はてなキーワード: 偽善とは
<三が日に、三人で過ごした時間も、
とっくに昔の出来事に成り果て、
もう、俺の記憶を彩ることはない>
<雪菜のこと、好きか嫌いかなんて聞かれたら、
そんなの考えるだけ無駄だろ?好きに決まってる。
じゃあ、どっちが一番かなんて聞かれたら、
本当は、結論が出てたってことも。
だけど、そんな自分の買ってな思い込みよりも、
思いをぶつけてくれる相手の言葉の方が
強くて尊いって、そう信じたことも。
何も言ってくれなかった相手には、
◆武也
・忘れろ。
あんなおっかない女のどこがいいんだ?
お前とは、何もかも釣り合わないだろ?
だから立ち直れ。今を、絶対に手放すな。
・いいか春希?
お前と雪菜ちゃんには先があるんだぞ?
いい加減、覚悟を決めろよ?
…決着は、ついたんだよ。
それは、お前だって同じはずだろ?
春希、お前は俺とは違うんだ。
…俺みたいになって、俺を失望させるなよ?
・こいつがそれで納得できるような奴なら、
俺もそこまで気にしないんだけどな。
・春希っ!馬鹿、やめろ、戻って来い!
◆親志
・女のことで武也に説教されるなんて…
春希って最低の屑だな
<武也のいう偽善が、たとえみんなを救うんだとしても、
いや、偽善とは思わないけど?ってか、それ以前に怖くなかった?
あまり意識してなかったのかもしれないけど、相手二人だったんだよね。
私なら偽善だの何だの考えることすらせず、怖いからお金渡して逃げるよ。
普通の人ならそんな人通りのあるところで騒ぎを起こさないだろうけど、もう相手には捨てるものないじゃん。
それと、相手はやっぱり人を選んで声かけてるよ。
元増田は若くて育ちが良さそうだから、こういう場面には慣れてないから動揺して金を出すだろうって計算してさ。
くらいに思っておけばいいよ。そんなありもしない罪悪感感じるくらいならさ。
・一面だけを見て全貌を判断することを常識と呼ぶから、人は偏っていくんだよ。たしかに悪いロリコンは力にすがる。だが良いロリコンは情熱に頼るものだ。
・今の俺はそれを見なかったことにしたくないと訴えている。助けたいと主張するのではなく、満たされたいと手を伸ばしている。自己満足に飢えた偽善袋が、心の隅で透明な腕を振るっているのだ、つかめと。善意の花を握りしめて棘を、指に突き刺せと。
・厳しいっていうか、堅苦しいっていうか・・・一方的に考えを押し付けて、その上こっちから距離を詰めるのは嫌がって、逃げる。そんな所が嫌いだった。普段から人の話を聞けとかうるさかった。小言ばかりだった。あたしや兄貴にわがままを許さなかった。なのにそんな父さんが兄貴と話すことからずっと逃げてたのが、許せなかった
・俺は忙しいんだ!そして自殺するな!生きててもやることがないなら寝ていろ!寝ていて腹がすけば飯を食え!飯を食って汗を書いたら風呂に入れ!繰り返していればそのうち勝手に死ぬから、早まる必要なし!いいか、死ねないなら生きてろ、じゃあな。
・心の栄養はブトウ糖じゃない、他人だ。私が18年間満たされず、そしてカレと出会った一年で何十年分と蓄えられた、孤独の舌が舐め続けるあまい蜜。カレが与えてくれた栄養素は、まだきっと、胸のうちに残っている。貯蔵しておいたままで、腐らせるわけにいかない。
・絶望を永遠に、胸のうちに閉じ込めて。悲しみを絶やさないように生きて、いつか。カレのためにできる最高の死に方を見つけよう。これからの私は、それだけを考えていく。今日は、生きて終わるけど。明日、また自殺したくなるかもしれない。それを否定せずに、私はそれが有意義なことかどうか真剣に検討していこう。死に時まで生きていこう。
「いまのぼくには無理」とか自分勝手に判断していた。
判断のそのときそのときが、人生でもっとも最悪な時期だと思っていた。
いつも最悪だと思っていた。自分のなかでは正しく論理的に考えて、ダメだった。
けれど振り返ればここにきて、本当に今が最も最悪な状況になっているかもしれない。
しなければならない人生の訓練をちゃんとしてこなかった結果だ。
※人生の訓練とは、女とか仕事(仕事ってもバイトだけど)とか人付き合いの話。以下、説明とぼくについて少し。
