はてなキーワード: みつきとは
若造を凹ませてやることで、自分の力を見せつけたいからじゃないかな。
定年退職しちゃって何の権限も部下も持ってない、空っぽになっちゃったから
何か持ってる現役を攻撃や否定することで自分の大きさを示したいのだろう。
(だからこそ、老人は引退したがらず、死ぬまで権力や財力にしがみつきたがる)
凄く飢えてるんだよ。どんな些細なことでも食いついては怒鳴りつけるネタにする。
2chやこのあたりで何の内容もない低レベルな叩きや煽りを撒き散らし
的外れな事を言っては「はい、論破w」と満足している厨と一緒だね。
リアルで満たされなくて自分が空っぽだから攻撃性ばかり高い底辺層と
まさか定年退職した年齢になってもまだ同じことしてるなんて救えない。
一見穏やかで立派な人だとしても、それは実は、
そう、年の功とか、人格とか、人間的成長じゃなくて、単に現在の環境のお陰。
自分自身が容赦なく表に晒される。
で、多分、思うに、そういう空っぽになって駄目になる人というのは
自分の嫌なことや面倒なことに向かうのを避けてきた人なんじゃないかと思う。
仕事があるからいいだもん!仕方ないんだもん!家族は理解すべきだもん!
(お金はいつまでも必ずあると言えるか?お金で解決できることか?)
何かに頼って言い訳して、頼りっ放し。
自分自身の事を省みず、周りの事も顧みず、頼りっ放し。
突然引き離された赤子みたいな人間になるのだろう。
それが60歳でも、70歳でも、100歳でも…多分。
吐気がする
臭いに敏感ですぐに気分が悪くなり吐く、私は軽い方だったが、酷い人は水も飲めないらしい、妊娠は外から見て解らない初期が一番体力的にもつらいし危険も大きい。
病的に眠くなる
つわりの一種らしい。とにかく眠い、1日中眠れるくらい眠い。つわり中は体を動かしたらダメな時期だから、休むように出来てるんだろうな。
お腹が出っ張る
私はお腹が目立たない方だったけど、7か月あたりからちょっとお腹が目立ち、8か月から急激に出っ張りはじめた、この辺りから肉割れ注意。何キロものカイロをお腹に入れているようなもんで暑いし重い。
お腹が毛深くなる
理由は良く解らん人体の不思議、守ろうとする所に毛が生えたりするんだろうか?産後はすぐ抜けるらしいので期待する。
おへそが小さくなってくる
8か月あたりから徐々に内側から押し出されておへそが小さく。最終的にでべそになるらしい。
乳が大きくなる
ワンサイズアップ、はりがなくなり、ちょっとたれる。産後元に戻るがさらにたれるらしい。
乳輪が大きくなる
乳が大きくなるから引っ張られるのかな、皆大きくなったらしいが今はそれほどでもないので、産後戻ってくれるのを期待。
乳輪が真っ黒になる
赤ん坊の吸い付き噛みつきから乳首を守るために、皮膚が分厚くなる。
皮膚の手触りがよくなる
理由不明ホルモンの関係?
シミが増える
妊娠だけが原因でできたシミは産後に消えるらしいが、妊娠中はとてもシミができやすく、日光に無防備に当たったら一生シミまみれ顔になる。
湿疹などの肌荒れトラブルが増える
体の抵抗力がグッと落ちている感じ
頻尿
逆子だったのでしょっちゅう下の方を蹴り飛ばされて急激な尿意に襲われる、尿切れも悪くなる。
酷い便秘
まさか痔なんかになるとは思わなかった…。母は脱腸したらしいのでまだマシか。
まとまった睡眠がとれない
やたらに朝早く起きるようになる。育児に備えて睡眠が足りなくても大丈夫なように体がトレーニング中らしい。
濡れやすく感じにくい
だから揚げ足。
どこでもいいから噛みつける部分見つけたから噛みつかれたようにしか思えない。
その時点で議論する能力持つ相手として見てないよ。
議論なんてする気ない。
概念的に違うって・・・。
確かに違うけどすっごくどうでもいいし。
本質的な部分って言うか主題変えることほど乱暴なことしないでよって言ってるのに。
あと、さまざまに解釈できるようなことでそんな不利な方に解釈されたらそもそも議論として成り立たない。
まさにアホのすることじゃん。
それか切羽詰まった弁護士。
「意見の違い」って言うけど、それでアホだと思うことはないけども
さらにそれでいかにも噛みつきましたー見下しましたーって態度取られたら人格だって見下すし。
色んな要素から議論のやり方もそもそも意識してない人なんだなって思ったし。
そう言う人のめんどくささは知ってるだろ?
業務の前に書店に寄ることが、半ば習慣化していた。
人の声の重なりのような、妙なざわつきを感じる。
地面が揺れていることに気づいたのは、その後だった。
一昨日の余震だろうか?それならばすぐに収まるだろう。
生まれて初めて体験する激震が、我が身を、そして店全体を揺らしたのは、そんな甘い考えが脳裏をよぎった瞬間のことだった。
本を買うより、身の安全の確保が第一だ。
店を出る瞬間に、視界の片隅だけに見えていたものだけど、その光景は良く覚えている。
激しく揺れ動く地面と同様に、あまりにも落ち着きのない思考が私を動かしていた。
だけど私は運が良かった。ガラスが割れる軽やかな音に気づけたから。
目の前で、ガラス造りの街灯が落ちて地面に砕け散った。
あと数秒、私の走りが早かったら、危なかったかもしれない。
まずは身の安全の確保だ。最優先事項にやっと気づいた私は、元々いた書店の入り口近くにある金属の柱にしがみつく。
建物の近くにいては倒壊に巻き込まれるのではないか、という考えもあったが、倒れそうには見えない外見のビルであったし、何よりも、屋根があった。
何かが落ちてきても、屋根があれば最悪の事態を免れることが出来るだろう。
一息ついて油断した、その瞬間を見逃さずに追撃するかのように、それはやってきた。
もっとも、どんな覚悟も、あれの前には無意味だったと思う。
視界に入るもの全てが揺れ動いていた。地面が左右に揺れる、というのを視認したのは初めてだったと思う。
地鳴りと悲鳴が重なる。震度表には「立っていられないほどの揺れ」という表現があるが、まさにそれであった。
銀色の柱にしがみつき、身体を支えること以外、何も出来なかった。
勇気ある人は、危険な位置にいた女の子たちを比較的安全な場所へと誘導していた。
その後、ガラスの街灯がまたひとつ落ちた。ガラスの破片が散らばったけれど、気にしている余裕はない。
私は死ぬのか、この世は終わるのか。本当にそう思った。
長い、長い、私の体感では3分ほど、実際はもっと短いだろう(これを書いている時点では正確なデータがないのです)、
だけど長い地震が終わって、私の思考はまた落ち着きのないものへ切り替わっていた。
そうだ、職場に行かなければならない。
揺れが収まり、身動きが取れることを確認すると、私は職場のビルへと向かった。
エレベーターは動かない。12階立建てのビルの3階に職場はある。
階段の壁は一部が崩れ、破片がそこらに落ちていた。非常灯がなかったので、昼と言えど薄暗かった。
それは階段だけではく、各階でも同様のようであった。日の光が差し込むだけ、階段よりは明るかった。
ドアを押しあけ、オフィスへ入るとほぼ同時に、余震が襲いかかった。あの本震の直後の余震である。実際にどれほどの震度の余震だったのか、これも現時点ではわからないけれど、本震と同じくらい強いものに感じた。
「危ないから入ってきちゃ駄目!」と悲鳴に近い声が私に掛けられたけれど、入ってきてしまったものは仕方ない。
オフィスの中にいた他の方々とともに、私は机の下に身を隠した。
自ら飛び込んできた私はともかく、朝から働いていたオフィス内の人々は、突然の、しかも未曾有の大きさの地震を受け、憔悴しているようだった。
それから、階段を降ってビルを出て、一度は近くの小学校へ避難した。しかし、地域の方々の避難が最優先であるため、解散の命令が出るまで、私たちは歩道で待機していた。
