はてなキーワード: 欽ちゃんとは
http://anond.hatelabo.jp/20090602012124
このエントリの内容にいっぱい疑問が湧いたのですが質問させてください
これに付いたはてブは「何言ってるのコイツ」的なやつかと思ったら、なぜか皆同意してるし絶賛されている。
「ラーメンとお笑いが嫌いなんだけどその共通点が分かった」とか、「この二つが嫌いなのはこの辺が理由かも」とか書いてる人もいた。
何でこんな文章に引っ張られて納得させられてるの?
色んな批評に晒されている文化って腐るほどあるはずなんだけど何でこの二つにだけ共通点を見出したの?映画は?音楽は?
「あるときを境に、松本は笑いを語りだした」とあるけど、ほんとにそうなの?具体的にどういう発言をしていたの?松本以外の人はしなかったの?欽ちゃんと松本の間って結構空いてるけどなんで飛ばしたの?
まずゲラゲラ笑ってから「これって何で面白いんだろ」と考える事もできるとは思えないのか?
この人はお笑いを見るとき「ここがこうなって、こうなって…あ、面白い」みたいな感じで見てるのか?
なんでこの人は「ゲラゲラ笑うこと」が一番お笑いを楽しんでるって決め付けてるのか?
ゲラゲラ笑えてたのは、単にあなたがガキだったからじゃないのか?
批評する人が増えた事によって何だかんだ言って昔と比べて(こんな表現はできるだけしたくないが)笑いのレベルが上がってるのではないか?
今ドリフを見てゲラゲラ笑えるのか?僕達がエンタの神様を見て全員一致で「つまらない」と確認できるのもこの批評する文化のおかげだったりするのではないか?
このような疑問があります。皆さん教えてください
会社のとなりのビルに新しいラーメン屋がオープンして、さっそく食べに行ってみた。
はっきり言って、あまり美味しそうな店構えではないのだけれど、もし美味しければコンビニとすき屋ばかりのランチ生活に彩りが加わることになり、それはたいへんに幸せだし、仮にあんまり美味しくなかったとしても、それなりに月給をいただく身分なので700円くらいなら惜しくない。というか、もともとぼくの舌に設けられたハードルはすこぶる低くて、しかもそのハードルをくぐられようが、倒されようが、それはそれとしてゴクゴク飲み込めるという、ぼくはそんな体質の持ち主なのだ。
さて、そのラーメン屋で、一杯700円のラーメンに海苔増し、それに半ライスを注文した。しめて900円とちょっと。ランチとしては破格の金額だが、まぁ新たなご近所さんへのご祝儀的な意味もありつつ。腹も減ってたし。
で、出てきたラーメンのスープをひと口すすり、麺を吸い、そこでなにやら思索にふけってしまった。
いや、美味いんだ。普通に美味い。味としてはいわゆる“家系”と呼ばれるそれに分類されるのだろう。トンコツに、お魚のだしも入ってるのかな。しつこすぎず、あっさりしながらコクもあるし、チャーシューなんてとろとろだし、スープがしっかりからんだほうれん草も美味い。麺もしっかり太くてぼく好み。
でも、「うまっ!」ではない。夢中になるほどではない。「ふむふむこれは“家系”だね」「トンコツにお魚のだしも入っているのだね」なんて、いろいろ考えながら麺をすする。
思索にふけったのはそのあたりから。
これは、お笑いに似ているぞ、と思ったんだ。ラーメンとはつまり、松本人志であると。
ラーメンなんて、別に美味いんだ。お笑いなんて別に面白いのと一緒で。ぼけーっと食って、ふひーっと爪楊枝などつかって、ぷかーっとタバコでも吸って仕事に戻ればいい。なのに、ぼくはいつしかラーメンを分析している。プロの調理人の作品に対して、批評をぶっている。
ぼくは「ごっつ」の世代で、今でも「ごっつ」は本当に面白かったと思っている。だけど、それが「どう面白いか」を考え始めたのなんて松本人志がそれを放り投げたずっとあとのことで、それこそ「VISUALBUM」や「一人ごっつ」を経たのちに時代を巻き戻って「トカゲは実に実験的な」とか「イカメシ殺人はどうだ」「AHOAHOマンこそが」などなど、そんなことを言い出すようになった。当時はただゲラゲラ笑っていただけなのに。
あるときを境に、松本は笑いを語りだした。あまりに大きくなりすぎたせいで、誰もがその禁忌を許してしまった。それは欽ちゃんにさえ許されなかったことなのに。松本は遅れてきた世代の芸人たちに大きすぎる影響を与えただけでなく、視聴者のあり方さえ変えてしまった。松本のように笑わせることはできなくても、松本のように芸人を評することならできる、あるいは、できるような気がする、できている気分になら浸れる、そんな視聴者を大量に生み出したのだと思う。その結果、ぼくたち視聴者は「ただゲラゲラ笑う」という行為に後ろめたさや劣等感を覚えるようになった。笑いが、笑うことに圧力をかけ始めた。そして笑いは大衆芸能からファッションになった。笑いに対するものの見方に、「オシャレ・わかってる」と「そうじゃない」が現出した。
