はてなキーワード: 軟禁とは
私に殺されると知らず、幸せに孫に囲まれた老後を楽しんでいるでしょう。
娘が35年間地獄の苦しみから抜け出せずにいるとも知らないでね。
私はアスペルガーという奴で、これに関して母親を責めるつもりはない。
責めたいのは、産んだこと。姑(ばばあ)の圧力を感じながら、「女の子がほしい」という軽薄な理由で出産したこと。
その子供の先天的に障害?で日大病院に軟禁された時に、搾乳をせざるを得なかったと恨みがましく語られたこと。
「どこかおかしい」子供の行いで他者と軋轢が起きたら、すべて「普通の子と同じにできないあなたが悪い」。
草加(笑)の仏壇の線香が、芸術的な美しさでくず折れていたので、これに触ったらどうなるんだろう、と好奇心が湧いた。
当然灰は崩れた。あの人は何も聞かずに私を怒った。
上級生が私の帽子を取って、通学路を外れても、あの人はとにかく私が悪い。
あの人は私に敷いた悪逆無道な暴言をすっかり忘れていた。
発達障害の診断のため、会わざるを得ない。
あの女を殺さないでいられる自信がない。
国際連盟脱退を喜び、日露講和条約に対して日比谷焼打事件が起きた。
官房長官は、これらを引いて、民意に従う事の危険性を主張した。だが、これらはすべて、国民に彼我の戦力・国力差について、知らしむべからずで行っていた為に、民意が暴走したという事案であって、民意に添うことの危険性を主張するのは、筋が違う。
これらの歴史的事実を教訓とするならば、事実を隠していると、民意が捻じ曲がってしまうという点であり、尖閣諸島沖で撮影されたビデオを隠す事は、同じ過ちを繰り返す事に他ならない。
このようなことを牽強付会と言う。柳腰外交は辞書を書き換えろという主張であったが、今度は、歴史的事実の解釈を書き換えろという主張で、歴史を捏造する中国や南鮮と同じレベルになってしまっている。間違った認識を滔々と論じて恥じないばかりか、間違いを指摘されて逆切れするのは人格障害者に分類すべきである。精神異常者は、然るべき施設に軟禁すべきであり、国会議員として多額の歳費を与えて飼うような余裕は、我が国に無い。
民主主義においては、最終的な政治責任は国民が負う以上、全ての情報を国民に知らしめる必要がある。政治家だけが政治責任を背負うというのは、大きな間違いであり、民主主義政体においては、政治家は国民の代弁者に過ぎない。代弁者が牽強付会をやらかすことを、常識的に考えて、国民は望んでいない。
自民党が隠していた情報を公開して、無駄や天下りによる癒着を無くすという公約を、守れないばかりが、自民党以上に隠蔽体質である事が明らかになっている。民意によって政権交代を為しえたと、都合の良い場面にのみ民意民意と利用するのでは、自民党よりも酷い。
党名に民主を名乗りながら、民主主義とはかけ離れた体質をしているというのは、羊頭狗肉の類であろう。官房長官や大臣といった個人の資質の問題ではなく、政党自身の体質の問題であると、認識せざるを得ない。
中国の治安がいろんな意味で悪いことは昔から言われていたわけで、もっとも治安が悪いというか、日本が治安が良すぎるわけだけど。
中国への善意なのかね? 相手の国にやってください言われて、やってたらこんなことにはならんだろうし。
善意なら何をしてもいいというわけでもないし。 善意だからというのは理由にならんよね。
理由になるのは、合意だ。 相手が合意していなければなんとも。
ともあれ、日本側は船長を拘置所に監禁状態だったけど、向こうは日本側をホテルに軟禁状態だから
向こうも外交を知らぬ訳じゃなかろう。
本件は 尖閣の 南ならともかく、 北西だからねぇ。高度なGPSでも積んでなければ、そこがどこの国の領土か?なんてわかりにくい場所だからねぇ。
ホッテントリ「ホームレスだけど、失業保険も生活保護もサギだと確信した」http://blog.livedoor.jp/roadtoreality/archives/51595839.htmlの※欄やブクマコメに「共産党に行け」というアドバイスが目立つ。一方で「共産党が何をしてくれる?」という疑問や批判のコメもある。実は今から10年ほど前、俺の人生で最もキツかった時期に、一番助けてくれたのが共産党だった。ただし俺の場合、元エントリ主とは事情が違いすぎるので、直接比較はできない。だが具体的な情報はあったほうがいいと思うので、書いておく。ヘタレなんで増田にさせてもらう。
俺は今、個人事業主をしている。その前に二度、サラリーマンの経験がある。元は技術屋だ。最初に勤めた会社はメーカだったが、そこの経営がおかしくなって、転職した。
二度目の会社は、素人相手にワープロや表計算ソフトを教えるパソコンスクールだった。技術屋崩れの俺には、そんなことしかできなかった。
だがそこは、最初の会社以上に酷いところだった。悪徳スクールだったのだ。外交員が繁華街を歩いている若いカモを捕まえて、5時間でも6時間でも軟禁し、100万近い授業料をローンで契約させるまで帰さないという手口だ。
