はてなキーワード: いじめられっ子とは
マジレスすると口に出せてる時点でもう同化してるので「いじめられた」事実はあっても「いじめられっ子である」ラベルを背負ってなんか被害者ムーブするのはちげーんだよな。
個人的には小山田を叩くふりをして「小山田が書いた過去の記事を公開」とか宣いつつセンシティブな部分を隠しもせず公開している無貌のふりした「いじめられっ子を合法的に再度いじめている」ってアレをなんとかすべきと思ったな。
セカンドレイプってレベルじゃねーだろ。事実そう言う情報があったのが確認できたのなら「ソースはあった、確認した」だけで外に出すなよと。
最初に中学生の時作ったのは、本当に友達がいじめられてるところを撮って、あとはフィクションで、逃げ出して車にはねられて死ぬだけの映画。
「あとはフィクションで、逃げ出して車にはねられて死ぬだけの映画」とあるから、その友達も撮影に協力しているのだし、本当に友達だったのだろう。
もし、いじめられっ子の友達(それは友達なのか?)をいじめていた側だとしたら、
「最初に中学生の時作ったのは、いじめられているところを本当に撮影して、あとは逃げ出して道路に飛び出すまねをさせた」
あと中原が小山田と友達をやめる云々ってのは、小山田が過去いじめに加担していたことでも、それを露悪的に話したことでもなく、
オリンピックにがっつり関わろうとしていることに対してだぞ。
小山田圭吾が大バッシングだけど、バッシングしている人も「いじめっ子」と「いじめられっ子」のどちらに見られたいかといったら、結局「いじめっ子」になるでしょ?「いじめっ子に見られてもいいけど、いじめられっ子には死んでも見られたくない」という価値観で学校生活を送っていたよね、絶対。
自分が学校で経験したことから言うと、これは決して極端な二択じゃないよ。あと、小山田みたいにわかりやすい暴力的ないじめを基準にしちゃダメだからね。
雑誌のインタビュー全文についてはググっても見当たらないので、下記のブログ記事に引用されている原文抜粋からの解釈になる。
いじめられていたとされる村田さんにバックドロップしたエピソードが出てくる。
その中で、突然現れた先輩が村田さんを洗濯紐でグルグルに縛ってオナニーさせたので、小山田はその先輩の行動を見てヤバイと思ったと語っている。
なんかそこまで行っちゃうと僕とか引いちゃうっていうか。だけど、そこでもまだ行けちゃってるような奴なんかもいたりして。そうすると、僕なんか奇妙な立場になっちゃうというか。おもしろがれる線までっていうのは、おもしろがれるんだけど。「ここはヤバイよな」っていうラインとかっていうのが、人それぞれだと思うんだけど、その人の場合だとかなりハードコアまで行ってて。
世間ではあたかも小山田が「全裸にして紐でグルグルに巻いてオナニーさせた」かのように拡散されているのだが、やったのは先輩。
そして小山田は先輩と一緒になってやったわけではない。逆にその先輩の行為を見て引いていた。
そしてこの村田さんについては、後に定時制の高校へ通いパチンコ屋で働いていたとは書いてあるが、
村田さんが障害者とはどこにも書いてないし、原文抜粋だけではわからない。
「ウンコ食わせた」については、確かに冒頭で小山田が発言している。
うん。もう人の道に反してること。だってもうほんとに全裸にしてグルグルに紐を巻いてオナニーさしてさ。ウンコを食わしたりさ。ウンコ食わした上にバックドロップしたりさ
ただ、上記以外で小山田自身が障害者にうんこを食わせたという描写は見当たらず、
悪ノリで誇張して話していた可能性も否めない。(もしくは編集サイドが盛っている)
実際あったのであれば、それこそいじめのえぐさをアピールするために詳細を語るはず。
痛いニュース(ノ∀`) : 【悲報】小山田圭吾さん、障害者の息子と母親が一生懸命書いた年賀状を雑誌に晒して笑い物にしてしまう - ライブドアブログ
この年賀状の送り主である沢田さんについては、実際に雑誌インタビュアーが沢田さんへ会いに行くエピソードが綴られている。
「卒業してから、ひどくなったんですよ。家の中で知ってる人にばかり囲まれているから。小山田君とは、仲良くやってたと思ってましたけど」と答え、
沢田さん自身は「小山田さんとは、仲良かったですか?」と訪ねられると、「ウン」と回答している。
もし、実際に小山田と沢田さんがいじめっ子いじめられっ子の関係であれば、このような受け答え方をするだろうか?