過去に彼女がいなかったわけでもないし、バイトをしなかったわけでもない今もしてる。
だけどぼくはあまりに怠けすぎていた。ただ「自分が弱い」という理由だけで。
何年も彼女がいなくて、バイトもしてない時期があった。それが良い状態ではないと思っていたが、あまりに世の中は怖いことだらけだった。
あと働くことで得られる自信なんてものはクソッタレだと思ってるけど、人間的に強くないからやっぱり働くことは勇気を得ることでもあるわけさ。
ぼくは精神的に弱い人間だ。小さなころから一人でいることが多かったせいだと思う。
もちろん今でも友だちは極端に少ない。いるのかいないのかよくわからん状態だ。
一時期は、玄関まで行っても扉が開けれない状態だった。軽く鬱病だったんだろうな。毎日死にたいとか思ってたし。でも病院は行かなかった。
今はそんなことないし、根暗だけど元々楽しいのは好きだから、周りの人間にはぼくが賑やかしみたいに見えてるだろうな。
そんなぼくのことを羨ましがるひとが何人かいたけど、たぶんぼくと同じことで悩んでいたんだろうな。
ぼくはそれを乗り切ったわけじゃないし、今でもずっと孤独だ。だからといってむやみに悲しむほど繊細な心は鬱時代に置いてきた。
ただ時々生きるための理由を偽善的につくろわないと「死んでもいい」という思考回路につながってしまうからしんどい。
「死ぬ覚悟より生きる覚悟のほうがずっと大変」だとは偽善的でなく本気で思ってる。
ていうか真実じゃないかな、だからすぐに死にたくなるのさ。努力しないと人はすぐにネガティブになるしね。
RPGの話をする。
RPGっていっても、テーブルトークRPGやMMOとかじゃなく、ドラクエやFFみたいな俺が青春を費やしたやつだ。
ストーリーってもう出尽くした気がするんだよね。
かつては、ストーリーに出尽くしなんかないと思ってた。
もちろん、定番のネタというのはあるけれども。
でもさ、思えばRPGにおけるストーリーの制約はけっこう厳しい物がある。
町の平和を守るとか、そういう小さな目的から、世界を救うといった大きな目的まで、その流れに沿って話を進めないとならない。
ハードと媒体の進化によって、グラフィックや容量に制限はなくなった。
いくつもの国があり、それぞれの国にはいくつもの町があり、それぞれの町には何百人、何千人、時に100万人以上の人間が住む大都市まで登場する。
そんな世界では、一人の魔王を勇者が倒せば諸問題が全部解決する、なんてことはありえない。
現実と同じくらい複雑な世界では、その世界の諸問題も現実世界の諸問題同様に複雑で、誰か一人をやっつければ解決するほど単純なものではない。
独裁者、魔王、そういった一個人をラスボスにすることが出来ないとなれば、ラスボスは超存在とか概念となる。
スーファミ時代から、いやファミコン時代の後期からそういう傾向はあったけどさ。
でも、そういうのってしっくりこないんだよね。
昔話、神話で刷り込まれた勇者が魔王を倒すっていう基本のストーリーははやっぱり強力。
そういう単純な話、敵をやっつけて一件落着というラストに落とし込めるような、箱庭的な小さな世界観のゲームのほうが結局面白い。
「世の中には善と悪だけじゃなくて、偽善やら偽悪やら、善のつもりで悪をしてたり、その逆だったり、頭じゃわかっても憎しみは消せなかったり、いろいろあるんだ」
などと説教されても
「うるせーバカ」
となっちゃうだろ?
最近になって、糸井重里がMOTHER3の開発が頓挫した理由を「大作主義に陥ったため」と説明した理由が理解できてきた。
フラッグシップハードのRPGは大作である宿命が義務付けられている。
グラフィックは美麗でないといけないし、美麗なグラフィックは古典的で単純なターン制では許されない。
誰得な複雑でわかりにくく珍しさだけで楽しくもないシステムを抱き合わせさせられる。
世界は壮大でないといけない。
敵の目的も壮大でないといけない。
ちっぽけな主人公の存在が世界の大きさに押しつぶされてしまうのだ。
(じゃあ主人公をちっぽけじゃなく、特別な存在にすればいいのか?そんな特別な存在に感情移入できるのか?)