転職した当初はそんなことはつゆ知らなかったが、実態を知るにつれてショックを受けた。こんなところに長居をすれば、必ず破滅が待っていると思った。
事実、ほどなくして特定商取引法が何度か改正され、悪徳スクールはあっという間に世間から姿を消すが、それは別の話だから省略する。
二度目の会社を退職するときも、少なからず嫌な目にあったが、それも別の話なので省略する。
起業しようと思った。サラリーマンはもうごめんだと思った。あてがないわけではない。パソコンスクールだったらノウハウを丸ごとパクっている。あれなら個人でもできる。なにも100万などという法外な授業料を取らなくても、個人事業主として生活していけるだけの収入があればいいのだ。
しかし、事業というのはどうやって始めればいいのか?何から手をつければいいのか?当時の俺は何も知らなかった。
思いつくことは何でもやった。
以前に通っていた英会話スクールの経営者に、相談に行ったことがある。一度目は「双方のメリットになればいいですけどね」と協力をほのめかすようなことを言ってくれた。二度目に言ったときには、露骨にうざがられた。こりゃだめだと思った。
親切な声をかけてくれた知り合いの50代のおばさんの家に押しかけたこともある。公営住宅だった。当然、何をしてくれるというわけでもなかった。善人というのは罪深いものだと思った。トマトジュースをごちそうになって、帰った。
通りすがりの学習塾に、飛び込みで入って「パソコンスクールを始めたいと考えています。授業が空いている時間に場所を貸してくれませんか?」と頼んだこともある。「空き時間はありません」と、きっぱりと断られた。
そんな俺に手を差し伸べてくれたのが、当時、駅前の繁華街に店を構えていた、共産党系の書籍を扱う書店だった。
そこは店舗の他に10坪ほどの小さなスペースを持っていて、そこでビデオ上映会をやったり美術の展示会をしたりしていた。その場所を貸してくれるというのだ。
貸してくれたのはスペースだけではない。パソコンはレンタルで揃えるつもりだった。ところが個人では、1台は貸してくれても複数台は貸してくれない。
幸いその書店は有限会社の法人格を持っていた。オーナーさんに無理を言って、名義を貸してもらった。なんでも後で話を聞くと、登記簿を持って東京にあるレンタル会社の本社まで電車で行ってくれたそうだ。
さらに赤旗の日刊紙と日曜版にチラシを入れてもらった。
たまに出入りする程度の、顔見知りというだけの俺に、そこまでしてくれたのだ。
時あたかもITバブル真っ盛り。スタート早々、10台借りたパソコンは連日フル回転となった。これ以上ないという好スタートを切ることができた。
だが何となく「こんなことは長く続くはずはない」という予感がした。俺の人生で、うまく行くことが長続きしたためしはない。
程なく、当時の森首相の提唱によるIT講習会というのがスタートした。自治体主催の無料パソコン教室である。
当時の政府は、口先では「官業による民業圧迫にはならない」とか言っていたが、現実にはうちのパソコン教室の売上は、一気にゼロ近くにまで落ちた。当時パソコン教室最大手だったアビバは、会社更生法適用を申請している。
しかし俺は、なんとかサバイバルできた。好調な間にも、打てる手はなんでも打った。その中には「2ちゃんねる本の出版」なんてのも含まれている。売れなかったけど。俺が今こうして生き残っていられるのも、そうして打った手の一つが当たったからだ。しかし現時点では、それを書くことはできない。個人の特定につながるからだ。
俺が最初にスタートさせたパソコン教室は、もうない。それどころか書店そのものが、今では駅前から姿を消してしまっている。だが俺が生きている限り、共産党以外の政党を支持するつもりはないし、共産党の立候補者がいない選挙でも、自民党だけには未来永劫投票しない。
しんぶん赤旗の購読も続けている。毎日のように共産党が失業者やホームレスを支援する記事が載っている。元エントリのブコメに「共産党が金貸してくれるとでも?」というのがあった。くれるよ!当面の生活費の貸し出しなど日常茶飯事だ。
例の「職務質問を軟禁事件だと騒ぎたてUstしてたITプランナー」の件だけども。
どうもこの手の連中には特有の子供じみた思想があるって事に気付いたよ。
循環農法を目指し大自然からの純粋贈与を最大限に活かす仕組みを作ります。作物は貨幣経済では無く評価経済に乗せFREE化させることが理想。ITやグローバル視点を農業に注入します
資本主義は多くの人を不幸にし、破壊される地球環境問題に歯止めをかける事ができません。そこで新しい通貨の仕組みをインターネットを足がかりに構築したいと思っています。荒唐無稽な考えですが、多くの人との繋がりの中で、これが人生における自分の役割なんじゃないかと思うようになりました。
きめぇぇwwwwwwwwwwwwwww
まず「引きこもれる人」は、どんな条件が揃ってる人かを考えることじゃないかな?