同様に、誰かがラーメンを語りだした時期があったんだと思うんだ。ぼくたちはただ能天気にズルズルとラーメンをすすることが許されなくなった。ラーメンもまた、大衆のものから、ファッションツールになってしまった。
笑いもラーメンも、いつの間にか、気軽に賞賛することができなくなってしまった。「天下一品のラーメン美味いよね」「友近って面白いよね」まかり間違って初対面の人にそんなことを言ってしまったら、ぼくは即座に値踏みされてしまう。テレビの前じゃない場所で、ラーメン屋の外で、ぼくは一瞬にして他人に見通されてしまう。
さらに始末が悪いのが、たまにそういうパリパリに固まったぼくの舌や心を突き抜けてくるやつがあることだ。本当に美味いラーメンや、本当にゲラゲラ笑える漫才に出会ってしまうことがある。そのパリパリを突き破られる快感が忘れられなくて、ぼくはさらにパリパリを固くしようとする。より気持ちよく突き破られたいがために、ぼくは身を硬くして、ラーメンやお笑いと対峙することになる。
だからどんどん、世の中に美味くないラーメンと笑えないお笑いが増えてゆく。
とても不幸なことだ。
ぼくはお笑いが好きだし、ラーメンが好きだ。基本的に、それらの全部が好きだ。あのころみたいに、何も考えずに、ただゲラゲラズルズルとその快楽に身を任せられる日がきてほしい。普通に美味いラーメンを食べながら、普通に美味いと言えないぼくは、そんなことを考えていた。
山本圭壱の一件での立ち振る舞い、とか。
コメント力の低下が見てられない。
俺もあの弔辞はないなー、と思った。
欽ちゃん風の敬意の表し方だと思うけど、なんかズレてるよな。
タモさんの弔辞はグッときたけどね。
「今日で友達辞めます」が、は?って感じで寒かった
あれって、要約すると
・かなり昔から懇親にしていた。
・欽ちゃんは三木さんを「先生」と呼んでた _____________【追加】
・三木さんの方から欽ちゃんには都度「先生はやめて」と訴えてた
・2005年の紫綬褒章受賞時に呼ばれて、欽ちゃんがやっと友達気分になった
・死去してから「やっぱり友達じゃないや」「やっぱり友達じゃなく、先生と呼ばせてください」
って事だよね。
故人に対しての敬意を込めて言ったのかも知れないけど
ぶっちゃけ「欽ちゃん、よっぽど三木さんが嫌いだったんだな」って印象しか受けない。
そんな欽ちゃんを代表にしなければいけなかったほど、三木さんは友人(親族?)に恵まれなかったんだろうか…とか。
これなら、多少芝居がかってた方がずっと救いがあるよ…
弔辞としてはいくらなんでも…って感じだから、編集されちゃって、ああなったのかな?
【追記】
特に流れは変わらないけど要約を分かりやすいように直したよ。
事故は不可抗力で、病気は年を取ったら相当の確立で襲いかかってくるものだから除外するとして、欽ちゃんファミリーは配偶者運がないなあと思う。特に女性。
欽ちゃんは「躾」にうるさいっていうよね。目上の人に対する礼儀をわきまえろ、家族を大事にしろ、旦那さんを立てろ、結婚したらいい赤ちゃんを産め。欽ちゃんファミリーで育つとそういう昭和的な価値観を刷り込まれる。だけど、現代社会でそういう古風なタイプの純粋培養っぽい女性は、むしろ暴力貧乏モラハラ夫の餌食になりがちで、さらに赤ちゃんにこだわりすぎると向井亜紀みたいなことになるわけじゃん。清水由貴子だって、無理に家で介護して追い詰められた結果あんなことになったわけでしょ。病気のお母さんの介護をするために芸能界引退とか欽ちゃんファミリーとしては美談だろう。だけど、それしか価値観がなかったらやっぱりまずいんじゃないだろうか。欽ちゃんファミリーの悲劇は昭和的価値観の終わりを象徴してると思う。
http://s01.megalodon.jp/2008-1206-1134-19/www.asahi.com/
この中に一次情報と言えるものがどれほど含まれているのだろうか
○がちゃんと記者が取材したと思われるもの
△は不明
×は他人の発表の横流し
○ 新配備の原子力空母、一般公開に人・人・人… 横須賀写真付き記事(11:20)
× ドコモの携帯49台盗まれる 神奈川・大和の販売店(11:18)
△ 三味線弾き語りなどで活躍 音楽家の桃山晴衣さん死去(11:11)
× 15分で不審火3件、車炎上 4??8月も12件 大阪(10:46)
○ ノーベル賞3氏がストックホルム入り 10日授賞式写真付き記事(10:14)特集:ノーベル賞
× たばこ増税「社会保障目的にしない」 自民税調(09:03)
