はてなキーワード: 性悪説とは
はじめ、無敵の人って2chだけかと思っていたよ。
だって2chの元管理人がネタにするんだもん。そうだと思っちゃうよね。
でもさー、ステマとかカオスラウンジとか…いや些細な祭とかみてて思ったことは無敵な人って普遍的にそこら辺に居るんだなって。
でも、みんな気にしないんだな。だって俺でも道端にホームレスの人に訴えるぞとかに言われても気にせず素通りしちゃうもん。
信用無い人はともかく普通の人もまた信用を失うって簡単なことなんだよね。
でも俺は他人の信用を損ねるようなそんなことはしないかな。だって道端歩いているときに横腹を刺されたくないし。
そんなこと気にせず過ごしたいじゃん。引きこもりの人はいいのだろうか。
たとえこの世が性悪説だったとしても荀子のごとく努力してモラルを保とうとするよね、
日本人ならネトウヨが言うとおり民度が高くモラルも保ってるよね。
あー、インターネットって怖いなぁ。
前回はオレが若手の頃のA部長のやんちゃぶりいや豪快ぶりを紹介した。
だが、このA部長、誰もがその遊びぶりに文句を言えないぐらい、仕事の優秀さは伝説的な人だった。
オレたちの部は、A部長がやってくるまでは、他の部署と比べてけっして利益の額は多くなかった。
A部長は就任早々に独自の戦略を立案し、徹底的に実行していくことで、わずか3年程度で全社でも稼ぎ頭の部署に育て上げた。
「いいか、タケシ。仕事で大事なのは、徹底的な論理的マインドとほんの少しの気合だ」
というのが彼の口癖だった。
当時、イケイケだった日本企業の中で、論理を前面に押し出すのは、かなり異端だった。
今思えば、A部長は当時から、既にアメリカやヨーロッパのビジネススタイルだった。
オレが米国出張中のある案件の交渉でグチャグチャになってしまい、deal breakの瀬戸際のピンチだったことがある。
今のようにEmailもなく、テレックスでのやりとりが主流だった時代、超高価だった国際電話をアメリカからA部長にかけて、指示を仰いだ。
オレは要点を要領よく説明し、A部長に
「どうすれば良いか?」
と聞いたところ、一言、
「タケシ、任せた」
と言われてあっさり電話を切られた。
その時は「何と無責任な上司だ!」と思ったが、オレはそこから巻き返して、何とか形にすることが出来た。
数年してから、オレは
「バーで仕事の話をするとは、低俗極まりない。5分だけ特別だ」
「オマエの国際電話での状況説明を聞いたら、オマエにしては珍しく、論点が全て整理されていた。強気が売りのオマエに足りないのは、逃げない勇気だけだった。獅子が子を崖から落とすじゃないが、オレは上司としてオマエの退路を断ってやったわけだ」
「そうは言っても、もし失敗していたら・・・」
「商社マンは信頼の上に成り立っている職業だ。その上司のオレが部下を信頼しなくてどうする?That’s allだ。さぁ、仕事の話はここまで」
と言われ、来日している著名なオペラ歌手のコンサートの話に戻ったのは今でも鮮明に覚えている。
とにかく豪快なオヤジだったが、自分のフィロソフィーを持っていた。
オレが若いころから、彼は常々オレにMBA留学をPUSHしてくれていた。
普通は部署に穴が開くから、なかなかこういう理解をしてくれる上司はいない。
何より
「勉強して仕事が出来るなら、苦労はない。あんなのは海外かぶれの奴が行くもの」
とMBA自体、怪しいものだと言う風潮もあった。
多くの企業にとって、エース級は社内に温存して留学させず、どちらかと言えば二番手グループで苦労した奴の夏休みのご褒美みたいなものだった。
きっとヨーロッパを周遊中に、各地で世界中のエリート連中と出会う中で、重要性を感じ取ったんだろう。
「タケシ、部署のことは心配せず、そろそろ社内の制度を使ってMBAを取って来い。」
「これからの時代は、MBAが国際ビジネスのパスポートになる。何より、オマエはまだまだ頭が足りない。英語で死ぬ気でディスカッションして、世界中に仲間を持て」
と言われた。精神力だけが取り柄だったオレに、頭脳を鍛えるきっかけを与えてくれた。
「でも、オマエは文化の香りがしないから、ヨーロッパと言うタイプじゃない。アメリカのスクールだな。ヨーロッパのスクールの推薦状は書いてやらない」
と言われたのは、納得行かないんだけどさ(笑)。
それでも、あの一言はいまだにオレの人生を変えた貴重な言葉だよ。
オレがビジネススクールから戻ってしばらくすると(オレは海外特命案件をを担当し、A部長とは違う部署になった)、社内ではA部長が次の人事で役員になるという噂があった。
「いくぞ、タケシ」
「役員の件は本当ですか?」
と聞いてみた。
「相変わらず酒の席上で仕事の話とは低俗な。それも極東の一企業の社内人事の話しなんて、オマエは何をしにアメリカに行っていたんだ?」
とあっさり切られたが、
「留学してマネジメントが何か少しはかじっただろ?オレには向いてないよ。晴耕雨読なんだな」
と言って、それからまったく脈略なくフランスの歴史やら農業の話を延々と聞かされた。
そうしたらさ、ある日、いきなりA部長は早期退職してしまったんだ!
