誌で、友達を否定し。
真剣に剛を想ってくれている人たちが、どれだけ周りに残っているんだろうかと思う。
仕事として、真剣な議論がどう想像しても成り立っているとは思えない。
そういう風にしか生きられない彼を可哀想とも思うし。
そんな彼と15年以上2人きりのグループとして仕事をし続けてきた光一を単純にすごいと思う。
(どう想像しても、私は絶対、剛とは一緒に働きたくない)
KinKiは衰退して行く。
KinKiファンが異常に、ふたりが接近することに歓喜することも。
ふたりが仲がいいことを望み、渇望し、そういうふたりを見せておけば納得するほどまでに、レベルが堕ちてしまったことも。
少しでも剛の批判をすればファンによる集中攻撃を受け、批判ではなく「愛あるダメ出し」や単なる批評であっても。
剛を否定することは許されないネット上の状況も。
光一ファンが異常なまでに剛を拒絶し、KinKiの解散を望んでいることも。
剛を心から愛し、ファンとタレントとして共に切磋琢磨しながら成長しようというファンがいないということも。
結局、剛も、剛ファンも、KinKiファンも、光一ファンも、みんなが光一を望んでいるということも。
剛やファンから、光一はたくさんの責任を背負わされ、それらによって批判も賞賛も得るけど。
剛はみんなが甘やかして、ちやほやして、いいよいいよーと褒め称えられるだけ。
どちらが不幸で、どちらが幸せなのか。
たかがジャニヲタの。
たかがいちアイドルグループの。
本当の実情なんて、メディアに出ている以外には知らない人間の戯言ですが。
すでにKinKiファンの間から光一ファンが立ち上がり、剛アンチが声を上げ始めてから4年ほど経つ。
これから先、彼らがどういった経緯を辿って、どんな未来に落ち着くのか。
こんなに興味深い観察対象はない。
ちなみに光一ファンを剛アンチ化した顕著な一例を付記しておく。
T「今回は曲が持ってるパワーを大事に考えて、どういう歌割りや構成がいいか考えながらやりたいっていう話をスタッフの方にして」
K「ふ~ん、そうなんや」
T「知らんかった?歌割りも、サビをユニゾンにして二色(二人の声)が一つになることで曲の要素を壊すようなら、いさぎよくやめようっていう話もした。で、今回は主旋律とハモになって」
K「そうなんやぁ~。いつもはレコーディングのときにいろいろ試して、この組み合わせがいいかなとかってやってるやん?でも今回は“光一全部ハモ”って言われた。だから俺、『夏模様』のサビの主旋律、知らないもん、…って言うとだいぶウソだけど(笑)」
T「ウソなんや(笑)」
K「知らなくはない(笑)。しかしこの曲、歌うと難しいな」
これがなんなの?と思っても、これでKinKiを捨てた光一ファンが確かにいる。
自分が好きなグループは、提供される曲をどうこうしてるということは全くないし、コンサートDVDの編集に自ら口を出すこともないけど。
こういう風にはなんないでね、と、勝手に思っている。(ホントに関係ないんだけど)
そうだね
2ちゃんねるとかでも美少女アニメのネタが真面目なニュース板で盛り上がることがあるけど、あれもそういう人たちが集まってるの?
さあどうだろう、いろんな奴がいるからね
??
この辺から何言ってるのか意味がわからなくなってくる
日本語もちょっとおかしい
何が?
政権バッシングと同じぐらいの熱でエロゲームの話題で盛り上がること?
そりゃ現実でやったら(特に女性のあなたの聞こえる範囲でやったら)無礼やセクハラになるね
現実では考えられないね
「それ」が何を指すのか分からない
エロゲーをやってるってこと?それなら少数派だよ
私は男性と付き合ったことがないから男性のことがわかりません。
都内の大学に通うようになり、パソコンでインターネットをするようになって色々知らない世界を知りました。
2ちゃんねるで驚いている私は異常ですか?