仮に小山田が我が息子をいじめていたと考えているのであれば、怒りのあまり息子をこの場に同席させるようなことはしないだろう。
つまり、沢田さんとお母さんは小山田にいじめられていたという認識は無かったと考えるのが自然。
そして、この年賀状には「手紙ありがとう」と書かれていることから、小山田は以前に沢田さんへ手紙を送っていたと思われる。
さらに雑誌掲載当時の小山田は26歳だと考えられるが、鬼畜であるはずの彼がその年齢まで年賀状を大切に保管するだろうか。
小山田自身も沢田さんをいじめていたという自覚がなかったと考える方が自然ではないだろうか?
そして最後に、このブログ記事にはコメント機能がついており、過去に下記のような投稿も残っている。
さえ
いじめ話がロッキンオンに掲載された時は、編集アホかと思った。小山田氏をずっと好きだったのでショックだったけど、ただ私が昔行っていたコーネリアスのライブには毎回車椅子の重度の障害の方が見にきていて、必ず小山田氏はその人の前でギターを弾いていた。長いこと。まるでその人のためだけにというように。羨ましかったのを覚えています。ほんとの彼は根っこは優しくていい人だと思う。ひねくれていたのが魅力だったのもあり、彼はちょっとおもしろおかしく過激な表現をしたがるきらいがありますから。とにかく、活字にして載せたロッキンオンが馬鹿
「小山田」が「障害者」を「全裸にしてウンコ食わせてバックドロップした」というのはミスリードである。
インタビュー記事について、本人は悪ふざけの延長でやってしまい、おそらく雑誌記者の誇張もあるだろう。
もちろん嬉々として語る様は悪趣味であり、それについて擁護するつもりはない。
本人も認めているようにいじめていた事実や障害者を軽視した発言は避難されて当然だ。
だが、原文も確認せずメディアのミスリードに煽られるがままに激昂し、あまりにも冷静さを欠いた集団リンチも見ていて気分が悪い。
それどころか、被害者の年賀状を晒すような痛いニュースの記事を咎めるものもいなければ、
何故いじめが起きてしまうのか、今後どうしたらいじめが無くなるのかについて建設的な方向で議論しようとする人もいない。
20年以上前のことを掘り返してネットリンチしてるのは本当に滑稽
「作品に罪はない」とか言ってる同じ口で「お前はふさわしくない」とか言ってる
悪の反対もまた別の悪だってはっきりわかるよね
それを使って刺し殺したらアウトだよ
いじめられっ子だったのを公開したらなんかまずいん?
いじめっ子の家に、いじめっ子と同じ身体・人格の基礎を持って生まれたら、誰でもいじめっ子になるんじゃないのか?
高潔な魂を持っていたらいじめなんかしない!っていうのは反論にならなくて、なぜかというと、その高潔な魂というのは結局持って生まれるものでしかないからです
いじめっ子とか犯罪者になってしまった人は、そうなるしかなかったんじゃないのか
いじめられっ子・犯罪被害者に対して「お前が弱いのが悪い、もっと強く在ったり、気をつけていれば被害者にはならなかった」っていうのはカスじゃないですか そんなのは無理だからだ
いじめっ子・犯罪者に対して「お前が悪い、もっと良心を持ち、道徳的に生きれば加害者にはならなかった」っていうのって、全くおなじことなんじゃないのか?
俺は「本人にはどうしようもないこと」はできるだけ責めたくないなという気持ちを持っていて、最近はもう全てのことが結局どうしようもないよなあということに気がついてしまい、個人に対する怒りというものの処理に困っています
俺もスガちゃんの家にスガちゃんの能力・人格を持って生まれてたら、たぶんいまのスガちゃんになってますよ
ならないんだとしたら、それは乱数テーブルの違いとか、そういうもののせいだ
「復讐を決意」「記録して証拠取り」「正当性の理論武装」「復讐計画を立案」「覚悟を決める」「復讐実行!」
いじめっこは面倒なこと考えず、思いついたら即パンチとかやってるので、いじめられっこも同じノリで即反撃すればいい。
「お前の怒りが新鮮なうちに追跡して住所を特定し、その辺に落ちてる石を家に投げて逃げる」
それで終わりだ。簡単でしょ?
当日に出来なければ気が向いたときに玄関にガムでもツバでも吐いてやれば良い。気が済むまでやればよい、バレないように。
これらの行動を労力の割合で言えば、初動の住所特定で復讐の9割は終わってる、残りの1割で気まぐれに実害を与える。
でも復讐できないやつって記録とか計画みたいな役に立たずの妄想で労力の9割を使ってしまい、
そこで疲れたり満足したりするので、現実に一番労力を発揮しなければならない行動に移れなくなるんだよ。
しかも復讐計画って労力を割くほど肥大化してスカッとジャパンみたいに現実感が無くなり実行難易度も高くなる。
結局何も出来ない人間の出来上がり。初動のミスが全てのミスに繋がってしまうというわけだ。
そうならないためには「すぐ動け!」