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はてなキーワード: 見えざる手とは

2012-02-11

橋下がTPP賛成派だと見抜けなかった人へ

このニュースについて、ツイッターで「騙された」「これが本当なら橋下を支持するのをやめる」「橋下さーん勉強しろーコラー!」という声が散見された。驚いた。

TPPへ参加を=衆院選向け公約に-橋下氏

http://www.jiji.com/jc/zc?k=201202/2012021001065&g=pol



橋下のことを何も知らずに投票したのか、、、相当なお馬鹿さんなんだろうな。橋下のような新自由主義思想を持った男なら、TPP賛成に驚くことはない。



下のキーワードをよく口にする文化人(踊らされてるだけの民衆は含めず)はだいたいTPPに賛成してるから、見分けがつかない人は見ておくと良いよ。



新自由主義思想者が好きな言葉一覧

グローバリゼーション

グローバル人材

グローバルスタンダード

平成の開国

・聖域なき構造改革

構造改革なくして景気回復はない

・改革を止めたから景気がよくならない

・民間の努力政治邪魔してはいけない

規制緩和

日本物価が高い

消費税増税

法人税減税

バスに乗り遅れるな

・先送りできない課題

坂本龍馬

平成維新

・開かれた日本

・外に打って出る

市場ほど正直なものはない

市場に委ねる

イノベーション

・私は日本人ではありません、地球人です

・これからビジネス英語が話せないのは、免許がないのと一緒

トリクルダウン理論

・集中と選択

競争が進むとみんなが豊かになっていく

自由貿易

痛みをともなう改革

自己責任

既得権益を潰せ

抵抗勢力労働組合)を潰せ

ベーシックインカム

老害

自己責任

弱肉強食実力主義

LBOレバレッジバイアウト

公務員改革

公共工事削減

・緊縮財政発動

海外投資

教育改革教育ビジネス

功利主義

郵政民営化

小さな政府

・官から民へ

会社株主もの

ガラパゴス化現象

国際競争

日本人外圧を利用しないと改革できない

・神の見えざる手

2012-01-23

老害批判してるけど

近頃、若者 対 老人 という構図がますます明らかになってきた

既得権益守って逃げ切りを図る老害マジで氏んでほしい。

まぁそのうち死ぬけど

面倒な問題全部未来に投げてさー 人口問題やら経済やら地球環境やらなんもかんも疲弊させてきた老害どもが憎い。

しかし正直俺達もそうなりそう

エネルギー消費量とかみんなネットとか使いまくりやばいじゃん

原発終わったけど代替案あんの?

それにマネーゲーム化してる今の状況なんとかしないとまずいんじゃねーの?

神の見えざる手とかクソくらえ

科学文化はが発展したはずなのになんで奴隷みたいな人たちが出てくるの?


勝ち組が作ったフィールドで強制的に勝負させられてる今の状況じゃあ

結局今の若者もそれを下の世代に押し付けるんだろ?

自分たちの都合のいいようにルールを整えてから

2011-06-21

BI論者に質問したいんだけど、いいかな。

ベーシック・インカム精神そのものには、私は反対の立場じゃないんだけど、どうしようもなく疑問なんで答えて欲しい。



BIの導入に伴う問題点として、税収の絶対量についてはこの際論じない。それ言えばキリがないので。「国債自己引き受けで余裕さ、地球の自転が止まらないように輪転機も永劫を輪廻するのさ」という前提を置いておく。お予算の問題は、無いものとしての議論。

その上で、まぁBIを導入したとする。日本人口一億2000万人×10万(仮にね)×12ヶ月のカネがマーケットに流れていく。すると、まぁ需要は喚起されるよね、間違いなく。みんながどんどんお金を使い、市場マネーで潤いこの世の楽園となる・・・んだろうか?

疑問は二点ある。

一点目は「喚起された需要が果たして国内に向かうのか?」ということ。我々の消費生活は、多くの場合輸入に依存している。中国産製品、例えば100均ショップにある小物類のお値段は、つめ切り一つにしても国内生産ものの四分の一とかそんなものだ。現時点でも、高品質・高価格帯を除けば国内生産品はほとんど壊滅に近い惨状にあると言っていいと思う。これは、皆さんが周囲を見渡せば容易に理解されることだ。メイドインジャパンチェア増田を嗜むブルジョワ御仁がどれだけいるか

すると、国内マーケット供給されたマネーは個人の消費性向の問題として、国内を潤わせることなく海外へと流出していくのではないかインドの綿製品が流れ込んだイギリス状態になる気がするのは私だけかな。

例えば、日本銀行最近になって通称「成長基盤オペ」と呼ばれる金融政策を打ち出している。これは、銀行にどれだけカネを供給してもマーケットに出て行かないことに業を煮やした白川さんが、「じゃあピンポイントヒモつきのカネをブチこんでやるよ!」という、局所療法に出たわけだ。これは、理解しやすい。しかし、それに対して全く逆の効果を持つのがBIではないか

確かに、総量緩和による政策は果てしないマネー預金に積もらせただけで、観念バベルの塔を築く以外にはほとんどなんの効力ももたらさなかった。しかしまた、同様にグローバル化世界において民衆にカネをばらまくことは、海に向かって魚を放流すること以上の意味を持ちえるのだろうか。もちろん、マグロ近海を泳ぐようになるならいい。しかし、そのイワシは大方が真っ直ぐ中国に向かってしまうのではないか


もちろん、魚を囲う「網」になり得る可能性は存在する。マネー総量の爆発的な増加による円安傾向、並びに通貨価値の下落(これを、通貨信認の毀損と呼ぶことも出来るが、それはめんどくさい議論になるので後述。また、「バーナンキ背理法は間違っている」という可能性も排除する。)これが天然の関税として作用する可能性はないか

円の価値が思いっきり落ちて1ドル150円になったとする。確かに輸出産業は活況を呈するだろう。しかしその一方、我々の消費傾向が国内回帰する可能性はあるか?私は難しいと思う。仮に、中国産製品の値段が二倍になったところで、それでも我々はメイドインチャイナ椅子に座り、メイドインチャイナのつめ切りを使うのではないか

この段階で、議論はフィフティ・フィフティだ。どっちに転がる可能性もある。輸出と輸入は美しいバランスを保ち、冷戦構造のような調和ある対立を得るかもしれない。しかし、BIの性質そのものメイドインチャイナを強力に後押しする可能性を考慮して欲しい。というのも、こういうことだ。労働価値というのは、A・スミスの慧眼が予見したとおり通常市場における神の見えざる手で決定付けられている。それに対して、半ばマルクス的な色合いを持つ「最低賃金」や「基本的人権」の観念、ひいては労働法規がその下限を決定付ける。翻ってこのBIの制度、これはかなり強力に労働単価を引き上げる効果を持つのではないか