ぶっちゃけそんなこたあどうでもいいし、気にするようなことじゃありません
それより大学生になったんならネットより直に人に触れたほうがいいと思います
あとあなたは大学生にしては文章が酷すぎます
地の文が汚いし何を指してるのかわからん代名詞が多すぎるし論旨も乱脈で非常に理解し辛い
もっと読書や作文をしましょう
秋葉原って高校のときにクラスに何人かいた教室の隅でアニメのジュニアノベル読んでそうな人がいっぱい集まってるんだね。
2ちゃんねるとかでも美少女アニメのネタが真面目なニュース板で盛り上がることがあるけど、あれもそういう人たちが集まってるの? それとも「オタクって意外と普通の人も多い」の普通の人? なんかすごい真面目なニュース同じ場所で政権バッシングと同じぐらいの熱でアニメとかHなゲームの話題で盛り上がってるよね? 現実では考えられなくない? テレビを見たり街を歩いているだけじゃわからないけど実はそれが今の日本の男性の普通なの?
私は男性と付き合ったことがないから男性のことがわかりません。都内の大学に通うようになり、パソコンでインターネットをするようになって色々知らない世界を知りました。2ちゃんねるで驚いている私は異常ですか?
ヨナが嫌いなんじゃなくて、公平なジャッジをされていないのが嫌なだけ。
明らかにおかしい加点の嵐、回転不足でも減点されないジャンプ。
ヨナ個人についてはそんなことをしないと勝てないと思われているのかと、むしろ同情する。
あと…プロ選手の発言で「ジュニアでも滑れる構成で金がとれるのか?スポーツとしての意義は?」
みたいなのがあったし、そういう点においても責められやすい立場にいるのかも。
だって…史上初の記録を残すことより、ショー的な要素を重視したスポーツの祭典ってなに?
多分3Aを跳んだのが浅田じゃなくても日本人じゃなくても。
回転不足認定に「中間点」導入の見通し-ISU
ttp://toramomo.exblog.jp/12916710/#12916710_1
今回の五輪で、まず男子シングルから、4回転という限界に挑戦せずに守りに入った選手が優勝してしまうのはどうか、という「4回転論争」が巻き起こりました。
続いて女子シングルでは、大会で唯一トリプルアクセル(3A)に挑み、しかも一つの試合で3度成功させるという、女子には不可能と思われていた史上初の記録を打ち立てた選手が、ジュニアでもできる演技構成の選手に「演技の質が高いと評価された」という理由で20点以上の点差をつけられて優勝を逃す事態となりました。
この2つの事件は、ISUに対して、またフィギュアスケートという競技に「スポーツであり続けるのか、スポーツであることを辞めるのか」という決断をある意味迫るような状況となりました。
ただの愚痴です。
昨日フィギュア見てました。点数にびっくりというかある意味面白い。
女子って男子より低い点数でるはずでしょ。
構成点だって女子は0.8掛けだし。トリプルアクセルとかクワドない分技術点と構成点のつり合い取るために。
なのに1位の子の点数がそのままでも男子の10位とか、スゴイネ。
まあ、でも韓国がスポーツするってことはこういうことが起こるってことだからいいや。
だから点数に関してはもういいんだけど、何より驚いたのは1位の子の顔。
演技中はきっと頑張って演技してるんだろうけど、演技以外のどんな場面を抜かれても凄い顔しかしてない気がする。
いつも意地の悪そうな、邪悪な顔してる。
真央ちゃんが滑り終わって、その子が抜かれたときゾッとした。
前からこんな感じだったっけ?