外に居るより、家に居たほうが、ラクだってのは最低条件だよね。
元増田じゃないけどさ、自分も似たような状況なのでつぶやかせてくれ。
いろいろあがいているんだけど全て空回りというか、それでドツボに入ってしまうことが多い(例:人間関係を変えようとつるむ友達を替えたら、某化粧品の勧誘レディーだった、趣味を変えようと某スポーツ系のスクールに通ってみたら、グッズを買え買え攻撃で軟禁されたり。土日だけまともなスポーツクラブに行ってみたら、体力のない自分には疲れがたまって月曜の朝から疲労することになったり・・・自業自得っちゃそうだけど)
自分の場合は主に仕事を変えたい。でも生活かかってるからすぐには辞められないしこの不況の時代に、自分に合ったいい条件の仕事なんかそう安々と見つからない。
それでカウンセリングに行き始めたのだが、途中でうつになり、通院も始まった。現在、休みの日はカウンセリングに行って、通院して、のルーティン化している。
元増田に助言らしきものをするとしたら、カウンセリング方法やカウンセラーにもいろいろいるので、合ってる人ややり方に出会えれば劇的に変われるはず。健保によっては料金安いところもある。
一言くらいしか話したことない男の子から突然付き合わないかと言われたことがある.
断ったら友達から責められた.彼女曰く,その男の子のことを私が好きだと思ったから,その男の子にそれを教えた.彼はいい人だから応援していた.
このことに対して,思ったことが2つある.
まず第1に,私はそもそもその男の子のことを好きでもないし,興味もなかったというわけで,前提から間違っている.
しかし,あの時は,学科の子たちと仲よくしたいと思っていたから,割と自分からコミュニケーションをとるように気をつけていた.
それが間違えていた?
なぜなら勘違いを周囲にさせたからだ.
だから,興味のない人とはコミュニケーションはできるだけとらないようにしましょう.
第2に,そんなにいい人だったらその友達が付き合えばいいのに.
しかし,彼女にはすでに彼氏がいて,その彼氏の友達がその男の子だった.
それならば,私にも彼氏がいたら簡単に断ることができた?そもそもこんなことは起こらなかった?
しかし,私は友達になれないひととはつきあえない.
なぜなら,どんなひとか知らずにつきあうってリスク高いし(出会い系?),現実的じゃない(周囲のだれかが突然彼女として私を受け入れるとは思わない)からだ.
だから私には彼氏はいない.
こういうことが起きたのが19の時のことで,今が24だから…もう5年かぁ.
ここで私がその男の子と友達になって,最終的に付き合えば円満解決だったんだよなぁ.
なんで彼と友達になれなかったのかというと,告白されたシチュエーションが軽く部屋に軟禁状態でとりあえずトラウマもんだったんだけど,
だれにもその点には共感してもらえなくてずっといじけてたためですねー.
いまだに男の人が隣に座るとその状態思い出してびくつくし.
友達になれそうな男性にもなんか警戒してしまって,警戒されてしまうし.
あとこれから飲み会するけど,ちょっと用事あるからここで待っててって幹事の人に言われると当時を思い出して怖くなって帰ってしまう.
なんかちょっとおかしくなった.
でも,軟禁なんて若気の至りだったんだよね.学生だもの.彼らなりの青春ってやつだったんだよね.許す.
だから,これから私もびくびくしないで友達つくろう.
これから社会に出たらこんな幼稚なことをする人はそうそういないでしょ.いたとしても徹底的に責任追及してやるし.
克服しよう.いろいろ.
ウチが悪いことしたら母も連帯責任で怒鳴られるから申し訳ないんだよね・・・母も父の言いなりだからさ・・・
だからウチが父を逆らってどっかいったとしたら、母に何がおこるか分からないって話。
そゆのを「DV」という。正式名称は「ドメスティックバイオレンス」。そのお父さんは九州出身で、他人の前で逆らおうもんなら「俺に恥かかせた」って怒るタイプじゃね? つーか、前に、そういう医者と付き合ったことあって、私は早々に逃げ出したんだけど、なんか似てる。元カレと、あなたのお父さん。もっとも、私の元カレの娘は10歳のはずだけど。
とりあえず、お母さんの心配はしなくていいよ。それは本末転倒なんだ。本来、お母さんが元増田の心配をするのが「順序」なんだよ。親が幼いと、子供が大人にならなきゃならない。そういうのを「アダルトチルドレン」っていう。子供のころ、子供らしいことが出来なかったから、大人になると逆に子供っぽいことしだしたりする。今がそう。高校生なら、そろそろ独立を考える時期。普通に公立の学校行けば、中学の同級生の半分は高卒で就職するよ。自分で自分の食い扶持を稼いで一人立ちする時期。親に門限どころか、外出許可もらうなんてのは、箱入りもいいとこ。つーか。軟禁じゃないの? それ。
ペットを殺すのは良くない。
殺すのは良くないが、飼うのはいいのか?