オレは海外に出ていて送別を出来なかったんだが、しばらくすると、オフィスにどこかの海でA部長がサメと泳いでいる写真が送られて来た。
一緒に入っていた手紙によると、何でも、その後、フランスで暮らしていると言うじゃないか!!!
最初はビックリしたが、あの人らしいと言うかなんと言うか、地中海のクルーザーの上で美女を囲んでいるA部長の姿が容易に想像出来て、にやけてしまった。
名誉とか出世に興味を示さず、潔いgoing my wayな男の格好良さを感じたものだ。
あんな豪快なビジネスマンは、もうあの人が最後かもしれないな。
その後、世の中は変わり、コンプライアンスだといろいろと制約条件が増え、会社がどんどん個人を管理し、性悪説にたった人事管理が行われるようになった。
いや会社だけではなく、社会全体が出る杭を容赦なく打ち付けるようになってしまった。
実に生きにくい世の中だ。
A部長のことだから、こんな時代になることを見越していたのかもしれないな(きっと、今の時代ならA部長みたいなことをしていたら、仕事が出来ても処分されていただろう・・・)。
しかし、時代がどんなにルール社会や批判社会になっても、制約されすぎた圧迫の人生を送ってはならないと、オレは思う。
社会を安全かつ効率的に動かすためのルールであって、そんな手段としてのルールによって不必要に自分を制約しすぎたり、また稚拙な批判に怯える必要はない。
A部長も、あんな生き様だから、敵は多かった。最も本人は、敵だと認識していなかったようだが。
「S部長が経営会議でA部長について批判発言をしたみたいですよ」
「S部長って、いいワインをコレクションしてるんだろ。オレをワイン会に呼んでくれないかな?」
と言う感じだった。敵すらも愛してしまうと言うか、そもそも敵と言う概念が無かったのかもしれない。
一方で皆さんはどうだろうか?上司や先輩、客先の顔色ばかり見て、何とか失敗しないようにと、縮こまっていないか?
オレはこのブログでも言い続けているが、小さい失敗でくよくよしてないで、他人の目ばっかり気にしてないで、自分勝手に大胆に全力で人生という長いレースにぶつかって良いんだ。
困難も、苦しみも全身でそれを受け止めて立ち向かえば、きっと楽しい人生になる。
だから、恐れることなく、自信をもって、人生という壮大なレースにまい進して欲しい。
もう一つA部長を見習うべきところは、自分のフィロソフィー(哲学)やプリンシプル(主義、信条)を構築するということだ。
MBA的な研修で小手先のフレームワークや技術を学ぶのはほどほどにして、20代半ばぐらいからは、自分の振る舞い、判断の基軸となる哲学、信条をしっかりと作り始めるべきだ。
これは短期間でできるものではない。
膨大な量の知識と教養を身に着けて、そして、これまでの出会いや経験から、「人はどうあるべきか?」という自分なりの人の理想像を練り上げる大掛かりな行為だ。
哲学、歴史、文学、論理学などさまざまな分野のものをフルに動因して、この機軸は作り上げられる。
もちろん答えなんてないし、生きている間、それらは揺るぐことはなくとも、より深遠なものに円熟し続けるものだ。
A部長はずっとオレら若手にこのことの重要性を、夜に飲みながら教えてくれようとしていた。
オレも部下にこういう大胆な生き方、自分の哲学、主義を持つことを伝え、後世を育てて行くべき歳になってしまった(心は永遠に若手だ!!)。
ただ、これは手取り足取り教えることはできない。A部長とオレがそうだったように、いろいろな人との会話を通じて、つかんで行くしかないんだ。
オレも、こんな豪快な奴が少ない時代だからこそ、若い皆には、何とかオレの生き様を、ブログやTwitterで積極的に伝えてきているつもりだ。
またオレの部署の若手の部下らには、夜の遊び方は十分すぎるほど教えているつもりだ。