平たく言えばこういうことだ。働かなくても食える世界で、時給640円で働く労働者存在し得るか?ということ。これは、人間の性質に関わる議論なので、ソヴィエト連邦国家運営がうまくいくかどうかと同じくらい「やってみないとわからない」。しかし、偉大なるレーニンやサン・シモンに敬意を払った上のこととしても、私は多分ダメだろうと思う。いや、ダメだろ?BIには、鎖国、ないしは強力な関税政策が必要になる。

そして、更なる恐怖がBIには待っている。これが疑問の二点目だ。それは、わが国の根本的性質に深く関わっている。

それは、わが国は「カロリーベースですら食料が自給出来るか微妙」ということ。そして、更に絶望的なるもう一点。「資源がありません」ということ。円高になればなっただけ、輸入コストは増大する。これに更に追い討ちをかけたのが先日の震災だ。原子力抜きで、エネルギーの自給が果たして出来るのか?1ドル150円になれば単純計算ガソリンリットル300円くらいだろうか。さて、果たしてこれはどうなる?

企業家にとっては恐ろしい未来が待っている。労働単価は高止まりし、原料費は高騰する。こうなると、「円建てで取引するのがそもそも間違ってんじゃないか」という思考に陥る可能性すらある。折角需要が喚起され、天然の関税障壁に守られたかに思えた国内生産品も価格競争力を持つことが全く出来ない。

そして追加的な怖さはこれだ。確かに、私もバーナンキ背理法は間違っていないだろう、と思う。確かに、マネーの総量が経済に影響を「与えない」と仮定するなら、世界はすぐに楽園になるだろう。なるほど、どこかで必ず飽和点は訪れ、円高は終わりを告げる。問題は、緩やかに落ちるかキリモミ落下して地面に突き刺さるか、だ。確かに円は高い、しかしわが国の財務状況は決して明るい未来を指し示してるとは言えない。つまるところ、通貨バブル国債バブル(私は現在の状況をそう認識しているが、これには異論があるかもしれない。むしろ、通貨の絶対価値とはスイスフランによって計測されるべきである、という考え方に対しては一理を認めるしかない)が大爆発するリスクはどうだろうか。BI,とはベーシックインカムである。それは、やはりベーシックインカムと呼びえるだけのキャッシュフローでなければいけない。しかし、それだけのマネー市場に放った結果について、我々は誰も知りえない。バーナンキ背理法は「リフレ政策の効力を約束した」わけではない。むしろ、「長期的に人は必ず死ぬ」といったニュアンスに近い。老衰で死ぬか、腹下しで死ぬか、爆散して骨も残らないか、誰にもわからない。

以上の観点から、私はBI制度が成功するとは思えない。

しかし、これは端的に私の知識不足、ないしは知能・理性の絶望的不足に根ざしている可能性も否定できない。

私は、BIの精神性を否定しない。むしろ高く評価するし、すばらしいと思う。ここがウクライナだったり、あるいはアルゼンチンであるなら、是非にもやるべきだと思う。また、日本産油国であればもっといい。しかし、そうではない。

ベーシックインカム論者の反論を求む。

あ、ごめん。労働単価の高止まりの根拠として、「BIは高税率が回避できない」ってのがあった。多少働いても、まぁかなり少なめに見積もっても半分は税金で持ってかれる。厳密に計算したわけじゃないけど、「どんなに少なくても」それくらいは要る。労働意欲の喚起はかなり難しいだろうと思うよ。

2011-06-17

少女マンガでは、恋愛に積極的な女の子はたいてい後から痛い目を見る。

つのは恋に奥手な女の子たちなんです。なので、バレンタインデーに好きな男子

チョコレートをあげるときは、無記名で下駄箱に突っ込むのが常套手段

マンガだったら、相手がエスパー並みの直感を働かせて私の想いに気付いてくれる

はずなのですが、現実はそう上手くはいきませんでした」

当時の民子さんが両思いになれるように努力したことと言えば、おまじない

コップに好きな彼の名前を書いた紙を浮かべて月や星に願掛けをしたが、まったく効果はなかったそう。

「好きな男性がいたら、きちんと思いを伝えなければいけないと気がついたのは20代になってから

ただ恋愛経験の少なさが災いしてか、未だに好みの男性を目の前にすると、固まってしまますね。

出会いはないし、積極的に好きな男を探す気力もないけれど、いつか彼ができるハズ・・・

そんな妄想を執念深く抱き続けている人は、未だに少女マンガシンドロームから

脱することができていないのかもしれない。

これは男向けの恋愛漫画でも同様である

男向け恋愛漫画の主要な読者層は、当然モテない男たち

そのため読み手が共感できるよう、主人公は外見平凡、性格他力本願丸出し

現実にいたらモテるはずがないのだが

漫画世界では一切の努力なく、

神(作者)の見えざる手によって全てがお膳立てされていく

主人公は外見を整えることも、積極的に出会いを探すことも、

リスク覚悟でアプローチすることもなく

自然美少女出会い自然美少女が身近な存在になり、

自然美少女が前のめりになってゆく

それとは対称的に、積極的に自分からアプローチするナンパ男は

漫画内で蔑まれ、最終的には主人公の引き立て役に貶められる

色々経験した後なら「しょせん漫画だ」と一蹴できるが

経験がないと真実に気付くのに遅れる可能性がある

ましてや、子ども時代から刷り込まれていたら、上記の女性のように

「気付いたのは20代になってから」ということにもなりかねない

多くの恋愛漫画受身人間製造機

読めば読むほどモテなくなるのである

2011-03-30

原発って放射能汚染するの?