その間も余震はまるで容赦しない。地面が揺れる、街灯や電線が揺れる。大きな看板が地震で壊れていて、たくさんの人が携帯電話で写真を撮っていた。
本震の最大震度が7と聞き、やっぱりね、とか、宮城県沖地震かな、などという話題が上がった。少量ながら雪が降り始めて、とても寒かった。
地震保険の話があった。我が家には適用されるのだろうか。いや、それよりも我が家は無事か。
携帯電話を操作して、自宅に電話をかけるも、繋がらない。当たり前のことだった。
それからしばらくして、今日のところは解散、ということが上司から伝えられた。私は家まで歩いて帰ろうとしていたけれど、同じ方向に住まいがある同僚がいたので、家の近くまで送っていただくことになった。
車道は当然のように渋滞していた。加えて、一部を除いて、信号も動いていない。
仙台市中心部から郊外へ移動しようというのだから、渋滞に巻き込まれるのは致し方ないことだ。30分で100メートル移動出来たかどうか、ということもあった。
正直に言えば、自宅まで徒歩で戻った方が、早く家についたかもしれない。しかし、車で送って頂いて本当に良かったと思う。
そう思う理由はいくつかある。ひとつは、複数の人とともに移動することによって、不安や恐怖と言ったものを少しは紛らわせたということ。また、車にはラジオが搭載されているから、最新情報を確認することが出来たのも大きい。外気を遮断し、暖をとりつつ移動出来たというのもある。被災直後から、仙台市内には断続的に雪が降り、吹雪くことさえあったから。
最終的なマグニチュードが8.8であるという報道を聞き、私たちは笑うしかなかった。この地震で亡くなった方が出るかもしれない、という話題にもなった。これを書いている今現在、確認されている死者は1000人以上であると聞いている。ここまで多くの方が亡くなってしまうとは、あの時、思いもしなかった。
移動中、私は家族が心配でならなかった。特に、自宅にいるであろう、母。我が家は築25年の木造住宅である。自宅が倒壊してしまったのではなかろうか、それに母が巻き込まれてしまったのではないか、心配で心配で溜まらなかった。
同乗している同僚は、2歳のお嬢さんを心配していた。夫の実家に預けているのだが、連絡が取れないのだという。
私も母との連絡は取れない。「頼りがないのは良い証拠」であるという、この場にはまるでふさわしくない故事を信じるしかなかった。
被災直後であるから、携帯電話は全く役に立たない。それはとうに承知していても、家族の安否を確かめたいというのは当然のことだ。電話はとても繋がりにくかったが、幸い兄との連絡はついた。それから、機械に疎い家族が見るかどうか分からないが、災害伝言板に書き込みをしておいた。
車に乗っていても、余震は我が身に伝わる。窓から見える外では、多くの人が歩いていた。結婚式の最中だったのか、よそ行きの格好のまま避難する人、スーパーのビニール袋を被る人、クリーム色のカーテンを纏う人、様々いた。
1、2時間も経つと、日が傾き、徐々に日の光が失われていった。明かりがあるのは車ばかりで、どの店、どのビル、どの建物も真っ暗なままだった。唯一、警察署だけは明るかったけれど、自家発電装置はいつまで持つのだろうか。
これだけの巨大な地震であるにも関わらず、高層ビルの倒壊がなかった、このことはすごいことだと思う。
しかし、それは外見の話だ。どこも大なり小なりの被害を受けていて、壁が崩れたり、窓ガラスが割れたりするのは当たり前、水道管が壊れて、水が溢れだしている家もあった。
3時間半ほどの時間を掛けて、自宅の近くまで送って頂いた。ここからは、歩いて帰ることになる。
外はやはり寒かった。実際の気温だけではない。街のどこにも光がない。駅の近くにある大きな交差点、そこの信号は機能していたけれど、他の信号は依然光を失ったまま。これまで車で通り過ぎてきた光景と同じく、街のどこにも灯りはなかった。
この夜の空は、山中で見るもののようだった。星座が確認出来るくらい、綺麗な星空。あまたの星がいつもと同じように、黒のキャンパスの上で煌めき、瞬く。暗い街並みといつにも増して美しい夜空を、私は生涯、忘れないと思う。
さて、この地震では、かなり多くの方が避難所での生活を余儀なくされている。
我が家はかなりましな状況であるということを、ここで記しておく(こうやって被災最中に手記らしきものを書いている時点でお察しの方も多いだろう)。
何せ、不自由なことは多いものの、自宅で生活が出来ているのだ。現在、これを書いている3日目の朝も、白いご飯を食べ、暖かな野菜のスープを飲み、ゆで卵まで頂くことが出来ているのだから。
4時間かけて自宅まで戻ってきたが、電気はついているはずもない。もしかしたらみんな、避難所にいるのかもしれない。あるいは……。
最悪の事態を思い浮かべながら、玄関を開ける。ただいまと誰もいないかもしれない家に声をかける。返事はすぐに戻ってきた。
家族は全員、茶の間にいた。みんな、無事だった。そのことに安堵の息を漏らしつつ、私は茶の間に入った。
意外なことに、茶の間は暖かだった。捨てるつもりでいた石油ストーブを物置から持ってきて動かしていたのだ。停電していても暖が取れるのはありがたかった。さらに、ストーブの上にやかんを置けば、時間はかがるがお湯が湧く。パンを置けばカリカリに焼ける。外は氷点下にまで冷え込む中、石油ストーブで外から身体を暖め、お茶で内からも暖める。とても幸せなことだった。これを呼んでいらっしゃる皆様には、是非一家に一台、石油ストーブの購入をお勧めする。
家の中には、父、母、兄、それに近くに住む親戚の小母さんがいた。小母さんは、この地震で誰とも連絡が取れず、また誰も帰ってこないという。家の中は地震で家具が散乱しており、中にはとても入れない。一人でいるのも不安である。そのため我が家に来たのだという。
自宅へ帰って来た頃、時刻はもうすぐで8時を迎えようとしているところだった。こたつの上には大きな蝋燭が立てられていて、その脇にラジオが置かれていた。懐中電灯もあるにはあるが、あまり明るくないので、部屋全体は照らせない。そのため、トイレに行く時等、移動する際に使われていた。
そういえば、自室に小さなライトがあるのを私は思いだした。いつだかに、ゲームセンターのUFOキャッチャーで取ったものだ。おもちゃに近いが、電球ではなくLEDなので、大きさの割には強い光を出す。
本棚が倒れたため、本で埋め尽くされ、足の踏み場がない部屋へ行く(自室の荒れ方がまた素晴らしかったので、出来ればお見せしたいところであるが、この時既に携帯電話の電池が切れていた。残念である)。机の引き出しの中にライトはあった。スイッチを入れると、白い光が散乱した部屋を照らした。
また、その時の私は、黒いタイツにストッキングと随分冷える格好をしていた。荒れ果てた部屋からジーンズを引っ張りだして着替えた。ついでに、タオルケットと毛布を茶の間へ持ち出した。
茶の間に戻り、ライトで辺りを照らしてみせると、蝋燭や懐中電灯よりも広い範囲をより明るく照らせたので、当座はこのライトで部屋を照らすことになった。裸火がなくなり、火事の可能性が低くなったのでひとまず安心した。
余震は断続的に続いていた。これを書いている今もそうだが、大小の関係なしに、何度も何度も地震に遭っていると、いつも地面が揺れているような感覚に襲われる。恐怖が完全に拭われることはなく、むしろ大きい余震があるたびに増大していった。
母は、少し昼寝をしようとしていた時に地震に見舞われたそうだ。これほど大きな地震であれば、逃げることをまず第一に考えそうなものだが、母は42型の液晶テレビが倒れないか心配だったらしい。テレビを支えつつ、近くの柱にしがみついて、本震を耐えきったそうだ。