でもオレは、A部長と今ならビジネスの手腕なら良い勝負になるかと思うが、いかんせん、芸術、文化面がまだまだ弱い(笑)。
もっともA部長は、そんな勝負すら眼中にないだろうが。
「タケシ、ビジネスなんてほどほどにして、本を読め、音楽を聴け、食を味わえ、旅をしろ。何より今夜も人と出会え」
本当に横なのだがw
追記しておくと
以外はよく読んでいないので、中学生増田が何を議論しているのか詳しくは知らないが、厳密に議論をすればこの箇所も「思うよ」と同じミスをしでかしている。
テレビ・ニュースの作られ方 - KandaNewsNetwork
内規では、特定の企業の広告などに出演してはいけないことになっている
(放送事故、ハプニング)タレコミコーナー やらせ編【放送禁止用語も大公開】
クロスオーナーシップから話題をそらす人は誰でしょう? - YouTube
ネット上のフジテレビ批判をマスメディアがまったく報道できない理由(木走正水(きばしりまさみず)) - BLOGOS(ブロゴス)
新聞の20%以上は配達されない 「押し紙」という新聞社の「暗部」(連載「新聞崩壊」第4回/フリージャーナリスト・黒薮哲哉さんに聞く) (1/2) : J-CASTニュース
著作物再販制問題が提起したもの:望ましい新聞・出版流通のために議論すべき点は何か『経済セミナー』1997年11月号
Amazon.co.jp: ジャーナリズム性悪説 (ちくま文庫): バルザック, 鹿島 茂: 本
Amazon.co.jp: ドキュメンタリーは嘘をつく: 森 達也: 本
NHKスペシャル「生活保護 3兆円の衝撃」の残念さ (鈴木亘) - BLOGOS(ブロゴス)
NHKスペシャル『無縁社会』に出たニコニコ生放送ユーザーが語る“演出への違和感” - ガジェット通信
Twitter / 池田信夫: 昔「ムスタンやらせ事件」で会長が謝罪放送したとき、デ ...
Amazon.co.jp: ムスタンの真実―「やらせ」現場からの証言: 小松 健一: 本
「取材の様子YouTubeアップ」 ホリエモンの条件にNHKは... (1/2) : J-CASTニュース
漫画家がNHKの「ほんっと~に不愉快!」な対応に取材拒否! 真相を語る - ガジェット通信
非常識な取材をしたNHKが謝罪! 漫画家は二度断るも三度目に謝罪受け入れ - ガジェット通信
メールの相手は時津風親方 NHK記者の捜査情報漏えい - 47NEWS(よんななニュース)
【放送】NHK:インサイダー取引の記者ら3人を懲戒免職、「公共放送の信頼を失墜」 [08/04/04]
免職職員の上司9人減給 インサイダー取引でNHK - 47NEWS(よんななニュース)
ヘッドライン | 社会 | 元委託カメラマンに逮捕状 金沢、主婦の死体遺棄容疑 - 47NEWS(よんななニュース)
はてなブックマーク - 客は社員!日テレ系報道番組に意見書 - 芸能ニュース : nikkansports.com
テレビで人気の大家族が暴露「ひどすぎるよ、うそばっかり」(ロケットニュース24) - livedoor ニュース
「ザ・ノンフィクション」のアイドル特集、出演者が「放送しないで欲しかった」
みんな意外とペーパーテストを信頼してるんだね。というよりも性悪説なのか。
試験や単位なんて本来は勉強のためのインセンティブに過ぎないはずなのに。
「勉強のための試験」が「試験のための勉強」になってる。本末転倒な気がする。
大学以上で学問することにとって(高校以下でも本当はそうだけど)、試験なんて必要ないと思うよ。
テストでいい点とっても、いわゆる「教養」とか「学力」とかとは関係ないのに。
大学は資格をとるために勉強するところなの?数値化して保証してもらわなきゃ不安なの?