ずいぶんと後に、ゲームボーイアドバンスでMOTHER3が発売された。
物語の全てが小さな島のなかで進行した。
人類が生き残っているのはその小さな島だけだった。
それでも、大作を目指してしまった痕跡と言うか、いろんなものを詰め込み過ぎた痕跡が見え隠れして、MOTHER2ほどの面白さがなかった。
「他の犬は知らないかもしれないけど、君達が世界を救ったこと僕は知ってるよ」
と言ってもらえるような冒険がしたいんだよ。
http://anond.hatelabo.jp/20111012183212
あなたの言いたいことはわかる。
随所にある押し付けがましさと、先覚者ぶった態度が気に入らないという人間は多いと思う。
しかも説明が説明になってないのに長々と語るからなおさら、ね。
しかし、それについて、私は割りと好意的に受け取った。
要するに、そんだけ彼の中ではマネジメントとか、すぐれた小説との出会いが衝撃が大きかったんだろう、
どうすれば伝わるか、なんて考える余裕が無いくらい、いっぱいいっぱいなんだろう。
たどたどしく自分の感動を語って、伝わらないことにヤキモキしてしまう。小説家としてはともかく人としてみたらものすごく可愛い。
彼は子供のように、純粋・・・とは言わないけどシンプルに物事を考てしまう人なんだと思う。
これを20代の若造が言ってたらふざけんな、になるけど40過ぎのオッサンが言ってるんだからむしろ頑張れって気分にならないか?
個人的にはすこし羨ましいとまで思ったよ。真似したいとは思わないけれど。
あえて言うと、この人の良くない点は
「自分が正しい」というにとどまらず「別に間違いでない他人の意見も間違いと言ってしまう」、この一点にある。
何かを語る時、何かを否定せずにはいられないっていう性癖みたいなものね。多様性を認められない。
何かすごいものを見つけたら、何でもそれを中心において、それと比較することでしか物事を測れない。
「百年の孤独」に感動したら、他の小説やマンガをすべて百年の孤独と比較して読まずにはおれない。
ドン・キホーテやハックルベリーの凄さを語ろうと思ったら、周りをこき下ろさずにはおれない。
自分の読みの正しさを主張するためには、名指しで人間を批判せずにはおれない。
あらゆる自己啓発の本に書かれているとおり、何でも比較せずには済まされないってのは敵を作りやすく不幸の原因になる最たるものなんだけれどな。
ただ、その精神のあり方も興味深いと思う。
自分こそが正しい、自分の周りの人間は間違っている、自分が教化してやらねばならない。
そういうあり方。
和を尊ぶと書いて出る杭は打つ、と呼ぶような日本において、
40過ぎになってもこういう考え方を維持できるってのがすごいと思う。
要するに、ソレほどまでに他人を嫌悪しているというか、プライドが高いわけでしょう?
どれほどまでに人生に鬱屈を抱えてきてるんだろうこの人は、と思う。
これほど全力で後ろ向きに生きている人も珍しいと思う。
こういう人は処女作なんかだと、装飾抜きで己の鬱屈を自分の分身に語らせてぶちまけるような本を書いて、
全然売れないけれど一部の人間にはカルト的人気ってのが定番なんだけれど
いきなり「女子高生」「マネジメント」など計算された本を世に送り出せるわけだから私の理解を超える。
小説家としてはいろいろ問題がある彼と、企画屋としては優秀なのかもしれない彼のちぐはぐなキメラ具合が本当に面白い。
なんにせよ、ホメオパシー教や反原発教、子供をまもれ教などの人たちを見ればわかるように、
彼のような一神教の人たちは、一度神を見つけてそれに身を捧げてしまった人ってのは、
常人じゃ考えられないほど精神が強固にしばられてしまってるし、そのことに幸せを感じるものであり、
それを否定されると攻撃的になるのは宗教の性質上仕方ない。
他人から見たら不幸な生き方に見えるとしても、一神教の人間にとっての幸せとはこういうもの。
一体、人間にとっての真の不幸とはなんなのでしょうか?
どれほど多くの友人がいても、どれほど親密な家族がいたとしても・・・
互いを縛ることなく、対等の建前のもとに、ただ、自我を垂れ流し合っているだけの関係だとしたら・・・
人の心はとどまることなく拡散し、やがて、自分自身の姿すら正常に認識できなくなってしまうでしょう。
あるいは、なにが「自分」なのかがわからなくなった状態こそが、真の不幸だとは思いませんか?