兄は仕事をしていた。オフィスの中にあったパソコンは全て倒れて使えなくなったそうで、しばらくは仕事にならないだろう、それどころか解雇されるのではないか、と心配していた。
父もまた、仕事をしていた。スーパーでカゴ集めのパートをしている父は、地震の瞬間に店内にいた。これは危ない、と思い、しかし出口からは遠い場所にいた父は、普段は閉じられたままのガラス張りのドアをこじ開けて外に出たという。後から聞いた話によると、父の勤務地のスーパーは、天井が落ちてしまったそうだ。
ラジオから聞こえてくる男性の声が、この地震による被害の状況を伝える。泉区で家がひとつ倒壊した、壁に挟まれて死んだ人がいる、火災が発生した、津波で何もかも飲み込まれた……。いつもの夜のラジオなら、軽やかな音楽や楽しげに話すDJの声が漏れてくるのに、今宵は厳しい現実と、それを乗り越える手段が、無機質に流れ出ているだけだった。
私が自宅に帰宅して、1時間ほどして、親戚の小母さんの娘さんが帰ってきた。
この時、電話はまともに使えなかったが、メールやインターネットならば使用可能な状態にあった。
機械音痴らしい小母さんは、メールを打てない。私が代わって、娘さんに「小母さんは我が家にいる」との内容を打ち、送信したところ、娘さんはすぐに我が家に駆けつけた。それまでは近くの避難所を当たっていたらしい。
娘さんの勤め先は、長町にある。我が家は仙台市泉区に位置しており、長町とはかなりの距離がある。娘さんは同僚の方から自転車を借り、ここまで帰ってきたのだった。それまでに1時間半の時間を要したそうだ。
午後の10時頃に、小母さんの旦那さん、つまり小父さんが帰ってきた。小父さんは地震発生直後に車に乗ったのだけど、ひどい渋滞に巻き込まれて、この時間に帰ってきたのだという。実に7時間もの時間をかけての帰宅だった。
先にも述べたが、被災はしたものの、我が家はかなりましな方だった。屋根瓦が吹っ飛んだり、壁に多少のひびがはいったりはしたけれど、とりあえず住める状態にはあったのだから。停電していて茶の間以外は真っ暗だし、ガスも当然止まってはいるけれど、この時点で水道は使用できた。トイレも流せる。これだけで、精神に随分と余裕ができた。とは言っても、時間が経つにつれて水圧は低下していき、2日目の昼には断水になってしまうのだけど。
しかし、断水前に風呂に水を貯めておけたのは良かったと思う。おかげで、今のところ、トイレの水には困っていない。流石に大しか流せないので、そこらへんの節約は必要だ。
とにかく、電気とガスが使えないのが痛い。そうは言っても、ライフラインが回復するまでは今ある環境で耐えるしかない。母に菓子パンを食べるように勧められたが、遠慮して、お茶だけ飲んでいた。……皮下脂肪が厚いので、少しの間飲まず食わずでも耐えられる。
夜の11時を迎えたところで、両親に就寝するように言われた。どうせ、余震が続いて眠れないので、次の日の夜明け、6時50分頃まで起きているつもりだったが、せめて横になるように、と言われたので、茶の間の畳の上に体を横たえた。今夜は座布団が枕の代わりだ。寝転がり、目をつぶるだけで、少しは休むことができる。
形だけの就寝をし始めて1時間。日付が変わった後、ふと母の携帯電話を見てみると、2、3時間前まであった電波がなくなっていた。メールやネットならば使えたのに、それすら出来ない。ラジオ以外の情報獲得手段がない。ニコニコ動画やユーストリームでNHKの放送をしている、とラジオは伝えていたけれど、そんなもの役に立たない、と思った(もちろん、まだ電池のある携帯電話等を持っている人には重要なのだと思うけど)。ちなみに、家に帰ってきた時点で、私の電話の電池は切れてしまった。
日の出まであと6時間。ラジオは伝える。どうか日の出まで、希望を持ってと。ラジオは伝える。現実を。荒浜に、200から300の遺体が流れ着いたとの報を聞き、涙が頬を伝った。
3時か4時になった頃、NHKのラジオが音楽を流した。2曲流れて、1曲は確か「カノン」だったと思う。そのおかげがどうかは分からないが、私は少し、眠ることが出来た。余震がある度に起こされはしたものの……。
長い、長い夜を過ごしているうち、私はひとつ思いついた。
被災している最中から、忘れないうちに、体験談を記しておこうと。
携帯電話は使えない。iPadは不向きだ。だから今、pomeraを使って書いている。我が家にて、単4電池を使う懐中電灯等もなかったから、こうやって書いている。
これは被災してから2日目に書き始めた。現在荒削りながら、被災当日のことを書き終えて、5日目である。出来れば電気が繋がった3日目のことまで書いて、増田に上げられれば、と思う。私なんか、とてもとてもましな方だったけれど、千年に一度とも言われる天災の体験談は書いておかなければならないと思った。……エゴイストで申し訳ない。
また、普段は趣味で小説のようなものを書いているので、そのような表現があり、読みにくい箇所も多々あったかと思う。このことについてもここでお詫びする。
私が住んでいる仙台市泉区のとあるところでは、3日目で電気が繋がり、4日目で携帯電話の通話及びメールが使用可能に、そして現在、5日目の朝にネットが復旧した。
弱小一般市民がいわれのない中傷を受けて実生活に大きな影響が出る場合は、法による救済を受けるというのは当然。
でも文筆業の方々がその手段をすぐ使っちゃうってのはなんかモニョる。
あくまで一般論だが名誉毀損罪の保護法益である外部的名誉というのは、被害者の言い値で決まる部分もある。
そして現行の運用下では知っての通り警察は無礼状で発信者情報をゲットできる。
つまり被害者が「名誉を毀損された」と警察に駆け込めば、その内容はさして吟味されることなく警察は易々と発信者情報をゲットする。
裏を返せば、いけすかない奴のちょっとした言葉尻を捕らえて陥れる手段に出来なくもない。
(その場合は逆に虚偽告訴罪で捕まるかも知れないが。専門家じゃないんでよく分からん)
逮捕、勾留手続きで令状審査はあるけど、警察が介入するっていうだけで結構な心理的プレッシャーにはなる。
それは警察や事業者の問題であって被害者の問題ではないが、事例が増えれば現行の運用が既成事実化されてしまう。
そうなると文筆業の方、とりわけ批評家の方々なんかは必要以上に言葉尻に気をつけるようになる。
場合によってはやめる必要のない発表をやめたり。
都条例もビックリな、ものすっごい萎縮効果が発生する恐れがあるわけで。
文筆業の方々が気安く警察に駆け込むことで訴訟リスクは吊り上がり、
それに警察頼みというのは、失礼ながらご自身の筆力を過小評価していないか?
筆一本で生きている皆さんには、不当な表現にはまずは表現行為で対抗して欲しい。
理不尽なのは百も承知だが、文筆家の社会的責任ってことで耐えてもらうってのは望み過ぎか?
逆に易々と警察の介入を受け容れるような表現はマジでやめて欲しい。
訴訟リスクを一番吊り上げているのはああいう考えなしの表現をする人達。みんな迷惑。
わざとだとしたら本当に性質が悪い。
http://anond.hatelabo.jp/20101122155642
叱られている内容は何?
言い方の悪さばかりに気を取られて、肝心な仕事のレベルアップが出来なかったら意味ない。
やめるなら「いったい、何が出来るようになったら『仕事が出来るようになった』と認めてくれるんですか?」と上司に噛みつきゃいいじゃん。客じゃなくて。そうしたら、最悪「どこが合わなかったか」くらいはわかるだろ?
指示がコロコロ変わるのは、本質をおさえてないからじゃないの? 元は一緒で「やり方」だけが人に寄って指図が違うだけでは?