2011-03-25

少女マンガでは、恋愛に積極的な女の子たいてい後から痛い目を見る。

つのは恋に奥手な女の子たちなんです。なので、バレンタインデーに好きな男子

チョコレートをあげるときは、無記名で下駄箱に突っ込むのが常套手段

マンガだったら、相手がエスパー並みの直感を働かせて私の想いに気付いてくれる

はずなのですが、現実はそう上手くはいきませんでした

当時民子さんが両思いになれるように努力したことと言えば、おまじない

コップに好きな彼の名前を書いた紙を浮かべて月や星に願掛けをしたが、まったく効果はなかったそう。

「好きな男性がいたら、きちんと思いを伝えなければいけないと気がついたのは20代になってから

ただ恋愛経験の少なさが災いしてか、未だに好みの男性を目の前にすると、固まってしまいますね。

出会いはないし、積極的に好きな男を探す気力もないけれど、いつか彼ができるハズ・・・

そんな妄想を執念深く抱き続けている人は、未だに少女マンガシンドロームから

脱することができていないのかもしれない。

これは男向けの恋愛漫画でも同様である

男向け恋愛漫画の主要な読者層は、当然モテない男たち

そのため読み手が共感できるよう、主人公は外見平凡、性格他力本願丸出し

現実にいたらモテるはずがないのだが

漫画世界では一切の努力なく、

神(作者)の見えざる手によって全てがお膳立てされていく

主人公は外見を整えることも、積極的に出会いを探すことも、

リスク覚悟でアプローチすることもなく

自然美少女と出会い、自然美少女が身近な存在になり、

自然美少女が前のめりになってゆく

それとは対称的に、積極的に自分からアプローチするナンパ男は

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経験がないと真実に気付くのに遅れる可能性がある

ましてや、子ども時代から刷り込まれていたら、上記の女性のように

「気付いたのは20代になってから」ということにもなりかねない

多くの恋愛漫画は受身人間製造機

読めば読むほどモテなくなるのである

2011-03-13

深い文化的基盤にもとづく、秩序ある災害対応

Orderly disaster reaction in line with deep cultural roots

http://news.blogs.cnn.com/2011/03/12/orderly-disaster-reaction-in-line-with-deep-cultural-roots/

災害発生時にしばしばつきものの、人々の混乱――食品サービスをめぐる略奪やいさかい――が日本においては皆無であることは、注目に値する。


「略奪(looting)は単に日本では起きないのだ。われわれがlootingという言葉を聞いたときに想起される概念を明確に表すことばが存在するのかどうかさえ、私にはよくわからない」と、グレゴリー・プルーグフェルダー氏(コロンビア大学ドナルド・キーン日本文化センター所長)は言う。


日本人は「社会への責任を第一に、最優先する感覚」を持っている、と同氏。


日本文化研究するメリーホワイト氏(ボストン大学人類学教授)にとって真の問題は、なぜ米国社会には略奪や無秩序が存在するかということである。同氏はその原因を、社会からの疎外と格差のせいだとする。


「確かに日本にも多少の疎外や格差はあるが、暴力をふるったり、他人のものを盗んだりすることは、文化として是認・支持されない」(同氏)


ルーグフェルダー氏は会議のため日本におり、東京での落ち着いた反応をじかに目撃している。東京は8.9Mの震源および広範な被災地からは、数百マイル離れた場所にある。


地震発生時、同氏は国立国会図書館の中にいた。


国会図書館では、閉館時間から1時間半にわたり利用者が館内に残ることが認められた。これは私が災害の大きさを認識した理由のひとつだ。通常と比較してこれほど予定が変更されることは、きわめて異例だからだ」と同氏は言う。


夜半過ぎ、地下鉄が再び動き出したときに整然とした行列ができたことも、プルーグフェルダー氏の印象に残った。


「そのような社会的秩序や規律は、通常時においてもかなり浸透しているので、緊急時でさえ、いつもの慣れた姿勢を維持することは、日本人にとってきわめて容易なのだと思う」


日本文化の基盤となっている協同精神は、災害時のストレス下において、さらにいちだんと効果を発揮するようだ、と同氏は言う。


米国では、独立して行動することが自然な傾向だ。


「(フリーマーケット的なあり方で)他者も同じようにふるまうという理解のもと、自分自身の利害を守るためにできるかぎりのことをする。そして秩序は、見えざる手のようなものから生まれる」


日本はそのように機能しない。秩序は個々の多様な必要性を平均化するような形で、集団や共同体から発生するように見える」


このような社会的態度は、日本災害から立ち直るのに役立つだろうか。


「ひとことでいえば、イエスだ」

2010-07-05

http://anond.hatelabo.jp/20100705184743

しかし、資本主義だからって「給料は無制限に釣り上がります」というわけにもいかん。

何億だかの報酬が、ゴーンの労働に対して適当な額なのかどうかは気になるところ。

本当に“神の見えざる手”は働いているのか?

2010-03-24

『激笑 裏マスメディア』をお茶の間で見てたらえらいことになった件

3行で

・裏メディア家族で見てたら暴言でて即消し

・既存メディア馬鹿にして笑ってるけどうよ

・一度振り返ってみるのも悪くないよね

軽い気持ちが大惨事

 NHKマスメディア討論と同時刻に放送する企画はネット嫌煙している人達でさえも何らかの形で小耳に挟んだことだろう。それだけこの企画はインパクトがあった。

 公共放送と呼ばれるNHKが本格的にネットをどう利用していくのか討論するのだからネットを毛嫌いしている頑固者でも一度は興味を持つものだ。多くのメディア関係者NHKと同時にUSTの放送を視聴していた。一般人であってもNHK番組欄をみてネットはよくわからないが興味はあるという人が視聴していたことも事実だろう。

 その中に私の家族も含まれていた。

 NHKで既存メディアに関する放送があると聞いてお茶の間で見ていた。私はUSTの放送にも興味があったのでテレビの横に家族全員が見られるようパソコンを設置した。ネット界隈の著名人ツイッター意見を取り入れてNHKで行われる淡い討論をどう料理するのか興味があったし、またネットを利用しない家族ネットを作ってきた人がどういう考えを持つのか興味があったそうだ。本来は一人で見るつもりだったが、機械音痴ながら少なからずネットに興味を持っている家族にも見せた。

 途中から「○○○」という発言で母は唖然とし「○○」の連発で親父が切れて「パソコンを切れ!」と顔が真っ赤になり、ぶつくさ言いながら居間から出て行ってしまった。家族騒然。ネットを何も知らない者にとって煮え湯を飲まされる形になってしまった。

 その言動こそが持ち味だといって笑う者もいたが、それこそネットの暗い面だろう。多面的であるネット放送、そもそも「ダダ漏れ」というコンセプトのもとで放送され、このメンツならば予想されるであろうことだから見せるなだとか、家族に見せること自体が根本的に間違いだという意見もあるだろうし、こういった予測不可能な事故が今後出る恐れもある。私自身反省することは多々あった。以後見せることは金輪際ないだろう。

 司会の津田さんは何とか舵を取ろうとする意識が見えていただけに残念でならない。全員が何らかのトップを走っている人たちだ。手綱を握るのはさぞ難しかっただろう、彼の苦労をねぎらいたい。あの状況下ではグダグダは避けられなかったのかもしれない。ひとくくりにネット放送がグダグダだと言って目くじらを立てるつもりは毛頭ない。しっかりと構成に基づいて放送されている方もいるし、グダグダ感がよい味を出している放送も存在するからだ。