寝食に不自由させず生きていさせさえすれば、ペットを自宅に軟禁し、死ぬまで所有するのはいいのか?
ペットは飼い主に懐いているから良いというのか?それはただ本能的に食物をくれる相手を求めているだけではないのか?
本能的であろうとペットと飼い主に信頼関係ができているのだから良いというのか?なら捨てられていた赤子を拾ってきて育てるのは良いのか?
赤子は人間だから話が別だろうというのか?ならば西表島でイリオモテヤマネコを拾ってきてペットにするのは良いのか?
イリオモテヤマネコは法律で保護されているから駄目だというのか?動物をペットとして飼って良いか悪いかは倫理ではなく法律で定められているのか?
法治国家の国民であれば法律に従うのが当然だというのか?であれば飼い主が自分の責任でペットを保健所に引き渡すのも法律に則った行為ではないのか?
ペットを殺すのは良くないのか?
1、まずは、物理的に立ちはだかられて逃げれなかったというのもあります。
10数人にすぐに囲まれました。宗教法人ではないともいわれました。
2、みなさんがおっしゃる甘さだと思うのですが「国」に対する信用が
当時はありました。
(これは、大学という権威に対するものも含みます。予備校生ですから。)
①変な団体に活動の許認可は与えないだろう。法人格なども。
②警察も交番近くで活動を許可するくらいだから害はないだろう。(伝統宗教なみか?など)
という認識です。また、これはコミュニティに対する信用だったのかもしれません。
道行く人は多いわけですから、まさか昼間から詐欺的行為は働かないだろうという認識でした。
これは幻想でしたね。学校の建設許可まで与えてしまうのですから。
3、あとは人に対する信用です(田舎でしか通用しないですが)。
そうあるべきという。
神を語って悪いことをする人はないだろう。
そうあるべき、そう信じるべきだ。という当時の付き合い方ですね。
甘さというより、何か強いポリシーでしょう。
残念ながら、彼らの考えは、「学生は学校いくな+借金してでも布教献金しろ」
※良心を利用するとは思わない。
自身の親族の一人の若年での他界や、友人の父などの病気がありましたが、
そういうものを治せるという弱みに付け込まれたかもしれません。
もちろん信じていたわけではないですが。そういう心の部分をたくみに
ついてきます。
4、言いくるめ
今年は勉強だから無理だ。
→今しかない。入るだけ入っておくべきだ。
など。いろいろ数限りなく。(詳細省く)
親の承諾がいる
→結婚就職、受験も親と決めるのか?だから受からないのではないか?
など。
これは、若いので、甘さを露呈。軟禁されるとどうにもならない。
…
利用して陥れることを許しているのが日本の現状ですよね。
だから今、不信の社会です。
冷笑的な無関心、モラルハザードが各所で起きていますが、
戦後の反動から日本人が振舞うべき括弧たるポリシーを失ってるかもです。
モラル基準としてカルト宗教しかない、たんなる自己中心的な振る舞いしかない
というのであれば、早晩、国(という幻想なのですが、みなさんによると)
が破綻してくると思います。(みなさんみたいなしっかりした人が多く安心しましたが)
(こういう青臭いことは本来口にすべきことでなく、文にして強調する
こと自体カルトと似ているとも感じますがw。微妙な問題ですね。)
多少、論理が飛躍してるかもしれませんが、一人でも被害者が減れば。
コメントにある通り、かかわってしまえば、こちらが悪いということになります。
そして、団体は糾弾されることなく、自由意志に基づいたものだろ。
…と、一生個人の信用の負債となります。
団体は豪奢な生活、VIP扱いされても個人の信用(履歴)
は回復することはありません。美術館などで
かかわる時は十分気をつけてください。
駅前のモスバーガーで私と有村くんは弟の話をしていた。近場だと、弟にばれてしまう可能性があるため、有村くんの提案で普段と少し外れた町に来ていた。私が詳細を語り、頭を下げると、有村くんは指を口びるにあて、くりくりと目を動かし、少し笑った。
「んー、別に君が悪いわけじゃないから、大丈夫だよ。気にしていないから」
私は少し安心し、もう一度頭を下げてありがとうと言う。
「いいよいいよ、そんなことしなくても」
彼はぱくりとモスバーガーを食べる。パンとパテの間からソースがこぼれる。トマトをベースにしたと思われる鮮やかな赤のソース。有村くんは唇についたソースを口で拭き、そして舌でぺろりと舐めた。そのあとは他愛もない話をした。最近、人力検索を使って大量のバカを釣った、行っているバイトの上司がむかつく、とかそういうどうでもいい話の羅列。そんな話をしている時の有村くんの眼はとてもいきいきとしていて、私は嬉しくなる。
「もうそろそろ帰らないと弟からまた文句言われるんじゃないの?」
彼の一言に、もうそんな時間だっけ、と時計を見る。まだ少し余裕があるから、大丈夫だよ、とは言うのだけれども、彼は早めに出ていたほうが、ばたばたしなくて済む、と言った。確かに、ぎりぎりになって、何かのせいで遅れたならば、また弟に、また"制裁"をされるだろう。単純に困ってしまう。私は、彼の好意に甘えて、出ることにした。彼は笑って、いいんだよといった。その笑い顔は本当に眩しかった。
でも本当に、好意、なのだろうか?