とにかく、書き方が抽象的すぎて、どこが問題なのか掴めない。
もう、辞めるんだろ? じゃあ、背任になってもかまわないんだから、その会社のどこがどう悪いのか、もっと具体的に書けよ。
夏休みは好きだ。
いくらでもその肢体を楽しむことができる。
さらに夏休みには子供の警戒心もゆるむ。 そして子供が被害に会う性的な事件も夏に多く起こる・・・。
朝早くから外回りの営業をしているわたしは、その日の出まわり先を少しはずしたところで
標的を見つける。 ラジオ体操を終えた子供たちの集団を車の中から観察し、
好みの子を見つけるのだ。 中々うまくいかなかったりすることも多いが、
肉食獣だって半分以上は狩りをしくじるのだ。 わたしは決して焦らない。この狩りのためにわたしは人並み以上に
仕事を早く済ませるすべを身につけていた。 すきこそものの何とやら、だ。
この日は本社から結構離れた場所が出回りさきだった。 こういう時はチャンスである。
今日はうまくいく予感もしていた。 狩りを続けていくと狩人のかんみたいなものがついてくる。
わたしは前の晩ゆっくり寝ていつもよりかなりはやく家を出た。 目的地に着くころにはちょうど6時半だった。
しかし中々好みの子がいないなー。 どーしよっかなー。
迷っていると一人の子が目にはいった。 三年生くらいだろうか、身長は130あるかないか、細身でおれ好みだ。
さらさらしたおかっぱ頭のような髪型だな。 めがねをかけているが顔立ちは幼くてかわいい。
よく見るとあまり友達がいないようだ。 他の子は連れ立って帰っているのにこの子だけひとりで家に向かっている。
しめしめ。 こういった子はねらい目なのだ。いじめがいがある。
この日は営業の成績はゼロということにしてこの子に張り付いてみることに決めた。
7:30父親出社。 8:45母親出社。今ひとりだな。 しかしここで焦らない。プールがあったりして
かってに休むと親に連絡があるかもしれないからだ。 10:00だいたいこの時間には出るはずだ、プールにいくなら。
ブリーフケースの中身を確認する。 わたしは常に二つのケースを持ち歩いている。
とうぜんその一つは狩り用であるのはいうまでもない。 中身はペンチ、ボールギャグ(口にはさむ機具)、低温ろうそく、
1リットル入りの浣腸器、手錠3ヶ、目隠し、ローション、1メートルの細縄5本、アナルバイブ大、小それぞれ一本。
そして待ち針30本
わたしはケースを閉じた。
忍び込むか、正面突破か・・・・。 この日のかんは正面突破を指示していた。
玄関ドアの呼び鈴を押す。 この時点で人影を見つければその時点で中止だ。永久に長い一瞬がたつ。
かちゃり・・・ドアが開いた。 チェーンは・・・つけていない。
わたしはすばやく中に入り後ろ手に鍵を閉めた。 チェーンもかける。退路を自分で断つようだが、
時間が稼げる。 みぞおちに軽くこぶしを入れる。小さな体が崩れ落ちた。
めがねをしていない顔は思ったとおりかわいい。 長いまつげにすじのとおった鼻。薄めだがきれいなピンク色をしたくちびる。
じゅうぶん合格だ。
外はまだ昼前だというのににわかにかきくもってきた。
部屋を探してこの子をかつぎこむ。 口にボールギャグをかます。両手に手錠をはめ、ひもでベッドのシャフトに括りつける。
これでうつぶせにも仰向けにもできる。
かっ・・・ かなり大きな雷とともにバケツをひっくり返したような雷雨がふってきた。
わたしは凶暴性に火をつけられた。 いつもならねちっこく楽しむのだが今日はいきなり挿入したくなったのだ。
仰向けに縛られた少年の半ズボンとしたのブリーフを一気に引き降ろす。 わたしのものはすでに破裂せんばかりに勃起している。
ローションのびんは先が細くなっており、穴の奥からローションをたっぷり塗ることができるようになっているのだ。
少年の小さな小さな菊門にローションの細長い口を突き刺し、たっぷり出しつつ引き抜く。
穴の周囲にもたっぷり塗り込める。 それにしても小さくいたいけな菊門だ。わたしの肉棒に耐えられるかな。
自分自身にもたっぷり塗り先端をそこにあわせる。 両足を持ち上げ、一気に腰を突き出す。
ぶつっと何かが裂けたような感覚が伝わる。 かまわず奥まで突き刺す。
そのしゅんかん少年が目を見開いた。 一瞬何があったかわからなかったようだが、状況はかなり衝撃的だったらしい。
「う”-っつ ・・・ぬぐーっ・・」
必死に身をよじり逃れようとする。 しかし両足を持ち上げられ、両手が自由にならないのではどうしようもない。
そのあいだもわたしはピストン運動を止めていない。 少年の肛門からはローションと血の混じった
ピンクの粘液が流れ出ている。
「い゛-っ・・いぎひーっ!・・」
声にならない絶叫を上げる少年。 しかし外は雷雨。誰もその声を聴くものはいない。
小さな肛門は哀れにもわたしが挿入するたびに腸内に飲み込まれ、引き出すたびにめくれあがった。
「う゛・・・ん・・・うあ・・・ん・・・・」
わたしが動くたびに声を上げる少年。 必死に耐える目からはいつしか涙がふきこぼれていた。
やはりいじめられて色気を出すタイプのようだ。 わたしはますます狂暴に、冷酷なっていった。
だいぶ抵抗する力も薄れてきたので、少年の体を横向きにさせ片足を自分の足のした、
もう片足を上に抱え上げてさらに突いた。 新しい体位はわたしに新たな快感を、少年に新たな痛みを与えたようだ。
「う”あっ・・・あ゛・・・あーーーっ」
尻の谷間から液体とも粘液ともいえない桃色の物体が少年の陰のうを伝って流れ落ちる。
”にゅぐ・・・ぐちゅっ・・・にちゅっ・・・”
雨音と雷鳴のあいだから2人の陰部がこすれあう音がひびく。
わたしは少年のアナルを貫いたまま彼をうつ伏せにさせた。 両手を手錠で固定してあるためわたしにバックを
犯されながらひれ伏すような格好になる。 凶悪なペニスが小さな菊門をえぐるたびに少年の体はのけぞった。
”ぱんっ・・・ぱんっ・・じゅぷっ・・ぬちゃっ・・・”
「ふぐーっ・・・・うい゛-っ・・う”あっ」
太股を伝わって流れ落ちたローションと血の混合液は純白のシーツに二つの紋様を作っていた。
さすがに耐え切れなくなってきた。 わたしは少年の細い腰を持って激しく突く。
頭の中に白い閃光が走る。 大量のザーメンが少年の腸内に送り込まれる。一滴残らず注ぎ込んだ後
わたしは血に染まったペニスを引き抜いた。
体のサイズに比べてあまりにも大きな物を突き刺されていた菊門はすぐにはとじず、白濁液を垂れ流していた。
「うっ・・・ふぐっ・・・ううっ・・・」
よだれと涙を大量に流しながら泣きじゃくってきた。 わたしは少年の犯されて惨めなしかしみだらな肢体を
ビデオに収めていった。 ティッシュで肛門まわりを丁寧に拭いてやる。しかしそれすらも痛みになるようだ。
菊門は裂けてみじめな姿になっていたが、今日のわたしはこれで勘弁してやるほどやさしくなかった。
雷雨はまだ激しく降り続いている。 時計を見て驚いた。まだこの少年を犯し出して15分しかたっていないではないか。
こんなに早く出してしまうとはよっぽどこの子とは相性が良いようだ。
これはもっと可愛がってやらなくてはね・・・。
そうだ。 いい方法があるぞ。わたしは浣腸器をもって階下の台所にいった。
あ あったあった。 わたしはその液体を洗面器にとり浣腸器いっぱいに充填した。
「気分はどうだい?」
「どうひて・・・・」
ずっと口をふさがれてすぐにはちゃんとしゃべれないようだ。
「そりゃ君がかわいいからだよ。」
さらさらした髪の毛をもてあそびつつわたしはやさしく言った。
「もうやめてよぅ・・・」
ふたたび少年の目に涙がこぼれる。 わたしはそのかわいい口に指を入れた。
「おぐっ・・」
がりっ・・・・・
あれあれ、こうした時そういうことをするなんて・・・。 お約束まで知ってるなんて君は上級者だね。
もっといじめてほしい時は反抗をやめないことはSMの鉄則だよね。
「じゃーもっとあそぼうか」
両足は大きく開かせてほそなわでベッドの足に縛る。 身動きの取れない少年に液体のたっぷりはいった浣腸器を見せる。
「これ何が入ってると思う?」
少年の顔は恐怖にこわばっている。
「わからない? じゃ教えてあげよう。」
「これはねー お酢・・・でしたー」
少年のひとみが大きく見開かれいやいやをするように首を激しく振る。
もうこれをどうするかはわかっているらしい。 期待にはこたえるのがわたしの主義だからね。
少年の体が縛られながらも激しくはねまわる。 すでに傷に染みるようだ。
わたしは自分の太股の重みで細い太股を押さえながらゆっくりとシリンダーを押した。
「うわ゛--------っ!!」
これまでにない絶叫が不自由な口からもれる。
「ふわっ・・・・ふぐぐーーっ・・・うぎひーーーっ!」
その表情を楽しみつつゆっくりゆっくりとシリンダーは液体を直腸に送り込む。
わたしは浣腸器を指したままにしてケースからアナルバイブの大きい方を取り出した。
異物をひり出そうとする強い圧力に勝つには大きい方が良いと思ったからである。
少年はそんなこと目にも入らないようであった。 わたしはバイブをかたわらに置き、
ふたたび注入作業を始めた。
「あううううっ・・・ふおっ・・・」
少年の荒い息遣いと時折もれるもだえ声だけがくらい部屋にひびく。
ようやく、1リットルのお酢は少年の腸内に収まった。 浣腸器の先を抜いたとたん
ぴゅるるる、と液体がほとばしる。 わたしはすぐにバイブで栓をした。
排泄を止められた液体は少年の排便中枢を激しく刺激する。
しかし出口にすえつけられた大きな栓がそれを許さない。
少年の顔と体に冷や汗が吹き出してきた。 身悶えが一層激しくなる。わたしは低温ろうそくに点火した。
くれない色の蝋が一滴、少年のすべすべしたおなかに垂れ落ちる。
「・・・・・っ?!」
ぽたり、ぽたり、
熱い蝋が少年の肌に足跡をのこす。 排泄を耐える苦しみと熱さで少年はそのきゃしゃな体をよじっていた。
十滴ほど垂らした後、わたしは少し待った。 火元にろうが溜まっていく。
大さじいっぱいほども溜まったろうか。 少年の小さなつぼみの上に垂らし注ぐ。
「ああああーーーーっ・・あぎぎいいいっ・・・」
小さなペニスがろうで真っ赤にそまる。 これは刺激が強かったかな?
