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2018-02-17

はてブ女性専用車両に対する知見に頭がクラクラした

ふだん差別人権にうるさいはてブ民が、女性専用車両には賛成一辺倒で頭がクラクラした。

かに乗り込んでくる運動家はマトモじゃない。なんせ一刻一秒を争うサラリーマン様の通勤車両を12分も遅延させたんだ。よりによってなんで俺らがこんな目に……殺意を覚えるのも無理はない。

しかし、彼ら運動家否定できる倫理的根拠を、はたして我々は持っているのだろうか?

実のところ、今回の運動家に対して寄せられた批判を見るにつけ、賛成派は大した説得力を持っていないのではないかと改めて確信させられた。

以下は、ハフィントンポスト記事に対してスターを集めていた上位2つ。

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.huffingtonpost.jp/2018/02/15/woc-chiyoda_a_23363098/

1.これが女性専用車でなくプロレスラー専用車だったら絶対やらないだろう。所詮その程度の連中だよ。

そりゃ、プロレスラー専用車なら今回の事件が起きる確率は低いだろう。なぜならば、有無を言わさず力で排除される可能性が目に見えているからだ。しかし、これは明らかな論点のすり替えである。具体的には、運動家の主張の是非ではなく、「力の強弱にアタリをつけ、威圧行動を取っているのでないか」という行為道徳性が疑問とされている。

そもそも、この運動代替の効かない公共機関における、特定属性を押しやる「専用車」それ自体問題になっているのであって、なにも「女性専用であることが問題となっているわけではない。今回のような示威行動が起きる確率は低くなるとはいえ、プロレスラー専用車でもやはり大きく問題になり、運動家は出てくるだろう。その場合、どのようにケチをつけるのだろう。今度は「殺人犯専用車だったら絶対やらないだろう。所詮その程度の連中だよ」とでも言うのだろうか?

また、仮に「力の強弱にアタリをつけ、威圧行動を取っている」としても、それは運動価値毀損するものではない。声を通せる場で声を通すことが重要からだ。

2.女性専用車必要性裏付けられる悲しい話。

この言説は本当に悪質で、「Aを利用している人間不安に駆られる状況こそ、Aが必要証拠である」と言っているに過ぎない。つまり、利用している人間不安に駆られていなければ(満足していれば)、Aの必要性証明されているし、不安に駆られていれば(満足していなければ)、なおさらAの必要性証明されている、というわけ。一切の批判を許さないので、イデオロギーに近い。これは「共産主義に異議が唱えられ、圧力を受けている。同志の生活が脅かされている。これこそまさに共産主義必要であることの証拠なのだ」という議論を考えてみれば分かる。どう思いますか?

賢いリベラルの集うはてブですら、こんなブコメスターを集めてるのだから、まったくもって酷い有様だ。

ただ、浅薄ロジックはさておき、問題意識理解できる。以上の2つはともに、女性専用車両とは「弱い者のための暴力からの隠れ家」であるとの認識に立っているからだ。ここでは、関係性は暴力の関係として解釈されている。ゆえに「より強い暴力を誇示できるプロレスラー」に、“ただの暴力”は萎縮するだろうし、「異邦者の闖入」という暴力が起きることこそが、暴力からの隠れ家の必要性裏付けている、というわけだ。

この「弱い者にとって『暴力からの隠れ家』が必要なのではないか」という問題意識自体は真っ当だと思う。3つ目にスターを集めていた「痴漢被害によるPTSD抱えてる人でも乗れる交通機関必要」というのは、優先席と同じで傾聴されていい。しかし、これを認めると、1つの帰結にたどり着く。

なぜ、女性けが「暴力からの隠れ家」の恩恵あやかるのだろうか?暴力に怯える人間なら、誰であろうと招かれてしかるべきだ。

まり女性は「暴力に支配された弱い者」なのか?そして、一般成人男性排除することは、一般成人男性それ自体潜在的な暴力の行使であることを前提としているのではないか

なお、女性専用車両に対し、「女性が『暴力に支配された弱い者』であることを認めるのか」というフェミニズム的な指摘は、欧米でも盛んに巻き起こっている。

例えば、英メディア紙The GuardianTelegraphでは、女性記者が率直に「女性専用車両は負けを認めることだ」と述べている。彼女によれば、「女性専用車両の導入は、性的暴行所与とする(normalise)ものであり、あたかも原因が私達にあるかのように、状況平等志向から女性を取り除く(remove from the equation)ことが解決策だ、と世界に向けて言っているようなものだ」とのこと。そこでは日本が、メキシコタイイランインドブラジルと同格の“人権後進国”として引き合いに出され、イギリスは導入することでそんな国、つまり欧米流行りのディストピアドラマ「The Handmaid's Tale」の世界のような、女性をモノのように扱う国と同じ方向には向かうべきではない、といったようなことが語られている。