大学での試験なんてあってもなくてもいい点とっても悪い点でもほとんど意味ないのに。高得点マニアの人とかは別として。
せっかく数値化の極地である大学受験が終わったんだから、点数で測れない学問に取り組むべきだし、そういったことに興味ない人は他のことやってればいいし。
どうせ大学で学ぶことなんて「社会(会社)」じゃ役に立たないよ。その証拠に就職活動が始まるのは3年の半ばからだ。
ほとんど実利的でない。無駄。でも、その無駄を追究できるのが大学ってところなのに。
カンニングは「やっちゃいけない」って決まりになってるからやっちゃいけないんだと思う。
日本では禁じられているから大麻をやってはいけない、レベルの問題だ。
http://blog.livedoor.jp/nnnhhhkkk/archives/65371888.html
それ今の日本だと思うんだよねぇ。
何もしなくてもってのが語弊だとしたら「何もしないより悪いことをしても」って言葉に代えてもいい。
会社に出て、上司の言われたとおりにやってるだけで何かしてると主張するなら、
今のニートとか、社会の上の方にいる「職を譲らない」「会社を成長させない」「でも自分たちの職は取られたくない」
老人の要請どおりにしていると理解しているのですが何か反論は?
「じゃあ自分で仕事作れ」とおっしゃる方は、新進の企業にシェア食いつぶされてつぶれていく覚悟はOK?
人件費が上がった分は日本製品の価格競争力が無くなってしまうわけだから、当然円安圧力につながっていく。円安になれば資源や食料などの1次産品が乏しい日本では大打撃を受けてしまうことになる。
こういうダンピングありきの、「安かろう質よかろう」の発想を、今になってまだ恥ずかしげもなく出来るあたり、老害極まりないなぁと思うわけだけれど。実際企業で教育できない限り、ダンピングなしで売れる商品を誰が作れるんだ、と言うと殆ど絶望的であることはわからんこともない。それにしても老害だなぁ。大事なことなので2回言いました。
この部分の結論は賛成
サウジアラビアのように資源が豊富で、外国人に働かしておけばなんとかなる国ならBIも可能だし、実際にそれに近いことをやっている。しかし日本には資源がないからサウジアラビアのような制度の維持など不可能だし、外貨も稼げない。
ワーカホの人は、稼いだ金を日本に落としてくれない。
だってこういう人らにとって、日本で消費すべき価値のあるものって殆どないもんね。節税対策もばつぐんだ!
なんで、あんまり金持ちが、稼いだ金をこちらに回してくれるとか期待し過ぎないほうがいいと思うけれども。まぁいいか。
こういう人は良くも悪くも人間に対しては「性悪説」を採用し、その代わりに世界のメカニズムに「性善説」を採用してる。
少なくとも今のご時勢、資本主義社会はもはや「ベストではないがベター」であることも保障できない。
その世界が悪方向に傾いているとき、対抗出来る人は少ない。だから人間も悪になる。
他人に影響を与えられるくらい頭のいい人ほど、自覚的にそうするだろう。
人が生来悪だみたいな阿呆なことをいっとらんと、まず自分が会社辞めて、おちついてかんがえてみたらどう?
あんたが怠け者で悪だからといって、それに皆を巻き込まれるのはちょっと不愉快です
ネットを外部から総括する人間は、なんでネットユーザーを一枚岩の性悪説で一刀両断したがるのだろう。
ネット-非ネットの関係に限らず、自分の所属しない文化に直面すると、どうしても悪い面・不快な面のみがクローズアップされるらしい。
ちょっと前まで2chやってる人間は、全員ネット右翼で、自分以外の集団は叩き潰そうとする匿名の無責任なクズたちの集まりだ、という(特に年輩の)意見が多かった。いまでもそう思ってる人も多いと思う。
私は案外、ネット匿名性善説の立場であり、どこかでなにか盛り上がっていれば、必ずそのアンチが出現する。意外とバランスがとれているものだ。ひろゆきが辞める辺りまでの2chの運営は、ほぼ放し飼い状態であったのに、10年近く秩序は保たれ、暗黙のルール・規範が生まれ、使用者ひとりひとりが自分なりの倫理観を持って書き込み等を行っている。
これは凄いことではないか?ホッブズの「万人の万人に対する闘争→リヴァイアサン」という図式通りには行かなかった。もともと「日本的価値観」を有する者同士がユーザーだから極度の無秩序にならないのは当然なのだが、それに加えて「(日本)ネット上の暗黙の価値観」が時とともに醸成されてきたことは、ディープなネットユーザーほど感じることだと思う。
当たり前のことだが、自分の感じていることは他の多くの人もそう感じている。自分にとって不快な現象は、不快な対象において、その全面を覆っている気がするが、それは多分錯覚だ。国保?朝青龍?ネット上には擁護者が無数にいるし、そもそもそんな問題に興味のない人間も無数にいる。反対者の存在だけに目が行って「自分以外の人間はみんなクズだ」と思うのは、傲慢や偏見というより、単なる無知なのかもしれない。