有村くんは少し早道をしようと言って、私の手を握り、裏路地へと回る。道は二人並んでやっとくらいの狭さであり、その道を挟む無機質なビルが自らの存在を主張し、圧迫感を感じる。見上げると空が細長く切り取られている。今日は曇り。
私達は歩き続けた。右に曲がったり、左に曲がったり。私はいったい何処へつれていかれるのか解らなかった。解っているけれども、このまま時空の歪みでもうひとつの世界へと軟禁されてしまうのではないかという気がした。でも、それで弟から逃げられるならば、それもいいかと少しでも思った自分は少し残酷な人間だと思った。
気のせいか、段々と雰囲気が鬱屈したものとなり、人の臭いのしない道になってきた気がする。相変わらず私を押し殺してくるビルの数々。
――そして行き止まり。
「あれ、道間違えたの?」
私は後ろから声をかける。有村くんは素早く私の後ろへと回り込み、袋小路へと押し込む。遠近法の錯覚なのだろうか。見ては解らなかったけれども、段々と道は狭くなっており、袋小路の壁へとついたころには、一人通るのが精一杯で、すれ違うことも難しいような場所になっていた。
「ううん、間違っていない」
不意に足元が崩れ、視線に入るのが道路から空に変わる。そのあと、有村くんが覗きこむ。
「手荒な事をしてごめんね。こうするしかないんだ」
こうすること?どうして?私は理由を聞こうとする。だけれども唇で塞がれる。
「ねえ、もう弟の思い通りになるのは辞めたらいいと思う」
彼は私を見下ろしながら服を一枚一枚脱ぎ始めた。
細長く薄暗い空。殺伐としたビル。そこに一厘の花のように咲く彼。その彼の白い肌は何かの御伽噺から抜け出てきたように綺麗だった。出るところは出て、引き締まったところは引き締まった、メリハリのある、成熟した男の体。もしかしたら本当に御伽噺なのかな、とも頭では思った。そうであった欲しかった。でも現実。手を伸ばし、私の首筋を軽く爪で掻く。弟との鎖の跡。
「弟に言いように扱われて苦しいんだよね、解ってる。その鎖は今のうちに切り離しておかないと、段々と君をがらんじめにして窒息させてしまう」
そんなこと、昔から解っていた。でも、私にはどうすることもできなかった。いや、なんとかすれば出来たのかもしれない。でも弟に対する疚しさもあったのだろう。彼の愛に答えることができない、自分の不甲斐なさに。
でも、それは別の帰結を作り出す。
つまり、有村くんの鎖を受け入れるということ。
それは、弟の鎖よりも幸せな鎖になるのだろうか?
「でも、君は怠け者だから、なかなか自分ではやりたがらないし、仕方ないから僕がしてあげる。これは君の幸せ"でも"あるんだよ」
彼の視線は私を貫いた。それは弟と違う"オトコ"の眼だった。
続く
ラビンが暗殺されて以降、ずっとパレスチナとイスラエルの情勢は気になっていた。でも今の情勢はひどすぎる。
あいつらは多分、有史以来殺されたユダヤ人と同じ数だけの「異教徒」を殺すまでは何をしても許されると思ってる。
ハマスごとパレスチナ人とパレスチナに肩入れする人達を皆殺しにする事なんて何とも思っていない。むしろそれが狙いだろう。
→ 「待ってました」とばかりにありとあらゆる火器で「自衛」、100倍の人間を殺す
「挑発」の仕方もすこぶる露骨。
ウェストバンクに人を送り込んでパレスチナ人のオリーブ畑を焼き払い、焼け跡を占領、勝手に入植。
占領した地域のパレスチナ人の家をブルトーザーで破壊。それを止めようとした人は轢き殺す。
イスラム教の聖地に武装集団で乗り込んで「ここ全部イスラエルのもの」発言。
人々の「まとめ役」、精神的支柱である宗教指導者や政治指導者を非常に分かりやすい形で暗殺。
アラファトは2001年から死ぬ直前の2004年10月までイスラエル軍によって自宅に軟禁され体調を悪化させて死亡。
2004年にはアフマド・ヤシンを。モスクへ早朝の祈りを捧げに行く途中だった70歳近い全身麻痺の車いすの老人に向けてヘリでミサイルを撃ち込んで殺害。
今度もまた。
http://mainichi.jp/select/world/news/20090116k0000e030017000c.html
【エルサレム高橋宗男】パレスチナ自治区ガザ地区に侵攻するイスラエル軍は15日夕、同地区北部ジャバリヤ難民キャンプの家屋を空爆し、ガザ地区のイスラム原理主義組織ハマス「政府」の内相、サイード・シアム氏を殺害した。対イスラエル強硬派の同氏は、同地区のハマス最高幹部5人のうちの1人に数えられ、ハマスには大きな打撃となった。
イスラエル軍はシアム氏が潜伏しているとの情報を基に、同氏の兄弟宅を空爆。強力な爆弾が使用されたとみられ、現場には巨大なクレーターが残された。ロイター通信によると、同氏と息子、兄弟らのほか、隣家の住民4人の計10人が死亡した。ハマス幹部の殺害は今月1日のラヤン氏に続き2人目。
ガザ市包囲網を狭めるイスラエル軍は15日、先月27日の攻撃開始以降で最も激しい砲撃を同市中心部などに加えた。国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)や報道機関が入居するビルのほか、数百人の入院患者らがいたクッズ病院も被弾した。AFP通信によると、パレスチナ人死者は1105人に達した。
理由も無く家を破壊されて今まで住んでいた土地を理由も無く追い出されて怒らない人がいるか?