彼女の大地に穿たれたような心の強さは、彼女自身が、しっかりと自らの魂の形を認識しているからに他なりません。
それが可能だったのは、彼女が常に、「縛る者」と鎖によってつながり合っていたからです。
こういう思考が前提にある以上、彼が身分に対してもこだわりがあり、
自らを一つ上に置いて、私達のように「教養がない人間」を当然のように見下すのも彼にとっては自明のこと。
それを堂々と語るあたりは、現代離れ、日本人離れしているというか世間知らずだと思うけれども、それもまた面白い。
慈善事業には必ず詐欺師がいるとの事ですが、偏見ではありませんか。
もちろんそういった人間がいないというわけではありませんが、
PCの余力を使う事すら非難する程の事でしょうか。
僕の個人的な異見としてはそれは考えすぎです。
嫌儲思想を否定するわけではありませんが、これは募金ではありません。
月数百円の電気代に不満があるようでしたら参加しない方が良いかと思われます。
ボランティアですので、参加する側の優越感もひとつの材料です。
それを崩すような行き過ぎた見解は 誰のプラスにもなりません。
研究の結果やデータなどはWCGやBOINCで参加可能のプロジェクトのサイトで御覧ください。
中には英語のものもありますが、解析が終了したプロジェクト等について閲覧することもできます。
非常に時間のかかるボランティアですので、以前あったUDという白血病研究も大きな成果にはつながりませんでしたが
解析は無駄ではありません。
いずれナニかの役に立つ、その程度の事ですが有益な結果が出れば治療薬の発見、治療方法の発見につながります。
それがいつになるかわかりません。
WCGの中にある小児がん解析は8000年かかるであろう計算をWCGを通して計算を分散することで2年での解析を目標にしています。
研究にすぎませんので、この計算が終わった所で100%の成果が出るかどうかはわかりません。
わからない事はやらない という主義ならばそれも正しい選択かと思います。
これはボランティアですので、納得できないようでしたら参加しないが吉でしょう。
電気代も少しは上がりますし、微々たるものですがPCもその分は消耗します。
それを踏まえて 研究結果も見て 参加してみようと思うのであればご協力をお願いします。
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僕個人としては
ただPCの余力を使って解析しただけで治る なんてうまい話があるんだろうかと思っていました。
今も 僕が参加したところで本当に微々たる変化しか無いと自覚しています。
それでもそういった僕のような考えを持ちながらも参加する人間が何人かいれば
偽善ではありますが、 「もしかしたら治せるようになるかもしれない」という気持ちを持ってやっています。
僕は祖父を癌でなくしてから、世の中から病気が無くなればいいのに と本気で思うようになりました。
臭い言葉ですし、そんな事僕が生きてるウチにはありえない事だろうと思います
それでも もしそんな日が来るなら と淡い希望を持っています。
世の中がから病気が無くなって寿命一杯元気に生きられる世界がくればいいという目標があるから
参加を決意しました。
もしこの団体が偽物で計算結果を持ち逃げしてどこかで売りさばくような団体だったとしても
それは僕の理想にナニも問題はありません。
病気がなくなればいい
それだけですので。
誰かが儲けようがどうなろうがそれは僕には関係無いのです。
そんな時に治せる薬があれば。
ただそれだけの話しです。
それがもし叶うなら それは喜ばしい事じゃないでしょうか。
医療に携わる事はできません。
こういった形で少しでも手を貸す事で
可能性にかけてみたいという考えを理解してくれる人もいるでしょう。
参加の有無は個人で決めてください。
自分は仙台に住んでいるんだけどさ、内陸だから3月の震災の被害は家が少し壊れるくらいで済んだ。避難所に行かなかったのだからかなりの幸運だ。
ライフラインは全部止まるし、クルマのガソリンだって残り少ない。食べ物が、いつどこで買えるかの情報戦も展開されていた。
ある日、朝7時から郊外にあるスーパーへ出かけて、その当時にしてみればかなり多くの食料が確保できた。
地元の人なら知っているだろう、震災のどさくさに紛れて、ぼったくりなんてしたあの店で。
これが人のやることか。この非常時なのに、考えているのは目先の金のことだけか。そう家族と話し、憤りを隠さずに帰った。