そんなことを考えながらわたしは今度は小さな乳首に交互にろうをたらしていく。
外のますます風雨が激しくなっていく。 まるで台風のようだ。
少年の体に蝋を垂らしつつテレビをつける。 おっと本当に台風だったとはね・・・。
少年の下腹部も雷のようにごろごろとなっている。 さてそろそろ出させてやろうか。
手錠を引きずるようにして風呂場に連れて行く。 たった12段階段を降りるだけでもういきもたえだえだ。
風呂場にいき股を大きく開かせ、ひくひくしている菊門からバイブを引き抜く。
「ひぐうううううーーーっ」
壮絶な音とともに腸内の内容物が肛門から飛び出していった。 最初は透明な酢。
次は血とわたしの精液、そして腸内に蓄積されていた糞便。 ぜんぶ出し終えたかと思うとへたり込んでいた。
すっかり無抵抗になった少年の口を開けさせ、ふたたび怒張したものをくわえさせる。
「ううっ・・・うぐっ・・・・げぼっ・・・」
口とペニスのあいだから吐しゃ物が流れ出る。 わたしはかまわず少年の頭を激しく前後に動かしぜんぶのませた。
両手を突いて激しく嘔吐する少年を見て欲情したわたしは再びかわいそうな菊門を貫いていた。
程よく広がったアナルはきつきつの時よりも帰って具合が良く、おえつする少年が吐しゃ物の中で
突っ伏す中を激しくつきまくった。
づぱんっ・・ずぼっ・・・ずぬっ・・・
しとどに放ったわたしは、もよおしてきたため少年のアナルを犯しながら腸内に放尿した。
さすがにこれは気持ち悪かったらしく、逃げようとしたがわたしはその細い腰をもってはなさない。
けっきょく身をふるわせている少年の中にいってき残らず注ぎ込んだあとようやく引きぬいた。
肛門からわたしのにょうがながれでるさまはなかなか新鮮なものだ。
お湯浣腸をして腸内を洗浄する。 二回ほど1リットルの浣腸をするときれいなお湯しか出てこなくなった。
たびかさなる浣腸攻撃に少年の足腰はへろへろになっている。 そんな体をわたしは丁寧に洗った。
雨と雷鳴は少しおさまった。 しかし今度は風音が強くなってきたようだ。
まだ1時間ちょっとかー。 あんがい楽しめるものだ。
きれいにした体は先ほどまでの恥辱がうそのように清らかに見える。
しかしこの子はすでにわたしによってすみずみまで犯されているのだ。 哀れ
みを請うようなぬれたひとみと震える体はまだまだわたしの嗜虐心をそそった。
体をふかせ、ふたたび部屋に戻る。 もう抵抗する気力もないようだ。
こうなると面白くなくなる。 もっと激しい責めをしてやるか・・・
両手を手錠で固定し、今度はうつ伏せにさせる。 目隠しをして口をふさぐ。
これからの責めは少しつらいかもしれないよ・・・・。 とかたりかけながら・・。
わたしは浣腸器を携えて台所を物色した。 冷蔵庫の中によーく冷えたあれがあるじゃありませんか。
お、あれもあるぞ。
一つを浣腸器の中に満たし、一つを容器のままへ屋にもって帰る。 少年の身悶えも先ほどよりは大分緩慢になってきていた。
目を覚ますために浣腸器に入れた良く冷えた白い液体、牛乳をつかれきった直腸に注ぎ込む。
その冷たさと予想外のことに少年は再び勢いよく体をびくつかせた。 緩んだアナルは入れたその場からミルクを吹きこぼす。
わたしは再びろうそくを手にし、息づくように収縮を繰り返すそのひだに蝋を垂らした。
「はう・・・ふああっ・・あふあーーっ」
敏感な粘膜につめたい牛乳、熱い蝋と立て続けにやられてはたまらない。
「あひーっ・・あふいいいいっ・・・」
大量の蝋で小さな菊門をふたしたわたしはいよいよ仕上げにとりかかった。
ケースから待ち針の刺さったスポンジを取り出す。 一本の針先で少年のしみ一つない背中をなぞる。
しかし針先の感覚よりも再び高まる排泄への欲求の方がとりあえず最大の苦痛になっているようだ。
針先が白いお尻の丘の上でとまる。
ぷすっ。
「う”うううううーーーーーーーーっ!!」
「動くと痛くなっちゃうよ?」
わたしの忠告が聞こえたのか必死で動きを止める少年。 待ち針は半分まで少年のお尻に埋まっている。
スポンジからもう一本針を手に取った。 ぎゃく側のお尻で針先を止める。
ぷつりっ
「あ”あ”ああああっ!!」
ぷすっ
ぷすっ
ぷつっ
たてつづきに三本、やわらかなお尻のスロープに刺し込む。
「いうあああーっ」
お尻の谷間にはろうが固まり、白いお尻には針が五本突き立っている。
針の刺さった辺りに赤い蝋を垂らす。 白い肌にまたあかいしずくが広がっていく。
わたしは少年を裏返して仰向けにした。
半分ほどでとまっていた待ち針が少年自身の体重で針止めのところまでぜんぶ埋まってしまう。
「・・・・・っ!」
お尻をあわてて浮かそうとするがわたしはふとももの上にのって押え込んだ。
びくんびくんとけいれんした少年は勢いよく放尿した。 もろに体にかけられて少しむっとした
わたしはお仕置きすることにした。 針はまだまだ残っているんだから・・・。
わたしは両手を挙げて固定されているためあらわになっているすべすべのわきに左右一本づつはりを挿入した。
そして柔らかく細い二の腕、赤く上気した耳たぶに銀色の針を植え込んでいった。
「・・・・っ! ふぐうんっ・・・!」
針が刺し込まれるために声にならない叫びをあげる少年。
小さな乳首には横から刺し込む。 そしていよいよかわいいそこにさそうとした時、最後の抵抗をするように
彼は身をふるわせた。 その抵抗を楽しみつつ、かわいらしい陰茎をゆっくりと貫いていった。
「きやあああああああっ・・・」
けいれんするか細い肢体。 のこった針をすらりとした太股に刺し込んでいく。
わたしはいとおしくなって少年の小さな体にのしかかった。 体の表面に半分ほど刺し込まれた針がすべて、
わたしが抱きしめることによって彼の体に潜り込んでいく。
「うぎぎぎっ・・・!」
風がごうごうと窓の外でとどろく。 もう大丈夫だろうと思って少年の口を解放する。
がちがちと少年の歯がなる。 さむいのだろうかと思って強く抱きしめる。
ますますはりが深く少年の体を犯す。 わたしはアナルをふさぐろうをはがし、
バイブを引き抜いた。 ぷしゃー、っと暖かくなったミルクが吹き出す。
わたしはそれを下腹部に浴びつつ正常位の状態からペニスを彼の暖かい菊門にねじ込んだ。
彼の声からはひっきりなしにあえぎごえがもれる。
ぐぽっ・・・じゅぽっ・・・ぐちょっ・・・
湿った音と2人の荒い息だけが聞こえる。
わたしは向かい合って座るようにして少年の体を貫いた。 そして陰茎に刺した針を抜き、
突き上げるスピードを速めながら少年の肌をくまなく刺していった。
ぐちゅっ・・ぷすっ・・ぎゅにゅっ・・ぷつり・・・
粘膜のこすれる音と皮膚を突き破るかわいた音が交差する。
そしてついに最高潮がやってきた。
わたしは彼の乳首に強くかみつき、尻っぺたに深く針を刺し込みつつ射精した。
わたしはぐったりしたおさないからだから針をすべて抜き、
消毒をしたのちその家を去った。
訴えられないように少年を犯している途中のスナップを何枚かリビングにおいておいた。
外はますます風が強かったが、わたしは欲望のすべてを幼い体に吐き出したことによって
ある種爽快な気分だった。
当分は「狩り」に出なくてもよさそうだ。
腹の満ちた肉食獣は無駄な狩りをしないものだからね。
-おしまいー
今回の討論会の件はなかなかガッカリ展開だった。
何が残念かって、討論会の内容そのものじゃなくて、いやそれも残念ではあったけど、それよりも、極めて断片的な、または誤った情報しか与えられてないことをいつまでも理解せず、どういう文脈で出た話なのか前後関係を想像することもなく、いもしない仮想敵を作って難癖つけてる一部の奴らに。
自分も現地行かずに津田に頼った口なので現地であったことは未だによくわからない。
そして津田でリアルタイムに伝わって来た情報は確かに酷いものだったと思う。
しかし、その後、あれは正確に伝わってない、そういう文脈じゃない、かなり誤解がある、と、話を取り持とうとしている人が何人も出てきてるのに、その話に耳を傾けずに今度はその人に対して噛みつきだす奴ってなんなの? バカなの? 死ぬの? 逆にその人が謝り出したりしてるけど、本来逆だろ?
