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2013-05-12

http://anond.hatelabo.jp/20130512000707

栄典制度改革以前、日本国憲法下での勲一等旭日大綬章を受けた財界人は以下の通り。


2003 稲葉興作  日本商工会議所会頭

2002 豊田章一郎 トヨタ自動車社長

1994 亀井正夫 住友電気工業会長

1994 小林三次 読売新聞会長

1994 平岩外四 経済団体連合会会長

1994 鈴木永二 日本経営者団体連盟会長

1991 石原俊 日産自動車社長

1991 本田宗一郎 本田技研工業社長

1990 豊田英二 トヨタ自動車工業社長

1990 斎藤英四郎 経済団体連合会会長新日本製鐵社長

1987 日向方斉 住友金属会長

1987 小林宏治 日本電気会長

1986 岩佐凱実 富士銀行頭取

1986 井深大 ソニー会長

1985 久保田豊 日本工営会長

1983 佐伯近畿日本鉄道会長

1982 安西東京瓦斯会長

1981 原安三郎 日本化薬会長

1981 松下幸之助 松下電器産業会長

1981 大槻文平 三菱鉱業セメント会長

1980 堀田庄三 日本航空会長

1979 井上五郎 中部電力会長

1978 芦原義重 関西電力会長

1978 永野重雄 日本商工会議所会頭富士製鐵社長

1978 土光敏夫 経済団体連合会

1972 新関八洲太郎 三井物産会長

1972 中安閑一 宇部興産社長

1972 高田元三郎 日米通信社社長

1972 加藤弁三郎 協和発酵会長

1972 植村甲午郎 経済団体連合会

1972 今道潤三 東京放送会長

1970 斯波孝四郎 三菱重工業会長

1970 石坂泰三 経済団体連合会

1970 足立正 日本商工会議所会頭

どれもそれなりに名前の通った人たちなわけで、むしろ平成栄典制度改革以降、旭日大綬章が安売りされている印象。

勲章欲しいな

桐花大綬章(勲一等旭日桐花大綬章)を生前に受けた財界人

2007 豊田章一郎 経済団体連合会会長

2006 平岩外四  経済団体連合会会長

1987 松下幸之助 松下電器産業株式会社会長

1986 土光敏夫  経済団体連合会会長


没後に勲一等旭日桐花大綬章を叙勲された財界人

1997 井深大   ソニー株式会社ファウンダー最高相談役

1987 稲山嘉寛  経済団体連合会会長

1984 永野重雄  日本商工会議所会頭

1978 植村甲午郎 経済団体連合会会長

1975 石坂泰三  経済団体連合会会長


旭日大綬章までなら、生前叙勲に限っても、南海電鉄でも、全日空でも、JR東海でも、三菱商事でも、NTTでも、日本テレビでも、小松製作所でも、日経新聞でも、名鉄でも、大阪ガスでも、トヨタでも、電通でも、近鉄でも、連合会長でも、ナベツネでも、四国電力でも、商船三井でも、京急でも、旭化成でも、大和証券でも、九電でも、東急でも、王子製紙でも、伊藤忠でも、北陸電力でも、日産自動車でも、積水ハウスでも、もらえるんですよね。

ここを突き抜けるのが大変。経団連会長やっても、もらってない人はもらってないんでね。


あ、だから引き受けたのか、あの仕事

2012-02-19

パンとサーカス愚民政策、衆愚政治…知らなかったよw

http://www.higuchi.com/item/663

 

その「デマであろうと、いい話だからシェアする。おまえらも感動しろ」派のみなさんにぜひお勧めしたいのが、今月号の文藝春秋に載っている「日本自殺」という論文です。

この論文1975年文藝春秋に掲載されたものの再掲。最初に掲載された当時も相当話題になって、土光敏夫さんが抜き刷りを作って財界人に配って読ませたりしたらしいのですが、当時は福岡の幼い中学生だったので知らない。

ところが、これが最近文藝春秋の宿敵である朝日新聞主筆コラムでも取り上げられたりして、あちこちで注目されているので、異例の再掲になったらしいです。

日本自殺」というタイトルから、「国内自殺率が増えてるとか、そんな話かな」と思ったら大間違い。

豊かな時代を過ごしているうちに、国民の思考力や判断力が衰弱して衆愚化し(「パンとサーカス」ね)、最後には文明が滅びてしまった過去の多くの例から日本という文明も自ら滅びる道を進んでいるということを警告した論文なんですが、この中で「予言」されている内容が、まさに今の日本の状況そのものに見えるのがポイント。読んでいて、かなりぞくぞくします。

この論文の中で、人々が衆愚になっていく大きな原因の一つとして指摘されているのが「情報洪水」あるいは「情報汚染」。

マス・メディアを通じて膨大な情報が垂れ流されることで、直接経験によらない間接経験情報の比率が増え、情報に対する判断や批判が行われなくなり、浅薄好奇心あおりやすい一時性の情報ばかりを簡単に消費するようになり、やがて情報を無批判に受け容れるようになる、というプロセス

論文が書かれた当初はテレビによる情報垂れ流しを危惧していたのだろうけど、今だとネットがまさにこれ。

情報シェアする”とか断片的に何か”共感”ってのは、ある種、汚染されてきてる証拠なんだろう。

気軽に何かをしている、能動的に考えているような気分になるが、実は何も考えていないという現実

キーボードに打ち込む数が減り、クリックするだけでパブリッシュ(リツイートコピペ)できてしまうという現実、実はすごい罠に陥っているのかもしれない。

これは、アメリカインターネット)の陰謀か?(笑)

たまには、パソコンの電源を切って手紙でも書こうかな・・・

 
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