自宅に戻ると、電気が復旧していた。急いで充電器に携帯電話を繋げる。あの日、我が家にたどり着いてから間も無く、電池がなくなっていた。
数日ぶりに電源の入った電話に、次々とメールが舞い込んでくる。友人らが、安否確認のメールを送ってきてくれていた。
それらひとつひとつに目を通していると、一通だけ、毛並みの違う文面のメールが紛れていた。
「大丈夫だからね、みんな繋がっているから、日本は今、ひとつだから」
他の友人は、とにかく大丈夫?とか、あるいは自身は無事である、あの時は怖かった、などという内容のメールを送ってきていた。
文面としてはおかしくない。勇気付けようとしてこういうメールを送ったのだろう。
だけど無性に腹が立った。
ぼったくられたばかりだった。余裕がなかった。偽善の言葉のように聞こえた。東京に住んでいて、何でもあるのに、何を抜かす、と本気で思った。
だから、「メールをくれたのは嬉しいけれど、そんな綺麗事を抜かすな」と返信した。メールは戻ってこなかった。
それから数ヶ月が過ぎ、震災前とほとんど変わらない日常が戻ってきた。ニュースさえなければ、一日くらいは震災のことを全部忘れて過ごせるような気がする。
私の街は少し寂しくなった。空いていない店がまだある。建物がめちゃくちゃに壊れて、閉店した店も少なくない。
私自身も仕事が変わった。いつ切られるか分からないけれど、3月よりも前向きに過ごしている。
ついこの間、ちょっとしたことがきっかけで、例のメールをくれた友人のtwitterのアカウントを見つけたので、覗いた。
ぞっとしてしまった。なんか気持ち悪い。
震災のことばかりをつぶやいている。ユニリーバの募金のことは毎日欠かさずツイートしているようだ。
毎日毎日、震災のことばかりをつぶやいて、宮城が大変だとか放射能がどうとか、福島はかわいそうだとか、そんなことをつぶやいている。
愛とか平和とか、絆とか、積み重ねれば大きな力になる、差別反対、エトセトラ。半分くらいは誰かの言葉のリツイート。
こんなことは恐らく、普通のことだ。寒気を感じる自分がおかしいとは分かっている。だけど腹が立つ。私は被災者様なのだろう。津波に遭ったわけじゃないから、被災者でもないのだけど。
友人に哀れまれているようで嫌だった。本人はすごく力になりたいのだと思っているのだろうけど、頑張る方向が違うような気がする。綺麗事だけじゃ生きていけない。
思いのほか、反響が大きくて驚きました。ご質問やご意見に、反応と言うか、意見を書きたいと思います。
観察したり批評するという行為自体が、基本的に上から目線です。絶対そういうことを言われるだろうなと思ったのが自分のブログではなくマスダで書いた理由です。「天皇機関説」「産む機械」「暴力装置」等々、社会科学の文脈で語られた言葉でさえ優越感ゲームで処理されてしまう世の中です。こうした負の連鎖について、学校で教えればいいという意見もありましたが、絶対に無理だと思います。当事者たちから感情的な反発が来て、社会的なリンチにあうのが目に見えているのに誰が火中の栗を拾うでしょうか。お金のこと、キャリアのこと、仕事のこと、本当は中学までに教えておいた方がいいことがたくさんありますが、それがなされていないのにはそれなりの理由があります。
[地主のことが書かれていない]
H町は地方であり郊外ではあっても農村ではないということです。一時的な土地バブルがあったとしても、その恩恵を被ることが出来るのは資産家だけです。農民は、フローは少なくてもストックは持っているので、都市郊外の開発初期には、バブル資産家が続出しました。しかし郊外に住んでいる人はそうした人ばかりではありません。H町は、一度、農村化から工業化の過程を経ているために、住民の大半はプロレタリアート層(あるいは下層ブルーカラー)でした。地方=貧困とじゅっぱひとからげで見るのが間違いであるように、主に都市プロレタリアートの人が言いがちな、地方=資産家の構図も全体に敷衍するのは間違いです。
[戦後にはそういうところから成り上がった人たちがたくさんいる/別にブルーカラーでも不幸とは言えない]
現在は高度経済成長を経て、安定成長の時代も経て、デフレの時代です。そうしたチャンスの時代を経てなおかつ成り上がれなかった人たちが取り残されている問題なのです。「生きがい労働」がどうしたと散々不平不満を言っている今の世代が、ブルーカラーでもそれなりに幸せというのは偽善じゃないでしょうか。選んだ結果ならばともかく、それしか選べなかった、実質的には選ばされている状況で、人それぞれというのは気休めとしか言いようがありません。