一部の奴が無内容な妄想を投下し続けてるのは今に始まったことじゃないけど、今回はさすがに呆れた。
朝日の記事も確かに今回は残念なところはあったと思うけど、そんな終わった記事のことで記者に噛みついてる奴なんなの? 噛みつくと何か良くなるの? 追加修正記事でも出るの?
ひろみちゅも当日ついDISってしまったことで引っ込みつかなくなったのか、屁理屈を上塗りしては痛いところを大屋に突かれる始末…。
彼、普段言ってることの99%は正しいと思う。この問題における一連の調査にも脱帽した。尊敬してる。けど、うっかり人をけなしすぎた後それを取り繕おうとして無理な屁理屈モードに入ることが時たまあるように思う。でも、人間誰しも間違うときはあるんだから、少なくとも自分なんかよりは遙かに正しくて世のためになる活動してるんだから、小さい間違いはさっさと忘れて次の有意義な行動に移った方がいいと思うんだ。
とにかく今回は不毛なことしきりで残念だ。
今まで(間欠的に出没する天然荒らしを除けば)みんな同じ方向向いてたと思ったのに、それがこんなつまらないことでバラバラになるとはね。
まあ、現地に行かずグダグダ言ってる奴だけが悪いわけではなくて、津田った奴にももちろん不満はある。
不正確でいかにも誤解を招くような実況をした挙げ句…、いや難しいことをやってたんだからある程度不正確になってしまうこと自体は仕方ないと思うけど、それを見てみんなが「ええっ!?何かの間違いじゃないの??」と困惑している中できちんと補足や修正を入れずにフェードアウトした津田もどうかと思ったよ。「入れなかった」のではなく「入れようとして失敗した」のかもしれないけど。
けど、津田ってくれただけでも有り難いという気持ちもあるので、そっちはあまり非難する気になれないんだわ。もし自分がやったとしたら力不足で同じ状況に陥った可能性も否定できないし。
そんな中「だからUst希望と…」とか言ってた奴には呆れたよ、何様のつもりだよ。
え? 「現地にも行かず津田にクレクレしてただけのお前が言うな」? ごもっともですすみません。
結局何が言いたいかというとだな、みんな、いもしない敵を作って戦うんじゃなくて、前向きな活動しようぜ。
それと、三菱電機とMDISと図書館と警察と検察と裁判所が悪いということは99%間違いないと思うけど、だからって極論や屁理屈で貶めるんじゃなくて、一般世間に受け入れられるような公平・公正な批判をしようぜ。
聞く耳持たない態度の人が言うことは他の人だって聞く気にならないぜ。
残念ながら、近頃、マナーの悪い老人が目につきます。あまり公然とは言われませんが、誰しも薄々感じていることでしょう。
マスメディアなどでも、老人の万引きが急増が伝えられています。
グーグルやヤフーで「老人のマナー」等と検索すると、「高齢者のマナーが悪い」という声が予想外に多い。
先日も、「かつや」にマナーの悪いご老人が来て、辟易しました。「お客さまは神様です」とでも言わんばかりに、店員にイチャモンをつける始末でした。
「お客さまは神様です」という言葉は、働く側が「下座の業」として心得るべき矜持であって、客側が取るべき態度ではありません。「カネを払ってやっている」という態度の横柄な客は、人として醜いものです。
老人の年金を支えているのは、現役で働いている世代です。冷静に考えれば、年金や生活保護で生活している老人が、コンビニや飲食店で店員に対して横柄な口を利くのは、本来、あってはならないことでしょう。
僕がマナーの悪い老人を意識するようになったのは、病院に入院していた時です。
同室のご老人が、看護師に対してセクハラ発言を大声で繰り返していて、非常に迷惑しました。また、TVに向かって、いちいち大声で「バカだ、バカだ」などと突っ込みを入れていました。
「朝起きて、TVを見て、夜寝る」で記述できるような生活を送っている"TV老人"たちは、特にマナーが悪く、医療現場を疲弊させていました。正直言うと「晩節を汚す」という言葉がピッタリでした。
もちろん、世の中には尊敬すべき高齢の方がたくさんおられる。しかし、彼らは何も「歳をとっているから偉い」のではありません。
この国はもっと、若者を大切にする必要があります。老人が権力にしがみつき、いつまでも社会の上層に居座っていると、若い人たちに活躍の場が与えられません。
今こそ、言わせてもらいます。「老人は若者に席を譲るべきである」と。
だから、よくない。
別姓問題もまさに、トレードオフの問題だ。
自分の反論は、
かつ、会話とかで子供のために何かをさくのはたいした負担にはならないから
絶対的なトレードオフではない。
いやだから、負担の程度の問題だって・・・俗っぽく言えば、アナタの言うことは極論。
そりゃ愛情でアレなんであれ資源なんだから、子供に少し(1秒)でも裂いたら、
親は我慢してる とは言えると思うけど、
別に、話したりするのはそこまでもの凄い我慢じゃないでしょ?
またそれで我慢したから自分の幸せ?自分のしたいことが著しく制限される訳じゃないでしょ?