 しかし今回の企画自体とてもおもしろくまた同時刻で同じ課題についての放送であることから、既存メディアネットメディアの考え方の差を一般人に広く見てもらう機会もあっただけにこのグダグダはとても惜しい気がした。マスメディアネットをどういう風に利用するのかと、一般層にとってもネット認知する機会であればこそ、ネットでどういうやりとりをしているのかを見てもらう良い機会でもあったのだ。

 以前にも東浩紀氏が司会の「ベーシックインカム」についてニコニコ動画で放送していたが、暴言を吐かないまでも、声の大きい者が延々としゃべり続けるような状況だった。もちろん内容はおもしろかったのだが、せっかく多くの専門家著名人を迎えて行う放送なのだから色々な意見が聞きたかった。似たような状況で続けざまにグダグダになっているのはとても残念でならない。

 自室に戻って第二部を視聴したが、とてもおもしろかった。また次回もやってほしい。その気持ちがあればこそ感想を書くに至った。

今回の放送は様々な意味で一石投じたことと思う

 適度にやるという趣旨だったかもしれない今回のUST討論だが、厳格なNHKの放送枠にあわせるとどうしても全体のカラーNHKにあわす人間もいたことだろう。同時刻に流していると厳格なNHKイメージに対し、罵詈雑言、酒を飲みながらヤジを飛ばしているというイメージ視聴者に植え付けてしまった。

 ネット罵詈雑言グダグダしただけの世界だと思われてしまうのが残念でならない。ネット勝手にやっていくからレガシーメディア勝手に滅んでくれていいということで投げるなら何も言えないが、一般大衆により深く浸透してもらうためにはいろいろな意見を聞き、討論させるがことが必要だ。進行がぐらついてしまうような大きな声が勝つ討論ではそもそも既存メディアにすら太刀打ちできない。

 ネットは近所の公園でたむろしている不良のたまり場として見られることだろう。最近になってNHKラジオではツイッターの投稿を募集し始めている番組もあるのだが、たまにツイートを読むときにかったるい間延びした読み方をされることがある。ネットスターの投稿でも似たようなことがおきている。感情を込めて読み上げる必要があるのだろうが意外とネットからの投稿は間延びした読み方が目立つ。ネットから遠いと自堕落な人物像を想像してしまうのだろうか。これが既存メディア側から見たネット人達(住人)に対するイメージといえるのかもしれない。ネットと既存メディアの対立構造として想像している者も少なからずいる。

 厳格に枠を作ってしまってはネットの優位性はなくなるという懸念はあるかもしれないが、有意義になるはずの放送をグダグダにしてしまうのは勿体無い気がする。既存メディアの強みは良い意味時間枠に手綱が握られている。時間政治的な制約を出演者自身が意識していることも討論の進行を制御しやすい要因になっている。

 ネットメディアは言いたいことがある程度自由に発言できる代わりにグダグダを毎度の事と許していないだろうか。今回の放送は対比する場として認識している人間もいた。NHKの議論の質が低い、根本的にズレているという声もあったと思うが、裏マスメディア前半部分の有様を見かねて退席した視聴者はどう見てもNHKに軍配を上げることだろう。

 グダグダを前提にするならばこの時間帯は避けるべきだったのかもしれない。既存メディアが理解を示そうと討論をする放送なら今回USTの放送に興味がわくことは想像に難しくない。ハッシュタグを両方付加してツイートする者もいた。そこから興味を持ってUSTアクセスした視聴者もいただろう。

切込隊長が放送する前にブログでこのことを心配されていた。(参照↓)

 ・ NHKが昔からtwitterを使っていたわけではなく、今回試験的なもんだろうと思います。

 ・ twitterは従来の放送のあり方に敵対するものではなく、共存していくための試行錯誤の時間を放送側に与えるべきです。

 ・ たぶん、USTでの裏番組の放送は、相当グダグダで汚い野次が飛び交う内容も含まれるでしょう… それが、twitterレベルと思われるのはよろしくないかとも思います。

 ・ ネットの側からすれば、既存マスコミを敵視したい衝動は理解しますが、相手も人間であり、配慮すべき対象です。

 ・ twitter革命的だと信じるのは自由ですが、ネット過激派の巣窟と判断されかねない方法は採るべきではないという考えです。

引用:http://kirik.tea-nifty.com/diary/2010/03/nhk-589c.html]

これからはネットを知らない人も誘致出来るような枠組みが必要だ

 次回、新たに放送の企画を考えるのであれば、たまにはネットイメージを多少でも向上するようなセッティングをすることも必要ではないか。勿論たまには、だ。それが出演者が「窮屈だ」と感じ、無視するようであればネットいつまでも独特の世界に埋没してしまうのではないかと危惧の念を抱く。ネット嫌悪している老害時間とともに完全に死滅することを望んでいるのならば、やがて現在ネットに親しんでいる者達もいつか時代が変わったとき、逆の立場になる可能性があることも頭の隅に置いてほしい。年齢の事ではなく、考え方の世代間の齟齬を無闇に切り離して考えるのは乱暴といえる。

 既存メディアがなかなかネット見解を喋らせてくれないのは暴走や炎上といったリスクを恐れていることも一つの要因だろう。既存メディアネットを蔑視から脅威の対象に変わりおそるおそる歩み寄りを見せようとしている。この時期をうまく利用し、ナイフに怯える少年達に安全な使い方を示唆するように、ネット上の楽しさや奥の深さを理解させることができれば、多少なり既存メディア著名人達がネットに流れてくることもあるだろうし、ネットに関するテレビ放送の姿勢が変わってくる。新しい技術スムーズに受け入れられることだろう。

 視聴者意見ダイレクトに流れてくることを認識してもらえれば、著名人も迂闊なことがいえないと判断し、勉強するようになる。法案の抗議文書をいくらEメールで送付したところで国民の声として認識されないのもネットが生活に根ざし始めていることを理解していない者が多いことを示している。ネットは生きた人間が使っていると理解させる。その流れが「開かれたメディア」の一歩と思う。

 そういう状況になって初めて「開かれたメディアではごまかせない」と捨て台詞を吐き、既存メディアに逃げ帰っていく者達を安心して見送ることが出来るのではないだろうか。いま誰にでも門戸を開かれているようで、まだまだ人を選んでいるのが現状だ。空論だと言い切ってしまう前に一度やってみる価値はあると思うし、ネットコミュニケーションが多様化してきたのだから既存メディアが理解できる様式が一つぐらいあってもいいだろう。まずネット2ちゃんねるだけの文化という誤解を解くことが必要だ。