ジュニアのころから色々ブログにあちゃーって感じのこと書いてたりはしてたけど、ここまで人相悪くなかったんじゃないかな。
演技も最近は同じのしかしてない。
06-07シーズンの演技は好きでした。今ほどくねくねしてないし、何よりちゃんとつなぎがあった。
本人曰く「あげひばり」は疲れるからもうしたくはないらしいけど。
今の演技は、とりあえずくねくねして眉間にしわ寄せてあはんって顔しとけばいいんじゃね?って感じに思えて仕方がない。
年齢が近いってのもあるかもしれないけど、見ていて恥ずかしくなってくる。
腕とか手先でちゃんと表現できる子だったはずなのに。
Jスポでやってた7、8年の世界選手権見たけど、別人かって思えるほどスカスカになってた。
それなのに点数が上がるばかりで可哀想だ。
どこが上達したんだろう。33も年を追うごとにぐりってるし、スピンも移動するようになってる。
スパイラルはぐらつくことが多いし、ステップは止まってばかり。
点数と演技は反比例で、点数と傲慢さは比例の関係にあるのか。
おととしかな、GPSで違反とられた時に採点に文句つけたり、安藤さんの方が33足りてないじゃんってコーチ自ら言ってたのにはひいた。
直そうとか次頑張ろうとかじゃなくて、自分が正しい、お前ら変!って考えなのか。
日本みたいに意見言わなすぎるのもどうなのかと思うけど、なんていうか、主張も度を越すと馬鹿みたいだ。
それに、昨日のショート見ててもニュース見ててもひとつも楽しそうじゃないし、なんか本当に可哀想だ。
オリンピックって平和の祭典じゃなかったっけ。堂々といがみ合える場?
別にそれぞれがそれぞれの目的を持って臨めばいいんだけど、ずっと憧れてたんなら思いっきり楽しめばいいのに。
ヨナさんは何と戦ってるのかな。
今の彼女は人柄も演技も嫌いだけど、なんか可哀想だ。
難しいなぁ、日本語でいうと国語の授業で文法なら習うけど実際に自然な日本語と言うのは主に会話の中で学んでいる方が多くて、良く文法考えるとおかしくね?って使い方は山ほどあるからなぁ。
たとえば、ぜんぜんOKってのは 昔は文法的におかし言っていわれていたけど、今ではアリだし。なんとなく、そういう感覚だよ。
ごめんね。小さい頃からプログラムと一緒に育ってきたから、良くも悪くも母国語感覚でプログラムを扱っているから、基礎知識を勉強すると言う概念が薄い。だから、改めて外国語として学ぶ人の気持ちは良くわかりにくい。
ただ、そういう生い立ちからの経験則でいうと、量だと思う。とにかく、数をこなすこと。そして1例1例事例研究をすること。
日本語の本は、誤訳とかが多いので、なるべく原著を読むか、著者が日本人で訳本じゃないものを探すこと、等かなぁ。
うまく言えないけど、一朝一夕に身につく知識は上辺だけの知識だから、本気でやるなら、焦らずじっくりだと思う。
同じことになっちゃうと思うけど、実務をこなすのが良いと思うよ。最初はアシスタント・見習い・ジュニアあたりで。指導も受けられるだろうし。
いちおうね。10年かけてわかったこと。20年かけてわかったこと。ってのが、あるわけよ。それが一朝一夕でわかられたら、ベテランとしては、うれしいけど、立つ瀬はないw。
わかったつもりになるんじゃなくて、ちゃんと分かるには年単位。そう思って、焦らなければ、だんだんできるようになるよ。ゆっくり、楽しんで。
というか、設計って
それを元に何パターンか実装して、さらにベンチーマーク取って。
とりあえず、手近なプログラマの人に小さなプロジェクトで使ってもらって、レビューを受けて。
ジュニアーのひとが間違いやすい使い方の部分にガードを入れて。
何回かこなして。
それでようやく、大規模プロジェクトに使えるような設計のベースが出来上がる。
手放しでいきなり設計した物は、動くだろうけど、ベンチでなかったり、初心者がミスしやすかったり。
デバッグ用の仕組みが入って無くて、落ちるんだけどトレースできなかったり・・・。
そんな実装して、ベンチマーク取っての繰り返しを
人に頼んでいたら、時間ばっかかかってしょうがないよねぇ。
そもそも浅田とキムをやたらに(当人たちがしていないのにも関わらず)年と背格好が似ているからといってライバル視して煽るマスコミの論調が気に食わないのだが、もっと気に食わないのはいまだに「技術の浅田、表現力のキム」と日本のメディアが煽っていることだ。