  • Women-only train carriages: Keeping women 'safe' by separating them from men is Handmaid's Tale territory

http://www.telegraph.co.uk/women/life/women-only-train-carriages-keeping-women-safe-separating-men

女性トイレレディースデイはどうなのか」という賛成派の反論についても、女性専用車両正当化には繋がらないことを提示したいがキリがないのでヤメておく。とりあえず、リソースの適切な配分(特定属性けが特定の扱いを受け、それ以外の属性が不平等負担を強いられるべきではない)、代替選択肢存在(「イヤならそこを使わなければいい」が可能か)、その施策が成り立つ前提の倫理的妥当性(女性専用車両なら「女性潜在的な暴力被害者であり、男性潜在的な暴力行使である」という前提)において、質が異なる問題ですよ、とだけ。ちなみに、スウェーデンでは、属性によって分けるトイレから「個室トイレ」に向かっていっているらしい。

はてブの皆さん、差別人権にうるさい皆さん、本当にこれでいいんですか?皆さんの大好きな世界標準から馬鹿にされてますけどいいんですか?「日本人男性世界標準以下の性欲アニマルから仕方ない」で開き直っていいんですか?

余談だがロケットニュースでは、ニュースタイトルが「【キモイ】今朝の東京メトロ千代田線の遅延理由が「頭おかしすぎる」と話題 / 男性複数人があえて女性車両に乗り込み……」となっている。この記事にも「然り!」のブコメが沢山ついていた。

https://rocketnews24.com/2018/02/16/1021546/

キモイ」「イケテナイ」「ダサイ」「カッコワルイ」。こんな調子で、本当にいいんですか?ネット最後良心だと思っていたはてブがこんな調子では、私は一体どこへ行けばいいんだ。


追記:

はてブにも良心があって安心しました。捨てたもんじゃないですね。ひとまず、Twitterブコメで寄せられた、いくつかの重要質問に答えます。

  

手段が低コストであることが、その手段正統性付与するわけではありません。あくまでもその手段で影響を受ける人間利害関係によって調整されるべきです。これは極端な例ですが、麻薬犯罪を無くすために犯罪者中毒者はその場で殺害、あるいは火事を鎮火させるために周囲の家を片っ端から打ち壊し。ともに「ラク解決手段」ですが、 適切ではないのは明らかですね。

マシなものがないのではなく、マシなもの鉄道会社選択されないから、そう思うだけです。これは上の「低コストで予防できるんだからいいじゃん」とも関係しています。ただ、監視カメラ警備員の配置、満員電車の解消、あるいはより良いシステムの構築に向けた過度的なものなら悪くはないですね。

これは確かに一理あるのですが、この話をしだすと論点がズレるか、あるいは論点先取になっています(女性専用車両痴漢対策だ。痴漢こそが対策されるべき問題である。よって女性専用車両必要である)。かつて、盗聴法の成立時に「法の是非を問うより、盗聴されるような行為をするヤツをまずは問題しろよ」という議論があったのにも似ています。もちろん、諸悪の根源痴漢です。しかし、ここでは対策方法がもたらす帰結(あるいは、そもそもその対策方法妥当か)が問題になっているのです。

また、「痴漢を撲滅することの難しさが女性専用車両を生んだ」というのは「犯罪者を撲滅することの難しさが、(犯罪者の多くはAという属性を持つので)Aという属性お断りの○○を生んだ」と言っているのと同じですが、これに何も疑問を覚えないのでしょうか?それでも特定属性を「潜在的犯罪者」として括りたいのであれば、もう私からは何も言えません。入れ墨外人温泉入浴問題と同じですね。どうぞ、ファシズムに突き進んでください。