 ネットは多様性があり、しかも誰でも放送を選ぶことが出来るのだから放っておけば見えざる手のごとく、いずれ淘汰・最適化されるだろうなど安易に他人任せにするのはよくない。アルファブロガーという言葉が流布されているとおり、匿名だけがネットではなく率先して引っ張っていく人間がいる以上、発言の影響力は大きい。こういったネットを先導してきた者たちが一度はネクタイを締めてキメ顔でやってみるのも別のアプローチとしておもしろい宣伝になる。たとえテレビでは多くを語れない制約があったとしても、ネット側から歩み寄りを示す方法はいくらでもあるのだ。

いつまでネットジーパンTシャツ姿で歩き続けるのだろう

 前を向き続ける姿勢は評価できるが、ネットに興味があるがなかなか理解出来ない人を放置するのはいかがなものか。せっかく相手は理解しようと動き始めている。敵視したままなし崩しに放っておけば、誤解の差は開き、また何かしらの思い込みによる報道を繰り返し、結果的に発展の阻害になってしまうことは想像に難しくない。理解を示し、説明することは大事なのだ。

 ネット先駆者たちと大衆の思考が大きく乖離してしまっている。先駆者たちがわざわざ理解できるように道を示してくれるとは思えない。また既存メディア既得権益で塗り固められたままネットを利用し理不尽な制約・規制を新たに生み出すかもしれない。これから重要になってくるのはネットと非ネット利用者の橋渡役ではないだろうか。

 大衆を呼び込むためにも背広を着て営業する大切さも一度は考えてみるべきだろう。ドワンゴ川上氏がテレビCMを流すなど、NHKに出演することは世間に出るリスクがあるとはいえ、新しいメディアを理解してもらおうと努力している観点から見れば大いに評価できることだ。

いつまでも理解されず既存メディア電車男BGMを流させるべきではない

 iPadなど直感で触ることが出来るようになりこれまでネットを利用しなかった人たちも使う機会が増えてくることだろう。前へならえで既得権利に浸かって沈没していくレガシーメディアに理解できるような試みも必要なのだ。より社会に根ざしたネットインフラを構築するためにも、今後ネットを知らない者への理解が重要になってくる。

 既存メディアネットを考え始めたと同時に、ネットを利用している者も既存メディアに対してもう一度深く考える時期にさしかかっているのかもしれない。

参考1:革命Ustream放送”「激笑 裏マスメディアテレビ新聞過去〜」の裏側 (1/2) - ITmedia News

参考2:Togetter - まとめ「NHK激震マスメディア 向谷実氏(カシオペア)のTLで裏ustに非難轟々だった件」

2009-11-13

http://anond.hatelabo.jp/20091113225904#tb

異常な労働時間があったからこそ、世界二位までの経済大国に登りつめたんだろうね。

悲観するべきところと悲観するべきじゃない所があると思う。

先進国の一人当たりの購買力って何処もおんなじレベルだから。今後そう落ちる事もないと思う。

これずーっと昔からそうだから。皆50歩100歩。神の見えざる手の恐るべき力な。

目下途上国高度経済成長してるから、日本が落ちぶれても途上国利得が働く。

ただし

労働環境とか若者の取り巻く環境は悲観するべきレベルと俺は思う。

そして

経済成長できない理由は、スクラップビルドによる陳腐化(減価償却)。

2009-10-08

少女マンガでは、恋愛に積極的な女の子はたいてい後から痛い目を見る。

勝つのは恋に奥手な女の子たちなんです。なので、バレンタインデーに好きな男子

チョコレートをあげるときは、無記名で下駄箱に突っ込むのが常套手段

マンガだったら、相手がエスパー並みの直感を働かせて私の想いに気付いてくれる

はずなのですが、現実はそう上手くはいきませんでした」

当時の民子さんが両思いになれるように努力したことと言えば、おまじない。

コップに好きな彼の名前を書いた紙を浮かべて月や星に願掛けをしたが、まったく効果はなかったそう。

「好きな男性がいたら、きちんと思いを伝えなければいけないと気がついたのは20代になってから。

ただ恋愛経験の少なさが災いしてか、未だに好みの男性を目の前にすると、固まってしまいますね。

出会いはないし、積極的に好きな男を探す気力もないけれど、いつか彼ができるハズ・・・

そんな妄想を執念深く抱き続けている人は、未だに少女マンガシンドロームから

脱することができていないのかもしれない。

これは男向けの恋愛漫画でも同様である

男向け恋愛漫画の主要な読者層は、当然モテない男たち

そのため読み手が共感できるよう、主人公は外見平凡、性格他力本願丸出し

現実にいたらモテるはずがないのだが

漫画世界では一切の努力なく、

神(作者)の見えざる手によって全てがお膳立てされていく

主人公は外見を整えることも、積極的に出会いを探すことも、

リスク覚悟でアプローチすることもなく

自然美少女と出会い、自然美少女が身近な存在になり、

自然美少女が前のめりになってゆく

それとは対称的に、積極的に自分からアプローチするナンパ男は

漫画内で蔑まれ、最終的には主人公の引き立て役に貶められる

色々経験した後なら「しょせん漫画だ」と一蹴できるが

経験がないと真実に気付くのに遅れる可能性がある

ましてや、子ども時代から刷り込まれていたら、上記の女性のように

「気付いたのは20代になってから」ということにもなりかねない

多くの恋愛漫画は受身人間製造機

読めば読むほどモテなくなるのである

2009-06-24

勝間和代過大評価してはいけない

MBA出身者が、経済の範疇を超えて力をふるった場合、ろくなことが起きないのは明白だ。

年末自戒の書「資本主義はなぜ自壊したのか」をリリースした、中谷巌が(重みは違えど)似通ったパターンである。

中谷は小泉政権時代の新自由主義社会設計を支えた張本人であるが、そもそもなぜ経済学徒が優先的に社会設計に与するのだ?