[新住民も"上層"下層プロレタリアートに過ぎない]
これはある意味そう思います。元記事は、勉強という切り口から見たのですが、根本の知的好奇心が欠けているのは新住民も原住民も大して変わりません。これは精神論の話をしているのではなくて、根本の欲求がない限り、勉強が能力として身につかないという側面があるので、これは重要な問題です。恐竜博士といわれるような小学生は興味があることについては専門家レベルの知識を持っています。そういう人に、興味もない人が付け焼刃で暗記したところで太刀打ちできません。メリットシステムの上層部は、恐竜博士みたいな人ばかりなので、いずれ新住民も挫折を強いられることになります。それでも、下士官どまりであっても日常的に殴られる二等兵よりはマシです。新住民はその程度のことは理解しています。彼らは将軍になるためではなく二等兵にならないために走っているのです。
[金持ちを引きずり落とす必要がある]
「金持ちを貧乏にしたからと言って貧乏人が金持ちになるわけではない」と某女性が言いましたがこれは間違いです。経済自体はプラスサムですが、経済構造にはゼロサムの部分があるからです。一番わかりやすい例は農地解放です。富の偏在の是正を比較的可能にした戦後日本と、戦後すぐには日本より豊かであったフィリピンの現在の姿を比べれば一目瞭然です。メリットシステムの結果発生した富と、アリストクラシーの結果保持された富はまったく性質が異なります。前者はメリットシステムを強化し、後者はメリットシステムを弱体化させます。少なくとも新住民に「努力の報酬」を与え、原住民に努力の動機を与えるためにはメリットシステムの強化は不可欠であり、そのためには既得権益層を弱体化させる必要があります。
そういう極端な例を言うなら、逆のことも言えます。そういうことを言う人たちは家庭内の虐待を助長しているのではないでしょうか。
家庭には子供を抑圧し、スポイルしてしまう面もあると指摘することが、アボリジニの盗まれた世代に直結するというならば、家庭の不可侵性をことさら言い募る人たちは、親が子供を所有物のように扱い、虐待することを是としているとも言えるのではないでしょうか。物事を多角的に見ずに、だから進歩主義はダメなんだみたいに言いたがる人には、おぞましいという感情しか持てません。
じゃあ、どうすればいいという具体的な解決案が私にあるわけではありません。あるというなら、あると言う人が提示してくれればいいと思います。分かり易い具体的な解決があるならすでに実行されているでしょう。問題だけ示して解決も出さないのが無責任と言われるなら、そう批判されてもしかたがないと思います。しかし問題があるものをないということは出来ません。
不満に思っていない、と言い聞かせている、と私は思います。仮に宝くじにあたって、以前と同じライフスタイル、以前と同じ消費財で満足できるでしょうか。できるというなら、それはそれぞれの好みだと言えるでしょうが、実際にはそうではないわけです。選択可能性があって、初めて選べるのであって、選択可能性がないところで手に入れた物はあてがわれたものに過ぎません。努力をする人、特に自分の子供が努力をするのを引きずり落とそうとするのは自己欺瞞を突き付けられるからではないでしょうか。戦後の、教育熱心なお母さん(北野サキさんみたいな人)とそうした原住民の親の違いは自己欺瞞の自覚の有無だと思います。
原住民の友達の中にはマンガでさえ本というものは読まない子はたくさんいました。そういう子たちも中学の頃には「少女コミック」を熱心に読んでいました。素敵な彼とセックスしてしあわせ、みたいな話です。今にして思えば、小学館は貧困ビジネスをしていたんだなと思います。
[原住民にも向学心はある]
逆上がりができるようになって嬉しいくらいの向学心はあります。小学生の時の「勉強ができない」は本当に簡単なところで理解がつまずいているのですから、少し整理してあげるとパッと分かって、魔法みたい、嬉しいということはありました。ただ、それが続かないのです。それを続かせてサポートする環境がないのです。原住民の子でただひとりだけ、有名大学に進学した子(男の子)がいました。彼は頑張ってそうしたのではなくて、もともとの知的好奇心がある子だったので、勉強しないことの方が苦痛、という子でした。彼とは何でも話せる友達になりましたが、彼は少年時代ずっと、家族からさえ変人扱いされました。彼を励ましてサポートしたのは私と私の家族くらいだったと思います。彼の場合は、たとえ変人扱いされたとしても向学心の衝動があったので、どうしてもそうせざるを得ない結果、勉強したのであって、そういう生まれながらの衝動がない子ならば、そうじゃないならとっくに「かわいがられる方向」にシフトチェンジしただろうと思います。ちなみに彼は私の今の夫です。