× 消費増税率、明記せず 中期プログラムめぐり政府・自民(08:26)
×「イブの恵み」食べてみて イノブタ肉をPR 和歌山写真付き記事(06:44)
× バンカメとメリル、株主総会で合併承認 資産全米1位に(09:18)
○ レギュラーなんと97円 高知でガソリン安売り抗争写真付き記事(06:12)特集:金融危機
× 米就業53万人減、34年ぶり落ち込み 失業率6.7%写真付き記事(23:17)特集:金融危機
× 「支援なければ今年中に破綻する」ビッグ3救済で公聴会写真付き記事(22:58)特集:金融危機
× 関西経済3団体「追加対策、一刻も早く」 財務省に訴え(22:47)特集:金融危機
マイタウン
○ 岡山:琴国関に化粧まわしを(12/6)
○ 神奈川:「横浜舞台に夢のバンド誕生」アンケート(12/6)
○ 関西:倒産会社に5カ月「籠城」 元社員たちがバザー開催(12/6)
○ スケートST長野W杯開幕 寺尾500で準々決勝へ写真付き記事(22:19)
○ 中日・立浪、来季限り 「最後に力振り絞る」(22:17)
○ 全日本新体操開幕 女子個人、日高が前半首位写真付き記事(22:13)
○ 躍動の舞台 引き込む、パトリツィア・コパチンスカヤ(15:15)
○ 「ウォーリー」に黒沢かずこが自分投影〈日刊スポーツ〉(15:09)
○ 欽ちゃんvs松坂・上地軍、22日に再戦〈日刊スポーツ〉(15:09)
○ 米CGアニメ「ウォーリー」 29世紀の地球と宇宙舞台写真付き記事(15:05)
○ ボリショイのソリスト岩田 振り付けにも意欲的写真付き記事(15:03)
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○ 法科大学院9割が定員削減を検討 「質の低下」議論で(03:02)
△ 住宅展示場がアートギャラリーに変身 横浜みなとみらい写真付き記事(23:33)
△ 140万人雇用創出めざす 与党が追加対策、2兆円規模(23:22)特集:働けど貧困
× ヨーカ堂、第1土曜日を「キッズデー」 金券配布(12/5)
× 「ユニー」の名廃止 イメージ刷新狙い「ピアゴ」に写真付き記事(12/5)
○ スーパー値下げ大作戦 他店チラシと同額・現金バック写真付き記事(12/4)特集:金融危機
× レノボも低価格ノート発売 HD搭載で10インチ液晶写真付き記事(12/3)
その他
× 天気
× 番組表
× 日経平均
× ドル相場
間違いの指摘をよろしく
昨晩、彼女から電話が来た。すっごいイライラしている様子だった。
女「すっごい腹立ったんだけど!」 俺「どうしたの?」 女「9時またぎで行列そのままやってそれでゴールするみたい! 欽ちゃんずっと歩いてるし、すっごいムカツク!投書してやりたい!」 俺「お前んち、読売新聞だよね。のらないんじゃん?」 女「あと500mとかいってるんだから、行列までには絶対つくじゃん!ヤラセ?これヤラレ?ネットとかなんていってる?」 俺「欽ちゃんの24時間チャリティーウォーキングって書いてある。」
まあそんな会話はされていたわけ。
24時間テレビなんてそんなもんだよいつも、とか。
今回は70kmだったらしいから、大体3,4km/hで歩けばつくとか・・・
彼女はテレビっ子ではあるけどネットはからっきし。mixiすらやらないってくらいのデジタルデバイドなんだけど
それでも今回の演出には辟易してる。
こんなんでも大丈夫なのかな?日本テレビは・・って思ったよ。
視聴率至上主義がいけないよ!っていうのは簡単なんだけどさ、物事をうがった見方している人じゃなくても
まっとうな判断力さえあれば不快に感じるような番組構成やって視聴率をとっても、広告の単価が下がるだけなんじゃないの?
って心配してみたけど、そもそもそういった価値基準がないんだってことに気づいた。
スポンサーも、不愉快なテレビ番組やヤラセなテレビ番組はある程度避けたいだろうけど
そもそも、ほとんどのテレビ視聴者にむかつく番組を放映させているスポンサーがむかつく!なんていう
心理にはたどり着かないで、出ている出演者がむかつく!っていう程度に収まる。
これじゃあ視聴率至上主義って仕方ないよな。ってところにたどり着いたりする。
テレビほとんどみねーし、見るとしてもニコニコ動画かYoutubeで事足りてるってひとがどんどこ増えると
どうなるんだろう・・。
だってそうでしょ?視聴率×1億が概算の視聴者であってCMを見る人なんていう計算が
ほとんど成り立たなくなってくると・・・
そのテレビ離れって今回みたいな24時間テレビみたいのが引き起こすんじゃないのかなぁ。
でもそれって視聴率っていうわかりやすい数字に出ない。