経済システム社会システム

確かに経済重要である。しかし、それだけでは社会は回らない。当たり前のことだ。社会設計を担う者は、経済だけでなく社会倫理などを包括的に扱うことの出来る者でなければならない。さもなくば我々は、再び大きく道を誤るだろう。

欠落だらけの愚かな行為

勝間和代はたしかにMBA論理思考を用いて、経済問題や、社会問題について数々の考察をしてはいるが、その内容には、明らかに社会的倫理的、文化的な蓄積が欠落している。

当人は、その欠落も、統一した論理操作で埋められると考えているようだが、果たしてうまく行くだろうか。

それは、社会がこれまで蓄積してきた膨大な経験知や、歴史的見取り図をろくに参照せず、無理矢理身近な問題からのみを出発点として思考する、とても遠回りで愚かな行為に過ぎない。

もちろん、身近な問題から出発すること自体は間違っておらず、多くの人々を勇気づけることはできるだろう。その点では異論がない。少しずつではあるが、確かに問題の核に近づくことは出来るからだ。

しかし、社会設計側に立つ場合、その手法は全く通用しない。

社会会社ではない

社会におけるトライアンドエラーと再構築は、確実に膨大な損失を生む。意志決定とその遂行の速度には限界があり、軌道修正するにしてもコストが大きすぎる。

これがもし会社であったならば、経営者の愚かさは会計上の損失として計上され、再帰的な新戦略の再構築に向かうことが出来る。しかし社会会社ではない。どれだけ不可逆な損失が存在するか、考えただけで恐ろしい。

ちなみに中谷の場合は、社会はほぼすべて自由競争にしてしまえば、見えざる手がもっとも良い社会を作るという思考停止によって、社会設計を実現した。まあこの状況では、さすがにそれを追従することはないだろう。

しかし、間違いがないのは、社会は目に見える範囲での利益追求的な思考だけでは妥当な結論は導き出せない、ということだ。仮に広範囲での幸福度についての尺度を設けたとしても、経済価値最大化と同様の論理操作で、果たして社会問題が解決するだろうか。

MBAの欺瞞は、MECEそのものがそれを端的に示す。

つまり、問題範囲に漏れがあったら、結論は間違いを必ず含むということ。そして、問題範囲に漏れがないということを保証することが出来ないということだ。

人間は、社会の問題をMECEよろしく漏れなく記述できるだろうか。

そしてそれに対して、妥当な結論を、実験無しに導くことが出来るだろうか。

私には、政策強行の結果、部分最適化の小さな効果のみを取り上げ、その責任をやり過ごす姿しか見えてこない。

政治的無力化の必要性

万が一、勝間和代が国政に関わることとなった場合、ベテラン人気取り以上の役割を与えないよう細心の注意が必要だ。

まあ、それは麻生で懲りているだろうから、起きないとは思うが、変にいろんな委員会などで、MBAディベートを展開された場合、無力化する作業は非常にめんどくさいことになるだろう。

まとめ

もし音沙汰無ければ、私こそが過大評価者だなw まあそれが一番良い。

2009-05-10

http://anond.hatelabo.jp/20090509183551

企業はなぜ人を雇うのか?

それはその人の賃金以上に利益があるから。



極端に言えば、20万円の人件費だとして20万1円以上の利益があれば企業は人を雇う。

まあ、規制市場の失敗(情報の非対称性など)がなければ。



需要より供給が多すぎれば、賃金はどんどん下がっていく。

が、日本には最低賃金制度があるので、それ以上は下がらない。

だから、需要が少ないまま。



まあ、最低賃金制度に関しては必要だと個人的には思っているのだけど。

賃金が下がりすぎると消費も減ってしまうということもあるし。



ちなみに介護に関しては、介護報酬が国によって決められているために、市場の働きが妨げられている。

本来は需要供給であるから、神の見えざる手により介護報酬が上るはずなのに、規制であがらないために賃金も上げられない。

そのために介護に従事する人が不足して激務でやめていき、さらに激務になっていくというスパイラル

2009-02-24

http://anond.hatelabo.jp/20090224164924

神の見えざる手って知ってるか。

賃金に比べて労働者の水準が低いのは,労働者供給が足りてないから。若い市場はどこでもそう。数年後,供給過剰になったら稼げなくなることが目に見えているから,今相対的に上位にある奴は少しでも蓄えとこうと小銭拾いに一生懸命になっている。

魚がいないと嘆くばかりでは何も進まない。いないなら養殖しろ。伸びしろのありそうな奴を福利厚生と安定性で釣って,正社員化することだ。フリー連中も将来には不安を抱えている。椅子があれば飛びつく奴も多いんじゃないか。

2009-02-23

アダム・スミス『道徳感情論』と『国富論』の世界 アマゾン品切れ

中古では1300円の値段ついてるのに。

見えざる手ー、ちゃんと手動かせー

2009-02-05

http://anond.hatelabo.jp/20090205011519

バカリベ釣れた。おまえ吊った方が良いよ。

これみて自分を餌にしてるAA連想した。

投機のおかげで世界幸せになったって言う証拠を見せてください!

まず投機幸せ定義を明確にしたいと水掛け論にしかならんだろ。

え、なに?状況証拠でしか示せない?なら一緒だね!え?なに?理論でしか示せない?なら一緒だね!

状況証拠や理論の正しさに程度の違いがあることぐらい理解しとけよ。

100%正しいものがないから何も信じないというのはただの思考停止

値段上がっても消費減りにくいんなら値段上げ放題ですねw そしたら資源開発や代替品の開発も進みますねw 投機仕事はどこ?

お前は本当に1ビット思考しかできないんだな。減りやすさあやあげにくさに程度の違いがあることくらいわかれ。

あぁそうですか、人為的に高い値段を作りたいんですか。神の見えざる手は否定したいんですか。なら税金掛けりゃ良いじゃん。環境税

市場人間の活動なんだからこれも人為的に決めてるんだが。それに高い値段にするほうが社会全体にとってメリットがあるなら仮に投機高値に吊り上げてたとしても批判できなくなるはず。投機を叩きたいという結論ありきだから高値がいいのか悪いのかの判断が行き当たりばったりになってるんだろうけど。

農家が得するとかってwww 現実をみろよ現実www 原油高くてビニールハウスあったまんねーっつーの。得する範囲がどうみても狭過ぎるっつーの。

一応突っ込んどくがビニールハウスが広い範囲と思ってるのか?やってる農家は少数派。

で、これまで投機資金が流入しなくても概ねうまくいってた原油穀物投機資金が流入するメリットって、何?

これまで流入してなかったという根拠がない。そもそも本当にうまく言ってたといえるのか?思い込みばかりで質問しても質問で返すだけで自分の主張の根拠なんかは出せないんだろうけど。

http://anond.hatelabo.jp/20090205001051

バカリベ釣れた。おまえ吊った方が良いよ。

投機のせいであがったという証拠自体あるのか疑わしいが

投機のおかげで世界幸せになったって言う証拠を見せてください!

え、なに?状況証拠でしか示せない?なら一緒だね!え?なに?理論でしか示せない?なら一緒だね!

かりにそうだとしてもそれは短期の話で

人が飢え死にするのに何日かかると思う?人が凍死するのの何日かかると思う?人が借金まみれになるのに何日かかると思う?

値段が上がれば消費が控えられ資源開発や代替品の開発が進みやすくなるので長期的には上がりにくくなる。値段があがっても消費が減りにくい必需品ほど実物の需給を調節するには激しい値動きが必要ということも理解しておくべき。

値段上がっても消費減りにくいんなら値段上げ放題ですねw そしたら資源開発や代替品の開発も進みますねw 投機仕事はどこ?