ttp://hibikan.at.webry.info/201002/article_141.html
本日付の朝日新聞の投書欄。兵庫県の校長先生が、私の周辺の在日の人は皆まじめで普通の人。参政権を与えることで何か問題が発生するとは思えない。仲良くしましょうみたいなご意見。
例によって、対立する意見の投書は掲載しない朝日新聞(苦笑)。
私が先日言及した方も、東京の北のほうで学校の先生をやっていらした方。
成績の悪い子に卒業証書を持たせて「がんばれよ」を声をかければ自動的に給料をもらえる作業を23才から60才まで続けてしまうと、このように疑うことを知らない人間ができあがるのです。
いい年齢をして、政治と法律を性善説で語るこのセンス。あなたたちは最も重要なことを学ばずに定年を迎えておられるようですよ。だから学校の先生は世間知らずと言われるんだ。
一つ。疑うことを知らない、単純な人。このタイプは気の利く、社交的な人が多いが、調子者も多い。一般に考えられている良い人。
一つ。疑うことしかしない人。このタイプは、全ての人を疑うがゆえ自分が不利になる展開を事前に避け、全ての人を性悪説的に見ているがゆえ他者の悪意に怒ることも無く、ただ表面的に善意には報いるがゆえ良い人と考えられてしまう。消極的八方美人ともいえる。彼らは臆病な人間でもあり、普通の人は誰しも表出させるような悪意を表出することによって、自分の立場が危うくなることを恐れるがゆえに誰に対しても好意的に振る舞うが、同時に、自分の本音の知られることを恐れるがゆえに社交を避ける。彼らはその疑いを自分自身にも向けるがゆえ、全他者のみならず、自身が悪人であることを知り、それがために悪意ある好意を他者に向けることを厭わない。
不思議なことに、正反対に思えるこの両者は割と気が合うらしい。後者の人間にしてみれば、前者のような単純で裏表の無い人間は最も扱いやすい部類の人間であるし、前者の人間にしてみれば、後者の人間は心根の優しい保護対象と映るのだろう。
不思議なことに、両者共に同類同士ではあまり気が合わないらしい。前者同士では一種のライバルであるし、後者同士では、互いに底の読めない難敵と化してしまう。
ネットにおけるコミュニケーションの際に匿名と実名という二つの選択肢があるが、
同時にだからこそ真に人間的な(勿論これは錯覚であるが)コミュニケーションだと考えられ、広く普及した。
対して後からそれを追いかけるように実名による情報発信、プロモーションの手段としてネットを利用する人々が増え始めた。
しかしながら匿名文化が実名文化に先行したネットのコミュニケーション世界では、
匿名文化こそがコミュニケーションのデファクトスタンダードとして多くの人が認識していると思われる。
匿名文化とは前述の通り性悪説によって立つものであり、ここでのネットにおけるコミュニケーションとは
「現実社会では言えない事でも言ってしまえるし、匿名である限りそれは他の匿名者との共犯関係として尊重される」という事を意味する。
これを基本とするよりアクティブなネットユーザー層にとって、実名ユーザーとは「自分達を相対化するもの」である。
結果として実名ユーザーとは「精錬潔白で、かつ実名と共に発言するに足るだけの有意義な情報リソース」としてのスタンスが求められる。
横だが。
性善説/性悪説ってのは人間の「生まれながらの」本性の話な。生まれながらにして惻隠の情をもつ善人である(が中には環境次第で悪く染まってしまう者もいる)と見るのが性善説。生まれながらにして野放図な悪人である(から強権的に教化善導していかなければならない)と見るのが性悪説。誰に罪があるかという話ではない。
個々の人間は社会全体のために犯罪を犯さないように努力する必要がある。
目の前に餌があっても、それが社会通念上食べてはいけないものなら食べるべきではない。
で、そういう性善説が通じない人もいるわけで、
食べた人には罪がある。食べられた人に罪はない。
とはいえ、食べられた人は損をすることに変わりはないので、
出来る限り食べられないようにする方が、生きていて幸せだよ、という話。
食べられた人は馬鹿かもしれないが、罪があるとは思わない。
逆の考えは
人間は自分の意志を尊重して自由な行動を取れるべきであって目の前の餌を食べるのは当たり前。
それを分からずに目の前に餌を置くという行為は罪である。
食べた人間に罪はないけれど、罰則を与えないと社会が成り立たないから
結果、食べた人間には罪がないけれど、損をするから馬鹿である。
どっちだろうね。