『容赦なき水の戦い、舞台は真夏のサンクトペテルブルグ - GIGAZINE』
http://gigazine.net/news/20110808_water_battle_in_st_petersburg/
はてブで上のページがホッテントリされて、タイトル前半の『容赦なき水の戦い』しか頭に入っていない状態で、
「世界には水源を巡って部族同士が争っていると言われているが、またその手の紛争か」と早とちりしてリンクをクリック。
するとそのページには、都会の真ん中でバケツやペットボトル、水鉄砲などを使い、水をぶっかけ合うお祭りの様子が書かれていた。
そしてページを改めて見て、
「世界にはこの水のために殺し合いまでする人たちがいる一方で、遊びで水をこのように扱う人たちがいる」
「世界の水問題が解決するまでこんな祭りはするべきではない」などという主張は馬鹿げてる。
東日本大震災の後に見られた過度の自粛は、経済を停滞させることも分かっている。
だが、どうしても、自分の中にモヤモヤするものが残ってしまう。
それもこれも、リンク先のタイトルをよく確認せずに勝手に妄想してクリックした自分が悪い。
自業自得だ。
今回の震災で親戚を亡くした。
とはいっても遠い親戚。
そのことに関して涙を流すようなことは結局無かった。
あれからずっと胸の中でつっかえてることがあって、でも上手く口にできないことがある。
それはもうあれ以来ずっと増田でもどこでも散々言われてることなんだけど、この今の日本に漂う空を切る感じ。
みんな復興頑張ろうって言ってる。頑張れって言ってる。
当事者じゃない第三者もみんな口を揃えて頑張ろう頑張れって言ってて、その為に何ができるのか考えてる。
偽善でも愛でも義務でもいいんだけど、そうやって日本を一つにまとめようとするムーブメントを起こそうとしてる。
広告会社もTVもネットも、それぞれの価値観で風化させないように頑張ってくれてる。
ホントに素晴らしいことだと思うのだけれど、でもそこには何か血が通ってない感じがする。
なぜかどうしても心をうたれない。
私が今回の震災で一番心を打たれたメッセージはCMでもキャッチコピーでもデモでもツイートでもない。
あの時、何も無くなった大地に転がった、辛うじて原型を留めているような車のボンネットに真っ赤なスプレーで書かれたメッセージ。
「あけない夜はない」
こんなクサくて、ありふれてて、使い回された言葉を見たときに脳天からつま先までしびれて、その後しばらく呆然としてた。
気が付いたら私は泣いていた。
それは、どこかの社長でも、政治家の誰かでもなく、芸能人でもない。
ムーブメントは必ず、きっと必ずそのきっかけの中心から起こるはずなんだ。
どんなに周りが大きな風を送っても、中心が凪いでいれば、それは人の心を動かすような大きなムーブメントにはならないのではないかと思う。
あの地震の震源地に一番近い場所で、私はヒーローが産まれるのを待っている。
もう一度、今度はその声で、ものすごい震度で日本中の心を震えさせるのを待っている。
芸術家でもいい、バンドでもいい、漫画家でもスポーツ選手でもいい。
私はそういう人が声をあげるのを待っている。
下世話な話だが、そこからは新しいビジネスが生まれたりもするのだろう。
もしかしたらもう構想はあるのかもしれない。
「被災地が生んだ天才ピアニスト」みたいなことがきっと起こるだろう。
こぞってメディアはとりあげるのだろう。
すでに被災したお笑いコンビを周りがそうやって持ち上げようとしてるのを見かけたりもする。
それでも私はかまわない。
私はあの日、あの場所で見た、あのメッセージのように、その生の声が聞きたい。
そこに生きてる人間の力を感じたい。
いや、それ以外は見たくないのだろう。
私に関して言うなら、きっとそうだ。
それは自分もその血の通わない声と一緒だと思われてしまいそうだからだと思う。
自分で考えて動くよりも、自分で誰かのために何ができるか考えるよりも、ヒーローに喝采を送るほうがよっぽど楽だからだ。
戦闘機を飛ばして意味もない弾をばらまく存在になりたくないだけなんだ。
だから広告代理店やCM制作会社はつまんないキャッチコピーやCM作るヒマがあったら
もっともっと現場の声を伝えてください。
AKBをプロデュースする暇があったら、もっとプロデュースする対象があるでしょう?