大事にしていた場所に土足で上がり込まれて憤慨しない人がいるか?
「国の偉い人の近くに住んでいた」というだけで家族を殺される理不尽に怒らない人がいるか?
大事な人を殺されて悲しみ、怒らない人がいるか?
武力では何も解決しない事なんて、占領と暴力がどれだけ「イスラエルの敵」を弱体化させてもパレスチナ人の怨嗟を増大させるだけだと、紛争の種はなくならないという事なんて、イスラエルもアメリカもよ〜く分かってる。それこそ1987年のインティファーダの前から。「自衛」だの「ハマス、PLOはテロリスト」だの白々しい。
今起こっている事は戦争でも紛争でもない。イスラエルによる一方的な大量虐殺だ。
http://www.asahi.com/international/update/0117/TKY200901170096.html
「爆撃、常に身体は緊張」ガザ入り桑山医師、惨状伝える 2009年1月17日14時8分
【ラファ(エジプト・ガザ境界)=田井中雅人】病院に運ばれた少年の遺体に泣きすがる母親。砲撃で建物や道路が壊滅し、町は死にかけ、唯一の大きな人だかりは葬儀の列……。イスラエル軍の激しい攻撃が続くパレスチナ自治区ガザに入ったNPO法人「地球のステージ」代表理事の桑山紀彦医師(45)=山形県上山市=の目に飛び込んできたのは、圧倒的な暴力による市民惨殺の悲劇だった。
桑山さんは現在、ガザで活動する唯一の日本人医師として、南端のラファ市立病院の救命救急室(ER)で緊急医療支援にあたる。空爆や砲撃のすきを縫って、救急車で近隣の病院に患者を搬送することもある。ガザ入りして3日目の17日、朝日新聞記者に電子メールで現地の様子を伝えてきた。
ラファ住民らによると、町の銀行は閉まり、水と電気は地域によって完全に止まっているところも多い。食事用のガスボンベは入ってこず、薪を使って煮炊きをしている。
住民らは攻撃が激しい境界に近い地域を離れて比較的安全な市中心部に逃れ、親族や知人の家に身を寄せる。主食のパンを作るための小麦が極端に不足。ペットボトルの水は姿を消したという。
市立病院に16日に運ばれてきた即死状態の少年は、薪を拾っていたところを「ロケット弾を発射しようとしている」とイスラエル軍に誤認されての狙撃だった。頭部が撃たれ、脳が飛び出した遺体にすがり、母親は泣き崩れた。
午後には別の通称「ヨーロッパ病院」に患者を搬送。イスラエルとの境界に近く、帰りの救急車を待っている時にも病院近くに爆撃があった。「戦争状態にいる感覚は一時も薄れることはない。爆撃の音や振動が、常に身体を緊張させている」と桑山さん。
山さんを受け入れた福祉団体のダルウィーシュ氏は「世界中から見捨てられた気持ちだ。こんな非人道的なことが起きていることを、どうか世界中の人に分かってもらいたい」と話しているという。
「火の七日間」と呼ばれる最終戦争から千年余り。高度な文明は滅び、世界は瘴気が充満する腐海とその住人である獰猛な蟲たちに浸食され続けていた。そんな腐海のほとりにある辺境の小国「風の谷」は、大国ティターンズとの戦乱に巻き込まれた。「風の谷」の族長レコア・ロンドは、攻め入るティターンズの将軍達に取り入ってかろうじて国を存続させていたが、女将軍エマ・シーン率いる大軍による攻撃で「風の谷」はとうとう滅亡の危機に瀕する。
苦悩の末、レコアは腐海の奥深くに封印されているという古代兵器「パラス・アテネ」を探すため腐海へと赴くが、蟲たちにあっさりと捕らわれるのだった。しかし、人間の女と蟲との邂逅こそが、古代兵器「パラス・アテネ」の封印を解く鍵だったのである。
ただ、事はそううまくは運ばない。蟲との邂逅時、レコアは無垢な肉体ではなかったことによって、「パラス・アテネ」の封印解放は不完全なままに終わり、「パラス・アテネ」は暴走を始める。自ら呼び寄せてしまった「火の七日間」の再来に、既に深く傷ついたレコアはそれでも立ち向かう……。
――シロッコ「フハハハハ!見ろ!クズどもはやはりクズだ!」――
――あのお姉さんは まだオーストラリアにいるのです。たぶん。――