あぁそうですか、人為的に高い値段を作りたいんですか。神の見えざる手は否定したいんですか。なら税金掛けりゃ良いじゃん。環境税

投機がなくても売買可能といっても投機メリットがないということにはならない。パソコンがなくても生活できるがだからといってパソコン使うメリットがなくならないのと同じ。

投機メリットどこー?あのバカな値動きがメリットですか?仮に何かメリットがあったとして、そのメリットデメリットは平仄が取れたの?

原油穀物投機は主に先物でやってるわけで将来も含めたリスクヘッジをしてる。

リスクヘッジ(笑)」って書きましょうねw で、リスクヘッジ、できたの?

あと補足しておくと先物投機は将来の価格の予想があたれば儲かるわけで、あがるから儲かるとは限らない。下がると思って空売りしたのにあがったとかだと損する。

超☆意味ない補足乙!もしかしてこれ何かの反論?だからなに?みたいな?貸株使って下がった時にぼろ儲けとか、安い常識ひけらかすのって今流行ってるの?

あと値段が上がる=迷惑というのも一面的過ぎ。原油穀物があがればそれを作ってる産油国農家は得する。

農家が得するとかってwww 現実をみろよ現実www 原油高くてビニールハウスあったまんねーっつーの。得する範囲がどうみても狭過ぎるっつーの。


で、これまで投機資金が流入しなくても概ねうまくいってた原油穀物投機資金が流入するメリットって、何?

そして、そのメリットはあんだけあからさまなデメリットを上回るもの?

説明ガンバo(^ヮ^)o

2008-10-09

非モテ諸君に告ぐ

この記事は非モテの10代、20代に向けです。

私は国立大学修士課程で、身長は181cm70kgで背の高い標準体型です。

趣味ゲーム読書、あるいは高校のときの友達とサッカーをすることです。

外見はよくナイナイ矢部とかミッチーに似ていると言われますが、

決してイケメンではありませんし不細工といわれたこともありません。

その証拠に、今までに告白された回数は10回程度で世の中でモテると言われている人たちには到底及びませんし、

もっと言えば、その中で私が彼女のことを知っていたのは2人だけで他の人はいきなり私の前に現れました。


さて、ここまで読んで私は生涯で付き合ったことあるいはエッチをしたことがあると思いますか?

答えは、一度も付き合ったことはなくエッチもしたことがない童貞です。


私の主張は次の2つです。


1つは、付き合うとか恋に落ちるとかということはその人のパーソナリティーよりも状況や運というものの方が重要だということです。

私は、自分で言うのもおこがましいとは思いますが有名な大学修士であり、成績優秀で見た目だって悪くはないはずです。

今まで法を犯したことは駐車違反ですらなく、健康的な大学生の典型だと自負しています。

しかし、私は研究室と家の往復をしており女性と会うのは地下鉄ぐらいのものです。飲み会合コンには消極的に参加する人間です。

つまり、非モテを自負している人はこうした「異性との関わりが極端に少ないという状況」にあるのではないでしょうか?

同じクラスに異性がいるというぐらいのことは関わりがあるとは言いません。

自問自答してみてください。

「私は今日異性と何をどこで話しただろう?」

ひょっとして非モテを自負しているあなたは一度も異性と会話を交わしていないんじゃないでしょうか?

もしこれが原因だと仮定するなら、あなたは「異性との関わりがある状況」に自分の身をおくと非モテ改善するかもしれません。

例えば、異性の多いバイトであったり、飲み会合コンがあるようなサークルやそういったイベントに積極的に参加することで、

付き合うという目標を達成できるかもしれません。

ただし、人付き合いというのは一朝一夕で変われるものではありません。服装、髪型、話し方、振舞い方を社交的にすることも大切です。




2つは、付き合うことを神聖視あるいは非常に困難なことだと「思い込んでいる」あるいは「信じている」ということです。

思い込むと信じるというのは少し意味合いが違うので分けました。

私はどちらかというと付き合うことを神聖視しています。相思相愛彼氏彼女見えざる手によって、互いに惹かれあい恋に落ちるというロマンチック妄想を抱いています。

しかし、現実はどうでしょう?

あなたの周りで付き合っている人たちは「友達の紹介で」「なんとなく」「告られたから」「かわいいから、かっこいいから」「合コンで知り合った」といった理由の人たちのほうが圧倒的に多いはずです。

あなたが醜悪な容姿で悪逆非道な性格といった決定的に魅力のない人間であれば話は別ですが、街を歩いていて「あれ?あんな可愛い子となんであんなゴリラみたいなやつが付き合ってるんだ?」と思ったことはありませんか?

あるいは「なんであんな勉強しかできないガリ勉の癖に、俺よりモテるんだ?」とか「あの子、大して可愛くないのに化粧もしてないし痩せてないのに、イケメンとばっかり付き合ってるの?」と疑問に思ったことがあるはずです。