本物のヒーローを私に見せてください。
自分はレイパーにレイプされたんだから別のレイパーをレイプしていいってことにはならないでしょう。もちろん自分をレイプしたレイパーすら自分はレイプする権利を持たない。
炎上は必然的に発生する物だし、絶対悪だとは思わない。いい面も悪い面もある。
ネット上での度が過ぎる行為や単なる中傷いじめ=レイパーに対するレイプで、学校はこうすべきって具体的に憤ること=レイプ魔を糾弾するレイプ被害者の会だと思う。
問題解決無しに許せとは言わないし、最終的に許されなくてもいいけど、許される可能性を残すべきだとが大切だと思う。
非難の放棄ではなく、中傷の放棄。絶対悪の行為自体を弾劾するフェーズで終わらせるのではなく、被害者のために具体的解決策を考え圧力をかけることまですることが出来たら良い。
エンターテイメントとしての偽善から、社会的正義の面被った偽善にできないかなぁ。ただそこら辺考えるとそもそも炎上は人間の本能で動いてるから社会正義で行動するなんて単なる幻想なのかなと。
炎上って学校側からしたらすごい脅威なんだけど、炎上自体には「いじめた奴死ね」以外のメッセージが薄いから、炎上して学校側が萎縮することはあってもより良い行動や制裁をすることは少ないと思うんだ。
たまにインターネット見てたら東原亜希がブログで書いたことがそのあと不幸を招くみたいな説っていうかノリみたいのがあって、例えば東原がサッカーの日本代表と会ったことをブログに書いてそのあと日本代表が負けたらそれを東原のせいにしてデスブログとか言って盛り上がってるのを見かけるけど、あの、それ、全然面白くないからね。いや、アハハじゃなくて。またまた冗談きついわ~じゃなくて。本当に、面白くないから。面白くないって感情以外なんにも湧いてこんから。それ見た瞬間、暑いとかかゆいとかお腹すいたとかそういう感覚が全部なくなって、面白くないって感情だけになるから。
東原がその件についてどう言ってるか知らないけど、たぶん「気にしてません」とか「注目されるだけ嬉しい」みたいな前向きなことを言ってるんだろうけど、100パー陰で泣いてるから。夜中に布団かぶって枕を濡らしてるから。
あんなもんただの虐めだから。全然面白くもなんともないただの虐めだから。クラスで一番かわいい女子が虐められてたのと一緒だわ。虐めてた奴は全員面白くない奴だったわ。自分が面白いと思ってることを言い終わらない内に笑いながら言う奴らだったわ。最後の方なに言ってるかわかんない奴らだったわ。
24時間テレビは偽善だとかってタイピングしたその指で、その同じ指で東原はデスだなんだってタイピングする。そのお前の指自体がもうビックリしてるわ。指がお前の方を二度見しとったわ。
結論からいうとほかっとけ、相手も迷惑。
今まで何もしなかったのに今更でしゃばっても良いことはない。
今まで何もしなくて魅力もない。だから他人に取られた。ただそれだけ。
そして既にもう終わってるんだよ、タイムリミットもとっくに過ぎている。
不倫が正しいとか正しくないとか関係なし痴話喧嘩に通行人が入ってきたらめんどくさい事になるだけでしょ?
そもそも無理やり引き剥がしても貴方じゃ変わりにすらなれないんだから引き剥がしても先がない。
2chで相手調べたとかも貴方はそもそも関係ないし
他人を”救う”とか偽善ぶった状況だと思い込んで、しかも増田も利用してどうにか自分が動く理由にしたいように見える。
そこで相手を”救う”みたいな状況の自分に酔いたいだけじゃないの?その上うまくいけばあわよくば~みたいな、ダメでも救おうとして正しいことした、みたいな状況にしたがってるのが透けて見えるよ。
最後にもう一度はっきり書くけど既に手遅れ。
そしてその関係は貴方が選んできた結果。
一度固定化された関係はもう覆せないんだよ。
そんな状況でさらにややこしくさせるとか誰得だよって感じ。