1950年代のオーストラリア、メルボルン郊外にある開拓移民たちの暮らすとある小さな街。界隈では仲睦まじいことで有名なカップル、カツ・コバヤシとサラ・ザビアロフであったが、「結婚するまではダメよ」と頑なに身体を許してくれないサラに対して、カツのフラストレーションは溜まる一方であった。
そんなカツの誰にも言えない趣味は、隣人ベルトーチカ・イルマの寝室を覗くことである。今日もまた部屋の明かりを落として双眼鏡を強く握るカツであったが、黒と赤に染められた服に身を包んだ集団に、ベルトーチカが掠われてしまう現場を目撃する。
忽然として姿を消したベルトーチカ。日が経つにつれて街はその噂で持ちきりになった。ベルトーチカの身を案じ、軍から街へと戻ってきたフィアンセ、アムロ・レイの悲壮な姿に心動かされたカツは、ベルトーチカが掠われた現場を目撃したことをアムロに告白する。「黒と赤」というカツの言葉にはっとした表情を浮かべるアムロ。これによってカツは、思いもよらぬ巨大な暗躍との闘争の中に身を投じることとなり、そこでガール・フレンド、サラとの悲痛な遭遇を果たすのだった……。
――やさぐれたりしたけど、今は反省してます――
ホンコン・シティに住むどうしようもないワルガキ、ヤザン・ゲーブルは、両親にも愛想を尽かされ、13歳の誕生日に、女主人ミライ・ヤシマが運営する更正施設「シャングリラ」に預けられた。
ミライは、持ち前の運動神経も生かしてハングライダーによる宅急便の仕事をやってみたらどうかとヤザンに薦める。迅速な仕事、また、エイのような形が特徴のハングライダー、派手な黄色の仕事服も相まって、ヤザンの宅急便は瞬く間に街で有名になった。しかし、その裏でヤザンは更正施設内で意気投合したダンケルやラムサスらとつるみ、昼間の仕事の傍らで物色していた家に夜中に押し入っては盗みを繰り返し、ジャンク屋ゲモンから盗品と引き替えに回してもらったマリファナを楽しむ日々を送っていた。
そんなヤザンであったが、いつものように強盗する家を物色していたある日、街の学校で飛行クラブに所属しているという女の子、ロザミィに出会う。ヤザンのことを何故か「お兄ちゃん」と呼ぶロザミィを最初は煙たがっていただけのヤザンであったが、ロザミィと徐々に親しくなるにつれ、また、ロザミィの背負う過酷な運命を知るにつれて、次第に更正の道を歩んでいく……。
――愛とは、こういうものか――
最重要国際指名手配犯シャア・アズナブルは、人口の極端な減少でしか、これ以上の地球の汚染を食い止めることはできないという思想の持ち主であり、これまで数々の無差別大量殺人テロおよび要人暗殺に手を染めてきた。その過激だが確固たる思想と綿密かつ鮮やかな犯行によって、市井のごく一部ではあるが影で支持する者が後を絶たないシャアは、クワトロ・バジーナという偽名を取得し潜伏した次の要人暗殺計画先のミラノで、身寄りのない少女ハマーン・カーンと出会う。
常に冷静沈着なクワトロことシャアであったが、何かにつけて目の前に現れるハマーンに心を許し、うっかりと暗殺計画に関するメモを見られてしまう。ハマーンを始末することを一度は決めたシャアであったが、拳銃を突きつけられてもひるまずに「撃ってみて」と呟くハマーンを見て殺すには惜しいと思い、部屋に軟禁する。
暗殺計画を着々と進めつつ、軟禁したハマーンに対して辛辣に応対するシャアであったが、その裏腹でハマーンにどんどんと惹かれ、ついにはベッドを共にする。事が済んだ後、ハマーンの凛々しくも優しい眼差しに、シャアは、かつて狂おしく愛した女ララァ・スン、ひいては、うっすらとのみ記憶に残る母のぬくもりすら感じるのだった。今や、シャアの精神はハマーンの虜となってしまった……。
サイド2宙域において廃棄されたと見られる小規模コロニーを発見したアーガマ一行は、ティターンズ艦隊の追撃をかわすため一時的に身を隠すこととし、リック・ディアスに搭乗したアポリーとロベルトをコロニー内探索に派遣する。
生命維持システムはいまだ稼働しており、空気も存在し広大な草原が広がっているコロニー内に驚きながらも探索を続けるアポリーとロベルトであったが、突如としてカラス型MA「ユ・バード」を駆るバーバ・ユ・バーバの襲撃を受ける。廃棄されたと思われたコロニーは、巫女バーバ・ユ・バーバを教祖とし、八百万の神々を崇拝する海賊ゲリラ宗教組織「ユヤ」の根城だったのである。