これは彼らや彼女たちは付き合うことを神聖視などしておらず、あるいは困難なことだとも思わず、ただ「付き合うこと」が目的なのです。

もちろん彼らは、1つめの要因の「異性との関わりがある状況」にあったことは言うまでもありません。

そのような付き合い方は決して低い次元とか不純とかといったものはでなく、一般的な恋人の作り方の一つです。

しかし、非モテはそうではありません。

付き合うことは宇宙飛行士になるのと同じくらい難しいことだと思い込み、付き合うのは相手に告白されてからなどいろいろな付き合うためのルールを自分で設けます。

その結果は明らかです。


まとめとしては、非モテを自負している人はまず


1. 自分を異性と関わりのある状況におく

2. 付き合うということを難しいことだと思わず、自分でルールを決めない


の2点を改善するだけあなたの付き合うという目標は達成に近づくでしょう。

この記事を書いたのはこういった色恋沙汰の記事が多く、どうしても書きたかったからという単純な理由であって、

私の専門は経済学なのでこういった社会学はまったく知らない分野です。

なので、これは経験則に基づいているので学問的な議論はその筋の方がしてくれることを期待しています。

推敲もせず投稿しますがお許しください。


P.S 私は今後も当分彼女はできそうにありませんし、ひょっとしたら結婚もできないかもしれませんが、人生楽しいですよ。

   みなさんも非モテを悲観せずに、今しか出来ないことをやるのも一つの生き方だと思います。

2008-09-01

「死んじゃえばいいのに」

彼女はそういったけれど、僕にはよくわからなかった。

夏の終り/肌寒い風、気温/蝉は鳴いているけれど、もうまばらで。

彼女の顔よりも、ぼくはそっちのほうをよく覚えていた。


彼女は、生きているのが辛そうだった。


彼女が発する言葉には主語がない。

それは、主語を設定したら矛盾が生じるからなんだと思う。

彼女が世間を呪う時、彼女は自分自身をも呪っているからなんだと思う。

彼女は、世界と同一だったといえるのかもしれない/その、ちっぽけな彼女世界の中で。

それは、たぶん大人びた彼女からすればとても幼児的な、行為だったろうけれど。

あれ、やっぱりぼくにはよくわからないや。


僕は彼女とよく川沿いの道を歩いた。

新しくできた図書館へとつながるあの道を。

彼女は本を読むのを嫌がった。

ぼくは本を読むのが好きだった。

彼女は車が好きだった。

ぼくは車なんてどうでもよかった。


車の中で、僕たちは何度も愛し合った。

公園で、トラックの運転手が覗き込んだときはどうしようかと思った。

でも、僕はどこか誇らしげだった。

彼女芸術的な白い肌が、このおじさんの目を虜せばいいと思った。

それは、ぼくのものだったから。


振り返ってみれば、ぼくはあまりにも科学のほうによりすぎていて、

彼女はあまりにも慣習のほうによりすぎていた。

僕が信奉したのは、見えざる手だったけれど、彼女が信奉したのは、彼女自身が住むコミュニティの慣習だった。


僕たちは、いつか、あたりまえのように、別れた。

彼女が別れを切り出した。僕は拒否した。

だが、現実は進行した。あとで人伝いに聞いた話によると、もうこのころから彼女には男がいたんだと。

だけど、それはもうどうでもいい。


重要なのは、今日、僕が、都市部から特急で帰ってきたときに、

駅のどまんなかで彼女を目撃してしまったことであり、

その彼女は、おなかを大事そうにさすっていて、そのお腹が少し……膨らんでいたこと、それだけなんだ。

君は、どこか幸せそうに見えた。すぐ、向こう側のホームに訪れた電車がその姿を覆い隠すまで。


僕は、やっぱり君が信じてる道徳や、慣習や、そういったものよりも、科学を信じるから、

嫉妬や、後悔や、恨みや、愛情や、NTRや、いろんな感情よりも、なんていうのかな、君に。


なによりも。


祝福を、送ろうと、思う。

どうか、あなたが幸せでいられますように。

それだけを祈ります。ずっとずっと、あなたが、誰よりも、幸せでいられますように。

今でも、そしてこれからも、ずっとあなたのことを思い出すでしょう。

そして、そのたびに、いろんな感情を、ムリヤリに祝福で覆い隠すでしょう。


だいすきでした。さようなら。愛してました。ばいばい。

2008-06-24

友人から少女漫画を借りた。

当方、男。

友人から少女漫画を半ば押し付けられるような形で数冊借りた。

読んだ。

…。

友人は「少女漫画の一つも読まないから女心がわからない」と言っていたが、

すまん。俺には到底理解できそうに無い。

面白くないわけじゃない。

むしろフィクションとしては面白いと思う。

が、そこで「リアル」とか言われて読むとなんだかなーというのが男の印象。

ストーリーとしては凡庸な女子のサクセスストーリー風。

ただ、相手の男がありえねぇ。

出版だのイケメン教師とかはまだいい。

バンドマンだの、実は金持ちだのと一般男性とは結構かけ離れた対象

うーん。と。

まぁ、あれだ。エロゲの展開とよく似ているんだなと思った。

エロゲでは女の子は無条件で主人公が好き。

少女漫画では男は無条件で主人公が好き。

ある種の神の見えざる手関係うまいこと繋がっていくという楽さ加減やありえなさでそっくりだと思った。

だから少女漫画で女子の理想はわかるけど、

女心を理解するって難しいよねぇ?という話。

いや、それとも女心=理想なのだろうか。

難しい。

2008-03-13

人口集中は経済的な問題

http://anond.hatelabo.jp/20080313004340

http://anond.hatelabo.jp/20080313012053

らへんを読んでなんだけれど、個人の引越しを語ってもしょうがない。

これは社会経済バランスをどうとるか、最適なのはどの辺か、という話のはずだ。


経済的に問題なければ、地方でのんびり暮らしたいという人は多い。

お金があれば、土地も家も物も会社も買える。幾つか持ってもいい。

しかし、現実には働いて稼がなければお金がない。


社会の発展とともに、産業は第1次産業から第2次産業第3次産業へと軸足が移ってきた。

これらはそれぞれ、土地、物、人を相手にする。そのため、人が多い場所で第3次産業が発展し人が集まり第3次産業が発展し、というスパイラルが発生する。また、産業の発展はお金を呼び、お金が産業を発展させる、というスパイラルもある。

つまり、土地や物への依存が低い第3次産業が発展すると、人も物も会社も集中しようとする。

もちろん、人のつながりや、文化、土地などが、それに抗して凝集を押えようとする。しかし、第3次産業が発展すればするほど凝集力は強まり、人口集中へ向けて市場見えざる手が働く。


この凝集力を緩和するには、都市部から地方へ向けて金を分散させる必要がある。

一つは税金による分散。お金を地方へばらまく。

もう一つが産業、特に物を産み、扱う第1次産業第2次産業の誘致。

物を生産し、都市へ運び、都市から金をもってくる。

しかし、これらは市場の動きに反し、したがって効率の低下、産業発展への抵抗になり得る。

それでもそれを行なおうとするのは、人口集中、産業集中を問題視する考えがあるからだ。

なぜか?それは一重にリスクヘッジである。一極集中リスクの集中でもある。

大都市災害が起こると被害が大きい。東京大地震が起きれば、日本の受けるダメージは計り知れない。

また、和島塗りや有田焼きといった文化は守るだけの価値があるのかも知れない。ないのかも知れない。その価値が計り切れない。

だが、効率を無視することもまたリスクであり、ダメージである。

そんな中で、我々はただただ、効率とリスクバランスをとるしかないのだ。


そして今、日本経済が低調で国は莫大な借金を抱えている、といわれている。そのため、多少のリスクがあっても効率を、という流れなのだ。

2008-01-28

経済問題がこじれるのって

なんでだろうね。

非定常な現実と定常な理論が食い違うのは当たり前なのに。但し書きがミソなのに。

インフレデフレとか投資とか金利とか為替の話はしなくていいのかね。

単位からして相対的なのに。無視できない経路を省略しちゃだめなのに。

あれだ、気象と同じ。結局複雑でよくわからない。

天気相場占いだ。当たるも八卦当たらぬも八卦


違いは神の見えざる手か、群集の見えざる手か。

それが一番の問題かもしれないけれど。

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