その存在を「暴力からの隠れ家」として否定していないことには注意してください。

もちろん、特定の状況下における「合理的区別」は合法でしょうし、鉄道会社営業自由一定度は認められてしかるべきでしょう。すでに社会的認知されていることをもって、女性専用車両存在を「公知の事実」とする判例も出ています。しかし、ここで私が問題にしているのは、法律ではなく、倫理です(「まず痴漢倫理問題しろよ」という方は、上記の3を参照してください。「いや、それでも合法から正しいんだ」という方に対しては、これ以上私からは何も言えません)。

ちなみに、「障害者専用車両みたいなもの」という意見は、はてブ民が大好きな欧米リベラルフェミニズムから相当な反発を食らいそうですね。深くは立ち入りませんが、この例えを安易に使うならせめて「骨折患者専用の障害者専用車両」に限定した方がいいかと思います。

アファーマティブアクションがいい例ですね。非対称性権力勾配の是正措置自体は、それが段階的な解消を狙いとした施策であればアリでしょう。

ただし、代替手段のない公共サービス鉄道、それも日本通勤電車で、はたして導入されるべきなのか。また、そもそも車内における男性女性関係において、暴力的非対称性一般的存在しているのかにも注目する必要があります。この存在を認めると「女性庇護されるべき対象」となりますが、ここから先はカトリーヌ・ドヌーヴ議論にも通じるものがあるかも知れませんね。

それから、私が「逆差別だ」とは一言も言っていないことには注意してください。あくまでも、ここで私が問題にしたいのは、賛成派とされるはてブ民のくだらなさ、何よりも“潜在的な何か”を理由にした排除の論理は、新たな権力構造を生むだけではないか、ということです(女子トイレなどとの比較は、別のホテントリにお任せします)。

しっかりと読んでいただければ分かるかと思いますが、私は「暴力からの隠れ家」として特別枠が設けられることには、否定的ではありませんし、優先席も公正な資源配分観点から注目すべきだとは思っています(廃止すべきだ、という議論を完全に否定ではできませんが)。

これはシンプルな代案ですが、「ケア車両」はどうでしょう。暴力に怯える人は誰でも入ればいいじゃないですか。その代わりその車両には、監視員監視カメラガンガンに配置する(もちろん通常車両なおざりにして良いワケではありません)。監視の目が行き届くよう、乗車の人数制限も設ける。

これである程度は、無関係人間による車両乗車への抑止力が働くでしょう。それでも「傍若無人なオッサン」が闖入してくる可能性はありますが、実のところ彼を排除する合理的理由はどこにもないでしょう。

女性専用車両よりもコストがかかる」というツッコミがあるかもしれませんし、「じゃあ早速オマエが鉄道会社に直訴してこいよ(笑)」という揶揄もあるかもしれません。しかし、コストがかる&直訴されて突っ返される可能性が高いからといって、この歪な構造、そして痴漢犯罪が「女性専用車両(あるいはケア車両)」を免罪符にして放置されていいことにはならないのです。

いろんな意見があるかと思いますが、これについては私のスタンス勘違いされるのも野暮なので、ハッキリ言っておきます。対抗して男性専用車両を作るのは、個人的にはトラブルを増やすだけだと思っています(総量を男女比に応じて適切配分するのはアリかもしれませんが、はたしてそんな前近代的ディストピアの到来を望みますか?それで賛成派の皆さんがいうところの「非対称性」は解消されますか?)。そもそもトイレ風呂と違って、ジェンダープライバシーが密接に関わり合うようなものでもありません。

しか男性専用車両を望む男性の皆さん、男性専用車両があるなかで一般車両に乗ってしまい、冤罪に遭った時のことを想像してみてください。もう、どうなるか分かりますよね。ちなみに、同じことが女性にもすでに起きています。こういうの、警察(「なんで一般車両に乗ったの?」)と鉄道会社(「専用車両を用意したじゃないですか」)が笑うだけなんですよ。男や女に対する排除の論理ではなく、上で挙げた「ケア車両」のような“包摂”の論理対策を考えませんか、と私は思うんです。そもそも鉄道会社が誰かをケアする義務を負うのか、という根本的な問題はありますが。

これは、以前Twitter流行った「『告発を無力化する話法』として無力化する話法」ですね。特定集団が抱えている痛み・苦しみが、特定属性排除を許すわけではありません。もちろん、何度も述べているように被害者の痛みに寄り添うことは大切だと思います。ただ、そうであるならば「痛み・苦しみを抱える人」は、男女関係なく包摂されるべきではないですか?もしかして、その有無・大小を性差しかも外見上の特徴)で見分けるのですか?

 
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