バーバの猛攻をなんとか凌いだアポリーとロベルトではあったが、2人を除くアーガマ乗員は既に「ユヤ」に捕らえられており、投降を余儀なくされる。2人は先の戦闘振りからパイロットとしての腕を買われ、「ユヤ」の新人パイロット養成を言い渡される。
バーバの命令通り従順にパイロット養成を行いながらも、人質解放と脱出の機会を窺うアポリーとロベルト。しかし、バーバは新人パイロット養成と同時に、アポリーにロベルトを、ロベルトにアポリーを名乗ること、アポリーに口髭を伸ばすこと、ロベルトに口髭を剃ることを命じており、2人は次第にどちらがアポリーでどちらがロベルトなのかがわからなくなり、アイデンティティの喪失に悩まされるのだった……。
――シロッコ「ジ・O!動け!ジ・O!何故動かん?!……あ、動いた。」――
よくあるとまではいかなくとも、決して珍しい話ではないみたい。
自分も関西のある都市で福祉職をしてるけど、月に一回くらいは役所から
「緊急!この○○区在住の認知症のお年寄りが夜中に一人で家を抜け出し、今も行方不明です。氏名と特徴は・・・」みたいなメールが来る。
そして続報がすぐに届く場合もあるし、忘れた頃に残念な形で届くことも多い。
(なぜか電車に乗って故郷でも名残りの地でもない方向にあてのない旅を行なった末で改札を抜けられずに保護される人、
キノコ取りに行った人が山奥で変わり果てた姿を見つけて、通報されて発見される人、色んなケースがあるみたい。
「何故こんな場所に行ったんだろう」って家族が首をかしげる事も多い。とにかく読めないものみたい。)
でも、これを実際にじゃあどうすればいいかと言うと自分も判らない。
今日、帰り道に老女とすれ違っても(相当な心当たりがあるわけでもない限り)多分、自分は何もしない。
皮下にGPSを埋め込むとか家でほぼ軟禁状態にするとかも言うのは簡単だけど、アンタそれを肉親に出来るか?って話になる。
だから本当に大変だよなあって思う。無責任だけどそういう事態が自分のところには来ませんようにって祈ってる。
もしかしたら幻覚かもしれん。
気がつくと左脚の指が9本に、右足の指が8本になっていた。さらに、皮膚の下には指の原型らしきものが左右それぞれ1つずつできつつある。
両肩の前面には、元の腕の5分の1スケール位の小さい腕が生えていた。元の腕を動かすと、小さい腕も有る程度連動して動く。でも、完全に動かせるのではなく、グーチョキパーを出すようなことはできない。
この姿で人前に出て、たいへん引かれる。
さすがに病院行った方がいいかと思う。
小学6年からその少女は転入してきた。すらりとした容姿と快活な性格、そして異国を感じさせる褐色の肌にオレたちはメロメロだった。
ある日、大富豪の息子A君の提案で、その少女をあるホテルの一室に軟禁する――あくまでも、好きな娘に対するいたずらとして――ことに成功する。
少女は記憶を無くしていたので気がつかなかったが、その部屋はかつて潜入捜査官としてオトリ捜査に使った部屋だった。そのオトリ捜査の内容は当然18禁で、児ポ禁法にふれるあれやこれやである。
しかし、なぜか、そのホテルの従業員として働きつづけていた敵方のメイドの顔を見て、徐々に記憶がよみがえる。
襲われそうになったとき、潜入捜査官時代のパートナーの男性刑事と、その刑事と現在コンビを組む女性刑事が突入する。
えーと、結末は忘れてた。
三上大という漫画家がいた。昭和初期にヒット作を連発したが、作品中で「水車」の書き方にクレームが付く。
水車には必ず必要な「鞭使い」の人間が描かれていないというものだ。(意味不明だ)
三上大は激昂した鞭使いたちにリンチを受け、以来絶筆してしまう。
実は、三上大は女性であったという設定も有り。
以上です。
頭痛いわ。
学校というのは恐ろしいところで、例え心の底から「やりたくない」と思っても、建前として「やりたい」と言わなければならない場合があります。「やる気がないなら○○」と言われたときに、「じゃあやらない」と答えたときの教師の怒り狂うさまが目に浮かぶようです。下手をすれば生徒指導室に軟禁されます。ごっつい生徒指導のおっさんと二人っきりになれるチャンスです。