そら確かに、技術力で上回る浅田に、表現力のあるキム、そして二人は同じくらいの背格好で、同い年!という構図はいかにも漫画チックで面白げだが、その面白げな演出のために事実を曲げるのは言語道断だろう。
浅田選手は実は(といってもフィギュアファンには常識だが)表現力も凄い。PCS(厳密には違うがかなりおおざっぱにいえば芸術点的なもの)の今季最高得点は浅田である。今回のGPF(グランプリファイナル)でも、なぜだか日本のマスコミはやたらに「ヨナがミスしたおかげで浅田が勝った、浅田はノーミスなのにキムよりちょっとだけしか上じゃなかった」「ノーミスだったら多大な表現力の差でヨナの方が勝つ」的なことにしたがっているのだが(これはもう、物凄く不思議だ。自国の選手がアウェーで優勝し、女子史上初の3A(トリプルアクセル)×2を決めてきたというのになぜこういう論調にしたがるのだろう。男子の小塚が初めてGPS(グランプリシリーズ)で台にあがったのに、ほぼスルーなのも気になるし、あれほどマスコミが煽ってきた4S(4回転サルコウ)を安藤がチャレンジし、DG(回転不足のこと)こそとられたものの着氷したというのに(個人的には安藤はもう4Sを目指さないほうがいいと思うが)スルーしているのも謎だ)、GPFでの二人のPCSの差はほとんどないのである。またヨナがミスして浅田はほとんどミスなかった、的構図も誤りであって、浅田はSP(ショートプログラム)でもFS(フリースケーティング)でも減点の非常に大きなミスをしている。ただそのミスは、減点が大きいわりに素人目にも、いや、荒川静香や伊藤みどりというプロにでさえもわからなかったようなものであるため一見目立たなかっただけだ(要はDGである。それに加え、FSでは、転倒そのものより、それによりコンビネーションジャンプが単独になってしまったことが痛かった。今のルールでは下手をすると転倒よりわずかなDGの方が痛いのだ)。素人が浅田の演技を見て「ノーミスなのに」と思うのはまあ仕方ないが、マスコミがそれでどうするのだろうか。
まあとにかく、結論として、浅田は実は表現力もかなり優れたスケーターである。海外ではむしろ、技を褒める前に表現力の方を褒め称えられていたりする。浅田は、表現力もトップクラスの上、スピンやスパイラルやステップもレベルが高く、その上にジャンプの凄さ、またスタイルも抜群によく(フィギュアスケート選手として。この点はキム選手も同じ)、メンタル面も優れている、奇跡のような選手なのだ。
メンタル面の強さは凄い。今シーズン初めのフランス杯で、あれだけgdgdになっておきながらも、わずか2週間でジャンプの調子を整えてきたという凄さ。普通なら有り得ない。また昨シーズン足を引っ張ったロングエッジのルッツを、僅か1シーズンでしっかり矯正して来て、加点までもらえるほどのジャンプにして見せた凄さ。驚異的だ(ジュニア時代からずっとそういう癖だったものを矯正するのは勿論難しいことだ)。なんと苦手だったサルコウまで飛んでいる。
月曜日のとくダネというニュース番組で、こともあろうに「3Aを二度飛んだのに、結局ミスをしたヨナとたいして差がない!浅田は実力不足が否めない!その差はヨナの妖艶な表現力にある!」といった論調で報道がなされていたのだが……これには正直文字通り開いた口が塞がらなかった。何度も言うが、PCSはほぼ変わりない。というか、昨シーズンの世界選手権では浅田の方が上である。
キム選手は確かにトップレベルのスケーターでありそれには間違いないが、事実を捻じ曲げてまで、優勝した自国の選手を「実力不足」だと言うのは最早、何がしたいのか分からない。ピーコに至っては「二人の私服のファッションセンスに差がある」というような事を言い出し、アナウンサーは「二人のCM契約数の差」を話し出し、小倉はそれらにいちいち暗い顔をしては「真央ちゃんはまだ力が足り無い……」と嘆き……本当に何がしたいのか意味不明な番組であった。アウェーで自国の選手が優勝したのに何故かお通夜ムードである。