それでもぶちぎれるような(阻害された!!とかいう)親はいるかもしれないけど、たいした割合じゃないでしょ
みんな「低能でも性悪でも、まだ若いからゆるしてあげる」って言われたいんだよ。
歳を取ってるのに低能や性悪のままだったら、「その歳になるまで何してたの?」って言われる。
「いい歳」と言われる年齢になるまでに、「歳相応」に成長している自信がない。
だからしがみつきたい。若いままでいたい。未熟でも失敗繰り返しても可愛いって言われたい。
「今は失敗続きだとしても、まだ若いから。可能性があるから」って言われたい。
自分がモテないのは顔が悪いせいだって言い続ける人間も似たところがある。
容姿さえよければ中身が腐ってても受け入れてもらえるのに、って。
大学院を出て五年近く、今頃になってやっと気がついた。
なまじっか「高学歴」と呼ばれる経歴を持っていると、ときどき「高学歴の奴は勉強しかしていないからダメだ」(勉強「しか」していない奴なんてどこにいるんだ)とか「欧米の一流大に比べれば東大はカス」(「欧米の一流大」や「東大」の実態をあんたはどれだけ知ってるの?)とか「お前は高学歴だからって俺のこと見下してんのか」(はあ????)とか、何も言う前から勝手に喧嘩売ってくる奴にたびたび出くわしてそのたび辟易してたのだが、これは案外「学歴コンプ乙」だけで片付けて良いものではない、もう少し根が深いのかもしれない。
実際、こいつらの考えは別に事実認識としては間違っていない。「学歴が高いから優秀だとは限らない」「試験のための勉強が実社会で役立つとは限らない」その通りだ。誰もそんなことを否定はしないだろう。だったら、そんなこと黙っておけばよい。黙っておけば「学歴」のことを意識に止めることもなくなり、自ずと「実力」だけが浮かび上がってくるのだから。問題は、こいつらがその辺でやめておかないことだ。何が何でも、学歴と「実力」は無関係だとか、あるいは高学歴の人間は実際は「実力」が低いだとか、そういう風に決めつけたがる、あるいはそういう色眼鏡で人を見る。うざいことこの上ない。
そしてそういう奴に限って「ネットは知の高速道路」とかそういうわかりやすいフレーズをマンセーして、生半可な「知」にしがみつきたがる。単に特定のプログラミング言語のコーディング技術が高いか低いかというのが「IT」の全てだと思っていたり、あるいは「やる夫で学ぶ」程度のわかりやすいお話で歴史や政治や経済について、「『マスゴミ』に騙された愚民」とは違う「真実」を知った気になったりしている。
不思議なことこの上ない。「業務システムのコーディング」は「IT」の氷山の一角にすぎなかったり、「リフレ」は学説の一つに過ぎなかったりという発想がまるでないのだ。たとえば「IT」でも経済学でも、音声・画像処理だとか近代経済学だとかの分野はかなり高いレベルの数学に基づいていて、これらは「知の高速道路」とやらで促成栽培できるものではないということにまるでお気づきでないらしい。
別に誰しもが「学歴」を追及する必要はない。スポーツ選手や料理人を「学歴」で測るのは無意味なことだろう。それらに限らず「知の高速道路」を辿って行き着ける分野で活動する限り、「学歴」に価値を見出さなくともそれは当然だ。しかし、そういう自分の狭い知見だけで、「あらゆる分野で学歴は無意味だ」といってわざわざ他人に喧嘩を売り出すとなればもはや「コンプ乙」だけですまされるものではなく、もはやこれは反知性主義としか言いようのないことだ。到底「仕分け人」を馬鹿にできる筋ではない(実際、「光より速い通信手段」云々といって盛り上がっていた連中のうちのどれだけが、電話回線の中を電気信号は光速で伝わるという事実に気づいていたのだろうか)。
酔った勢いで愚痴を垂れ流していたら結論をどこに持って行こうとしていたのかもはやわからなくなってしまったが、ともかくこういう風潮は健全でない気がする。「学歴」がないことに劣等感を持つ必要はないが、「学歴」の価値自体を躍起になって否定しようというのはどう考えても頭の良い考えではないだろう。東大よりもよっぽど入るのが難しい東京芸大の卒業生に劣等感を抱く人は少ないだろうし、東京芸大の卒業生に並大抵の素人がその専門分野で勝てるわけがないということをわざわざ否定してかかる人はいないだろうに、どうして東大だの京大だのは同じように扱おうと思わないのか、クリリン君達はその辺をもう少し考え直してみて欲しいものだと思う。
- 正しいと思われることにも疑いを持つ。
- 物事を最後までやりぬくことが困難。
- 本音を言えるような場面で嘘をつく。習慣的に嘘をついてしまう。
- 自分を情け容赦なく批判する。自己処罰癖、自罰傾向がある。
- 自分のことを深刻に考え過ぎる。
- 様々なことをリラックスして楽しむことや遊ぶことが出来ない。
- 他人と親密な(心の通った)関係が持てない。
- 環境の変化に過剰反応する。
- 常に他人から肯定され、受け入れられることを求めている。
- 他人からの承認、賛同、称賛を必要とする。
- 自分は他人とは違っていると感じている。
- 過剰に責任を持ったり、逆に、過剰に無責任になったりする。
- 従うことに価値がない場面でも、従いがちである。
- 衝動的で、ひとつのことに閉じこもる。
- 衝動的であるためトラブルが多い。
- 離人感、自分が自分でなくなるような感覚。
- 身体性が希薄。
- 他人への依存。
- 自立的な判断と思考の欠如・周囲の期待に合わせようとする。
- 自分を殺して違う自分に成り代わり、期待されている自分を演技してしまう。
- ストレートに「嫌です」が言えない。
- 甘えと愛情、依存としがみつきの区別がつかない。
- 妄想を持つことがある
- 喜怒哀楽の表現が不得手で感情の波が激しい。
- 無力感を訴え、心身症に陥りやすい。
- 自分の判断に自信が持てない。
- 傷つきやすく、閉じこもりがち。
- 孤独感、自己疎外感が強い。
- 自分にはどうにも出来ないことに過剰反応してしまう。
- 世話やきに熱中しやすい。
多数当てはまる奴は増田にも多そうだな。
って最悪だな。
今、思い浮かんだ現象をば。
1.事業体の縮小、事業数の減少、事業機会の減少
2.社会保障費の現役世代負担増大
3.需給GAPの拡大(年寄りは消費エネルギーが少ない、若者が少なく倹約生活で、全体の需要が減少)
4.ポジションの減少、失業率悪化、雇用流動性喪失(仕事が少なくなるので、年寄り椅子にしがみつき、若者は立ち見さえも許されない)
ひろゆきが起業をすすめる無責任な大人って言葉を使ったがほんとうにそうだ。仕事がなくて、年寄りばかり増えて、金だけは出しなさいって感じだ。そりゃ、若者がイノベーションを起こすっていうのはミクロレベルの調節は部分的にはありだ。しかし、需給GAP35兆円で20〜30年後の平均年齢は60歳近いと推定される社会でどうやっても穴埋めなんてできない。イスがそもそもないし、作り出せない状況なのにどうにかしたいのであれば自分たちが犠牲を払うことだ。
でも、不思議なのは各国が金融危機に対応するために中央銀行がバランスシートを膨らませてお金がじゃぶじゃぶ溜まっている状況だ。それってつまりはデフレってことだよな。デフレって物価が安くなることだろ。んで、結果、増えたお金でものがとても楽に変えるってことだよね。ん?何でお金が余裕にあるのに消費が減少するのだ?だって、使ってないお金を世の中に流れるようにすれば、すごい勢いで消費が促進されるのにおかしい。
物価下げ → 起業の収益下げ → 賃金カット → 消費減 → 物価下げ
違う、そもそもお金の流動性が問題。局在しているから一人占めしないで強制的流す。
現金保有税を課して、国の財源補填と現金流動性UPをすることで経済成長を促進する。
なんか、こう頭のいい人が納得いくような記事を上げてくれないだろうか。
特に、人口統計と経済統計を組み合わせて、うまく説明してくれるのがいい。
どこにつっこんでもいいし、どれだけ長文でもいいし、どれだけロジカルでもかまわない。
とにかく、つきつめて考えて丁寧な説明がほしいです。
悪意から言っているのではないことは分かっている。
私自身の歪んだ思考が善意からの言葉をねじ曲げて捉えてしまっている。
胸の奥に去来する僻みの感情も、胃の奥からのきりきりとした痛みも、誰かが悪いわけじゃない。
自分のことは自分でしなければならないことくらい、分かっている。
それでも、「次の就職は決まったのか?」と毎日別の人間から尋ねられるのは辛い。
相手はほぼ全員公務員だから尚辛い。
3月末で臨時職員の契約期限が切れて、自治体の規定で更新はされない。
今の職場を必ず去ることになる。
働き口を見つけられなければ4月から無職。
周りの人たちは私のことを少しは認めていてくれているらしい。
だから、4月からどうするのかを心配して聞いてくれているんだと思う。
そんなの分かっているけど、悪いことしなければ将来安泰で、毎月お高い給料を貰って割と安穏と過ごしている人たちに、しつこくしつこく同じことを問われると、気が萎えてしまう。
と、言うより、腹が立つ。
憤っても嫉妬しても何にもならない。喚いたって何も変わらない。
でも、「今は不況だから大変だね」とか「ハローワーク?ツラそうっすねw」とか言われると、所詮他人事なんだから放っとけよ!と吠えて噛みつきたくなる。
臨時職員という一番下っ端の立場にあるから、上から目線の哀れむような言葉をかけられても仕方ない。
「俺が人事だったら増田さんのことをすぐ採用するのにな」とか慰めにもなってない。黙れこの野郎。
就職決まったの?
