電子化は間違いじゃないけど、物理的に触れることのできる趣味関係のモノが一切ないってことが精神を不安定にさせてると思うね。
口唇欲求っていうのがあるけど、それの広い版というか。接触で満たされることってあると思う。
数冊くらいは、手触りを楽しむコレクション的な本があっていいと思うし。
タバコは吸わなくても綺麗な装飾のZippoだとか、美しい洋酒の酒瓶なんかは手や目でも所有欲を満たされる、そんなフェティシズムがあることは理解できるよね?
そんな感じで、別にデジタル機器でもいい。きらびやかな高級イヤホンだとか、心地よい打鍵感のキーボードだとか。
そういう日頃触れる「道具」に凝って、そちらを趣味にしてみるといいと思う。「コンテンツ」だとほぼ電子版で十分になってしまうからね。
ジャンルとしては音ゲーなのだが、結論から言うとそのストーリーの厚みが素晴らしい。
今までも沢山の濃密で質の高い話を提供してくれてきたのだが、特に今実施中のイベント、「What a Wonderful World!」における氷川日菜の描写は凄まじい。
日菜はいわゆる「天才キャラ」で、大抵のことはすぐに習得できてしまう。
そして努力しても上手くいかない人間に対して「なぜ出来ないのか理解できない」と一切の嫌味なく言ってしまえる「人でなし」だ。
この孤独な怪物が、Pastel*Palletsというバンドのメンバーとして他人との交流を深める中でどうなるか。
普通の漫画/アニメ的な展開ならば、メンバーとの絆を深める中で自分は一人ではないという人間的情緒を知り、他人との共感を覚えて理性を獲得していくーーそんな話になるだろう。
日菜は「他人は自分とは違う、理解できない、だからめちゃくちゃ面白い」と言ってのける。
そして、同じバンドのメンバーである千聖は日菜に関して「天才故に誰のことも理解できず、誰からも理解されない」と認識する。
確かに絆は美しかろう、理解は大切だろう、しかしそんな手垢のつきまくった、何の説得力も無い「怪物の人化物語」などではない。
ストーリーのテーマを完全に読み解くには恐らく哲学的教養(特にドイツ観念論)が必要になるのではないだろうか。
とにかく凄い。
オートで流せば35分程度の短さ、しかも他にも山盛りの要素を入れないといけない制約の中でこんな深い話を書けるライターが、なぜスマホゲーの仕事をしているのか…。
ぜひ名前を出して欲しい。
まあでも余裕の無い家族は逃げてもOKっていう制度に現状なってるっていう以上今の日本政府としては誰も面倒を見ない要介護者は税金でなんとかするって方針を取ってるんでしょうね
そういうふうになってる以上税金使われたくないのならその理屈を使う人を個々に責めるよりも制度の方を改めたほうが多分早いと思うんで
自分はイをしたい。
でもAさんがロだから、私が八になって、イができない。
でも、妻と喧嘩をし、心が落ち着かず、思考が散漫になっているため、納期に間に合うように作業できない。
…だから何?百歩譲って、イに着手しているならその主張に耳を傾けてもいいが、お前何もしようとしていないよな?本当はやりたくないけど、そんな怠惰な自分の姿を直視できないから、他責で煙にまこうとしてるんだよな?仕方なかった、自分は悪くない、って自己防衛してるんだよな?ほんとクソ。
横だけど関係ないでしょ。小さな政府、つまり行政の規模を小さくし公務員を減らしたとしても、社会保障を縮小することとイコールではない。
たとえばリバタリアンが小さな政府を主張するときは、弱者は自己責任とかいって切り捨てるような言い方をする人は実際にはいなくて(いるとしたら極右)、
事務処理が煩雑になる複雑な手当制度をやめて、シンプルな原理で機械的に給付できる制度を(負の所得税とか究極はBI)考えたり、ITなどを活用して効率的に行うことで人を減らしたりって提案がセットになる。
そうすると、最適化が進んでむしろ手厚い社会保障が可能になる未来まであるし、小さな政府は悪いことじゃなくむしろ誠実な姿勢だと思う。
下ネタを話す男は友人として人として本音を明かしているとして信頼できるが仕事相手としては場合による
そして今思ったが下ネタをあまり好まない男性というのも少なからずいてしかしそういう人も友人として人として信頼できる可能性もある
おいおい、まさか2018年にもなって聖書の一文を改めて主張すんの?
罪を犯したことのない奴だけ石投げろっていう
それがこの結末である。
気付けば妻が居て、飲み始め以降の記憶がなく、飲み過ぎたかとぼんやりしていると、
そんなとぼけた状況ではなく、意識が戻ったことを確認しに看護師がやってくる。
ここでようやく自分が救急車で運ばれた事を告げられ、認識する。
意識回復後にはすぐに病院を出て、帰宅は朝の6時を過ぎていた。
お酒で人に迷惑をかける事が自分の中で情けなく、どうしようもない事だと思っていたので、
・救急隊の命をまもるべく一生懸命に働いている人たちに、自分の事で迷惑をかけたこと
・自分の相談の為に時間を作ってもらった相談相手へのこの仕打ち
・深夜にかけつけた妻
・空いたベッドで寝ている小学生の娘
どんだけ沢山の人たちに迷惑をかけたのかと、
冷静になればなるほど、日が過ぎるほどに罪悪感で押しつぶされそうになる。
情けなくてしょうがない。
だれだれだれなになになに
政治の話するのはやめて、他の好きなことしようよ
ソーシャルブックマークの限界じゃないですかね。
似たようなシステムのredditも日本語圏は失速してしまいました。当時ニュー速Rというsubが立ち上がり、偶然にも人が集まったことで日本語圏が隆盛しました。設立当初のニュー速Rは増田の言う「リベラルで理想主義的な立場で、技術や社会を論じ」る場所として機能するようになり、非常に楽しい時間を過ごしました。
ですが、「弱者が声をあげやすくする」ことを金科玉条とするあの人たちが乗り込んできてから暗雲が立ち込めるようになりました。独りよがりな考えのもとに「貧困ネタ」を連日連夜Hotソート(はてブでいうホッテントリ)にスパムしたのです。私や私と似たような考えの人たちは日本語圏の美風を守るために抗いました。ですが日本語圏を取り仕切るモデレーターからしてあの人たちのシンパかあるいはボンクラしかいなかったので、なす術なく敗れ去りました。今ではラヴォスが現れた地球のように何もない抜け殻となっています。
日本語圏の隆盛から私が敗れ去るまでだいたい半年ほど、おそらくはてブの辿った歴史も時期の違いはあれ似たような内容ではないかと推測します。ソーシャルブックマークという場で、時事問題の論評を通して「技術や社会を論じ」ることの限界が露呈したように思います。時事問題というのは大なり小なり政治的です。故に時事問題の論評を通して「技術や社会を論じ」ることは政治の土俵に立つことを意味します。政治の土俵にはあの人たちのように、無理が通れば道理が引っ込むを地で行く魑魅魍魎が跳梁跋扈しております。したがって「リベラルで理想主義的な立場で、技術や社会を論じ」るなんて望みようもありません。
それでも「リベラルで理想主義的な立場で、技術や社会を論じ」たいのなら、いかに政治の土俵に立つことなく政治を語るかに腐心するのがよいのかなと思っています。