まあしかし、確かに浅田も重大なミスをしたとはいえ、女子史上初、伊藤みどりも成し遂げなかった3A×2を成し遂げた業績の割には点が伸びなかったのは事実である。表現力もいいというなら、一般視聴者にとっては更にわけがわからなくなることだろう。一体何がダメなのか?そこは2年くらい前から変わってきた今のフィギュア界の不可解なルールが関係しているのだが話すと長くなるので割愛する(キムヨナもジュニア時代からほとんどやっていることは変わりがないのに急に浅田に勝てるほどに点が伸びだしたのもルール改正と同時だ)。
あと日本のマスコミはやたらにGPSを重視し、まるで世界選手権と同格のように扱っているが、フィギュアスケート界では大会の格としては世界選手権>>>>GPSである。というかここまでGPSを盛り上げているのは日本と韓国くらいだ。別に盛り上げてくれるのはいいが、フィギュア選手の毎年の最終目標は常に世界選手権であり、GPSはその前座的役割、今季のプログラムの経験値を上げるような場である。今回など、浅田選手は相当に高難度なプログラムを入れているため、これはもう世界選手権で完成してくれれば御の字、といったところだった。正直フランスでの演技を見て、GPSはヤバいかなと思っていた(のだが、あの回復……驚異的だ)。あまり、全ての試合に勝つように煽るのもどうかと思う。国内大会で力を使い果たして世界大会でバテるのでは意味がないのと同じだ。
まあ、とはいえもうマスコミには必要以上に浅田をアイドル化してほしくない、安藤の二の舞にさせたくないという気持ちもあるのでそう着目されても困るのだが。浅田・中野の3Aや安藤の4Sは、本っ当に難しい技で、今のルール上はチャレンジしてもたいしたうまみはないばかりか、リスクばかりが伴う。大技煽りもマスコミにはやめてもらいたい。高橋の4回転2度や、小塚の4回転も同様である。特に安藤の4Sはもう煽らないで欲しい。今回まさかチャレンジしてくるとは思わなかったが、4Sとプロトコルに出て、DGだったものの着氷したのには驚いた。あれだけでもかなり凄いことなのだが、どうしてこういう時に限って取り上げないのだかな。まあ、これを期にもう安藤の4Sには注目しないのであれば、それはそれでいいのだが。安藤は4Sに固執せずとももともとレベルが高いのだから、点数的にも怪我的にもリスキーなだけでうまみのないあの技はもうやらないほうがいい。
http://d.hatena.ne.jp/faith_and_brave/20100220/1266673222
まず第一にエンタープライズでの開発が考慮されていない。エンタープライズの開発だと100人200人 マスタークラスから ジュニアーまで様々なレベルの開発者が携わる。
その中で重要になってくるのは可読性。
はっきり言って、歴史的な可読性を犠牲にして効率が上がるならともかく、気持ちの問題程度の効率では意味がない。
第2に
スレッドとファイバーの違いぐらいわかれ、わざわざスレッド起こしたらコンテキストスイッチにどれだけコスト食うんだよ。
関数コールするとレジスタとかが、スタックにPUSHされるんだよってわからん奴が、IF書くなと同じで、スレッドってコンテキストスイッチの塊なんだよってのがわかんないのに下手にスレッド書かせるな。
3にラムダ式・・・いらん・・・必要なのは曲芸じゃない、可読性。可読性を犠牲にして早くなるならともかく・・・
4にforeachではlastを変数に取るな。途中でReallocしたり、eraseしたりしたときに余計なバグを生んで面倒だ。レビューの時も邪魔。速度?速度が必要な背景でSTLのVector使うな。配列使うかポインタ使え。
なんつーか、トータルで見て、次はC++と各種OpenCLとかGLとかのライブラリの集合だな。C++0xはまともに使う人もいなさそう。正規表現とかもライブラリ使えば良いし、そもそもC系列ならBisonとかLRとかだろうと。C系列の使い手ならBNFを使え。正規表現使いたければそれこそ、Perl使え。
バイト数の上限があるのか、最後の部分が表示されないので、ツリーで。
この世代にこれだけ優秀なチームが集中して集まったのは偶然なのかなんなのか知る立場にはないのだけれど、
この辺が競い合う事で、まずエリート層の底上げが期待できればなあというのが、傍観者としての希望。
男子の方は、日本選手権でもけっこう成績が安定しなくて顔ぶれも毎年変わって、面白かったりする。
優勝という事で見ればSC軽井沢が現在3連覇中なのだけれど(これも大学生と社会人の若いチームで今後が楽しみ)、