まだ決まっていません。
大変だね、でも頑張ってね、増田さんならきっと見つかるよ、真面目だし。
無責任な言葉を投げっぱなしにするくらいなら、何も聞かないでくれ。
一番危機感を持っているのは多分自分自身だから、煽らないでくれ。
自分の中の嫌な感情が混じりあって雪だるまのように膨れていって、時々叫びたくなる。
これからもここで働けるくせに、私と何もかも違う立場にあるくせに、無責任で勝手なことばかり言ってるんじゃない、私の問題なんだから放っとけ!
勿論こんなことを吐き出せるわけもなく、喉口まで沸き上がっていた言葉は腹の中へと戻る。雪だるまはまた大きくなる。
いつもはとてもいい人たちだ。
理不尽なことで怒ることとかもない(むしろ怒られないことが怖かった)。
その善意が今は痛い。善意を悪意のように変換してしまう自分の心が一番痛々しいのだろうと思う。
だけど、連休取って家族でハワイに行ってきた、とか、今日は調子が悪いからちょっと早めに上がるわー、とか。
大小の別はあるが、毎日のように飲み会を敢行。各人により1時間程度の誤差はあるが、ほぼ定時上がり(さすがに管理職級は除く)。
まさにぬるま湯の中にいながら、ハローワークのサイトで求人を検索する自分。
世間一般的に最強と言われる新卒カードが失効して、もうすぐ1年。
もうこんなところには二度と巡り会えないのだろう。
ここにいる人たちとも二度と会わないだろう。
逆に会いたくない。嫉妬と自己嫌悪で狂いそうになる。
就職出来ず、中途半端に働く道を選んだ自分が結局悪いのだけど。
色々と思うことはあるが、何を思っても思うだけでは何も変わらない。
だから前を向いて、せめて表だけでも明るく振る舞いたい。
だけど目の前では不況の嵐が吹き荒れる。
決意をしなければ歩けない。気を抜いたら吹き飛ばされる。何もしなけりゃあっと言う間の崖の下。そうしたらきっともう戻れない。
だから、安全な場所から私の背中を平手で叩いて押し出すような真似は止めてください、善意だとしても止めてください。
もう崖の途中の岩を片手で掴んで宙ぶらりんな状態なんだから。
ここから崖下に落ちようが別の岩を掴もうが、関係ないから、放っといてください。
うるさい、だまれ、しねばいいのに。
うああうああぁああぁあうぁぁぁうあぁうあぅあうぁぅあ
うぁうあううくううぁうぁああああああああぁぁぁぁあぁ
ふとんにくるまって一晩泣いて寝て、今もっても、乗り越えられない。
どうすることもできなかった。
絶対に、絶対に、そんなんなったら、もう夢も希望もないってわかってたけど、
お腹が痛くて痛くて仕方がなくて、彼女の手を握って、トイレを探して走ったけど、
雰囲気がよくて人の少ない空港近くのデートコースには驚くくらいトイレがなかった。
途中、手を離して、「待ってて、自分一人で行ってみる」と告げたのに、
彼女は一緒に行くよ、と必死に手を握ってきた。
間違いなく可愛いけど、間違いなく素敵だけど、
足手まといになるから、そんな危険な場所に連れて行けない、って思った。
なんなら途中で草むらに飛び込んで済ましてしまおうかなんて思ってたのに、
彼女がいたらそれもできない。
だから僕は、「必ず戻るから。すぐ戻るから」って言ったのに、
彼女はきかなかった。一人は寂しいと言った。
その寂しさの向こう側で、僕はウンコを漏らした。
帰り道、お互い言葉少なで、僕は「ここでいいよ」という彼女に、
「別れよう」
と言ってしまった。
別れるしかないと、その時思った。
「なんで」と彼女は言ったけど、僕は理由なんてひとつしかない、僕はウンコを漏らしたんだぜ?って思ったけど、
「なんか、そういうふうに見れなくなった」みたいなことを言った。
そういうふうに見れなくなってるのは、むしろ彼女の方なはずだけど、
僕はそんな感じにアレンジして、染みつきのズボンを上着で隠しながら、
家に帰った。
僕と彼女は社内恋愛だった。僕は彼女の上司であり、彼女はいつも僕を尊敬のまなざしで見ていた。
僕はそんな彼女が可愛くて、それが僕らのすべてだった。
朝方メールで、「私は気にしてないよ。体調のことだもん」みたいなのが来たけど、
それすらもう僕は受け止めらえず、(っていうか、俺は「そういうふうに見れなくなった」つったじゃん)
って憤りすら感じて、ウンコを蒸し返されて、それを彼女に当たるような気持ちでいた。
もう彼女ごとウンコをなかったことにしたいという思いが強くて、別れたかった。
だけど、時が過ぎて、冷静になるうちに、彼女の言葉、握りしめた手の感触や、
僕が絶望してベンチから動けない間に、走ってコンビニからパンツを買ってきてくれた機敏さ、
優しい笑顔で「着替えよ?」って僕の手を握ってくれたこと、
色々思い出して、涙が出た。
恥ずかしい。
思い出すだけで、自分の無力さに悔しくなるし、泣けてくるけど、
漏らしてしまったウンコごと、水に流して。
うああうああぁああぁあうぁぁぁうあぁうあぅあうぁぅあ
うぁうあううくううぁうぁああああああああぁぁぁぁあぁ
ふとんにくるまって一晩泣いて寝て、今もっても、乗り越えられない。
どうすることもできなかった。
絶対に、絶対に、そんなんなったら、もう夢も希望もないってわかってたけど、
お腹が痛くて痛くて仕方がなくて、彼女の手を握って、トイレを探して走ったけど、
雰囲気がよくて人の少ない空港近くのデートコースには驚くくらいトイレがなかった。
途中、手を離して、「待ってて、自分一人で行ってみる」と告げたのに、
彼女は一緒に行くよ、と必死に手を握ってきた。
間違いなく可愛いけど、間違いなく素敵だけど、
足手まといになるから、そんな危険な場所に連れて行けない、って思った。
なんなら途中で草むらに飛び込んで済ましてしまおうかなんて思ってたのに、
彼女がいたらそれもできない。
だから僕は、「必ず戻るから。すぐ戻るから」って言ったのに、
彼女はきかなかった。一人は寂しいと言った。
その寂しさの向こう側で、僕はウンコを漏らした。
帰り道、お互い言葉少なで、僕は「ここでいいよ」という彼女に、
「別れよう」
と言ってしまった。
別れるしかないと、その時思った。
「なんで」と彼女は言ったけど、僕は理由なんてひとつしかない、僕はウンコを漏らしたんだぜ?って思ったけど、
「なんか、そういうふうに見れなくなった」みたいなことを言った。
そういうふうに見れなくなってるのは、むしろ彼女の方なはずだけど、
僕はそんな感じにアレンジして、染みつきのズボンを上着で隠しながら、
家に帰った。
僕と彼女は社内恋愛だった。僕は彼女の上司であり、彼女はいつも僕を尊敬のまなざしで見ていた。
僕はそんな彼女が可愛くて、それが僕らのすべてだった。
朝方メールで、「私は気にしてないよ。体調のことだもん」みたいなのが来たけど、
それすらもう僕は受け止めらえず、(っていうか、俺は「そういうふうに見れなくなった」つったじゃん)
って憤りすら感じて、ウンコを蒸し返されて、それを彼女に当たるような気持ちでいた。
もう彼女ごとウンコをなかったことにしたいという思いが強くて、別れたかった。
だけど、時が過ぎて、冷静になるうちに、彼女の言葉、握りしめた手の感触や、
僕が絶望してベンチから動けない間に、走ってコンビニからパンツを買ってきてくれた機敏さ、
優しい笑顔で「着替えよ?」って僕の手を握ってくれたこと、
色々思い出して、涙が出た。
恥ずかしい。
思い出すだけで、自分の無力さに悔しくなるし、泣けてくるけど、
漏らしてしまったウンコごと、水に流して。